暗黒の国の住民達 第3話
人生とはかくも儘ならないものであろうか。
ーーそう俺はしみじみ、そう思うのであった。
狩猟料理をやってるレストランオーナーとの会話から得た拙い記憶を元に、死体……響きが悪いな。うん。〝商品〟の鮮度を保つ為に池に放り込んで、ぷかぷか浮いたり沈んだりしてる犬の前で、物凄え目覚めの悪い異世界2日目の朝を俺は迎えた。
◇
ま、さて俺は、昨晩人生初の死闘(?)を経て、手元にはかなりデカい犬の肉と毛皮が手に入った訳だ。が、さて……どうしよう?
改めて考えてみたら、どうすんだよこんなの。
1、このまま焼いて食う。
2、このまま売る。
3、捌く。毛皮と肉に分別してバラ売り。
……どう考えても、3が実は一番効率的ではあるが、流石に無理だ。魚なら真鯛ぐらいまでならば三枚に下ろす自信はあるが、実際の所、哺乳類だとかなりキツい。100歩譲っても解体する為の刃物すらも手元に無い。
最早手に馴染んできた棍棒(杖)を、弄びながら朝焼けに霞む森を見渡す。
「自分で獲って売るのは行商人なのか?」
少し疑問が過ぎり首を傾げるが、仕入&売上が商売って奴の基本だ。うん、借方・貸方って奴ね。
100円で仕入、200円で売上。で、利益が100円。此れで左右の収支が一致するって寸法だ。
あ、ざっくりと言ってるだけで、実際の所、会計簿記って奴はもっと難しいからな!簡単に簿記一級なんて取得出来ねえからな。っかマジで一級持ってる奴なんか見た事無えぞ。
ん、思考が逸れたな。
勝手に決められた職業で、其れに従うのもかなり癪だが……
ま、兎も角売っちまうのが一番だ。正直な所、最低でも刃物と鍋ぐらいは欲しい。生水はせめて煮沸してぇし、生食にも限界がある。
……とかその時は考えていましたよ。
◇
「おぉ……私の犬ぅ。こんな姿になってぇ。おぅおぅ。」
目の前で、頭の悪そうなおっさんが盛大に噓泣きしている。おい、何だよこれ?
「おぅおぅ……では賠償と謝罪を要求するぅ!」
ちらちらと此方の様子を伺っていたおっさんが俺を見てそう言う。てか、言いやがったよ。
……たく、私の犬ってさぁ。名前ぐらいは考えてから言えよ。そう思うだろ?
あ?何でこうなったかって?
森で目覚めた俺は、しばらくして町まで犬を売りに来た訳よ。
丸焼きで喰うのも有りだが、今後を考えると物々交換か、現金入手で身の回り品を入手するチャンスだ。
運が良ければ、何か日持ちする商品を仕入れて行商人ぽく転売していくっても視野に入るしね。
でだ……デカい犬をやっとの事担いで町までやって来たものの、そりゃあやたらと目立って仕方無い。
ちらほらと俺へと怪しげな視線を送ってくる奴らが結構いやがる。ま、痩せ型で変な格好してるせいだが……はぁ。で、早速出やがった訳よ。
「おぅおぅ……ハナぁ。こんな姿ぃいぃ。弔うからタロを返せぇ!そして……ぃ、犬の賠償と謝罪を要求するぅ!」
……おぃ!だからさぁ。ハナなのか、タロなのか、犬なのか?はっきりと設定立てしてから絡んで来い。
俺が黙って話を聞いているせいか知らんが、おっさん調子に乗ってヒートアップして来やがった。
「うちの犬を10匹殺したのもお前だ。」
「この犬が帰って来ない所為で私の母親が寝込んだ。」
「茶碗が朝から割れたのもお前の所為だ!」
「許して欲しければ、財産を全て差し出せ!」
「嫌でも、俺の背後には凄い人が居る。」
「若い女と財産を差し出せ。それなら許してやっても良い。」
うん、前言撤回する。頭が悪そうなおっさんでは無かった。ーー 頭がオカシイおっさんが正しい。
何しろ言い分もおかしければ、主張もかなりおかしい。〝女と財産を差し出したら許してやっても良い〟それって許すって言って無いしな。どんだけ上から目線だ。
気付くと似たような梲の上がらない風貌の奴らがわらわらと集まって来て、其々に似たような事を言い始めた。
「うっせぇ!お前の犬って言うなら証拠を見せろや!証拠ぉ。」
俺が怒鳴り声を上げると、半分ぐらいの連中が逃げ出しやがった。この根性無し共が!
