第五十五話 クリスマスのパーティー 前編
第五十五話 クリスマスのパーティー 前編
矢守が言った「クリスマスナイトプレゼント交換会」はみんなの了解のもと、日にちも決められ近づいていた。
各人、それまでに楽しくも頭を悩ます事が一つ出来たのだ。
そんなある日、優乃は冬美に彼氏を紹介してもらって、一緒に街にいた。
十二月に入った街は、赤と緑のクリスマス色に彩られ始めていた。
どこからともなくクスリマスソングが流れ、母親に手を引かれすれ違う子供がそれを口ずさんでいたりする。店のガラスにある雪やサンタのデコレーションが心をくすぐる。店内を見れば店員が小さなサンタ帽をかぶり、雰囲気を一層盛り上げていた。
彼氏は優乃から見てもステキな人だった。身長は低いが、顔立ち、服のセンスは申し分なし。気遣いも完璧で、言うことがない。
冬美と一緒にウインドウショッピングに来たのだが、手頃な値段のものを見ていると
「それ買ってあげようか」などと言ってくれる。
また「クリスマスは何がいい?」と冬美に聞いたりして、心を揺すぶってくれる。
『こんな彼氏いいなぁ』
優乃は二人を見ながら思った。
『『優乃ちゃん、クリスマスは何がいい?ネックレス?チャーム?イヤリングも似あうね』『いえ、私、何もいりません。冬美に上げて下さい』『え?冬美とはただの友達だよ。言ってなかった?』『えっ、そうだったんですか』『やっと冬美から優乃ちゃんを紹介してもらったからね。僕の気持ちは最初から優乃ちゃんだよ』『知らなかった』『だから、何かプレゼントしたいんだ。もらってくれる?』『…』『ん?どうかした』。…んー、何か違うなぁ。想像がふくらまないもんな』
優乃は妄想を打ち切った。
『やっぱり、私は安さんがいいな…』
優乃は冬美の隣でちょっと微笑んだ。
冬美はそんな優乃に気付くこともなく、彼氏と並んで歩いている。
『冬美、しおらしくて別人みたい』
優乃は冬美を横目でチラリと見た。
今日二人に会ってから食事もしたが、ずっといつもの冬美らしさが出ていない。男の人で変わるとは聞いた事はあるが、冬美がそうだとは思ってもみない事だった。
それでも幸せそうで、トゲトゲした感じがないのは、いい事なのだろう。
『私も早く、安さんと…ウフフ』
新たなる妄想に入っていく優乃だった。
そんな頃、で愛の荘の部屋では安が仕事の手を止め、頭を休めていた。
『クリスマスプレゼントか…、何がいいのかな』
仕事とは関係のないことを考える。いつもの気分転換である。
『プレゼントを上げたり別の日にもらったりした事はあっても、交換会なんてやった事なかったな。いや、子ども会で一度、そんな事やったな』
安はその頃を思い出してみた。
確か子ども会で、一人一つずつプレゼントを持ってどこかに集まり、全員くじを引いて交換し合ったのだ。
もう何が当たったのか忘れてしまったが、自分が用意した文具セットや、友達が用意した箱だけがやたら大きかった物など、それをまだあの時の楽しさと一緒に覚えていた。
『あの時以来かな』
安は懐かしさに頬をゆるめていた。
みんなそれぞれに違うものを買ってきてもいいのだが、それでは面白くない。
手作りで後に残らないものがいい。と言っても食べ物は難しい。何より山川。そして優乃も実は料理が上手い。絵や造形が出来ればまた違う事を考えるのだろうが、あいにく苦手というよりヘタだ。
『文章なら出来るんだが』
書くことなら仕事の延長みたいなものである。
『それでいくか。みんな共通の言葉で。冬美ちゃんや久くんも来るんだろうな…。おっ、いかん。こんな時間か』
何気なく見た時計の針に気付いて、安は立ち上がった。
久の頭は、矢守へのプレゼントの事でいっぱいだった。
自室にこもって、ウロウロする。
どうしてもいい考えが浮かばないのだ。
やはり基本はアクセサリーかと思うのだが、それでは自分の気持が伝わらないような気がする。街の高層階のレストランで「夜景をあなたに」、というのも考えたが、で愛の荘からの眺め自体がいい。とてもプレゼントととして相応しくはなさそうだ。
『年上の女性に、何を上げたらいいんだろ…』
考えた末に、久は発想を変えてみた。
遠回しに言って伝えられないのならば、直接言ってしまってはどうだろう。
『『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』だが、『逆も真なり』だ。ぼくをもらって下さい。ぼくはあなたのナイトであり、臣下であり、下僕であります。ぼくはあなたに尽くす事に喜びを感じるのであります。ぼくはあなたの魅力を知っています。大人としての色香も、可愛さも。しかしまだ、ぼくはあなたの全てを知っているとは言えないのです。ですから、あなたのお側に置いて頂きたいのです』
