第六十三話 打ち上げの夜と引越し
第六十三話 打ち上げの夜と引越し
高そうなイタリアンレストランの後、月森は予定通りゲームセンターに相手を誘った。
相手はちょっと戸惑っていたようだったが、中に入ると月森が「あれ取って」「これ取って」と嬉しそうに頼むので、すっかり調子に乗っていた。
「超ビッグ」と印刷されたお菓子がアームに引っかかって動いたが、落ちるには至らなかった。
「やっぱり難しいのかなぁ」
月森が残念そうに、クレーンゲームのガラスの中を見ている。
『ここで取れば、自分の株が上がる』
男はそう思い、「待ってて」と言って両替機に走った。
同じ夜、優乃の友達の家で女子七人が机を囲み、恋の話で盛り上がっていた。
中学・高校の頃の先生や先輩の話から、今のクラスの男子、彼氏の話。
「この前に彼が車で送ってくれて、でも帰りたくなくて車の中で朝方まで話してたんだよねー」
一人の子が「あーあ」とため息をついて話した。
「ナニソレ。ホテルとか行かなかったの?」
もう一人が「何してんの?」と言う。
「ウチ、泊まりダメだからさー」
「ダメって朝まで一緒なら、泊まりみたいなものじゃん」
「そうだよー」
まわりも「おかしいよね」と頷き合う。
「でも私、車の中はイヤー」
他の子も横から楽しく口を出す。
「車の中でなんて、しないよー」
最初に言った子が、顔を少し赤くしながら手を振った。
「でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ」
「やだー」
あはははは
みんな笑う。
「送ってもらったんだから家の前でしょ。そこでちょっとだけだなんて、ダイタン」
「そう言うのがいいんだー」
と、またみんなで笑う。
優乃も冬美も一緒だ。
卒業公演が終わると、授業らしい授業もほとんどなくなってくる。中学や高校と同じだ。
進路を決めた者、まだ決まらない者などいろいろだ。
『こうしてみんなで話すなんて、なかったな。で愛の荘のみんなと一緒が多かったし』
優乃は友達の顔を見て、あらためて思った。
「えっ、そうなの?」
雪が珍しく驚いて声を上げた。
「ちょっと急じゃない」
矢守もあわてた。
箸を持った手が止まっている。
安は山川の言葉を待っている。
「そうですか?三月いっぱいまでギリギリ住んでるのも何だなと思って。あと五年十年くらいは住んでたかったんですけどねー」
山川は鍋に取り箸を入れた。
「本当に来週行っちゃうの」
心細そうな顔で、矢守が聞いた。
山川はそれに直接答えず、みんなの器に具を盛り付けた。
「この鍋がまだ残っててよかったですよ。まさかまたみんなで鍋を囲むなんて思ってなかったんで。持っていける物はもう、ある程度家に運びましたから」
山川はウーロン茶の入ったグラスを手にすると、ありがとうと言うように軽く上げて口にした。
「そうか。山が最初に行くか」
安もビールの入ったグラスを上げ、口にした。
「そう言えば洗濯機どうするの?共有金か何か集めたじゃない」
雪が安に聞いた。
「そう言えばそうだな。共有金じゃなくて供託金だが」
「細かいことはいいでしょ」
「別にいいって言えば、いいのよね」
矢守も思い出したようだ。
「口座はあるんだが、月森さんに任せてー」
安が言うと、いっせいに三人が渋い顔をした。
「すっごーい。こんなに取ったの初めて。取るの上手いよね」
月森は上機嫌で男に言った。
手には三つも四つも大きなお菓子の袋や箱がある。
もちろん月森が取ったものではない。
取る度に月森が喜んでほめるので、男が調子に乗って取っていったのだ。
面白そうなのは取った。次はゲームだ。
月森は男をおだて、一緒にゲームに興じた。
♪ ♪ ♪
ゲームの音に聞き慣れた携帯の音が混じった。
月森は後を男に任せて、ゲームから離れると電話に出た。
「今日はおめでとう」
館長からだった。
「あっ、ありがとうございます」
月森は反射的に頭を下げた。
「優勝は出来なかったけど県大会で三位は、半年前から比べたらすごい成長だよ。よく頑張ったね」
「ありがとうございます。館長のお陰です」
「お祝いしようよ。二人で」
「いいんですか。ありがとうございます」
月森は男の胡散臭そうな目線に気付かず、話し続けた。
優乃はみんなの話を聞きながら心の中では、照れまくっていた。
この中で彼氏がいないのは、どうやら優乃と冬美ともう一人の三人だけのようだった。
みんなの話には結構大胆なものもあって、優乃は聞くだけで顔が赤くなりそうだった。
「そう言えば優乃は、久ちゃんと…しちゃった?」