「……お、俺の犬は、脚が四本で尻尾が生えて居る!」
最初に絡んで来たおっさんが凄まじく馬鹿な事を言い始めた。
……脚が五本あったり、尻尾が三本の犬なんて知らんわ!そんな生き物、聞いたことも無えよ。てか居たら怖いわ!
はぁ……、此処まで馬鹿な奴らしか居ないのか?
正直、小汚いおっさん達が凄んで来ても、大して恐怖を感じない。たく、最前線の営業マンを舐めるなよ?
取引先の頭がおかしい性悪ヒス持ち女社長や不良飲食店オーナー、人を監禁しまくるケツ持ちヤクザなんかに鍛えられた俺にとって、こんなものは脅迫の内にも入らん。
「おい!お前ら。此れは俺の犬だ。言う事を聞かんから屠った。……分かるか?言う事を聞かん奴がどうなるかをな。」
馬鹿が相手の時の対応は〝ペースを掴む事〟と〝こっちが上だと分からせる〟だ。
明らかに怯んだおっさん達の目を、まじまじと見詰める。
「なぁ、如何してお前は、俺の犬を欲しがるんだ。あぁ、そうか、俺の犬を探していてくれたんだな。」
一言一言をはっきりと、ゆっくり目に、語尾は
下げ気味に、そして決して命令や断言はしない。後は、其奴が勝手に想像すりゃ良い。
こいつみたいに〝凄い人が知り合いに居る〟とかは悪手だ。直球過ぎて深みに欠ける。
強い脅迫は反抗精神を生む。
程々の脅しは考える余裕があるから、理論的に自分で「考える様」に誘導すりゃ抵抗感も無く言う事を聴くって奴だ。
ま、余程の馬鹿なら次の段階だが……
「はぁ?はぁ……?」
……あれ?おっさんが首を捻って不思議そうな表情を浮かべてる。
マジか!コイツ理解できてねぇのか?駄目だ。コイツほんとに……余程の馬鹿なのか!
◇
「へい。ダンナ!肉を卸すならあっちの行商人がおススメですぜ!」
へこへこと米搗き飛蝗みたいに頭を下げて、あのおっさんーーこと、ジャンジが俺を先導している。
あまりにもこのおっさんが馬鹿過ぎて俺の話が理解出来なくなってきたらしく、終いには殴り掛かって来やがった。
仕方無いんで、ちょいと杖(棍棒とも言う)で、少しばかり小突いたらあっさりと大人しくなりやがった。
たく。暴力に訴えるのは、スマートじゃ無いからイヤなんだよなぁ。
……然し良く良く考えてみると、グワルギャ達もそうだったが、どうやらこの国ではマウントを取るのが一般的の様だ。
最初に暴力なり、言葉なり、手段は問わずにガツンと入って相手を圧倒する。
で、相手が呑まれたら畳み掛ける訳だ。ま、第一印象でナメられるな!ってヤツか?
相手が自分よりも上だと理解すると、表面上は従順に従う。
どんだけ奴隷根性に溢れてるのやらな。
あ、奴隷根性って言えばだが、ジャンジの奴の額には〝あの〟結晶は埋め込まれて居ない。
けど、ちらほらと額に結晶が埋め込まれている奴らも町中に居るので際立って俺が目立つ訳でも無さそうだ。
〝あれ〟を埋め込んだ基準が分からなくなって来たな。……奴隷階級だけかと思ったが、農夫でもあの結晶が額に埋まって奴が居たりする。
「いやぁ。流石はシュウウ教団のお方ですねぇ。口は立つし、腕っ節も!ホント羨ましい限りで。」
遂に揉み手まで加わり、その内に土下座でも始めるじゃ無いかと思う程の勢いでジャンジがおべんちゃらを言っているが……
……シュウウ教団?
うっわぁ、ヤバいキーワード出たぁ。
グワルギャ大僧正様の御尊顔が頭に浮かぶわ。てか、そんな普通の名前の教団だったのね。
てっきり大暗黒教団とか、黒の呪詛教とかってヤバい名前を想像してたわ……
「何でそう思う?」
「へっ?ダンナぁ冗談がキツいですぜ。額に聖痕を刻んでらっしゃるじゃねぇですか。」
これ……聖痕って言うのか、初めて知ったよ。
然し、何てこった。強制的に入会していたとは……正直、リーリングオフを請求したいです。
「あぁ、グワルギャ猊下にも、ベゴイル少律師にも、本当に大変お世話になったよ。」
「おおっ!道都でも中々お目に掛かれない殿上人と……流石はアラタの兄貴だ。」
こら!誰がお前の兄貴だ!お前が遥かに年上だろうが。
ジャンジが俺に向かって尊敬の眼差しを向けて来るが、俺の驚きはソコでは無い。
え?あの町がこの辺りの首都なのか……?それなら政教分離どころか、ずぶずぶの支配者層じゃねえか。……見た感じ、兵士より教団の奴らが偉そうだったしな。
それなりに大きい町だとは思ったが都市ってレベルには達して無かったと思うぞ?
