015 魔法を使うということ
本日も3話投稿予定です。(1/3)
◆ランフランク山麓の森
アルマは大猿が見失ったことを確認してその場に腰を落とした。
「はぁ、はぁ、はぁーー。」
大きく息を吐き呼吸を整える。
(と、とりあえず回復を………。)
アルマはインベントリからHPローポーションを取り出し、雀の涙程度しか残っていないHPを回復することに努めた。
(な、何なんだよあれは。レベル差があるから苦戦するのはわかっていたが、手も足も出ないって。ここって一応最初の町からすぐ来れる初心者用のエリアだろ!?)
そんなことを考えている間も大猿はアルマを探しているのであろう。
しきりにガサガサと森の中を分け入る音が聞こえていた。
(俺の攻撃が何一つ効かないんだから………。)
そんなことを考えながらアルマは体力、集中力の回復に努める。
(あ、レベル上がってる。さっきの猿との戦闘で上がったのかな?『初級短剣術』や『投擲』も上がっているな。)
手元のウィンドウを操作して呑気にステータスを確認していく。
(『初級水魔法』は使ってないから上がってないよね。………ん?あれ?)
森の中で休憩しているとアルマは異変に気が付いた。
ガサガサと森の中でアルマを探し回っていた大猿の音が消えたのである。
アルマは嫌な予感がして腰を上げ、膝立ちになる。
しきりに辺りを見回し、耳を研ぎ澄ませほんの僅かな違和感さえも見逃してなるものかと集中する。
ゴクりと生唾を飲み込む。
音をたてないようにゆっくり、ゆっくりとその場を離れる様に後ずさる。
―ガサ
自分の進行方向、予想もしていなかった方向から音が聞こえた。
顔を向けるとそこには小猿がいた。
目と目があい、一瞬静寂が訪れるも小猿はすぐに興奮しだし「キー、キー」と甲高い声を鳴らした。
その声に呼応するかのように遠くで「ガーーー」と叫ぶ声が聞こえる。
大猿である。
先ほどまでアルマを蹂躙していた奴がこちらの場所を把握したのである。
すぐさまその場を離れようとするアルマを邪魔する小猿。
そうこうしている間に大猿に追いつかれてしまった。
「ガーーー!!」
大猿はひときわ大きく吠えた。
それに驚いた小猿は逃げ去ってしまい、そこには大猿とアルマのみが残された。
(畜生、またか!!)
アルマはすぐさまナイフを抜くと大猿に向けて戦意をあらわにする。
しかし、それも形ばかりで頭の中ではどうやって逃げるかでいっぱいであった。
大猿の叫び声に腰が抜けそうになる。
アルマの体は覚えているのだ。
大猿のあの両腕が生み出す攻撃力を。
それによって殴られた時の痛みを。
アルマの頭の中ではいかにしてそれから逃げるかでいっぱいであった。
ナイフを持つ手が細かく震える。
(何をおびえている。これはゲームなんだ。)
恐怖に支配されそうになる自分を静かに俯瞰している自分がいるような気持ちで心を落ち着かせようとする。
2度、3度深呼吸をして、荒くなっていた心拍も落ち着きを取り戻す。
(ゲームの中でくらい勇敢であれ!)
そう自分に言い聞かせて大猿を見据える目に力を籠める。
体の震えもいつしか収まっていた。
(自分が持てるすべての力をもって、一矢報いる!!)
