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暗黒だけど純粋な人 第5話

久し振りの更新です。

俺の視線の先では、人間と馬が織り成す巨大なキャンプファイアーがぱちばちと嫌な音を立てて燻っている。


そこにあるのは只々。鼻をつく肉の焼ける匂いと、不快に頬を嬲る熱……


鼓動がスゲーがんがんと煩く頭を打ち、視界が赤く染まってる。杖を持つ両手が自分の意思を完全に無視してかたかたと震え始めやがる。

あぁ!たく、何だよ、がんがん煩えな……って俺かよ。あぁそうだ。俺だ!俺がやった。

世界がぐにゃぐにゃって歪んで見えやがる。畜生!こんな事で……

いや、こんな事って言ったら駄目だよな。

彼奴は死んで、俺は生きてる。

其の事実を呑み込め!死を否定するな。


人は死ぬ。そうだ……


「おい!」

いきなり肩を掴まれ意思を引き戻される。

「ねえ?大丈夫かい……新太?」

「あぁ……って誰?」




……




「凄いな新太。あれ程の祈祷師シャーマンを完封するとは!てっきり僕は君の事を商人か芸人だと思っていたよ。」

いえ、正解です。商人どころか格下の行商人です。底辺の駄目人間ですわ……

「然し、酷いな。僕の事、男だと思っていたのだろ?」

口を尖らせて女剣士 ー 叶多カナタが不服そうな表情を浮かべてる。 チッ……可愛いな、こん畜生。

てか僕っ子って……普通に男って思うわい。


「あぁ御免な。」

畜生……こんな返事しか出来ないとはね。

間違い無く、叶多はわざと明るく話してくれている。殺人初体験に動揺しまくる俺に気を遣ってな。

こんな年下の女の子より豆腐メンタルだったとは自分でもビックリだ。

今迄も口八丁手八丁で生きてきただろ。俺……


「新太、よく聴いて……

正直言って元の世界での価値観は捨てた方が……良いよ。僕も最初は無理だった。

人を斬る……殺すだなんて元の世界じゃ考えた事も無かった。」


俺が余程酷い顔をしていたのか、叶多が俺の顔を両手で挟み言い聴かせる様に話してくる。

「もし新太が生き残るつもりなんて無く……いや違うね。『人を殺してでも、生き残る』って気持ちが無いと此処では死んじゃうんだ。

其れに言ったでしょ?『奴隷と自由どっちが幸せか分からない』って……。」

余りにも重い、途轍も無く重い現実を再び突き付けられた気分だった。


然し、彼女の手は震えていた。何だよ……やっぱり叶多だって怖いんだな。いや、違うな。

人の命を奪う事への嫌悪感なんだろうか。


……


第二次世界大戦中に日本帝國軍がヒロポン、ナチスドイツがペルビチン、アメリカがベンゼドリンなどの中枢神経の興奮剤を兵士にばら撒いていた理由が少し分かった気がする。

勿論、倦怠感や眠気を取り除き、作業の効率を高めるってのが狙いだったんだろう。けどな……実際には兵士達も『狂う』事から逃げたかったんだろう。

人が人を殺す。

戦争やってるんだ、其れが当たり前だ、御国の為だ、色々言われても人間は単純に納得出は来ない。

人には倫理ってブレーカーがついてんだよ。



「済まん。叶多……嫌な事思い出させて。」

そう言って俺の頬に添えられていた彼女の手を握る。

「落ち着いたかな?」

「ん……さっきよりはな。」

深い深呼吸をして、彼女の手をゆっくりと離す。

「さて!これからどうする。」

一難去ってまた百難だ。

野盗か人買いかは分からないが、奴らは未だ百人近く裏門付近に居る。




さて、考えてみよう。

1、逃げる。

2、交戦する。

3、降伏する。

確実に3は無い。5人もの兵を屠った俺たちが許される事なんてとても思えん。運が良くて、劣悪な条件で奴隷として扱き使われるだけかも知れんが……ま、元の世界と変わんねぇねど。

1も可能性は低い。住民が全員違う方向に逃げれば、かは逃げ切れる。ホントに誰かだけだ。

2……これも無理だ。叶多と足手纏いの俺との二人でどうする。

此処の住民達は勝ち馬に乗るのは好きだが、少しでも不利だと思うと直ぐにイモを引きやがる。


など堂々巡りを考えていると、町の裏門側からわぁわぁーー と騒ぎが聞こえてくる。

拙い拙い。裏門も完全に陥ちたのかよ?


