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第四十七話 ハロウィンはコスプレ会

第四十七話 ハロウィンはコスプレ会



 バタバタと打ち合わせ、衣装合わせが終わり、ハロウィン期間の初日に一同行くことになった。


 遊園地に集まったのは、優乃、冬美、山川、久、そして月森を筆頭とするコスプレ仲間とカメラ小僧、略してカメコと呼ばれる素人カメラマン達だった。


 先日の衣装合わせの時は盛り上がっていた雪と矢守だったが、原稿締め切り間近で行けないと、キャンセル。安は相当迷ったあげく、やっぱり出来ないとドタキャンをし、代わりに帰ってきたらお誕生会用のケーキを作っていると言い訳がましく山川に言った。



 「そういう事で、安さん、ケーキ作って待ってるって」


 優乃に説明する山川は、半オーダーメイドのジャック・オ・ランタン。オレンジと黒の二色で出来たドラキュラ伯爵のような格好だ。背中の黒マントに大きなカボチャマークのあるところが、いかにもハロウィンっぽく格好いいが面白い。


 その山川の説明に対して、少し口を尖らせて聞いているのが優乃だ。


 優乃は山川と対照的に、可愛らしい妖精姿のーティンカーベルの服と言えば分かりやすいーコスプレをしていた。


 「優乃ちゃん、時々頭に妖精さん入るもんね」


とは、衣装合わせの時に雪が言った言葉だ。


 優乃は大きく開いた胸元に指を入れ、衣装をゆるめて一度大きく深呼吸した。借りたコスなのだが、ずっと胸が苦しいのだ。時々無意識のうちにやるその仕草が優乃の大きな胸を強調し、運よく通りがかった家族連れのお父さんの目を釘付けにする。お母さんからは冷たい視線だ。だが、よくあることなので優乃は気にもしない。


 「安さん、コスプレにトラウマでもあるのかな。お芝居やってたみたいだから、気にしないと思ったのに」


 優乃は残念そうに言った。


 『安さん来ないんだ…。安さん来てくれたら私のこのコスプレ見て、『可愛いよ、優乃ちゃん。君は僕の妖精だと思っていたけど、本当に妖精さんだったんだね。はじめまして、僕のティンカーベル』『やっと気付いたの?私のピーターパン』二人一緒に空を飛んで、向かうのは海の底に沈んだフックの海賊船。海に潜るとそこは緑一面の草原。山川さんのフックが正装をして私達を迎えてくれる。海賊船の中は教会になっていて、みんなが祝福してくれる。教会の鐘が鳴る中、東さんの神父が私達を微笑みながら待っている…』


 優乃は手を広げ飛ぶような仕草をしたり、急に神妙な顔つきになったりしていたが、ふっと我に返ると


 「まっ、いっかー。安さんケーキ作って待っててくれるし」


と、元気よく言った。


 今日は半額パスポートで、しかもコスプレだ。優乃の気持ちの切り替えは早かった。


 「ね、山川さん。今日のお誕生会に冬美呼んでもいいですか?」


 久を誘わないところが、今の関係を物語る。


 「いや、何か内輪でやりたいって。もしかしたらちょっと話ができるかも知れないって。いや、安さんもまだ詳しくは分からないみたいで」


 山川はそう答えて、久から預かったカメラをいじくった。


 「ふーん。何だろ。いいやっ、あっ山川さん、私のコレで撮って」


 優乃は山川に自分の携帯を渡し、その場でポーズを取った。



 『優乃ちゃん、可愛い…』


 楽しそうに、しかも妖精になりきってポーズを取る優乃を見てそう思っているのは、久である。


 久は長い立襟のマントがキマっているドラキュラ伯爵である。山川と似たような格好なのだが、やはり経験の差なのか山川に比べて衣装を着こなしている。いや、比べること自体が間違っているかもしれない。並んで立ってみればその差は歴然だ。


 髪をオールバックにしてメイクでシャドーを濃く入れ、雰囲気を強調している。口の中は何かで染めたのか真っ赤だ。ノーメイクの山川と違って、表情から立ち姿まで役作りはバッチリだ。


 まだ入場したばかりだというのに、入園客から「何かイベントでもあるの?」とちらちらと目をつけられている。


 『妖精優乃ちゃん、いいなぁ。…何だろ、ぼくの好みバッチリなのに、このトキメかない心は。ぼくの中で何かが変わってきているという事なのだろうか。『学べば即ち固ならず』自分の内なる何かが変化している事を受け止めなければ、ぼくと言う人間はこの若さで固まってしまうというのか。だがそれはあまりにも過酷。男心と秋の空、移ろいゆくのが人の心だとしても、ぼく自身にそれを認めろというのか。それとも神はぼくをお試しになっていらっしゃるのか。あぁ、(あらが)うべきか、抗わざるべきか…』


