028 4人で歩くトート街道
◆トート街道
道中はのどかなものだった。
ファートの近くなどは多くは角兎、時々暴れ鶏が出てくるだけなので苦戦らしい苦戦もせずに進むことができた。
アルマも毒薬や炸裂薬はおろか水魔法さえも温存しながらナイフ1つで応戦していた。
「戦闘系の場合チュートリアルってファートの周りで戦うんだよね?」
初心者3人が危なげなく戦っているのを見てアルマはそう聞いた。
「そうですね。少なくとも僕の場合は角兎と暴れ鶏の討伐がクエスト目標でした。」
代表してワルテが答えた。
女性2人もワルテの行っていた内容と相違なかったのであろう、頷くことで肯定してきた。
「じゃあ、この辺は慣れた相手だ。」
「まだ戦闘回数も数える程なので慣れたとまでは言えませんが、それでもチュートリアルになるくらいなので苦戦することは無いですね。」
「アルマさんはどうだったの?薬師ということは生産職よね?ということは町の中で薬を作るだけだったのよね?」
マリリーズは他の生産職に知り合いがいるのかはたまたWikiでも見て知っていたのかはわからないがそう聞いてきた。
アルマはそんなマリリーズの言葉で自分のチュートリアルについて思い出していた。
つい先日のことなのに遠い昔のことのように感じる。
「俺の場合は確かに薬を作るのがメインだったけど、薬の材料を集めるために外に出されたりしたよ。」
「へー、生産職でも町の外に行くクエストがあるのね。Wikiには書いていなかったということは薬師特有でしょうか?」
「多分そうじゃないかな。知り合いの生産職も特に外に出るクエストは無いって言っていたからね。」
マリリーズは「そうなのね。」と納得すると前に向き直った。
代わるようにワルテがアルマに近づき声をかけてきた。
「そう言えば、トート街道は狼も出ると聞いていたのですが、まだ見ていませんね。出現率は低いのでしょうか?」
「狼が出るのはトート街道の東の方。だいたいファートから半日ほど歩いた辺りから出やすくなるよ。」
「なるほどでは王都に着くまでには何度かやりあうことになりますよね?」
「そうだね、今日はこのまま進んで日暮れとともに野営をしたとして、………明日の戦闘は狼のほうが多くなるかもね。」
「狼はまだ戦ったことがないので緊張しますね。」
ワルテはまだまだ先の敵に対して今から緊張で体を固くしていた。
その様子が可笑しく、アルマは笑みを浮かべていた。
「おぬしら話に花を咲かせるのはいいが新手じゃ。暴れ鶏じゃな。」
話に夢中になっていたアルマ達に紅葉がそう警告を告げると間もなく暴れ鶏が接敵してきた。
それを危なげなく討伐すると、王都に向けてまた歩みを始めた。
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日が傾き辺りが茜色に色づき始めた頃、ワルテは足を止めて皆に話しかけた。
「今日はこの辺で野営にしましょうか。もう日も暮れてきてしまっているので、早いところ寝床の用意をしてしまいましょう。」
ワルテのその言葉に皆頷くと各々が野営の準備をし始めた。
アルマは自分のインベントリから薪と火打ち石を取り出すと焚火を準備した。
アルマは火が大きくなるのを待って、インベントリからケトルを取り出すとそれを水で満たし、焚火で温めた。
お湯ができるまでを焚火のそばで待っていると自身のテントの設営が終わったのであろう紅葉がアルマのそばにやってきた。
「ふー、さすがに疲れたのじゃ。」
そう言いながら紅葉はアルマの隣に腰を下ろす。
「MSOは現実に近いというがのう、まさか町と町の距離がこんなに離れておるとはのう。おかげでわしはくたくたなのじゃ。」
幼い見た目でそんな婆臭いことを言いながら紅葉はアルマの方を見やる。
「ファートと王都はそれでも近い方らしいじゃないか。まだ、野営1回で済む分楽なもんだよ。」
「そうかのう。………のう、おぬしは自分のテントの準備はしなくていいのかや?」
「んー、使う時に準備すればいいかな。別に現実と違って設営に時間がかかるわけでもないし。」
「………そうかのう。」
そう言うと会話が途切れた。
2人の間にはぱちぱちと薪が弾ける音だけが響いた。
しばらく待っているとテントの設営を終わらせてきたワルテとマリリーズがやってきた。
