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1-1.勇者パーティの汚れ仕事

 俺は盗賊ドゥ。勇者パーティの汚れ役だ。過去も、そして現在もその役回りは少しも変わっていない。盗賊ドゥは勇者パーティに同行しつつ、必要に応じて先行して旅の障害を排除する。


 買収、恐喝、窃盗、籠絡、あらゆる手を使って勇者の旅を陰から支える。汚れ仕事。それこそがこのパーティにおける俺の役割だ。


「モモゾウ、あまり不用心に飛び回るな。怪物に頭から喰われても知らんぞ」

「だってだって! ここって美味しい物がいっぱいなんだよっ! これっ、ドゥにもあげるっ、食べてみて!」


 モモゾウの小さな手から何かの黄色い果肉を受け取って、半分だけ口に運んでみると、かぐわしい芳香ととろけるような濃厚な甘みが口に広がった。


「これは……美味いな。もっとくれ」

「うんっ、ドゥが食べたいならボクチンもっともっと取ってくるよっ! 待っててね、ドゥ♪」


「もうすぐ町だ、ここでお前を待っているよ」


 残りの黄色い果肉を口に運んで、俺は南国のゴツゴツした樹木を背にして落ち着きのない相棒を待った。

 ここは沿海州南部。深い密林に覆われた熱帯の土地だ。ここでは大地のあまりに豊かな生命力が人間の開拓を拒み、拓いても拓いても町や畑を樹林に侵食されてしまう。


 そのため街道の数もかなり限られていて、その街道を根城とする山賊の類もやたらと多かった。


「やあ旅人さん、この先のケパの町に行くのかい?」

「そうだが、そっちは?」


 モモゾウを待っていると進路の方からやけにニヤケ顔が張り付いた中年男がやってきた。こちらの人々は北方の俺たちと比べて背丈がやや低く、加えて楽観的でやたらと陽気だった。


「俺は客引きで水売りで弁当屋だ。あと薬も売ってる」

「弁当を持っているようには見えない」


「売り切れだよ、売り切れ。弁当は昼を過ぎたら売れなくなるんだ」


 モモゾウのやつ、遅いな……。

 猛禽や蛇の類に喰われてなければいいが……。


「それよりお兄ちゃん、宿屋止まらないか? 良い宿知ってるんだよ、俺っ。お兄ちゃんに紹介したいなぁ、俺ぇ~!」

「俺に構うな、宿くらい自分で探す」


「あっ、そっちの口? あーわかったわかったっ、いい男も知ってるよ俺っ、一緒に行こうぜ、お兄ちゃんっ!」

「いらん、あっちにいけ」


 小さいおっさんをあしらって、俺はやっと帰ってきたモモゾウを二の腕で迎えた。


「キューッ♪」


 モモゾウは両手いっぱいにさっきの果肉を抱えてきてくれた。ただし口の周囲の毛皮は果汁でベタベタで、ふわふわの白い下っ腹は激しいつまみ食いにパンパンだった。

 勇者パーティの一行の中で、モモゾウが最も沿海州南部を満喫している。


「おおそれっ、お兄ちゃんのネズミかかい!?」

「俺に話しかけるな」


「マンゴーを主人に取ってくるたぁ、賢いやつだなぁ……へぇぇぇ……?」

「ピィ……ッッ」


 マンゴーとやらを受け取って口に運んだ。

 モモゾウはこの怪しいおっさんがどうも嫌いなようで、ネズミのように素早い動きで袋の中に隠れた。


「ついてくるな」

「帰り道がこっちなんだよ、兄ちゃん。じゃあな、ケチな兄ちゃん!」


 俺たちは小さいおっさんの背中を追う形で街道を進んで、彼の言うケパの町のゲートをくぐった。

 ケパの町は浅い堀と、生木をそのまま使った柵で囲まれていた。


「ねぇ、ドゥ……」

「それはいつものやつだな。率直な感想を聞かせてくれ」


「うん……なんか、この町、変な感じがするかも……」

「さっきの小さいおっさんのせいかもしれないが、まあ同感だ」


 広場までやってくると、浅黒い肌をしたこちらの人々がバザーを開いていた。

 大半が食品と日用雑貨だ。贅沢品の類がほぼ見当たらないことから、あまり豊かではなさそうだった。


「なぁ、おばさん。これ、どこで仕入れたんだ?」


 その中に子供用の小さな指輪を見つけた。値段はたったの1000オーラムだった。


「ああそれかい、確か……隣の隣の隣町だよ」

「ずいぶんと遠くから仕入れたな」


「まあね、うちは手広いんだ。で、買っていくのかい?」

「いや、やはり止めておく。子供扱いするなと怒られそうだ」


 何も買わない客に店主からのそれ以上の愛想はなかった。

 あの指輪に付いていた宝石はジルコンだ。ちゃんとした店で買えば4万オーラムを超えるだろう。



 ・



「いらっしゃい、百舌の館にようこそ! おっ、外人か、これは珍しい……」


 宿屋の看板を見つけて入り口をくぐると、髭の手入れもしていないむさ苦しい店主がこちらに気付いた。引退した兵士か何かなのか、やけに大柄でがっちりした男だった。


「ご挨拶だな、こっちは他の宿にしてもいいんだぞ」

「そりゃ残念だったな、外人さんよ! ケパの町の宿屋つったらうち一軒だけだ。嫌なら盗賊だらけの街道で野宿でもしな」


「それは避けたいな……。ここは一泊いくらだ?」

「1人8000オーラム、飯は別料金だ」


 店内をざっと見回した。この地方では油が名産らしく、ここの店にも無数のランプが置かれて室内を赤い炎で照らしていた。客室の方は――まあ寝るだけなら困らない。


「妥当な値段だな。これ、崩せるか?」

「おっ、小金貨かっ、ああどうにかなるぜ、へへへ……」


「後から5人くる。6人でで4万オーラムに負けてくれ」

「おお、いいぜ」


 俺が小金貨――つまり10万オーラムをカウンターに乗せて差し出すと、店主は金貨に釘付けになった。


「……やはり止めた」

「何っ!?」


「この町は止めておこう」

「おい待てっ、今さら逃がすかよっ!」


 その金貨を指で引っ込めると、店主の毛むくじゃらの手が白い手首をつかんだ。

 どう好意的にとらえても、これは一般的な接客態度とは言い難いな……。


「俺は男に触られるのが嫌いだ」

「はっ、すかした態度しやがって! こっちはよぉ、話もう聞いてんだよ……。その財布とネズミを置いていきな」


「ネズミ……?」

「やたら賢いネズミを飼ってるんだろっ、売り飛ばしてやるからよこしがやれ!」


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