011 危険な初戦闘
本日最後の投稿です。(3/3)
◆ランフランク山麓の森
冒険者組合で依頼を受けたアルマはその足でファート北の森へ訪れた。
そこは凡その想像通り木々がうっそうと生い茂る場所であった。
青々と葉をつけて広がる木々に覆われた森は昼間だというのにどこか暗く怪しい雰囲気を醸し出していた。
獣道というのだろうか?
木々の中にできた人が分け入ったような跡を見つけて森の中へ、中へと押し入っていく。
「ふー。」
森の中を歩き、肩で息をしながら頬を流れる汗を拭う。
VRゲームでも現実の世界とそう変わらないMSOではこんなちょっとしたことでも他のゲームとの違いを実感できる。
(森の中って歩くだけでも疲れるな………。こんなので薬草や兎を探せるのかな?)
そんなふうに現状に不安を抱えながらもアルマの表情は笑みを浮かべていた。
本当のところはこの状況を楽しんでいるのである。
ゲームを始めてから今までは街中を歩き回るか家に籠って薬を作るだけだった。
しかし、今は薄暗い森の中を分け入っているのである。
その姿はアルマが夢見た冒険者そのものであり、今こうして大自然の中を歩むことはアルマの世界を広げている様に感じていた。
―ガサ
そんなことを考えながら森の奥へと進んでいくと不意にアルマの耳に何かが動く音が聞こえた。
(ん?何かいるのかな?)
アルマは身を屈め、恐る恐る音がしたほうへと近づく。
木々の影から伺い見るように音の主を覗き見る。
―ガサ、ガサ
それはふわふわな白い毛におおわれ、頭には1本の長い角を持った兎であった。
(おそらくあれが角兎だよね。………1、2…4匹。)
そこには4匹の角兎が木々の影に生い茂る背の低い草を食べていた。
その兎の赤い両目はいまだアルマを見据えてはいなかった。
(今なら不意打ちで攻撃できるよね。)
そう思うとアルマは腰の鞘からカッパーナイフを抜き、左手で持ち。
右手でそこらに転がっていた手ごろなサイズの石を拾った。
呼吸を整え、狙いを定めて、勢いよくその石を投げた。
(………当たった!)
石は真っ直ぐに角兎に飛んでいき、1匹の角兎の側頭部に激突した。
アルマは当たったことを確認するとカッパーナイフを右手に持ち替えて先ほど石が当たった兎に向かって走り出す。
勢いを殺さずに刺すように角兎にカッパーナイフを突きつけた。
ナイフの刃が肉を立つ感触が右手に伝わった。
ナイフに刺された角兎は断末魔の声を上げ光となって消えていった。
(よし、1匹!………次!!)
アルマが他の角兎に視線を移すと臨戦態勢を整えた角兎が目に映った。
6つの赤い瞳に睨まれたアルマは一瞬、気圧されるように後ずさった。
その隙を逃さず、角兎がアルマめがけて突撃してきた。
腹部、脚。
兎の頭についた1本角が刺さる。
「っつ、い、痛い!」
その痛みに涙が出そうになるのを堪える。
アルマはすぐに体制を整えると突撃してきた1匹にナイフを突き立て、体重をかける。
すると角兎は1匹目と同じように光となって消えていった。
仲間が殺されたことに怒ったのか角兎はさらに勢いをつけてアルマに向かって突撃してきた。
アルマはそれを視界の隅にとらえると地面に転がり回避した。
地面を転がった際に投擲できる石を拾い、立ち上がりと同時に角兎の1匹にめがけてそれを投げる。
角兎は突撃直後ということもあり、その石を回避することができずひるんでしまった。
ひるんだ兎には目もくれず、こちらを向いている角兎に向けてナイフを振り下ろした。
刺殺した時とは異なる肉を断つ感触が右手に伝わる。
そう感じるのもつかの間、角兎は再び光となって消えた。
(これで3匹!!………あと、1匹!!!!)
石を投げつけられた角兎はもうすでに体制を整えておりいつでもアルマに突撃できる姿勢を取っていた。
アルマはその角兎とにらみ合うようにナイフを目の前に持ち角兎の動きを伺う。
アルマと角兎はほぼ同時に地を蹴った。
1人と1匹がぶつかる瞬間にアルマは体を捻って角兎を避け、交差するタイミングでナイフの刃を角兎の体に滑らせ、振りぬく。
アルマが姿勢を正し振りむくと最後の角兎が光となって消えていくのが見えた。
(勝った………勝った!!)
角兎とアルマの戦闘はアルマの勝利で幕を閉じた。
(なんだよ。レプラコーンでも結構戦えるじゃん………。)
兎相手とは言え初戦闘を勝利で終わらせたアルマは全身に疲れを感じその場に大の字で倒れた。
「ふー、ふー。」
アルマが落ち着きを取り戻すと視界の端にシステムメッセージの受信を表す通知アイコンが点滅していることに気が付いた。
(ん?なんだろ?)