「おい……待てよ。」
チッ……やられた。考え事に嵌ってる内に、町外れに辿り着いちまっていた。
「ぶぁーか!シュウウ教団の奴なんて、死んじまえばいいんだよ!」
いきなりジャンジがそう叫び、木陰へと合図を送る。
「ジャンジぃ最初から袋叩きにすりゃ良かったんだよ。」
そんな声が届き、ぞろぞろとさっきのおっさん達が湧いて来やがった。
ジャンジって本名かよ!やっぱり馬鹿だな。とは言え……絶体絶命ってヤツ?
◇
然し、マジで困ったな……
おっさん達はジャンジと合わせて8人。俺が宮本武蔵だったとしても正直ヤバい人数だ。
奥義「フライング土下座」発動って手もあるがコイツらは調子に乗せると、絶対タチが悪いタイプだ。
げっ?刃物まで持ってやがる。暴力反対!
「死にたくねぇだろぉ。犬とさぁ服を全部置いて行けよぉ。」
これまた頭の悪そうなオヤジが、頭の悪そうな台詞を吐きやがった。
「はいはい、降参だ!」
犬を地面に下ろしてホールドアップ。
だって怪我すんの嫌じゃん。この時代だと怪我も碌に治るかさえも分かんないし。
「犬は置いとくから、服は勘弁してくれないか?これしか持って無いんだよ。」
「駄目だぁ!服も、後はぁ其の杖も寄こせぇ!」
……げっ、杖までかよ。
あぁ、名も知らぬ少年よ。重ねて済まん。相撲は五……いや十回ぐらいで許してくれないか?
「げふっ?」
とか思ってたら殴られた。
鈍い痛みとともに、口内に鉄の味が広がる。
痛えよ!クソっ……グワルギャみたいに痛みを他人に押し付けれたら便利なのに。あ、一応俺もシュウウ教徒なんだよ?
えっと、何だったっけ? そうだ。
「『汝の身体もて、我が身を癒せ!』……」
マッタク、ナニモオキマセン。
だよなぁ。
何にも起きない上……蹴られた。
それからはもうぼこぼこに袋叩きだ。
くそ!くそっ!クソったれが。何でこの世界じゃ、どいつも此奴もこんな理不尽なんだ。普通に仕事ぐらいさせろゃ!
仕方無え。全力で逃げ出すしか無い。
頼むぞ。相棒(?)!
杖と言う名の棍棒を、全力で振り回す為にぎゅっと握り込む。
……まったくさ、異世界ってなら異世界らしく、どーんって火の玉がでるとかさぁ……しろってんだよ!
どーん! ーー
「あ!」
「あ!」
「あ?」
「ひ?」
「あっ!あぁあっあぁ!」
火の玉がでた。
で、ジャンジが火ダルマになった。
「はぃ?」
ナンカデタヨォ……
「ひっ?ひぃいぃぃコイツぅは、シュウウの神兵官だぁ!」
「ヤベェよ。呪い殺される。」
男達が口々に悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らす様に逃げ去っていく。
あ、ちゃんとこんがり焼きジャンジも連れて行ってくれた。意外と仲間思いなんだな。
杖を手に入れた。
杖が棍棒にレベルアップした。
棍棒が魔法の杖にレベルアップした。 ←今ココ。
うーむ……。
少年よ。ぜひぜひ、今度会ったら相撲20番勝負をしょうでは無いか。
前回もそうだが、今回も本気で助かった。
何と便利な棍棒だ(杖です)。殴って良し、振り回して良し。洗濯物を掛けたり、遠くの物を引き寄せる事も出来る(物理的な意味で)。おまけに疲れたら杖として使える。(其れがメインです)。
最後には火の玉までがでるとはな。返したく無くなる程の高性能品だ。マジで!
おおっ!その上、短剣ゲットだぜ!ナイフもある。かなり臭いが現地人の上着と手拭いも拾った。殴る蹴るの暴行の代価として有り難く頂戴しようでは無いか。
奴らが回収しそこなった犬と拾った戦利品達を再び担いて、露天商が立っている一帯へと立ち戻る。
うぅむ……どうにも教団が嫌われ過ぎだろう。ま、正直言ってグワルギャ達の印象から考えても好かれる人物像とは考え難い。ぶっちゃけの所、俺も二度とは会いたく無いぞ。
気にくわないと呪いは掛けるわ、言う事聞かせる為に額へと聖痕埋め込むわと……まぁ悪行三昧なんだろう。
それなら……やっぱ公平性を欠くな……
さっき手に入れた手拭いを頭に被って聖痕を隠す。
圧迫営業は好きでは無い……こっちが優位な営業活動など営業に有らず!
