第三十六話 フラレンジャー
第三十六話 フラレンジャー
「安さーん、フラレンジャー打ち切られましたっ」
佳乃に優しく、しかもハッキリとフラれた余韻が強烈に残っている安の部屋に困った客が尋ねてきた。
安の名前を呼びながら激しく戸を叩き、まるで火事でもあったかのような勢いだ。お昼過ぎとは言え、さすがに迷惑だ。居留守を決め込んでいたら、戸のガラスが割れるかも知れない。声の主は分かっているが、それ程、親しい間柄でもない。しかし安を慕ってわざわざ来たのだろうと思うと、無視も出来ない。
そうだとしても今の安にとって、「フラレ」と言う言葉は心に刺さる痛い言葉だった。
「安さんっ。この悲しみを共有しましょう。安さんっ、あのフラレンジャーがですよっ」
悲しみなど共有したくもない。自分の事で手一杯だ。
だが戸を壊されるわけにはいかない。安は勘弁しろよと言わんばかりに額をぬぐって立ち上がった。
「安さんっ、フラレンジャーがっ」
安が戸を開けるやいなや、親友が突然居なくなったような顔をして久が飛び込んできた。
同じ事を二度も三度も言わなくてもと思ったが、久の額には汗が浮かび、肩で息をしている。
その「ナントカジャー」が、そんなに大事なんだな。
安は、まぁ一息つけよ、と久を部屋に入れ座らせた。
久は四色のバッチが付いた大きくふくらんだ鞄を脇に置き、出された麦茶を立て続けに二杯飲んだ。そして一息つくと身を乗り出して話し始めた。
「安さん。この打ち切りの驚きと、とまどいと、やるせなさと悔しさとその…何て言うか…。安さんも、知っているかと思いますが、フラレンジャーが四月から始まってまだ四ヶ月ですよ。こんな中途半端な時期に、視聴率の低迷で打ち切りだって言うんですよ。報われない者の姿を真正面からとらえたこの番組の意義を、TV局は理解していませんっ。これ程の名作が埋もれてしまうのはー」
久の『報われない者』と言う言葉に、安はガツンと一発衝撃を受けた。どんな番組か知らないが、タイミング悪いよ、とよろめく。
久が「フラレ」「フラレ」と言う度に、安の心にダメージが蓄積していく。
これは不甲斐ない自分に神が課した試練なのかとすら、勘ぐってしまう。
「ごめん、久君。その何とかレンジャー、見てないんだ」
安が言うと久という名の神は、逆に目を輝かせた。ダイジェストと言いながら、詳細に第一話から語り始めたのだった。
それから二時間半が過ぎた。久の話の勢いは、とどまるどころか、ますます増していき、興に乗っていた。
安はフラレンジャーのフラレっぷりに自分が重なり、精神的ダメージを深くしていた。
コンコン
そこに救いの手が差し伸べられた。
「こんにちには。優乃です。安さんいますか?」
「あっ、優乃ちゃん」
久は安より早く立ち上がり、戸口に出た。
「優乃ちゃん、いらっしゃい」
久は嬉しそうに戸を開けた。
「あ、久ちゃん」
安が出てくるものだと思っていた優乃は、目をぱちくりさせた。
「安さん、いる?」
何故久がいるのかは聞かない。ある意味、久は眼中にないからだ。
だが久にとっては、とにかく優乃に会えた事が嬉しい。顔をほころばせて安を呼んだ。
「やぁ、優乃ちゃん」
この終わらない試練から抜け出すのは今しかないと、安は救いの女神を全身で歓迎した。
何だか嬉しそうな安に、優乃は笑顔で言った。
「安さん、スイカ割りしません?山川さんと準備したんです」
まさに福音であった。安は優乃にひざまずきたい気持ちにすらなった。
「いいねっ。スイカ割りか。久君もやるだろっ」
神の試練はこれで終わりだ。安は一も二もなく賛成した。
「すぐ行くよ。庭で待っててくれるかな」
安は久と一緒にフラレンジャーグッズを片付けると、部屋を出た。
「雪先生と矢守も呼んでくるから、久君先に行ってて」
久が山川に挨拶をしているうちに、安がやってきた。
「お待たせ」
「雪先生と矢守さんは」
優乃が聞くと、安は気持ちよさそうに深呼吸をしながら首を振った。
「矢守は出かけてるみたいでいなかったよ。雪は今まで寝てたみたいだ。後で来るって」
山川が早速安に、太めの木の枝を渡した。
見てみるとみんな手に何か持っている。山川はスイカ割りにぴったりの木の棒。久は竹の棒。優乃は金属バットだ。
