第五十六話 クリスマスのパーティー 後編
第五十六話 クリスマスのパーティー 後編
「今日…遅いな」
寒さに頬を染め、冬美は一人つぶやいた。
駅前の待ち合わせ場所。
普段よりおしゃれをした姿で冬美はぽつんと立っていた。
待ち合わせ時間は過ぎている。
冬美は白くなった息をかけながら、手をこすり合わせた。
その胸元には彼にねだって買ってもらった、人気ブランドのアクセサリーが所在なさげに揺れている。
通りには人があふれていた。
手にケーキを持ったサラリーマンのおじさん。高級ブランドの紙袋をもった女の人。楽しそうなカップル。みんな輝いているようだ。
赤いサンタ服を着たお兄さんが、道行く人に声をかけ何かを配っている。
冬美の目に映る人々には、今日は特別な人いう笑顔がある。
店々も今がその時とばかりに、イルミネーションで人々を明るく照らしていた。
「残ったのが…唐揚げかー。クリスマスじゃないよー」
最後にくじを引いた山川が、大げさに残念がった。
「クリスマスにチキンバーガーなんて微妙」
「私なんて、チキンナゲットよ」
みんなが久のくじに当たったものを前に、冗談を言い合う。
久がプレゼントに用意したものは、鶏シリーズの食べ物だった。
優乃のチキンバーガーに始まって、雪のチキンナゲット、安の鶏カツ、矢守はクリスマスっぽいローストチキン、そして山川の唐揚げだ。
矢守がくじを引く時に、久が何か細工をしたっぽかったが、誰も何も言わなかった。
「いやー、プレゼントって思い浮かばなかったんです。最後にトリならいいかと思いまして」
久はそう言って、後ろからもう一つ箱を出した。
「と言って、それだけでは寂しいと思って、クリスマスの定番チキンも一箱買ってきました。これはもちろんみんなで、ぼくの分も込みですが」
「いいぞー、久くんっ」
「ステキー」
まだ一杯しか飲んでないと言うのに、みんなテンションが高い。
こういう事は積極的に楽しんだ方が面白いのが、今までの経験で分かっているのだ。
「こら雪。自分用のお酒、旨そうじゃないか。一杯くれ」
「いいわよ。今日は特別に注いであげる」
「山川さん、私、山川さんのデザートワインって飲んでみたいです」
「ちょっと待った。お酒やチキンもいいけど、シチューも用意したんだ。ワイン煮込みの牛タンシチューだよ」
「おおっ」と言う声が山川にかけられる。
山川は自信たっぷりに、鼻を高くした。
「料理用のワインって言うのもあるんですが、あれは安いだけで美味しくないんです。飲んで美味しいワインこそ、料理に使うべきワインでー」
「あっ、ホント。おいしいっ」
「こらっ、矢守。まずは俺の話を聞けっ」
「山川さん、これホントに美味しいですよっ」
みんな鍋の蓋が開いた瞬間から、山川を無視して器に盛り食べ始めていた。
自分の話が無視されつつも美味しそうに食べるみんなを見て、山川は表情をくずして仕方ないなぁと言いながら、自分も鍋に手を伸ばした。
その腕につかまると、彼はにこやかに冬美に微笑んだ。
「今日のルージュ。大人っぽくていいね。服も似合っていつもより素敵だよ」
気が付いて欲しい所に気が付いて、言ってくれる。
『今夜こそ、いいかな…』
そう思わせてくれる。
その笑顔に冬美は、何も言わないでおこうと思った。
いつもより遅れてきた彼。
今日ぐらいは、と思っていたが、予約のレストランにはちょうどいい時間だ。
少しウインドウショッピングぐらいしたくて、早めの待ち合わせにしたのだが仕方ない。
今までも言いたいことはあったが、それを飲み込んできた。
今日の特別な日に、それを壊すことなんてない。
冬美はその感触を確かめるように、もう一度、ぎゅっと彼の腕をつかんだ。
「わーはっはっはっはっ」
他愛もない話に、場が盛り上がる。