一人の子が聞いてきた。
今度は優乃が話しなさいよ、と言っている。
「そうよ、そうよ。どうなってんのー」
まわりも聞きたがる。
「付き合ってないって、ホントに」
優乃は何度も否定したが、隠してるんだと言われ、仕方なく安のことー片思いの話をした。
「久くんじゃなくって好きな人いるんだ。その人こっち見てくれないんだけど、仲のいい友達ぐらいには思ってくれてるのかなって」
「優乃なんてその大きな胸って言う武器があるんだから、使えばいいじゃん」
一人が「何引っ込んでるのよ」と言えば、まわりも「そうだよー」とはやし立てた。
「ホント、うらやましいったら。触らせてよ!いいなー」
「ホントに武器になるから」
ため息までつかれても、ダメなものはダメだったのだ。
「冬美は何で王子と別れたのよ。お似合いだったのにー」
優乃では話が弾まないと思ったのか、今度は冬美に標的が移った。
「だってキスが上手かったから」
冬美はつぶやくように答えた。
「何それー」
一瞬笑いが起こったが、すぐに頷く者が現れた。
「でも分かる!冬美、そういう奴は大事にされないよ。別れて正解」
「そうそう、たいてい他に女いるんだよね」
『そうなんだ…』
優乃の胸はドキドキした。
「優乃も気をつけなよ。何かダマされやすそうだから」
一人が忠告すると、もう一人が大丈夫と言った。
「そこは演技力でカバーすればいいよ。逆にダマして」
「そうかー」とみんな笑う。
「優乃の演技力なら勝てる勝てる」と盛り上がる。
冬美はすました顔で、お菓子をつまんでいる。
『安さんがキス上手かったら、どうしたらいいのかな…』
思考がズレている優乃。
女子の会話は止まらない。
「ホテルに誘うの上手い奴もダメだよねー」
「そういう奴に限ってHがヘタなんだって」
笑いの中、大事な夜は更けていった。
翌週、優乃を交えて卒業公演のお祝い会が、で愛の荘のいつもの部屋で行われた。
食事もある程度進んだ所で、安が全員に封筒を渡した。
「これ、洗濯機の供託金。みんなに返すよ。残念ながら利子は付かなかったんで、原資返しだ」
「安さんが、馬とかやって当ててくれればいいのよー」
矢守はそう言いながら封筒を受け取った。
「洗濯機の会議まで開いたのに、何もありませんでしたね」
優乃は寂しそうに封筒を受け取る。
「そこまでやったから、何もなかったのよ」
雪は受け取った封筒の中身をあらためた。
山川は封筒を受け取ると、雪と同じように中を確認して言った。
「丁度良かったですよ。明日出る予定してたんで、これでレンタカー借りられます」
優乃が「ええっ」と驚いた。
「本当ですか」
だか、後の三人は慌てない。
「そっか。明日だったわね」
「レンタカー借りられないほど、お金なかったの?」
「後で、明日の確認しよう」
山川は両手で待ってくださいと、止めた。
「どれから答えたらいいんですか」
「どれからって」
優乃はまだ飲み込めないようだった。
山川は「そうですね」と答え始めた。
「まず優乃ちゃんにはまだ言ってなかったね。ゴメンね。みんなには先週言ったんだ。実は今年に入ってからそのつもりで、ちょこちょこ荷物持って実家に帰ってたんだよ。もう少し早くにと思ってたんだけど、優乃ちゃんの卒業公演見てからにしようって。お陰で楽しかったよ、ありがと」
山川は優乃にお礼を言った。
「いえ、そんな。こちらこそ、ありがとうございました。私のために引っ越しを伸ばしてくれたんですね」
優乃はかしこまってお辞儀をした。
「まぁ、そんな訳で俺としてはそんなに急に、と言う感じじゃなかったんだけど、優乃ちゃんは急だったね。ゴメンね」
山川はもう一度謝り軽く頭を下げた後、楽しそうに言った。
「でもレンタカー代は冗談ですよ。もう予約もして手付金も払ってありますから、ご心配なく」
「良かった。この鍋の割り勘代、山川の分も払おうかと思っちゃったじゃない」
矢守が大きく胸をなでおろしたので、全員が笑った。
「矢守はそういう優しい所があるからなぁ」
安が言うと、すかさず矢守が乗った。
「そうなの。いい女でしょ。でも払うなら、私より稼いでる雪先生かなぁって」
チラリと雪を見る。
「そうね、私も一瞬考えたけど、あるって言うんだから払う気ゼロよ」
雪がドライに言うとまた笑いに包まれる。
「餞別は期待出来そうにないなぁ。最初から期待してませんが」
「そうよ。みんな出て行くんだから」
「せめて乾杯だ。山の明日につながる今日を祝し」
カンパーイ
いつまでも楽しい、で愛の荘の夜だった。
翌日の朝、山川は言った通り二トンのレンタカーでやってきた。
