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第五十八話 月森さんの新年会 前編

第五十八話 月森さんの新年会 前編



 朝から降り出した雪は、まだ降り続いていた。


 暖房の効いた車内で革張りのシートに身を沈め、月森は隣でハンドルを握っている男性と話をしていた。


 「明日は何してるの?」


 男のヘタな探りに、月森はあえて額面通り受け取り、翌週の予定まで入れて答えた。


 「明日は空手の特別稽古があって、明後日の日曜日は友達とボーリング大会。来週はスノーボードに行く予定で、ゆっくり休めないの」


 「忙しいんだね」


 男は下心を悟られないように、愛想笑いをした。


 そんな男に月森は「そうなの」と笑顔で答えた。


 「今日のレストラン、美味しかった。また美味しいところ見つけたら連れてって下さいね」


 自分にも相手にも都合よく解釈出来る言葉だったが、男は「あぁ」と無表情で答えただけだった。



 「恵ちゃん、やっぱり積もるわよ」


 雪の暖かい部屋で、乾き物とチョコレートそれにお酒に酎ハイという取り合わせで、矢守と雪が飲んでいた。


 TVは丁度、気象情報を流していた。


 『昨日から全国的に雪をもたらしている大寒気団は、来週初め頃まで本州に居座り続ける見込みです。詳しい雲の動きを見てみましょうー』


 「雪はTVだけでいいわ。寒いのイヤ」


 矢守はぶるぶるっと体をふるわせた。


 「私、このくらいの雪、気にならないんだけど」


 雪は湯気の出る銚子を猪口に傾けると、クイッと熱い湯気ごと喉から体に流し込んだ。


 「私が小学生の頃に住んでた所じゃ、もっと雪が積もったのよ。ここみたいに一週間もすれば、消えてなくなるようじゃなくてね。冬の間中、日陰には雪が残ってたわ。それでね、雪が積もった朝は毎日、朝からシャンシャンシャンシャンっていう鈴の鳴る音で目を覚ましたの。サンタクロースのソリの音みたい…って布団の中で聞いてたな」


 矢守は動かしていた口を止めて、「メルヘン?」と聞き返した。


 雪は吹き出して答えた。


 「メルヘンってそんな訳ないじゃない。それね、ダンプカーのチェーンの音だったのよ」


 「なーんだー」


 二人は「ダンプのチェーンにかんぱーい」とグラスと杯を上げた。


 「明日、あの二人大喜びよ」


 「下の?」


 「そう。二人とも犬だから庭、駆け回りよ」


 雪は軽くふしをつけた。


 「じゃ、私は猫だから、コタツで丸くなるわ」


 矢守はふふっと笑って、その歌を口ずさんだ。



 月森は男に、で愛の荘まで送ってもらうと、部屋に入り荷物と共に体をドサッとベッドに投げ出した。


 去年の年末から年始にかけて、怒涛どとうのように入っていた予定が一段落着いたのだ。


 忘年会に新年会、初日の出に空手の寒中稽古。


 初詣はこの半月で伊勢から京都、他にも五箇所は回っている。


 休みで予定が入っていない日はなかった。


 ほとんどがおごりだったとはいえ、こんな目が回るより先に体がまいってしまうような予定を何とかこなした。


 張っていた気持ちが抜けて、長い息が自然と出た。


 月森は二週間ぶりの冷たくほこりっぽいベッドの感触を味わう前に、眠りに落ちた。



 月森がしばらくここに帰って来なかったのは、実家に戻っていたからだった。


 実家とは言っても、週末は友達とスーパー銭湯や車中で泊まり、あちこち出掛けていた。


 父親は何も言わなかったが、機嫌は良くなさそうだった。


 仕方ないじゃない、月森は心配をかけて悪いなとは思いながら、向こうから誘ってくるんだからと深く考えないようにしていた。


 『安さん、あの話みんなにしたのかな』


 寒さに目が覚めて、月森はこの前安に話したことを思い出した。


 ここの住人がみんな仲がいいのは気付いているが、自分はその中に入っていない。東や梅田がいた頃は、自分と同じ仲間がいると思って気にならなかったが、二人がいなくなって一人になると、自分だけが浮いている気がするようになってきたのだ。


