第五十話 清水の台本 後編
第五十話 清水の台本 後編
有田と瀬戸に本のコピーを渡しドラマ化への話も終わると、久は清水たちと別れ買い物を済ませて急いで、で愛の荘に向かった。
『兵は神速を尊ぶ』『思い立ったが吉日』だ。
久はそう言い聞かせていた。もちろん本心は「矢守に会いたい」だ。だが何か口実がなければ会いに行ない。
しかし今日は理由がある。もちろんその理由を盾にして、矢守に返事を迫るつもりはない。それはそれで男らしく我慢するつもりだ。
コンコン
それでも高ぶる気持ちを抑えつつ、久は矢守の部屋をノックした。
「はーい」
中から矢守の心地良い声が聞こえてきた。
そんな事だけでも久は嬉しくなってしまう。
「こんにちは。久です」
そう言うと同時に、戸が開いた。
「久くんっ」
矢守は瞬間絶句して固まった。
久はいろいろ言いたい思いをおさえた。
「あのっ、矢守さん。今日はその事じゃないんです」
「何?」
矢守の手は、戸から離れない。
久はその場でノートを開いて見せた。
「友達と二人で台本書いたんです。それでこれに挿絵を描いてもらえないかと思って」
「本当?」
腰の引けている矢守が、上目使いに尋ねてきた。
「はい」
久は矢守に悪い印象を与えないように、努めて平静に短く話した。
「これに出来たら一枚でもいいので、挿絵を描いて欲しいんです。場面はお任せします。これ原稿料という訳ではないんですが、美味しいので食べてもらおうと思って」
久は来る途中で買った、人気のケーキが入った紙袋を矢守に渡した。
「原稿料が必要なら連絡下さい。あと、感想も聞かせてもらえると嬉しいです。今日はそれだけです」
久はノートのコピーと紙袋を手渡すと頭を下げ、そして矢守をじっと見つめた。
矢守はコピーをパラパラと見ていたが、やがて久の視線に気付いて顔を上げた。
目と目とが合う。
ぼくの気持ち分かってますよね。
口にしなくても、久の目が物語る。
矢守は顔を赤くして
「やだっ。何見てるのよっ」
と、片手で久を押し返しながら、コピーで顔を隠した。
安や山川が見ていたら、「お前、大丈夫か?」と言いかねない女の子っぽさである。
だが久はそんな事は言わない。直球そのものだ。
「矢守さんです」
その直球が矢守には打ち返せない。
「そんな事じゃなくて、他に言うこととか、何とかー」と、ブツブツ言っていたが、
「分かったから、もういいでしょ。あとで連絡するわ。じゃあね」
そう言って、顔を伏せながら申し訳なさそうに戸を閉めた。
久は戸越しに
「今日は、要件だけで来たと言いましたけど」
と、続けた。
「矢守さんに会えて、嬉しかったです」
そう言って帰っていった。
戸の奥では矢守が火が吹き出るほど顔を赤くして、へたり込んでいた。
「雪先生、どうしよう」
と、矢守が久からもらったケーキを食べてもらいながら、相談していた。
「恵ちゃん、ケーキ食べないの?これ話題になってるだけあって美味しいわよ」
「久くんからもらったのよ。何か入ってそうで食べられないじゃん」
誤解されそうな言い方だが、そういう意味ではない。
食べたら久に対して、ムリにでも「はい」と返事をしなければいけない気持ちになりそうなのだ。
以前、久に軽口を叩いた余裕はもうどこにもない。
「ふーん。二人いるのに一人で食べるのイヤなんだけど」
雪は目で笑いながら、美味しそうに次のケーキに手を付けた。
「で、恵ちゃんはコレ読んだの?」
「そりゃ、読んだわよ。でも正直言って、イメージ全然湧かないの」
「同じね。面白くもつまらなくもない、普通の作品。思い出としてなら残すのもありかと思うケド…。挿絵、断ったら?」
雪はいきなり核心をズバリと突いた。
断れるものなら断りたい。
「だって、こんな高そうなものもらって、断りにくいじゃない。それに断ったら久くん、傷付きそうだし」
矢守はうつむいた。
「結局、恵ちゃん優しいのよねぇ。くっつけばいいじゃない。嫌いじゃないんでしょ」
「ダメよっ」
矢守は大きく頭を振った。
「私には、もったいないの。私は性悪男つかんで泣くくらいでいいのよ」
「幸せになりたいっていつも言ってるじゃない。眼の前に転がってるんだから」
「転がってるから困ってるのっ。今まで泣いてきた身としてはあまりにもあまりなんだから、「はい、そうですか」って拾えないの」
「屈折しすぎよ」
慰められるように言われると、それもまた辛い。
矢守は無理に話を戻した。
「雪先生、それどうしよう」
すがるような目つきで聞く。
「そうねぇ…」
雪はフォークを舐めながらもう一度、「断ったら」と言った。
「いつまでって聞いてないんでしょ。連絡あったら日にち聞いて、仕事の都合があるから描けそうにないって謝ればいいじゃない」
「やっぱり?」
それしかないかと、矢守は諦め顔で頷いた。