「叶多。済まんが、彼奴らは此処に今迄来た事あったのか?」

「僕もこの町に来てまだ半年ぐらいだから……以前来た時には10人ぐらいだったから警備兵が追い返したみたいだけど。」

くっ、一気に人数十倍なら本気の構えだな。

八方塞がりかよ……けど、考えたら奴隷で済むだけ……



「オマエ、オレが見えるか?」

は?

背後で何処か聞き覚えのある声がした。





「ヤッパリ見えないノカ……。」

相変わらずの木綿の服に麦わら帽子姿で、相撲少年が俺たちの後ろに寂しげな表情で立ち尽くしていたよ。え?何なのどうして居るのこの子?

「お、おい!おまぇ……?いや相撲少年っ、此処は危ないぞ。」

「おう!昨日のオマエか。オレまた会えてうれしいゾ!」

こら!マイペースにも程がある。この状態理解してる?何ニコニコしてんのよ。

「お前、早く逃げろ。奴らに捕まる前に……。」

「あ、新太ぁ……そこまで追い込まれてたなんて、気付いてあげれ無くて、御免。」

あら?此方のお嬢さんが凄い哀れみの視線を俺へと向けてらっしゃる?

「そんな堂々と独り言まで……。」

なぬっ?そんな、独り言って少年と話してるだけ……まさか?


「な、なあ少年。本当に他の奴は『見えて無い』のか……?」

「オレの姿が見えるヤツは久しぶり。ウレしいぞ。さぁ相撲だ。」

何という事でしょう。彼は妖精さんだったんですね……

な、訳無いよな。

「さて……叶多さん。此処に一人の少年が居ます。麦わら帽子を被って生成りの服を着て居ますが見えますか?」

「ねぇ君、何言ってるんだい?」

うっわ叶多さん。視線が痛い、痛いって!そんな憐憫が篭った目で見ないで下さい。

……ってそんな事してる場合じゃ無えって。



「済まんが少年よ。流石今は遊んであげれないぞ。此処は危ないから早くあの森まで逃げて木の上にでも登って隠れておいてくれ。」

「おっ!キノボリか、楽しソウダ。よし競争するノダ。」

人の話聞けよ!


「頭殴ったら治るのかな……?」

其処のお嬢さんも、怖い事考えちゃ駄目。てか刀も抜いちゃ駄目。峰打ちでも死んじゃうからね。

カオス過ぎるわ!



結局、どうしても付いてくると聞かない相撲少年と、今一つ少年の存在に半信半疑の叶多を連れて町中へと立ち戻った。

あ、無論、数珠繋ぎにされてた連中も解放して来たが、逃げる奴もいりゃあ、ぼぉっと留まったままの奴、交戦する為に町中に戻る奴とか色々だ。

あん?お前が指示を出すか指揮を執れって?

無理に決まってんだろ。この町に来てたった二日の知らない奴の言う事聴く奴とか、反対に危ねぇだろ?んな主体性が無いにも程がある。

そんな奴らは別の奴が何か違う事言い出したら混乱するだけだ。第一、俺にそんな人身掌握の技術なんて無えぞ。



……んな漫画の主人公じゃあるまいし、何故・・町を救わなくていけない?

