ともくんと「無敵皇帝ダイカイザー」
「あけましておめでとうございます!」
1月2日。
ともくんの家には、親戚一同が集まっていました。
囲んだテーブルの上には、色とりどりのおせち料理。そして、おぞうにの入った器が並んでいます。
ともくんはまだ8歳。おせち料理のおいしさは、いまひとつよく分かりません。むしろ、苦手でした。
かといって、全然食べないと、お母さんが「ともくん、ちゃんとお豆とかを食べなさい」と注意をしてくるのです。
嫌いなものは先に食べてしまう、ともくん。目をつむり、息を止めながら、黒豆、昆布巻き、栗きんとんを次々に口に放り込み、コップに注いだオレンジジュースで流し込みます。
周りのみんなはお茶なのですが、ともくんだけはまだ小学生。お母さんが大好きなジュースを用意してくれたのです。
料理を食べ終わると、お楽しみの時間がやってきます。
「ともくん、おめでとう。お年玉だよ」
おじさん、おばさんが順番にお年玉袋を渡してくれます。
「ありがとう」とお礼を言い、お母さんたちもペコペコと頭を下げている間、ともくんはこっそり中身を確認します。
社会人になったばかりのいとこからは3000円。おじさん、おばさんからは5000円。おじいちゃん、おばあちゃんからは10000円か、それ以上の額が入っていることがありました。年に2,3回しか会わない、遠くに住んでいるおじさんからは、30000円も入っています。
――すごいや、これだけあれば。
ともくんには、欲しいものがありました。
最近、クラスで人気のロボットアニメ「無敵皇帝ダイカイザー」の主人公。「ダイカイザー」の人形です。
クラスのみんながたくさん人形を持っている中、ともくんはまだ持っていないのです。
中でも、12月に発売した1/3スケールの人形を持っているのは、クラスで1人だけ。その子はみんなで遊ぶ時には、その人形を持ってきて、みんなにとってのヒーロー扱いです。
何度も見ているうちに、ともくんは自分も欲しくなったのでした。けれど、プレゼントが買ってもらえるのは、一年の間で、誕生日とクリスマスだけ。
去年のクリスマスは、別の欲しいものに使ってしまいました。
それ以外の時期で、大きな買い物には、お母さんの許可が必要です。お年玉を使うのにも。
「ともくん。この預かっているお金はね。ともくんを守ってくれるもの。あなたが本当に必要になった時に助けてくれるもの。だから、大事に大事に、お母さんが守っておくね。ともくんが本当に必要だと感じた時、きっと役に立つから」
お母さんは、いつも、ともくんにそう話していますが、ともくん自身は納得がいきません。
自分がこんなにみじめな思いをして、「欲しい欲しい」と言っても、聞いてくれないのです。
必要必要といっておきながら、自分が欲しがっても渡してくれないお母さんに、ともくんは少しずつ、不満を持ち始めていたのでした。
今回のお年玉も、お母さんに預けることになり、ともくんは決心します。
お年玉を自分の意思で使おう、と。
ともくんは、お母さんがお年玉をしまいに席を立った直後、トイレに行くと言って、自分も席を立ちます。
もちろんウソです。本当は、お母さんがどこにお年玉をしまうのか、確認するためです。
足音を忍ばせてついていく、ともくん。やがてお母さんは、洋服ダンスの一番上に、お年玉袋をしまうのを見ました。
場所さえ分かれば、こちらのものです。ともくんは親戚のみんなが帰った後、お母さんが台所仕事をしている間、押し入れの中から脚立を出し、それに乗っかって、タンスの引き出しを開けました。
中にはお年玉の袋がぎっしりです。ともくんが初めてお年玉をもらった時から、とってあるのでしょう。
年ごとに、もらった金額が書かれたメモが、中に入っていて、ともくんは少し腰を引いてしまいます。もし、勝手に持ち出したらバレてしまうと思ったのです。
けれど、よく見たら、今年の分はまだ書かれていません。ならばお母さんはまだ、中身を把握していないかも知れないのです。
ともくんは、ごくりとつばを飲み込みました。
――どうしても欲しいんだもん。やるんだったら、今しかない。
ともくんは、引き出しの中に手を突っこみます。
選ぶのは、あの30000円分のお年玉袋。これ1つあれば、お釣りがくるくらいですし、あまりに袋を持ち出したら、お母さんに気づかれてしまうかも知れません。
ともくんはドキドキしながら、引き出しを閉めて脚立をしまいます。
これで自分もヒーローになれるんだ。ランドセルの中にお年玉袋を隠し、ともくんはうきうきしていました。
