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第六十一話 バレンタインのプレゼント

第六十一話 バレンタインのプレゼント



 二月に入った街は、女の人と一緒になってどこかウキウキしているようだった。


 男もまた、顔には出さないがそんな街を見てはざわつく胸をおさえ、無関心を装うのが目についた。



 今日は冬美の家で、楽しいクッキングタイムだった。


 冬美も優乃もすでに本命チョコは作り終っていた。


 今、作っているのは、アタリ《・・・》だ。


 「ちょっと、それいいのー」と言われながら、優乃は溶かしたチョコをすくって、マーマレードやイチゴジャムを混ぜて一つ二つとあやしげなものを作っていた。


 「大丈夫、大丈夫。これは美味しい方よ」


 この程度は変わった味ぐらいで、アタリなんかではない。


 優乃は次の材料に手を伸ばした。


 「こうして二人で作ってると、クリスマス思い出すねー」


 優乃は自信のアタリを慎重に作りながら、冬美に言った。


 「あのさ、私、さよならしたんだ」


 冬美は窓の方を見てつぶやいた。


 「えっ!?」


 優乃は思わず手を止めた。


 「で愛の荘で、クリスマス会やったじゃない」


 冬美はなぜか笑顔だ。


 「あの時ね、久くん見てて私、違ってたなって気付いたの。優乃はどう?」


 冬美の問いかけはいきなりで、何を聞きたいのか優乃は分かりかねた。


 別れた理由は何で、何に気付いたのか。


 しかし、久を見ていて優乃も気付いたことはある。


 冬美はそれが聞きたい様子だった。


 優乃は思ったまま、感じたままを冬美に答えた。


 「追いかけるんじゃなくて、思う心、信じる気持ち」


 優乃は冬美にそう言った。


 今まで自分の気持ちだけで舞い上がっていたが、久は自分の気持ちも大事にしながら相手の気持ちも、それ以上に大事にしている。相手のことをそのまま受け入れようとしている。優乃自身も最近になって安の事が見られるようになってきて、自分も少し見えてきた、と。


 「だからって訳じゃないけど、やっと気付けたの。いい所も、ダメな所もみーんなスキ。だから実らなくてもいいんだ。それにこれだけいろんな事があると、何も隠す事出来なくて、みーんな見られてるから楽だよ、もう」


