自作のおふざけ乙女ゲー世界にいますが、もう許して欲しい。
「今日のお前、すげぇ可愛いな。思わず見惚れた。その格好も良く似合ってるぜ?」
青空で太陽が輝く、絶好のデート日和。
待ち合わせ場所に赴けば、私に気付いた極上のイケメンは、そう惜しみない賛辞を送ってくれた。
如何にも乙女ゲームのデートイベントでありそうな、甘い台詞とシチュエーションだ。
これで彼が、私と同じ『スカート』を穿いていなければ、うっかりトキめいたかもしれないのに。
「まぁ俺様の方が可愛いけどな!」
長い黒髪を掻き上げ、詰め物の癖に私より大きい胸を揺らしながら、乙女ゲームの攻略対象者であるイケメンは、ドヤ顔でそう言い放った。その前の台詞が台無しである。
だが悔しいことに、彼は完璧な高身長美女に仕上がっていた。通り縋る人たちも熱いを視線を送っている。それにまた愉悦に浸った笑みを浮かべるのだから、もうコイツは手遅れだ。
攻略対象者・玉王皇琉。
キャラ設定は、金持ち、俺様、負けず嫌い、女装癖。
ラストおかしいよね。
しかし、これはまだ序の口だ。このゲームにはさらに訳の分からんキャラや設定が、大特価バーゲンセール中なんだから。
誰だよ、こんなアホなシナリオ創ったの。
――――――私だよ!
●●●
大学で所属している『フリーゲーム制作同好会』で、女性向け恋愛シュミレーションこと『乙女ゲーム』を創ることになったのは、ノリと成り行きだったと思う。
といっても、私・花畑キリカは、同好会長を務める従兄に頼まれ、居るだけの数合わせ要員。ゲームはパズル系しかしたことなく、ましてゲーム制作なんて出来るわけがない。
「乙女ゲーム? 聞いたことはあるよ、イケメンを狩るゲームだよね。え、違う? まぁいいや。完成したら教えてね」……そう緩く構えていたら、これまた成り行きで何故か、私はそのシナリオ担当を任されてしまった。
もちろん最初は、素人には不可能だとお断りしたさ。
けど詳しく聞けば、シナリオ担当はもう一人居て。それがまさかの、私が絶賛片思い中の園田ユウト先輩だった。
彼は従兄の親友で、偶に同好会に遊びに来るのだが、私はその大らかさと陽だまりの如き笑顔に、急転直下で恋に落ちてしまった。
そんな先輩には偶然にも、乙女ゲームシナリオライターの姉がいるらしい。その事情もあって、彼は男ながらに乙女ゲームに明るいそうだ。
「先輩と二人で共同作業!」と浮かれ、私はついシナリオ制作の件を了承してしまった。
大学の授業数が少なく暇だったのもある。ちょっと面白そうとか思ったのもある。
何より「一緒に頑張ろうな」と微笑んでくれた先輩に胸を撃ち抜かれ、私は意気揚々と制作に取り掛かった。
が。
最初に案を出した『超無難な王道学園モノ』は、初期のプロット段階で従兄にボロクソにダメ出しされた。
先輩の家でお姉さんに教わりながら(お宅訪問!)、二人で頑張って創った自信作だったのに。
『キャラが薄い』『ありきたり』『オリジナリティがない』『一言で言うと面白くねぇ』
そんな新人漫画家が言われたら心がポッキリいきそうな、辛辣な言葉の弾丸を浴びせられた。
そしてキレた私と先輩は(いや、主にキレたのは私だったが)「ああん? だったら舞台設定はそのままで、キャラめっちゃ濃くしてやるよ! オリジナリティ溢れさせてやんよ! ツッコミ必須の斬新な乙女ゲームに作り替えてやっからな!」と、可笑しな方向に走り出した。
まずツッコミが出る代物を目指すところから間違っていたが、私はそのとき何かに憑りつかれていた。
勢いで完成した次の案は、従兄に大ウケ。
あっさり通った。
冷静になってみれば、「これでいいの? マジで? これで世の乙女は萌を得られるの?」と疑問しか湧かなかったが。創った本人の不信感などは何処吹く風で、ノリノリな従兄の監修の元、やけに本格的なゲーム制作は開始されてしまった。
そしてようやく完成も間近というとこで――――――事件は起こったのである。
●●●
昼休み開始のチャイムと同時に、私は机に突っ伏した。数年前に縁を切ったはずの数学と再び付き合わされ、脳は停止寸前だ。
……そう。今の私は高校生になって、自作の乙女ゲー世界でヒロイン役をやらされているのです。
私の身に悲劇が降りかかったのは、リアルの世界の方で、大学が夏休みに突入した日のこと。
同好会の活動場所で私は一人、シナリオのチェック作業を行なっていた。だがその途中で、使用していたPCが見事にフリーズ。待てど暮らせど反応しない。「おい動け、根性出さんかい!」と思わず画面を叩いたらアラ不思議。
謎の眩い閃光がPCから放たれ、気付いたら私は、覚えのあり過ぎる『花園学園高等部』の校門前に立っていたのでありました。
どういうことだ!
