037 邂逅・・・ポルジン森林の大蛇
◆ポルジン森林
鬱蒼と生い茂る森林の中は蒸し暑さに包まれていた。
額から流れ落ちる汗を拭いながらアルマは歩を進める。
数多くの蜘蛛そしてトレントと死闘を繰り広げたアルマであったが未だに依頼のルデン草は数をそろえられていない。
あの戦闘の後にも何度も襲撃を受けて蜘蛛の相手は慣れてしまった。
トレントにしても『看破』スキルがレベルアップしたことで奇襲を受けることが無くなった。
そのため危なげなく森の奥へと進むことができた。
「………っつ!!」
何体目かになるか分からない蜘蛛を右手に持つ短剣で倒した。
既に勝利の喜びも薄れてしまった。
「少し休憩するか。」
そう呟くアルマに返答を返すものはいない。
アルマは度重なる戦闘に疲れた体を癒すためにその場に座り込んだ。
苔むした大きな木にもたれかかって空を見上げる。
そこには一面を覆いつくす枝葉があった。
空の青さは見えないが、薄っすらと入り込む光が未だ日が高く昇っていることを知らせてくれる。
火照った体を冷やしながらアルマはその時間を噛みしめていた。
目をつぶり周りの音に集中する。
清涼感のある風が木々を揺らす音が響く。
アルマはその心地よい音色に疲れが吹き飛んでいくように感じた。
完全に弛緩した状態であった。
それは油断だったのだろう。
不意にアルマの左足に激痛が走る。
「っつ!痛い!!」
驚き目を開けるとそこには全長2mは超える大蛇がその牙を光らせていた。
噛まれた。
そう思い至るのに時間はかからなかった。
アルマは急ぎ立ち上がり、その蛇から距離を取ろうとする。
しかし、足に力が入らなかった。
無様に転がりながらもなんとか距離を取ったアルマは自身のステータスを確認する。
状態異常:毒(第2種)
ステータスにはそう表示されていた。
毒の影響かHPも時間がたつ毎に徐々に減っていっている。
これが蛇毒なのかと驚きながらも急いでインベントリを操作する。
予め作っておいた第2種キュアポーションを取り出し使用する。
すると先ほどまで力が入らなかった足に力が入るようになった。
(HPの減少も止まった。よし、キュアポーションが効いているぞ。)
その効果を確認するとすぐさま立ち上がり短剣を抜いた。
蛇は1匹だけだった。
灰色の鱗におおわれた体を持ちその目は金色をしていた。
大きく開かれた口には2本の牙が見え、その牙と牙の間で細長く先の割れた舌が震えていた。
(さっきはあの牙で噛まれたのか。)
そう考えながらじっくりと蛇を観察するアルマに蛇はその体を滑らせてゆっくりと近づいてくる。
悠長に蛇が間合いに入るのを待っているアルマ。
蛇はそんなアルマの行動を見て笑っているようであった。
少しムッとするも堪え蛇が近づくのを待つ。
あともう少しという所まで蛇が近づいたとき蛇はその長いからだを折りたたむようにして縮めた。
何をしていると疑問に思ったのもつかの間、勢いよくその体を伸ばしアルマめがけて飛びかかってきた。
大きく口を開きその牙を突き立てようとする蛇にアルマは驚きながらも横に飛んで回避する。
(な!!そんな攻撃ありかよ!?)
とっさの行動で体勢が整わないアルマ目掛けて、姿勢を整えた蛇が再度飛びかかる。
アルマは地面を転がるようにしてその攻撃を避ける。
そのまま2回、3回と転がり蛇との距離を取る。
再度蛇と対峙するようににらみ合う。
(こっちから近づかないとだめだ!!)
そう考えたアルマは水魔法で牽制しながら蛇に向かって駆け出した。
蛇は水魔法を華麗によけながら近づくアルマめがけて飛びかかった。
アルマもそれは予想していたのだろう。
体を捻って蛇の牙を避けるとすれ違いざまに右手に持った短剣を振るった。
その攻撃は蛇の体を易々と割いた。
(よし!トレントと違ってこいつは柔らかいぞ!!)