「そろそろ私の番ね」
そう言って立ち上がったのは、矢守だ。
「ちょっと待ってて」と隣の部屋に行って、紙袋を持ってきた。
「安さんにはこれ。優乃ちゃんにはこれー」と一人ずつ封筒や紙袋を渡していく。
最後に久が期待とトキメキを全身から出して待っていたが、矢守は
「ゴメン。久くんの分、ないの」
と、空っぽの紙袋の中を見せた。
「だって久くん、来るなんて思わなかったの」
矢守の顔には困惑が見える。
何でもないプレゼントに過大な思い込みをされても困る。と言って何もないのも悪かった気がする。
久が「いえ、いいんです」と無理に笑顔を作るのが、心に少し刺さる。
と、すぐに袋を開けた山川と優乃から、思った通りの文句の声が上がった。
「こら、矢守っ」
「矢守さんっ」
「これ、お前の資料だろ」
「どうしろって言うんですか」
二人とも紙袋の中から、プレゼントを出すに出せないでいる。
中身は山川の言う通り資料、つまり、Hな本だ。
「山川は何か好きそうだし、優乃ちゃんもそろそろそういう勉強も必要でしょ」
矢守は「ちゃんとシュミに合わせて選んだつもりよ」と言って、楽しそうにうふふと笑った。
「じゃあ安さんと雪先生はどうなんだ」
山川が反射的に声を大きくする。
「こっちは食事券二枚だったぞ」
「私はお手伝いチケットだけど」
安と雪がそれを手に、山川にひらひらと振って見せた。
そんな反応は予想済みと矢守は気にしない。
「雪先生は資料が違うし、安さんは私の体見せてあげるからいいの」
「いらんっ」
即座に安からつれない返事が飛ぶ。
矢守が流し目で安に寄っていく。
「もー。見た後に、おさわりしてもいいのにっ」
「矢守さんっ!」
いつものことに優乃が怒る。
もちろん笑いに包まれる。
「これ見ると矢守、お前、お金使ってないだろ」
安が自分にくれた食事券を見ながら言った。
「バレた?締め切り前で何も用意できなかったの。安さんのも編集からもらったものなの」
矢守はケロッと答えた。
「これ二枚あるから、一枚久くんでいいだろ?」
安が矢守に尋ねると、矢守は素直に「そうすればよかった」と頷いた。
「久くん、ゴメンね」
「矢守から渡せよ」と安から返してもらったチケットを久に渡す。
久は「いえ、ありがとうございます」と目をキラキラさせて受け取った。
久にしっぽがあれば、パタパタ降っていたに違いない。
「よーし。もうちょっと飲むかぁ」
安が掛け声をかけた。
♪ ♪ ♪
彼の電話がまた鳴った。
「ありがとう。それじゃあ」
その電話を無視して、冬美は彼の車から降り手を振った。
電話はすでに鳴り止んでいたが、また彼を呼ぶのだろう。
家の近くまで送ってもらった彼の車を見送りながら、冬美は落ち込んだ。
『どうして、電話切ってって言わなかったんだろう』
彼に怒りが湧いてくるが、それをぶつけられない自分もイヤになる。
車から出た外は寒かったが、そんなことよりも気分が滅入っていた。
彼の遅刻は今に始まったことではなかったが、それを注意してこなかったのも確かだ。
それぐらいは我慢しようと思ってきた。
だが今日はそれだけではなかった。
食事中に電話が鳴ると、彼はさりげなく席を立つ。冬美の見えない所で電話をしているのは分かる。
間違いなく女の子からだ。今までも何度かそういう事があった。
しかし見てないフリをしてきた。
それでも考えてしまう。
「私だけじゃないんだ…」、と。
『ステキだしモテるよね…。こんな気持になるなら、モテない人の方がいい…な』
相手が山川だったら、怒鳴り散らす所だが、彼には出来なかった。いい子を演じてしまう。
演じるのは簡単だ。だが言いたいことも言えず、聞きたいことも聞けず、心がモヤモヤする。表面では楽しめても、心の奥で違うと感じていた。