「優乃ちゃん、金属バットでいいの?」
まさか金属バットでスイカ割りをやるとは思わなかった。
「そうなんです」
優乃は怒ったフリをした。
「山川さんがこれぐらいじゃないと、私では割れないって子供扱いするんですよっ」
優乃は山川のお尻を叩くように、バットを振った。
「おいおい、骨が折れちゃうよ」
山川はよけながら笑った。
それぞれが自信ありげに素振りする。さすがに優乃の金属バットからは音が出ないが、男三人からはぶんぶん、ヒュンヒュン音がする。
「よーし。みんな準備いいね。それじゃ、距離はこのくらいにして、やるか」
安が晴れ晴れとした表情でそう言うと、みんな集まってきた。
「よし、レディーファーストで、優乃ちゃんからだな」
安は笑った。
「優乃ちゃん、武器はそのバット?」
「私、山川さんの持ってる木の棒で行きます」
武器という言葉にみんな笑いながら、優乃は棒を手に目隠しのタオルを巻いてもらった。
「もうちょい前」「右」「あ、そっちじゃない」「もう一歩、後ろ」
みんなの声を頼りに動いて、優乃は「えいっ」と棒を振り下ろした。
ぼんっ
にぶく、弾むような音を立てて、優乃の棒ははじかれた。
「うわーっ、少しも割れてない」
タオルを下ろして見てみると、叩いたような跡はあるものの、傷一つない。
「優乃ちゃん、今のは手打ちだよ」
「体全体で振らなきゃ」
「やっぱり金属バットがよかったんじゃない」
男どもが自分は出来るとばかりに、好き勝手に言う。
頬をふくらませながら、優乃はいいことを思いついた。
「そうだ。これからはスタート地点でくるくるまわしましょう。それでヒントは三回まで聞くことが出来るってことで。その方が面白いですよ」
「それいいねぇ」
と、安が言うと
「おっ。急に難易度が上がりましたね。安さん」
山川が楽しそうに、腕を鳴らした。
「じゃ次は久君ね。今のでいくよ」
タオルで目隠しをしてもらう。
優乃の使っている化粧品だろうか、ほんのりとした香りが久の鼻孔をくすぐる。ちょっぴり幸せ気分だ。
久はぐるぐる回されると、ふらふらする感覚の中で神経を研ぎ澄まして歩き出した。
そこだっ
もうちょっと右
キャー
手がしびれたぁ
声が聞こえてくる。
雪はようやく覚めた頭を振って、窓から庭を見下ろした。
庭では安が棒を手に、ふらふらしていた。
「安、へっぴり腰じゃない」
安の振った棒は、スイカの端をかすっただけだった。
「私が決めてやるわ」
雪はソファから起きあがり、力をためるように体を伸ばした。
「お待たせ、まだ割れてないのね」
「雪、やっとか」
「雪先生、こんにちは」
「お久しぶりです」
「わざわざ残しておいたんですよ」
雪が庭に出ると、みんなが嬉しそうに迎えてくれた。
「じゃ次は雪先生にお願いします。どれ使います?」
久が持ってきた四本の棒から、雪が手にしたのは金属バットだ。
「誰も使ってないそれか」
安は驚いたが、雪は平然と答える。
「一撃必殺よ。もうみんなの出番はないわ」
「よしよし。じゃ、目隠しするぞ。…よーし。もう取るなよ」
安は嬉しそうにみんなを見て頷いた。
「ルールを説明する。ここから歩けるのは十歩だけ。三歩ごとにみんながヒント出すから止まって聞くこと。で最後に一歩歩いて振る。以上だ」
「えっ、そんなルールなの?」
びっくりする雪を、優乃が後ろから「回しまーす」と念入りにぐるぐる回した。
「よし行けー」
安が笑う。
そうとうふらふらする。だが大見得切った以上、割れなくても当てるぐらいはしなければ格好がつかない。
何とか三歩真っ直ぐに歩いたつもりの所で、止まる。
この間に、平衡感覚戻さなきゃ。
そう思ってる所に、みんなの声が届く。
「そのまま、真っ直ぐ」
「その歩幅なら、一歩後ろだな」
「もっと右です」
「そこから左三十五度の角度です」
みんなの声が笑っている。
「このうち、どれかが正解だぞ」
どれかが正解って所が、やっかいだ。
雪が迷っていると、声が飛んできた。
「時間かせいぐのはダメだぞ。金属バットが重すぎて、ふらふらしてるのか?」
「雪先生はペンが良かったですかね」
「いや、トーンナイフだろ」
「うるさいわね。見てなさいよ」
わいわい言い合いながら、なんとか十歩歩きバットを振る。
