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第四十八話 新しい恋

第四十八話 新しい恋



 「ねぇ、どうする」


 「どうしよう」


 「他のクラスは、何やるの?」


 「お化け屋敷とか聞いたけど」


 授業後、教室の真ん中に全員が集まっていた。

 話題は学校祭の出し物だ。先週から話は聞いていたのだが、優乃のクラスはまだ決まっていなかった。

 もう決めて動き出さないと、あとでバタバタしてしまうかもしれない。今日はそれを決めてしまおうと、みんなで話し合っていた。


 「他とかぶりたくないし」


 とは言っても、狭い教室、使えるものは限られ、予算も基本ナシだ。


 「他とかぶってもいいから喫茶店だ」


 優乃が決めるように言った。


 喫茶店の話は最初の段階から出ていたが、面白くない、火が使えないなどの理由で避けられていた。


 えーっ、と反対の声が上がる中、優乃は続けた。


 「その代わり、中身を変えるの。例えばメイド喫茶とか他がやらないような事。久くん、何かない?」


 優乃は久に聞いた。


 このクラスは実質、優乃と久が引っ張っている。久の賛成を得られればまず決定だ。


 「そうだなー、メイドはありそうだから、三国志喫茶ってどう?全員が三国志に登場する人物に扮して、しかも料理は中華四川料理」


 優乃に話を振られて、久はそんなアイデアを出した。変に意識しなくなったせいか、口調もサバけている。そして輪から一歩離れて、何かの武器を振るマネをした。


 「久、その格好するのにどれだけかかるんだよ。しかも中華料理って火使うだろ。中国ならウーロン茶ぐらいじゃないのか?」


 「中国茶って言うなら、他にもあるぜ」


 「紅茶なら私、詳しいよ」


 「あ、カクテルなんてどう?ノンアルコールカクテル」


 女の子の一人が言うと、「それいいかも」と賛成の声が上がった。


 なる程、教室をバー風にして『ショットバー 優久(ゆうきゅう)』何てのもいいな。


 久の頭にパッとイメージが湧いた。


 『『優久』の『優』は、もちろん優乃ちゃんの『優』。『久』は、ぼくの『久』。

 静かに流れる夜。グラスを拭くぼくの前には優乃ちゃん。言葉はなく、時折見交わす視線が会話になる。「おかわりは?」「はい。久くんのおまかせで」「では…」』


 「おっ、いきなり始まったぞ」


 久の一人パントマイムに気付いた一人が、隣にいる友だちを肘でつついた。


 手を動かし、何かを拭いては置く素振り。


 「ん?喫茶店のマスターか?」とささやき合っていると、久は動きを止めて考え込み始めた。


 「最近の久くんの一人パントマイムって、すぐ終わっちゃうよね」


 「うん、よく考えこむようになったみたいだし、どうかしたのかな」


 女の子もたちもささやく。


 男たちは「何だ、面白くないな」と(きょう)を失う。


 『ー何だろ。こんなに素敵なシチュエーションなのに、気持ちが乗らないなんて。何かおかしい。行いて得ざるんだから、認めなくちゃいけないんだろうけど…』


 「久くんっ」


 輪の中から一歩離れて考え込む久に、優乃が声をかけた。


 「えっ、は、はいっ」


 久はハッと顔を上げて返事をした。


 「久くん。喫茶店に決まったんだけど、そっちで火を使わないメニューとか考えてくれる?」


 久が考え込んでいる間に、学校祭の出し物は喫茶店に決まったようだった。

 有田や清水たちが、久の周りに集まってきていた。



 冬美は家に帰る途中、一通のメールを受け取った。


 見慣れないアドレスからだったが、少し考えて思い出した。


 『あの人だ』


 冬美はメールを開いた。


