第五十九話 月森さんの新年会 後編
第五十九話 月森さんの新年会 後編
「ぜんざいもいいけど、おしるこの方がよかったな」
「このツブツブ感は嫌だな」
「じゃ、残せばいいじゃない。私はそれが好きなんだけど」
矢守が山川に言った。
「いや、そもそも小豆に砂糖ー」
「あんたの意見は聞いてないわよ、安」
雪がズバッと切る。
どうやら、誰かの作ったぜんざいを食べているようだった。
皆、口々に「美味しい」と言い、安も「甘さ控えめで、これなら食べられる」と言っている。
優乃がニコニコして、「おかわり、どうですか?」と聞いている所を見ると、優乃の手作りなのだろう。
みんな月森に気付く様子もない。
『ここでも、仲間外れか』
そんな言葉が浮かぶ。
月森は肩をすぼめて、邪魔にならないように横切った。
「あっ、月森さん」
呼び止めたのは優乃だった。
「ぜんざい、いかがですか」
月森は「えっ!?」と立ち止まり、顔を上げた。
すると
「月森さんは、こっちね」
と、矢守が手招きをする。
何のことかと思ったら、
「まずは鞄を置いてきて」
と、安がこれを食べたら、雪合戦をすると言う。
みんな、月森が入ってくるのが当たり前のように声をかけてくる。
月森のお天気がぱぁっと晴れ上がった。
「待ってて」
月森は駆け足で、で愛の荘に入り部屋にカバンを投げ捨てるように置いた。早速準備をすると、窓から声が聞こえてきた。
「やっぱり!ここの皆さんなら絶対に何かやってると思ったんですよ。ぼくもまぜて下さい!!」
「久くん、まずは腹ごしらえ」
優乃の声も聞こえた。
「よーし、私も」
月森は階段を駆け下りた。
「よし。チーム分けするか」
月森もぜんざいを食べて、みんな体があたたまった所で二チームに別れて四対三の雪合戦が始まった。
まずは安、月森、優乃と、山川、矢守、雪、久のチームだ。
「空手で鍛えているのよ。一つだって当たらないんだから」
月森は勢い良く前に出て、的になりに行った。
飛んでくる雪玉を手でハタき、突きで打った。
バスッ バスバスッ
いきなり全弾命中だ。
「もう怒った。払うのヤメて、攻撃よ」
月森はすぐ横にあった雪山から雪を掻き取ると、固めもせずに投げ出した。
「うわっ、こんなのありか!?」
前に出ていた山川が腕でカバーすると
「山川さん、的よろしくお願いしますっ」
と、久が斜め横に回って月森に向かって玉を投げた。
「キャッ」
驚いた月森が慌てて避け、その拍子に滑って転んだ。
「えーい、させるかっ」
安は言うと、月森の前に出て盾になった。
その安を優乃が援護する。
「ありがとう、大丈夫」
月森は立ち上がると、二人に「ガンガン行くわよー」と声をかけ、雪玉を握った。
雪合戦は何度もチームを変えて、夕方近くまで続いた。
「まさか、月森さんのおごりとはな…」
「そりゃ、雪も降りますよね」
夜、で愛の荘の二階のいつもの部屋。
雪合戦をした全員が、飲み物とつまみやお菓子を手にくつろいでいた。
「おごりに文句言っちゃダメよ。どうせなら焼き肉が良かったけど」
雪がチョコをつまみつつ、杯を傾けた。
「そうですよ。文句言っちゃいけません。私は焼き肉よりステーキですけど。ね、月森さん」
優乃は臆する様子もなく、月森に言った。
月森は「お金ないの」と機嫌良さそうにさえ答えた。
雪合戦の後、汗や雪で濡れた体をお風呂屋に行って温め、帰ろうとした時に月森が言った。
「みんな揃ってるのって今年初めてですよね。今から新年会しましょう」
しかも月森自身がおごると言う。
雪合戦の時から機嫌がいい月森に、何かあったのかと安や山川は首をひねっていたが、おごりならばとみんな、例のうどん屋さん、食べ放題の店、フランス料理など好きな事を言った。
