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第四十五話 さよならと大改造

第四十五話 さよならと大改造



 その週の日曜日に行われた引越しは、実にあっさりとしたものだった。


 昼前に梅田がやって来きて、ダンボール五・六箱を車に詰め、


 「残りはゴミなんです。後は東さんに頼んでありますので、では」


と、言ってすぐに去って行ってしまった。


 安と山川が気がついて出てきた時には、もう出て行く直前の電光石火の引越しだった。


 「梅田さんって、全然寂しそうじゃありませんでしたね」


 呆気(あっけ)にとられながら山川が言った。


 「…」


 安もさっぱりとした別れに言葉がないようだった。


 「ま、彼女と同棲しているって言ってましたから、必要な物はほとんど向こうにあって、こっちは倉庫状態だったんでしょうね」


 山川が続けて言うと、ようやく安が小さく頷いて答えた。


 「お互い会ったこともなかったからなぁ。で愛の荘(ここ)に未練がなさそうだったのも、彼女との生活の方が楽しいからかも知れないし」


 「そうですね。同じ所に住んでいたのに、初めて会った人でしたから」


 山川はそう言うと、日をさえぎるように手をかざした。


 台風など全くなかったかのように空は晴れ渡り、夏のモクモクとした雲が湧き上がっている。太陽の光が降り注ぎ、すっかりきれいに片付いた庭をまぶしく照らしている。台風で飛んできたゴミを安がせっせと拾ったからだろう。


 「草抜きしないといかんな」


と、安が山川に話しかけていた。


 むわっと立ち上がってくる熱気の中、青々としげった草がそこかしこに生えている。二人は楽しそうに話しながら、で愛の荘に入って行った。


 東の部屋の大きく開いた窓。その上の屋根瓦の一部が、違う色の輝きを放っている。この天気なら梅田の部屋も窓を開ければよく乾くだろう。今日も一日、暑い日になりそうだ。



 昼も過ぎた日差しの一番強い頃、軽トラの小うるさい音と共に東がやって来た。


 その音に気がついた安が、開け放していた部屋の窓から「東さんっ」、と手を振って出迎えた。


 東も「よおっ」、と車の窓を開けて手を振り返した。


 安が庭に出ると、東が額に汗をにじませながら「この車、冷房効かねぇんだよ」と車を降りてきた。


 「そりゃ暑いですね、東さん。それにしても、お久しぶりです」


 「何言ってんだい。そんなに経ってないよ」


 小さく頭を下げて挨拶する安を、東は軽くいなす。


 安は、そうですねと微笑んだ。


 「昼前に梅田さんが来て、部屋に残ってるのは全部ゴミで、あと東さんに処分をお願いしてるって言ってたんですけど、聞いてます?」


 東は「あぁ、聞いてるよ」と答えると「悪いんだけどさぁ」と前置きをして言った。


 「梅田くんがどれだけ荷物置いてったか知らないんだけど、下ろすの手伝ってくれない?」


 「もちろんですよ」


 安は快く返事をした。


 「山も呼んで一緒に手伝いますよ。三人でやったほうが早いでしょうから」


 「そうかい。そうしてくれるとこっちも楽が出来るよ、何てね」


 東は嬉しそうに下唇を舐めた。


 「ならオレは先に部屋に行って自分の部屋でいるもの集めておくから、安くんも後で来てよ」



 洋服掛けに布団、あとはダンボール数箱。東は先にそれを軽トラに積むと、「あとは部屋に残ってる物ゴミだからさ、梅田くんのもテキトーに全部持ってきてよ」と安と山川に言った。