 この前の遊園地コスプレ会のあと先に帰った、で愛の荘組に対して、何人かのコスプレした子やカメ子は残り、一緒にご飯を食べに行ったのだ。


 メールを送ってきたのは、その中の一人だった。



 「マリオネットちゃん」


 コスプレから普段着に着替えメイクも落とした冬美に、その男は声をかけてきた。


 知らない男に声をかけられ、冬美は「何?」とマリオネットの時と同じように、冷たい目で振り向いた。


 「これからみんなで軽く食事しようって話になってるんだ。一緒に行こうよ」


 冬美の冷たい目にも負けず、男は優しい物言いでにっこりと笑った。


 つられて冬美も笑いそうになったが、ダマされるもんですかと、顔を引き締めた。


 「優…ティンカーベルちゃんとか月森さんは?」


 先に出てきているはずの優乃と月森に声をかけたのか、冬美は聞いてみた。


 「あっ、どうするんだろ。ちょっと聞いてくるよ。待ってて」


 男はうっかりしていたというように、小走りで聞きに行った。


 ふーん。


 冬美はちょっと表情をゆるめた。

 どうやら冬美だけを待っていたらしい。


 『そう言えば、いたかも知れない』


 冬美は、Gパンに涼し気なストライプ柄のシャツを着た男の後ろ姿を見て思い出した。


 コスプレした子やカメ子に混じって、一緒に楽しそうに回る男が確かにいた。

 自身はカメラも何も持っていなくて、友達について来たようだった。

 ちょっとばかり服のセンスが他の者より良かっので、記憶の片隅に残っていたのだ。


 『少し、背低いけど…』


 冬美は男が戻ってくる前に、行く気になり始めていた。



 「ありがとう」


 みんなとの食事会が終わって近くの駅で、男は冬美にお礼を言った。


 「冬美ちゃんが来てくれたから、楽しかったよ」


 男はチラリと腕時計を気にすると、ごめんねと謝った。


 「この後、ちょっと用事が入ってるから見送りできないけど、美味しいお店見つけたら連絡するよ」


 男はもう一度「ありがとう」と言うと、自分はタクシー乗り場に行き止まっていたタクシーに乗り込んでいった。


 「ま、いいか」


 男を見送った後、冬美はくるりと体を回して改札口に向かった。


 男が「連絡するよ」と言ったのは、冬美が男にメールアドレスを教えたからだった。今まで自分から教えたことはなかったが、男と話しているうちにもう一度会ってみようかと言う気になったのだ。


 実際、男は冬美の理想のタイプに近かった。大人で穏やか、礼儀よく、冬美を嫌な気分にさせない。タクシーに平然と乗って行った様子を見ると、お金持ちかも知れない。身長だけが唯一の欠点だったが、他は全て冬美の眼鏡にかなっていた。



 その男からのメールは


 「美味しいお店見つけたから、食べに行こう。ごちそうするよ」とあった。

 友達も歓迎だよ、ともあった。


 「行ってみようかな」


 冬美は携帯から目を離し、ツンと顔を上げた。



 山川は珍しく同じ年頃の女の子を連れて、で愛の荘へと帰っていた。


 バイト先で知り合った子だった。


 その子は友達として接する山川よりも、もっと積極的に山川との距離を近付けようとしていた。

 それに押されるように山川は今日、住んでいる所を教えると連れて歩いているのだった。


 「さっきも言ったけど、そんなにいい所じゃないから」


 「うん、大丈夫。山川さんってどんな所に住んでいるのかなーって、気になっただけだから」


 その子はそう言って、ふふっと笑った。


 身長は山川より10センチくらい低い。体型は冬美以上優乃未満で、悪くない。面長でととのった顔立ちに押さえ気味の化粧。シワのない落ち着いた色合いの服。スラっとした印象を受けるコーディネートだ。


