第三十九話 お豆腐対決
第三十九話 お豆腐対決
暑さに寝苦しさ、そして眩しさで優乃は目を覚ました。
重たそうに立ち上がり大きなあくびをしながら、体をぎゅうっと伸ばす。
時計を見るともうすぐお昼の時間だ。どうりで明るいわけだ。寝苦しかったのは、昨日の服のまま寝ていて、窮屈だったからだろう。
畳にはさっき起きた時に落ちただろう服が一枚、優乃の手を待っていた。
そう言えば昨日、安が連れてきてくれた覚えがある。そのまま、ずっと眠っていたことになる。
そんなに飲んでないはずなんだけど…。あの水かな?
優乃はおぼろげな記憶をたどりつつ、落ちていた服を壁にかけ直した。
確か雪が、『浄水』だとか何とか言っていたような気がする。紛らわしい名前のお酒だったのかも知れない。
ま、いっか。
優乃はあまり考えないことにした。
それよりも着替えなきゃ。
寝汗を吸っていて、べとつく。しかも服がしわしわだ。
こんな格好じゃ出られないと、優乃は服を脱いだ。
あれ?
着替え終わって脱いだ服をたたんでいると、小さな白い紙袋を見つけた。中を見ると『美守』と刺繍のしてあるお守りが入っていた。
「これって、安さんのお土産?」
何となく、お土産の話しもしていたような気がする。
安からもらった覚えはないが、ここにあるならそれしか考えられなかった。
後で、聞いてみなくちゃ。
優乃は胸のポケットに、大事そうにしまった。
廊下に出ると山川の部屋の戸が開け放たれていた。
「いや、それは違うでしょ」
「これよ。『きょうじたて』って書いてあるじゃない」
その部屋から、山川と雪の声が聞こえてきた。
「それよりも、こっちの『こいあじ』って書いてあるほうが、美味しいですよ」
「豆腐の味が濃くて、どうするのよ。しかもそれ木綿じゃない。食感が悪いわ」
「木綿をなめてもらっては困りますね」
優乃は何だろうと、ひょっこり山川の部屋を覗いてみた。
すると山川と雪が机を挟んで、その上に乗った箱のようなものを指しながら、言い争いをしている。
奥にいた山川が、すぐに優乃に気づいて声をかけてきた。
「あ、優乃ちゃん。ちょうどいい所に」
山川が手招きするので、優乃はそのまま部屋に上がった。
「優乃ちゃんはどう言うのが好き?」
そう言いながら、山川は机の上を指した。
見ると、豆腐のパックが五・六種類置いてある。
「うわっ。これどうしてこんなにあるんですか?」
答えるより先に、優乃は山川に言った。
豆腐だけで、こんなにも買ってきたことはない。スーパーでは見慣れていても、ここでこんなにも見るとは思ったこともない。
「いやー、スーパーの催事に寄ったら、隅で小さく特集豆腐市ってやっててつい買ってきちゃったんだよ。で、優乃ちゃんはどれが好き?」
どれが好きと聞かれても、味の違いなんて分かるわけがない。今まで豆腐が美味しいと思ったこともないのだ。
優乃は首をひねるしかなかった。
「どれって言われても、食べてみないことには…」
「それよっ」
雪が大きな声を出して、優乃を指さした。
「言ってても始まらないわ。食べれば分かるんだから。今から私の一番のお気に入りを買ってくるわ。豆腐はこれだってのを、優乃ちゃんと山川に教えてあげる。首を洗って待ってなさい」
そう言われては、山川も負けてはいられない。
「そういう事ならこちらも用意させてもらいますよ。豆腐の本当の味を、優乃ちゃんに知ってもらいましょう」
二人が張り合う。それに付き合わされそう優乃は、少し心配になってきた。
「そんなにいろいろ食べられないと思うんです。それに私一人で決めるより、何人かの意見を聞いたほうが…」