「うぅ」
机に頬を押し付けて、無様な呻き声を漏らす。
此処は、自作乙女ゲーム『愛があふれて☆止まらない』(タイトルからして地雷臭がする)の世界の中。
人知を超えた不可思議な力により、私はヒロインとしてゲーム内に入り込んでしまったのだ。
この作品のストーリー自体は、学園に二年の春に転校してきた平凡ヒロインが、学内の有名人たちと甘い恋をするという、王道かつシンプル。
ヒロインの初期設定の名前・畑季利は、適当に私の本名をもじってある。容姿は黒髪セミロングの地味顔だ。本来が大学生の身には、白いブレザーはコスプレ気分でちょい虚しい。
――――何やかんや、ヒロイン生活を送ってもう三週間ちょっと。
やはり何かしらのハッピーエンドに辿り着き、ゲームクリアしなければ現実には帰れないのか。下手するとこのまま卒業まで過ごすことに……気が遠くなりそうだ。
もし現実世界とこっちの時間の流れが同じだったら、大学の単位が死滅する。
まぁとにかく。
私は一刻も早くゲームから脱出できるよう、孤軍奮闘しているわけなのですが。
目下一番の障害は、このゲームのシナリオが、私の頭が些か可笑しかった時に創った『自作のおふざけ乙女ゲーム』という点にあった。
「どうした、季利? 俺様の次に可愛い顔が台無しだぜ?」
頭上から降って来た美声に、釣られて顔を上げればそこには美少女……じゃなくて。
女子制服着用の攻略キャラ・玉王皇琉さんが居た。ちなみに三年の生徒会長だ。いいのか、会長が堂々と女装していて。
自分で考えたキャラ設定だが、すでにツッコミの嵐。ナルシスト発言も無駄にツインテなのも痛い。
けど彼の場合は、女装の出来さえ褒めとけばイイので攻略難易度は低めだ。早くも初デートイベントを済ませたし。
そんな彼のキャラが出来た経緯は以下の通り。
『先輩、私たちが最初に創った俺様キャラには、一体何が足りなかったんだと思います?』
『んー、愛嬌じゃね?』
『愛嬌ですか』
『俺様キャラってさ、普通に居たらただのムカつく嫌な奴じゃん。だからさ、何か可愛らしい要素をプラスしたらどうだ? 実は甘党とか、小動物好きとかそういうの』
『なるほど、さすが先輩です! あ、じゃあこんなのどうですか?』
――――そして愛嬌を求めた結果、彼は女装癖に目覚めた。
ああ、先輩はちょっと天然さんだから、私がしっかりしないといけなかったのに。
あとどうでもイイこぼれ話だが、会長だしなんか王様っぽい名前にしよう! と考え、彼の名には『王』の字が四つも入ってる。辞書ひいて調べた。まさにキングダム。やっぱりあの時の私は、何処か脳をやられていた。
「具合が悪いなら、保健室に行った方がいいのでは?」
いつの間にか会長の隣に立ち、クールなお声で話しかけてきたのは風紀委員長だ。
サラサラの青みがかった髪に、眼鏡の奥から覗く鋭利な瞳。乙女ゲームに良くいる、少し近寄り難い知的な印象の美形だ。
これまた攻略対象者の、神内正蒼さんである。
校内清掃。
風紀っぽさを意識して先輩が命名したのだが、むしろ美化委員の方がいい気がしてきた。