久の期待に応えられない事にちょっぴり胸が痛んだが、矢守はそれをごまかすように残りのケーキも雪に勧めた。
ドラマCDを作る事を決めたまでは良かった。
しかし実際作っていくとなると、思った以上にやることが多かった。
録音スタジオの他にも効果音、テーマ曲、編集など演技とは関係のないこともやらなければならない。
もちろん学校の事も手抜きなど出来ない。そんなことをすれば、何のために学校に入ったのか分からなくなる。
学校の前に集まって読み合わせをし、授業が終わると帰ってまた読み込む。毎日が楽しくも厳しかった。
十日も稽古した後、誰からともなく言い出して、次の休みにスタジオを借り録音しようということになった。
駅で待ち合わせ、全員揃ってスタジオに行く。
スタジオは少し狭かったが、予算も考えれば充分な広さだった。
スタジオに入ると全員の顔付きが変わった。仲間内の録音とはいえ、本番そのものなのだ。しかも時間は限られている上に、一発で上手くいく筈はない。四人はすぐに部屋の隅に荷物をまとめ、早速録音の準備を始めた。
パソコンを持ってきた久がマイクをスタンドにセットし、パソコンにつなげる。
「じゃあいくよ。…ハイッ」
パンッ
軽く声を出した後は、いきなり本番だ。声とともに叩いた手の音が気持ちのスイッチを入れる。
声を録音するには演技と別に、いろいろな技術が必要とされる。場面によってマイクから口を離したり近づけたりして遠近感を表現したりするのは当然のこととして、ノイズと呼ばれる雑音にも注意する。これは紙をめくる音や、口を開く時に出る音、くしゃみや咳の生理現象もさす。プロはそれらをまったく出さない。信じられないことだが、くしゃみまで無音でする。
そういった事にも気をつけながら演技するのだ。
スタジオの時間がせまる中、清水たちは小さな録り直しをいくつかし、最後のシーンを撮るところまで行った。
最後のセリフは、清水と有田だ。
「うん、ありがと。もういいの。友達っていいなって思えたし、思い出だけに縛られてちゃいけないって気付けた。それに…探す途中、カッコイイ人いたでしょ」
「あっ、純愛かと思ったら、急に乗り換えたな」
「エヘヘ。(ー尚くん、ありがと)」
「ハイッ」
久がそう言って、パソコンのキーを押して録音を止めた。
「お疲れさまー」
どっと緊張が緩む。
「とりあえず出ようか。忘れ物ないように、片付けて」
その声にそれぞれが周りを見回し、荷物を持ってスタジオを出た。
そのまま軽い打ち上げに行く途中だった。
瀬戸が一冊のスケッチブックを取り出して有田に見せた。
すると、有田が「すごーい」と声を上げ、清水と久に見せて回った。
「あ、イメージぴったり」
「げー、上手いじゃん。瀬戸さんが描いたの?」
二人ともに驚きの声を上げた。
「ね、この絵、CDのジャケットにしよ」
有田はまるで自分が描いたように久に売り込んだ。
「いいねー」と言う久に、横から清水が遠慮がちに止めた。
「久ちゃん、知り合いのマンガ家さんに頼んだんでしょ?」
「あっ。う、うん、そうだった」
久は矢守を思い出して躊躇した。
「大丈夫だって」
有田は強気に言った。
「まだ向こうから連絡ないんでしょ。きっと今締め切りに負われてそれどころじゃないんだって。そうじゃなかったらもう連絡来てる筈。今から電話して確かめてみてよ。そりゃプロに描いてもらえれば嬉しいけど、この四人で全部やった方が四人の思い出になるじゃん」
「四人の思い出」とは、どこかで聞いたような言葉だったが、確かに絵までやれば全部自分たちでやったことになる。
瀬戸の不安そうな目が、久には痛かった。
久はやむなく、矢守に電話をかけてみた。
「あっ矢守さんっ…ですか。はい、久です。実はー」
久は挨拶もそこそこにイラストのことを話した。
「はい、…え、あっそうですか。はい…、いえ、こちらこそすみませんでした。ありがとうございます」
久は電話を耳から離すと、少し電話を見つめた後に切った。
「有田さんの言う通りだったよ。瀬戸さん、絵の方お願いしてもいいかな」
久は笑顔を作って瀬戸に頼んだ。
もちろん瀬戸はOKだ。
お店に着くまで瀬戸は三人にキャラクターの細かなイメージや、印象に残ってるところなど聞いて嬉しそうだった。
ファーストフード店に入ると有田と清水が、二人の分の注文も取りに行ってくれた。
瀬戸はこの時を活かして、自分も狙っている久に大胆にも聞いた。
「久ちゃん、好きな人いる?私じゃだめかな?」
普段は有田の影に隠れている瀬戸だったが、僅かなチャンスを逃がさないしたたかさを持っていた。
久は知ってか知らずか答えた。
「そんな事ないよ。瀬戸さん、好きだよ」
瀬戸がヒミツの叫びを上げそうになった時、久が続けて言った。
「瀬戸さんが演じた役、いいよ。ぼく好きだよ。控え目で友達を影から支えるっていいよね」
役の話じゃないのよっ!