 会社だけでなく、ここでも仲間外れにされるのは、少し辛かった。


 月森は重たい体を起こすと、パジャマに着替えてベッドにもぐり込んだ。


 『疲れ…ちゃっ…た』


 つぶやきのような言葉は、すぐに深い寝息に変わった。



 サッ グッ サッ グッ サグッ サグッ


 新雪を踏むと、雪の固まるいい音がした。


 『これはイケるな』


 山川は足跡が残る表とは反対に、気持ちよさそうな雪の残る裏庭に回った。


 洗濯機の横に、綿菓子のようなふくらみがある。


 山川はそこに手を入れ、手に触ったものを引き抜いた。


 ボサッ


 雪がダンボールの板から滑り落ち、金魚の池が現れた。


 池の水は凍ってはいなかったが、金魚は底でほとんど動こうともしていない。


 『部屋の中のほうがいいかな』


 一瞬考えたが、何とか大丈夫だろう。それよりも今日はやることがある。


 で愛の荘から安が出てきた。


 「山、おはようさん。どうだ行けそうか?」


 「おはようございます。いい感じですよ。あれ、安さんあまり着込んでないんですね」


 山川は、上にGジャン一枚羽織っただけの薄着の安に聞いた。


 「おう。何か汗かきそうだと思ったんでな」


 安は軍手を二重に、はめた。


 「やっぱりそれぐらいがいいですよね。今三重にしてみたんですけど、シャベルがしっかりと握れないんです」


 「はめすぎだろう」


 二人は笑いながら表に向かった。


 「よし、まずは雪かきやるか」


 二人が、で愛の荘の前の道に積もった雪を脇に集めていると、ダウンジャケットにスキー用の手袋をした優乃が駆け寄ってきた。


 「私も仲間に入れて下さい」


 「もちろん」


 断る理由などない。


 「優乃ちゃん、本番は昼からだから、体力残しておいてね」


 集めた雪で遊んでいるような二人だったが、優乃はピンときた。


 「はいっ!」


 元気に返事をすると、二人に混じって雪を固めていった。



 昼前。


 で愛の荘前の雪かきが終わり、その脇にお椀のお風呂に入った目玉の親父と長方形の立体、それを囲むように並ぶ形もさまざまな小さな雪だるま八体が並んだ。


 「出来ましたねー」


 優乃はそれらを満足そうに見下ろしながら言った。


 「うん。出来た」


 山川もゆっくりと深呼吸しながら頷く。


 「でも、この物体は何?」


 安がてっぺんが三角形の長方形の立体を指して、優乃に聞いた。


 「物体ってこれ、で愛の荘ですよ。上が山形になってるから分かりますよね」


 優乃がそれぐらい分かって下さいと、語尾を強めた。


 優乃に変わって山川が「何だと思ったんですか?」と聞くと、安は「うん。ケーキの箱かと」と答えた。


 「そりゃないですよ。せめて横長の牛乳パックじゃないですか?」


 山川と安はお互いに笑いあった。


 「二人とも笑いますけど、目玉の親父も言われなきゃ分かりませんし、大体意味不明ですよ」


 優乃が頬を膨らました。


 「ごめん、ごめん。でもこれが、で愛の荘ってことは、この八体はー」


 「そうです!さすが安さん。これ私たちです。お正月に雪先生が書いた絵を思い出したんです。みんなの特徴を何となく表してみたんですけど」


 「そうか。だからみんな何となくほっそりしてる雪だるまなんだね」


 山川が大きく頷いた。


 「へへへー」



 遊びはここまでだ。三人は休憩も兼ねた長めの昼食時間を取ると、再び庭に集まった。


 「よし、今から壁作るぞ。表は僕が、裏庭は山が。真ん中あたりに優乃ちゃん、固めなくていいから適当な高さの山を作って」


 さぁ、今度は本気だ。午前中より真剣に遊びだす。


 小一時間もしないうちに準備が出きた。


 「よし、やるか。ルールは各壁の後ろにある優乃ちゃんお手製の雪だるまを守ること。以上」


 お楽しみの雪合戦だ。人数が少ないので、まずは防衛戦から始まった。


 山川、優乃が守りで、安が攻めだ。


 安があらかじめ足元に作っておいた雪玉で、優乃に攻撃を仕掛ける。


