003 キャラクター作成
◆白亜の書架
目を開けるとそこは真っ白な部屋の中であった。
四方を壁で囲われ、本棚や書き物机などが置かれた部屋。
そのすべてが象牙のような白さを持っていた。
「こんにちは。」
ふいに背後から女性の声が聞こえた。
吃驚しながら振り返るとそこには微かに光る球体の何かがふわふわと空中に浮かんでいた。
「あれ?聞こえなかったかな?じゃあもう一度、こんにちは。」
「こんにちは。」
「うんうん、挨拶はコミュニケーションの基本だよね。健全な人間関係は挨拶に始まり挨拶に終わると昔の偉い人も言いました。」
「えぇ。」
「と言っても、私は人間じゃないから人間関係って言うのもおかしいよね。この場合は何だろう?人外関係?」
おそらくその空中に浮かんでいる光源がしゃべっているのだろう。
こちらの困惑を無視して、次々とまくしたてるように一人でしゃべって盛り上がっている。
「でも人外って言うとなんか語感がよくないよね。こっちは確かに人間じゃないけど、その心の在り方は人間と違いないんだからさ。それをあたかも犬猫と同じように人外で一括りにするのはよくないよ。」
「あの。」
「いやいや犬猫を下に見ているわけじゃないよ。犬猫にだって人間にはまねできないことの1つや2つ、いや10や100はあるしね。でも、言語という知性の結晶を介してコミュニケーションを図る人間からしたら獣のコミュニケーションっていうのはなんて言うか本能に忠実過ぎるよね。」
「もしもし。」
「話がそれてしまったね。何が言いたいかというと人間であろうと人間なかろうと言語をもってコミュニケーションを行う以上はそのコミュニケーションにおいて一番大事なのは挨拶であることに変わりがないということさ。そもそもだね………。」
「あの!!!!」
「おや!吃驚したな。なんだい急に大きな声をだして。」
ふわふわと浮かぶ光源はようやくこちらに注意を向けてくれた。
「あの、どなたですか?」
「これはこれは、親に人に名を聞くときは自分からとは習わなかったのかい?まあいい、私は………そうだな、ここではナビと名乗っておこうかな。ミスティック・ストーリー・オンライン通称MSOでプレイヤーを導く立場のいわゆるAIというやつさ。」
「AI?」
「そうさ、ここではキミ、えーっと?」
「蓮司。上坂蓮司です。」
「そうか蓮司君。いい名前だね。蓮司君がMSOを始めるにあたりキャラクターメイクをサポートするためにいるのさ。」
「キャラクターメイクですか?」
「そうキャラクターメイク。キミがMSOの世界を冒険するためのアバターをここで作るのさ。どうだいワクワクしてきたかね?」
「は、はい。」
「うんうん。よろしいではまず最初にキミの名前を決めよう。おっと、名前と言ってもキミのリアルネームじゃないよ。キミのキャラクターの名前のことさ。さぁ、手元の仮想キーボードで入力するといい。日本語でも英語でも、アルファベット、ひらがな、カタカナ、漢字から絵文字なんかでもいいよ。」
ナビがそう言うと手元に仮想ディスプレイとキーボードが現れた。
キャラクターネームとその読み仮名を入力することができるようだ。
蓮司は予め考えていたキャラクターネームを入力した。
「えぇーと。キミのキャラクターは………アルマ。うんうん、いい名前だ。よしではこれからはキミのことはアルマ君と呼ばせてもらうよ。ここも言ってしまえばMSOの中なんだからね。そこで現実の名前を呼ぶなんて言うのは、なんていうか不作法ってやつだね。」
「はい。」
「では、アルマ君。次に決めてもらうのはキミの種族だ。」
そういうや否や、目の前の仮想ディスプレイには多くの種族とその特徴が表示された。
「種族は本来であればとてつもなく膨大だ。しかし、このキャラクターメイクではそのほんの一部の中から選択してもらうことになる。ここまではいいかな?」
「はい、大丈夫です。」
