9.ランゴバルドの大盾
「プルメリア、俺たちは強力な自警団をスティールアークに新設したい。そのために、この財宝でありったけの武器防具を買うことにした」
「あっ、えっとっ、お願いしますプルメリアさんっ! 私……故郷を守りたいんですっ!」
モモゾウはプルメリアに飽きたのか、難しい話に付き合いかねたのか、袋へといそいそと戻っていった。
この流れだと、盗賊の流儀を曲げて盗みを手伝うことになりそうだ。
「ドゥ、盗みの仕事を受けてくれるなら、装備の斡旋は経費だけでやらせてもらうわ。それにそうね、もしそれだけで足りないなら、貴方を裏切った王家への復讐も手伝おうかしら」
「……武器防具の斡旋だけでいい。王家には、盗賊の流儀で5億オーラム分を請求するだけのことだ」
「わかったわ、ならこの条件で決まりね」
「……で、何を盗んでほしいんだ?」
声を潜めてプルメリアに寄ると、彼女は馴れ馴れしく人の頬に触れてきたのではねのけた。
「そのメガネ姿……アンタの小生意気さに拍車がかかってなかなかいいわね」
「さっさと仕事の話をしろ」
「ふ……【ランゴバルドの大盾】って知っているかしら? それがこの町を統括する、ガランド伯爵の家にあるそうよ。……ソイツを盗み出してくれないかしら?」
「え、それって……骨董品? 確か、昔の英雄の名前だったような……」
「そうよ、オデットちゃん。英雄カーク・ランゴバルドが時の王より賜った大盾よ」
「それ、お金では買えないんですか……?」
「買えないわ。買えない以上、盗むしかないから盗賊ドゥにすがっているの」
「……詳しく聞こう。ぅっ……馴れ馴れしく人に触れるなっ」
ちょっかいをかけてくる女の手をまたはねのけて、鋭く睨んだ。
オデットは慌てふためいたが、プルメリアは刃を向けたっても臆さない鉄の女だ。
「昔、とある貴族の家からそのランゴバルドの大盾が盗み出されたの」
そのプルメリアの口元から微笑みが消えた。どうやらこの話、単なる儲け話ではなさそうだった。
「大切な王からの賜り物よ。盾の紛失は瞬く間にスキャンダルとなって、貴族たちの耳に広がっていったわ……。まるで誰かが事前に油でも撒いていたかのように、それはもう激しく燃え上がったの……」
「つまり、最初からその貴族を貶めるための、陰謀だったってことか?」
「ええ。それがきっかけでその家は多くの信用を失った。失望した王は家から役職を取り上げて、没落を招いた……」
「でも、たかが盾1枚でしょ……? なのに……」
「そうね、バカみたい話ね……。でもそういう世界なの。バカみたいなメンツを張り合って、蜘蛛のように罠を張り巡らせているのがこの国の貴族よ」
ずいぶんと詳しいな。まるで近くで見てきたかのような言いぶりだ。
「そしてその家の失脚後に急激に台頭したのが、ガランド伯爵。それ以来、このリバードゥーンの治安は荒れ放題。まあ当然よね、伯爵はあの犯罪組織カドゥケスと深い関係を持っていたんだもの」
「わ、私、その名前聞いたことある! 絶対関わるなって、父さんが言ってた……」
俺がその元メンバーだと知ったら、オデットのお父さんは真っ青になるだろう。
しかし、そうか……。標的はあのクズどもの仲間か……。ならばこの話、乗らないわけにはいかないな。
「どうせ下調べしてあるんだろ、盾の在処について詳しい情報をくれ」
「ええ、頼りにしてるわ。盾は――」
詳しい情報を引き出すと、俺はモモゾウを袋に詰め込んで宿を出た。
役割分担だ。オデットはプルメリアと協力して武器防具の手配に動き、その間に俺が盗みの仕事を完遂させる。
これでオデットをこれ以上巻き込む危険と、あまりに重くて持て余しがちの財宝が消えるなら、今のところは損のない取引だった。
それとこれは余談だが、あのダマスカスソードには550万オーラムの値が付いた。俺の目利きにやはり間違いはなかった。
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闇商人プルメリアより得た情報を元に下調べをした。
すると納得と疑問と両方が生まれた。
納得は情報の正確さだ。対する疑問は、情報の正確さだ。
人に盗みを依頼する割に、プルメリアは詳しく調べ上げ過ぎていた。
そこで出発前に直接本人に疑問を投げかけると、こう返答が返ってきた。