 山川には、それが高い物だと分かる。


 しかし全体の印象とは対照的に、アクセサリーが合わない。

 歩くたびにキラキラ光るピアスの金属飾りはきれいだが、その服には少しハデだった。

 指輪は金とプラチナで出来たバラ。ツタまで美しく表現されて見事だが、ちょっと目立ちすぎた。


 『いいんだけど』


 山川はそう思いながら、笑顔をその子に返した。


 「疲れた?もう見えてるけど」


 山川は坂を上る足に疲れが見えるその子を気づかった。


 だが山川には見えている、で愛の荘がその子には分からないようだった。


 「ホント?どこ」


 それでもニッコリと返す。


 坂を上り切り「ここだよ」と山川が立ち止まって紹介すると、その子は信じられない様子で目をぱちくりとさせた。


 「え?ここ…なんだ」


 笑顔も出ない。


 「ちょっと古いけどね。みんないい人で仲良くやってるんだ。上がっていく?」


 山川は少し休んで行ったらと誘った。


 「ん、ありがと。…でも私、今日用事があるから。ウチ、教えてくれてありがとう。またね」


 その子はそう言うと作り笑顔を山川に向け、今上ってきたばかりの坂を下りて行った。


 『ま、俺もで愛の荘(ここ)見れば驚くけど…』


 今の子の態度の変わり様に山川は、やれやれとため息を付いた。


 『ここで分かっちゃうな。まるで踏み絵だよ』


 山川は、で愛の荘を仰いだ。



 数日後。


 「ハッ!フラレンジャー。貴様達などものの数ではない。ホイダーで充分。やれ、ホイダー」

 「ホイー、ホイーッ」


 「何と言われようとも、俺たちは自分が出来る限りの全てをつくす。それが俺たちをフッた人たちに出来る最後のことだからだっ。たとえホイダー如きで倒れようともだっ!」


 TVからフラレンジャーが流れていた。


 久はそれを見るともなく見ていた。


 最近考え込む事が多くなっているのは、久自身気付いている。

 しかしそれが分かっていても考えてしまうのは、その答えが見つかっていないからだった。


 『どうしてだろ。優乃ちゃんと楽しい会話に心が踊らないのは。付き合えないとは言ったけど、優乃ちゃん可愛いし、きれいだし。話せるだけで嬉しかったのに今は、そうじゃない…』


 久はこの前のイメージを、思い返してみた。


 『ショットバー 優久』

 久の中ではいい情景(シーン)だった。静かで大人の空間。

 だがマスターと客の間には、止まり木とも呼ばれる長いテーブルがその間を区切り、決して越えられない一線を画している。

 一ヶ月前なら、そんな情景(シーン)を思い浮かべただろうか。むしろバーであれば客同士、恋人として思い浮かべたのではないだろうか。


 久はそのシチュエーションでイメージし直してみた。


 だが、そのイメージは少しもふくらまなかった。それどころか相手を違う女性にしたほうが、そのイメージは広がりそうだった。


 『違うっ!』


 久は慌てて自分を否定した。


 『ぼくの思いはそんなに軽かったのか?あの時感じていた気持ちは嘘だったのか?否。そんな浮ついた心で優乃ちゃんを見ていたんじゃない。フラレンジャーだって言っている。「心が動く時、それはいつだって…」。 『あの時』?』


 久は自分の心が発した言葉に気がついた。


 『『あの時』って、ぼくの中で優乃ちゃんのことはもう過去になっているのか?バカな。じゃあこの悩みは何なんだ。分からない。ちくしょー』


 TVはホイダーで疲れきったフラレンジャーに変わって、モテルダーが怪人を倒し人々の感謝を一身に受けている映像から、人々のいない所でのフラレンジャーを映し、エンディングに入ろうとしていた。


 「……頭で出来るけど、恋愛はぜ、全身を使ってするって言葉に、で、出会った時、ボ、ボクは分かったんだ。ボクはホントにあの人がす、好きだから告白しようって。ちゃ、ちゃんと自分の気持も伝えてー」