「あー平気です、数字が苦手過ぎてダメージ喰らっただけなんで」
「なるほど、数字ですか……」
神内さんは顎に長い指を当て、ふむと頷く。
あ、ヤバイくる。
「確かに数字って、何で存在してるのかイミフって感じですよね。僕も中間テストで赤点とって、ナカパチに超怒られました。あ、ナカパチ知ってます? 担任の数字教師なんですが、中岡八郎でおまけにパチンコ好きだからそう呼ばれてるんですよ。まぁ名付けたの僕なんですけど。そういえば街の大きなパチンコ屋の隣が、新しくケーキ屋になったらしいですよ。カップルで行くと割引もあるとか。今度一緒にどうですか? 僕のケーキ食べ歩きブログが最近、閲覧数ハンパないんで、ここらで最新の情報を更新しときたいんですよね。ブログといえば、季利はラインやってないんですか? 僕はスタンプ買い過ぎて、30秒ごとに友人に送りつけたらブロックされました。スタンプテロで自爆的な。あ、季利にはそんなことしないので安心してくださいね。そういえばスタンプといえば……」
以下、まだまだ続くマシンガントーク。
ゲームでコイツと話すときは、スキップボタンの連打が必須となるだろう。一回の登場で台詞量が尋常じゃないからね。
ノリも軽い。紙みたいにペラい。話の途中で取り出した彼のスマホは、装飾過多のゴテッとしたカバーを身に纏っていた。
攻略対象者・神内正蒼。
キャラ設定は、眼鏡、敬語、雰囲気クール系、中身今どきJK(女子高校生)。
ここで今どきの男子高校生ではなく、あくまでJKっぽいとこが特徴だ。
そんな彼のキャラが出来た経緯は以下の通り。
『俺さ、自分が名付けた親心で、神内くんが一番のお気に入りキャラなんだ』
『あれ悪ふざけじゃなかったんですね。神内くんは今のところ、生真面目な眼鏡キャラですけど、どうテコ入れします?』
『彼は親に厳しく育てられたせいで、今みたいな堅物になったって設定だろ? そこを弄ってさ。もっとフラットなキャラにしようぜ。俺は彼にもっと自分の人生を楽しんでほしい』
『さすが先輩! なんて優しい!』
――――そして彼は、人を寄せ付けない潔癖キャラから、男女共に友達の多い人生満喫中のJKになった。
モデルは現役女子高生のうちの妹です。
「おい、季利。今度は服屋に行くぞ。俺様に似合うワンピースをお前が選べ。聞いてんのか、季利」
「ねぇ、季利。放課後マカロン食べに行きません? 新作出たんですよ。どうですか、季利」
キリキリうるせぇ!
何でイケメンに囲まれてるのに気分は女子会なんだっ!
そう内心でシャウトしていたら、クラスメイトの鈴木君から「先生が呼んでるよ」と声が掛かった。これ幸いと、私はまだキリキリ言ってるアホ共を置いて、足早に教室のドアへ向かう。
なお、この世界では特に設定の無い、俗にいうモブの顔は皆同じだ。イラスト担当の人が力尽きたので、バリエーションは皆無。鈴木君も合川さんも寺田君も用務員さんも皆同じ。
ゲームでは気にならないが、三次元で囲まれてみろ。狂気の沙汰だ。
まぁ三週間もヒロインやってれば慣れたがな!
