表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

暗黒な狩人達がやって来た。 第4話

ふぅん地球人か……日本人かな?


ぶっちゃけな所、巻いた布をずらして聖痕を見せると言う彼の行動に対して俺が抱いた感想は、自分で思うのもなんだか〝警戒心〟だった。


だってさ『お兄さんは〝こっちの世界〟に来てどのくらい?僕はもう二年過ぎたよ……。』とか言ってるだけで、絶対に地球人て訳でも無きゃ、味方って訳でも無いじゃん?

実際の所彼の何の目的かはこっちには分からない以上は、怪しんじゃうよね。

特にここいらは見た目はアジア系に近い顔付きの住民が殆どときてる。……さっきのジャンジみたいに詐欺だって可能性はゼロじゃ無いからな。


(あっ教団の方ですか?ん……やっぱり〝それ〟隠しちゃいます?)

俺も声を顰めて言葉を返すが、意図的に話を少しはぐらかし様子を見ることにしてみた。

(……!?)

彼の少し色素の薄い虹彩が僅かに揺らぐのがはっきりと見て取れる。

……正直言って向こうにとっては僅かながらショックだろうとは思うよ。そりゃ。

唯単に滅多に会えない元の世界の人間との邂逅が嬉しいだけかも知れないんだろう、と思うよね。

「……あ、あのね。警戒心が強いのは当然だと思うけど、スーツ姿ならバレバレだよ?」


……オゥ!ナンテコッタァ。





彼はカナタと名乗った。

高校3年生の秋、大学受験を控えた18才の時に神託とやらに巻き込まれ〝こっち〟へ連れてこられたとの事だ。

選別の際、運良く奴隷階級では無かった為に自由の身となり、ああだこうだで何とか生き残っていると重い口調で語ってくれた。

就労前の学生に此の世界の2年は嘸かしヘビーモード過ぎた事だろう……想像を絶する日々であっただろう。



「運が良いのか悪いのか、まだ判らないんだけどね。」

カナタが手慣れた様子で、川へと放り込んだ犬を流水の中で捌きながら呟く。

「ん?そう言うもんか。自由なだけマシだろ?」

これは俺としての正直な意見だ。現代人としては職業選択の自由はあるべきだと思うからな。

あ、流石に口調は素で話してる。だって俺は今、仕事中じゃ無いからね。

「そりゃ、ある意味奴隷だと住む所と食事、着るものの供給〝だけ〟は、されるらしいからね。羨ましいところもあるかな。」

〝だけ〟の所にアクセントをつけてカナタが溜め息混じりの吐息を吐く。

……衣食住か、確かに人間の根本だもんな。けど、エド・ディーナーの人生満足尺度で測ったら最低ランクだろ?奴隷とか……

「……俺はまだ、働いてる農奴にも戦奴にも、まともに会って無いけど、ぶっちゃけ待遇はどうなんだい?」

正直言うと此の質問は、少し答えを聞くのが怖い気もした。

正真正銘の運?いやちょっと違うか。居るかも解らない神さまとやらに勝手に選別されて、奴隷とか一方的言われた連中がどう過ごしてるかだなんて、正直想像するのも恐ろしい。

ま、こっちが幸運とも言い切れないけどな。


「農奴はまだ生きてはいけるのかな。日本で言う所の小作人みたいな物みたいだしね。八公二民とか言ってたね。実質的にはもっと酷いらしいよ。」

「はぁあ?は、八公って無茶苦茶過ぎだろ。江戸時代ですら四公六民だっただろ!一体全体何食ってんだよ、ここの農民達は……?」

マジで引いた。ドン引きだ……

八公二民って事は収穫の八割が強制的に徴収されるって事だ。農業って事は次年度の作付け用に種が必要な筈だろ?

そりゃ貨幣経済が異様な迄、停滞するのも分かる。

どう考えても、税率もだが根本的に政治が発狂して無えか?


あ……分かった。




「国民を馬鹿のままにしておく。そんな国か。」

「うん、正解。意図的に経済を停滞させて一部の人間だけが利権を得てるって感じだよ。役人とかは民間からの登用は皆無で、上流階級だけが血統のみで役職を任官してるし、学校なんて無いんじゃないかな。」

「識字率はどんぐらいなんだ?」

「一割どころか五分以下じゃ無いのかな。ぶっちゃけな所、僕はこの2年間で文字すら見たことが無いよ。」

おぃ…徹底してやがんな。


ん?言ってる意味が分からないって?

