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7.盗賊王の日記

 理由は定かではないが、盗賊王は世界中から災厄となり得るものを盗んで回っていた。眷属ペニチュアの主である常闇の王もそのうちの1人で、復活を妨害するために儀式に必要不可欠な『器』を盗み、世界のどこかに隠した。


 それがカドゥケスの手に渡る前に俺たちの手で回収し、再封印を施す。

 ペニチュアお姉ちゃんと話し合って、そこまで方針が決まった。ただこの条件には疑問も多い。


「眷属が主人を裏切っていいのか?」

「わたしは裏切ってなんかいない。裏切り者はカドゥケスの方よ」


「だがこうして復活を阻止しようとしている」

「常闇の王は復活を望んでいないの。少なくとも今は、そういう気分じゃないみたい……」


「気分って……」


 神殿の神官たちが語るような悪の存在にしては、彼女の言う常闇の王様はなんというか妙に人間らしい。少なくとも気分で復活の是非を決めるだなんて、あまりに計画性がなく怠惰というか……。


 眷属であるお姉ちゃんには面と向かって言えないが、メチャクチャ変でダメなヤツだ。


「王はもう数百年はまどろんでいたいみたい……」

「それはなんとも……。そのまま世界が終わるまで寝過ごしそうなやつだな……」


「あり得るかも……」

「お姉ちゃんは眷属としてそれでいいのか……」


「パパも眷属になれば気持ちがわかるわ」

「それについてはあまりわかりたくもない。……ん? ここ、少し変じゃないか?」


 テーブルの裏側が変に浮き出ている。もしやとその部分を押してみると、カチリと机から細工の音が響いた。引き出しを引いてみると中にはパズルのピースが落ちていた。さっき見たときはウィスキーの瓶しか入っていなかった。


「木組みのパズル……? それをどこかに使うのかしら……」

「この形、どこかで見覚えがある……。家のどこかにこれと同じ物が彫られていたような……」


「きっとそこね、そこにはめるのよ」

「ああ、思い出した。俺の部屋だ」


 居間を経由してもう1つの個室に入った。

 中にはベッドと小さなテーブル、それに棚にはいくつかの私物がある。お姉ちゃんに見られるのは気恥ずかしかった。


「嫌い……嫌い……嫌い……大嫌い……。成長を見たかったのに、こんなの酷い……」

「お姉ちゃん、今はジジィの残したギミックを解く方が先決だろ」


「だって……だってわたし、大人になってゆくドゥを見たかった……。それを独り占めするなんて、酷い……」

「俺もお姉ちゃんと会えなくて寂しかったよ。だが、人攫いはカドゥケスの方だ、ジジィじゃない」


 テーブルの引き出しを引くと、側面にパズルピースがぴったりと合うスリットがあった。そいつをはめ込んでからテーブルを閉めると、今度はゴトリと何かが中で鳴った。もう1度開いて確認してみれば、それは小型のバールだった。