 目を閉じ、顔の前で小さく(こぶし)を握ったかと思うと、何かを抱くように腕を軽く前に出し空を見上げる。続いて片手を額に当て悩む姿。


 優乃に比べて、今日の一人パントマイムは控え目だ。それでもその表情とコスプレで、それなりの絵になる。久に好意を寄せる女の子ならドキッとする瞬間だろう。


 「この人達、カメラマンもいるけど、今日って何かあった?」と通りすがる人々。


 優乃と久のそんな姿を見ても、表情一つ変えないのが冬美である。


 また始まった、と冷静だ。


 冬美はゴスロリ系フリフリ服で、頭から足までモノトーンでキメたマリオネット姿。真っ黒のストレートの髪に白塗りメイク。黒の目張りに黒リップ。久からもらった口の中を赤くするアメで口の中だけが異様に赤く、ただの人形姿以上の怖さをかもし出している。短いスカートから出る足が細身の体をより強調し、シャープで可愛コワイイ。優乃、久をはじめとして誰とも見劣りしない。



 みんなが移動しつつ、立ち止まっては撮影をする。


 「はーい。じゃあ一度ここでみんな一緒に写真撮ろー。ほらジャックさんも今回は入って」


と、月森がさっきから写真を撮ってばかりいる山川に呼びかけた。


 折角コスプレをしてキメてきた山川だが、ずっと撮影係なのだ。「ジャックさん」と呼ばれ、一瞬誰のことだと思ったが、自分の事だと分かり妙な戸惑いを覚えながらコスプレ集団の輪の中に入った。


 月森の仕切りは見事なものだった。自分を中心にしながらも他への気配りを忘れず、一般の入園客たちにも喜んで撮ってもらう。


 あの愛想と気配り、なぜ俺たちだけの時に出来ん?と山川が不思議がるほどだ。


 もちろん月森だけでこれほどの人の輪は出来ない。


 遠くに子供がいれば優乃が走って行って呼びかけ、時には一緒に乗り物にも乗る。


 年頃の女の子がいれば久がクールな視線を投げかけ、目が合えばニコッと笑い一緒に撮影。月森や優乃では動かないコアなお兄さま方には冬美だ。遠くから見ている所に、撮ってもいいわよと冷たく笑いかける。そうすると、「いいんですかっ」と喜んで近づいてくる。