 「きゃー、やめてー」


 「うおっ、援護射撃とは。山、やるな」


 「まだ序の口ですよ」


 楽しそうな声を聞き逃すはずはない。出てきたのは矢守だった。


 「おっ、矢守。こっちに入れ。裏庭の壁の後ろの雪だるまを守れ」


 「了解よ」


 「んで、弾、作っておいてくれ」


 「OKっ」


 寒いのはイヤと言っていた矢守が、楽しそうに答えた。


 厚着をして長靴姿の矢守は、危なっかしい足取りで裏庭に向かう。


 その後姿を山川、優乃が狙い、安が迎え撃つ。


 その四人の声に誘われるように出てきたのは雪だ。


 「恵ちゃん、寒いのイヤって言ってなかった?」


 雪は壁の後ろで、弾を作っている矢守に聞いた。


 「楽しいからいいの。それにこの完全防備よ」


 矢守の言う通りニット帽にダウンジャケット、ダウンパンツ、長靴。手には、うさちゃんの絵柄がが可愛い手袋だ。


 「ふーん、そうなんだ」


 雪もその場でかがんで、、雪玉を握った。


 「雪、こっち入ってくれ。優乃ちゃんが意外と手強い」


 「そうね」


 雪はニコッと笑うと突然、雪玉を安に向かって投げた。


 「あんたのチームに入るのは、やめておくわ」


 そう言って山川の方に走っていった。


 「ならば、こうだっ」


 安の弾が雪の背中に命中した。


 「痛っ。やったわねー」


 雪も楽しそうだ。


 山川の所に行くと作戦を聞く。


 安は振り向いた。


 「三対二か。矢守、作戦変更だ。真ん中の山を取りに行く。援護頼む」



 二月の大会を控えての特別稽古が終わった。


 月森は道着の入った鞄を片手に、とぼとぼといつもの坂道を帰っていた。


 雲は分厚く晴れそうにない。足元は滑りやすい。


 気分が晴れないのは、この雪と天気とせいだと思いたかった。しかし、原因は分かっている。


 今日行ったのは同じ流派の別の道場だった。今の道場は子供が多いので、教えることはあっても教えてもらえることは少ない。館長がそんな月森のために出稽古を申し込んでくれたのだ。


 相手は大人の男性ばかりだった。


 が皆、月森が相手だと、そこそこ打ち合えるようにしか攻めてこなかった。


 実力が足りないせいだとしても月森はそれを、仲間として認めてもらえていないからだ、と受け取った。


 それと分かりながらも、月森には相手に打ち勝つだけの力もなく、何とか攻めてはみるものの、ほとんどが防がれ、逆に攻められる始末だった。


 『こんなんじゃ、大会で勝てない』


 館長と反省会の昼食を食べたあと、一人で帰ってきたのはそんな気持ちだったからだ。


 視線も自然と下がり、重い足で坂を登って行くと、何か楽しそうな歓声が聞こえてきた。


 『いいなぁ、子供は』


 どこかで遊んでいるのだろう。そう思いながら、で愛の荘に入ると、ぱたっと足が止まった。


 子供と思った声は、で愛の荘の面々だった。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 雪っ、雪ですよ


 あ、月森です

 今回もよろしくお願いします


 皆さん、雪の思い出ってありますか?


 私、子供の頃、男の子みたいにいつも外で遊んでたんです


 だから雪が降ると、男の子にまじって雪合戦とかしてました


 女の子のおままごととか、好きじゃなかったんです


 昔から男の子の友達が多かったんですよ


 そのせいか、女の子の友達が少なくて、よくいじめられるし…


 あーあ、やんなっちゃう


 でも、で愛の荘の人たちはみんないい人ですよね


 次回も私が活躍しますから、読んで下さいね



 「そんな上手く行きませんよ」



 「待ってて」



 「久くん、泊まっていく?」



 次回第五十九話 月森さんの新年会 後編



 月森さんがいい人かどうかは、別だが


 安、あんたぼそっと言うわね

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