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第四話 三日目 大八車

第四話 三日目 大八車



 『腕を振り上げて、のびのびと背伸びの運動ー』


 朝六時、外からラジオ体操の元気な音が聞こえてきた。


 そろそろ起きなきゃと、優乃は眠い目をこすって布団からはい出した。


 ラジオ体操って誰がしてるんだろ。


 窓からぼーっとのぞくと、山川と安が体操をしていた。


 やっぱりだ。山川さん、朝から元気そう。引越し、すっごい好きなんだ。何かイキイキしてる。それに比べて安さん、まだ寝てるんじゃないかな。体動いてないよ。ふぁ。


 眠そうな安を見て、優乃は大きなあくびをした。


 もうちょっとだけ。


 まだ暖かい布団に、優乃はもぐり込んだ。



 「七時だよ。優乃ちゃん、七時」


 ドンドンドン


 戸を激しく叩く音で目が覚め、優乃はバッと飛び起きた。


 しまった、と思ったが、今日の私は違うのよ、とばかりに一人髪をかき上げ、ポーズを決めた。


 そんなこともあろうかと、シャラ、すぐに動けるように今日もジャージで寝たの。フワッ。布団以外は全部段ボールに詰めて寝たし、ピーン、山川さんのやり方は分かってる。ウフ。元祖で愛の荘に行って、荷物を置く場所を指示すればいいんでしょ。ふふふ、私を甘く見ないで。キランッ。


 妙な効果音を言いながら、ダンサーのようにポーズを決める優乃。


 ドンドンドン


 「はーい。お待たせしました。お願いします」


 優乃はその美しいポーズを解くと、にこやかに戸を開けた。


 「優乃ちゃん、おはよう。荷物OK?」


 山川が嬉しそうだ。


 「はい。お願いします」


 「うん、じゃ下で待ってるから持ってきてね」


 弾むような足取りで山川は去っていった。


 「え…」


 どういう事、自分で運ぶんだったの?


 ドンドンドン


 階下から山川の声が聞こえてきた。


 「雪先生OK?外で待ってますね」


 「ちよっと待ちなさいよ。私、ペンより重い物持ったことがないの分かってるでしょっ。持っていきなさいよっ」


 「四人分あるんですよ。全員の分運んだら、途中でバテちゃいますよ。業者じゃないんだから」


 「あんた昨日、業者並みに仕切ってたじゃない」


 うんうん、そうそう。


 山川の都合のいいようにだけでは困る。優乃は階下の雪に相づちを打った。


 「じゃあ、向こうに着いたら下ろすのは手伝います。でも積み込むのは自分でやって下さい」


 「それがイヤだから言ってるんじゃない」


 「無理ですよ。お願いします」


 「分かったわ、これでどう」


 「…」


 「イヤならいいわ、自分でやるから。早く決めなさいよ。いつまで考えてるのよっ」


 うわっ、雪先生って意外と短気。


 イライラした雪の声に優乃は思った。


 「分かりましたよ、手伝いますよ。でもそれは今回の打ち上げ代にして下さい」


 「最初からそう言えばいいのよ」


 「じゃ、安さん呼んできますね」


 安さんかいっ。


 優乃は一人、突っ込んだ。


 しばらくすると山川と入れ違いに安の声が聞こえてきた。


 「雪先生、どれ運ぶの」


 「この辺全部持ってちゃっていいから」


 「あいよ。それじゃちょっと待ってて、優乃ちゃんトコ見てくるから」


 「ほい」


 すぐに安が優乃の所にやってきた。


 「優乃ちゃん、おはよう」


 戸が開いていたので、安は中に入ってきた。


 「おはようございます」


 「運ぶのって、この辺全部いいのかな」


 「はい。お願いします」


 「んーとね。段ボールに分かるように、大きめに印か何か書いておいてくれるかな。丸に優乃ちゃんの『ゆ』、とかでいいよ」


 そう言って安は、マジックを一本渡した。


 「書き終わった頃に来るから」


 安はそう言うと、部屋を出て行った。


 優乃は明るく返事をした。


 良かった、一人でやることにならなくて。安さんってやっぱりいい人だ。


 「雪先生ー」


 階下で安の声がした。


 「終わった?なんやて、まだ書いてへんのか。早よ書かんかい」


 「うっさいわね。すぐ終わるわよ。書いてあるのから持って行ってよ」


 「初めからそう言わんかい」


 ケンカでも始めそうな勢いだ。しかしこんなやり取りが出来るのは、仲がいい証拠だろう。


 雪先生って、安さんとあんな風にしゃべれて仲いいんだ。そうだ。安さんには変な関西弁しゃべるよランクって言うのがあって、雪先生はそこに入ってるんだ。で、そのランクは仲良しランクともつながってて、仲がいいほど関西弁ランクに入りやすくなるんだ。きっと試験も厳しいのよ。私もそのランクに入れないかな。難しいんだろうな。いつになるんだろ。