『盗みに入るつもりだったの。けれどなんの運命か、貴方の姿を歓楽街で見つけてしまったわ。ふふふっ、まさか眼鏡のショートカットちゃんに化けているとは思いませんでしたわ。かわいい……』
だから情報が正確だったのだ。
いや、だが、そうなると……彼女がその身を賭して盗みに入る動機が必要になる。なぜそこまですると聞いたが、プルメリアは答えなかった。
なので俺はそちらの裏付けを済ませてから、ガランド伯爵邸の警備網の穴を突いた。
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いざ侵入してみると見張りの数が尋常じゃない。ガランド伯爵は敵が多いことを自覚しているようだった。
この場合、兵隊に化けるのがベストだ。
そこでメイクとメイド服で女に化けた俺は、夜の東屋にたたずんで獲物がかかるのを待った。
「おい、そこのメイド。こんなところで何をしている? その服、よく見るとこの屋敷の物ではないな……?」
「ここで主人を待っているのです……」
「どなたに仕えている?」
「それは……あの…………です……」
「聞こえん、もっと大きな声で言え。どなたのメイドだ?」
「すみません……。ですから、あの……」
男は女を前にすると無防備になる。メイドの小声に耳を寄せてきた兵士の首筋に、俺はナイフを突きつけた。
「武器を捨ててひざまずけ、逆らえば喉を斬る」
「お、男っ……!? うっ……!!」
従わないので足払いを仕掛け、布で猿ぐつわを噛ませて、服を脱がせてから拘束した。
「悪いな」
最後に昏倒させて兵士への変装を済ませると、俺は庭園を歩いて、プルメリアの下調べ通りに裏口から屋敷内へと入った。
ランゴバルトの大盾は屋敷内部の倉庫へと大切に保管されている。
プルメリアの選んだルートを進んでみると、巡回と1度も遭遇することなく倉庫の前にたどり着いた。
よっぽど大切な物を保管しているのか、倉庫の前には鉄の鎧とショートソードを身に付けた見張りが1人いる。……どことなく間抜けそうな顔だった。
「よう、お疲れさん。少し早いが交代だ」
「ん……新顔か?」
この屋敷は警備兵が多い。そこが穴だ。俺は仲間の振りをして見張りに近付いた。
「ああ、昨日からここに勤めている。人の顔が覚えられなくて困ってるよ……」
「わかる。ここは兵が多すぎる……」
「俺はジャックだ、よろしく」
「サーズだ。……本当にもう交代してくれるのか?」
「勤めてまだ2日目だからな、今後のためにも先輩方に気に入られておきたいんだ」
「そうか、なかなか賢いやつだな。なら後は任せた。お疲れ」
「お疲れさん」
見張りが倉庫の前から姿を消すのを見送って、彼が嘘に気付く前にピッキングで鍵を開けた。
「モモゾウ、見張りを頼む」
「任せて! 夜のボクチンに見えないものはないよ!」
「つくづくお前が相棒でよかったよ」
「ピィッ!」
「大きな鳴き声を上げるな……。じゃ、任せた」
倉庫に入ってみると、倉庫はえらく散らかっていた……。
といってもランゴバルトの大盾は壁に飾られていたので、発見は容易だった。
「これがランゴバルトの大盾か。これは……特別料金を請求するべきだったかな……」
防犯用のトラップを解除した。
盾を動かそうとすると、クロスボウから弓矢が飛んでくる仕組みだ。
ただしこれは二重に設置されている。そちらも情報通りだった。
「これは魔法式の音爆弾か。よっぽど人に渡したくないようだな」
想定外だったのは、防犯装置が三重だったことだろうか。危うくしくじるところだった。
これだから人からの依頼は受けるべきじゃない。盗賊王が俺にそう教えたのにも納得がいった。
「モモゾウ、斥候を頼む。盾が重くてかなわん……」
「ピィッ、ボクチンに任せて! 少しそこで少し待っててね!」
「俺が大盗賊とまで呼ばれるようになったのは、お世辞抜きでお前のおかげだよ。お前と俺で盗賊ドゥだ」
「えへへへへ……ドゥ、待っててね、大好きだよ!」
そのセリフ、誰にでも言ってないか?
モモゾウが戻るまで息を潜めて待った。今頃は壁から壁へと飛んではよじ登って、退路を探してくれている。潜入と脱出においてモモゾウは最高の相棒だった。
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