聖龍の巫女と龍人〜龍が孵化したら用済みだと追放されましたが聖龍は巫女の私にしか懐きませんよ?〜
──聖龍は国の守り神となり……と共に長きに渡り国を繁栄させた。
王家に代々伝わる古文書の言葉。
私はその言葉に従って、今日も聖龍の卵に巫女として祈りを捧げ続けている。
──リーン、お前は今代の聖龍の巫女に選ばれた。
私がそう言われたのは今から数年前のこと。
孤児だった私の元に王家からの使者がやってきて、そう言った。
初めは何かの冗談かと思った。
幼いころから孤児院で読み聞かせられていた物語『聖龍伝説』にも登場する聖龍の巫女に自分が選ばれた──なんて。
しかし冗談で汚らしい孤児である私の元に王家からの使者が来る、ということも考えられない。
──どうして私なのですか?
私はおずおずと尋ねた。
その言葉に答えたのは使者の中でもとびきり上等な着物をきた白髭の老人だった。
──ルピナス聖王国の筆頭占星術師による占いの結果、『今代の巫女は王都の孤児院にいる』と出たからだ。
占星術師というものがそもそもなんなのか、当時の私には分からなかったが、どうやら偉い人なのだろうということは分かった。
──お前のその見た目は代々の巫女の姿と同じだ。間違えるはずがない。
確かに──私の見た目は他の人とは違っている。
色を失ったかのごとく真っ白な髪や肌、そして誰もが不気味だという真っ赤な目。
『アルビノ』なのだと孤児院のシスターは言っていた。
どうやら、この自分でも不気味だと思っていた姿は聖龍の巫女である証らしかった。
私は内心歓喜した。
バカにされてばかりいたこの容姿が特別な役割を与えられる証となることに対して。
元より孤児院に居場所はなかった私は二つ返事で巫女の役割を果たすことに同意した。
それから数年──私は王城の一角にある部屋で今日も朝から祈りを捧げていた。
目の前にある淡く明滅する宝石のような物体──聖龍の卵に向けて。
その卵に優しく触れて、祈りを込めながら魔力を流し込む──それこそが巫女の役割、それだけが巫女の役割。
私はその役割を誠心誠意、全うしていた。
初めはあの孤児院から救い出してくれた恩に報いるために。。
しかし今は違う。
“この子”を早く卵から孵してあげたい──その一心で。
祈りの魔力を注ぎ続けていると、魔力を介して”この子”の考えていることが分かるようになったのだ。
──早くここから出たい。
その気持ちが伝わってくる。
(もう少し待ってね、私がここから出してあげるから)
長年に渡って、それこそ何代にもわたって魔力を注ぎこまれてきたのだろう。
その卵はまるで魔力の塊だった。
注げど注げど、溢れることはない器に魔力を注いでいるような気さえする。
だが私の中にいつからか芽生えた母性のような──愛おしさ。
今はこの国に利益をもたらす、とかいう聖龍の伝承に興味は無かった。
目の前にいる“この子”のために私は祈って魔力を注いでいるのだ。
そして私の願いは──ついに叶った。
いつもの通り祈りを捧げていたその時、
パキッ
渇いた音と共に卵にヒビが入った。
その隙間から魔力が漏れ出るのを感じる。
それと同時にこの魔力が全て漏れてしまう前に、卵を孵化させないといけない──直感でそう悟った。
だから私はいつにも増して長時間魔力を注ぎ続けた。
パキッ──ピシッ──バリッ
次第に卵に入ったヒビが、亀裂が広がっていく。
私は直感的にその時が来たのだ、と感じた。
──もう少し……もう少し……
時間になっても部屋から出てこない私を不審に思ったのか、私のお目付け役として配属された侍女が部屋の扉を開けて様子を覗き込んできた。
「今は邪魔しないで!」
自分でも驚くほど大きな声でその侍女を威圧した。
その剣幕に押されたのか侍女は「ヒッ……」と声を漏らして走り去っていた。
きっと王族の誰かを呼びにいったのだろう。
孵化する瞬間を──国に利益をもたらすとされる聖龍の誕生を待ち望んでいるのだから。
だけど……もう今から呼びにいっても間に合わないはずだ。
だってもう、臨界点を迎えたのだから。
ピシッ……
一際大きなヒビが入る。
そのヒビを中心にして、更にヒビが放射状に広がっていき──弾けるように卵が割れた。
気付けば汗まみれになっていた。
どれだけの間集中していたのだろう。
「は……はは」
思わず笑いが漏れる。
報われた──というより待たせてごめんね、という気持ちの方が上回った。
割れた卵の中から出てきたのは、私の上半身ほどの大きさしかない小さな幼体の龍だったのだから。
それからすぐに王族を先頭に貴族の面々が我先に、と聖龍の元へと詰め寄ってきた。
私は不敬を承知で、聖龍を守るために王族や貴族の歩みを制止する。