 優乃はハッとした。


 もしかして、そんなに仲がいいってことは、二人とも隠してるけど、実は二人ってつき合ってるんじゃない。だから関西弁ランクのしゃべり方してるんだ。あっ、待って、違う。つき合ってるって感じじゃない。もっと何て言うのかな、仲がいいって言うか、親密って言うか、結ばれてるって言うか、どう言うのかな、えっ、親密?結ばれてる?そんな、あの二人結婚してたなんて。安さんヒドイっ。私をダマしてたんだ。雪先生と結婚してたんだったら、言ってくれれば私、安さんに恋なんてしなかった。私の心返してよっ。そうだ、今日行く、で愛の荘も安さんと雪先生は隣同士で、きっと壁なんてない続き部屋になってるんだ。そんな広い部屋で、二人毎日過ごして…。ヒドイッ。安さん、私をもてあそんでっ。


 優乃が激しく妄想している所に、安がひょっこり顔を出した。


 「優乃ちゃん、書き終わった分持ってくよ」


 ビクッと体を震わせて優乃は振り向いた。


 「はいっ。大丈夫です。先に雪先生のを運んで下さい。私の、後でいいです」


 思わず大声になる。


 「まだ書いてなかったんだ。んじゃ後で来るね」


 安はそう言うと、雪の部屋に戻っていった。


 そうよ。私一人がガマンすればいいんだ。私、なんていじらしくて、かわいそうなんだろ。


 「雪先生、この辺は?」


 「もう全部OKよ。よろしく」


 「あいよ」


 安と雪の息の合った声を聞きながら、優乃はのろのろと印を書き始めた。



 やがて一回目の大八車が出発し、小一時間もしないうちに戻ってきた。


 「次、積みましょうか。優乃ちゃんのも持ってきて下さい」


 山川の元気な声が聞こえてくる。


 一通り段ボール箱に印を書き終わって、優乃は安を待っていた。


 「優乃ちゃん、お待たせ」


 結構大変なのか、安は肩で息をしていた。


 私をフッておいていい気味。


 と優乃は思った。


 「次、雪先生と優乃ちゃんの一緒に運ぶって言うから、悪いけど優乃ちゃんも手伝ってくれるかな」


 「はい」


 優乃は少しムクれて返事をした。


 安はそれに気付いた様子もなく、この辺持ってくね、と優乃に言うと段ボール箱を持っていった。


 優乃は一番軽い段ボール箱を持つと、安を追った。


 玄関では山川が、大八車を背にどんと構えていた。


 山川の足元にはブルールシートが敷いてあり、そこが荷物を置く場所になっているようだった。安は「ほいっ」と優乃の段ボール箱をそこに置くと、再び優乃の部屋に戻っていった。優乃も続いてトンと箱を置く。


 「…」


 山川は動かない。


 「山川さん、何してるんですか」


 優乃はそっと聞いてみた。


 「荷物番」


 「え?」


 「それと荷物の一番効率的な積み方を考えている」


 「あ、安さんが荷物運び係ってことですか」


 「そうだよ。だから優乃ちゃんも手伝ってあげてね」


 今日もさわやかに言う山川だった。


 山川さん、実は今日楽な仕事なんだ。安さんって一番大変かも。


 優乃は戻りながら、安がかわいそうになってきた。


 安さん、今日山川さんにアゴで使われて、私からもこんなに嫌われて本当は傷ついているんだ。それなのに私のために頑張ってくれてるんだ。私をフッたから、嫌いになろうって思ったけど、許してあげよ。


 「安さん、頑張りましょうね」


 安に追いついて、優乃は満面の笑顔で言った。


 「う、うん」


 急に機嫌が良くなった優乃に、安はとまどいながら答えた。


 変な子、なんだな。


 安は思った。



 一人で運ぶには大変そうに見えた荷物も、二人で運べばそれ程でもない。安と優乃は、優乃の部屋の段ボール箱を運び終えると、残ってた雪の部屋の段ボール箱を全部運び出した。