俺に出来るのは精々、自分を守る程度だ。


其れにな。ヒュエンツュだったか?奴等が悪だとは限らないんだぜ。

彼等がやって居るのは略奪と人攫いだとしても、其れが彼等の生業……いや、仕事・・であれば、決して俺は其れを否定しない。

彼等は日常業務をこなして居るだけだ。

ただ単に、現代人の倫理観と此処の住民にとっての『悪』なだけで、彼等にとっての『悪』では無い。二重規範ダブルスタンダードって奴だ。


勿論、俺が大人しく攫われてやる筋合いはミジンコにも無いけどな。







逃げるって選択肢もあったよ。けどなぁ……相撲少年と話して居る間に時間かかり過ぎたよ。

今更逃げても遅いんだろうなぁ……見張りぐらいは出してるだろうし……とか考えていると。


おぅ?意外な事に、裏門は陥落して居なかった。

裏門は丸太や板切れやゴミみたいなのでバリケードを作って塞いであった。

自警団の皆さんは十人を切ってる……

尊敬するわ。あの劣勢からよく抑えたもんだよ。


で、後ろを振り向くと、叶多はまた布を被ってぶかぶかの上着を羽織っている。なるほどな、女の子って分かると危ないもんね。……色々と。


「ナンダ!騒々しいが祭りカ?楽しいノカ?」

そして相撲少年は頓珍漢な事を言ってる。

やっぱりコイツって変だよなぁ?ズレてるって言うか、浮世離れし過ぎてるって言うか……


「馬がイルぞ。よし!オマエあれに乗るぞ。アレなんだ?ヨシ競争だ!」

興奮冷めやらない様子で少年がわぁわぁと騒ぎ立てるが、こっちはそれどころじゃ無え。


「天幕だと?長期戦覚悟かよ……。」



……



そう天幕だ。裏門の先の方でヒュエンツュの奴等はテントを張ってやがったよ。輜重部隊まで連れて来てんのか?


確かに、百人近い兵と其れに等しい馬が居るって事は手持ち弁当だけじゃ正直足りない。


実際の所、軍隊って奴は非営利団体だ。っか非生産団体だな。

例えば米で例えるぞ。一人が一日二合の飯を食うってするだろ。ま、大体300gぐらいか?

往復で10日間の遠征として、300掛け10で約3㎏。軽いって?

其れが百人だとな。300㎏を超えるんだぜ。

其れに飲料水は一日1.5ℓは最低でも必要だ。

1.5ℓ掛け10で15ℓの15㎏……百人分で1.5tだぞ。

副菜や馬用の餌に水や岩塩やらと持ち歩けば、総重量は2tに迫る。

ま、実際水なんかは途中で補充が可能で、食糧は略奪して良いならかなりは減るがな。



で、車輪が無いこの国でどうやって運ぶ?

……って戦車だ。

ヒュエンツュの指揮官は戦車に乗ってる。

て事は、荷馬車か何かを所有して居ても不思議じゃ無いて事だ。

其れに、下手すりゃ奴等は国外からの遠征組って事だ……



「取り敢えず、飯でも食うか。」

ぐだぐたと悩んでても仕方がない。考えたらこの世界に来てから、道すがらに口にしたガムとお茶しか記憶に無いしな。

「新太……呑気過ぎないかい?」

呆れ顔の叶多が苦言を口にするが気持ちは分かる。ま、我ながら呑気なもんだ。

「ま、奴等も飯の時間らしいぜ。」

そう言って向こうの天幕付近から上がる炊飯の煙を指差してみた。



「けど、よく分かったね。向こうもご飯の時間だなんて。」

「天幕まで建ててりゃなあ。強襲で陥とせなかった以上、向こうさんも次の策を練るわな。」

「ゴハン……?飯か!ヨシ喰うぞ。団栗か泥鰌か!」

コイツは平常運転だよなぁ。

わぁわぁと騒ぐ相撲少年を見て、思わずそんな感想が漏れる。

まあ、俺以外には見えないらしいから、周囲の緊迫した空気を読めなくても仕方ないだろうな。

然し、団栗に泥鰌ねぇ。コイツ料理出来そうには見えん。生で齧ってんじゃねぇか?

適当に組んだ竃に、鉄鍋を乗せた状態でそんな事を考えていた。

火起こし?んなもんライターで一発だ。文明の利器を舐めんなよ。


「おい、オマエ!何やってる?」

っておい!相撲少年がホントに生で団栗齧ってやがった。

ぺっ ーー っと団栗の堅果の皮を吐き捨て竃を眺めている。

いやいや、そんなやって食うもんじゃ無いからねそれ?

「竃も知らねえのかよ……てか少年じゃ呼びにくいな。なぁ相撲少年よ、名前なんて言うんだ?ちな俺はアラタだ。」

フレンドリーに聞いて見たさ。色々と変な奴だ

が数少ない顔見知りだしな。


「名前ってナンダ?うまいのかソレ?」



……ナヌ?

お前は何処の悟空だぁあぁ!