「お待ちください、聖龍はたった今孵化したばかりで消耗しています。どうか刺激なさらないでください」
この子はきっと、この小さい体で内側からこの殻を破るために全身全霊の力を使ったはずだ。
大人数に囲まれて騒がれては、余計に消耗してしまう。
「何様のつもりだ」「身分をわきまえろ」罵詈雑言を受け止める。
私は聖龍の巫女、ただ祈り魔力を注ぐだけの消耗品。
王族や貴族にそう思われているのは知っている。
だけど、ここは私にとっては引けない場面だった──誰が相手でも。
「もうよい」
一際大きな声が響くと、騒がしかった貴族たちが水を打ったように静まり返る。
その声の主はこの国の王だった。
私はほっと大きく息をつく。
よかった、王様は私の言う事を分かってくれ──
「もうよい、リーン」
「え?」
「聖龍の巫女としての役割は終わりだ」
王様はただ冷淡に私に告げる。
「聖龍が孵化した今、お前はもう用済みだ。褒賞ならくれてやる。さっさと王城から立ち去るがよい」
「そういうことを言っているのでは──」
「黙れ、貴様! 王の御前だぞ!」
「そうだ、どうせ国に莫大な利益をもたらすという龍の力を独占しようと目論んでいたのだろう!」
ダメだ。話を全く聞いてもらえない。
この子には私が必要だ──だって。
「おい、こいつをさっさと追い出せ」
「待ってください!」
「これ以上抵抗するなら不敬罪で処刑するぞ!」
「……ッ!?」
今死ぬわけにはいかなかった──だって。
だって、この子を成体まで成長させるには私の魔力が絶対に必要なのだから。
私だけがその事実を直感的に把握していた。
それから私は褒賞としてもらった屋敷で生活することになった。
私一人で住むには広すぎる屋敷には何人もの使用人がいて、私の生活に必要な全てを私の代わりに行ってくれる──言ってしまえば軟禁状態にある。
「どうしよう……あの子が心配」
私は少しの間も一人になることが許されない窮屈な時間の中、あの子のことだけをひたすら考えていた。
あの子が生まれた瞬間、私とあの子の間に魔力的な繋がりが生まれたのを感じた。
傍にいたあの瞬間はハッキリと感じられた繋がりは、距離が離れるほどに引き延ばされて今は細く張った糸のように強く意識しないと感知できなくなっている。
あの子が生まれた時、あの子が疲れているのだと分かったのはその魔力的な繋がりを介して情報を得ていたからだった。
そして……その時に得た情報はそれだけではない。
あの子は……聖龍はまだ私の魔力を必要としている──。
まだ自力で物を食べることができない赤子と同じで、あの子はまだ自力で魔力を補給できないのだ。
そしてその魔力を供給できるのは聖龍の巫女である私だけ……。
このままだと近いうちにあの子は衰弱してしまう──見張りを兼ねているのであろう使用人たちにこのことを王様に伝えてくれ、と何度もお願いした。
それでも聞き入れてはもらえず虚しく日々は過ぎるばかりだった。
それから無限にも思える数日が経ったある日のことだった。
「リーン、貴様は我が国に利益をもたらす聖龍に何をした!?」
激昂した貴族が怒鳴り込んできた。
私の直感通り、やはり聖龍の幼体は日に日に衰弱しているらしかった。
「私は何もしてません──何もしてないからいけないのです!」
私は黙っていられなかった。
相手が貴族とはいえ、事が事だ。
不敬だとか何だとか知ったことか。
「つまりお前のせいだと言うことだな?」
焦った様子の貴族は聞く耳を持ってくれない。
それでも私は伝えることを放棄しなかった。
「違います! 赤子が母親なしでは生きていけないように、聖龍も巫女なしでは生きていけないのです」
「何故貴様にそんなことが分かる!」
「巫女だからです。どれだけ言葉を尽くしても他人には理解できない──魔力的な繋がりが私とあの子の間にはあるのです」
証拠なんて出せやしない。
だから言葉を信じてもらうしかなかった。
「嘘だ!」
吐き捨てるように貴族は言う。
その顔には焦燥にも似た色が浮かんでいた。
──もしかすると、この人が聖龍の世話に関する責任者なのかもしれない、と私は思った。
もし、聖龍を死なせてしまえばこの人もただでは済まない。
責任を負わされるはずだ。
だとすれば、言い方次第では何とかなるかもしれない。
「落ち着いてください。あの子──聖龍を死なせたくはない、この点において私たちの気持ちは一致しているはずです」
「それは……そうだが」
「なら私が何か変なことをしないか見張りを付けたうえで、私を聖龍の元まで案内してはもらえませんか? もちろん、何か変なことをするようなら──即座に取り押さえてもらってもかまいません」
「つまり……何かがあったら貴様の責任ということだな」
「責任は全て私が負います」