心の中でそう決意を新たにすると、それに呼応するようにアルマは地面を蹴った。
大猿に向けて距離を詰める。
当然、大猿もそれをただ見ているだけではなった。
右腕を振り上げて、大きく横に薙ぐ。
姿勢を低くしてそれを回避すると、アルマは大猿の目の前で急ブレーキを踏むように停止する。
すかさず繰り出された大猿の2撃目、3撃目を回避しながら、何度も何度もナイフの刃を大猿の体に当て続ける。
しかし、無情にも手から伝わる感触は鉄を切りつけているそれと同じであった。
それでも、大したダメージにならないことは百も承知と繰り返し、繰り返しアルマは攻撃を続けた。
大猿もそんなアルマが鬱陶しくなったのか攻撃はどんどんその頻度を上げていった。
何度目かの大猿の攻撃。
それは今までと同じように大きく腕を振り上げた状態から繰り出されていた。
しかし、今まで以上に強く握りしめられた拳は、攻撃の後に大きな隙を生んだ。
そこを見逃さずにアルマは近くの木を蹴り、高く飛び上がった。
大猿の身長を超える程の高さから文字通り全体重をかけて、ナイフを大猿の顔面目掛けて突き刺した。
それは捨て身の攻撃であった。
それが功を奏したのか、初めて大猿の体に傷らしい傷がついたのである。
顔につけられた傷に驚きを隠せない大猿は顔を抑えて数歩あとずさる。
大猿の足が止まると次に来るのは強烈な叫び声であった。
アルマという大猿から見たら雑魚にも等しい存在に傷つけられたことが頭に来たのだろう。
より一層の怒りをあらわにする大猿の顔は真っ赤な色をしていた。
その大猿の怒りに気圧されながらも、「やった!傷をつけられた!!」と喜びを隠せないアルマは体勢を整えた。
(よし!俺でも大猿にダメージを与えられる!!なら、勝てる!!)
ゲームなのだからダメージさえ入れば倒せる。
そのダメージが例えどれほど小さくとも、何度でも何度でも攻撃すれば勝てる。
そんなことを頭の中で考えながら興奮を抑えられないアルマは再び大猿に接敵するために地を駆けた。
激昂した大猿はアルマを見据えてさらに速度を増した攻撃で迎え撃つ。
(腕や胴は駄目だ!狙うなら皮膚の薄い顔!!そして喉!!)
アルマは相も変わらず勢いを増した大猿の攻撃を回避し続けた。
右へ左へ回避を続け、隙があれば大猿の顔、そして喉にその刃を滑らせる。
アルマの攻撃は大猿に次々とダメージを与えていった。
それを示すかのように赤い筋となって大猿の顔には傷が増えていく。
大猿がたまらず、大ぶりの攻撃をアルマに叩きつける。
「今だ!!」
アルマは危なげなくそれを回避すると腰に溜めたナイフを勢いよく大猿の顔目掛けて突き出した。
その攻撃は鋭い勢いをもって大猿の右目に突き刺さった。
大猿もたまらず大きな鳴き声を上げる。
「ガウ、グゥ!!」
アルマは痛みからから地団駄を踏む大猿に巻き込まれないように距離を取った。
しかし、それも不十分であった。
暴れる大猿は嵐のようにあたりを破壊しつくした。
その無秩序な攻撃に遂にアルマも避けきることができずに吹き飛ばされてしまう。
「ぐぅ!!はぁ!!」
背中を強く打ち付け、体の中から強制的に空気が抜けるのが感じ取れた。
「はぁ、はぁ。」
荒い息を整えながら暴れまわる大猿を見据える。
吹き飛ばされた先は大猿の攻撃範囲から外れていたため2撃目を受けることは無かった。
アルマはそのことに安堵しながらインベントリからHPローポーションを取り出し、それを飲み干した。
アルマの少ないHPはそれ1つで満タンとなった。
アルマは立ち上がり、大猿に攻撃するために隙を伺う。
しかし暴れまわる大猿の攻撃を掻い潜って、その刃を届かせる術がアルマには無かった。
(駄目なのか?たとえすべてを出し切っても勝てないのか?)
そんな考えが頭の中をよぎる。
(それはレベルが低いから?それはレプラコーンだから?)
