1.貿易都市トーポリ
母国クロイツェルシュタインを出て、俺とモモゾウは自由気ままな南方への旅を続けた。
盗賊の日常へと返った俺たちは町を巡り、標的に相応しい悪党を見つけ出しては、盗みの計画をじっくりと立てる。そしてささやかなスリルと輝くお宝を手に入れて、事を荒立てることなく静かに町を去る。
俺とモモゾウの日常はその繰り返しだ。人の集まる広場や酒場に静かにたたずんで、噂話に聞き耳を立てて1日を過ごす。盗みの仕事はその中から見ればほんの一瞬の出来事だった。
傭兵、物乞い、学者、売春婦。相手を騙すために商家の御曹司に化ける日もあった。
そんな折り、とある港町で密貿易船の船長をしているマルタという男と知り合うことになった。彼はその商売柄、最初はこちらをかなり警戒していたが、買い占め屋から盗んだ銀塊の山を見せてやると顔色を変えた。
『俺の名は盗賊ドゥ、こっちは相棒のモモゾウ。アンタと取引がしたい』
彼は盗品の卸先として理想的だった。国境さえ越えてしまえば大抵の物は処分できるし、仁義のある男だと裏の評判も嘘臭いほどによかった。犯罪組織に属さずに、フリーで密貿易をしているところも気に入った。
マルタに接触したのはそれに加えてもう1つの理由もある。俺たちは彼との取引のついでに、沿海州と呼ばれる地方まで運んでもらった。……思いの他に、中原では動きづらくなっていたからだ。
勇者パーティを影から支え、魔将討伐に最大級の貢献をした盗賊ドゥ。彼は勇者カーネリアの盟友にして恋人で、悪党だけを標的にする義賊であり英雄なのだそうだ……。
事実とは大きく反する。だが噂は真実よりもずっと聞こえがいい。人々は都合の良いこの噂を信じ込み、自分の町にも盗賊ドゥが世直しにきているのではないかと、心のどこかで期待した。
こうなってしまっては仕事どころではない。
だから俺たちはマルタの密貿易船に揺られて『中原』を離れ、南方に広がる広大な内海の向こう側『沿海州』へと渡った。
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「良い取引だった。次に俺が利用するまで首をくくられないでいてくれよ」
「素直に幸運を祈ると言えよ、盗賊ドゥ」
「幸運を祈る」
「お前もな。またいつでも声をかけろ」
船着き場でマルタ船長と別れた。港はひっきりなしに水夫や労働者が行き交い、あちこちから怒鳴り声が絶えることなく轟いていた。
港を離れるとどうやらその先が繁華街で、酒と魚と化粧の臭いが町に染み着いていた。
慣れないこの湿気にさえ目をつぶれば、なかなか理想的な町だ。
夜行性のモモゾウも眠気より好奇心が勝ったようで、モゾモゾと袋からはい出ると俺の肩に落ち着き、何も言わずに夕暮れの町並みを眺めていた。
貿易都市トーポリは混沌とした町だ。世の貿易港の常通りに治安が悪く、だが活気があって豊かだった。
その繁華街をまっすぐに進むと、道がどんどん細くなっていった。いや正しくは道の左右をバザーが埋め尽くすようになってゆき、人と人の距離がスリにやさしくなった。
「ドゥ、ボクチン、あの黄色い果物食べたい!」
「見たことがないやつだな……よし」
黄色くて長細い果物を農民風のおばさんが売っていたので、1本を半値で買い叩いた。半値でも笑顔で売ってくれるということは、まあそういうことなのだろう。
「あははははっ、あんたこの国は初めてかい? バニャニャは皮をむいてから食べるんだよ!」
「そういうことは先に言ってくれ、どうりで繊維ばかりで食いにくいわけだ……」
店のおばさんがちょっと乱暴に俺からバニャニャを奪い取って、綺麗にむいてから俺に差し出してくれた。
中の果肉をモモゾウに近付けると、一心不乱に齧りだした。