 二人はまるで捜索するように東と梅田の部屋のあちこちを探しまわり、大きなものから小さなゴミまですべて東の軽トラに積んだ。


 東の荷物より明らかにゴミの方が多かったが、それでも二人分のゴミを合わせても軽トラで十分なほど、荷物もゴミも少なかった。


 「安くんも山川くんもありがとう」


 東はそう言うと、「これで冷たいものでも…」と財布を開いた。


 「やめて下さいよ、東さん」


 安が止めると、東は


 「いや、近くに自販機があればいいんだけど、ないからさ」


 そう言って無理に小銭を渡そうとした。


 すると山川が素早く「ちょっと待ってて下さい」と、で愛の荘に入って行き、すぐに冷えた麦茶とコップを持ってきた。


 「これでどうぞ」


 「悪いねぇ、山川くん」


 東は下唇を舐め、礼を言った。


 山川の持ってきた麦茶をコップに注いでいると、どこからともなくすっと手が伸びて


 「コップ一つ足りないじゃない」


と、声がした。


 驚いて振り返ると、その麦茶を美味しそうに飲む矢守がいた。


 「これだけ暑いと、美味しいわー」


 「お前いつの間に」


と、安が言うと


 「東さんのお見送りでしょ。それなら私だって」


と、矢守は一気に麦茶を飲み干し、いかにも手伝ったかのように「ふーっ」と息を吐いた。


 「矢守くん。何もしてないのにそんなに美味しそうに飲むなよ」


 東はニコニコして言った。


 「手伝おうと思ったら、終わってたんだもん。でも東さんにはお世話になりました」


 矢守は深々と頭を下げた。


 「オレ、何かしたっけ?」


 東は片目をつぶりながら、いたずらっぽく舌を出した。


 そして「そろそろ行くよ」と、山川にコップを返した。


 「ゴミ処分場の時間があるからさ」


 「引き止めてすみません」


 残念ですよ、と安が名残惜しそうに言うと、東は少し芝居がかった調子で


 「そう言ってくれると、嬉しいねぇ」


と、返した。


 「これでもう会うこともないだろうけど、どっかで見かけたら声かけてよ。警備って暇な時は暇なんだよ」


 東は日に焼けたその手でドアを開け、軽トラに乗り込んだ。そういえば東の顔も日に焼けた、でも柔らかいシワをたたえていた。


 エンジンをかけると、見送る三人に窓から身を乗り出して


 「ありがとう」


と、ニッコリと笑った。


 「あっそうだ、安くん。大家がね、オレと梅田くんの部屋好きに使っていいって伝えてくれって」


 「えっ、そうですか?」


 驚く安に東は「伝えたよ」というと、あらためて三人に手を振り軽トラを発進させ、すぐに見えなくなってしまった。


 「好きに使っていいって、どう言う事ですかねぇ」


 首をひねる山川に、安は「うーん、とにかくちょっと見てくる」と、で愛の荘に入って行った。


 すると入れ替わるように、雪が出てきた。


 「東さん行ったの?」


 「たった今。ちょっと残念」


 矢守が答え、雪と寂しそうに小さく頷き合う。


 「そう。一言だけでも挨拶しておきたかったわ。ま、いいか」


 雪はそう言うと、「で、安は?」と続けた。


 「何か難しい顔しながら、二階に上がっていったけど何かあったの?」


 「今、東さんに言われたんですけど、引越して行った二人の部屋、好きに使っていいらしいんですよ」


 山川が雪に「好きにってどう言う事でしょう」と聞いた。


 雪は木陰に入りながら素っ気なく答えた。


 「言葉通りじゃないの?」


 「じゃ、倉庫として使ってもいいし、部屋として使ってもいいってことですか?」


 山川は疑うように重ねて聞いた。


 「向こうがどういうつもりかは知らないけど、好きに使っていいってそういうことでしょ」


 確認はとった方がいいと思うけど、と付け加える雪に、山川はそこなんですよと強く言った。


 「もし大家がこのまま、で愛の荘を続けるつもりならそんな事いいますか。あ、そりゃ言っちゃ悪いですけど、こんなトコを借りてもらっているのでサービスとして言ったとも考えられなくもないですよ。まずないですが。でもそんな都合のいい解釈じゃなくて、むしろここを取り壊すつもりだからそう言ったんじゃないかと思うんです」