「決まったわね。勝負は夕方よ」
雪の言葉に、山川も頷いた。
「それじゃ、雪先生は矢守に、俺は安さんに言ってきます」
阿吽のタイミングで、話は決まった。
「優乃ちゃん。行こうか」
雪に言われ、優乃はついて行くことになった。
豆腐で張りあうなんて、二人共酔ってるのかな。
優乃は悪いとは思いながら、そう思った。
矢守に声をかけ、雪と優乃は、で愛の荘を出た。
「雪先生、聞いていいですか?」
「何?」
坂を下りながら、優乃は胸のポケットのお守りを取り出した。
「これ、私の部屋においてあったんですけど、あんさんからのお土産ですか?」
「ん、どれ。あぁそうよ」
雪は首を伸ばして見ると、軽く頷きながら答えた。
「美しさを守るお守りで、『みまもり』って読むんですか」
「それ、『うつくしまもり』って読むのよ。安は良縁のつもりで買ってきたって言ってたけど」
「良縁ですかー」
美しさを守るというなら分かるが、良縁となると意味があやしい。安自身ではなく、他の人と縁付いて欲しいということなのだろうか。
優乃は寂しくなるような気持ちになった。
雪はそんな優乃に構わず先に歩いて行く。そしていつもの市場を通り越して、駅に向かって行った。
「市場じゃないんですか?」
優乃が聞くと雪は、これは勝負なのよと言った。
「私、豆腐はうるさいの。その私に対抗しようって言うんだから、山川をギャフンと言わせてやらなきゃ」
「ギャフン、ですか」
今時、それはないと思う優乃。
雪は気にせず続ける。
「いつもならあそこでいいけど、今日はちょっと遠いけど、こだわりの店に行くわ。あ、そうそうお酒も買うから、お金出してね」
「えー、どうしてですか?」
「昨日、私の『如水』飲んだじゃない。覚えてないとは言わせないわよ」
「あれは水だと思ってー」
「言い訳はいいわ。よろしくね」
雪は恨みがこもった声で、優乃を頷かせた。
電車に乗って二駅ほど。雪は勝手知ったる道をスイスイと歩いて行く。優乃はキョロキョロしながらついて行った。
十分ほど歩くと、ガラス張りの門構えの小さなお店の前に着いた。ガラス越しに見る店の中は、棚が木製で重々しい感じがする。いかにもこだわってますという雰囲気でちょっと入りづらい。
雪はそれに臆する風もなく、「こんにちはー」とあっさり入っていった。
優乃も取り残されてはいけないと、早足で後に続いた。
中に入ると思った以上に奥行きがあった。外の光は奥まで届いていない。お客が入ってきたというのに、照明は薄暗いままだ。
「雪先生。ここ雰囲気はありますけど、暗くて入りにくいお店ですね」
優乃は雪のそばに寄って言った。
「お酒にこだわってる店って、どこもこんな感じらしいわよ」
雪は棚に置かれたお酒を見ながら、無関心に答えた。
雪の関心は今、棚に並んでいる酒に向いているのだろう。
優乃が雪についてキョロキョロとお酒を見ていると、やっと奥から店主らしき人物が出てきた。
「あ、いらっしゃい。こんちは」
やや、高いトーンで挨拶をしてきた。
年の頃は三・四十といったあたりだろうか。こだわりの店構えだけに、もっといかつい顔のおじさんかと思ったが、痩せ気味でヤサ男と言ったほうがいいかも知れない。
「この前のお酒どうだった?」
すっかり顔なじみなのだろう。店主は雪に向かって慣れ親しんだ様子で聞いた。
「この子がほとんど飲んじゃって、まいっちゃったわ。『如水』を『浄水』って言うんだもの。シャレにならないわよ」
「『如水』を『浄水』か。伸ばすだけで、お酒が水になっちゃうのか。確かにそんな味だけど」
