第六十六話 山川家訪問 後編
第六十六話 山川家訪問 後編
「ちょっと優乃ちゃん。敵を知り己を知れば百戦危うからずよ。ほら冬美ちゃんもキッチンに行ってユリ子さん手伝ってくるの。分かるでしょ。相手からいろいろ盗んでくるのよ」
矢守がまた用法が微妙に違っていそうな格言を使って、優乃と冬美をキッチンに向かわせた。
キッチンから「ありがとう。助かるわ」と、別に敵ではないユリ子の声が聞こえてきた。
キッチンに消えたユリ子を見送っていた安だったが、その声が聞こえるとようやくぼーっとした目を元に戻し、部屋をぐるりと見回してごまかすように言った。
「だからか。山のイイもの好きは。こんなイイものに囲まれていればそういう目も育つよ。納得だ」
「そう言う分かりやすい目線は、優乃ちゃんの前ではやめた方がいいんじゃない?」
雪が安をチクリと刺した。
「いや、ちょっと違うんだな」
安は首をひねって答えた。
「何が違うの?」
「説明出来ん」
安はキッパリと言った。
一方矢守は、山川にウインクをする。
「偽装結婚なら、いつでも待ってるから呼んでね」
「そういうのやめろ」
山川が苦笑交じりに顔をそむけると、雪がズバリと言った。
「財産目当てに決まってるでしょ」
「やーん、雪先生。そういう本音は隠して、タテマエ言ってよ。山川の人生のお手伝いがしたいとか」
「余計怪しい言い方になってるぞ」
笑う四人。
雪がまた言った。
「恵ちゃん、久君がいるじゃない。そこはどうするのよ」
「やーん、せっかく忘れてたのにー。思い出させないでー」
「面接のことを聞くほど、親しい相手がいる奴はいいな」
「お前の方こそ決まったな」
「絶対ないわよー」
キッチンでは、ユリ子が優乃と冬美に手伝ってもらって、お茶とお菓子の準備をしていた。
「ユリ子さん、付き合っている方とかいないんですか?」
初めて会った冬美のそんな質問にも、ユリ子は嫌な顔一つせずニコリと答えた。
「いい人がいないのよ。ほとんど毎日、ここに来ているせいもあるけどね。普通の人がいいわ。今日来た安さんとかね。ふふふ」
ユリ子は冗談っぽく笑った。
優乃は突然安の名前が出てきて、びっくりだ。
「そんな面倒くさい所なのに来てるのは、ここの居心地がいいからかな。結婚しないのもね。二人共男性を見る目は、養っておかなきゃダメよ。最後は顔よ、顔。格好良くて輝いてる人、特に目がきれいで光ってる人を選んで。外見だけはいいアイドルみたいな人にだまされないでね」
ユリ子は楽しそうに「さ、お湯湧いたわ」とガスの火を止めた。
「紅茶にしようかと思ったけど、抹茶にしましょうか」
「抹茶っ!?」
優乃も冬美もここで飲めるとは思っても見なかったので、驚いた。
「苦手?」と聞くユリ子に、二人は首を振った。
二人共好きなのだが、飲む機会がほとんどないのだ。
「良かった。ほら、あっちに紅茶にウルサイのがいるでしょ」
ユリ子は嬉しそうに首をすくめながら、リビングの方をチラリと見た。
「だから今日は抹茶とケーキの組み合わせ」
ユリ子は冷凍庫から小さな缶を取り出すと、棚を指して二人にそこから好きな抹茶茶碗を取り出すように言った。
ユリ子はティースプーンで茶碗に抹茶を入れると、手慣れた様子で茶筌を動かした。
「こんな感じでやってみて。いいのよ、本格的じゃなくて。抹茶は大体の量で作れば、美味しくなるように出来てるから」
堅苦しさがない抹茶の点て方に、二人はびっくりだ。
やったことがなかったが、ユリ子のアドバイスを聞きながら点ててみる。
「そう、そのくらいでいいわよ。上手いじゃない」
ユリ子におだてられながら茶筅を動かす。
「夏だと暑いでしょ。だから私、シェーカーに氷を入れて作ったりするのよ」
そんなことを言う。
抹茶ということで肩に力が入っていたが、そんな話も聞くとリラックスできる。
