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1.私生児ドゥ

 父は王都セントアークで働く建設労働者、母は農村から逃げ出してきた小作人の娘だった。

 貧しい家だった。カビた黒パンに酸っぱい麦かゆ、たまに得体の知れない臭い肉が食卓に上るような、酷い家だった。


 そこに追い打ちをかけるように父が肺の病にかかった。

 母が家を空けて歓楽街で働き、病床で荒れ果てる父をこの目で見ていると、俺はもう悪の道に片足を突っ込んでいた。


「待てこのこそ泥っ、今日という今日は捕まえてやる!」

「ハッ、やれるものならやってみろよ、ハゲバカノロマの給料泥棒!」


「社会を舐め腐りやがってこのクソガキ! 憲兵を侮辱した報いを受けさせてやる!!」

「ハハハッ、そういうセリフは追い付いてから言いやがれ、バーカッ、ハーゲハーゲッ、このツルッパゲッ!」


「ハゲ言うなぁっ、クソガキィィッッ!!」


 最初は市場での窃盗。障害物であふれた王都の町並みは身軽なガキの天下だった。大人が入り込めない細い路地、荷馬車の下、建築物の2階3階に登ってしまえば追っ手なんて簡単にまくことができた。


「ぼく、目が見えないんです……」

「まあ可哀想……」


「聖地に行きたい……。そうすれば、神様がこの目を治してくれるかもしれないんです……」

「奥様、真に受けてはなりません。こういったやからは――」

「何を言っているの! すぐにお金を包んであげなさい!」


「ありがとう……。やさしい貴女に神様の祝福がありますように……」


 その次は貴族の同情を狙った詐欺。これは長くは続かなかった。実入りはかなりよかったんだが、顔が知れると成り立たなくなった。


「ドゥ、次はどこを襲う? 予定がないなら宝石屋なんてどうだよ。俺、彼女にプレゼントしてやりてえ」

「そういうのは1人でやれ。宝石なんて盗んでも、盗品屋に足下見られるのがオチだぜ」


「ならこの前のマフィアと組めばいいだろ!」

「ねーよ。大人がガキと対等な取引をしてくれるわけがねーだろ」


「そうだけど……俺、彼女に……」

「次は港の倉庫を狙う。運がよければ女が喜びそう物も見つかる。それで我慢しろよ」


 そこから悪ガキどもを率いての強盗へと手を広げた。これはメチャクチャに上手くいった。社会から捨てられたガキ同士は結束が固かったし、アジトに帰ればいつだって食い切れないほどの肉や砂糖菓子が積まれていた。


 あの頃は怖いものなんて何もなかった。仲間はみんな俺より年上だったが、俺をキレ者だと言って尊敬してくれた。


「ドゥ、ワシの物になれ」

「ヤダね、この変態野郎」


 だがしょせんは悪ガキ止まりだ。俺はたちの悪い大人に目を付けられた。


「お父さんの薬をワシが買ってやろう」

「金なら間に合ってる。俺はグズな大人どもとは違うんだよ」


 10歳の頃、闇組織カドゥケスの変態男が俺に目を付けた。名前はマグヌス。肥え太った薄気味悪い男で、世界で最も蔑まれ恐れられる仕事――人攫いを本業にしていた。


「もちろん知っているよ。ドゥ、お前には素質がある……お前には、生まれながら悪党の素質がある……。お前は素晴らしい……。お前は、生まれながらの悪だ……」

「付き合ってらんないよ」


 俺はその男に屈した。王都中の薬師が脅され、父を看てくれなくなったからだ。仲間がカドゥケスに捕まり、命の保証を条件に服従させられたからだ。


「ああ、ワシのドゥ……。お前はなんて美しいのだ……。そのカラスのように黒い髪に殺意に満ちた瞳……ああ、お前はワシの真実の宝だ……。お前がいれば他のオモチャはもういらん……」

「殺してやる。いつか貴様を殺してやる、覚えていろよ……」


「ヒヒヒヒッ、成長したお前に殺されるならワシは本望だ……! お前は間違いなく、悪の中の悪! 悪のカリスマに育つだろう! 憎め! その憎しみがお前を成長させる!」

「キチガイが……」


 右の背中に入れ墨を彫られ、俺は闇組織カドゥケスの仲間――いや、所有物にされた。それから2年間の服従の日々は、俺をより深い闇へと引きずり込むのに十分だった。


「小僧、俺と一緒にこねぇか!?」

「は……? てめぇ誰だよ、ジジィ」


 12歳になってしばらくしたある日、おかしなジジィが俺の前に現れた。


「テメェには盗賊の才能がある。俺とこいよ、小僧」

「俺は小僧じゃねぇ、ドゥだ。勝手なこと抜かしてんじゃねぇぞ、クソジジィ」


「いいじゃねぇか、その負けん気。盗みのセンスも荒削りだが、なかなか悪かねぇ……」

「ありがとよ。ご希望なら棺桶に入る手伝いをしてやってもいいぜ」


「ハハハッ、ガキのくせに言うじゃねぇか! ますますこんなゴミ溜めで腐らせるにゃ惜しい! よしっ、俺ぁ決めたぜ、小僧!」

「ドゥだって言ってんだろ、クソジジィ!」


「俺はテメェを盗む! 今日からテメェは俺のお宝だ!」

「…………はぁっ?!」


 俺はあの日、盗賊王エリゴルと出会った。

 ヤツは未来の盗賊王を盗むと犯行予告を組織に送り付け、ある晩、俺をまんまと屋敷の警備の中から盗み取った。


 俺の両親には匿名の何者かにより莫大な金が寄贈され、カドゥケスは盗賊王とドゥ少年を探したがついに見つからなかった。


「俺の目利きに狂いは1度もねぇ。テメェは最高のお宝だ、ドゥ!」

「うっせーよ、盗賊王。さっさと技を教えやがれ、俺はアンタを越えてやるんだ」


 盗賊王は何から何まで変なジジィだった。

 ジジィはいつだって財布を持っていなかった。必要になったときに必要な額だけを人から盗んで、ひょうひょうと調子のいいことばかり言って生きていた。


 信じられるかよ? このジジィ、盗賊王と呼ばれてるくせに、いつだって無一文だったんだよ……。

 お宝を手に入れるとしばらくはそれを愛でるが、いつの間にかどこかに消えているのが日常だった。


「いいか小僧、テメェが悪党であることを認めろ。どう言い訳しようと俺たちは悪だ」

「その話は聞き飽きた」


「しかし時に人を騙し、盗み取らなければ解決しねぇこともある。世の中綺麗事だけじゃ片付かねぇ。俺たち盗賊は、そのために生かされてるんだぜ。忘れんじゃねぇぞ」

「うっせー、聞き飽きたつってんだろ!」


 盗賊王は全ての技を俺に伝えると姿をくらました。それ以降、盗賊王の仕事は闇に消えることになった。

 きっとジジィはどこかでしくじって死んだんだ。俺はその後約1年を喪に服し、18歳を迎えるまで一切の盗みを止めた。


36話目まで1日2話更新です。

それ以降は1日1話更新になります。


ざまぁ要素はやや濃い目です。どうかこれから応援して下さい。


また宣伝となりますが、コミカライズ版【超天才錬金術師】1巻が重版しました。

書店の棚に復活していますので、もし興味が湧かれましたら探してみて下さい。

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