店主は愉快そうに笑った。
「それでお嬢さん、お酒どうだった?」
店主は愛想のいい顔を、優乃に向けた。
「いえ、どうって、水と思って飲んだことしか覚えていないんです。美味しいかったんですけど…」
「うん、うん」
店主は笑顔で頷いた。
「それじゃあ、今日はこのお嬢さん用に淡麗な感じかな?でも如水は試し売り限定でもうないんだ」
「分かってるわ。今日は冷奴に合う燗が効く辛口をお願いしようと思って」
「そう、それなら今うちにあるので燗映えするのは…」
店主と雪は棚を移動して、お酒を選びに行った。
一方優乃は、ズラリと並んだお酒の種類にびっくりしていた。
近所の市場で見る種類とはぜんぜん違う。紙パックが一つもなく、一升瓶がズラリと整列している。
何か圧倒されちゃう。
品名の札の下にも、それぞれ味の違いが書いてある。
優乃は改めて店内をぐるっと見渡した。
注意してみると焼酎もある。これまた日本酒に負けない数がそろっているようだ。
この店すごい。
優乃がその種類の多さに驚いていると、雪が奥から戻ってきた。
「優乃ちゃん、これにしたわ。よろしく」
にこやかに言う。
「ちょっと雪先生。それ昨日の何倍の大きさですか」
優乃は驚いた。
払ってね、とは言われていたが、一升瓶とは思わなかった。弁償だとしても、これはさすがに殺生というものではないだろうか。
「いいじゃないの。今日はみんなで飲むんだから、大丈夫。豆腐の代金まで払えなんて言わないから」
お豆腐とお酒の値段はぜんぜん違う、と思いながらも優乃は限定品を飲んでしまったバツの悪さもあって、雪に背中を押されながらレジに向かった。
「さ、次行くわよ」
お店を出ると、雪は嬉しそうに言った。
「タダ酒は美味しいって言うから、期待しちゃうわ」
そんな雪の言うことを聞きながら、優乃はもう一度レシートを見なおした。
優乃が料理用に買うお酒の四倍以上の値段である。あんなに種類があるとは知らなかったし、値段にもピンからキリまであるのを初めて知った。優乃は、勉強代と思えば仕方ないと諦めた。
「雪先生、いつもあんな高いお酒飲んでるんですか?」
優乃は自分には買えないなと思いながら聞いた。
「ん、高くないわよ。普通よ。まともな日本酒なら当たり前の値段ね。ワインに比べれば安いし。さあ、次は豆腐屋さん。ちょっと歩くわよ」
雪はそう言って、すたすたと先に歩く。
優乃がヒヨコのように後をぴよぴよついていくと、雪は冗舌に話し始めた。
「お酒にも日本酒とか焼酎、ワイン、ビール…ほんといろいろあるけど、結局は好みなのよ。好みのものが美味しい。でもその美味しいはいろんな味を知っての美味しいか、ただそれだけしか知らなくて好みに合うから美味しいかで、意味が全然違うのよね。私は広く浅くって思ってるけど、それでも私の口に合わないのを美味しいっていう人もいるのよ。そうするとその人にとってはそれが美味しい物になるのよね。それの延長で考えれば、今日の豆腐対決だって、私と山川、どっちが美味しいのかってのもどっちでもいい話なんだけど、それじゃあ面白くないでしょ。他人のツボを知るっていうことも、マンガ書くのに後で役立つことがあるの。そういう意味で今日はネタ集めと言うか、経費みたいなものなのよ」
優乃が珍しいなと思いながら聞いていると、雪の首筋がほんのりと赤いのに気がついた。
もしかしたら、さっきのお店で試飲でもしてきたのかも知れなかった。
いいなー。
優乃は素直にそう思った。
「こんなにいっぱい種類があるんですね。どれが美味しいんですか」
百貨店の食品売り場に着くと、優乃は並んでいる幾種類もの豆腐を見て、くるくると目を回した。