「茶筅は回さないでまっすぐ動かしてね。もっとやさしく手首使った方が疲れないわよ。男の人のもそうでしょ」
「?」と首を傾げる優乃に、ユリ子は
「あ、ちょっとHだった?」
と、冬美に聞くのだった。
抹茶が出来上がると、冬美と優乃はお盆に茶碗を載せ、ユリ子はケーキを載せてリビングに戻った。
「お待たせしました」
幾分すました感じで、冬美と優乃が四人の前に抹茶を置いた。
「おっ」と短い声が出る。
「どうぞ」
二人が揃ってお辞儀をする。
その姿に山川が小声で安に聞いた。
「抹茶ってのは、大和撫子のDNAを活性化させるんですかね?」
「そうならいいな」
こんな会話を聞かれると後が怖い。
山川も安も丁寧にお辞儀をして「いただきます」と茶碗を手に取った。
雪も矢守もかしこまって飲んでいると、ユリ子が横からさり気なくケーキを机に置いていった。
フォークを入れるのがためらわれる程、艶のある高そうなチョコレートケーキだ
パリパリッと崩れていく表面のチョコも絶妙だ。
「んー、すごくしっとりしてて美味しい」
「シンプルだけどいいわー。抹茶に合うじゃない」
特に女子組は、その美味しさにうっとりだ。
一気に食べるのはもったいないと、少しずつ切り崩しては食べる。
そんな中、矢守が聞いた。
「抹茶って、優乃ちゃんが安さんのを、冬美ちゃんが山川のをタテたの?」
その返事はキッチンから出てきたユリ子が答えた。
「そうよ」
「ふーん。二人共、タテられるんだぁ」
矢守が何となく意味あり気に言う。
するとユリ子がニコッと笑って矢守を見た。
「優乃ちゃんも冬美ちゃんも、慣れてないから力が入っちゃったのよ。これから上手になるわ」
ユリ子の会話は、矢守と通じあっているようだ。
「ユリ子さんは話分かるわねー。私もタテるの上手いのよ」
ユリ子が「ふふふ」と笑いながらおかわりの抹茶を置いていく中、優乃が矢守に聞いた。
「矢守さんって、抹茶点てられるんですか?」
「高校生の時、やってたんだから」
「まぁ、そんなに早くから?」
ユリ子がわざとらしく驚いた。
矢守は「まぁね」と、ユリ子と二人だけで分かる笑みをこぼした。
抹茶とケーキを頂いた後、少し時間があった。
広い庭には鯉のいる大きな池の他に、見覚えのあるしかもここには似合わない池、いや水槽池があった。
それをガラス戸越しに山川と冬美が見ていた。
「あれって」
冬美の問いに、山川は「うん」と頷いた。
「ここには似合わないから、捨てればいいのに」
「思い出だよ」
山川の答えは短く、よそよそしさがあった。
ひょうたん型の水槽には金魚が見えたが、覚えていたよりも数が多かった。
「金魚ってー」
冬美がおかしいなと思って聞くと、山川は黙って部屋の中の一点を目で指した。
「あ、ここにいたんだ」
気が付かなかったが、部屋の片隅に丸いガラスの水槽があり、その中で一匹だけ赤い金魚が泳いでいた。
「みんな死んじゃって。ごめん」
山川は目を伏せて冬美に謝った。
「ううん。…ありがと」
冬美は部屋の金魚から外へと視線を戻し、ボソリと答えた。
「んっ、何?」
冬美の言葉が聞こえず、山川は聞き直した。
「また、すくいに行きたいな」
冬美は上目使いに山川を見て、小さく言った。
「…いや。金魚はもういいよ。あんなにたくさんいるし」
山川は外の水槽を目で指して、迷惑そうに言った。
途端に冬美が爆発した。
「そう言うこと言ってるんじゃないでしょっ」
「えっ、な、何?ごめん」
反射的に謝る山川は、以前の山川だった。
一方、ソファーでくつろぐ三人は別な話だ。
食べ終わった皿や茶碗を片付けに持っていった安が、キッチンから帰ってこないのだ。
洗い物などを手伝っているのかも知れなかったが、それにしても時間がかかっていた。
「優乃ちゃん、いいの?安さん、キッチンでユリ子さんと何かしてるかも」
矢守が思わせぶりに焚き付けた。
「そんな事ありませんよ。何か話しでもしてるんじゃないですか」
