帰宅部のエース
帰宅部。
それは学校が終わるとまっすぐ帰宅する、クラブに入っていない生徒のことだ。
ここの学校では帰宅部の生徒が「誰が一番早く下校のために校門をくぐるか」という暗黙の競争がある。
授業が終わる前に荷物を整理しておく者。
授業が終わる頃には靴を半分脱いで身構えている者。
皆それぞれの工夫をこらし、下校一等賞を競うのだ。
別に一等賞になったからといって何の報奨があるわけじゃない。ただ一等賞という栄誉のために競うのだ。
今日も六時間目終了のチャイムが鳴った。
一斉に帰宅部の面々が立ち上がる。カバンをひっつかみ、机上の教科書や筆箱を投げ込みつつ上着に袖を通す。
廊下は走らない。これもまた帰宅部の面々の暗黙のルールだ。そこで廊下をすごい勢いの競歩で進む。
すれ違う先生がスピードを注意しようとするが「走るな!」とは叱れないので歯がみしている。
やがて昇降口が見えてくる。
歩きながら片足ずつ上履きを脱ぎ片手に持ち、もう片手は下駄箱を開けるのに一番無駄のないコースになるよう構える。自分の下駄箱に手を伸ばし、蓋を開けると同時にターン、持っていた上履きを突っ込み蓋を開けた手で外靴を取り出す。そのまま回転と手首のスナップを利用し外靴を自分の歩くコース上に見事に投げる。靴はバウンドしてバラバラになることなくスッと履きやすい向きに並んで落ちる。これこそはこの学校で受け継がれる帰宅部秘技「キャット・ステイ」である。
帰宅部で一、二を争うスピードを誇るケンタは踊るように一連の動作をして見事に外靴を並べた。靴を投げると同時にスタート、靴の着地と同時に足を靴に突っ込む。このためだけにケンタはスニーカーではなくスリップオンタイプの革靴を愛用しているのだ。
そのままの勢いで昇降口の扉を抜け――
そこから一気に加速する。
一歩外に出ればそこはもう校庭、走っても咎められることはない。あとは校門に向かって一直線に走るだけだ。ケンタは昇降口の外の三段ほどある階段を飛び降りた。
と同時に誰かがやはり階段を飛び降りた。着地はほぼ同時、でも見なくてもわかる。帰宅部ケンタのライバル、ユウキだ。
刹那、二人の視線が交わり火花を散らす。
(今日こそは、負けねえ!)
戦いの幕が上がった。
二人の靴が同時に地面を蹴る。
砂埃が舞い上がるほどのスピードで二人は走った。校門は昇降口を出て校舎に沿って左にまっすぐ行った先、全力で十秒ほどのデッドヒートを繰り広げる。
「ぬおおおおおおお!」
「今日こそ、今日こそは負けるかああああ!」
校門まであと二秒!
その時だった。
校門のすぐ脇にある教職員出入り口からさっきまで受けていた授業の担当教師赤羽先生がひょっこりと顔を出したのだ。
「人にぶつかるなよー」
そう言ってケンタとユウキの目の前で悠々と校門をくぐり帰っていった。
校門にたどり着いた二人はがっくりと崩れ落ちた。
「今日も…!赤羽先生に勝てなかった…!」
「何でだ、何であんなに早いんだ…!」
悔しさに目の端に光るものが滲む。やがてケンタはユウキに手を差し出した。二人の手ががっちりと握手を交わし、無言でお互いの健闘を称え合った。
二人に続くように帰宅部の生徒が集ってくる。二人の様子を見て今日の一等賞が誰なのかを覚り、二人の肩を叩いて行った。帰宅部の面々の思いが一つになった瞬間だ。
生徒達は校門を見て明日こそは一番になろう、そう誓い合うのだった。
【完】