マイナスの感情はすぐさま増幅し、大猿に立ち向かう勇気を塗りつぶそうとする。
暴れまわる大猿が投げつける石や木々を避けながらアルマは次にどうするかを迷っていた。
即ち戦うか逃げるか。
その選択に対する結論はそう遠くないうちに出さねばならないだろう。
大猿が正気を取り戻し、再びアルマに向かってその暴力をふるう時が来れば逃げ出すことは困難となるからだ。
逃げると結論付けてしまえば簡単だ。
今すぐ踵を返してこの場を離れるだけで逃げることはできるだろう。
しかし、その場合何かをなくすような気がしてならない。
アイテムやレベルではない戦うという意志をこの場に置き去りにしてしまうような気がしてしまい、アルマは動けずにいた。
思考はぐるぐると堂々巡りのようにまとまらない。
ふとそんな時にアルマの頭にある考えが浮かんだ。
(待てよ。俺は本当にすべてを出し切ったのか?)
その考えに浸れる時間ももう僅かしか残っていない。
アルマは残された時間で勝機を掴もうと必死に考えを巡らせる。
(俺にできること。………生産。………短剣。………投擲。………『初級水魔法』!!)
その考えに思い至ったときアルマの頭にはヨルゴの言葉が思い出された。
「魔法の基本的な要素は3つ………。生成、操作、変化。」
「操作はイメージが大事だ。そのイメージさえはっきりしていればできる。」
(!!)
アルマはその考えに驚きながらもこれならば勝機があるのではないかと思い至った。
大猿の動きも次第に落ち着きを取り戻してきた。
やるならば今しかないと考えアルマはインベントリから毒薬の詰まった薬瓶を取り出した。
(きっと、できる!!!!)
そう強く思い描きながらアルマは薬瓶の蓋を開け「………【フロート】」と唱えた。
すると薬瓶に詰められた毒薬はひとりでに瓶から抜け出し、重力に反してアルマの周りにふわふわと浮いたのだ。
(できた!!)
魔法の結果に喜びながらアルマは今も暴れる大猿を見据える。
(よし!次は!!)
魔法で浮き上がった毒薬、そして暴れる大猿を交互に見てアルマは次の魔法を唱える。
「………【ボール】【シュート】!!」
アルマがそう唱えるとアルマの周りに浮いていた毒薬は球体の形を取り、大猿の顔面目掛けて飛んで行った。
暴れていた大猿には虚を突かれた形となる。
それを避けることができず頭から毒薬を浴びた大猿は、その毒球の勢いに姿勢を崩す。
その成果を確認することもなくアルマはすぐさま次の薬瓶をインベントリから出した。
「………【フロート】【ボール】」
再び薬瓶の蓋を開け空中に毒球を作り出す。
よく狙いを定め「………【シュート】!!」の掛け声とともに再び大猿に向けて放たれた毒球。
1つ目の毒球が当り、正気を取り戻すも何が起こったのかわかっていない大猿は2つ目の毒球もよけられずに顔面で受けてしまった。
ここに至ってアルマから攻撃を受けたことを認識した大猿は血走った目をアルマに向け地を駆けた。
しかし、毒が聞いているのあろう、その足取りはどこか酔っ払いのように怪しいものであった。
アルマはそれを見るとナイフを構えなおし、大猿との距離を詰めた。
勢いを失った大猿の拳を危なげなく避けながら再びナイフを振るう。
1度、2度。
何度も何度も大猿の顔を中心にナイフをふるう。
時には距離を取り水魔法を当てながら。
時には距離を詰めてナイフを振るい。
毒で弱った大猿にも油断することなく自分が持っている力を総動員して戦いを繰り広げていった。
時間がたつ毎に毒が回っているのだろう。
大猿の動きも今ではとてもゆっくりとしたものであった。
最後の1閃が大猿の顔に当たったその時、大猿は大きく倒れ伏し、光となって散って消えた。
「はぁ、はぁ。」
荒い息を整える。
目の前で消えていく光が大猿が確かに倒れたことを証明している。
「やった?………やった!!」
達成感は体の奥から遅れてやってきた。
アルマは声高に勝利を喜び、全身でその喜びを表現していた。
「できる!!俺でも勝てる!!!!」
大猿との戦闘で確かな手ごたえを感じていた。