瀬戸は心の中で思いっきり否定した。
だがそれは表に出さず、もう一度しおらしい顔で「私のこと」と言おうとしたが、有田と清水がトレーを手に戻って来るのに気付いて、何食わぬ顔で口を閉じた。
四人揃うと久は、笑顔を振りまき楽しそうだった。
「清水さんのお陰で、この話がー」「有田さんのー」「瀬戸さんー」と三人それぞれを褒めて持ち上げた。
その時の久は、まさにカッコイイ男の子。
三人はメロメロだ。
何とか自分だけにと思うが、そうは行かない。四人でしばらく騒いだ後、解散になった。
女子三人は互いを監視するように久を先に見送った。
電車待ちをするホームで、口火を切ったのは有田だった。
「清水。主人公のモデル、久ちゃんでしょ」
「そう?」
清水はとぼけた。
「分かるわよ。だって名前「渡辺 尚。ワタナベの「ワ」を取れば「タナベ」。尚って「ヒサシ」って読むでしょ。「タナベ ヒサシ」。そのままじゃん」
「あ、バレた?」
清水は「やっぱり分るよね」と認めた。
「久ちゃん、気付いてたと思う?」
首を振る清水に、有田は突然言った。
「清水ってあの時、久ちゃんに告白したでしょ?」
「あの時って?」
清水は、ドキッとした。
「初めて台本見せてもらった時。あの時、本当は外から見てたんだ」
「え?」
「責めてるんじゃないの。久ちゃん頓珍漢な返事したんじゃないかと思って」
有田の同情的な様子に、清水はつい半分本音をもらした。
「うん、まあ」
「やっぱり?久ちゃんって、抜けてるっていうか鈍いよね」
有田は自分でも思い当たることがあるのか、うつむいた。
「そうねぇ」と、瀬戸もため息をつく。
すかさず有田が気付いて
「瀬戸もっ!?」
と、言うと
「ごめーん」
と、瀬戸は笑って謝った。
「仕方ないか。、久ちゃんだもんね…私もそうだし」
有田も謝って話し始めた。
「抜けがけナシって言ったけど、私も久ちゃんと二人の時に「付き合って」って言ったの。それたら久ちゃん「「うんいいよ、どこ行く?」って。買い物じゃないっつーの」
有田は怒っては見せたが「でもねぇ」と言うと、恋する女の子の顔に戻った。
「有田もそうなんだ」
と、瀬戸が今さっきの話をすると、清水もこうだったと互いに「わざとかな」と話し合った。
「でもさ、久ちゃんいいよねー」
有田は散々久の鈍さに腹を立てながらも、最後に甘いため息をついた。
「諦めきれないよねー」
瀬戸も同じだ。
「もう抜けがけはナシだからね」
清水は二人に注意した。
「自分が一番最初に抜けがけけしたくせに」
とは瀬戸。
「いいよ。告白しても久ちゃん、また気が付かないから」
有田は電車の時刻表を見ながら言った。
「前、久ちゃんと二人でハンバーガー食べている時「好き」って言ったら、「あ、このTシャツ?うん、お気に入りなんだー」って答えたし」
「有田っ、一人で二回も告白してるじゃない。抜けがけだーっ」
「しまった。言っちゃった」
「もうー」
「やっぱり、抜けがけはありね」
清水は久しぶりに、心から笑った。
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次回予告
こんにちは、有田です
次回の予告ですよ
ねぇ、次、出ないのに予告に出ていいの?
いいの。チャンスがあれば出るのよ、瀬戸
そうね。でも録音楽しかったね
うん
久ちゃんとは、イマイチ進まなかったけどね
そんな事言って、油断させようとしてるな
そ、そんな事ないよっ
冗談よ
ね、もしバカ売れして、有名になっちゃったらどうしよう
いきなりアニメのヒロインなんかに抜擢されてりして
そしたら三人で仲良くデビューとか
それは、ないと思う
夢がないわね、清水
あの、それより予告しないと
次回第五十一話 流れ星 前編
あ、何か星見るらしいよ
有田!それでいいの?