そうだな、恐らくはこの国は君主制か、それに近い物だとは思う。でだ、支配者が一番楽な統治って何だと思うよ?


それはな、国民が馬鹿な事だ。

文字も無く、碌な学問すらも無い社会で国民は現状にに疑問を抱くと思うか?


貨幣すら無い、自給自足と物々交換っての経済って紀元前以下レベルの社会だよ。てか、紀元前の筈の四大文明は文字も学問もあったな……

それに、考えても見ろよ。

流石に一定階級以上なら通貨が有るだろうけど、一般に流通してる通貨が無いんだぜ。其れがどれだけ恐ろしいか分かるか?

商品を買おうにも売ろうにも根本的に通貨が無きゃ物々交換しか無え。飯を食おうにも飯屋が無い。飯屋を起業しようにも通貨が無きゃどうやって仕入れる?どうやってお客さんの会計するのよ?

一体なんなんたよこの国は?狂ってるにも程ってもんあるだろうが!





「庶民が食べてる主食は蜀黍って穀物だけど、此れがまた、美味しく無くてね。」

蜀黍しょくしょぉ?……あぁ高粱か。たく、稲作やって無いのかよ!」

蜀黍って言われてピンと来なかったが高粱かぁ。五大穀物の一つだけど、此れは正直ショックがでかいぞ。アジアっぽいから米は栽培してるかと思っていたが、高粱とはね……

アフリカとかインドだと、確かクスクスやチャパティの原材料だったよな?

荒地には滅法強いが、歩留まりは悪いわ、必須アミノ酸のリシンが少ないわ、栄養失調を引き起こすロイシンが多いわ、と良い所無しで、先進国じゃ殆ど食わない食材だもんな。


「しかし、……良く生き残れたもんだな。」

此れは、本心偽りない言葉であった。正直言って自給自足すらも怪しいこの国で、普通の高校生が良くぞ2年間も保ったもんだと思うよ。

本心でお兄さん感心しちゃいます。

「運かな?後は、選定の職種が良かったのかもね。」

選定ねぇ……ん?生き残るって、サバイバル職ってのもあるのか?

「あ、選定って言えばカナタの職種は何だったんだ?因みに俺は…」

「そこまで!職種は言わない方が良いよ。……お互いにね。」

うぅ…む、此れは拒絶か。なんか秘密の職業?暗殺者とか狂戦士……ヤダ、ソレ怖い。


「ん?其れなら詮索はしねえよ。」

「あら?潔いんだ。まあ有難いけどね。」

ふっ、俺は紳士だ。乙女の嫌がる事はしねえぜ。……ってカナタは男だった。汚れているけどキレイ目の顔してるからついついね。

あ、……BLの趣味は無いから。無いって言ったら無い!マジで。


「ほら、出来上がりだ。ちゃんと部位毎に分けてるからね。あ、仕分けしたの葉っぱは、おまけするから。じゃあ僕は内臓と腿肉を貰うよ。」

「おぉ、流石ですね。きちんと分けて頂けるとは感謝の言葉も御座いません。」

「……入切の切り替えが凄いよ。正直言って何だか怖い。」

解せぬ。普通だと思うのだが……


カナタをお礼を言って一度離れ、他の露天商を回る事にした。勿論、生活必需品の入手である。

うむ、最低でも鍋は欲しい所だ。

直火焼きで犬肉を食うぐらいなら、栗や高粱なんかと煮込んだ方がまだ食べ易いし、間違い無く腹が膨らむ。もし海が近くなら海水を煮込んで塩だって作れるからな。

あ、……塩か。

露天商を見ても塩を出してる奴は居ない。もしかすると国の専売かも知れないが製造販売業ってのもアリかもな。


取らぬ皮算用を色々と考えつつも、中古らしき生活雑貨を扱う露天商へと近づいてみるが……

「うーむ。何とも言い難い。」

中々に太々しい顔つきの店主が座り混んだ露天には二種類程の鍋がある。

どちらも使い込まれ外側が煤けた鍋は、どうやら鋳型で抜いた分厚いもので、かなりの重量がありそうだ。

「あ、申し訳ありませんが、其処の鍋はどのぐらいの物と交換して貰えますか?」

「あん?鍋ぇ。そりゃ高いぞ。蜀黍で一石だ。」

……一石?謎単位だな。確か日本で石なら合の千倍だよな。一合が150gで150kgか?