久は古代ローマ人が野外劇場でしたと言う、大げさな芝居調で動いていた。もちろん声は出していない。
久の目には自分の部屋がまさにその野外劇場に映っており、いないはずの矢守さえ、ギリシア美人として目の前にいた。
その矢守が久に手を差し伸べてきた。
『矢守さん、微笑んで下さるのですか。その可愛らしい唇でぼくの名を呼んで下さるのですか。この布、一枚の奥にあるあなたの美しい肢体に…えっ、今からお部屋に?待って下さい、まだ準備…いえ、体の準備はすぐにでも。そうではなくて心の準備が。そんな行きたいですよ、是非とも。行きたいんですけど、いきなりというか、突然なんでどうしていいか困っちゃうじゃないですか。いやー、何だかその気になってきたなぁ。そうですか?』
今から二人で矢守の部屋に入ろうする時に、母親の声が飛んできた。
「久ー。久ー」
「はあーっ」
現実に引き戻され、久は何とも言えないため息を漏らした。
「何ーっ」
妄想ではなく、現実にプレゼントで悩んでいるのは、山川であった。
そんな山川をジュエリーショップの女性店員が、熱い視線で見ていた。
『感じのいい人。でもあまりこういう店に来たことなさそう』
店員は山川の態度を見てそう思った。
ちょっとステキで好みの男性だ。
熱心にショーケースの中を見て回っている。
『力になりたいわ』
「贈り物ですか?」
店員は声をかけた。
すると山川は「はい」と返事をして「こういう人に上げたいんですが、どれが似合いそうか分からなくて」と年や容姿を言って聞いてきた。
『あら、意外と慣れてる?』
店員はさっきの様子との違いに、小さく驚きながら「それでしたら、こう言った物はいかがでしょう?」といくつか品を見せ、アドバイスをしていった。
十数分後。
「じゃあ、これ下さい」と山川は他の三つを指し、「あれも合わせて四つ、お願いします」と言った。
「えっ」
店員は思わず声に出してしまったが、すぐに「かしこまりました」と笑顔を作った。
『四人に手を出してるの?』
そんな風には見えなかった。
店員は、人は見かけによらないものだな、とあらためて思った。
店内を見ながら包装を待つ。
『四つもあると、時間がかかるのかな』と、山川は思ったが、それほど待たずに店員が大きめ紙袋一つを、手を添えながら持ってきた。
「この中に四つ入っております」と中を見せる。
紙袋も品のいいデザインだ。
店員は山川に確認してもらうと、テープで封をした。
「がんばって下さいね」
店員は一言言い添えて、紙袋を渡してくれた。
「?」
何か含みのある響きだったが、山川には分からない。
店員はにっこりと営業スマイルで、その意味を読み取ることは出来なかった。
『ま、いいか』
山川も探らずに「ありがとう」と店を出た。
プレゼントを送ったことがない訳ではなかった。
だがこんなに真面目に選んだのは初めてかも知れなかった。
今日の店は三軒目だった。
先の二軒の店は、軽い感じと華美な感じで、山川のイメージに合わないものだった。
『みんなにはー』
山川は、優乃、雪、矢守、冬美の顔を思い浮かべた。
『落ち着いて、品のあるデザインがいい』と思っていた。
石についてはそこそこ知っている。だがそんな知識とアクセサリーの良さとは全く一致しなかった。それは相談した安にも言われたし、先に入った二店の店員の困った返答からも伺えた。
安のアドバイスは「自分が送りたいものじゃなくて、相手に似合うものを選んでみたらどうだ」と言うものだった。
「それは、機能や価値ではなく、デザインだ」と山川は受け取っいてた。
四人には一体どんなものが似合うのか。頭を抱えながら考えたが、何も思い浮かんでこなかった。
結局は店に行くしかなかった。
店を回り、品を見て、その人を思い浮かべる。
同じものでも、似合う似合わないがあった。男としてアクセサリーなんてバカバカしいと思いつつも今、自分が選んだものを身につけている姿は、想像だけでも嬉しいものだった。
「そう言うことかな…」
山川はつぶやいて、パタッと立ち止まった。
「月森さんっ…いらないよな」
瞬間青ざめたが、月森がクリスマスや年末の忙しい最中に来ると思えない、また安も誘わないだろう。
「あの人に関わると、ロクな事ないんだからな」
月森の事は、さっぱりと忘れた事にした。
その月森は夜、安の部屋にいた。