「お待たせしました、田辺先生」
「いや、こっちこそ昼休みに呼び出してすまんな」
廊下で待っていた男性は、薄くなった頭皮と草臥れたスーツの裾を揺らして、人の良さそうなぽっちゃり顔を綻ばせた。
今年で48歳になる、バツイチ子持ちのベテラン教師だ。私の担任でもあり、また攻略対象者でもある。
もう一度言おう、攻略対象者である。
「ちょっと資料を運ぶの手伝って欲しいんだ。最近、歳のせいか腰が痛くてなぁ。身体もバキバキだよ」
ははっと渇いた笑いを溢す先生と並んで、職員室へと足を進める。
攻略対象者・田辺浩志。
キャラ設定は、包容力のある大人な教師ポジ。
いや確かに包容力は計り知れないけど、圧倒的コレジャナイ感あるよね。
学園物の醍醐味、それは教師との禁断の恋! ということで、最初は定番の若いイケメン教師だったんだ。
けど、うん。
例によって経緯は以下の通り。
『そもそも20代そこらで、真の包容力や大人の魅力は出せるのか? 初期設定だと、田辺先生はまだまだ若造だろ』
『一理ありますね。40代後半でいっそ子持ちにしちゃいます?』
『そのくらいの人生経験は必要だな。人生の荒波を乗り越えてこその、年上の真価だ。見た目もイケメンは止めよう。親しみやすい感じでいこう』
『さすが先輩! 乙女ゲーム=若いイケメンとの恋という、概念からブッ壊すわけですね!』
――――今なら言える。ブッ壊れてたのは私の思考回路だと。
田辺先生ルートに入ると、話は一気に生々しくなる。ヒロインは実は別れた奥さんに似てるとか、お年頃の息子さんとの軋轢とか、老後の心配とか。
枯れ専の方には美味しい……のかな、うん。
「じゃあ此処で待っていてくれ、すぐ資料を取って来るから」
丸まった背中をのっそり動かし、先生は職員室の奥に消えて行った。「礼にあとで牛乳奢ってやるからな」と付け加えていく、普通に良い先生だ。
でも彼との恋愛はハードル高けぇよ。
私は大人しく廊下で待機し、何気なく窓の外を眺めた。そして目につく不穏な光景に「ゲ」と声を漏らす。
またもや攻略対象者の登場だ。
学園モノにはお約束の不良キャラが、職員室も間近だというのに、中庭でモブに絡んでいた。
「テメェ、俺の服に泥つけてタダで済むと思ってんじゃねぇよな?」
「ヒッ、ご、ごめんなさい! サッカーボールが偶々飛んで行って……っ」
「ごめんで済めば警察はいらねぇんだよ!」
警察は来なくても教師は来るよ! というかこの状況、ヒロインとして私が止めるべきなのか!?
逆立った金髪に、目つきの悪いワイルドな不良君は、額に青筋を浮かべマジ切れ寸前だ。余程服が汚れたのが許せないらしい。
可哀想に、胸倉を掴まれているモブ君はチワワ並みに震えていた。「クリーニング代出しますから……!」と涙目で命乞いを試みている。
ここはもう、私のヒロイン力で止めに入ってあげよう。そう決意し、窓から身を乗り出した瞬間だ。地を這う凄みのある声で、不良君は吠えるように叫んだ。
「ふざけんなっ! このTシャツはなぁ、限定ものなんだよ! 『魔法天使リムリム』のDVD購入特典チケットで、応募して当たったプレミアムレアだぞ!? クリーニング代でお前の罪は償えねぇ……歯ぁ喰いしばれクソが!」
攻略対象者・大神慎二。
キャラ設定は、不良、微ツンデレ、野性的なイケメン、深夜系のアニヲタ。
てか制服の下にそんなもん着てくる方が悪くね!?