って親っ!名前ぐらいつけろや。……けどなぁこんな国だ。やっぱり孤児なんかなぁ。

「仕方無えな、少年ってのもナンだし……名前何にするか。」

「本当に人が居るみたいに話すんだね。名前までつけるのかい?」

こらこらお嬢さん。完全に疑って掛かってますよね?ソレ。





ごりごり ーー 俺は今、手の平で蜀黍を揉んで強制的に脱粒をしている。

ぷっと息を軽く吹き掛けて光沢のある殻を飛ばした中身の種子を鍋へと放り込む。

「へぇ。始めての割に手馴れたもんだね。」

「ん?そうか……此れでも食品卸会社の営業だからな。五大穀物の事ぐらいならある程度の知識はあるさ。

ま、流石に稲作を始める程の知識や技術は無えけどな。」

「……稲作は無理なのかい?」

あら、叶多さん。そんなに残念そうな顔しなさんな。

「ここの世界がどうかは知らんが、日本種は半島か東南亜細亜経由で入って来て二千五百から三千年近く。それから手間暇掛けて品種改良を極めた日本農業の最高峰だからな。この世界で稲が実際にあるかも分かんねえし、あの味を再現するのに何百年掛かるか分かんないさ。」

「凄いな、新太は!まるで仕事をしている人みたいだ。」

いやいや、叶多さんや。俺、仕事してたし!サラリーマンだし、営業マンだし!大人だし?



うん。不味い……って程では無い。

正直言って、この高粱粥って言うのは美味い訳では無い。唐黍もろこしとかソルガムとか高粱とか色々な呼び名がある世界的にもお馴染みの穀物ではあるが、そりゃ日本米に比べて甘くもコクも無い。

一言で言って。ま、素朴な味?

時たま食うには平気だが、毎日毎食は正直ツラいな。

一丁前に歯応えは有りやがるから、腹持ちが良いって所が此処では大ウケらしい。

出汁代わり入れた犬肉も、癖が妙に有りやがるから、正直言って食えればいいってレベルだな、こりゃ。

あ、アレまだあったか?

上着のポケットを探り、銀色の薬袋状のバックを束で取り出す。

ひいふうみい…っと10束か。

ぱちん ーー と音を立て輪ゴムで縛っていたパックを一つ引き抜く。


「なんだい、其れは?」

興味深そうに叶多と相撲少年が俺の手元を覗き込んでくる。

「顆粒の出汁の試供品だよ。出入りの業者さんが顧客用にちょくちょく配るんだよ。」



「ウマイ!ウマイ!此れウマイぞ。アラタ!」

横では名も無き相撲少年が喜んでがっついている。って何処の兄貴だ、お前は!

「うわぁ。本当に、勝手に減っているよ。」

叶多からすると少年が食べた分が、一人でに減っている様に見えるらしい。

うん。そりゃかなりシュールな光景だ。


結局、蜀黍と犬肉だけじゃ無く、栗まで大放出だ。

こん畜生め!また素寒貧に逆戻りだよ。







え?怖く無いのかって?