「うん、よろしい。ほんの一部とはいえ人間やエルフのような人類種やゴブリンやゾンビといった人外種、あまたの種族から選択することになる。十分に時間をかけて考え、選択するといい。質問は随時受け付けているよ。」
そういうとナビはアルマの周りをふよふよと漂いだした。
アルマははやる気持ちを抑えて手元のディスプレイに移された種族をじっくりと確認していく。
「あの、質問いいですか?」
「どうぞどうぞ。この先何度も種族進化があるとはいえキャラクターメイク時の種族選択は1回しかないからね。それを万全なものとするためにはガンガン質問するといい。」
「えっと、人外系の種族を選択した場合、人類種の町や施設は使用できないのですか?」
「おーと、人外系を考えているのか。それならそこは確かに気になるよね。うんうん。結論から言うと問題なく使用できるとも。MSOの世界ではプレイヤーのことを異邦人と呼び、この異邦人は基本的には人外種であっても人類種同等に扱ってもらえる。あくまで同等だからこそ例えば窃盗や殺人などといった犯罪行為を行えば、それ相応の対応をされることだろう。」
「ありがとうございます。」
「そもそも何故、異邦人は人外種であろうとも人類種同等の扱いを受けるかというとだな、MSOの世界では善なる神々と悪しき神々という2つの神々の陣営が存在する。MSOの世界では生物、生命は皆このどちらかの神の陣営に属しているとみなされる。」
「あの。」
「例えば人外種のゴブリンでも、善なる神々の陣営に属すゴブリンと悪なる神々の陣営に属すゴブリンが存在するのさ。これは人類種でも同様で悪なる神々の陣営に属する人間なんて言うのも存在する。そして異邦人は開始時点では皆必ず善なる神々の陣営に属することになる。」
「………。」
何を言っても無駄だと思ったからかアルマは手元の仮想ディスプレイに視線を移し、ナビの言葉を聞き流すことにした。
「………また、先ほど善なる神々と悪なる神々といったが、それ以外にも神は多数存在するのだ。地上の生物の在り方をめぐって争っているのがこの2つの陣営というだけで………。」
(んー、公式ホームページや攻略Wikiに載っていない種族も結構あるな。魔法戦士系だとピクシーなんかの妖精系もいいかな、いや筋力値が低すぎるか。ゾンビなんかの死霊系は種族進化したらヴァンパイアとかになったりするのかな?それもかっこいいな。ん?あれ、これって?)
仮想ディスプレイを読み進め、スクロールを一番下まで持っていったところに気になる文字を見つけた。
「………つまりだねそういった神々を外なる神と………。」
「あの!」
「ん?なんだい?質問かな?」
「はい、あのこのランダムっていうのは何ですか?」
「ああ、それかい。それは言葉の通りランダムに種族を設定するって意味さ。プレイヤーの意志を介さずに種族を決める反面、その初期選択可能リスト外のレアな種族が設定される可能性もある。」
「これ以外の中からも選ばれるんですか!?」
「そうさ、先ほども言った通り種族は多種多様、当然その種族になるため厳しい条件が設けられている種族もある。ランダムの場合はそれらの条件の一部を無視してその種族になることができる。」
「それは面白そうですね。」
そう言うや否や、「ランダム」と書かれたボタンを押した。
「と、言ってもおススメはしないけどね。種族は多種多様だからこそそういうレアなものに当たるのはまれだし、中には適正がピーキー過ぎて序盤では決して活躍できない種族なんて言うのもいるからね。だから、素直にリストの中から選択することをおススメするよ。ん?なんだいその顔は?」
アルマはナビのその物言いに不安な表情を浮かべる。
仮想ディスプレイでは「ランダムに種族を選択中」という文字が浮かんでいた。
「………もしかして、ランダムを選択しちゃったのかい?」
「………その、もしかしてです。」
仮想ディスプレイが強く光りだす。
光が収まるとそこには「レプラコーン」という最初のリストにはなかった種族名とその適正値、特徴が表示されていた。