「ストップ! ストップ、大神くん! えーと、『暴力は止めるのです! 乱暴な人は魔法天使の敵なのです! 落ち着いて地球平和を共に考えるのです!』」
「リ、リムリム……」
私の恥をドブに捨てた裏声の声真似で、大神君は振り上げていた拳を下ろしてくれた。さぁ、隙を見てさっさとお逃げモブ君よ。私の魔法が解ける前に(もうヤケだ)。
大神君は、深夜の低視聴率アニメ『魔法天使リムリム』の大ファンで、隠すことのないヲタクである。孤独な一匹狼(不良的な意味と、マニアックなヲタク過ぎて誰とも話が合わない的な意味で)だが、そのアニメの主人公と似ているヒロインに、徐々に心を開いていくというのが彼とのルートだ。
そんな彼のキャラが出来た経緯は(略)。
『そういえばこの前コウキにさ、男性向けの深夜アニメ? のDVDを大量に貸されたんだけど』
『先輩に何渡してんだあのボケナス従兄! ……それで、見たんですか』
『結構面白かったぞ。それで思いついたんだが、アニメ好きとか攻略キャラの要素に足すのもアリかなって。不良君あたりにどうだ?』
『おお、さすが先輩! ゴミ野郎な従兄と違って、常にシナリオのことを考えてくれていたんですね!』
『もしかしてコウキのこと嫌いなのか?』
――――別に嫌いじゃないですよ、一発殴りたいだけで。
思えばこんなカオスな状況に居るのも、八割がたアイツのせいだ。頬を染めた不良君に「も、もう一度リムリムの声で、今度は俺の名前を呼んでくれねぇか?」と窓枠越しに迫られ、トキメキよりも虚無感に襲われているのも、全部全部アイツのせいだ。
元の世界に戻ったら絶対、従兄にボディブローかましに行こう。
●●●
その後も私は、ツッコミ待ちの攻略対象者たちとエンカウントを続けた。
もうキャラ付けが面倒になって、語尾が意味もなく「~だぎゃあ」になった元頼りになる幼馴染キャラとか(今はただのだぎゃだぎゃ煩いウザキャラだ)。
逆にキャラ付けしまくったせいで、中二病と見せかけて本物の邪神の生まれ変わりで、眼帯の下はオッドアイという、設定のお重箱な年下キャラとか。
極めつけは、これはシークレットキャラなのだが、実は擬人化した『蝉』とのルートもある。
セミ? と、目が点になる御嬢さんも多かろう。
だが蝉だ。夏になると公害レベルでミンミン求愛し出す、あの蝉だ。
このキャラはゲーム内の季節が夏に入った時、いくつかの条件が揃うと登場する。一夏のキセキで人間になった蝉(ここは歪みなくイケメンだ)がヒロインと儚い恋をする、アホ臭い隠しルートがあるのだ。
これは確か、先輩と「もうすぐ夏休みですねー」的な会話をしていたら、知らぬ間に出来てたシナリオだった気がする。
蝉なのでラストは夏の終わりと共に、悲しい別れのバッドエンドしかないのだが、これが同好会メンバーには一番好評だった。制作中に「蝉男おおぉおぉお!」と号泣するアホも居た。
何なんでしょね、本当に。
このままゲームから出られず、季節が夏になったら、私は蝉まで恋愛対象にしなければいけないのか。
もうそろそろ許して欲しい。
●●●
「もうやだー! こんな超微妙な乙女ゲーム、誰もプレイしねぇよ! してもきっと評判最悪だよ! 『ダウンロードしなきゃ良かった……容量のムダ』とかネットに書かれるよ? だってムダだもん! おまけにあの従兄、これをフリーゲームのコンテストに出そうとかバカじゃね!? 賞とっても『頭おかしいで賞』とかだよ! もう嫌だ、実家(元の世界)に帰りたいー!!」
ついに精神がプッツンきた私は、人気のない廊下のど真ん中で、大声で鬱憤を吐き出していた。
もうすぐ授業とか知るもんか。こっちは高校過程はすでに終えてんだ!
「もうやだ本当にやだ。帰りたいよぉ」
恥も外聞も無く、幼子のように愚図る。
慣れたというのは強がりで、やっぱり私は限界だった。あいつらの好感度が上がるのと同時に、私のストレス度も急上昇してるから当然だ。
しゃがみ込んでスカートに顔を埋め、「誰だよ、こんなクソゲーのシナリオ書いたの……私だよ!」と自虐に走るくらい、私の心は摩耗していた。
荒みきった胸の内に浮かぶのは、先輩の穏やかな笑顔だ。
出来たシナリオはこの有様だが、二人で創ってる時は楽しかったな。
……もし一生このままだと、私は二度と先輩にも会えないのだろうか。
そう思うと、私の涙腺はじわじわと緩んでいった。
畜生、こんなことになるなら、勇気振り絞って告白の一つや二つしておくんだった。
帰れたら絶対告白するんだ……ってこれフラグじゃん。死亡フラグじゃん。
「うぅ、もう助けてっ、ユウトせんぱいぃぃぃ!」
「呼んだか?」
「うおわぁ!?」
――――思わず奇妙な悲鳴を上げて、盛大に尻餅をついてしまった。
顔を上げれば、突然現れて私を見下ろす、嫌ほど見慣れたモブくんの顔が。
だけど……何処か違う。
目の前に立つ彼の姿は量産型のモブ男子なのに、雰囲気が他と異なっていた。そう、それは私のよく知る人と重なって――――
「――――もしかして、ユウト先輩、ですか?」
半信半疑でそう尋ねれば、先輩(仮)は「そういうお前も、やっぱキリカか」と頬を緩めた。
え、まさか本当に?