同じメーカーでも三・四種類はある。ざっと見て十五種類前後はありそうだ。各社工夫を凝らしているようだが、パッケージが和風な感じという意味では似通っている。
優乃には木綿と絹ごし、あとソフト豆腐くらいの区別しかつかない。その違いも食感ぐらいなもので、絹ごしとソフト豆腐の違いは言われなければ、いや、言われても分からない。味も同じで、気持ちの持ちようぐらいにか思っていない。いつもの市場にはない種類と値段の違いを見て、優乃はただ驚くだけだった。
「どれが美味しいなんて、食べてみなけりゃ分からないってわ。うーんと…、どれでもいいけど、これかな」
雪が選んだのは「京の名水仕立て」、と書いてある普通っぽい豆腐だった。
「どれでもいいって…。こっちには消泡剤不使用とか本にがり使用って書いてありますよ。一番のお気に入り買うって言ってませんでした?」
こだわりがありそうでないような選び方をした雪に、優乃は他のものと見比べながら聞いた。
「あ、いいの。今日そのお店、休みだったの思い出したから。適当でいいのよ」
「適当でいいって…、いいならいいんですけど。味に違いってあるんですか?」
「さあ、分からないわ」
雪は首を傾げた。
本当に分からないようだ。それでよく勝負しようって言ったなと、優乃は呆れてしまった。
そんな優乃の顔を見て思っていることが分かったのだろう、雪は続けて言った。
「いいのよ。今回は私の好みを押し付けるつもりなんだから。確かにいろんな豆腐があって比べてみれば味も微妙に違うのよ。でも私はすっきりとした味と、すっと通るのどごしのものが好きなの。そういうのって大抵こういう「京仕立」とか京都系のものに多いの。大丈夫、豆腐の違いは山川が、そうでなけりゃ安がご大層に解説してくれるわ、きっと」
雪はそう言いながらお金を払い、帰ろうかと足を外に向けた。
電車に乗りいつもの駅で降りる。
「まだ暑いわね。早く涼しくならないかしら」
雪はいかにも暑そうに、ふーっと息を吐いてみせた。
それは雪先生がいつもクーラーの効いた部屋にいるからですよ、と言う言葉が出かけたが優乃はやめた。
優乃にしたって暑いものは暑いのだ。涼しくなって欲しいのは同じだ。
「セミの声が、また暑さを倍増させますね」
優乃も雪と同じように息を吐いた。
「最近クマゼミが木の下の方にいるのよね」
雪は寂しそうに言った。
「えっ、いないんですか?」
当たり前のことに、どうしてと優乃は思った。
雪はそうかと一人頷き、懐かしそうに話し始めた。
「私が小さい頃はクマゼミが少なくて、しかも高い所にしかいなかったの。アブラゼミはいっぱいいたけど、クマゼミ一匹にはかなわなかったわ。タモの柄を二本も三本もつないで取る子が羨ましかったな。最近は低いところにもいるけど、高いところにいるクマゼミが私のクマゼミよ」
「私のクマゼミって、何か格好良いですね。雪先生って結構わんぱくだったんですか」
優乃は面白そうに、雪を見た。
「そうなのよ」
雪は立ち止まり、目を閉じた。
セミの鳴き声が聞こえる。
雪にはどう聞こえているのだろうか。小さな頃が、懐かしく思い出されているのだろうか。
「あ、ごめんね」
雪は目を開けると、足を進めた。
雪の横顔には、照れたような笑みがあった。
「待ちくたびれましたよ、雪先生」
雪と一緒に山川の部屋に行くと、いつものメンバー、山川、安、矢守が机を囲んで座っていた。
「ごめんごめん」
雪は謝りながら部屋に上がり、豆腐を山川に渡すと矢守の隣りに座った。