そりゃむちゃくちゃ怖いさ。手ぇガタガタしてるもん。

喜んで戦うだなんて、頭のネジ弛んでるか何本かスッ飛んでる奴だと本気で思うぞ。

叶多だってそうだと思う。何の職種を与えられたかは敢えて聞いて無いが、さっき四人を斬り倒した実力ならば、軍なり用心棒なりで十分食っていける筈。

敢えて其れをせず露天商なんてやってるって事は、人を斬るって行為は、自衛のみの最低限度に抑えたいんだろう。やっぱり其処は日本人だよな。

てか、名も知らぬ神より敢えて与えられた天職に逆らうか……




あ……俺逆らってねぇや。





「アラタ!祭りはいつ再開するノダ?」

たく、飯食ったら食ったでコイツは煩い。

「だから、祭りじゃねぇって!彼奴らが攻めて来るから危ねぇって言ってんだろ!」

「危ナイ?熊か!アソこに熊が居るのか!」

あぁもう!誰か此奴の相手してくれよ。なんで俺にしか見えんのだ!全く、不条理だ。

「ん?ある意味、熊なんかより全然怖いな。馬に乗って剣と槍まで持ってやがる人攫いだしな。

お前は他の奴から見えないから助かるかも知れんが、俺は無理かもな……。」


「新太……。」

叶多が俺を哀しげな視線で見つめてくる。

「ソレは困るぞ。アラタが居ないと誰と遊べばイイのだ?」

あぁ、お前はそんな基準だな。平常運転過ぎてある意味安心するわ。

「お前が困ってもなぁ。つか俺も困ってるさ。彼奴らを全員倒すだなんて微塵も思わんけど、諦めて帰ってくれるだけで良いだけどな。」

俺の独白は風に拭き消される。


「アレが居なくなればイイのか?どうすれば良いノダ。」

ホント、此奴は呑気だよな。良いよな、子供って。

「あん?そうだな。食糧が無くなるか、武器が無くなるとか……『統率者が死ぬ』とかが条件か?」

「そんなコトか。簡単じゃナイか!」

サラッと何言ってるの?相撲少年よ。

んな事、簡単に出来たら軍記物や戦記物のお話は成立せんぞ。

こんな遮蔽物も無い丸見えの状況で、どうやって強奪や暗殺が成功するんよ?せめて夜襲だが、彼奴らはプロだ。セミプロかも知れんが、戦闘行為で飯食ってる奴らが簡単に民間人の策に陥ってくれるとは更々思わん。


「コレでイイか?」

あ、俺の相棒ぉ。うん、違う。元々少年の杖だったな。

其れを握った相撲少年がぶんぶん振り回していた。たく何やってんらだか。

「おぉい!危ねぇぞ……



べちゃ ーー



は?なんか目の前に、何か落ちて来た。

……なんか、ぴくぴく動いている、赤くて生々しい奴だ。

青っぽい静脈が浮き出してて、赤黒い液体まで噴き出してる。


まるで、コレって『心臓』みたいだよなぁ……




あ、動かなくなった。


「どうだ!スゴいだろう。」

呆然とソレを見詰めていた俺と叶多の前で、相撲少年が胸を張っている。


「いゃさぁ……『どうだ!』って言われてもなぁ。」

何が起こったのか、何をしたのか。てか此れ何だよ?

今一つ理解が追い付かない俺達の耳へと喧騒が飛び込む。


「今度は何だよ?」

視線を上げると、向こう側、つまりはヒュエンツュの天幕周辺の空気がおかしい。

何だ?何を大騒ぎしている。違う、あれは混乱だ!ばたばたと激しく人が天幕を出入りし始めている。


「どうだ?もう一回ヤルか!」

お、おい。そんなに無邪気に笑って何言ってるんだよ?お前……



な?……『もう一回』って……?


ま、待て!駄目だ。きっと……それはやっちゃ駄目な……

「ま、待てぇ……


ぶぉん ーー

無情にも杖が振り下ろされる。




べちょべちょっ ーー


湿った音を立て血濡れた異物が地面に落ちる。

そして……視線の先、天幕の前に居た二人のヒュエンツュが、朽木の様に大地へとばたりと倒れ込んだのが見えた。



「どうだ!凄いダロウ。」

おい?……何言ってるんだよ。

何でそんなに『笑って』居られるんだよぉおぉ。……『どうだ!凄いダロウ。』じゃ無いだろ。


ゴメンな、少年……俺、なんて事をさせちまったんだ。

自分が手を汚した方がよっぽどマシだった。

自己嫌悪と吐き気が、咽喉元から込み上げてくる。


「ひっ?」

異物の正体に思い至った叶多から声にもならない悲鳴が上がる。

「新太……ねぇ、君は一体何を連れている。いや違うね、……君は一体何なんだい?」

俺を見るその視線には、一切の曇りも無く、まるで……そう、まるで『異物』を見ているかの様に俺を只々見詰めていた。





「俺?俺は……。」

もしかして……『相撲少年』とは本当に存在して居ないのか?俺の想像上の存在で、実は俺がやっている事なのか?

出来の悪いSF小説か、昔見た男達が殴り合う映画みたいに、俺が産み出した偽りの存在だって言うのかよ……


「奴ら帰らないナ。モウ少し減らすカ?」

耳へと飛び込んで来た言葉。

其れは悪意など全く感じ無い『少し減らす』だった。


その言葉に背筋が凍る。

駄目だ。此れは戦闘ですら無い。

只の『虐殺行為』だ。こんな子供がやって良い事じゃ無い!