貴族の瞳が揺れる。
やはりこの人は責任を自分が負いたくないだけなのだ。
それが分かってしまえば、そこに付け込んでしまえばいい。
聖龍の巫女として社交界、貴族の世界にも足を踏み入れ、欲にまみれた彼らの姿を知った。
彼らは責任という言葉を何よりも嫌う。
「分かった……ただし何かしたらすぐに貴様の命で償ってもらうからな」
「理解しております」
「ならついてこい……」
渋々と言った様子でその貴族は私を聖龍の元へと案内してくれた。
「なんでこんなになるまで……」
聖龍の様子を見た瞬間、私はあの子の苦痛を察した。
豪華な祭壇の中に調度品のごとく飾られていたあの子の周りには肉や魚に果物、ありとあらゆる食べ物が準備されていた。
見た限り、どれにも手をつけている様子がない──というより手をつけられないほどに衰弱していたのだ。
もう少し遅かったらどうなっていたか……
「もう大丈夫だからね」
私があの子の前に立つと、まだ小さな体をピクリと動かした。
どうやら母代わりである私が来たことに気づいたらしい。
聖龍、と言われるだけあって全身が淡い光に包まれていて神々しい。
私は手をかざして……額に指を添えた。
「おい……!」
見張りの制止を振り切って、私は深く集中した。
卵に魔力を注いでいた時と同じように、一途な祈りを魔力に込めて聖龍へと流し込む。
瞬間。
聖龍の鱗が宝石のごとく光を放ち始めた。
私とこの子の間に繋がっていた魔力の通り道が今はハッキリと感じられる。
その通り道に魔力を流し込んだ。
私の限界まで。
そして私は魔力切れを起こしてガクリと膝をついた。
「おい……」
呆けていた見張りが時間を取り戻したかのように私を取り押さえる。
「お前……何をした!」
「魔力を注いだだけです……」
「他の者が同じようにやっても何も起こらなかったぞ」
なるほど、私が屋敷の使用人に言った情報はちゃんと伝わってはいたらしい。
おそらく別の人間で試したのだろう。
「それは私が巫女だからです」
「説明になってない……本当は何をしたか話してもらうぞ──」
見張りの者が私を取り押さえようとしたその時。
──キュイ
甲高い鳴き声が響いた。
その声を発したのはもちろんあの子だった。
小さな翼を不器用に動かしながら、淡い光を放ったまま四つ足で立ち上がる。
そして目の前に置かれていた肉にかぶりついたのだ。
「……やった」
私は取り押さえられているというのに、ほっとして嘆息を漏らしてしまった。
見張りの者が私を抑える手も緩む。
私たちのそんな視線なんて気にすることなく、あの子は貪るように、肉を食べ続けていた。
──龍の成長には巫女の力が必要である。
考えは改められ、私の利用価値は再び見直された。
王様は憎々し気に私を睨みながらも、その事実を受け入れていたようだった。
心配しなくても、私は聖龍が国にもたらすと言われている莫大な利益には興味がない。
ただ、それがあの子を苦しめる方法なら命を賭してでも止める覚悟でいた。
芽生えた気持ちはきっと息子や娘に対するそれと同じ母性なのだろう。
親愛──という言葉が一番近いのかもしれない。
そして再びあの子の世話係として毎日魔力を注ぎ続ける生活が始まった。
あの子も私のことを『魔力をくれる人』と認識してくれたようで、朝あの子の元へ行くと、あの子の方から飛びついてくるようになった。
どうやら懐かれたらしい。
それがたまらなく愛おしく思えた。
魔力を注ぎ、食事などの世話をして──再び魔力を注ぎ。
忙しく日々は過ぎていった。
あの子はみるみるうちに大きくなり、二十日としないうちに私の背丈を超えた。
その成長スピードには目を見張るものがある。
さすがにそこまで来ると小さな部屋の中に閉じ込めておくわけには行かない、ということで王城から少し離れた場所に聖龍の厩舎が作られ私もそこで生活することになった。
そしてそんな生活を続けて一年が過ぎた頃、あの子に大きな変化が訪れた。
聖龍の全長は既に私の身長の三倍を超え、大型の魔獣と並ぶほどの大きさとなっている。
そこまで大きく成長したあの子に、いつものように魔力を注ぐと──
「え?」
あの子の様子がおかしい。
いつもは魔力を注ぎ終わると収まっていたはずの宝石のような光が、魔力を注ぎ終えても灯り続けている。
神々しい光だ。
この世界のありとあらゆる光を吸収して、鱗から放っているようだった。
しかしだからと言って眩しくて目が開けられない──ということは無い。
太陽の光のように暖かい、どこかホッとする光だった。
そしてその光は徐々に収まったのだが……どこかあの子の雰囲気がおかしい。
子供のように無邪気な様子がどこかへ消え、突然大人になったかのような……
──貴女が今代の巫女だな?