一同は安を先頭に出迎えた。
安は打ち合わせ通りに山川が部屋に入って行くと、残る三人に出てくる段ボール箱をバケツリレーでトラックに運ぶように指示した。
段ボール箱がある程度出てくると、次に箱に入らない物が出てきた。
「うわぁ…」
部屋から回ってきた物を手渡された優乃は、目を輝かせて声を上げた。
バーベキューセットだった。
「これ、ついこの前使っていましたよね。何か懐かしいような、そうじゃないような不思議な気持ち」
冬に入ってからは鍋中心で、バーベキューセットはほとんど使っていない。だがつい昨日まで使っていた気もする。
いや、今から使うような気にさえなってしまう。
初めてみんなと庭で囲んだのは何だっただろうか。バーベキューだったか、カレー会だったか。
気がついたらみんなで集まって、わいわい言いながら食べるのが当たり前になっていた。
そんな所ってあるだろうか。いや、聞いたことない。
『すごく恵まれたトコだったんだ』
優乃は今更ながら思った。
山川の部屋からは、たこ焼きプレートやバーベキューで使われた机や椅子も出てきた。
大物は安も手伝ってトラックに運び入れると、安がトラックの中に入り段ボール箱と一緒に整理しながら積み上げていった。
何でも出てくる四次元部屋と思っていた山川の部屋からは、山川が事前にある程度持って行っていたせいか、そんなにたくさんの物は出て来なかった。
「お世話になりました。何かあったら呼んで下さい。飛んできますよ」
山川は深々と頭を下げた後で言った。
「山、昼食どうするんだ。良ければー」
「はい、安さん。一緒に食べたいところなんですけど、実家に戻って荷物降ろしたり整理したりするのが大変なんで行きます。この車も今日中に返したいし。その代わり四月にお別れ会やりましょう。予定、空けておきます」
「山川、ここで?それともどっかお店で?」
雪が聞くと山川は「考えておきます」と答えた。
「その時のここの状況とか、みんなの予定もありますし。さよならはその時までとってくんで」
山川は片手を上げた。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
みんなの声がハモる。
何だか胸が熱くなるような別れ方だ。
山川がトラックに乗り込むと、エンジンがまわりゆっくりと動き出した。
窓を開けて山川が手を振っている。
クラクションが挨拶のように鳴るとトラックは、で愛の荘から消えていった。
「行っちゃいましたね」
優乃がぽつりとつぶやくと、矢守も言った。
「行っちゃったわね」
短い一言の会話だが、全員の気持ちを表していた。
「いない」というのと「行ってしまう」と言うのは、何か違った。
今までも安や山川がいない時はあったが、こんな気持ではなかった。
胸の中から、何かが抜けて消えてしまうような感じだった。
言葉にすれば「さみしい気持ち」というのになるのだろうか。
それぞれは思い思いに部屋に戻った。
優乃は部屋に戻ると、台所に置いてあった一本の包丁を手にした。
それは、山川がくれたものだった。
「これ、ちょっといい物なんだよ。よかったら使って…」
と、置いていってくれた。
よく磨いてあり、刃先が鏡のようにピカピカ光っていた。
あの味にうるさい山川がくれたと言うことは、優乃の料理の腕を認めてくれていたのだろう。
『山川さんからもっと料理のこと、聞いておけば良かったかな』
優乃は手にしていた包丁を置いた。
山川が行った後、三十分も経たないうちに別の二台の車が、で愛の荘に入ってきた。
一台は山川と同じ二トントラック、もう一台は普通車だ。
中から男性が二人と女性が二人降りてきた。
優乃が窓から見ると、月森とその同僚らしかった。
四人は、で愛の荘に上がっていくと、せっせと段ボール箱や家具を降ろし、トラックに積み込み始めた。
月森の引っ越しなら、知ってて無視するわけにはいかない。
優乃に続いて、安も矢守も雪も出てきて手伝った。
積み込みは人数が多かったせいか、山川ほど時間はかからなかった。
「ありがとうございます」
月森は四人に頭を下げた。
「突然行っちゃうのね」
矢守が少しだけ名残惜しそうに言った。
すると月森は、驚いたように答えた。
「あれ、言ってなかった?」
「聞いてないわよ」
雪が事務的に言う。
「でも、いいですよね。最後にみなさんに挨拶出来ましたし。お世話になりました」
月森はもう一度、丁寧に頭を下げた。
「会社に支店変更の申請出したから、春には今いるところから変わってるかも知れないんで」