「今日は大会に来てくれて、ありがとうございました」
月森は部屋の中で頭を下げた。
安は「僕もどんなものか知りたかったので、面白かったです。こちらこそ教えてもらってありがとうございました」と返した。
「差し入れのビスコ、ありがとうございました」
月森はもう一度お礼を言った。
「『おいしくて つよくなる』って書いてあるんですね。ちょっと笑っちゃいました。今度来る時は道場の子供達にも渡したいので、いっぱい持ってきて下さいね」
安は首を横に振りながら笑った。
「ぼくにはどうも縁のない所のようなので」
「次は来年の二月最後の日曜日にありますから」
月森は無視して言った。
「今日は予選大会であまり強い人いなかったんですけど、次の大会は強い人が出て来ますから安さんもきっと楽しめますよ」
安はもう一度笑って首を振ったが、月森は構わずに続けてきた。
まるで安でなくてもいいような話しぶりだった。
ちょっと注意して月森の顔を見ると、頬が赤い。
大会の打ち上げで飲んできたのだろうか。普段もきれいな顔付きなのだが、こうしてほんのりと酔った月森にも魅力がある。
それでいい人にはいいのだが、安はそうではない。
楽しそうに一人で話す月森を見ながら、これだけキレイなのに好きになれないとは、自分も相当変わっているな、手に負えないからか、と自分を笑うのだった。
その間にも月森は話し続け、話題はいつの間にかクリスマスの話になっていて、その忙しさにグチが混ざっていた。
クリスマス当日はもちろん、その前から休みは全部埋まっていてゲームセンター、食事、ボーリング、スケート、ドライブ、夜景、ショッピング、寺社巡りなど目白押し。当然一日に二人三人と掛け持ちする。誘う方も分かって誘っているようだ。
安には聞いているだけでも疲れてくる程の予定だ。
「私だって一日ぐらいゆっくりしたいですよ。でもタダで連れて行ってくれるって言うから行きますけど、みんな少しは私の事も考えて欲しいですよ」
まるで安に責任があるかのように怒ってくる。毎度のことだが、こっちに当たらないでくれと言いたくなる。そんなにゆっくりしたいなら断ればいいと思うのだが、月森の考えに断るという選択は、ないようだ。
年末も忘年会を少なくとも四回は入れているらしい。
安には、とてもこなしきれない。
「月森さん、来年はどうするんですか?」「
安は大したものだ感心しながら、年明けの予定を聞いた。
「来年、ここ取り壊しなんですよね」
月森はズレた返事をしながらも、打って変わって悲しそうな顔をした。
安が悪いことを聞いてしまったのかと、一瞬ドキッとする程だった。
「私、ここ出て行くんです」
みんな出て行くのに、自分だけ出て行くような言い方をする。それも酔いが残っている証拠だろう。
安はとりあえず同情するように頷いた。
すると月森はうっすらと目をうるませた。
「あの、安さんだから…話しますけど、実はお父さん会社辞めてお店始めたんです。だけどお父さんあんまり人の意見とか聞き入れないから結局失敗しちゃって、借金が残って…。私と姉で返済手伝ってたんです。去年、姉が結婚して家を出たから、お父さん実家で一人暮らしなんですけど、私と合わなくてケンカばっかりだから…。でもこの前、帰ったらなんかとっても寂しそうに見えちゃって、帰ろうかな…って」
『そうだったのか』
月森が人にタカるような事をしているのには訳があったのかと、安は初めて知った。
月森は手で下まぶたをそっとこすり上げると、急に笑顔になった。
「で愛の荘のお陰でお金も少し貯まったし、丁度いい機会ですよね。実はで愛の荘東さんに紹介してもらったんですよ。はいっ、イベント会場で警備してた東さんと知り合って話しているうちに、『安いトコ、オレ知ってるよ。今住んでるトコなんだけどさ。今どきの若い女の子には向かないボロいトコだけど、良かったら紹介するよ』って。東さん元気ですかね?」
月森は急に顔を近付けた。
月森の目にはまだ涙の跡が見えた。
いろいろ大変な思いもしているのかも知れない。
そう思うと涙の跡が見える今の笑顔が、急に可愛く思えてきた。
抱きしめて、慰めてあげたい。
頭ではなく、体が動きかけた。
『まっ、待てっ』
安は自分に急ブレーキをかけた。
月森はすでに、いつもの顔に戻っている。
「あ、長居しちゃいましたね、ごめんなさい。じゃ、二月の大会でビスコ待ってますから」
今、月森と付き合っている男たちは、これでやられたのかも知れない。
月森は安の返事も聞かずに一方的に言うと、「ありがとー、おやすみなさーい」と部屋を出て行った。