うん、馬鹿じゃ無いの?

「いゃあ流石に、その量の蜀黍の持ち合わせては有りませんよ。肉で如何ですか?」

見りゃ判るだろ!どこの世界に穀物150kgを持ち歩く奴が居る。まあ、日本と尺貫法が同じとは限らないけどな。

「肉ぅ?生なら猪一頭でなら良いぞ。」

強気だな。て言うか、猪一頭とか捕まえる労働と鍋が釣り合うのか?

内心首を傾げながらも、交渉を進める。

「なら、腿肉一本でどうでしょうか?」

と言いつつ犬の腿肉一本を木の葉からちらりと見せて様子を伺ってみる。

「……いつ捌いたんだ。」

ふむ、喰いつきは悪く無さそうだな。

「先程ですね。あの川で裁いたばかりですから、痛みも無いです。勿論……葉で包んだままでね。」

こんな時は、早口は禁物だ。

情報は大切に扱わないと、勿体無いぞ。

「ふぅん。裁いたばかりなら腿肉と臀肉、毛皮一枚と合わせてどうだ?あるんだろ。」

おっさんの視線が、一度左下に走って右上へと跳ね上がる。

ケッ!ど素人が、視線がぶれっぶれだ。

……まずは左下で、味覚・嗅覚の記憶の浮上。次に右上で、想像・虚像の構築って所か。


ふん、毛皮の件はブラフか。

俺は思わず浮かびそうになる笑いを、慣れ親しんだ営業スマイルで覆い隠す。

こいつは今、一瞬肉の味と匂いを思い出し、次には少し欲をかいた。

『もう少し粘れば肉と毛皮を手が入る』ってな。んな都合良く世界は回んないぜ?


「そうですかぁ。難しいですかぁ……。」

そう言って、視線を僅かに他の露天商へ〝一瞬だけ〟向け、肩も少しだけ動かす。

ん?一瞬で十分だ。ワザとらしいのは駄目だぞ。あくまでも『無意識を装う』此処がポイントだ。立ち上がったり、縁がありませんでしたとか言っちゃうと向こうは諦めるからな。

欲しいって言う意思の糸をぎりぎりの所まで引っ張るんだよ。切っちゃ駄目だ。……ヤベぇ。超楽しいわ。

ほら、おっさんの目が泳ぎ始めた。


少し下げた後に、軽く持ち上げる。

……これからが腕の見せ所だ。





「やっぱり、仕事してる!って感じが良いな。」

あの後、腿肉一本と肩肉少々で、鉄鍋と荒縄に陶器の茶碗。そして茣蓙に頭陀袋の入手に成功した。

おっさんには悪いが、俺の技術がどれだけこっちの世界で使えるかの実験も兼ねて居たからな。

思いっきりやらせて貰った。


復讐?んなもんは無い。相手が気持ち良いまま取引きを終わらせる。商売の鉄則だぜ?

おっさんは今頃『腿肉だけで無く、肩肉まで手に入れたぞ。』と気持ち良く帰途に着いている事であろう。

さて、残りの肉は自分で食う以外はさっさと売っちまうか。冷凍どころか冷蔵すら出来無えから足が早いし、塩が無えと乾燥肉も簡単に作れないからな。入手すべきはやっぱ主食か。

なら、蜀黍だな。……脱穀してあるなら良いが、正直な所期待は出来ん。粟や稗と同じで脱穀すんの面倒くせえ筈だからな。

中々の取引きに気を良くした俺は、そのまま食べ物を並べた一角へと移動するが、これまた酷い。

土が余程悪いのか、並ぶ野菜はどれもひょろひょろでとても食指は動かない。

たく、荒地なら菊芋やトマト・じゃが芋・大豆。後は茄子に南瓜か?

第一、川は流れてるんだし水田作れよ。水田!稲の方が歩留りは高粱よりかなり良い筈だ。

……あ、これと言った特産品も何も無いから諸外国との輸出入が無い。それで外来種が殆ど入って来ないのか?