『そんな事言っても、誰も月森さんに会いに銀行に行かないから』
安は軽く頷きながら、視線をそらした。
それを見て何を思ったのか、月森がさっと構えた。
「あっ、安さん。手合わせします?」
「いや、もういいですよ」
「そうですか?今、したそうな顔してましたよ」
『お前が、したかったんだろ!』
安は密かに突っ込んだ。
月森は大会での目標を達成したことで、『打倒、安さん』はすっかり忘れていた。
「ま、いいですよね。それじゃあ皆さん、またどこかで」
月森は見事な笑顔を残し、来た時と同じ車に乗って、で愛の荘を出て行った。
あっという間の、引っ越しだった。
「一気に二人、いなくなったわね」
雪が言うと、矢守がいたずらっぽく安に言った。
「月森さんがいなくなって、寂しい?」
安は失笑した。
「バカ言え。山がいなくなった方が、何倍も寂しいよ。と言ってもみんなとも、もうすぐだけどな。何か東さんたちが引っ越してから、あっという間だったな」
「そうね」
雪も頷き、優乃も矢守も頷いた。
だが頭では分かっていても、もうすぐお別れだという実感がイマイチない。
今こうして、山川、月森が出て行ってしまった後でも、またいつものように会える気がするのだ。
「そうなんだ。その月森さんから特別なメッセージがあるんだけど」
矢守が秘密の話をするように、勿体を付けた。
「直接言うと、安さんと山川が傷つくかもしれないからって。『安さんと山川さんの気持ちには気付いていたんだけど、応えられずにごめんなさい。私なんかより、もっと素適な女性が見つかるのを、私、祈ってます』だって」
それを聞いて安は、思わず息が止まった。
今までの何をどう捉えたら、そんな風に感じるのか。いや、それこそ月森らしいと言えば月森らしいが、いくら何でもそれはないだろ。
唖然とする安に、矢守が「やっぱり?」と聞いた。
「最後の最後まで…。月森さんには、してやられるよ」
直接反論する月森も、同じように思われている山川もいない。
分かってもらえない気持ちを、共感も表現も出来ずにもがく安が、言っては悪いが面白い。
「あーあ。困っちゃうな」
「どうしたの?」
急に大きな声を出した優乃に、雪が聞いた。
「月森さんのせいで、何だかお別れって感じがしなくなっちゃった。さっきまでしんみりしてたのに」
「まったくだ」
安もみんな笑ってしまった。
優乃の言う通りだ。その意味では月森のあの性格に感謝だ。
「でもそんなものじゃないかなぁ」
安は落ち着きを取り戻して言った。
「普段の生活で、区切りってないだろ。だから何となく、流れていっちゃうんだよ。でもそれじゃあさみしい、嫌だって思った人が儀式を考えたのかも知れないなって思うよ」
「儀式?」
雪の問いに安は続けた。
「卒業式とか入学式、結婚式、そう言うものだよ。そう言うのって心の区切りがつかないか?もっと大きく言えば、おはようございますとかいただきますとかも、今からこうします、こうしましたと言う区切りを自分に言い聞かせるための儀式とも言えるんじゃないかな」
「そっかー。区切りですか」
優乃は何となく頷いた。
「山川さん、四月にお別れ会やるって言ってましたよね。それまでは無理にそんな事考えなくてもいいって事ですね」
「そうよ。私もまだそんな気持ち、全然ないし」
矢守が優乃の肩を叩いた。
「恵ちゃんは、もうちょっと区切りをつけた方がいいと思うわよ」
雪が意味あり気に言うので、矢守が「何のこと」と聞き返した。
すると安が雪に代わって答えた。
「男だよ。お前、結構引っ張るからなぁ」
「もうー」
怒る矢守を笑顔が包む。
庭の片隅には、ここに来た時に使った大八車が、まだ残っていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
次回予告
こんにちは、優乃です
大人になるってなんだろう
大人って、一人で生活できること?
感情に振り回されないようになること?
冷静に判断が出来るようになること?
社会に出て、仕事が出来るようになること?
二十歳になれば大人?
いやーん、オ・ト・ナのけ・い・け・んすることに決まってるじゃない
矢守さん、何ですか
真面目な話ですよ
真面目よ
経験すれば、分かるわよ
どうしてもそういうHな話に持ってきたいんですね
私、Hなんて一言も言ってないけど
あっ…
うふっ
優乃ちゃんも、大人になってきたわね
…
「変なトコに入っちゃったわね」
「残念ながら落ちました」
「よっしゃあ」
次回第六十四話 大人の勉強
私、勉強します