「駄目だ!其れ以上はやったら駄目だ……。違う、それとは違う事をやらないと駄目だ。」

思わず俺は叫び声を上げていた。

恐らく相撲少年にとって『団栗を三個採った』と『心臓を三個引き抜いた』の価値は大して変わらないのだろう。

純粋であるからこその価値感と価値観の差異。

無知である事の強みと弱み。


感じるのは純粋な恐怖。……グワルギャから感じた恐怖よりも深く、遥かに恐ろしい。


「新太?」

突然叫び声を上げた俺に対して、叶多の瞳に怯えが疾ったのがはっきりと判る。

そりゃ怖いだろう。

目の前に居る奴が一人で会話・・してたり、見ただけで心臓引っこ抜いちゃうサイコ野郎だったとしたら、俺ならおしっこ漏らしちゃうね。



でだ。……幸いにも、少年は腕力に関して大して強く無い。てか弱い。

相撲で俺が勝てるぐらいだからな。

飛び掛かってでも、やめさせる!


「うウむ、ダメなのか!じゃあコレで良いカ?」

ぶん ーー

うおぉ間に合わん!





がしゃん ーー


思わず目を閉じた俺へと届いたのは、訪れる筈の湿り気を帯びた落下音では無く、重い金属音であった。

「は?何。剣……?なのか。」

恐る恐る目を見開いた俺の視線には、一本の両刃の剣が地面へと突き立っていた。

「コレならイイのか?」

にかっ ーー 相撲少年が歯をむき出しにして笑う。


「あぁ……そうだ!其れならば構わん。思いっきり、やれぇ!」

叫んだよ!思いっきりな。







「ようやく、引いた様だね。」

腰の太刀に左手を乗せたまま、叶多がぼそりと呟く。

次第に遠ざかる砂塵を見詰めて俺も頷いた。

ホント『ようやく』だ。


あの後、相撲少年は大量の剣と槍の雨を俺達の前に降らせた。

其れでも奴らは引かなかった。

中には徒手空拳で突っ込んで来る奴迄居た。

弓矢に食料品、生活雑貨まで、終いにゃ荷車まで降ってきた辺りで、流石に奴らは引いた。

いや、引いてくれた。


正直言って、あのまま泥沼の乱戦にでもなってたら収拾がつかないところ迄行ってたも知れん。

剣や槍が無くても、此の世界にゃ魔法使いや暗黒神官に祈祷師までも居る。其れに石や棒だって立派な凶器だ。百人近くの戦闘員が、後先考えずに突っ込んで来たら、お互い死屍累々の地獄絵図だったと思うぞ。大マジで!



で、相撲少年は流石に疲れたのか荷車に積まれた食糧の上で寝てる。笑って人を殺せる悪意無き殺人鬼な筈だが、無邪気なもんだ。

最早、コイツは人間では無いのかも知れない。そんな気すらして来たよ。




最後に若い女のヒュエンツュが一人馬を寄せてこっちを睨んでいたのが思い出された。


テンプレ通りに凄い美人だったが、もう顔が台無しになるぐらい凄え目付きでこっちを睨んでいたよ。

一対一だったら間違い無く視線だけで、ブッ殺されそうなぐらいの勢いだったよ。アレは!

ま、予想としては、最初に心臓を引っこ抜かれた犠牲者が、族長か何かで其の娘なんだろうな……フラグがびんびん立ってるよ。


申し訳ないが仇は取らせてやる訳にはいかんよ。

間違い無く仇って俺だから!

其れにさ、大人として少年に責任押し付ける訳にはいかないだろ?

ま、其れに俺以外に見えないなら、押し付けるもへったくれもねぇやな。




はあぁあ……理不尽だ。

此の世界は全てが、色々理不尽だ。

……そう思わない?






本日の収穫

両刃の剣 96振

片刃の大剣 3振

馬上槍 36筋

馬上弓 72張

矢 182本

荷車 1台

馬 4頭

岩塩 2片

蜀黍 5袋

黍 3袋

粟 2袋

小麦 1袋

皮製水筒 7本

金属製食器 2膳

羊毛敷物 2枚

羊毛外套 1枚

用途不明品 多数

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