第74話 取り返しのつかないこと
会議室を離れて最初に口を開いたのは楓だった。
「ねぇ愛翔。どうしてこんな時間をつくったの?」
「まぁそうだな。実感させるためかな」
「どういうこと?」
「さっき林さんの保護者、直也さんて人なんだけど、が自分の娘は認めているって言っただろ?」
「そうね。その割には林さん自身は納得してない感じだったけど」
「あの林直也さんて人、エスゲイルのスカウトなんだよ。まぁ俺の担当じゃないけどね。で、楓には話しただろエスゲイルとステラスターのどっちかを選ぶつもりだって。今回の事を理由にエスゲイル断ったんだ。で、金曜日に林さんが休んだだろ、あれはその絡みだと俺は思ってるんだよね。そういう事を共有させるための時間。そうすれば特に斎藤さんには効果抜群だろうな」
「あ、愛翔とスポンサード契約を結びたいって言ってた?」
「そう、林さんの事を聞けば、自分の娘のしでかしたことが跳ね返ってくることを予想できるだろうからね。でそういった部分を共有させて謝罪したほうが良いと思わせる。まぁこんな損得での謝罪には意味は無いけどね。ここまでが今日の第1段階」
「第1段階ってことは第2段階もあるの?」
「あるよ、第1段階が罪を認めて謝罪なら、第2段階は、それに対する罰と補償って感じかな」
「罰と補償?」
4人の疑問の声が重なった。
「いくら事実を認めても、形だけ謝罪して痛みもなく終わりなら繰り返すよ。だから、こういうことをすると痛い目に合うとわからせる必要がある。それに桜も楓も彼女たちが傍にいることに耐えられるか?俺は嫌だぞ。大切な人を傷つけられてそれでも一緒にいる?俺には無理だ」
いつしか愛翔の手が拳を握っていた。爪が手のひらに食い込み、食いしばる歯はガリガリと音を立てる。普段冷静で負の感情を表に出すことの無い愛翔が怒りに震えていた。
数回の深呼吸で愛翔は冷静さを取り戻し
「そろそろ時間だな。戻ろう」
愛翔たちが会議室に戻ると明らかに雰囲気が変わっていた。席に着いた愛翔は、そんなものは関係ないとばかりに口を開いた。
「結論は出ましたか?」
西園寺校長が代表して答える。
「ええ、こちらの生徒たちが嫌がらせを行った事を認め、謝罪をすると言っています」
それに対して愛翔の返事は冷たい。
「ああ、言葉だけの謝罪など不要です。本心から反省した謝罪ならともかく外部要因によってイヤイヤ行われる謝罪に価値などありませんから」
「しかし、ケジメとして……」
校長が続けようとするのに被せて愛翔が口を開く。
「いえ、不要です。しかし、自分たちが加害者であると認めたのですよね。ならば言葉による謝罪でなく形に残る賠償をしていただきます。また、こちらから要請するようなものではありませんが学校からも厳正な処分をされることを希望します。私たちはこのような一方的な嫌がらせをしてくる方たちと机を並べて高校生活を送りたくありません」
「賠償だと、処分だと謝罪すると言っているのだからそれでいいじゃないか」
「謝罪されても時間は戻りません。心の傷は残るんです。本心でない謝罪になど、なんの価値もありません。それを補うのが補償であり、罪を犯した者には罰が与えられるのが法治国家での原則です。それも無しで終われば彼女たちは本当の意味での反省をしないでしょう」
「結局は金でしょう。金が欲しいから、こんな事をしたんでしょう」
加害者の女生徒の一人が叫んだ。
「ならば、別の何かで補償をしてもらってもいい、こちらが受けた被害に相応したものを提示してもらいたい」
「だから謝るって言ってるじゃない」
「ふざけるな!謝ればすべて済むとなど思っているのか。いい度胸だ、俺がお前の顔を蹴りぬいてやろうか。サッカー選手の蹴りを甘く見るなよ。二度と見られない顔にしてやる。そして『申し訳ございません』と謝って終わりでいいんだろう。お前たちの言っていることをそういう事だ」
「ぼ、暴力と一緒にするな」
「は?一緒なんだよ。知らないのか心を傷つける行為は傷害罪に問われるんだ。つまりお前たちが行ったのは犯罪なんだよ。良いか、こちら側は別に賠償を受け取る必要は無いんだ。このまま立ち去って警察に届けるだけで排除できるんだからな」
そこに理事長がおさめに入った。
「心の傷にしろ、時間にしろ取り返しのつかないことに変わりはありません。そういう場合、結局はお金で話をつけるしかないのはお判りでしょう。また現状にあたり学校側からもなんらかのペナルティを課さざるをえません。そのペナルティにつきましても被害者の心証も考慮したものにならざるをえません。そのうえで話をすすめてください」