 「よくやった、イエロー。フラれてしまったが、お前はよく、やった」


 「うわぁー」


 久の視線はTVに動いた。


 『うん、このイエローのどもりの味がいいんだ。悲しい自分に立ち向かっていく姿勢がー』


 久はしばし悩みを忘れて、イエローと共に涙した。



 「あれ、恵ちゃん。パーティー明日じゃなかった?」


 雪がエアコンの効いた部屋の窓を開けて顔を出し、出かけようとしていた矢守に声をかけた。


 矢守はパーティードレスに、うっすら透けるファー付きのショール。なかなかの姿だ。


 矢守は雪の部屋を見上げた。


 「ちょっと寄るところがあるの」


 言って含み笑いをする。


 雪はそれで分かったようだった。


 「そうなんだ。気をつけてね」と矢守を送り出した。


 窓を閉めて、ガラス越しに矢守を見送る。


 『もう恵ちゃんみたいには、なれないわ』


 雪は小さく笑った。



 夜。


 「何かいいアイデアないかな」


 優乃は学校祭に向けて、もう一工夫できないかと頭をひねっていた。

 食事もすませ、寝るには時間がある。TVからは人気のバラエティー番組が流れていたが、参考にはなりそうにない。

 何となく部屋を見回すと、その隅に一冊の見慣れない本があるのに気付いた。


 手を伸ばして取ってみると、それは山川から無理やり預けられたあのフラレンジャーの同人誌だった。


 まったく読む気にもならず、置きっぱなしにしてあったのだ。


 優乃が「ないと思うけど」と呟きながらもページを開いたのは、訳も分からず久にいきなりフラれたからかも知れなかった。


 本の構成はひとつのセリフを冒頭に、その状況と解説が続くようになっていた。


 ぱっと見、中身はありきたりだが、勢いだけはあるセリフが多かった。


 優乃はパラパラっとページをめくり、いくつか軽く読んでみた。


 解説は一方通行な笑ってしまうようなものもあったが、なかなかいいコト言っていると頷いてしまうものもあった。


 『恋は頭で出来るけど、恋愛は全身を使ってする』


 ー 解説 ー


 フラレイエローが発したセリフ。

 恋=片思い。恋愛=付き合う、と言うのは表面の解釈であろう。

 イエローの真意は、自分のすべてをかけて相手に見合う自分に成長して行きたい、と言うことだろう。

 たとえフラれる即ち、自らを否定されるとしても、告白という全自分を投げ打つ覚悟をイエローは持っていたのだ。

 (ちまた)の好き、嫌い、あこがれなどは所詮頭で出来る恋にすぎない。

 フラレンジャーたちは、ただの「好き」で告白するような者たちではないのだ。常に真剣だ。

 真に恋をし、真に恋愛を求める者は、この言葉をよく噛み締めて欲しい。


 「恋愛かぁ。恋愛って何だろ」


 くどい説明が気になるが、つぶやいてしまう。

 優乃は、次をかいつまんで読んだ。


 『胸がキュンってなるんだ』


 ー 解説 ー


 フラレミンゴのセリフ。


 我々は…姿、形…判断しているのではないか。

 フラレミンゴの…『胸がキュン』となる感覚すら…。

 …人が人に恋する時は、全てが無条件だと。

 …。

 フラレ…『自分の気持に気付いたら、自分に嘘つけないじゃん』と。

 「気持ち」…このありふれた言葉…見直すべきではないだろうか。


 「この人もやっぱり、フラレっぱなしなのかな」


 優乃は次に進んだ。


 『フラれた事に立ち止まるなっ。それでも俺は恋をするっ!』


 ー 解説 ー


 フラレ…言葉。

 …もはや解説不要であろう。

 告白する勇気、拒否される辛さ…強さを我々も持ちたい。

 …このセリフ。降りしきる雨の中で…実にいい。


 …私、何してんだろ。


 優乃は本を閉じた。


 実際フラれた訳でもないのに、何となく落ち込んでしまう。


 『本から変なエキスでも入ってきたのかな』


 優乃は本を投げ出し、バタッと大の字になった。



 ーとある一室。


 矢守は隣で上半身裸になっている男に尋ねた。


 「地元の彼女はいいの?」


 「何だよ、ソレ。もう音信不通だよ」


 男は矢守の頬にキスをした。


 やっぱりいるんじゃない。いないとか言って…。


 男は矢守のカマに引っかかったが、それを顔に出すような矢守ではない。


 矢守は確かによくフラれるが、恋の駆け引きは下手ではない。


 でも今は私のトコにいる。私の勝ちよね。


 矢守は男にキスをした。


 「じゃ、私だけ見てね」


 「見てるよ」


 男の返事を聞いて、矢守はベッドにもぐり込んだ。



 久は学校から帰ると、その日もTVをつけた。

 見るのは相変わらずフラレンジャーだ。

 困った時のフラレンジャー。悩みを解決するヒントが有るはずだと、通して見ているのだ。

 しかし見るとは言っても、実際は流しているようなものだ。

 数日前に決まった学校祭の事もある。準備したり考えておかなければならない事もたくさんある。


 淡々と流れるTVを久は見るともなく、聞くともなく考え込んだり、手を動かしたりだ。


 そんな中、あるセリフが久の耳に飛び込んできた。


 「アタイ…。だってこんなだろ。告白なんて出来ないじゃん。だから憧れでもいいって思ってたんだ。でも自分の気持に気付いたら…自分に嘘つけないじゃん。胸がキュンってなるんだ。憧れと好きになるって違ったんだよ。だから勇気振り絞って、あの人に告白()ったんだ。…ダメだったけど」


 「ミンゴ、分かった。もういい。それ以上言うな。お前は大事なことに気付いたんだ。泣いてもいい、でも今日一日だけだ。明日、明日は…。ちくしょー、俺まで泣けてきやがる」