一瞬ドキッとしながらも、優乃はソファから動かなかった。
「ユリ子さん意外と手、出すの早そうなのよね。さっき挨拶した時も安の顔触ったでしょ。あれは、値踏みね。あぁいうので相手の反応みるのよ」
「そ、そうなんですか?」
矢守がそういう事を言うと、何だか真実味がある。
あの時に雪が『来たわね』と言ったのは、こういう意味だったのか。
優乃は、少し体を起こした。
「ほら、キッチンから何も音がしないじゃない。どう言う事だと思う?」
「どう言う事って…」
優乃はキッチンの方に首を伸ばした。
「恵ちゃん、何焚き付けてるのよ。そんな訳ないじゃない。私の見る所、抹茶の点て方とかそんな所ね」
雪がやめなさいよと笑い飛ばした。
優乃は、それもそうかと首を元に戻し、自分が点てた時のことを話した。
「そうなんですよ。ユリ子さん、茶さじとか使わず、スプーンで抹茶入れるんです。あれはないですよね」
「茶さじじゃなくて、茶杓」
矢守が訂正した。
「あれ、そう言うんですか?さすが学生時代やってただけありますね」
「まぁね」
さっきのユリ子との会話の意味が分かってないようで、矢守は苦笑した。
「でもユリ子さんが点てた方が、泡が細かくて美味しかったわ。あそこまではもう出来ないわ。優乃ちゃん、ユリ子さんにもうちょっと教えてもらって頑張ってみたら?」
「面白かったけど、私には…」
優乃は敬遠した。
ユリ子は軽くやっていたが、本格的にやるとなると、一式揃えるのも大変そうだ。
「そう?友だちに聞いたんだけど、抹茶点てられる女の子って、モテるんだって」
矢守はそう言った後、大きく頷いた。
「あぁ、それで安さん、わざわざキッチンに行ったのかしら?」
確かに思い出せば、抹茶を出した時の安の目は、どこか輝いているようだった。
矢守の言う通りかも知れない。
それなら行って抹茶の点て方を覚えてこなくてはと、優乃は腰を浮かせかけた。
「安、自分で点てられるはずだから、そんな事ないと思うけど」
雪がまた話をひっくり返した。
「えっ、そうなんですか?」
優乃は腰を下ろした。
『そうなら安さん、私の抹茶、やっぱり美味しくなかったんだ。ユリ子さんの抹茶、ホメてたもんな…。あれ?それならやっぱりユリ子さんに?』
キッチンを見たり、考えこんだりする優乃を、矢守と雪は目を合わせて含み笑いをするのだった。
「でもやっぱり」
優乃は気になって立ち上がった。
どちらにしても、安の帰りが遅いのは確かである。
「ちょっと見てきます」
「どうぞ」と笑う二人を後にして、優乃はキッチンに行った。
キッチンでは安がユリ子の隣に立って、何か親しそうに体を寄せあっていた。
一瞬優乃は動揺したが、素早く近寄って安の服を引っ張った。
「安さん、何してるんですか?」
にこやかに聞いているが、服を強く引っ張っている。
安は、おっとっととバランスを崩した。
「ちょっ、ちょっと優乃ちゃん待った」
見ると氷の入ったグラスに何か刺さっている。
ユリ子が面白そうに言った。
「今、安さんに盛り付けをお願いしてたのよ。大丈夫。優乃ちゃんもやってみる?」
波型に切ったスティック野菜を見せて言う。
どうやらグラスにそれを、刺していた所らしい。
優乃は笑顔で「やらせて下さい」と言って、ユリ子と安の間に割り込んだ。
ユリ子は楽しそうにやり方を教えてくれたが、チラリと見た安は微妙な表情だ。
優乃はその顔に、満面の笑顔を返した。
雪たちが待っていると、優乃たち三人が揃って戻ってきた。
「これ、軽いツマミ。食べてみて」
持ってきたのは、氷の入ったグラスに刺さっているスティック野菜だった。
「このアボカドのディップが美味しんだ」
スティックが波型に切ってあり、見た目も面白くディップがつきやすくなっている。
「うわー、すごーい」
ケーキを食べたばかりだが、手を動かしたくなる心使いだ。