 そんな一団が一日、園のあちこちで撮影会をしつつぐるぐる回ったのだ。下手なイベントより盛り上がったくらいだった。


 帰り際、優乃たち五人には、責任者らしき人がわざわざ出てきて


 「今日はありがとうございました。是非またいらして下さい」


と、フリーパスをそれぞれプレゼントされた程だった。



 一方、で愛の荘。


 ドタキャンをした安は夕方、スポンジケーキとデコレーション材料を買って、仕込みを始めようとしていた。


 コンコン


 「安さーん」


 さわやかに呼びかけ、矢守がやってきた。


 安が答えると戸を開けて入ってくる。


 「あら、今からケーキ作り?お誕生会の準備出来たかと思ってきたんだけど」


 「いや、大家と話をしていて、こんな時間になってな」


 安は冷蔵庫から氷を取り出した。


 「ふーん。今、私の所に連絡があって、今から遊園地出るって。間に合う?手伝ってあげようか」


 矢守はそう言いながら、安が泡立てようとしている生クリームに手を出した。


 「この白いのってアレみたいに砂糖入れなくても少ーし甘いのよね。大丈夫、任せて。白いのの扱いは慣れてるから」


 泡立て器を取られ、安は仕方なく砂糖の量を量った。


 「お前、そういう言い方…ほんと好きだな」


 「あらーん。安さんの白いの食べてあげようか」


 「バカっ」


 「ところで、何でコスプレしなかったの?」


 生クリームに砂糖が入ると、矢守は手を動かしながら聞いた。


 「恥ずかしかったんだよ」


 安はぶっきらぼうに答えた。


 「そんなに?なら特訓してあげようか」


 矢守は手を止めた。


 「何の?」


 「決まってるじゃない。もっと恥ずかしいこと、させてあげる」


 「アホっ。早くやれ」


 そんな軽いような怪しいような会話をしながら、矢守は生クリームを泡立て終わると、原稿もう少しあるからと帰っていった。


 「みんな、帰ってきたら呼んでねー」


 安は小さく笑いながら「あいよ」と答え、デコレーションに入っていった。



 そのデコレーションも終わり、お好み焼きの仕込みにかかっていた頃、優乃と山川が帰ってきた。


 二人の声に気付いて、安が窓から顔を出した。


 「おかえり。お疲れさーん」


 安は手を振って迎えた。


 「山、すまんが後で上の部屋に運ぶ物、持って行ってもらいたいんだがいいか?」


 「分かりました。その前に汗流してきたいんですけど、安さんもどうですか?」


 山川は一緒に風呂屋に行かないかと、安を誘ってきた。確かに安と違って山川と優乃は一日外だった。汗も流したいだろう。だが安はまだ仕込みが残っているからと答えた。


 疲れた素振りも見せず、山川と優乃は荷物を置くと揃って風呂屋に向かった。


 一方安は前回、佳乃が来た時のことがある。また雪に何か言われないようにと、残りのキャベツを急いで切っていった。



 小一時間も経つと山川と優乃が風呂屋から帰ってきた。


 安は山川に疲れているのにすまんと謝り、優乃にも手伝ってもらう感謝を伝え三人で材料や食器などを二階に運んだ。


 「優乃ちゃん、矢守と雪先生呼んできてもらえるかな」


 優乃は「はい」と返事をして、タタタタッと足取りも軽く二人を呼びに行った。


 その様子を見て安は山川に聞いた。


 「今日そんなに楽しかったのか?」


 「えぇ。楽しかったですよ。みんなすごいですね。俺なんてあれだけ気合入れていったのに、ただのカメラマンでしたよ」


 山川も早速お好み焼きを焼き始めながら、楽しそうに答えた。


 「みんなそれぞれ自分の役割知ってるんですね。優乃ちゃんなんて家族連れに声かけまくりで、コスプレ衣装のまま子どもと一緒にジェットコースター乗ったりするんですよ。あのとけ込みよう、一体何者ですか。そう、何者かといえば月森さんですよ。あの人コスプレに関しては、リーダーの資質ありです。もちろん自分中心にですけど、ちゃんと周りみて的確な指示出すんですよね。ここでみんなで撮ろうとか、ここはマリオネットちゃんが主役…あ、冬美ちゃんのことですが、主役とか撮影場所に応じて、またその撮影時間の配分や一般のお客さんのことにまで気を使っていて、ちゃんとみんなで遊びながらうまーい事、時間取っていくんです。しかもですよ、ずーっと機嫌がいいんです。どうしてあの気配りと、機嫌の良さが俺たちに向けられんのか謎ですよ。それに魔女のコスプレの似合うこと。月森さん、普通にしてて顔はいいですよ。それがコスプレとメイクで、あそこまでいつもと違う魅力を引き出せるんですね。そりゃファンもつきますよ」


 山川は時折お好み焼きから手を放し、身振りを交えて説明した。


 「で、その月森さんは?」


 一緒に帰ってくるはずの月森の姿をまだ見ていない。安は「あれか?」と聞いた。


 「そうです。いつものお迎え様です。夕飯、ご一緒していらっしゃるそうです。あれも才能といえば才能ですよね」


 山川は今日の月森を見てきて、ある意味その能力を認めたようだった。


 「はい、とりあえず一枚出来上がりました」


 山川はそれを安が差し出した紙皿に移して、次のものに取りかかった。



 月森をのぞいた全員が揃って乾杯をし、お好み焼き会が行われた。


 話題は今日の遊園地である。山川が安に話したように月森の活躍は全員驚いた。雪も矢守も、「ここで見せる姿と全然違うじゃない」「ただのコスプレマニアだと思ってたけど…」と、驚きつつも半信半疑のようだ。もちろん優乃の活躍も忘れていない。


 「よく初対面の子供一緒に遊べるよね」


と、山川が言うと


 「だってその方が楽しいじゃないですか」と謙遜(けんそん)しつつ、冬美と久も人気があったと話す。


 「ふーん。みんなすごいのね。で、山川は何やってたの?」


 雪が一人日本酒を飲みながら聞いた。


 「何って、俺はもっぱらカメラ係でしたよ」


 山川は堂々と胸を張った。


 「格の違いを感じました。月森さんをはじめ優乃ちゃんたちを見てたら、とても太刀打ち出来ないって思いましたよ。そりゃ気合入れて行きましたよ。でも周りに対するアプローチって言うかファンサービスと言うか、もうプロ級ですね。コスプレさえすればいいってもんじゃなかったですよ」