国内に外貨が無いってやっぱ国として終わってるよな。


「良く国として成立してるもんだな。」

此れは嘘偽りない感想だよ。

蜀黍を二掴みほど手に入れた後、カナタの露天へと戻る道すがら思考を続ける。

この世界の国家間の関係なんて知らんが、よく侵略を受けないもんだ。反対に侵略に費やされる労力と、其れによって得られる旨味が釣り合わないのか?





「……ん?」

などと考えていると、視線の先に違和感を覚えた。

何だ?道都の方向から考えると町の後ろ側に当たる方向。つまりお天道様の上ってる方向で言うと北側か?

煙?いや土埃……か?未だ小さいながら土埃が徐々に近づいて来ている事が見て取れた。


何だありゃ。土埃?まさか車じゃ無いよな。騎馬か?

手の平を翳してその方向を眺めていると、俺の動きに気付いた露天商の一人が、同じ様に視線をそちらへと向ける。

「……ひぃ?」

暫く二人で遠くを眺めて居たが、弾かれる様に男が悲鳴を上げ露天を急ぎで片付け始めた。

「お、おい!おっさんどうした?」

「拙い!拙い!拙いぃ……。」

譫言の様に繰り返していたおっさんが荷物を纏めて走り去る。


周囲を見渡せば、露天商達が喧々囂々と逃げ支度を始めていた。

「……な、何だってんだよ?」

蜘蛛の子を散らす様に露天商達が逃げ惑い始めたぞ?一体何だ?あの砂塵は……?野盗か!


「ヒュエンツュだぁあぁ!」

男達が口々に叫び声を上げるけど、ヒュエン……?何だよそりゃ。何か、超怖いんですけどぉ。

あ、自警団の皆さんが迎撃に……出ないのね。

柵みたいなのを並べ始めたぞ?馬柵って奴か。で、門を閉めての防戦体制って訳ね。

「そんなんで大丈夫なのかよぉ……。」

んな?おぅ戦車だ。ん?戦車タンクじゃ無いぞ。戦車チャリオットだ!

一際目立つ二頭立ての戦車が一台と、残りは騎乗した兵士が一杯いる。

確実に近づいて来た……。明らかに狙いはこの町だろうなぁ。


……うっわ、良くさぁ。三国志とかで十万の兵とか言うじゃん。二万の寡兵とか言うじゃない?

無理。ぜってぇ無理だよ。

百騎にも満たない筈の騎馬ですらマジで『怖い』ぞ。地を揺るがせる蹄、耳を打つ轟音、本気で腹にすげぇ響きやがる。

あんな柵や門扉程度じゃ間違い無く止まらねえ……

ひゅん ーー

空気が裂ける音が耳に届き、目前に矢が突き立つ。

おっふ……


死ねる!此れはマジで死ねるわ。

取り急ぎ、商品達をコンビニ袋に放り込み鉄鍋を頭に乗せる。

見た目が最悪だと?知らんわ!流れ矢で死ぬとか愚の骨頂じゃ!

やっぱり町の入口へと向かうか!正門は……閉め切ってるだろうなぁ。

あ、カナタ?……って、二年もこの世界の先輩だしな。切り抜ける方法も色々と知ってるだろう。……薄情ですまん。

この混乱の中でカナタを探す事を諦めた俺は、ヒュエンツュ達の侵攻方向と逆へと移動を始める。



どごぉん ーー

突如として背後で巻き上がった炸裂音が耳を打つ!

何だ!火薬か?まさか大砲……ってココ、魔法有りの世界だったな。

視線を巡らすと、裏門は敢え無く粉砕されており自警団の兵達が右往左往する姿が目に入る。


駄目だ……。二十人足らずの自警団だと、明らかにあの連中と勝負にもならないだろうな。

ま、実際の所、籠城戦ってのは悪い選択肢じゃ無いんだよ。

遠征して来た奴らってのは実際手持ち出来る程度しか食料が無い。数日間耐えりゃ勝手に引き退るってくれるのが普通だ。


けどな。『魔法』って奴が無けりゃの話だ。

俺が今迄に見た魔法っぽいのは、グワルギャ達の操る呪い、この杖から出た火の玉ぐらいだ。

最悪な事にあの騎馬兵達の中にも魔法を使う奴が居る。音は一回だったが、あの門扉の破壊度合いから考えたら、かなり実戦的な攻撃系の魔法だ。あんなの使われたら、がちがちの城塞都市でも無きゃあっという間に落ちるわ。


一度、建物に影に身を隠して裏門の方を伺って見たが……

正直、見なきゃ良かった。

自警団の一人が勇敢にも壊された門扉の外に出たのだろう、針ねずみの様な姿で転がっている痛ましい姿が見えた。オウ……

つか、もうあんな近くまで来てる。町に入られたらどうなるのよ。

ひゅん ひゅん ーー とか嫌な音がして、矢は飛んで来るしどうするよ俺!