メッセージを開くと戦闘ログがずらりと表示された。
<アイテム『角兎の肉』×8を獲得しました。>
<アイテム『角兎の毛皮』×4を獲得しました。>
<アイテム『角兎の角』を獲得しました。>
<スキル『初級短剣術』がレベルアップしました。>
「うわ。これさっきの戦闘の結果だよね?へー、兎肉は1匹2個手に入るのか。じゃあ依頼分は後1匹だな。角は1つしか手に入れてないってことは確定ドロップじゃないってことだよな?それにしても………くくく。」
アルマはメッセージウィンドウを閉じるとそのままステータスのウィンドウを表示しそこに表示されたスキルを見てにやにやと笑いだした。
「くく、『初級短剣術』が2レベルになってる。なんだよレプラコーンでも戦えるじゃん。これなら夢の魔法戦士だって行けるんじゃないか?」
そんなことを口にしながら仰向けで寝そべるアルマは見る人が見れば不審者に見えただろう。
あいにくその場にはアルマ以外に人はいなかったためアルマはそんな不名誉な称号を受けることは無かった。
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(さてと、気を取り直して残りの兎肉と薬草探しを再開するか。)
自分自身のステータスをひとしきり眺めて満足したアルマはそう考えると立ち上がり辺りを探り出した。
(さっきの戦闘で思ったけど、『投擲』が結構使えるから今のうちに石をいくつか取っておくか。)
そう思うと足元に転がっている石ころをインベントリにしまい始めた。
そんなことをしつつ森の中を奥へと歩いていると森の一角に開けた場所を見つけた。
そこは太陽の光が差し込んで明るくなっており、足元は様々な草が生い茂っていた。
(お、これはラコフ草?こっちはチアニ草じゃないか!?)
『鑑定』を持っていないアルマにはそれがお目当ての薬草であるかは確信を持てなかったが、葉の形がグルナラの家で見たものと似通っていた。
アルマがその草を手に取るとシステムメッセージが表示された。
<『謎の薬草』を入手しました。>
(おぉ、何かはわからないが少なくとも薬草と識別されるものが手に入った。どれかはわからないがこの中にチアニ草があるんじゃないか?)
そう思い興奮するアルマはそこにある薬草を手当たり次第に手に入れていった。
<『謎の薬草』を入手しました。>
<『謎の薬草』を入手しました。>
<『謎の薬草』を入手しました。>
<スキル『探索』がレベルアップしました。>
(ん?『探索』?あぁ、フィールドで周りの様子を探るスキルだよな?なんで今上がったんだ?まあ、いいや。)
そんなシステムメッセージに疑問思うもすぐに興味は目の前の薬草に戻ると、アルマは薬草採取に精を出すことにした。
<『謎の薬草』を入手しました。>
…
<『謎の薬草』を入手しました。>
<スキル『探索』がレベルアップしました。>
<『謎の薬草』を入手しました。>
…
<『謎の薬草』を入手しました。>
<スキル『探索』がレベルアップしました。>
<『謎の薬草』を入手しました。>
それからも度々薬草を入手したというメッセージの合間に『探索』スキルのレベルアップを知らせるメッセージが続いた。
―ガサ
何度目かになるかわからないそのメッセージを確認した時不意にアルマの後ろで何かが動く音が聞こえた。
気になってそちらのほうに目を向けるとそこには猿がいた。
長い手足を持ち黒い毛におおわれたその猿は所謂テナガサルのようであった。
その猿が1匹2匹………夥しい数が木の上からアルマの様子を探っていた。
「な!?」
アルマはその様子に驚きながらも急いで戦闘態勢をとる。
腰からカッパーナイフを抜き、インベントリから投擲用の石を取り出した。
「先手必勝!!」
膨大な数の猿に驚いたものの兎との戦闘で自信を持っていたアルマは意気揚々とそう宣言し、手に持った石を投擲した。
勢いよく飛んでいく石ころを猿は何の苦労もなく避ける。
しかし、その様子が癇に障ったのか、猿は「キー、キー。」と叫びながらアルマに襲い掛かった。
「ちょ、多い。」
一斉に襲い掛かった猿に恐れおののくも必死にナイフを振り、新たにインベントリから出した石を投げつける。
猿はそれらを華麗に避けながらアルマを襲う。
時には両の手でひっかき、時には鋭い犬歯で噛みついてきた。
「痛!痛い!!」
アルマはなすすべなく猿に蹂躙される。
視界の端に映っているHPがみるみる減っているのが見て取れた。
「っつ!この野郎!!」
そんな中噛みついてきた猿に渾身の力を込めてナイフを突き立てた。
「え?固い!?」
返ってきた感触は兎のそれとは違った。
皮膚を割き、肉を切ったナイフはその中ほどで止まってしまった。
「く、うぬぬ!!」
アルマがいくら力を籠めようともそのナイフが猿の肉を両断することはできなかった。
あくまで浅く肉を断つのみで致命傷には至らないその様を見て猿はますます勢いつく。
「あ、ああああ!!」
無様にも押し倒されたアルマを蹂躙する猿。
HPが残り数ドットとなり、最後の猿の攻撃がアルマに直撃するとアルマの体は光となって消えてしまった。
<死亡しました。>
ウィンドウに表示されたそんな無機質なメッセージが目の前を覆った。
「はぁーーーー。」
アルマは大きくため息をつく。
目の前には今まさにアルマを蹂躙した猿たちが興奮冷めやらぬままに騒いでいた。
当然、死亡してしまったアルマにその猿たちに仕返しをすることはできない。
苦々しく思いながらもアルマは観念してとメッセージの「リスポーン」のボタンを押した。
すると目の前は暗転し、どこか知らない建物の中へと飛ばされた。