突如頭の中に声が響いた。
「……そうです。リーンと言います」
私はあの子──聖龍に向けてそう伝えた。
直観的に頭に響いた声の主が聖龍だと判断して。
──私に魔力を注ぎ続けてくれたこと、感謝する。貴女のおかげで私は成体になることができた。
どういうことだろう。
まるで、人が──龍が変わってしまったかのようだ。
あまりにも変化の振れ幅が大きすぎる。
これが成体になる、ということなのだろうか。
すると聖龍は私の心を読んだかのように
──龍は生命の渦の中に生きるもの。成体になった私は前世の知識を取り戻したのだ。混乱させたようで悪かった。
「いえ……聖龍様が謝るようなことでは……」
目の前の聖龍は威厳に満ち溢れていてなるほど確かに伝説上の生き物だ、と納得せざるを得ない。
自然と畏まってしまう自分がいた。
──リーン、そのように緊張しないでも大丈夫だ。私はリーンがしてくれたことを全て覚えている。
そんな私の様子を察してか、柔らかい物言いで私を落ち着けてくれた。
──それとこの国の王族や貴族たちがリーンに対して行った仕打ちもな。
一転して今度は体がすくんでしまうような恐ろしい光を目に宿して。
その落差に混乱してしまう。
──さて、本来であれば人と龍は共存するものだ。我々龍が孵化して成体になるためには人間の巫女に魔力を注いでもらわねばならない。その礼として我々は育ててくれた人間たちの願いを叶える──本来であればこの国の王たちに礼をすべき所なのだが……奴らは欲深過ぎる。私の力をロクでもないことに利用しようと企んでいるのだろう。
その様子は容易に想像できた。
目をギラつかせる王様や貴族たちはきっと自分たちの私利私欲を満たすためにしか願いを使おうとはしないだろう。
このルピナス聖王国に生きる民を慮る気持ちは彼らには微塵もないことを私は知っていた。
──というわけでリーン、貴女を龍人の里に客人として招くことをもって礼としたいのだが……どうだろうか? 私と共に来てくれないだろうか?
「それはどういう場所なのですか?」
──人の言う天国や桃源郷という概念に近い場所。空を飛ばないと決して辿り着けない秘境だ。私の同輩が穏やかに暮らしている。私と共にそこで暮らさないか? 私の番として……
聖龍の提案は確かに魅力的なものだった。
どうせ、私の居場所はここにはない。
断る理由はまるで見つからなかった。
ただ一つ、気にかかる言葉があった。
「……番、ですか?」
──人間で言うところの夫と妻、だな。
「私たちは種族すら違うのですが……」
──何、それなら心配ない。
聖龍はそう言うと、グルルルルルと喉を鳴らした。
再び光が──今度は眩いほどの光が聖龍を包んだ。
そして光が収まると──私の目の前にいたのは瞳に柔らかな光を携える一人の青年だった。
尖った耳と、首元に鱗が見え隠れする以外ほとんど人間の姿と大差はない。
他に特徴をあげるとするならば……女の私ですら嫉妬もできないほどの傾国、と名の付くに相応しい絶世の美青年である、ということだ。
「どうだ? 驚いただろう?」
「いや……驚きましたけど」
「龍人化……というやつだ。我々龍族は龍の姿と龍人の姿、どちらの姿にも自由自在に変化することができるのだ。この姿ならリーンと愛し合うことだってできる」
何やら様子がおかしい。
私を見つめる瞳が妙に熱っぽい。
それはまるで恋をしているかのようで……
「お察しの通り私は甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれる貴女に惚れてしまったのだ」
「へ?」
私にとって成体になる前の聖龍に対して抱いていた気持ちは母性からくる親愛だった。
だが──こんな筆舌に尽くし難い美貌を持つ青年に言い寄られると、その親愛が別の愛へと変化してしまいそうになる。
「どうか龍人の里に着いた暁には、私と番に……いや私の妻になってはくれないか?」
どうやら私は聖龍に求婚されてしまったらしい。
それは私にとっても初めての経験で……何て答えればいいのか分からない。
だけど──不思議と嫌ではなかった。
どう足掻いてもこの後の展開はR18にしかできなかったので……中途半端になってしまいました。
ありがとうございました、
ブラバする前に感想や★★★★★から評価をしていただけると嬉しいです。