 『そうか。そうかっ』


 途中から手を止めて聞いていた久が、突然声を上げた。


 「そうか。そうだったんだ」


 言っては何度も頷く。


 『安さんが言ってたのは、これなんだ。『行いて得ざるものあらば、みな(かえ)りて己に求む』も『これを内に有すれば、必ずこれを外に(あらわ)す』も同じ事なんだ。

 行いて得ざるのは、自分の内にないから得られない。これを有しないから、これを表すこともない。憧れを好きと勘違いするから、好きなはずなのに、となるんだ。』


 「そうかっ」


 久はもう一度声に出すと、こうしては、いられないとばかりに急いで外に飛び出していった。



 『あー、美味しかった。いい男もいっぱいいたし』


 前日の夜から一泊した後、矢守は昼に出版社のパーティーに出た。

 美味しいものを飲んで、食べて、目の保養もして幸せな気分に浸りながら、で愛の荘への坂を上っていた。



 「雷、鳴ってない?」


 「一雨ひとあめ来そうだな」


 で愛の荘に着くと、庭には安と雪が洗濯物を取り込んでいた。


 「ただいまー」


 矢守が近づきながら声をかけると、二人は手を止めて振り向いた。


 「恵ちゃん、おかえり」


 雪が言うと、安は「ほぉ」と驚いて


 「矢守、馬子にも衣装だな」


と、言った。


 「きれいって言いなさいよ」


 矢守は見せびらかすように、くるりと回った。



 「伝えなきゃ、伝えなきゃ」


 久は、で愛の荘への坂を息が切れるのも構わずに、愛車レクサス ビックバンカスタム 3rd レッドウォールBTLを()った。


 『この気持、伝えなきゃ』


 『今こそ気付いた。なくしたくない』と久は必死でペダルをこいだ。


 『好きです。それだけで充分なんだ』


 坂を駆け上がり、で愛の荘に突っ込むように入ると、そこにその(ひと)がいた。


 「矢守さんっ!」


 急に後ろから声かけられ、驚いた矢守が振り返った。


 「あっ、あのっ…」


 自転車を降りた久は、いつもと違う着飾った矢守にさっきまでの勢いも忘れ、目を丸くして見とれてしまった。


 「どうしたの?」


 矢守はポーッとしている久に、不思議そうに声をかけた。


 「あっ、あのっ」


 久は、つばを飲み込んだ。


 「?」


 矢守が待っている。


 久は勇気を振り絞った。


 「あの、ぼく…」


 だが、その一言が出ない。久は自分を叱った。


 『思い出せフラレミンゴを。好きです。この一言だ」


 久は自分に言い聞かせ、そして言った。


 「結婚して下さい!」


 一瞬にして場が固まり、矢守の顔がみるみる赤くなっていった。


 「な、何を言って…」


 「いえっ、あの。そうじゃなくて。あのっ、あなたが好きです!」


 久の口をついて出たのは、「好き」ではなかった。自分でもびっくりして慌てて言い直す。


 そんな久から逃げるように、矢守は「た、助けて」と雪を盾にして


 「言うなら、雪先生に言って」


と、あらぬことを言う。


 だが、久はそんな矢守に堂々と言った。


 自分の気持を一度口に出したお陰で、逆に落ち着いたのだ。


 「ぼくは、あなたが好きです。本気の本気です。それだけ覚えておいて下さい。フラレミンゴも言っています。『自分の気持に気付いたら、自分に嘘つけない』って」


 久は宣言するかのように言うと自転車に乗り、矢守の返事も聞かずに行ってしまった。


 「…」


 残された三人に会話はなかった。


 突然の出来事に固まった空気は、すぐにはほぐれそうにもなかった。


 安と雪が目線を気まずそうに合わせる。


 「二人とも、そんな顔するのヤメテ!」


 矢守は雪から離れ、化粧した上からでも分かるほど真っ赤になった顔を、両手でおおった。


 「恥ずかしいっ!これ何のプレイなの?もうやだー」



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 女子三人組、清水、瀬戸、有田


 みんな久を狙ってるのに、本人は気付かない


 だけど神サマは見てますよ


 一番控え目だった清水に、意外なチャンス


 秘密のお話が、何故か久と一緒に台本化


 もちろん有田と瀬戸も黙ってなくて



 こんにちは、清水です。

 次のお話が、私が主人公みたいになってて

 すごく緊張してます

 久ちゃんみたいにいいトコ見せられないけど

 読んでくれたら、嬉しいです



 「私も抜けがけしよー」



 「清水一人にいい思いはさせないって事」



 「私、私の事…」



 「大丈夫、任せて」



 次回第四十九話 清水の台本 前編



 作る思い出って、あるんだ

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