 「安さん、お願いしますね」


 一息つくと、山川はそう言って段ボール箱を積み始めた。大八車は荷台の板の真ん中に車輪が付いているため、誰かが前について手押棒を持っていないと、傾いてしまう。山川は言うだけあって、荷物をひょいひょいと前後にバランスよく積んでいく。安も平行をたもっているのが楽そうだ。十分もしないうちに大八車が一杯になる。次に山川は、縄でくるくると大八車ごと荷物を縛った。なかなかの手際だ。これだけうまく縛ってあれば、荷台が多少傾いても荷物が落ちることはない。


 「よし、行こうか」


 まだ積みきれていない荷物が二回分はある。


 「山川さん、荷物残ってますけど」


 優乃が心配になって聞いた。


 「あ、多分盗っていく人いないよ」


 まるで気にしていない。


 「多分じゃ、困ります」


 「大丈夫、雪先生が見てるよ」


 雪が部屋の窓から、ニコニコと手を振っている。


 何だか不安だ。


 そんな優乃を無視して、山川と安は出発した。


 「ち、ちょっと待って下さい」



 ギギギ

 ガララ


 大八車のきしむ音をBGMに、山川と優乃が後ろから押していった。十五分ほど黙々と押し続けただろうか。山川も安も、もうすぐともまだまだとも何も言わない。


 「山川さん、まだですか」


 優乃はさすがに疲れてきた。ただ押していくのに、これだけ力がいるとは思わなかった。


 「おっ、優乃ちゃんカンがいいね。もうすぐだよ」


 山川が答えた。


 「もう着くんじゃないかって気がしてたんですよ」


 「この坂、五分上ったら着くよ」


 「坂、あるんですか」


 優乃は驚いた。


 ひょいと前を見ると、だらだらとした坂があり、上に行くほどきつくなっている。


 「何か、放物線みたいな坂ですね」


 「えっ、放射線なんて感じるの?」


 「放射線じゃありませんよ。放物線、放物線みたいな坂ですね」


 優乃は、はっきりと説明した。


 「それは二次曲線の事?つまり優乃ちゃんはこの坂を二次曲線に見立てて言ってるんだね。そもそも二次曲線って言うのは、YイコールaXの二乗プラスbXプラスcで表される曲線で、グラフに表すと…」


 「反比例だよ、反比例」


 山川の長くなりそうな説明を消すように、前から安が叫んだ。


 放物線でも反比例でもそんなに変わらないと思う優乃だったが、


 「そ、そう反比例でした、反比例」


と、相づちを打つと、山川は楽しみを盗られた子供のようにむくれた様子を見せた。


 「それで、一気に行くのか、それとも斜めで行くのか」


 安が聞いてきた。だんだん坂がきつくなってきていた。


 「斜めってどういう事ですか」


 優乃は素朴な疑問を口にした。


 「一気に行きましょう」


 山川は先に安に向かって声をかけると、優乃に答えた。


 「斜めって言うのはね、坂に対してまっすぐ上るんじゃなくて、ジグザクに上っていく方法なんだ。この方が軽い力ですむんだよ。確か浮世絵でそう言う絵があったんだけど、東海道五十三次だったかな。物を運ぶときの仕事をW、ここの坂の角度をθ、で愛の荘までの垂直距離をhとしてみる。そうすると…」


 さっき安に止められたせいか、今度は間髪入れずにしゃべりまくる山川。


 山川さん、すごく楽しそう。でも何言ってるのか分からない。今度から聞くときは覚悟しよ。


 優乃は思った。


 結局、山川が何を説明したかったかのか分からなかったが、要は斜めに上ると楽になる、ということだけは分かった。


 山川の長い説明が終わった頃に、大八車は元祖で愛の荘に着いた。


 五分上っただけで、景色はぐっと気持ちよくなる。もともと田舎町。高い建物があるわけでもない上に、小高い丘の上。南側の視界が広く開けていて、街の中心部らしき所まで見える。