早く外に出て、「ダイカイザー」の1/3スケール人形を手に入れる。そのことで、頭の中は、もういっぱいだったのです。
数日後。学校が始まる前日。
お母さんに留守を頼まれたともくん。外に出るなら鍵をかけてね、とお願いされます。
これはチャンス、とばかりに、お年玉袋を片手におもちゃ屋さんへと急ぎました。
「ダイカイザー」1/3スケール。お店の入口に山積みされ、新年特別セールで安くなっていますが、それでも20000円はくだりません。
子供でこの額に手を出せるのは、本当に一握りでしょう。
――けれど、これで僕もヒーローの仲間入りだ。みんなが僕をうらやましがってくれるんだ。
迷わず、ともくんは、お年玉袋からお金を出し、「ダイカイザー」を買います。
ようやく手にした「ダイカイザー」に、ともくんは大喜び。箱を抱えたまま、夢中で走り出します。
あまりに勢いがついていて、途中で転んでしまい、箱をしたたかに地面に打ちつけてしまいましたが、構いません。
みんなに見せびらかす心地よさに比べれば、こんな痛み、へのかっぱです。箱を抱え直し、ともくんは家に帰ります。
ところが、部屋に戻って箱を開けたとたん、ともくんは驚きました。
先ほど、地面にぶつけた時でしょう。「ダイカイザー」は無残に壊れてしまっていたのです。
剣を持っている右腕が肩から外れ、半円をくっつけた兜をかぶった頭も、首の根元からもげそうになっていました。
ともくんの頭は、真っ白になります。
箱には保証書がついていたのですが、ともくんの歳では、保護者同伴でなくてはいけないとのこと。お母さんに内緒で買ったのが、分かってしまいます。
かといって、あれだけの高い買い物を、もう一度するわけにはいきません。またお年玉袋を持ち出したら、これもお母さんが気づくかもしれないのです。
目の前で無残な姿をさらす、「ダイカイザー」。
呆然としていた、ともくんは、やがて「ダイカイザー」を箱にしまいます。
――違う。こんなの「ダイカイザー」じゃない。僕が買ったのは、「ダイカイザー」じゃない。
ともくんは、「ダイカイザー」を部屋の隅に放り捨てます。
「ダイカイザー」は、テレビの中では無敵の存在。迫りくる怪物たちを、自慢の剣で薙ぎ払い、みんなの平和を守ってくれます。どんなに強い怪物が相手でも、腕が取れたり、頭がもげそうになったりすることなど、ありません。
何もかもつまらなく感じたともくんは、布団を敷くと、そこに寝転びました。やがて、うとうとと、まどろんでしまいます。
ともくんの頭の中では、壊れた「ダイカイザー」も、そのために使ってしまったお年玉のことも、すっかり隅っこへと、追いやられてしまっていたのでした。
ともくんが目を開くと、そこは近くの公園でした。
目の前にいるのは、広げた孔雀の羽を思わせる豪華な兜と、ムキムキの筋肉が浮き出ているような鎧をまとった、背丈2メートル以上の大男。
悪逆将軍「デスカエサル」です。「ダイカイザー」と何回も戦った、悪の親玉です。
「ぐはは。ともよ。おろかな子供よ。お前はこのデスカエサル様が食べてやろう。そうすれば『ダイカイザー』も姿を現すだろうよ」
「デスカエサル」のセリフは、いつもテレビでいうお約束のもの。
子供を食べるといい、それで子供が悲鳴をあげたり、助けを求めたりすると、どこからともなく「ダイカイザー」が現れてくれるのです。
「助けて、『ダイカイザー』!」
ともくんは叫びます。すると、空から大きな影が降って来て、ともくんの前に降り立ちます。
半円をくっつけたような兜。武士を思わせるような、重厚な鎧。
無敵皇帝「ダイカイザー」です。
しかし、様子が変でした。剣を持っているはずの右腕はなく、頭は不自然に傾いています。よく見ると、首が取れかかっているのです。
「デスカエサル」は笑いました。
「愚かなり、『ダイカイザー』。腕を失い、首がもげそうになりながら、その子供をかばうというのか。すべてはその子供の仕業だというのに」
「え?」と、ともくんは「デスカエサル」を見ます。胸を刺されたような気がしました。
「デスカエサル」がつかみかかり、「ダイカイザー」はそれに応じます。
しかし、片腕のない「ダイカイザー」は、まともに抵抗ができず、あっさり「デスカエサル」に投げ飛ばされてしまいました。
そもそも、「ダイカイザー」はあまり相手と組み合いません。手に持っている「カイザーソード」から繰り出す、数々の必殺技が持ち味だからです。
しかし、剣が持てない今、「ダイカイザー」は力の半分も出せません。「デスカエサル」に投げられ、殴られ、蹴り飛ばされても、そのたびに立ち上がり、再びサンドバックになるのです。
「やめて……やめて! やめてよう!」