 あまりの違いに山川も、同じレベルで話してはいけないと思ったのだろう。それだけ違えば、同じ仲間ということだけでも胸を張りたくなる。


 「なーんか悲しいけど、それくらい違ったのねぇ」


 矢守が「へぇ」と頷いた。


 「よし、お誕生会に移るか。ケーキ持ってくるよ」


 安がそう言って立ち上がると、山川と優乃も続いて立ち上がった。


 「ここ、片付ますね」


 優乃はゴミ袋に紙皿や割り箸を入れていく。


 「お前たちも少しは手伝って働けよ」


 安は苦笑した。


 「あら、夜のお手伝いならいつでもするから呼んで。もういいって言うまでシて上げる」


と、矢守。


 「私はさっきまで修羅場だったからいいの」


とは、雪。


 「まっ、いいけどな」


 元から頼りにはしていない。安は優乃、山川と一緒に片付けをしていった。


 しかし雪たちだってただ座っていたわけではない。窓を全開にして、換気ぐらいはする。


 「やっぱりお好み焼き会って、カセットコンロじゃ無理があるわね」


 雪が言えば、扇風機を外に向けて矢守が答える。


 「火が小さいから焼けるのに時間がかかるし、二台使っても追いつかないでしょ。こんなにも蒸気でモワモワになるし、やっぱりお好み焼きは外でやるに限るわ」


 「まぁ、今回は安のキャベツがまともだったらかよかったけど」


 「雪先生。私、そんなのどうでも良かったんですけど」


 「そぉ?」


 他愛のない会話をしているうちに、片付けも終わり準備が整う。


 「では、ケーキの入場です」


 優乃が司会よろしく、入り口に手を向けると安がケーキを持って入ってきた。


 「ジャジャーン」


 一見普通のバースデーケーキだが、上には緑の木々で囲まれた家が一軒立っている。周りはいちごで飾られちょっと豪華だ。


 「私が手伝った白いの、使ってるじゃない」


 「生クリームって言え」


 そんな会話の中、テーブルに置かれたケーキを見て


 「ねぇ、何。このモジャハウスに周りの変なものは?」


と、雪が聞いた


 周囲を飾るいちごに混じって、半透明のつや消しゼリーのような物体がある。


 「おっ、これか。地層に埋まった化石をイメージしているんだ」


 「あの、安さん。それはいいんですけど…」


 雪のツッコミに目を輝かせる安に、優乃が言いにくそうに言った。


 「ケーキにパセリはないんじゃないですか?」


 「そんなことはないよ。この辺の木そっくりに出来たし」


 優乃に頷くみんなの反応に気付かないのか、安は鼻高々だ。


 「せめてブロッコリーじゃない」


 矢守が言うと、雪が


 「そりゃないわね。ブロッコリーならミントでしょ」


と、言う。


 「このチョコレートで出来てるのは、で愛の荘ですよね」


 「そうだよ」


 「この黄土色は砂場?」


 「花壇だよ。優乃ちゃんが作ってくれた」


 で愛の荘の前にある花壇まで表現しているらしい。


 「ちょっと、それならせめて美味しそうな色のもの使いなさいよ。酸化したみたいな色で不味そうよ。何なのよこれ」


 雪が思わず言うと、安はそんな事はない、と反発した。


 「きな粉だ。不味そうとは失礼だっ」


 「ケーキに、きな粉はないと思うわ」


 矢守も一言付け加える。


 「まぁまぁいいじゃないですか。まずは食べましょう」


 優乃が割って入りその場をおさめると、三人分として三本のロウソクを立て火をつけた。


 優乃が代表で火を吹き消す。


 「お誕生日、おめでとう」の声の中、ケーキを六等分に切り分けて配る。パセリの乗っていないところからなくなっていき、パセリ満載なのが当然安の分である。


 「はい。私の分も安さんに上げる」


 パセリは全部、安のケーキの上だ。


 「こら、パセリは飾りじゃないぞ」


 安が乗せてきた矢守に言うと、自分も安のケーキに乗せた雪が代わりに答えた。


 「私達にとっては飾りなの。飾りじゃないって言うあんたが食べるのが筋でしょ。作った本人なんだし。この花壇のきな粉には目をつぶってあげるから」


 そう言いながら一口食べる。


 安が「そんなにおかしいか?」と不満そうに言うと、雪がケーキを吐き出さんばかりに言った。


 「何これっ。気持ち悪っ」


 雪が舌を出すと、アメのように光るものがのっている。


 「あぁ、それさっき化石に見立てたグミだ。えっ、マズイか?」


 美味しいと思っていれたグミが不評だ。


 「歯ごたえのアクセントになる筈なんだが…」


 そんな筈はないと、安も一口食べる。


 グニッ


 ケーキを食べた安の口の中で、変な感触がした。