そう感じたアルマはすぐさま2撃目を攻撃するために再び蛇に接敵した。
地を這う蛇に攻撃のしにくさを感じながらも2撃、3撃と攻撃を繰り返し当てていく。
蛇もただ攻撃されているだけではない。
近づいたアルマに噛みつこうと何度も何度も飛びかかってきた。
しかし、ルサールカの高い俊敏を生かしてアルマはその攻撃を危なげなく回避し続ける。
蛇の攻撃手段は凶悪な2本の牙による噛みつきしかないようだ。
だからこそその攻撃を当てるために蛇は何度も飛びかかっているのであろう。
しかし、その攻撃はすでにアルマに見切られている。
ここまで行ってしまえばあとは作業のようなものであった。
アルマは蛇のHPが切れるまでひたすら回避と攻撃を繰り返していた。
遂にHPが0となった蛇は光となって虚空に消えた。
アルマの勝利である。
アルマはその事実に喜ぶも先ほど奇襲を受けたばかり、すぐに気持ちを引き締め辺りを伺った。
特に近づく敵がいないことを確認すると今度こそ声を出して喜んだ。
「よっしゃ!!」
その喜ぶ声が深い森に木霊する。
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「っし。あと10株。」
蜘蛛やトレントに加え蛇の襲撃を受けながらもアルマは目的のルデン草を集めていた。
森に入り込んだ時には日は森の中を薄っすらと照らしていたが、今ではその暗さがより濃くなってしまっていた。
確かに依頼された量は多いが単純に集めるだけならばここまで時間はかからなかっただろう。
それはひとえにモンスターの襲撃の苛烈さを物語っていた。
それも後一息。
目的の200株まで残りあと10株というところまで来ていた。
アルマは周りに注意を払いながらも気持ちが浮かれているのを感じ取っていた。
そんな時であった。
―ゾクリ
アルマ自身を見つめる何かがいることに気が付いた。
嫌な寒さが全身を襲う感覚を覚える。
視線の主、その姿は見えない。
しかし、確かにアルマを見つめているのだ。
背中に気持ちの悪い汗が流れるのを感じる。
先ほどから『索敵』スキルが警告を鳴らし続けている。
それでもどこからアルマを見ているのかわからなかった。
アルマは立ち止まりしきりに当りを見回す。
木々が動く音に集中して、その視線の主の居場所を探ろうとするも、先ほどから吹きすさぶ風のせいでわからない。
万が一に備えてインベントリからHPローポーションを取り出し、右手で腰に佩いた短剣を抜き放つ。
嫌な予感はどんどんと強くなっていく。
今すぐにこの場を走り去りたいという感情が生まれるも、その視線の主に隙を見せれば一息に殺されてしまうのではないかという考えからそれを実行に移すことはできなかった。
じりじりと後ずさるり、大樹に背中をつける。
(これで背中からの奇襲は大丈夫だ。さぁ、いつでも来い!!)
そう心の中で意気込むも視線の主はいまだにアルマの目の前には表れてくれなかった。
どれだけ長い時間そうしていたかはわからない。
実際にはほんの数秒だったのかもしれないし、数時間以上だったと言われても疑いは持たなかっただろう。
アルマを包む緊張感は時間間隔を狂わせていた。
不意にこの感覚は気のせいで本当は視線の主なんていないのかもしれないと考える。
でも、そんなはずはないのだ確かにシステムに従って『索敵』スキルが反応している。
その事実はアルマのそんな考えを否定した。
しかし、ほんの一瞬。
そうほんの一瞬そう思ってしまったために生まれた隙があった。
その隙を見逃さずに視線の主は動き出した。
それはアルマの真正面、木々が立ち並ぶ森の向こう側、その真っ暗な暗闇の向こうからやってきた。
勢いよく飛び出したそれをアルマははじめ認識できなかった。
ただ、危険なものであることは分かった。
その認識に従うように真横に大きく飛んで回避を試みる。
直後アルマが先ほどまで背を預けていた大樹に巨大な何かがぶつかった。
それは蛇であった。
先ほどまで何度も戦っていた蛇ではない。
それよりも巨大な蛇だ。
太さだけで2mを越えており、その尾は暗闇の中に続いていて長さを推し量ることはできなかった。
しかし、鱗におおわれた頭と手足を持たない長い胴体、そして大樹に噛みついた大きな顎は蛇と呼ばれる生物に酷似していたのだ。
―バキバキ
その蛇が顎に力を入れると大樹が音を立てて倒れた。
それをゴミでも捨てるかのように軽く首を振って放り投げると蛇はその真っ赤な双眸をアルマに向けた。
閉じた口からは2股に分かれた舌がチロチロと顔を覗かせている。
(こ、こいつはレーンクヴィスト!?)
真っ黒な鱗に覆われた体と真っ赤な2つの眼を持つそれはユニークモンスターなのだと確信した。
疑う余地などなかった。
その巨大な体が放つ存在感はその辺のモブモンスターとは一線を画していた。
足がすくむのを感じる。
蛇に睨まれた蛙というのはこういうのを言うのだろうか。
そう考えながらも必死に体を動かそうと意識する。
しかし、アルマの意志に反して体は思うように動かなかった。
(確かに俺は恐怖している。でも、ここまで体が動かないのはおかしい!!)
そう考えたアルマはとっさに自分のステータスを確認した。
状態異常:麻痺(第2種)
そこには自分の状態が異常であることを知らせるメッセージが表示されていた。
(な、俺は攻撃をまだ受けていないぞ!!)
急ぎHPを確認するもそちらは先ほどまでと変わらない数値を示していた。
(って、ことは空気からか?それとも単に睨みつけただけで状態異常に陥ったのか!?)
アルマはその事実に驚きを隠せなかった。
ポルジン森林に入ってから戦ってきた蜘蛛や蛇の毒はその攻撃、牙を受けたことでかかっていた。
それが一切の攻撃を受けることなく麻痺を受けることになったのだ。
しかし、アルマにはこの事態に心当たりがあった。
アルマが使う毒薬。
それを水魔法【ミスト】で霧状にした場合は直接的な攻撃ではなく、呼吸を持って毒を与えることができる。
だからこそ、アルマは驚きながらも冷静に対処することができた。
インベントリを操作し第2種キュアポーションを取り出す。
覚束ない手つきでその薬瓶の蓋を取り、中身を飲み干す。
そうすることでやっとアルマの体は自由を取り戻すことができた。
レーンクヴィストは変わらずアルマをにらみ続けている。