 力説する山川に雪は何の感情も見せず「それで?」と聞いた。


 「つまり、あの部屋を他の人間に使わせるつもりがないから『好きに使っていい』って言ったんですよ。今回直した屋根も見て下さいよ」


 山川は振り仰いでわざわざ指までさした。


 「明らかに瓦の色が違いますよね。あとで東さんの部屋の天井も見てみますけど、最低限の修繕で終わらせたと思うんです」


 「青いビニールシートよりマシじゃない。立派に瓦で直してあるのよ」


 雪は充分直してもらってあると言いた気だ。


 「そうかも知れませんが、俺たちが前に住んでいた、で愛の荘。あそこ火事のあと建て直すって聞いていたのに今、駐車場ですよ」


 「屋根が駐車場にならなかっただけいいじゃない」


 矢守が横から茶々を入れた。


 「そうそう、それにここなんて直し始めたら、それこそ建て直しものよ」


 雪も矢守に同調した。


 言われなくてもその通りなのだ。山川は言葉に詰まった。


 「まあ、そう言われればそうなんですけど…」


 山川だって、こんなボロ屋を直すよりかは新しく建て直した方がいいと思う。もう少しマシな感じの所に住みたい気持ちもある。だが、だからこそ自分たちで雨戸を修理したり、洗濯機の屋根を作ったり、池を掘ったりといろいろ工夫してやって来た。住んで半年、今までない愛着を山川は知らず感じていた。


 そんな山川の気持ちを感じたのか、雪は言った。


 「いいのよ、そんな事」


 「えっ?」と山川は雪を見た。


 雪はゆっくりと続けた。


 「山川はこんな考え方、嫌かもしれないけど、所詮私たちはここを借りてるだけの住人。住み続ける権利があるとか何とか言うけど、実際ボロいんだもの、どうなったって文句言えないわ」


 「嫌だけど、そうだもんね。先のことを心配して今にしがみつくより、その先が(がけ)でも、そこまでは目いっぱい遊びたいわ」


 矢守も雪と同じように答えた。


 「矢守、今のちょっといい言葉だな」


 山川はそう言いながら、矢守と雪がいつもと違う雰囲気を出している事に気がついた。


 さっきの東との別れだろうか。山川にとっては他人同様だったが、前から住んでいた矢守には、なにがしかの思い出があったのかも知れない。矢守つながりで雪にも。


 感傷的になってるのかな。


 山川は「そうか…」と頷いて見せた。


 そんなしんみりとした空気をぶち破るように、


 「山、これ見てくれー」


と、安が嬉しそうに、で愛の荘から小走りに出て来た。紙を一枚ひらひらさせている。


 山川は「何ですか」と紙を受け取った。


 「…」


 山川は一目見るなり考え込んだ。


 その紙には何やら抽象的な直線画が描かれていた。いくつかの長方形に台形、平行四辺形。それらが組み合わさった絵で、奥行きを感じさせるような平面のような、なんとも言い難い…、否、ただの落書きが描かれていたのであった。