昨日、ソーセージやハムを一緒に食べたばかりなのに、今日も五人で食事会いや、食べ比べだ。
優乃も一緒に机を囲んで座る。
「残念ながら俺のイチ押しは用意できませんでしたが、これならってのを用意しましたよ」
山川は自慢げに冷蔵庫から豆腐を取り出した。
「雪先生のも今、切るんで待ってて下さいね」
「いや、もう準備出来たぞ」
流しに立っていた安が、さっき雪が持ってきた豆腐を一口大に切って器に盛り、山川に渡した。
「他の種類は後にして、まずはどちらの豆腐が美味しいか三人に判定してもらいましょう」
山川は三人に試食を頼んだ。
二つの器から豆腐を取り、食べ比べる。
「うーん」
「あ…」
「…」
三人とも神妙な顔つきだ。
「さぁ判定してもらいましょうか」
待ち切れない様子で、山川が言った。
「うん、甘さがあって山川の方がいいな」
安が言うと、山川はおっしゃと腕に力を込めた。
「えっ、甘かった?どっちも同じ味だったけど」
矢守が同意を求めるように安と優乃を見た。
「違っただろ?」
安が言うと矢守は、首を振った。
「どっちもそんなに変わらないわよ。強いて言えば山川の方が」
「俺の方が?」
山川が身を乗り出す。
「冷たかったって所で」
「温度比べじゃねー。味比べだっ」
山川は突っ込んだ。
「でも私は雪先生のほうが、食べ慣れた味でいいですよ。食感はどっちも似たような感じでしたし。山川さん、木綿押しじゃありませんでした?」
両方食べてみたが、いつもの豆腐とどう違うと言うのか。三・四倍のお金を出すほど味が違うとは思えない。矢守ではないが、強いて言えば、山川のも雪のも水っぽくないと言うぐらいだ。好きな人にはその違いが分かるのだろうが、優乃にはその程度しか感じられなかった。
「はー、まいったなー」
山川はがっかりした様子で、冷蔵庫から残りの種類の豆腐を次々と取り出し、机に並べた。
「オススメの豆腐が用意できれば、豆腐の価値観が変えられたのに。今日は仕方ないから、豆腐にしては珍しく甘みのあるのを選んだんだけど…。味の違いが分からない奴もいるし、仕方ないか。引き分けで」
山川はちらりと矢守を見た。
「味がわからないって何よ」
矢守が抗議する。
「そうそう豆腐なんて、そんなに味変わらないわよ」
こだわってるはずの雪が、矢守に同調する。
「いいじゃない、引き分けで。でも価値観が変わる豆腐って、どんな味がするのよ」
雪は燗してねと、豆腐と一緒に持ってきたお酒を安に頼んだ。
「まさに豆の味がするんですよ。あれを初めて食べた時、豆腐は豆だってショックを受けたんです。豆腐は本来納豆と言っていたそうです、納豆は豆腐で。中国から伝わった時に名前がテレコになったって聞いてますけど、確かに字から考えるとそうなんですよね。豆が腐って豆腐。豆を納めたものが納豆。その説で、豆の味がしてこそ豆腐だと、頭も舌も感激したんですよ」
「へーそうなんだ。でも豆腐と納豆がテレコになったんなら、麻婆豆腐はどうなるの?あれ中国料理でしょ」
「どうなるんでしょうねぇ」
山川は楽しそうに笑った。
「そのことは今まで考えたこともなかったですね。麻婆豆腐は四川料理ですけど、日本に四川料理が入って来たと言えるのは戦後の陳建民氏からで、彼が考案したとも聞いてますから麻婆豆腐というのは、歴史が浅いのかも知れませんよ」
「山川ってホントに何でもしゃべるわね」
雪が呆れながらも感心した。
「ついでに言えば、納豆は日本発祥の食べ物と聞いていますから、豆腐と納豆がテレコで伝わったってのは、おかしな話ですけどね」
ウンチクが披露できて、山川は嬉しそうだ。