ヒーローのピンチに、ともくんは叫びましたが、その声を「デスカエサル」があざわらいます。
「勝手なことを。お前がすべてやったというのに。ヒーローになりたいだと? 親をだまし、自分をだまし、現実さえもだますお前が、ヒーローだとでもいうのか? お前は私と同じ……『悪逆』なのだよ!」
「デスカエサル」のパンチを胸に受けて、吹き飛ぶ「ダイカイザー」。
ともくんの近くで、仰向けに倒れた「ダイカイザー」に、「デスカエサル」が馬乗りになります。
「『ダイカイザー』にとどめを刺したら、次はお前だ。ともよ。私と一つになり、永遠に『ダイカイザー』と、お前を取り巻く全てのものに、謝り続けるがいい」
謝る? ともくんの頭に、色々なことがよぎります。
お母さんの言いつけを守らず、勝手にお年玉を使ったこと。
自分のことだけを考えるあまり、「ダイカイザー」を傷つけたこと。
そして、自分のせいで壊れてしまった「ダイカイザー」を、「ダイカイザー」なんかじゃないと、ごまかしたこと。
――そうだ、僕はヒーローになりたい、なりたいって、そればかりで……ヒーローがやっちゃいけないことばかりしていたんだ。
ともくんは、その場にひざまずき、両手を合わせながら、ぼろぼろと泣き始めます。
「ごめんなさい……勝手にお年玉を使って、ごめんなさい。僕のせいで、こんな目に遭わせてごめんなさい。そして、『ダイカイザー』じゃないなんて言ってごめんなさい。もう、もう絶対しない。だから……だから、ごめんなさい」
ともくんの涙が、公園の地面を濡らします。その時、「ダイカイザー」がまばゆい光に包まれたのです。
「なにィ、これは……」
馬乗りになっていた、「デスカエサル」がうめき、弾き飛ばされます。光はどんどん大きくなり、やがて、ともくん自身もすっぽりと包んでしまいました。
何も見えない光の中で、ともくんは何人もの声を聞きました。
「少なくて申し訳ないけど……ともには、頑張ってほしいもんな」
「ともちゃん。そろそろ小学校高学年だね。立派なお兄ちゃんになるんだよ」
「とも。おじさんの気持ちだ。何かあったら、遠慮なく使いなさい。だけど、できれば……ともだけでなく、みんなのためになるようなことに使って欲しいかな」
それは、お年玉をくれたみんなの声でした。他にもいっぱいいっぱい、声が溢れて、ともくんの中を満たしていきます。
――おじさんも、おばさんも、みんなみんな、いっぱい気持ちを込めてくれていたんだ……それを僕は、なんて自分勝手なことに……ごめんなさい。
ともくんがもう一度、心の底から謝った時、光はぱっと消えました。
開けた視界の中に、「ダイカイザー」が立っています。その右腕は何事もなかったように存在し、手には「カイザーソード」をたずさえていました。首も元通りになっています。
「ば、ばかな。こんなことが」
「デスカエサル」がよろけながら立ち上がり、うろたえた声を出します。
対する「ダイカイザー」は、「カイザーソード」の刀身を隠すように、脇構えをしました。
必殺技「ダイカイザー横一文字切り」を繰り出す体勢です。
「ダイカイザー」が動いたかと思った瞬間、「ダイカイザー」はすでに「デスカエサル」の背後にいました。しかし、脇構えだった「カイザーソード」は、しっかり振りぬかれています。
数瞬の後、「デスカエサル」の上半身と下半身が、左右にずれ始めました。
「フフ……今回も私の負けか。だが忘れるな、ともよ。お前にその悪逆の心ある限り、私は何度でも蘇る。『ダイカイザー』に頼れなくなった時、お前はどうなるかな……今から楽しみだよ」
「デスカエサル」の身体は爆散します。爆風が、ともくんの顔をなでていきました。
それを見届けた「ダイカイザー」は、ともくんに向き直り、一度だけ大きくうなずいたかと思うと、悠然と背中を向けて去っていったのです……。
ともくんは目を覚ましました。
いつの間にか、日が西に傾いています。少し長く眠っていたようです。
しかし、ともくんの心には、あの夢が、薄れることなくこびりついていました。
ともくんは、部屋の隅に放った「ダイカイザー」の人形の箱を開きます。そこには変わらず、腕が取れて、首がもげかけた「ダイカイザー」が入っていました。
――ごめんね、ダイカイザー。僕、もうごまかしたりしない。君と一緒に、いや、君がいなくても平気になるくらい、頑張るから。
「ただいまー」
玄関が開く音と共に、お母さんの声が聞こえました。
ともくんは「ダイカイザー」の箱を抱えて、起き上がると玄関に向かいます。
「ダイカイザー」に恥じないような、新しい自分になるために。




