永遠の母〈1〉
トト様のご協力のもと、物語は展開致します。
雰囲気はといえば……。
神秘的と、心掛けました。
ロト一行はその光景に目を奪われていた。深海の如く、果しなく拡がる瑠璃色の空間に無数に浮かぶ球体。さらさらと、絹の反物を彷彿させる帯の流れ。落ちて崩れては再び原形に戻る固体。
「不思議だ。ひとつ、ひとつに命が在るような波動を感じる」
ふかふかと、綿毛の感触がする足元を踏みしめるアルマから感嘆を含ませる言葉が放たれると、薄紅色の気体が雲を象らせ、ふわりふわりと、漂い始める。
「ふう……。ちょっと疲れたから、寝ることにするわ」
「リン?」
肩で息をするリンを、ロトはそっと抱き寄せる。
「気遣いは要らないわ。そう、少しだけ……寝たら……たぶ……ん……」
……だ、い、じょう……ぶーーーー。
「どうした! しっかりするんだ」
ロトの呼び掛けも虚しく、リンの身体はハニーブラウンの色を輝かせガラス細工の象と姿を変えると、ぱきり、ぱきりと砕け散る。
「リン……? リーーーーンッ!」
リンの象の欠片、ロトの掌の中で砂の粒となり、綿菓子のように溶け消える。
★○★○★○★○★○★○
ロトは憔悴していた。微動ひとつせず、その場を離れようとしない姿。掛ける言葉も浮かばず、ただ、じっと見るしか術がない。タクトもアルマもバースも、そんな思いを重ね合わせていた。
「リンは恐らく知っていた。自身もいつかは消えると……」
「彼女は僕達にとっては《現実》でした。沢山の思い出を呈してくれました」
「押さえ込む必要は無いが、強すぎる思い出は己に跳ね返る恐れがある……。ロト、今のうちにスッキリとするのだ」
「バースさん、まるでご自身がその体験をされたように仰有るのですね?」
タクトの言葉に反応を示すように、バースは身体を硬直させる。
「本当に、巫山戯る事が増えたな? タクト」
「僕、バースさんの気に障るような言い方をしたのですか?」
タクトは怒りを膨らませ、咄嗟にバースの腕を掴む。
何だ? やり合うつもりか!
貴方はそうやって、いつも僕の事を子供扱いにする。其れがどんなに惨めなのかは、判ってないっ!
眉を吊り上げるタクトに、バースは躊躇うことなく平手打ちをする。その身体は左に大きく傾き、腕で支えることもなく足元を目掛けて転倒していった。
「バースッ! 止すのだ」
双方の異変に気付くアルマは空かさずタクトに駆け寄り、身を守るように覆い被さっていく。
「……良かったな。此処にもお袋さんがいたなんて、すっかり忘れていた」
バースは顎を突き出し吐き捨てるようにそう言うと、巨大な紫色の固体を目指して駆け出して云った。
「すまなかった。ロトに気をとられて、助けが間に合わなかった」
アルマは涙ぐみながら、掌でタクトの腫れ上がる頬を包み込む。
「ビンタだけで大袈裟ですよ?」
痛っ!
跡形付くほど派手に殴られてるのだ。待て……治療をしてやる……。
アルマの掌より薄紅色の光がぽうっと、タクトの頬に向けて注がれていく。
「ほうっ」と、溜息混じりの声がする。双方は同時にその方向を探ると、ロトが腰を下ろした姿で微笑んでいた。
「ロトくん、もういいの?」
「一気に吹っ切れてしまった」
「さぞかし、滑稽だっただろう? ロト」
タクトとアルマは、ロトの側に歩み寄ると挟むように腰を下ろしていく。そして、お互いの顔を見つめ合うと一斉に吹き出し笑いをする。
「売り言葉に買い言葉」
「どっちもどっち」
「似た者同士……」
次々に口にすると、タクトが言うのを最後に其々無言となる。
時の経過は無く、ひたすら空間に響く震動。心地好さを覚えるように、目蓋が綴じる。
ゆらゆらと、漂う感覚。カンカン、トントンと、打楽器に似た音響。それらを全身で受け止めるものの、眠りを貪り続ける。
ーー起きなさい。
甘くふくよかな囁き。懐かしさを含ませ、安らぎを覚える声色。
ゆっくりと目蓋を開くと同時に、頬にふわりと綿毛の感触。
「ロト……。まさか、貴方に会えるとは夢にも思わなかった」
「同じくです。お元気そうで何よりです」
目の前に、青銀の髪とエメラルドグリーンの瞳の女性。交わす言葉に戸惑うことなく、穏やかな目差しを向けていた。
また、呼びたい言葉があります。いいですか?
遠慮深く言うことではありませんよ?