付き合い始めてからずっとだ。
彼のリードで、みんなからうらやましがられる絵に描いたような素敵なカップル。
「違う」と感じる事こそ、「違う」と思ってきた。
『でも…』
冬美は大きく夜空を見上げた。
キスも上手だった。キスしたあとはホテルに誘ってきた。
『嫌だな…。スキだけどー』
何だか頭が混乱してきた。以前安か誰かに「好き」について、何か言われたような気がした。
何て言われたか、今は思い出せない。
「今日、クリスマスなのにー」
冬美は目元をぬぐった。
「優乃ちゃん、このガラクタは何だよー」
「この前、友達のクリスマスパーティーでもらったおすそ分けです」
山川の悲鳴に優乃は答えた。
「こっちもそうじゃないー」
紙袋を開けた矢守からも、同じ悲鳴が上がる。
「でもクリスマスカードが入っているだけマシよね」
と、雪も仕方なさそうに笑う。
「ん、まぁな」
安の紙袋の中にはクリスマスカードと他に、買ってきたマフラーが入っている。
安がカードしか取り出さないのは、きっと自分だけ特別だと気付いて照れているからだと優乃は思った。
その中、入ってきた人物に気が付いたのは久だった。
「やー、冬美ちゃん。丁度よかった。これから優乃ちゃんが作ったケーキをいただく所なんだ。一緒に食べようよ」
みんなも出来上がっているのか、冬美にイヤも応も言わせず机の前に座らせて乾杯だ。
「冬美ちゃんの到着とクリスマスを祝って乾パーイ」
カンパーイ メリークリスマス
何だか分からないが歓迎される。
雪が横からシチューの入った器を差し出してきた。
「冬美ちゃん、これ美味しいわよ。最後の一杯。山川の作った料理って大体悪くないんだけど、これは特別。これだけは本当に美味しいって言っちゃうから」
「これだけはって何だよ」
「大抵、美味しいってことよ。でもこれだけは本当、兜を脱ぐわ」
場に合わないような褒め方をされて、山川はポリポリと頬をかいた。
「あ、本当。美味しいっ。雪先生の言った通り」
さっき食べてきた料理と比べても、決して負けない味だ。
「でしょう。ちょっと山川を褒めて上げて。こんな所しか褒める所ないから」
オチを付ける雪。
また山川が一言返してきた所で、優乃がケーキを運んできた。
「山川のと、どっちが美味しいか勝負ね」
「シチューとケーキじゃ、土俵が違うんじゃないですか?」
冬美が気持ちとのギャップを感じる間もなく、ケーキは出るわ安からTシャツのプレゼントはされるわで、そんな事は一気に吹き飛んでしまった。
「安さん、何ですかこのTシャツ?」
冬美はプレゼントされた黒いTシャツを広げた。
すると安は自分の胸を差し、腕を広げて「これだよ」とポーズを取った。
黒いTシャツには白の筆文字で大きく「で愛から育め」と書いてある。はみ出すほど字が大きいのでパッと見では読めない。むしろ柄に見え、オシャレといえばオシャレだ。
「大丈夫。一番安いところで最低のものを選んだから十回も来たら破れるかどうかするから。あ、意味?意味はー、あるけどそのまま、感じたままだよ」
安はそう言って、自分の皿のケーキを一気に頬張った。
「こんなTシャツより、優乃のケーキの方がいいんですけど」
ぼそりと本音をもらすと、山川も「そう思うよ」と向かいで大きく笑って頷いた。
安が気を悪くするかと思ったが、安は予想外に「そうなんだよ」と山川に負けず大きく笑った。
「優乃ちゃんのケーキ美味しいんだ。僕なら自分のTシャツよりこっちのケーキの方が嬉しいね。優乃ちゃん、将来はケーキ屋さんかい?」
いつもの安より数段高いテンションだったが、冬美には分からなかった。
だがそれもあって、いつの間にかみんなと笑い合い話し合っていた。
すると知らないうちに席を外していた山川が、手に小さな紙袋を持って入ってきた。