「マ、マジでユウト先輩ですか? 本物?」
「おう。正真正銘、みんな大好きユウト先輩だ」
「なんてな」とはにかむ先輩(確定)がダメだ可愛い過ぎる。癒し過ぎる。
込み上げてくる情動に任せ、私は先輩の胸に飛び込んだ。
「せんぱいぃぃ! ひ、一人で寂しかったです! このゲーム創った奴マジで脳みそカランコロンです! も、もう現実に帰りたいですー!」
コアラのようにしがみ付いて泣き喚けば、先輩は「おーよしよし。頑張ったな、お疲れさん」と、頭をそっと撫でてくれた。ああ、癒し。
「でも、どうして先輩が此処に……?」
「ん? いや実は、夏休み初日に同好会の活動場所に寄ったんだが、ドアを開けた瞬間に謎の光に包まれてな。気付いたら何故かモブになってたんだよ」
ええ!? じゃあ先輩、あのときあの場に居たってこと!?
「モブ生活を三週間くらい続けて、ゲームからの脱出方法を考えてたんだけど。モブじゃどうしようもねぇわーってなって、とりあえずヒロインを観察してたんだ。彼女がクリアしたら俺も帰れるんじゃないかって。でも段々、なんかヒロインがキリカ本人に見えてきてな。案の定、俺の名前を叫んでたから話しかけてみたら、本当にキリカだった」
俺はモブなのにヒロイン役なんて凄いなと、先輩は何故か感心した素振りを見せている。
「な、なんか先輩、やけに落ち着いてません? 取り乱した私がバカみたいなんですが……」
「だってこういうのって、異世界トリップ? ってやつでよくあることなんだろ? 姉さんが言ってた。『別の世界に行くなんて、今時珍しくないことよ。異世界への扉はそこかしこにあるの。だから私にもワンチャン可能性はあるわ』って」
「『異世界経験あり』って履歴書に書けるかな」と呟く先輩は、来年就活生だ。なんという余裕。さすが先輩。
お姉さんに関しては色々とツッコミたいが、私もその余裕は見習わないと!
「大丈夫です、先輩! 履歴書に書くためにも、必ず元の世界に帰りましょう。私はもう復活しましたし、再びヒロインを頑張ります。そして絶対に先輩を現実世界に返します!」
先程までの荒れた気持ちが嘘のように、私はやる気に満ちた瞳で先輩を見上げた。ユウト先輩と一緒なら、何とかなる気がしてくるから不思議だ。
制作者側の本気を見せてやる、待ってろ攻略対象者共! と息巻く私に、しかし先輩は困ったように頬を掻く。
「んーでも、一人で無理しなくていいぞ? 確かに俺はただのモブだけど、キリカがヒロインだって分かったのに、ただ傍観者を気取ったりはしないし。俺たち二人で創ったシナリオなんだから、また二人で頑張ろうぜ」
「先輩……」
――――ああ、やっぱり私は、この人が好きだな。
いつだって先輩は穏やかで優しくて。お日様のような暖かさを持つ、本当に素敵な人だ。
もういっそ、先輩が攻略対象者だったら良かったのに。そしたら好感度上げも積極的にやって、イベントも全力で楽しんで。最後は両思いの、心からのハッピーエンドだったのに。
ヒロイン=私の恋が成就し、幸せになるのがハッピーエンドだというなら、今すぐ告白してやるさ。
そんな不毛なことをダラダラ考えていた時だ。
突然「あー!」という驚きとも困惑とも取れる声が、私の背中に突き刺さった。
驚いて振り向けば、玉王さんを始めとした攻略キャラが見事に勢揃い。
え、なにコレ。こんなイベント知らないんだけど。
「何抱き合ってんだ、テメェら!」
ツインテールを揺らして近付いてきた玉王さんに指摘され、私はようやく、先輩の腕の中にずっと居たことに気付いた。見た目はモブでも中身は先輩。赤面し慌てて離れると、その態度が気に入らなかったらしい攻略対象者たちから、一斉に口撃を食らう。
「お前、俺様とは遊びだったのか!? あんなにも俺様が一番綺麗だって言った癖に……この浮気者!」
「捨てられた女の台詞か!? 人聞きの悪いこと言わないでくれる!? あんたなんて、立ち絵もスキル絵もギャルゲーと変わらない癖に! 」