「ん、まあ何とかなるよ。で、なんの種族になったんだい?」
「えっと、レプラコーンみたいです。」
「あぁ、よりによってレプラコーンか。」
「え?レプラコーンって悪い種族なんですか?」
「悪いというわけではないが、さっき言ったようにピーキーすぎて序盤では決して活躍できない種族の筆頭といったところかな。うん、ほんと悪くはないんだよ。」
「慰めになっていないです。」
「うん、簡単に種族について説明するとだね適正値を見てもらえればわかると思うがこの種族は筋力値と知力値がとても低い。だからこそ戦闘職には全く適性がないんだ。」
「え?戦闘が無理って?じゃあ、魔法戦士プレイとかできないってことですか?」
「魔法戦士?無理無理、もしそういったプレイを希望しているのなら、他の種族への転生をおススメするね。」
アルマはナビのその言葉に愕然とする。
「話を続けるね。戦闘職に向かないからこそ生産職となるしか道はないんだが、種族特性の《小さな体》そして《堕落した妖精》のせいでその生産職の中でもつけるものが限られてしまうのがレプラコーンなんだ。」
追い打ちをかけるようなナビの言葉についに地面に両手をつき、項垂れる。
「ま、まぁ。それでも器用値は高いからね、できる範囲の生産職、例えば『裁縫』とかのスキルを取れば活躍できるはずだよ。うん。」
ナビのその言い分を聞きながら「どうせやり直せないなら…」と諦めて立ち上がる。
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「さ、さて。気を取り直して次はキャラクターの外見を作っていこう。レプラコーンは妖精系。身長100~120cmの小柄な体に羽のような毛が生えた耳を持った種族だ。一応、デフォルトではキミの顔をスキャンしたデータを基に若い頃を予測したものがつかわれているよ。そこから自由に設定していこう。」
アルマの目の前の仮想ディスプレイにはナビの言った通り、小学生の頃の自分に羽の生えたような耳が取り付けられた姿が映し出されていた。
(キャラクターの外見か、あんまり凝る必要はないよね。でも、少しは弄りたいから、髪の長さと色、あと目の色を変えておくか。)
アルマが手元を操作すると身長110cmの小柄の体に鳶色の髪を肩口まで伸ばし、同じく鳶色の瞳を持ったキャラクターが出来上がっていた。
「じゃあ、これで。」
「ん?もういいのかい?まあ、それだけ美形なら別段弄る必要もないよね。じゃあ、次はスキルの選択だ。」
ナビがそう言うとアルマの目の前の仮想ディスプレイの表示がまた変わった。
「スキルは最初は最大で8個設定することができる。この設定しているスキルが使用できるスキルだ。当然、経験値も設定しているスキルにしか入ることは無いよ。」
(また、長くなるのかな?)
「また、後々新しいスキルを手に入れたとき、設定しているスキルと入れ替えたとしても元のスキルが消えてなくなることは無いから安心してくれ。設定から外れたスキルは控えスキルと言って、いつでも設定中のスキルと入れ替えることができる。」
アルマはナビの長々としたおしゃべりに辟易としながらも、どうせ言っても終わらないと諦めて聞き入る姿勢をとる。
「キャラクターメイクつまりこの場では8つのスキルを選択してくれ。それが初期のスキルとなる。以降、新しいスキルを取得するときはそのスキルの種類に応じてスキルポイントを消費する必要があるが今回は無し。つまりタダさ。」
「………」
「………」
「………えっと、もう選んでもいいですか?」
「あぁ、是非とも選んでくれたまえ。もちろん質問はいつでも受け付けているとも。」
ナビがそう言うとアルマは手元の仮想ディスプレイに視線を落とす。
(と言っても、魔法戦士系をやるつもりだったから、全然他のスキルとか見てなかったな。ナビは生産系がいいって言ってたよね。んー、ん?)