「はい。では最後に俺からのプレゼントです。残念ながら男組にはありませんので」
袋は同じだが中身は違うのだろう。
山川はそれぞれ見比べながら、冬美たち一人ひとりに手渡していった。
「見てもいい?」と聞くと「もちろん」と言う。
「あら、センス悪くないじゃない」
雪がシンプルなプラチナのネックレスを出して、フフンと鼻を鳴らした。
「山川にしてはまぁまぁね」と、上から目線だ。
まるで山川のセンスを信じていない。
他にも優乃には四つ葉、矢守にはハートと真珠の、冬美にはイルカのネックレスだった。
「うわー、ありがとうございますっ」
優乃が早速、首にかけてお礼を言った。
みんなに配るものなのだから大した値段ではないのだろうが、どれも悪くないデザインだった。
『似合うの探したんだろうなー』
冬美は、どぎまぎしながら店を回り、店員にまたウンチクを話して迷惑がられている山川の姿を想像して、くすりと笑んだ。
そして優乃のケーキを食べて、クリスマスナイトプレゼント交換会は終わった。
「楽しかったー」
冬美は優乃に言った。
あの彼氏のことはすっかり頭から離れていた。
今日は気分よく帰って寝られそうだった。
「山と優乃ちゃん、冬美ちゃんと久くんを駅まで送って行って。こっちの片付けはやっておくから」
出ていこうとする冬美に、安は「僕からのプレゼント、置いていくなよ」とわざわざ念を押した。
久は「もちろん」と言ったが、冬美は「言われなかったら置いていけたのにー」と悔しがった。
「冬美ちゃんならそうするだろうと思ったからさ。じゃ、頼むよ。メリークリスマス」
安はそう言って四人を送り出した。
四人が出て行くのを窓から見送った後で、矢守が言った。
「冬美ちゃん、元気になったわね」
「矢守、気付いてたのか」
安が珍しいなと軽口を叩いた。
「入って来た時のあの顔見れば、誰だって何かあったって分かるわよ。安さんも急にテンション上げちゃって。その優しさが私にも欲しいけど」
「お前の相手をしてるだけで、充分優しいと思うがな」
相変わらずのつれない返事だが、悪い気にならないのはお互いが分かっているからだろう。
「良かったじゃない。みんなでいいクリスマスになって」
雪がお酒の瓶を片付けながら言った。
「そうだな。出来ればいつもこんな感じでいたいが」
「バカねぇ。現実そんな甘くないわよ」
安のため息のようなつぶやきに、雪がピシャリと叩く。
すると矢守も一緒になって言った。
「そうよ。そうだったら私、とっくに安さんといい関係になってるんだから」
矢守に言われて、安が大きく頷いた。
「その通りだ。僕が悪かった。現実が厳しくて良かったよ」
安がそう言うと矢守が「どうして肯定するのよ」と怒った。
「今日ぐらい、私に優しくしてっ」
「いつも優しいだろ」
二人の掛け合いはずっと続く。
「終わらない漫才ね」
横で二人の会話を聞きながら、雪は楽しいため息をついた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
次回予告
こんにちは、安です
さて、次回予告です
年の瀬も迫り、ここ、で愛の荘では一人、また一人と実家へ、コンサートへとみんながいなくなっていきます
静かに迎える正月に、例のムシが動き出しそうです
安さん、また何かやるんですか?
いや、別に
ここ、あちこちガタがきてるんで、あんまりムチャしないでくださいね
そうか!ここの庭に新しく小屋を建てるって手があるな
いきなりなんですか!そう言うのをムチャって言うんです。
「カゼでもひいた?」
「今更だな」
「持ってきた本人は一番後だ」
次回第五十七話 一人とみんなのお正月
安さん、鍋出来ましたよ
よし、食べるかっ