「あれ?アルマさんはテントの設営しなくていいんですか?」
「………それはさっきわしが聞いたのじゃ。」
「??」
「ふふふ。使う時に準備するよ。」
「そうですか。それでは夜の間の行動についてですが、日暮れから日の出までおおよそ12時間を前半後半に分けてそれぞれ2人が見張りで出ているでいいですか?」
ワルテのその提案にアルマ、マリリーズ、紅葉の3人は皆口を同じく肯定する。
組み合わせは紅葉とアルマが前半見張り、ワルテとマリリーズが後半見張りとなった。
ワルテとマリリーズは「お願いします。」とアルマと紅葉に言うと自分たちが設営したテントの中へと消えていった。
「2人っきり、じゃのう。」
紅葉がその見た目に似合わず色っぽくアルマに流し目をしながら口にした。
アルマは呆れるように紅葉のその行動を見つめると渋々と言葉を返す。
「いや、そう言うのいいから………。」
「いけずじゃのう。」
焚火が消えないように薪を追加する。
沸かしたお湯を使いお茶を2つ入れると片方を紅葉に渡した。
「うむ。たすかる。」
そう言うと紅葉はカップを受け取り口をつけた。
アルマはその様子を眺めながら自分もカップに入ったお茶を飲む。
安物だけあってそれなりに薄い味とそれ以上に微かに香る臭いが口内を満たした。
日の光は地平線の彼方へと去りて辺りは焚火と月明かりに包まれた。
空を見上げれば満点の星空が広がっている。
それは現代では失われて久しい幻想的な風景だった。
現実の星空とは違うその風景を堪能しながら焚火の火で暖を取る。
アルマは野営のこの時間が好きであった。
確かに周りの暗闇の中では善からぬものが目を光らせているかもしれない。
それでもこの幻想的な風景に受ける感傷的ともとれる感情を前にそんな不安感はちっぽけなものであった。
アルマがお茶の入ったカップを片手に星空を眺めていると紅葉もつられて空を見る。
2人の間には言葉はなかったが確かにこの時2人の心の中には同じ光景が写されたのだ。
静かな夜の中2人は星空がもたらす感動を堪能していた。
そんなときふと紅葉が口を開いた。
「のう。聞いてもいいかや?」
「ん?」
「おぬしはユニークモンスターを倒したのじゃろう?何故、いまだに初心者装備なのじゃ?」
紅葉の口にした疑問。
それはアルマの偉業に対して貧弱ともとれる装備に関することであった。
確かにアルマだってユニークモンスターを倒した人がいると風の噂に聞けば、その人はきっと素晴らしい装備と素晴らしいスキルを持った人であろうと想像をする。
それがいざ蓋を開けてみれば初心者装備に毛が生えた程度の装備をして歩ているではないか。
そんな、紅葉の疑問はもっともであると感じた。
「んー、ユニークモンスターを倒したのは単に成り行きと幸運が重なったからとしか言えないな………。」
「成り行きと幸運のう。詳しく聞いてもいいかや?」
「いや別に詳しくと言っても難しい話じゃないんだが………。俺もちょうど装備を整えようとは思ってたんだ。そこに知り合いの生産職の人が素材を持ってきたら装備を融通してくれるって言うからランフランク山に素材採取に行ったんだ。」
アルマは一度言葉を切り、ぬるくなったお茶でのどを潤す。
安っぽい香りが口内に広がる。
その香りに浸りながらランフランク山に行った時のことを思い出していた。
「ランフランク山に行って素材を採取していたら上層に迷い込んでしまってね。そこでロックリザードを隠れてやり過ごしている間にダールベルクをトレインしてきたプレイヤーがいて、そのまま戦闘に巻き込まれちゃった。」
実際のところその時は必死で会ったが、アルマの語り口調はどこか簡単なことを説明するように軽いものであった。
紅葉はそんなアルマの言葉を素直に受け取り、言外に納得したといった顔をしていた。
「なるほどのう。それでダールベルクを倒してしまったというわけじゃな。まあ、倒した手段は聞かんでおこうか。それでもよく倒せたもんじゃな。βの時には誰も成せんかったのじゃろう?」
「そうみたいだね。まあ、運が良かっただけだよ。」
紅葉はそんなアルマの言葉に満足したのか「そうか。」と一言相槌を打つと口を閉じてしまった。