今度は山川も冬美も同じテーブルに集まって、冬美も交えた以前の、で愛の荘のような雰囲気になるのだった。
「そうなの。この子、怒ったりわめいたり。別人みたいでびっくりよ」
夕食後。軽くお酒やお茶を飲みながら、ユリ子が山川の話をその父親と兄にしていた。
「へー、こいつがねぇ。よっぽど仲いいんだな」
兄が面白そうに聞いた。
「そんなに変だった?俺」
山川がユリ子に聞き直した。
「すごく楽しそうだった」
ユリ子はそう言って、父親に言った。
「女の子が四人よ!美人さんばっかり。カワイイ子から大人の子まで。よりどりみどりよ」
「へー」
兄が少しうらやましそうにする。
「呼ぶんじゃなかったよ。うるさいわ疲れるわで」
山川はソファにもたれたまま言った。
「まーたウンチクたれて、嫌われるぞ」
父親が笑った。
「そんな仲じゃないよ。おやすみなさい」
山川は体を起こすと、自分の部屋に戻っていった。
父親は「おっ」と驚き、ユリ子は嬉しそうにその背中を見た。
「ちょっと変わってたけど、いいお友達なのね」
「なかなか言えんぞ、あのセリフは」
父親もユリ子と同じように嬉しそうだ。
「だから最近、あの子変わったんだわ」
ユリ子は目を細めた。
以前とは違い、人に興味を持って接するようになったのだろう。
随分と優しくなった。
「あ、いけない。もうこんな時間、帰らなきゃ」
ユリ子は時計の針に気が付き、慌ててエプロンを取った。
「お、待ち合わせの時間か?」
父親が聞くと、
「そう」
と、ユリ子はふふっと微笑んだ。
場所は変わって、で愛の荘。
山川の家から戻った矢守と優乃が、矢守の部屋でノートパソコンを開いて、何やら調べていた。
「冬美ちゃん、行く時はどうしたんだろうって思ってたけど、帰る時には元気になってたわね。なーんか山川の家で、怒ったふりしながら嬉しそうにしてたし」
「冬美、あぁ言うの好きって言うか、あこがれなんですよ。セレブな感じが」
「ふーん。いやーね、お金持ってるか持ってないかで態度変えるなんて」
「矢守さん、山川さんと財産目当ての結婚しようとしてたじゃないですか」
「あはっ、そうだった?でも私、飽きそうなのよね、あぁいう生活。だから早いトコ別れて、もらうものもらって好きに暮らすのが夢よ」
「矢守さんって、よく分からない人ですね」
「女は七変化が基本よ。あっ、あったあった。多分これじゃない」
矢守は山川からクリスマスにもらったネックレスを、画面のものと比べた。
「優乃ちゃんのも見せて。…やっぱりここね。見て」
矢守はノートパソコンの画面を優乃に向けた。
「エムエム マテリアル オリジナルコレクション…一万五千円ーっ」
「!」マークが優乃の顔に現れる。
矢守は「うん」と頷いた。
「やるわね。アイツ」
優乃はおろおろしながら、ネックレスを返してもらった。
「持ってる中で一番高いです、私」
「安さんもいいけど、山川の線も考えておこ」
「何なんですか矢守さんはっ」
「女は金でも変わるのよ」
「私は変わりませんっ」
プンッと頬をふくらました後、二人共に吹き出して笑った。
春の夜は、桜のつぼみを小さく育てていた。
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次回予告
え、デート?
そうねえ、私の希望を少しだけ言えば
多くの男たちに囲まれて、逆キャバクラ状態で
かしずくイケメンから、甘い口説き文句をもらって
いい気分で、街を一望出来るレストランで優雅にエスコートされて
お酒も入った高級ディナー
あ、その前にブランドショップでショッピングもしたいわぁ
でも身の丈にあった所で
遊園地で楽しくデートもいいわね
矢守さん、夢いっぱいですね…
「美味しいかまずいか、私を食べなさい!」
「いいの。この格好で」
「ここか?」
次回第六十七話 矢守のデート
矢守のデートはドキドキです