「そりゃあ、勘違いもするよ。危なかった」
安は胸をなで下ろし、ばったりと倒れた。
優乃がケーキを作っているのは冬美の家。クリスマス会の二日前だった。
実は炊飯器でケーキを作ろうと思っていたのだが、冬美が家のキッチンを貸してくれると言うので、喜んで行ったのだった。
「やっぱりオーブンはいいよねー。ケーキもクッキーも出来るから」
優乃はクッキー生地をオーブンに入れると、蓋を閉めた。
そしてくるりと一回転し、片腕を伸ばした。
「ラブリ…あっ、何でもない」
優乃は冬美の冷めた視線に気付いて、慌ててその動きを止めた。
『…ラブリーマジック、家で入れよ』
優乃はそっと思った。
「ところで冬美、イブはどうするの?」
とっさに冬美が喜びそうな話題を、ごまかしついでに振った。
すると冬美は、思った通り嬉しそうにはにかんで、「うん、デート」と言った。
「六時に待ち合わせで、それからレストランで食事。その後は夜景見て…」
そんな当たり前の予定が恥かしい様に、冬美は胸の前で手を合わせてうつむいた。
「あの彼氏だもんね」
優乃は頷いた。
「ねぇ、冬美。とうとう上げちゃうつもり?」
優乃は聞いてみた。自分も安に、と言う思いがないわけではない。
今の関係ではまだまだ先の話になりそうだが。
「…分かんない」
冬美はちょっと重たい返事をした。
だが優乃はそれに気付かず、妄想に入っていた。
『プレゼントには定番のマフラーとクッキー、そしてカード。『優乃ちゃん、ありがとう。僕、こういうプレゼントが夢だったんだよ。近くにいる女の子からありふれた、でも心のこもっているプレゼントって素敵だよ。高価なものより、凝ったものよりゆっくり心に染みてくるよね。ありがとう、優乃ちゃん』『そこまで考えていた訳じゃないですけど』『いや、だからこそ一層気持ちが伝わってくるんだ。二人でこのマフラーして散歩してみない?』『やだ、そんな恥ずかしいです』『だって僕たちもう付き合っているんだよ。いいじゃないか』『じゃあ、外寒いですから、体、温めて下さい』『…それは、いいってこと?』きゃー、ダメダメ。恥ずかしすぎるっ』
ラブリーマジックに続き、急にもだえ始めた優乃を冷たく見る冬美であった。
そして二日後。
で愛の荘二階の二部屋抜きの部屋で、クリスマスプレゼント交換会が始まった。
「よーし、全員揃ったな。やるぞクリスマス会」
「待ってましたー」
安が呼びかけると、久と山川、優乃が手を叩きながら声を上げた。
「では、乾杯の前に、雪からプレゼント交換だ」
「雪先生、いきなりですかー」
笑う優乃に、雪は一人一本ずつラッピングされた瓶を渡した。
「そう。私からのプレゼント。みんなコレで乾杯してね」
開けてみると、やはりお酒だ。
それぞれ種類が違う。
ワイン、シャンパン、焼酎、ウイスキー…。
「ワイン…甘口ってデザートワインじゃないですか」と、山川。
「乾杯にウイスキーかよ」と、安。
「シャンパンって何かもったいなーい」と、矢守。
「おっと瓶ビールとは、珍しいですねー」と、久。
「…何で私だけ、缶なんですか」と、優乃。
それぞれが一言言う。
優乃が小さな紙袋を開けると、雪が言った。
「優乃ちゃんはトマトジュースがお好みみたいだから、特別よ」
「もうー、私だけ子供扱いみたいじゃないですか。でもありがとうございます」
それでもニコニコだ。
みんなと行ったあの高級温泉旅館が、ずっと前で昨日だったようなおかしな気がする。
みんなも思い出しているのか、その話を口にしながらグラスにそれぞれのお酒を注ぐ。
「あ、乾杯したら、次はぼくからのプレゼントお願いします」
久が三角くじを手に言った。
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次回予告
ちょっと、安さんっ!
私というものがありながら
月森さんに抱きつこうなんてどういう事
許さないわよっ!
待て、矢守
何か誤解してないか
聞く耳持たないわ
抱きついた後で、あんな事とかこんな事とか
しようと思ってたんでしょ
月森さんにそんな事思うわけ…
月森さんが可愛いからって
何してもいいわけじゃないよの
だからちょっと話を聞けって
許して欲しかったら
今すぐ私にチューしなさい
今すぐ
どうしてそうなるんだ…
「これ、お前の資料だろ」
「あら、センス悪くないじゃない」
「モテない人の方がいい…な」
「山川のと、どっちが美味しいか勝負ね」
次回第五十六話 クリスマスのパーティー 後編
安さん、早く…
お前、わざと怒ってたな…