「わたしたち、エリゴルにからかわれているのかしら……」

「相手がジジィならあり得る。……だが、これもどこかで見覚えがあるな」


「これを使って、どこかの壁を壊せということ……?」

「……ああ、思い出した。これはさっきの村だ」


「それって、バアル派の村のこと?」

「そうだ。ジジィはそこの墓石をコイツでひっくり返して、中にお宝を埋めて見せた。確か大人になったらくれるって言ってたな」


「最低……」

「だが賢い。名も無き墓の下に世界の命運が隠されているとは、誰も思わないだろう」


 俺たちは家を出て、大きな声でモモゾウを呼んで合流してから村に向かった。

 まるまると太った大きなクリが、家の軒先で山になっていた。今夜が楽しみだった。


「よう、しばらくだな。迷惑はかけない。ただ盗賊王のお宝を回収しにきただけなんだ」

「もしかして、案内、してくれるの……?」


 バールを見せると、年老いた男は俺たちに手招きして歩きだした。それを追いかけてゆくと、道は墓場の方に繋がっていた。


「ねぇ、ドゥ。ボクチン気付いたんだけど……」

「なんだ?」


「バアル派と、バール……これって……」

「オヤジギャグね……。やっぱりわたしたち、からかわれてるのかしら……」

「ジジィなりの渾身のギャグか何かだったんじゃないか……?」


 しかし気のせいか、案内人の爺さんの肩が小刻みに揺れているような……。

 ジジィとバアル派の笑いのセンスはよくわからなかった……。


「ありがとう」


 名も無き墓場の前にやってくると、ここだと彼が腕をかざした。感謝の気持ちを伝えると、年老いた男は左右に首を振って微笑んでから去っていった。

 ジジィはこいつらバアル派と親しかった。チェスの相手は喋らなくても困らないと大物ぶったことを言っていた。


「お姉ちゃん、そっちを押さえていてくれ。誰も埋葬されていないとはいえ、墓石を傷つけるのはちょっといい気分がしない」

「何が入っているんだろねっ、わくわくするねっ!」


 お姉ちゃんに手伝ってもらいながら、バールを使って墓石を引っ剥がした。


「あっ!? 見てパパッ、宝石の山よ!」


 中には1冊の日記帳があった。それと、盗賊王なりの悪い冗談もだ……。


「あのジジィ……大人になったらくれると抜かしておいて、あの野郎……」

「何? パパは何が気に入らないの……?」

「これ、宝石なんかじゃないよっ。全部ガラス玉だよっ!」


 盗賊王の遺産がガラス玉だなんてよくできた冗談だな……。

 俺は日記帳だけを取り出して、墓石を引きずって元に戻した。


「嫌い! エリゴルは嫌い! 騙されたのわたしだけじゃない!」

「あのジジィはこういうやつだ。それにジジィからすれば、宝石なんて盗めばいいだけのただの石ころだ。常人とは価値観が根本的に違うんだろうな」


 まあ今度のはさっきのオヤジギャグよりは面白かった。

 幼い俺はジジィにまんまと騙されていたわけだ。あの頃の俺はガラス玉と本物の宝石を見分けることすらできなかった。


 いなくなってしまった人を思い返しながら、俺は恐る恐るページを開いて、隠された日記帳を読み進めていった。



 ・



盗賊王の日記――


――――――――――――――――――――――

 マグヌスの屋敷に潜入したあの日、俺はあの子と出会った。あのマグヌスが惚れ込み、いつかは俺の後継者にするとイヤに気持ちよさそうに吹聴するので、ならこの俺自らが鑑定してやろうと忍び込んだのが全てのきっかけだ。


 そんで俺は惚れちまった。その少年はそこいらにいるような食い詰めたこそ泥とは、オーラそのものがまるで違っていた。その小僧は誇り高かった。惨めとしか言いようのない産まれ、不幸な生い立ち、変態どもの食い物にされる生活をしているというのに、これっぽっちも折れちゃいなかった。


 その目には自信があふれ、揺るぎない我があった。どんなに調子に乗ったクソガキだって、ここまで堕ちれば卑屈にだってなるだろうに、ひと欠片も誇りを失わないその姿に俺はある種の器を感じた。


 こいつはこの10年で最大の掘り出し物だ。たかだか犯罪結社の幹部どころで落ち着く器じゃねぇ。確かに性質は悪ガキだ。間違いなくコイツは傲慢な悪党に育つ。しかしこの子には誇りがある! ここまで堕ちてもなお誇りを失わないこの子には、俺の跡取りになる資格がある!


 だからお前を盗んだ! ドゥ、俺の息子よ! お前とモモゾウとの生活は最高に楽しかった! 俺にもこんな安らぎを感じることがあるのかって、俺は感動したよ。お前が俺の本当のガキだったらどんなにいいかと、思わなかった日はねぇ。


 けどな、これを読んでいるってことは、きっとお前はろくでもねぇことに巻き込まれているんだろう。そしてそいつは恐らくは、カドゥケスとかいうウンコ野郎どもに繋がっているはずだ。


 もし、これをお前が読んでいるのならば、俺が隠したいくつかのお宝を回収してくれ。そして再びそれをお前が、世界のどこかに隠し直してくれ。少しでも育てられた恩を感じているなら、せめて一仕事分だけでも頼む。


 ドゥ。そしてモモゾウ。こんな別れになっちまってすまねぇ。お前らとの生活は最高だった。お前らこそが新しい盗賊王だ。いなくなっちまった俺の代わりに、世界中をひっかき回してやれ! 大盗賊ドゥ、万歳! 地獄でお前の土産話を待ってるぜ! お前は俺の最高の息子だった!

――――――――――――――――――――――


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