 優乃は自分で言っておいて照れた。


 「それでも私の事、助けてくれて、優しくしてくれてー。そばにいられるのが幸せ。あと少しだから大事にしたいの。先はどうなるか分からないし」


 優乃は胸の前で祈るようにキュッと手を握った。まるで、安にお礼を言っているようだった。


 以前とは随分変わっていた。


 「…ふーん」


 冬美は、ちょっと考えた。


 『相手の気持ちか…』


 自分とは違う優乃の気持ちが、少し分かる気がした。



 翌日の日曜日は、矢守と優乃は街にお出かけだった。


 矢守が「バレンタインにチョコだけじゃダメよ。もう一つ付けてアピールするのよ」と優乃を誘ったのだ。


 矢守が連れてきたのは、ランジェリーショップだった。


 「こんなのどう?」


 矢守はキワドイ一枚を選んだ。


 「矢守さん、そういうのがシュミですか?」


 優乃は首を振り「私なら」とイチゴ付きのかわいいパンツを手にした。


 「これくらいHな女性下着を、あの二人にプレゼントするのよ」


 「えええっ、いやらしいですよ」


 優乃は飛び上がりそうな程、驚いた。


 矢守は気にもせず、他のものを選びながら言った。


 「その年で、そんな子供っぽいもの選んでどうするのよ。いい?男ってどんな奴も、もれなくHなの。もれなくよ」


 「あ、安さんも山川さんもそんなんじゃ…」


 優乃は何故か頬を赤くした。


 『まだまだね』


 矢守はチラリと振り返って、苦笑いをした。


 「何言ってんの。ヤツラだって初めてじゃあるまいし、平気平気」


 わざと乱暴に言って、子供な考えが悪いとばかりに、優乃の背中をぐいぐい押した。


 「あ、そ、そうですねー」


 優乃はその手に乗って、頷いてきた。


 「そうか、そうですね…」とつぶやくその顔には、「二人とも大人だし」と書いてある。


 もう少しだ。


 「あのねー」


 大きなため息をつくように矢守は言った。


 「いい?男は初めてじゃない方がいいに決まってるでしょ。初めてなんてサイアクよ。サイアク」


 つい感情がこもってしまう。


 「優乃ちゃん初めてでしょ」


 「…はぁ、まあ」


 実感のない返事に、矢守は今度は本当にため息をついた。


 「ヘンにきれいなユメ、見ない方がいいわよ。がっかりするから」


 「は、はあ…そうなんですか」


 ヤレヤレと矢守は


 「大人になりなさいよ」


と、言った。


 「大人ですか…」


 矢守の言う大人が分かるようで分からないらしい。


 「大人って、どんな人ですか」


 矢守は「そうね」と考えて言った。


 「メソメソする前に、どうすればいいか考えられる人よ」


 チラリと優乃を見る。


 「買っちゃおうかな、勝負パンツ」


 優乃がポロリとつぶやいた。


 説得工作が成功したようだ。


 「そうよ。そのイキよ」


 矢守は喜んで言った。


 「私が、プレゼントしちゃう」



 十四日当日の夜。


 わざわざ全員、二階の部屋に集まってバレンタイン会が開かれた。


 もちろん、月森はお忙しくていない。


 「私はこれを」


と、語尾にハートマークでもつきそうな笑顔で、雪が安に小さな包みを渡した。


 安がそれを開くと、横から見ていた優乃が喜んだ。


 「わぁ、雪先生。これ単行本じゃないですか。すごーい!」


 雪の描いた本、当然BLマンガだ。


 安が、パラパラと中を見る。


 「あっ…これ」


 安の手が止まり、顔に影が入った。


 「お前が、ブッ倒れた時のヤツ」


 「みんな、その節はありがとね。はい、優乃ちゃんと恵ちゃんにも」


 雪は苦笑いする山川にも、それを手渡した。


 あの時の原稿が載ってはいるが、男二人にとっては形として欲しくないプレゼントだ。


 「サインも付けといたから」と言われても、それ以前の問題だ。もらってこんなに困る物もないだろう。


 「どうしろと…」


 安が諦めの悪い顔で雪に言った。


 「思い出よ」


 雪は反対に笑うように答えた。


 安は、がっくりと肩を落とした。


 「いらねー」


 一方の優乃は本を見ながら、はしゃいでいた。


 「わぁ、何かフシギですね。あ、ここ私が塗ったトコ」


 見せても仕方ないのだが、自分の手伝った所が形、本になっているのが嬉しくて、矢守に見せたりする。


 もう一人の男、山川は困惑だ。


 「ま、まいりましたね。でもありがとうございます。嬉しいです、気持ちが」


 矢守が肘で山川をつついた。


 「バカね。嫌がらせに決まってるでしょ。ねえ、雪先生」


 「そんな事ないわよ」


 雪はにこにこしながら、もう一冊矢守に渡した。


 「恵ちゃん、月森さんにも渡しておいてくれる?」


 「いいわよ」


 矢守は頷いた。


 「ねぇ、山川さん」


 本を手に困っている山川の所に行って、優乃は言った。


 「冬美に上げたら喜びますよ」


 「そうかい、優乃ちゃん」


 山川はパッと眉を開いた。


 「いいですよ。私から山川さんの冬美に渡します。預かりますね」


 山川は嬉しそうに本を手放して優乃に預けた。


 逆に安はまだ本を眺めながらため息だ。


 「ーお前さぁ」


 「何よ」


 安が雪にムスッとして本を開いて見せたが、


 「…まぁ、いいや」と閉じた。


 「あんた名言多いから使えるんだもん」


 雪はくすくす笑った。


 「あれもこれも、それも」


 安はますます口を尖らせた。


 「出演料よこせよ」


 その中で、優乃が冬美の家で作ったアタリ付きのチョコをみんなに振る舞っていった。


 むくれていた安が最後に取り、無造作に口に入れた。


 「うわっ、何だこれは!」


 いきなり言葉一つ一つに、濁点が付いているような叫び声が上がった。


 優乃が振る舞ったチョコは、マーマレードと混ぜたものや、イチゴジャムと混ぜたものはまだましとして、塩チョコであったり、胡椒チョコと言った微妙な味のものばかりであった。