ロトは頬に息を溜める。込み上げる感情に推されるように目からぽろぽろと、無色透明の雫が滴る。
ーー母上……。
深く、柔らかく。ロトの身体、母の腕の中。
母もまた、我が子の名を繰り返し呼ぶ。
ーーロト、ロト、ロト……。
★○★○★○★○★○★○
「タクト、起きるのだ」
タクトは凛とした澄みきる声にはっとなり、飛び起きる。辺りを見渡すと在る姿が視野に入り、堪らず目を逸らす。
「すまなかった……。機嫌を直してくれ」
「とっくに直ってます」
「ロトが消えた。頼む、探す手助けをして欲しい」
タクトは、か細いその声に耳を澄ませると、果てしない空間に向けてぐるりと、全身を両足を軸にして旋回させる。
「バースさん。ロトくんには申し訳ないですけど、この世界から急いで撤退する手段を探すのが優先です」
「なんだと?」
「臆測ですが、今まで見た経緯の結果、とても危険な事態が待ち構えています。其れに、バースさん。僕は今まで当たり前のように貴方を慕ってた。僕も貴方が大切です」
「言ってる意味がさっぱりだ! タクト、俺に何を隠しているのだ?」
バースは怪訝になりながら、タクトに近付いていく。腕を伸ばし掌を差し伸べたその時だった。
ばし、ばしと、全身に電流が迸る感覚にバースは咄嗟に仰け反る。タクトと指先が触れるものの、掴むこともなく身体は反動していった。
「バース!」とアルマは焦りを含ませ、バースと身体を絡ませる。
遠く、遠く。タクトが視野に入らない程の距離で双方は漸く、その飛翔が止まる。
「あの馬鹿っ! 何を格好付けやがるのだ」
「バース、タクトはおまえに向けて“加速の力”を解き放した。其れは何を意味するのかは、私でも感付くっ!」
「ああ、あいつは此れからの先を、全部自分で背負うつもりだ。俺が、あの時示した行動を真似したっ!」
「蜂の巣トラップを突破する為にだったな?」
「だが、今回は訳が違うっ!世界も時も捲き込んだ【団体】が絡んでる。その為に、タクトを軍に誘ってないっ!」
「自責の念に囚われるなっ!その目的は、タクトを母親に会わせる為だった」
アルマのその言葉にバースがぱっと、瞳を澄みきらせる。
「アルマ、おまえに感謝する」
「どうした? バース」
「【団体】の〈計画〉の意図だよっ! あのおっさんから受け取ったデータの意味も漸く理解できた」
「その答えを是非訊こう」
バースはニヤリと歯を見せる。
「【団体】は俺達がぶっ潰した【国】での事業を拡大する目的で〈計画〉を実行した。《資源》を採取する為に、流れてしまった時を取り戻す。その拠点の数が多ければ多いほど、採取量も増す。だから、別世界の時もその対象にした」
「話が飛躍的だ」
「続きを聞けっ! 世界と世界、時と時を繋ぐ。そのエネルギーも必要だ。俺達が生きて、踏み締めてる大地からは宛にならない。最初にその対象にしたのは、何かは【国】の実態が証明している」
「太陽……か?」
アルマは額に汗を滲ませ、バースをじっと見据える。
バースもまた頬に息を溜めると、静かに吐きながらこう言った。
「もっと簡単にすれば“光”だ。発生の仕組みはさまざまだが、其れをただ反射させてる天台は何かは、知っているだろう?」
「……月。まさか、その時発生したエネルギーも【団体】は利用していると言うのか?」
「海の満ちと引き。それも月の磁力が影響している! この空間はそのイメージを表していると、解釈できる」
「生命の誕生……。そうとも、捉えられる」
ーー魂はどこから来る?
ーー役目を終えた命は何処へ行く?
バースとアルマは正面に向き合い、笑みを湛える。
「まだ、見ぬ我が子に会えるかもしれないな?」
「さすがにそれは、気が早いさ。アルマ」
ーー答えは見つかりましたか?
「ああ……。自分達がいる世界がやっぱり最高さ」
「同じくだ」
ーー生みも育ても注ぐ情は同じ。勿論、世界と時が違ってもです。
「まさに、碧は生まれるだな? バース」
「何としてでも、いや、必ず帰るぞ」
ーー参りましょう、二人が流れた場所へ。
「結局、世話が妬ける」
「なんのかんの言いながら俺達、あいつには甘いのだよ」
ーー申し遅れました。私は、ロトの育ての母です。日に日に逞しくなっていく姿、遠くながら見つめていました。
「会えば泣いて喜ぶさっ! さっさと迎えに行くぞ」
「待っていろ……。タクト、ロト!」
髪に水晶のかんざしを飾り付け、星の煌めきを含めた首飾りに金色の衣を身に纏う女性。手にする杓棒をしゃらり、しゃらりと、鳴り響かせる。
「まるで、満月のような光の輪を描くのだな?」
「貴方たちの世界の対の《扉》の象です」
「詳しいことは、あんたの息子に会ってから訊く」
女性は笑みを湛えると、今一度杓棒を掲げる。その先端より銀の光が溢れ反物の象に変わり、絹の肌触りを含ませて一行を包み込む。
空間に、銀河を彷彿させる光の粒が散らばり、瞬きして消える。
二人の母。彼女達はロトくん達の運命に、どんな呈示をするのでしょうか?
それでは次話にて、お会いいたしましょう……。