大して大きくも無い町だが外に逃げる?騎馬相手に逃げても、どう考えても悪い予感しかしないよなぁ。

あ、塀を乗り越えてる奴らも勿論居るけど、普通に距離的に正門から逃げた方がマシと思うんだけどな。

ただの略奪行為なら命だけは助かるとは思う……な訳無いよな。




やっと正門まで辿り着いた。

けど、ヤバい。ヤバいなんてもんじゃ無い。なんと!もう正門は抜かれてた。


其処では先に逃げ出して捕まった奴らなんだろうか、なんと『繋がれていた』。

意味が分からねえよ?繋がれてるんだぜ、手の平に穴開けられてさぁ。

……其処に『紐』を通されて文字通りに杭に数珠繋ぎで繋がれるんだよぉ。


意味が分からない。これならまだ額に聖痕の方が……いや、どっちもマジで目糞鼻糞だ。

この世界の奴らは馬鹿しか居ないのか!サイコか!精神異常者か!

この世界じゃ奴隷って此処まで人権もへったくれも無えのか!


正直嫌悪感だけしか湧かないが、あれが自分の身に降りかかると考えたら怖いなんてもんじゃ無い。まだ選別の方が当たり外れがあるだけ良い気がする。今度は無条件で奴隷落ちだよコレ?


仕方無いよな、怖いけど抵抗するか……

他の奴らも同じ考えならば人数はこっちが多い……って前に手ぇだして降伏してる奴が居た!


一体なんだ!この世界は?

正門に来てる騎馬兵はたったの5人だぞ。何で数十人は居る住民達は無抵抗なんだよ。

長い物に巻かれるとかとは違うだろう。人間としておかしいとか思わんのか。


……あーぁ、俺ってこんなキャラじゃ無いとおもうだけどな。

必死で震える両手で杖を握り締め、脚に力を込める。

別に義侠心とかじゃ無い。これ以上この世界の理不尽に負けたく無いんだよ!




ぽとっ ーー

全身の勇気を掻き集めて飛び出そうとした俺の視線の先で、騎馬兵の首がいきなり、ぽろんと『落ちた』よ。


「はぇ?ぇえぁるわ?!」

わぁ!びっくりだ。血ってあんなぴゅうぴゅう出るんだぁ。

色々あり過ぎてもう理解を超えたよ。何なのこの世界。



「何だキサマぁ。我らに逆らうのか!」

残りの兵達が、一気に色めき立つ。

そりやそうだろう。いきなり仲間が首チョンパされたら怒るわな。


そして、騎馬兵達の視線の先に居たのは……

美しく輝く片刃の太刀を構えた、一人の女の姿があった。







はぁ?日本刀だと……?


見た目は若い。二十歳ぐらいで長い黒髪の『美人』だ。うむ、此れは間違い無い。

両手に携えた武器、其れはどう見ても日本刀だよな?片刃に緩い反り身が付いた刀身に波紋を持った細身の刃物。んなもん世界中でも日本刀ぐらいしか俺も聞いたことない。

拵え?って言うのか……間違い無く和風な仕上げの肉厚な太刀。

この世界で見た刃物は殆どが、両刃の片手剣って感じの武器だ。

現に騎馬兵達も少し肉厚の片手剣だ。

てか誰なの?あの娘。たく、色々と訳が分からない。



「はっ!」

騎馬兵の一人が手綱を引き、馬ごと突進を掛ける。

競馬などで現代人が見慣れたサラブレッド種に比べれば随分と小さな馬だが、人が騎乗した上突進して来れば迫力は半端ない。正直言って途轍もなく怖い!


騎乗の男が、勢いのまま槍を繰り出す。

かっん ーー

冗談の様に軽い音を上げて下段から跳ね上がった太刀が易々と穂先を斬り飛ばし、そのまま流れる様に返す刀が男の脇腹を突き抜ける。


はっ?今……斬ったのか?