 しかしそれらはまだ食べられたが、最後に安が食べたのはクリームソースチョコであった。


 クリームソースと言ってもソースが、あのキャベツや揚げ物などに使うソースなのだ。ソース味の生クリームを混ぜ込んだチョコ。それが本当のアタリだった。


 「あっ」


 優乃は嬉しそうに安を指さして


 「安さん、アタリだー。やった!」


と飛び跳ねた。


 「こらっ」と叱られ、優乃は「キャー」と笑いながら逃げた。


 「安さんのたこ焼きと一緒ですよー」


 「確かに。この実験精神はそれに近いものがありますね」


 山川は雪に言った。


 「安も変なもの作ってたからね」


 雪が塩チョコの残りを食べながら言う。


 「大体見れば分かるじゃない。これなんてマーマレードがはみ出してるし」


 矢守のはそれだ。


 「アレだけ、見た目普通っぽかったのよね。怪しいと思ったのよ」


 「雪先生。安さん、何も見てませんでしたよ」


 「そういう奴よ」


 「しかしこの胡椒チョコは、美味しいんだかマズイんだか」


 山川は残っていたかけらを、口に放り込んだ。


 「!」


 安に続いて、山川も飛び上がった。


 「か、辛いっ!」


 「どうやら、山川もアタリね」


 「そうね、アタリが一つとは言ってなかったし」


 矢守と雪がフフンと二人を見る。


 「優乃ちゃん胡椒入れすぎだー」


 「あ、ゴメンなさーい」


 笑って謝る優乃。


 「不味すぎる。もう一つよこせ」


 手を伸ばす安に、「やだー」と言いながら箱を振り回して逃げる優乃。


 そこに山川も加わる。


 三人じゃれあう様子を、矢守と雪が


 「仲良くなったわね。はじめとは大違い」


 「同じレベルじゃない。似たもの同士ね」


 と言う。


 「でも現実を見ない男と、現実が見えてない女…だもんねぇ」


 矢守は仕方ないかと、長い息を吐いた。


 「あ、そのセリフいいわね。メモしておこ」


 雪はどこからともなくメモ帳を取り出して、書き留める。


 「現実を…、現実見なさいよ、と」


 いつもながら感心する。


 矢守は自分はマンガ家として、まだ甘いなと思いながら


 「セリフ代は今夜のお酒でよろしく」


と、お酒でそのセリフを譲った。



 矢守からのプレゼントも配り終わったその夜。


 約束通り雪の部屋で、矢守がおごりのお酒をごちそうになっていた。


 つまみは自分用に買ったピーナッツチョコレートだ。


 最近はコンビニブランドもあるが、老舗の物の方がやはり美味しい。


 矢守はもう一つ、袋を開けた。


 「恵ちゃん、まだそっち残ってるじゃない」


 雪がチョコの残っている袋を指した。


 「食べ比べ。同じものばかりだと飽きるじゃない」


 「男には一途なのにね」


 「もー、いいじゃないそんなこと」


 矢守は手を拭いた。


 「んで、結局優乃ちゃん、あの二人用にプレゼント買わなかったのよ。残念」


 雪は矢守が封を開けたばかりのチョコを一つ貰った。


 「まだ早いんじゃない。あの二人も優乃ちゃんからパンツなんてもらったら、笑うに笑えないわよ。きっと深読みして、こっちに相談にくるわ。それはそれで面白そうだけど」


 オロオロする二人を想像して、雪も矢守も含み笑いをした。


 矢守はチューハイで口を洗った。


 「そういう恵ちゃんは、久くんに何もなし、なの?」


 雪は頬杖をついた。


 「聞かないでよー。何やれって言うのよ。クリスマスでも上げなかったんだから、バレンタインで上げたらそれこそ、一生ついてきそうじゃない」


 「ダメなの?あんなに格好良いのに。恵ちゃんがそんな事言うなんて、すっごく変で面白い」


 雪は美味しそうにお酒を飲んだ。


 「笑い事じゃないんだからー」


 冗談っぽく答えてはいるが、本気のようだ。


 「で、結婚するの?」


 雪はクスクス笑ってしつこく聞いた。


 「しないわよ。私、安さん諦めてないんだからね!」


 矢守は強く言った。


 「クリスマスで食事券渡してといて言うセリフ?」


 言っていることとやっていることが違う。雪はたたみかけた。


 「いいのよ、あれは」


 矢守はとぼけて逃げた。


 『恵ちゃんだもんね』


 雪は「ふーん」と頷いた。


 強がったり、引いたりする所は矢守の優しさだと思う。


 自分に正直でありながら、他人に譲ってしまう優しさもある。


 『いっぱい損してきたのに』


 雪は立ち上がると、冷蔵庫を開けて小ぶりな瓶を出してきた。


 「今日は秘蔵のこのお酒開けるわ。飲もっ」


 「わ、イチゴ味の日本酒?」


 「そうよ。恵ちゃんだから特別よ」


 「ありがと。じゃいちごパンツに、カンパーイ」



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 空手の試合と卒業公演


 どちらもずっと稽古を重ねて、この日に備えてきた


 ほんのひと時のための

 長くて大きな積み重ね


 ハタからは分からない失敗も苦労も

 全部この時のため


 小さな一つ一つを積み重ねて

 やっとここまでたどり着いた



 「この次に冬美の舞台があるので、見ていって下さい」



 「安さん、月森さんのこと、好きなの?」



 「今日のディナー、楽しみになってきちゃった」



 次回第六十二話 空手と卒業と



 さあ、ありったけの自分を出そう

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