しかしと言うか思った通り月森が決めたのは、一番出費の少なそうなお好み焼き屋さんだった。
それでも一同、びっくりするやら喜ぶやらで、盛り上がった新年会になった。
「優乃ちゃん、ステーキって言うけど、あれだけ豚玉のお好み焼き食べておいて、何言ってんのよ」
矢守は久から離れて座っている。
お好み焼き屋で久から受けた過剰な接待?を、ここでは受けないようにしているのだ。
その久は珍しく、月森とサシで話し合っている。
「で愛の荘の人たちって、何かあると、いや無くても何か一緒になってしてますよね。みんな仲良くて羨ましいですよ。ぼく、ここに住みたかったなぁ」
「家から学校に通ってるんでしょ。贅沢よ」
その月森が姉のように久に話す姿が可笑しい。
「いい。食事も洗濯も全部自分でやるのよ。待ってたって、誰も何もやってくれないんだから。しかもここ雨漏りだってしてたのよ。台風の時なんて、ホント準備だけで大変なんだから」
台風の時何もしなかった月森が言うのを聞いて、安も山川も顔を見合わせて苦笑した。
「そうなんですか?でも一人暮らしって、楽しそうじゃないですか。すべて自分の好きなように出来るんですよ」
久はあこがれを少し口にした。
「やったことない子は、みんなそう言うのよ」
月森はやれやれと呆れた。
「一人ってホント、一人なのよ。会社でも一人で、稽古でも仲間と思われない。ここでも一人だとホント寂しいんだから」
月森は、ポロッと本音をもらした。
「だいたい、自分が部屋に帰ってきても何も動いてない。ただいまって言っても誰も何も返してくれない。人のいない部屋って、空気が死んでる感じがするのよ。あれはちょっとさみしいわ。ついでに言うと、ここの洗濯機、共同だからそれだって気を使うの。ね、安さん」
突然に話を振られて、安は吹き出しそうになった。
洗濯機の話でいい思い出は、ない。
「う、うん。まぁ」
安はしどろもどろに頷いた。
「どうしたんですか、安さん」
安の不自然なリアクションに、山川が聞いた。
「どうかしたんだか、しなかったんだか、ね」
矢守がニヤリと笑った。
「急に振られたから、びっくりしただけだよ」
安は矢守に黙っていてくれと、目で頼んだ。
優乃も気付いたのか、うつむいて視線を外した。
「久くん格好いいから、誰かつかまえて同棲すればいいのよ」
一人暮らしの話は、同棲の話に変わっていた。
「そんな上手く行きませんよ」
久はチラリと矢守を見た。
もちろん矢守は目を合わせない。
「いい?自分がいいと思う相手を見つけるんじゃないの。自分の事をいいと思っている相手を見つけるのよ。その相手が見つかればこっちのものでしょ。手を出す出さないは久くんの問題だから、何も言わないけど」
月森は自信満々に久に教えた。
「あれが月森さんの哲学って言うか、考えでしたか」
山川が驚きつつゆっくりと頷いた。
「あぁやって割り切れれば、確かに。それでか…」
安も同じだ。
「えっ、普通じゃない?」
矢守が言うと、雪も言った。
「出来るか出来ないかは別にして、多かれ少なかれみんなそう考えてるわよ。ねぇ、優乃ちゃん」
「えっ、私は」
優乃は自分は違うと大きく手を振った。
「月森さんの言うことは分からないでもないんですが、それってヒモになる事と似てますね」
久はその考え方を否定した。
しかし月森はケロッとして答えた。
「あら、悪い?専業主婦なんて、ヒモみたいなものじゃない。そうなりたくて女は着飾るんだから」
安と山川には受け入れがたい、そして女の口から聞きたくない言葉だ。
「女ってそうなのかよ」
げっそりした調子で言う。
「一例よ、一例」
矢守が笑って慰める。