「地域と地元の皆様の為。お客様とお取引様の笑顔を大切に。私達は勤勉かつ礼節を守り働きます。」
と更々と言い慣れた社則を呟く……
ま、会社がやってる事は嘘ばっかだけどね。
取引って奴は「納品してやってる。」って思ったら負けだと俺は思ってる。あくまで「納品させて頂いております。」と心に置いておく事だ。
そりゃ相手はクソ野郎ばっかだよ。いきなり蹴られたり、脅迫してくるチンピラ崩れの奴もいる。けど、お客様だ。
ソイツを忘れるな。
って格好良く言ったものの忘れてたよ。
この国の奴らは基本的に「おかしい。」って事にな……
「その犬、大根一本と交換でどうだ?」
「こっちは人参一本だ!」
「柿一個だ!」
「俺は豆五粒だ!」
こら!どんどん減るってどんな劣悪オークションだよ。
「うっせぇわ!っ……たく肉屋は居ねぇのか?」
茶碗…陶器屋か、後は野菜に果物、手編の籠、藁紐に、鍋か。随分と生活に密着型のラインナップで贅沢品は皆無。
半農手工業って奴か。農業やってて手隙の時に紐やら籠を作る。……生産効率がかなり低いこの時代だ。ま、当然の副業だな。
見た回した感じじゃ、鍋と茶碗、後は紐とかは欲しいな。
お、肉屋……か?都合よく二つの商人がゴザ引いて露天を出しているが、本当に肉屋かは分からない。なぜなら露天商に看板なんか無えからだ。
で、一つ目の店は生の謎肉を塊で並べて居る。
もう二つ目は肉を獣類別にした上で、焼いた肉を少し大き目に切り分けて竹の皮みたいなのに乗せてる。
店主は狩人みてぇなワイルドオヤジと、こっちは少し薄汚れているが中々キレイな顔立の若いあんちゃんだ。
あ!此処まで来たものの、良く良く考えてみると、物々交換の時代に肉屋に肉を持ち込んでも意味が無い……って事に気付いた。
貨幣社会ならば仕入れ扱いだが、物々交換の場合には不良債権を持って来ただけじゃね?
……うぅむ。我ながら見事な失策だと言えよう。
まぁポジティブに考えるならば……そう、価格調査だ!うん、そう思わなければ、とてもやってられない。
「あ、其処のお兄さん。持ち込みかい?」
突然、二件目のあんちゃんの方が和かに声を掛けてきた。
「あ?はい。持ち込み……そうですね。全部買い取りは出来ませんか?」
基本的な業務用スタンスとしてのデフォルトである、敬語で俺は会話に入る。
「こっちで解体までして、解体料分の経費込みで肉の一部を此方で引き取るって言うのは?
勿論残りはちゃんと返すよ。全額引き取りは足が出ちゃうから流石に無理だけどね。」
……コイツ?地元じゃ無いのか。何気無い事を言ってる様だが、少し頭の回転が明晰過ぎないか……
「それは有り難いです。所で、其方の希望部位、及び取り分は何割程をご希望ですか?」
「骨や毛皮にも需要があるけど、ウチには必要性が無いからね。腿と肩辺りで全体の1割三分。食肉可能部位で四割程度で良いかな?
所で、絞めたのは今朝?かな。其れによって内臓が使えるか使えないか決まるからね。」
ふっ、中々面白い。俺の職業魂に火を点ける人物の様だ。
「絞めたのは、昨日の夕刻ですよ。けど直ぐに池に浸からせておいたので、腐敗は最低限のだと思います。」
「おっ!お兄さん分かってますねぇ。じゃあ肝臓と腎臓、心臓を貰います。食肉は三割まで落として大丈夫ですよ。あ、消化器系は持ち帰ります?もし、不要部位が有れば引き受けますのでね。」
……ん?腎臓ぉ?消化器系?
此奴?もしかして……
「じゃあ……最後の確認しますね。」
肉屋のあんちゃんはここまで言ってから、こちらへと顔を寄せ声を顰める。
(お兄さんは〝こっちの世界〟に来てどのくらい?僕はもう二年過ぎたよ……。)
彼はそう言って、髪へと巻いたターバン状の布をずらして〝聖痕〟をちらりと見せる。
地球人……か。
本日の収穫
汚れた上着一枚。
薄汚れた手拭い一枚。
短刀一竿。
ナイフ一本。