 「すごい、いい所じゃないですか」


 ここまで上ったことも忘れて、優乃は言った。


 空気まで変わったみたいだ。とっても気持ちいい。


 「うん、眺めはいいんだよ。その眺めが良すぎてね」


 山川が言った。


 「何ですか」


 眺めがいいと何か悪いことでもあるんだろうか。


 「あっ、覗きだ」


 これだけ何もないと覗きやすいに違いない。


 「いや、それだったら覗いてる方も、すぐ見つかっちゃうじゃないか」


 あぁ、そう言えばそうか。


 「台風だよ」


 「台風なんですか」


 何か腑に落ちない答えだ。台風なんてどこにいても恐い。別にここに限らない。


 「まぁ、見て」


 ようやく安が口を開いた。息が荒い。


 坂を上る途中、山川は説明し出すとしゃべることに夢中になって、ろくに押していなかった。優乃も聞くことに一生懸命で大して押していない。安がほとんど一人で、坂を引いて上ったようなものだ。


 地べたに座り込んで、肩で息をしながら安は横を見た。


 優乃は安の視線を追った。


 「何ですか、ここ」


 優乃は思わず、叫んだ。


 元祖で愛の荘。木造二階建て、周りにここより大きな建物がない。風が吹いてもさえぎってくれる物がほとんどない。眺めはいいけどヒドイ立地。しかも築五十年。どこを見ても角がすり切れ、場所によっては隙間すら開いてる。強い風がまともに当れば、いつ倒れてもおかしくないだろう。


 「ここに住むんだ」


 ポツリと言葉が出た。


 部屋までボロボロじゃないといいな。


 「すきま風とか、シロアリは大丈夫なんですか?」


 優乃は二人に聞いた。


 「シロアリは大丈夫みたいだよ。すきま風は保証できないけどね」


 安は、すきま風くらい何とでもなるよと答えた。


 「そう言えば、お風呂ないから」


 安は思い出したように続けた。


 「えー」


 「近くにお風呂屋さんがあるから、そこに行ってね」


 そういう事は先に言って欲しい。こっちにだって、心の準備と言うものがあるのだ。


 「優乃ちゃん、荷物下ろそうか」


 山川が声をかけてきた。


 「あ、はい」


 いつまでも見ていると、後悔してきそうだった優乃は、バッと頭を切り換えた。


 いいのっ。家賃タダなんだから。


 「安さん、やりますよ」


 「おう」


 かけ声と同時に三人は動き出した。


 こちらにもブルーシートを敷いて、そこに荷物を全部下ろしていく。大八車は積むよりも早く、一気に空になった。


 「えーと、荷物はここに置いておくから、優乃ちゃん見てて。優乃ちゃんの部屋の荷物はみんな持ってきていいんだよね。うん、OK。雪先生と優乃ちゃんの荷物を先に持ってきて、一気に部屋に入れるよ。その後で俺と安さんのやるから。優乃ちゃん、あそこの大きい木の木陰で休んでていいから荷物番よろしく。じゃ安さん行きましょうか」


 返事をして安は立ち上がった。


 「じゃあね」


 機嫌良く山川が言う。気持ちよさそうにどかんと大八車に乗っている。


 山川さん、今日とことん安さんをこき使うつもりね。安さん、かわいそう。


 優乃は軽く手を振りながら思った。


 大八車を引く安の背中に哀愁を感じ、再びときめく優乃であった。


 そう言えば私、安さんと山川さんの間の部屋なんだよね。きっと二人で取り合いになったんだ。「おい山、優乃ちゃんの隣は渡さないぞ」「何言ってるんですか安さん。俺が隣ですよ」「それじゃあ…、決闘か」「やむを得ませんね」「…はっ、待て山。優乃ちゃんを間に挟めばいいんだ」「そうか。そうしましょう。それでどちらを選ぶかは優乃ちゃんが決めればいいんですからね」「うむ」安さんも山川さんもそう言って納得したんだけど、本心では私の部屋に毎日来て、私の心を奪おうとするのよ。でもそんな事してたら二人またケンカしちゃうから、今日は安さんと、明日は山川さんとって、交代で仲良くしてあげるの。うふふっ、うふふっ…。


 あらぬ妄想に幸せな優乃であった。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 今回で終わらなかったお引っ越し


 次で終わるの?


 元祖、で愛の荘の住人も登場



 おっと、待って下さい。俺にも一言言わせて下さい。

 今回、俺大した事してないように思われてますけど、引越しに限らず仕事ってのは、「段取り八分、仕事二分」って言われているんですよ。

 今回ここまでスムーズに引越しが出来たのは、俺の頭の中で、いかに段取っていくかというプランがあったからこそでー



 「雪先生のアシスタントさん?」



 「パクッて何だ、パクッて」



 「皆さん、仲いいんですね」



 次回第五話 三日目 引越し編



 ついに私の登場ね



 まだ言いたい事、あったのに!

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