「そうだよなぁ。お前見てたら、そうじゃないもんな」
安はつまみのアーモンドになぐさめを求めるように、カリッと噛んだ。
「男なら良くて、女はダメなんて認めないけど、女なら良くて、男はダメ何てのも私は認めないから。久くん分かった?」
月森は力を込めた。
「はぁ、そうですか」
久は月森の言ったことが分かったのか分からなかったのか、気の抜けた返事をした。
「同棲って言っても、相性がありますよね」
山川が、そう簡単に行きませんよね、と雪に聞いた。
「だから相手を選ぶのよ。月森さんが言ったみたいに、自分の言うこと聞いてくれそうなのをね」
「今日の雪合戦だって、相性のいい組み合わせが少なかったですよ」
そのやりとりに、安や矢守も乗ってきた。
「月森さんは誰と組んでも、マイペースだったな」
「優乃ちゃんが誰と組んでも、そこそこいい感じだったわ」
えへへと照れる優乃。
山川が矢守に一言言う。
「矢守は組む以前に、運動神経が…」
「うっさいわね。私は雪先生みたいに動ける方じゃないの」
盛り上がる中、雪が隣の安をつついて小声で言った。
「優乃ちゃんと結構相性良かったわよ。料理うまいし結構家庭的だけど、どう?」
安は「聞くなよ」と言って、久に逃げた。
「久くん、泊まっていく?」
「えっ、いいんですか?」
「結構遅くなったし、ここじゃ寒いから、僕の部屋で良ければいいよ」
「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらいます。あの坂道怖かったんです。さっきも半分凍ってましたし」
夜中まで矢守と同じ部屋にいられて、久は嬉しそうだ。
「そう言えば、ぜんざいのおもちって焼いてなかったけど」
山川が思い出したように言った。
「えっ、焼くの?」
矢守がどうして?と山川の顔を見た。
「私も焼かないわ」
雪が答える。
「焼くのが普通ー」
話はまだ終わりそうにない。
久は優乃に「ここ、面白いトコだね」、とささやいた。
優乃は頷いて、「でしょー」と答えた。
月森が加わる。
「私もいろんな人と出かけるけど、みんな下心が見えるのよ。だからそれがないここが好き。今日も空手の館長と食事してきたけどー」
♪ ♪ ♪
携帯が鳴って、月森が出た。
「はい。あ、館長。はい、ありがとうございます。明日、いつもの稽古が終わったらですね。はい」
月森は短く話すと、電話を切った。
「明日、館長が水族館に連れて行ってくれるって。私の事、慰めたいのかな」
嬉しそうに言う月森に、一同力の抜けた笑いだ。
ストーブの上ではヤカンがチンチンとなっている。
部屋のぬくもりは、ストーブだけではないぬくもりだった。
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次回予告
皆さん、覚えていてくれてましたか?
久です
先日、駅でモデルにスカウトされました
よく話を聞いてみたら結構お金かかるんです、自腹です
世の中、甘い話には…
ぼくは特撮スタジオで夢のある作品を作りたいんです
もちろん就活で、ダメ元でアタックしてますよ
でも皆に、ホストとかバーテンとかが向いてるって言われます
…矢守さんに相談しようかな
ぼくの周りでは、別れが始まっています
声優の道に進む者、仕事に就く者、地元に帰る者
みんなそれぞれの人生があって、いい悪いじゃないですよね
自分の夢をあきらめるという悔しい選択があったとしても
次回は別れの近い、で愛の荘のみんなのお話です
「ちょっと、強すぎたかな」
「今から久くんの後、追わなきゃ」
「月森さんのおごりとはな…」
次回第六十話 一月の終わり
で愛の荘、なくなっちゃうんですね