「まさか季利に裏切られるなんて。一緒にカラオケオールしたり、ケーキバイキング巡りしたり、ほぼカレカノ同士だったじゃないですか!」
「それ女友達同士な! あんたとのイベント、全部リアルで経験したことあるよ友達と!」
「また僕は女性に捨てられるのか……恵美子、帰って来てくれぇ!」
「奥さんとやり直しましょう! 先生なら出来ますよ!」
「やっぱり三次元の女なんて信用できねぇ。俺の天使はリムリムだけだっ!」
「二次元の嫁と比べんな! あんたとのグッドエンドの台詞『次元を超えてお前を愛してる』も普通に嬉しくないから! 考えたの私だけど!」
「その地味なモブ顔と、季利は恋人なのだぎゃあ? 幼馴染の俺を置いて酷いだぎゃあ」
「先輩の悪口言うな! 本当の先輩は二割増しイケメンだし! あとだぎゃだぎゃ煩い!」
「季利先輩の恋人は、前世から僕だけです。このままだと僕は、世界を闇の力で滅ぼしてしまう……っ」
「ちょっと何言ってるか分かんないかな!? 一人だけ世界観違い過ぎるよ!」
「ミーン、ミーン、ミーン」
「まだ春なのに出てくんな蝉! 純粋にうるせぇぇぇ!」
――――怒涛のツッコミに、私はゼーハーと息をつく。
そして思い出した。これはこのゲームオリジナルの『逆ハー風バッドエンド』だ。
乙女の夢・逆ハーエンドかと思いきや、八方美人だったヒロインを皆で吊し上げる、別名『修羅場エンド』。普通の逆ハーエンドなんてものはこのゲームには無く、全攻略キャラの好感度上げをバランス良くやっていくと、高確率で陥るタチの悪いエンディングだ。
マジでクソゲーだな! 考えたの私だけど!
飛んでくるのも甘い台詞ではなく、『浮気者』『ビッチ』『痴女』『七股女』という罵詈雑言。七股ってなんだ、蝉をまさか数に入れてないよな。
てか、なんか段々ムカついてきたぞ。私を口汚く罵る攻略キャラたちに、ここ最近のストレスも相俟って、私の怒りはとうとう爆発した。
「おだまり、アホ攻略対象者ども! 私は今はヒロインでも、本当はお前らの生みの親だぞ! 親に向って何だビッチとか痴女とか! だいたい、私の好きな人は最初からっ――――」
ゲームの中でも現実でも。
「ここにいるユウト先輩だけだ――――っ!!!」
……そうつい勢い余って、先輩を指さしながら大絶叫の公開告白をした、その瞬間。
脳裏にネオンのようなピンク色で、『ゲームクリア』の六文字が浮かび、私の意識はブラックアウトした。
●●●
「あ、あれっ? 此処って……」
「同好会の活動場所、だな」
――――ふわっと夢から覚めるように意識が戻れば、私と先輩は灰色の床に並んで倒れていた。
身体を起こして周囲を見渡せば、並んで置かれたPCたちが目に入る。先輩の言うとおり、此処は同好会が活動場所として借りている、大学の『第二パソコン室』だ。
私が使っていたPCが、視界の端で鈍い光を放っている。画面に映る日付と時刻は、あの謎の光に包まれてから、まだ一時間しか経過していないことを告げていた。
そして慌てて自分の恰好を確認すると、制服ではなく私服を着ていて。髪も染めたばかりの茶色に戻っていた。
「や、やった! 何か分かんないですけど、現実に帰れましたよ先輩!」
私は嬉々として横の先輩に話しかけた。彼の方も、短く切り揃えた髪に若干タレ目な、元の柔和な顔立ちに戻っている。
でも喜んでいるのは私だけで、何故か先輩は気まずそうに、そわそわと身体を揺らしていた。
「どうしたんですか、先輩? せっかく戻れたのに、あんまり嬉しそうじゃないですよ?」
「いや、帰還出来たのは嬉しいんだけどな。その、キリカがゲームの最後でした告白が気になって……」
告白? と一瞬首を傾げて、私は次いで青褪めた。
そうだ、バッチリしてしまったんだ、大告白。ゲームから出られても、そっちは無かったことにはならない使用か!?