アルマも別に話を広げる程のことでもないと思い、そのまま星空を眺める作業に戻ってしまった。
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1夜明けて朝。
日が昇り4人が揃った。
皆昨日までの疲れは取れたのかすっきりとした顔をしていた。
4人ともに出発する準備が整うとワルテが口を開いた。
「さて、それでは今日も張り切っていきましょう。特に問題が無ければ今日の午後には王都に着くはずです。昨日と違いがあるとすればトート街道の後半は狼が多くなるくらいです。」
そう口にするとワルテは同意を求めるようにアルマの方を見た。
アルマは首を縦に振ることでその言葉に同意を示した。
ワルテの「それでは行きましょう。」の掛け声とともに皆王都に向けて歩き始めた。
その道程は昨日と同じくのどかなものであった。
青い空は地平線の先まで続き、空を流れる雲が穏やかな日常を表しているようであった。
見渡す限りの草原の中には角兎や暴れ鶏がちらほらと見かけられたが、特別苦戦を強いるようなことは無かった。
トート街道も後半に差し掛かりいつもであれば狼の襲来があってもいいが、今はその気配もなかった。
だからこそ気持ちも緩んでいたのだろう、アルマは不意にあくびが出てしまい退屈だという心境が周りに漏れてしまった。
「くくく。暇かや?」
目ざとく紅葉がそれに指摘してきた。
本人も暇なのであろう。
気の抜けたアルマをおちょくりたいという意志がひしひしと感じられた。
「ま、まぁ、暇なのはいいじゃないの?別にレベル上げのためにトート街道を歩いているわけじゃないんだ。それなら暇なほうが楽でいい。」
アルマはあくびを見られたことに気恥ずかしさを感じながらそう答えた。
その言葉はそんな気持ちを隠そうとする虚栄を孕んでいたが確かにアルマの本心でもあった。
旅の道程など安全なほうがいい。
「そうかのう?MMORPGをやっておるのじゃ。しっかり戦って、しっかり経験値を手にしたいと考えるほうがプレイヤーとしては普通の考えでは無いかえ?」
それでも紅葉はやはり逃がしてはくれなかった。
アルマのその言葉に突っかかるようにそう指摘してきた。
しかし、本人は実際のところどちらでもいいと考えているのであろう。
その表情からは言葉に本気度を感じられなかった。
「い、いや、プレイヤーだからっていつもレベル上げしているわけじゃないだろ?それならレベル上げをしていないときの戦闘は主目的ではないはずだ。」
言葉に詰まりながらも必死に紅葉にそう返すアルマの顔にはダールベルクに感じたそれとは別の緊張を感じていた。
「くくく。そうかのう?まぁ、そう言うことにしといてやるかのう。」
紅葉はアルマの四苦八苦とするさまが可笑しいのか終始くすくすと笑いながらそう言った。
「ふー。」
「くくく。愛いやつじゃのう。」
紅葉に隠れてため息をついたつもりががっつりとその様を見られてしまっていた。
それを見て紅葉は肩を震わせてますます笑いだしてしまった。
そんな時である。
前を行くワルテから声が上がった。
「前から来ます!狼です!数は4!!」
その声を聴いて3人は臨戦態勢を取った。
ワルテは槍を構え前に出て、マリリーズは杖を構え後ろに下がる。
紅葉は剣を抜き放ちワルテの隣に陣取り、アルマはナイフを構えてちょうど3人の間に入った。
事ここに至っては先ほどまでのふざけた空気など無くなっており、紅葉は戦闘への高揚感からか笑みを浮かべており、アルマは戦闘への緊張感で表情を引き締めていた。
「先に行かせてもらうのじゃ。」
そう紅葉が声を出すのと同時に彼女は地を駆けて1匹の狼に接敵する。
大きく距離を詰めるとその勢いのまま狼めがけてロングソードを薙いだ。
狼はその攻撃を避けることができず、胴に大きく傷をつけながら体勢を崩す。
紅葉のその様を見てかワルテも1匹の狼に狙いを定めて槍を突き出した。
しかし、狼もただ攻撃を受けるだけの的ではない。
その攻撃を華麗に避けると、ワルテが大勢を戻す前にその大きな口で噛みつこうと飛びかかった。
「【シュート】!!」
前衛2人のすぐ後ろで不測の事態に待機していたアルマはすぐさまワルテを救おうと準備していた【ウォータボール】の魔法を放った。