左下からの逆袈裟、そして胴払い。

殆ど見えては無かったが、本来の役割を失った槍と同時に騎乗して居た男が崩れ落ちた所からも、擦れ違いざま脇腹を斬り裂かれたんだろう。



「しゃっ!」

残った男達が、掛け声と共に弾ける様に駆け出す。

一人は距離を置いて弓を構え、残る二人は女剣士の周りを円軌道に馬を駆けさせる。

直線的に突っ込む愚を犯さず徐々に削る訳か……

確かに時代劇じゃあるまいし、いちいち一人ずつ掛かって行く訳も無けりゃ、弓矢を使うのが卑怯な訳など無いよね。

男達は駆け抜けざまに剣を振るい、女剣士の動きを抑制する。無論近付き過ぎたら刀身が長い日本刀の間合いに入っちまう。だからこその同時攻撃な訳ね。

そして、弓矢で遠距離攻撃……ってさせるかよ。

俺は杖を両手で握り締めて駆け出した。

こんな世界だ。味方は多い方が良い!あの娘が確実に味方かは判らないが、騎馬兵達より悪くなる事は無えだろ?

其れにむさ苦しい男より、美人の味方をする方が良い!


短弓を構えた男の後頭部を、全力で振り抜いた杖でぶん殴る。

「ごへっ?」

完全に意識外からの攻撃だったのだろう。弓矢を構えた男が短い悲鳴と共に馬から落下する。

よし!手応えあり。


「お前っ?何をっ……!」

騎馬兵の一人が俺の姿を見て動きを止める。

あぁ脚を止めちゃ駄目だよ……

ざしゅ ーー

右手が片手剣ごと宙を舞い、短い呻き声を上げた男が落馬する。

すると現金なもので、住民達が挙って落馬した男を袋叩きにし始める。

……相手が弱ると途端に強気に出るって……たく、どんだけ人間性が分かりやすいんだ。ここの住民達は?


いや、残りが一騎居た筈。何処だ?……って逃げてる!

まあ、当然っちゃ当然だ。町の反対側まで逃げればまだあいつらの仲間が居る。此処で袋叩きにされるぐらいなら、俺でも逃げて仲間を呼ぶ。

けど拙い!一気にあの人数がこっちに来たら、あの女剣士が幾ら強くても無理だ。


其れにおかしい。如何・・して正門は陥ちた?内通者か?

いや、正門は内側・・へ向けて破壊されてる。って事は……



「拙い!魔法使いだ!」

女剣士に向かって俺が叫ぶのと殆ど同時に距離を取った『最後の一騎』が、此方を振り向く。

奴は剣を振り上げ声を張る。

『蠢きし土の精霊、我は命ずる。緩みて足を引け!』

「くっ?」

呪言を詠唱する間に駆け寄ろうとした女剣士がいきなりぬかるんだ地面に驚き、短い悲鳴を上げてバランスを崩すのが見えた。


十分な距離を確保したまま、騎馬兵が次の呪言を唱え始める。

『暗き闇の精霊!我は命ず。彼の者の目を奪え!』

チッ!グワルギャと同じ呪系か?クソっ!

唐突黒一色に染まった視界に、恐怖と驚愕が沸き起こる。


そして……

『滾りし炎の精霊!我は命ず。全てを灰燼へ帰せ!』

背筋が凍る。

目が見えない分、はっきりと聴こえた。


『炎』だと?死ねる。ぜってぇ死ぬわぁ!

唯一頼れる杖の感触だけが、はっきりと手に伝わる。

あん時は火が出た。

……実はあの後、色々試したが何にも出なかったが、今度は生死がかかってる。


「根性見せろやぁあぁ!跳ね返せえぇ。」

思いっきり杖を振り下ろす。



ぼすっ ーー


分厚いスポンジか何かを叩いた様な奇妙な感触が手に伝わり、視界が一気にさっと晴れる。





どぉおん ーー

鳴り響いた轟音の向こう側では、人馬が火柱になって居る姿が目に入った。

うっわぁ……マジ?


遂に人殺しの仲間入りだ。

正直……正当防衛だとは思う。けどな、現代人の倫理観じゃ、これはキツい。

直接刺した切ったじゃ無いだけマシとか思うだろ。けどな。これじゃ獣だ。動物レベルだ。

殺されたく無いから殺す。んな人にとっての禁忌そのものじゃねぇか。




やっぱ、俺この世界を舐めてたのかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