「あの?質問いい?」
「もちろんもちろん。なんだい?」
「この、スキル一覧で文字が灰色になっているやつはなに?」
「あぁ、それか。それはだね、選択不可能なスキルを表している。つまり、レプラコーンの種族特性《小さな体》、《堕落した妖精》によって取得できないスキルってわけだ。」
アルマはナビのその言葉にまた愕然とした。
(取得できない?こんなに多くの初期スキルが選択できないってどういうことだよ!?)
仮想ディスプレイの中に表示されたスキル一覧の内、取得不可で灰色の文字となっていたのは全体の1割近くにおよんだ。
アルマは唖然とするも「仕方がないことだ、仕方がないことだ。」と言い聞かせ、スキルを選んでいく。
(と、とりあえず、生産系だよな。んー、この中ならこの辺ならどんなプレイするうえでも死にスキルになることは無いかな?あと、生産ならこっちを取って。)
ナビのアドバイスに従い生産系のスキルを一つ一つ確認し、自分のプレイスタイルと比較して取捨選択していく。
プレイスタイト言っても、魔法戦士系は無理だと断言された手前、明確なものがあるわけではない。
あくまで、どんなプレイスタイルを取ろうともスキルを回せるように注意しながら選択を進めていった。
(でも、やっぱり魔法戦士系やりたいな。先々で別の種族に変えるなら今の内から取っておいていいんじゃないか?)
そんな迷いを抱えながら一つ一つとアルマはスキルを選んだ。
「よし、これでいこう。」
「おー。決まったかい?どれどれどんなスキル構成にしたんだい?え!?」
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スキル:
[初級短剣術:レベル1]
[初級水魔法:レベル1]
[生産成功率向上:レベル1]
[調薬:レベル1]
[錬金:レベル1]
[看破:レベル1]
[探索:レベル1]
[投擲:レベル1]
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アルマの目の前の仮想ディスプレイにはそう表示されていた。
「えーっと。本当にこれで行くのかい?」
「はい!やっぱり魔法戦士系に憧れがありますから。先々のことを考えてこれで行こうと思います。」
「んー。私はあくまで補佐する立場だからこそ強くは否定しないけど、かなり厳しいと思うよ特に序盤。」
「序盤が厳しいのは覚悟の上です。」
「あぁ、君がいいならいいでしょう。」
ナビはアルマを説得するのは困難であると感じたのか、渋々といったふうに納得を示した。
「では!これでキャラクターメイクはすべて完了だ。これで晴れてキミはMSOの世界を旅する体を手に入れたことになる。」
ナビがそう口にするとアルマの体を光が包んだ。
光が止むとそこには先ほどアルマが作成したキャラクターがたっていた。
110cmと小さな体、肩口まで伸びた髪は濃い鳶色を宿しており、同じく鳶色の双眸は確かな意志を持っていた。
量の耳には羽のような毛が生えており、それが人間でないことを強調するようであった。
衣服は上下ともに粗雑な布でできた半そで、短パンであり、足元はこれまたボロのような布でできた靴に足を包まれていた。
腰にしたベルトには小さな皮製の鞘とその鞘に収まった短剣が装備されていた。
いつの間にか目の前に出現していた鏡でアルマが自分の体を隅々まで確認しているとナビが不意に口を開いた。
「さて、これがキミだ。どうだい?」
「なんていうか。低い視線がすごく違和感がある。」
「ははは。それは仕方がないことさ。低い程度は種族が変わればよくあること。中には人とは違った視界を持つ種族だって存在する。」
そういうナビはくるくるとアルマの周りを飛んでいた。
「さて。」
ナビはアルマの目の前に止まるとそう話を切り出した。
「これからキミはMSOの世界においてはじまりの町、ファートに行くことになる。そこからキミの冒険が始まるのさ。」
「ついに………」
「MSOの世界にようこそ、異邦人アルマ。」
ナビが最後にそう口にすると辺りを強い光が包んだ。
タイトル回収?