その攻撃は寸分たがわずワルテを狙った狼に命中すると狼を吹き飛ばした。
「ワルテ、大丈夫か?」
「はい。すみません。」
「いい。マリリーズ、ワルテのフォローを狼は素早いから風魔法を使え。」
アルマはそう言うと1人突出して3匹の狼に囲まれている紅葉のフォローをするためにそちらに移動した。
「くくく。たのしいのじゃ!!」
そう口にしながら戦う紅葉の顔には笑みが張り付いていた。
アルマから見ても苦戦しているようには見えず、むしろ紅葉のほうが押しているようにさえ見えた。
「ほれ、それだけか?犬っころ!!」
力強く振るわれるその剣は粗々しく、その戦う様は鬼ようであった。
紅葉は周囲の狼を切るために右へ左へ移動しながら剣を振るっている。
狼もそんな紅葉を追うように右へ左へ縦横無尽に飛びかかりながらその包囲網を詰めている。
しかし、それでも優勢なのは紅葉であった。
「それ、とどめじゃ!!」
紅葉の放った上段からの振り下ろしが1匹の狼の脳天をとらえた。
その刃は頭蓋を砕き、脳髄に深々と刺さった。
当然、この攻撃で狼のHPは0となり、光となって消えてしまった。
しかし、紅葉はこれで止まらない。
返す刃で飛びかかってきた狼を横から薙いだ。
デミ・オーガが誇る筋力が狼の体を遠くへ吹き飛ばした。
紅葉は吹き飛ばした狼を無視してもう1匹の狼めがけて駆け出した。
狼も紅葉との距離を縮めるために地を駆けている。
1人と1匹がぶつかる瞬間に紅葉は体を大きく捻り、円を描くようにしてロングソードを振るった。
その攻撃が致命傷となったのか1人と1匹はぶつかることなく片方が光となって消えてしまった。
狼も残り1匹。
これは加勢の必要はないと判断したアルマは遠目に紅葉の様子を伺った。
その時である。
視界の端、草原の影から先ほどまで戦っていた4匹とは異なる狼の群れが現れた。
その数は3匹。
その狼は一目散に紅葉に向かって走っている。
紅葉は目の前の狼との戦闘で回りが見えておらず、ワルテとマリリーズも残る狼の相手をしていた。
この事態に気が付いているのはアルマ1人であった。
アルマはすぐさま【ウォータアロー】の魔法を準備すると、紅葉めがけて地を駆けだした。
紅葉と新たに出現した3匹の狼の間に入るように陣取ると「【シュート】」の掛け声とともに、準備していた【ウォータアロー】の魔法を1匹の狼めがけて放った。
その攻撃は狙い通り狼の顔に命中した。
続けざまに2度3度と【ウォータアロー】の魔法を3匹の狼それぞれに放つ。
その攻撃が牽制となり3匹の狼はこちらに走る足を緩めた。
紅葉と背中合わせになりながらアルマは構える。
生き残りの1匹と新たな3匹、合計4匹の狼が2人の周りを取り囲むようにゆっくりと歩いている。
「紅葉、まだいけるよな?」
「愚問じゃ。何なら4匹まとめてわしが相手してやってもいいのじゃ。」
そう言葉を交わすと、どちらからともなく走り出す。
紅葉は1匹の狼に狙いを定め剣を振りかぶり、アルマは残り3匹の狼の動きを牽制するように水魔法を展開した。
紅葉の高揚感に中てられてかアルマの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
アルマが水魔法を使い狼の動きを牽制し、紅葉が1匹ずつとどめを刺していく。
2人のコンビネーションを前に狼はなすすべなく1匹また1匹と光となって消えていった。
およそ10分ほど時間でアルマ達を襲った狼はすべていなくなっていた。
「お疲れ様です。」
「ん。そっちもお疲れ様。」
ワルテたちの方の狼も無事討伐できたようだ、アルマと紅葉にそう声をかけたワルテの表情は明るいものであった。
「すごいですね。あとから3匹来ていたでしょう?合計6匹を2人で倒してしまうなんて………。」
「すごいのは紅葉だよ。俺はサポートしただけで6匹全部、紅葉がとどめ指しているからな。」
「何を言うか。わしが気持ちよく戦えるようにおぬしが1匹以外の狼すべての動きを制御しておったではないか。」
「僕らからしてみれば2人ともすごいですよ。ねえ?」
「そうね。私たちは2人で1匹の相手がやっとよ。」
4人でそんなことを言いながら去った危機に胸を撫でおろす。
王都はもうすぐそこまできている。
4人は再びトート街道を歩み始めた。