「ねー、その話もいいけど、豆腐ばっかりでお腹が冷えちゃう。口も麻痺してきたし。お酒まだ?」
ひたすら冷奴を食べていた矢守が、文句を言った。
「もう少しだ。徳利がパッと見つからなかったから、今コップで燗してるんだが」
安が言うと雪が、雰囲気ないわねーと応じた。
「豆腐の他に何かないの?昨日のハムの残りとか隠してあるんじゃないの?」
「おいおい、勘弁してくれよー」
昨日から、たかられっ放しだ。山川でなくてもそう言いたくなる。
「安もまだ、何か隠し持ってるんじゃないの?」
山川がないなら、次は安だ。
「昨日、渡したもの持ってこいよ」
「漬物じゃ、お腹ふくれないでしょ。お守りもいいけど、もっと食べ物でしょうが」
「あれだけ食べておいて、よく言うよ」
『お守り』と言う言葉が出て、優乃は胸ポケットにしまってある『美守』を思い出した。
雪先生は安さんが良縁にって買ってきたって言ったけど…。お豆腐だって好みで味の良い悪いを決めちゃうんだから、良縁って言っても、私と安さんの良縁って考えてもいいよね。そうそうセミだって雪先生みたいに、自分の思いがあるセミにしたっていいんだから、私だけのお守りって思えばいいし。安さんがどう思って買ってきたか分からないけど、私のために買ってきてくれたのは間違いないんだから。その気持を大事にしよ。
優乃はそう思った。
優乃は安に近付くとお礼を言った。
「遅れましたけど、お守り、ありがとうございました」
「いや、どういたしまして」
安は困ったように笑った。
お守りを買う時も、こんな顔して買ったんだろうか。
優乃は想像して、ちょっぴり嬉しくなった。
「それで、雪先生。俺の方が美味しいでしょ」
「何言ってんの。私が持ってきたもののほうが、のどごしがいいじゃない」
「まだやってたのか?」
山川も雪もどちらも譲らずに、にぎやかだ。
その横で矢守が豆腐を食べながら聞いてきた。
「ところで、今日は何?晩御飯まだ?」
「お前は、ボケ老人かーっ」
あっ、と優乃はひらめいた。
「それじゃあ、作りましょうよ」
優乃は明るく提案した。
「これだけお豆腐があるんだから、さっきの麻婆豆腐とか、揚げだし豆腐とか豆腐料理作ってみません?」
「おっ、優乃ちゃん、それいいね。よし、みんな豆腐一丁ずつ持って行って、何か作ってきて。一時間後にみんなで分けあって食べよう」
山川は大乗り気で賛成した。
「私、料理ほとんどしないんだけど、冷奴でいい?」
「焼き豆腐ぐらい出来んのか。それならせめて昨日の漬物ぐらい持ってこいよ」
雪と安が言い合う。
「とにかく解散して一時間後に、豆腐料理を持ってここに」
山川が仕切って言った。
矢守がOKと元気よく返事をして言った。
「で、何の会だったの?」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
次回予告
夏休みも、もうすぐ終わり
何もないなんて、さみしすぎる
山、海、他にはどこ?
優乃ちゃん、女はね、押しながら引くの
それがいい女ってものなのよ
矢守さんが言うと、どこまで信じていいか分かりません
黙って聞きなさい!
ちゃんと相手の反応を見ながら押して、寄ってきた所を少ーしずつ引くの
釣りに例えた子もいたわ
馬の鼻先にニンジンでもいいわ
優乃ちゃん、ニンジンある?
はぁ、冷蔵庫に
安を引っ掛けるだけの武器があるか聞いてるんでしょ!
「キスした仲なのに」
「ちょっと高くないか?」
「私の愛は、どこに行けばいいのよ」
「俺もそのつもりですよ」
次回第四十話 温泉バンザイ 前編
一発、事を起こすわよ