「あれは本気にしていいのか?」
「う、えっと……は、はい」
真剣な眼差しで問いかけてくる先輩に、私は小さく頷く。何これ、恥ずかしくて蒸発したい気分なんですけど。
ゲーム内でどれほど甘い言葉を言われようと、心拍は微塵も上がらなかったのに、今は心臓の音がドラム並みに煩い。
縮こまる私に、先輩は「そうか」と眉を弓なりにして微笑んだ……私の好きな、先輩特有のあったか笑顔だ。
「先に言われちまったな。――――俺も好きだぞ、キリカのこと」
「え……」
「しかも大分前からな。実は情けないことに告白する勇気が出ず、何度もコウキに相談していてたんだ。カミングアウトすると、キリカがあのゲームのシナリオ担当に抜擢されたのも、俺のためにコウキが仕組んだことなんだよ」
「ど、どういうことですか?」
「『二人で一緒に何かすれば、距離も縮まるだろ』って」
実際に、大変だったけど二人でシナリオ制作が出来て、俺は楽しかったよと先輩は言う。
「でも元を正せば、ゲーム内に入って苦労させたのも俺だよな。俺が告白も出来ないヘタレのせいで、ごめんなキリカ」
「あれは先輩のせいじゃありません、ただのバグです! わ、私も先輩と一緒にシナリオを創れて、本当に楽しかったです!」
「だって先輩のことが大好きですから!」と赤い顔で言い募る私に、照れ臭そうに頭を掻くユウト先輩。そんな彼は私の頭に大きな手の平を置き、「ありがとうな」ともう一度微笑んだ。
「俺も大好きだぞ、キリカのこと。……改めて、俺の彼女になってください」
「何で敬語なんですか……」
こちらこそ、ですよ。
そう私も崩れた笑顔で返せば、再び頭にピンクの文字が浮かぶ。
――――言うまでもない、『ハッピーエンド』の七文字だ。
もしかしてあのゲームに入り込んだこと自体が、私たちが両思いになるための、従兄か神様のお膳立てだったというのは、些か都合良く考えすぎかな。
まぁ、もう何でもいいや。
躊躇いがちに「抱き締めていいか?」と聞いてくる先輩に、私は自分の方から思いっきり抱き付いたのだった。
●●●
「先輩、あのクソゲーがフリーゲームのコンテストで優秀賞をとって、ダウンロード数がうなぎ上りってマジですか」
「らしいな。コウキが『続編でも創るか』って呟いてたぞ」
「バカなの!? これ以上カオスワールドを広げてどうするつもりなんだ!」
「それでまた、俺たちにシナリオを考えて欲しいんだと。『ほぼ俺のおかげで付き合えたんだから、断るなよバカップル!』との伝言だ」
もう……許して欲しい。
書いていて楽しくて長引きました……。先輩はロールキャベツ男子な一面もあります。
お読み頂きありがとうございました!
追加!
なんか想像以上に蝉男が好評(?)を頂いたので、ちょっとだけ彼のルートを考えてみました。
以下は蝉ルートの告白イベントの台詞です↓
「俺は君に会うまで、ずっと暗い闇の中(物理的に土の中)に居た。自分が何者なのか(アブラゼミなのかミンミンゼミなのか)も忘れるような孤独な日々……。でも君に会えて、俺はあの夏の大空に羽ばたけた。愛しているよ――――木の蜜よりも、君を」
……キリカは夏になる前に戻れて良かったですね。
お粗末様でした!