 山川は言いにくそうに尋ねた。


 「あの、安さん。これ、何ですか」


 「何って、設計図だよ」


 安は楽しそうに答えた。


 そう言われても分からない。山川は頭をフル回転させ当てずっぽうに聞いた。


 「設計図って…、あ、あぁ、これ、ふすま?ですか?」


 安がさっき、東の部屋を見てくると言ったのを思い出したのだ。


 と言うことは、安は東の部屋を倉庫か何かとして使うために、配置分担でも考えてきたのだろう。


 「柱だよ。こっちがふすまで、こう押入れがあるんだ」


 安は怒るどころか、逆に生き生きと答え出した。


 「安さんどうしたんですか、そのテンション。いつもと違いますよ」


 「そうか?」


と返事をする安の顔は、満面の笑顔だ。


 「家を好き勝手出来る機会なんて、そうそうないぞ」


 「まぁ、そうですけど」


 だが、どう見てもこの図では柱にも部屋の中にも見えない。


 考えても分からない山川は、違う質問をした。


 「さっき設計図って言いましたけど、これは平面図ですよね」


 「いや、立体図だ。三面図のほうが良かったか?」


 「これが立体図?安、あんた絵心どころか、設計図心もないわね。これただの落書き(ゴミ)よ」


 横から覗いた雪が、一目見るなり山川の言いたいことをズバリと言ってくれた。


 「ハッキリ言って、ヘタクソね。ここまでヘタクソとは思わなかったわ。山川も二階行って説明してもらった方が早いわ。行くわよ」


 ゴミなのかと戸惑う安を尻目に、雪は設計図と言う名の落書きをひったくると、矢守と共にさっさと、で愛の荘に入って行った。


 「そこまで言うなよ」


 取り残された安が、一人つぶやいた。



 雪と矢守の後を追いかけるように山川が二階奥の東の部屋に着くと、矢守が物思いにふけるように、そしてその後ろを守るように雪が立っていた。


 部屋の中は、畳が山形に互いに立てかけられており干してあった。


 ガランとした部屋の窓から、山川の部屋より少しだけ眺めのいい景色が見えた。


 「私、いろいろ良くしてもらったのよ。こんな形でさよならするとは思わなかったけど。東さん、気使ってくれたのかな」


 矢守が小さく雪に言った。


 「何か深い思い出でもあるの?」


 雪も小さく聞き返す。


 「深いっていうか…、また今度話すわ」


 二人が話している所に、安が遅れて入ってきた。


 「それで」


 安に気付いた雪は、振り向きもせずにいきなり尋ねた。


 「この部屋どうするの」


 「この部屋っていうか、ここと隣をつなげようと思ってるんだ」


 安が雪の背中に答えた。


 「つなぐって?」


 矢守が怪訝(けげん)そうな顔をして振り向いた。


 安は押入れのふすまを開けて言った。


 「ここをぶち抜くんだよ。好きにしていいって言うんだから、ここを宴会場にしようと思ってな」


 思いもしなかった考えに、山川は驚いた。


 「そんな事していいんですか?」


 「この設計図から、そんなイメージは伝わってこないんだけど。いいわ、付き合いきれないから好きにして」


 雪はいきなりズバンと切り捨てた。そして安の設計図をもう一度一瞥(いちべつ)すると、「ふふん」と笑い山川に渡す。


 「その方がいいかも」


 矢守も、なぜか懐かしむように笑っている。


 「この落書きがどんな風になるのか期待してるから」


 雪はそう言って、矢守と部屋を出て行った。


 「じゃあ、安さん。一応聞きますけど、どういう予定ですか?」


 山川の不安な心を無視するように、安は嬉しそうに語りはじめた。


 「まずここの押し入れのベニヤをぶち抜く。さすがに柱を切る訳にはいかんから、柱はこのままだが基本はそれだけだ」


 それだけでこの図?と思いながら山川は、ほっと息を吐いた。それぐらいなら何とかなりそうだ。


 「しかし出来れば、床を畳からフローリングに変えられないかと思ってるんだが」


 安は思案顔で続けた。


 「ヒノキの板をホームセンターで買ってこれば行けるか。いや予算を考えればワンバイ材の方がいいな。待てよ、それなら壁にも貼ってログハウス調も行けんか?」


 安の顔を見ると想像がどんどん膨らんでいるのが分かる。山川は思わず止めた。


 「ちょっと安さん、そこまでしなくても」


 「太陽熱温水器も視野に入れられるな。業者呼ぶか?山」


 「いや呼ぶか、と言われても…」


 「うん、違うな。モーターさえ何とかすれば、自分で出来そうだ。試す価値はありそうだぞ」


 山川は暴走する安を止めようと声を大きくした。


 「安さん、落ち着きましょうよ。やっても床ぐらいで」


 だが安の暴走はそう甘くはなかった。


 「そうか。山の言うとおり床に管を這わせて太陽熱床暖房も出来るんじゃないか?今なら水を通せば水冷式床冷房になるぞ、ナイスアイデアだ、山」


 「そんな事言ってませんよ」


 「問題は電気か…これは太陽光発電で行けるか、温水器との共生がミソだな」


 「安さん?」


 呼びかけてみたが、安は夢中でブツブツ言っている。


 「安さーんっ、起きて下さーい」


 山川の声は、優乃顔負けの妄想?にひたっている安には届かなかった。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 安さん、すごいですね

 部屋改造できるとなったら、眼の色変わっちゃってましたよ

 私だったら、壁をベージュの上品な色に変えて

 部屋の真ん中には、お姫様ベッド

 レースのカーテンが光を受けて、優雅にたなびく

 私が目を覚ますと、隣には優しい安さんの笑顔…

 きゃっ、恥ずかしいっ



 こっちが恥ずかしいわよ



 「鍋の味を褒めろよ



 「ま、覗き穴なんて」



 「確かに何の役にも立ちそうにないですけど」



 「えっ、東さん引越したんですか」



 次回第四十六話 お披露目会



 月森さん、みんなでコスプレですか?



 「嫌とかそうじゃないが、嫌だな」

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