 「…ごめん。マズかった」


 安が素直に謝ると、優乃も山川もコクコクと頷いた。二人ともマズかったのだ。


 「作る前に分かりなさいよ」


 雪がケーキをほじって、グミを取り出していると


 「えっ、美味しかったけど」


と、矢守が言った。


 「本当か矢守。お前、変だぞ」


 ケーキのマズさを認めた安が言った。


 「アイデアはいろいろ面白かったんですけどね…」


 山川が慎重にケーキを食べながら言う。


 「そうそう乾杯、乾杯」


 安はすっかり忘れていたと、フォークを置いてコップを持った。


 このケーキはお誕生会用で、デザート用ではない。みんなもそうだっと手にコップを持つ。


 「では遅くなりましたが、あらためてお誕生日おめでとう、これからもよろしく」


 カンパーイ


 「さて、もう一つ発表があります」


 コップを下げて安が言った。


 「ここ、で愛の荘の取り壊しが決定しました」


 「ええっ」と、みんなが驚くのと月森が入ってくるのが同時だった。


 「ちょっとどういう事!」


 いきなり安に食ってかかる。


 「ここだけ明かりがついてたから、みんなここだと思って来てみたら、私のけ者にしてケーキ食べてるじゃない」


 ポイント、そこかっ!


 山川は心の中で月森をど突いた。


 「月森さんお食事行くって言ってたし、でもちゃんと月森さんの分もあります」


 優乃が丁度残っていた一切れを、紙皿に載せて渡した。


 「ありがと」


 すぐにニコニコだ。が、


 「でもどういう事、ここ取り壊しって」


 聞くところは聞いている。


 「今日、大家から聞いたんだけど、ここ台風で屋根壊れたでしょ。それで屋根屋に見積もり取ってもらった時に聞いたそうなんですよ。そうしたら、もう全体に老朽化していて次に台風来たらダメだろうって言われたらしいんだ。それで大家も建て直しをしようかと思ったらしくて…」


 安がまるで自分の失敗のように目線を落として説明すると、月森がだから言ったじゃないと、安を責めた。


 「私が東さんを呼び戻そうって言ったのにそうしないから。東さんが引越したからこうなったんでしょ」


 「いや、それはないと思いますよ」


 山川がさすがに否定する。


 「建て直しってその間どこに住めばいいの?取り壊しって明日から?建て直ししたら当然、今の家賃と同じで入れるのよね。一時引越し代は出るの?どうしよ。引越しで一週間会社休んでもいいよねー」


 などなど。月森はケーキを食べながら安を質問責めだ。


 「あ、いや、それは…。取り壊しは明日からじゃなくてー、その話はー」


 安が答える前に次々と聞いてくる月森。そして安がまとも答えないうちに


 「あー、ケーキ美味しかった」


と、満足そうに言った。


 「取り壊し、明日からじゃないんでしょ。決まったら教えて下さいね。おやすみなさーい」


 食べ終えると月森は明るく笑顔で部屋に帰っていった。


 「自分の手をわずらわせないようにするのは、ほんとに天才ですね」


 山川がいつもの見事な消えっぷりにグチた。


 「まぁ、いいよ。それより取り壊し、来年の四月の予定だそうだ」


 安は残ったみんなに、それまでにどうするか決めておいてくれと伝えた。



 その夜。安は布団に入って考えた。


 ここに来て半年。この先もあと半年か…。ずっと前から住んでるような錯覚を覚えるな。…何とも出来んか。


 安は天井を見つめた。


 あのケーキが美味しいっていうんだから、月森さんの味覚もどうかしてるな。


 自分で作ったケーキの味を思い出して、安は笑った。


 安はまぶたを閉じ、軽く息を吐いた。取り壊しまで半年。先の話ではあるのだが。


 僕もどうするか…。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 学校祭の出し物で話し合う中、心に目を向ける久


 思っていることと、感じることの違いに戸惑う姿


 いつものイメージー妄想が続かない


 自分の心に何が起こっているのか


 悩みの解決は、フラレンジャーにある?



 コスプレ会の後、送られてきたメール


 冬美の新しい出会い


 女の子は立ち止まらない



 山川もバイトだけじゃないんです


 お嬢様のような子を、で愛の荘に連れてきます


 モテないわけじゃないの



 矢守は、いつだって動いてますよ



 次回第四十八話 新しい恋



 「結婚して下さい!」

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