「まあっかわいい子だね! その子って北方の動物なのかい?」
「コイツは寒い地方のモモンガだ。ん……これは美味いな。やっぱり房ごと買う」
「親切にして得したよっ、毎度あり! ねぇあんた、よければ少しだけその子を――ぁ……っ」
ところが金を払ったはずがおばさんの顔色が急に曇った。
彼女の視線を追って肩越しに現れた人影を確認すれば、そいつは顔に大きな入れ墨を彫ったヤクザ者だった。
「よぅ、ババァ……誰に断りなくここで商売してんだぉ?」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだいよっ、お金ならもう払ったじゃないかい……っ! ほら、ネズミみたいな顔をした、顔のここに、大きなホクロのある中年の――」
「ぁ……? おいババァ、そりゃ払う相手を間違えてるぜぇ。ここはうちの島だぁ、そいつに払った金は無駄金だなぁ……」
「そんなこと言われてもアタシは知らないよっ! そういう問題はヤクザ同士でどうにかしてよっ!」
ああ、これはよくあるやつだ。どうやらこのおばさん、まずい場所に露店を構えてしまったようだな。
ヤクザとヤクザの縄張りの境界線で商売をすれば、双方からショバ代を請求されることになる。
「いくらだ?」
「あぁ? なんだ兄ちゃん、肌がなまっちろいってことは、外人だぁなぁ?」
「そうだ、俺はクロイツェルシュタインから来た学者だ。彼女の代わりに俺がショバ代を払おう。いくらだ?」
「いいぜぇ、30万クラウンだぁ」
「ちょっと待ちなよっ、そんなのいくらなんでもふっかけ過ぎじゃないかっ!」
30万となると、クロイツェルシュタインの相場で10倍ってところだな。
俺は肩のモモゾウに耳打ちして、注意を引くように頼んだ。モモゾウはすぐにヤクザ者へと威嚇に牙を剥き、俺の肩から離陸すると敵の周囲を旋回した。
さすがに集金袋からスリ取るのは難しかったが、ヤツの腰のダガーならば簡単だった。
「こ、このっ、何しやがるっ! だぁぁーっ、うろちょろしやがって、てめぇなんぞ毛皮にしてやるぁっ! あ、ありゃ……?」
「どうした?」
「えっ、あっ、ダ、ダガーが……俺様のダガーがねぇっ!?」
「酔っぱらってどこかに忘れてきたんじゃないのか?」
みるみるうちにヤクザの顔が青くなってゆくのがわかった。
ここは縄張りと縄張りが折り重なったヤバいショバだ。武装無しで歩きたくはないだろうな。……バニャニャを薄くスライスしてモモゾウに渡してやると、ますますヤクザの顔色が悪くなっていった。
「きょ、今日のところは勘弁してやるぁ! あ、ありゃ、おかしいな……く、くそっ、どこにやった……っ」
ヤクザ者が逃げ去って行くと、おばさんがバニャニャをもう1房こちらに突き出した。
「あはははははっ、アンタたちやるじゃないか! ほらもう1房持っていきなよっ、おかげで助かったよっ!」
「わーいっ、バニャニャがいっぱい!」
「まあなんてことっ!? あんた動物なのに喋れるのかいっ?!」
「うんっ、バニャニャありがとう、おばちゃん!」
「またか、モモゾウ……。ややこしくなるからお前は喋るなと言っているだろう……」
バニャニャをモモゾウごと袋に詰め込むと、俺たちはその場を去った。
バニャニャは思いの外に食べ応えがあって、参ったことに後を引いた。モモゾウと一緒に無心むさぼって一房を平らげると、歓楽街の酒場宿に落ち着いたところですぐに夕飯を食べる腹具合にはならなかった。
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新章 常闇の眷属ペニチュア編を始めました。
このエピソードはドゥの少年時代に深く関わるエピソードです。
ボリュームは約5万字。ざまぁ要素の強い展開は次の3章からになります。