ドスッ
重い手応えと共に伝わってくる衝撃に、体が一瞬固まる。
同時に笑いが広がった。
「いや、見事」
「土地を耕すなら、最高でしたね」
「もー、みんなひどいこと言って」
タオルを取って見ると、金属バットの先が草の上にしっかりと跡を作っている。スイカなど、どこにも見えない。振り返ってみて、やっと自分の左後ろにあるのが分かった。
スイカにはいくつか棒の跡があり、もう二・三回も当てれば割れそうだった。
「もー、やられたわ」
雪は笑って安に棒を渡した。
それから十五分。まだわいわいやっている所に、地響きでも立てそうな勢いで矢守が帰ってきた。
半べそをかきながら「ああっもうっ、信じらんないっ」「何考えてるのよっ」とひどく怒っている。
「あっ、安さんっ。ちょっと聞いてっ」
安を見つけると、矢守はそのままの勢いで安に詰め寄った。他がまったく目に入っていないようだ。
「ひどい男だったのよ。最悪よっ。あぁもうくやしいっ」
そう言うと安の手にあった棒を奪い、めくらめっぽうに地面を叩きながら続けた。
「あいつ、Sだったのよ」
「お前、真っ昼間から何言ってんだ」
安は矢守の迫力に負けそうになりながら答えた。
「もう縛り何てまっぴらよ」
「やめろって」
ドスドスッ
メリッ
矢守の振っていた棒の先から、違う音が広がった。
「あちゃー」
山川があんぐりと口を開けた。
「あぁっ」
久が手を上げる。
優乃は目を見開き、雪はあきらめ顔だ。
安の視線に気付いた矢守がその先を見ると、スイカがパックリ割れていた。
「お前…、台無しだな」
安はポロリとつぶやいた。
割れた後は早かった。
山川が机を持ってくると、優乃が麦茶にコップ、ゴミ袋に水を張ったバケツ、お手ふきなどを持ってきたのだ。
みんなで集まってやる事が多いお陰で、優乃も随分動けるようになってきた。
「優乃ちゃん、ホント気がつくようになったわよね」
雪が、似合わないほどの大きなスイカを食べながら言った。
「そう言うお前は、ずっと何もしないな」
安は種を出すと、小さなスイカの皮を捨てた。
「私はいいの。お目付役だから」
「どんな役ですか。あ、お目付役と言えば、江戸時代スイカはー」
山川が新しいスイカに手を出して、いつものを始めた。
一方、優乃は心配そうに久を見ていた。
「久ちゃん。スイカ嫌いなの?無理して食べなくていいよ」
久はさっきから同じスイカを手にしていて、口をつける程度しかしていない。
「い、いやっ。嫌いじゃないよっ。優乃ちゃんが持ってきてくれたスイカじゃないか。嫌いな訳ないよ」
久は大きな声で否定すると、手にしていた小さなスイカにかぶりついた。
一気に食べてしまうつもりだったが、スイカが口に入った途端、背中に震えが走る。
まずい。ここで体を固まらせていてはスイカ嫌いがバレてしまう。いや、それ以上に優乃ちゃんの行為を無にするわけにはいかない。いいとこ見せなければ。
久は乱暴にスイカをかじると、種を捨てるフリをしながら、実も一緒にはき出した。
「もー、やっぱり嫌いなんじゃない」
優乃は眉を下げた。
バレバレだ。
「い、いや、好きだよ。好き、好き」
明らかに嘘と分かる嘘をつく久。
だが、それでも嬉しそうだ。
「嫌いなら私が食べるわ」
矢守が横から突然口を出し、久から食べかけのスイカを奪う。
「ホンット、くやしーっ」
まさに文字通りかぶりつく。ヤケ食いもここまでやると、ある種すがすがしい。
「もう、いい加減にしたら」
雪がなぐさめるように言う。
「何でいつもそういう人を選ぶの」
「私が知りたいわよっ」
噛み付くように返す矢守に、雪は心配顔だ。
「もう何人目」
説得するような響きに背を向け、矢守は安に泣きついた。
「うわーん、安さーん」
「おい、その手で触るな。手拭け、手」
「私を奪ってー」
あやしい表現を使う矢守に、安は即答だ。
「断る」
「バカーッ」
そのやり取りを見ていた久が、ぼそりとつぶやいた。
「ぼくもそんな風に、言い寄られてみたいですよ」
すると山川が即座に小声で忠告した。
「やめておけ。矢守は危険だ」
「危険って何よっ」
矢守は聞き逃さなかった。振り返って山川に噛み付く。
「安全とは言えんだろ」
と、山川。
「山川も私の良さが分からない口ね。いいわ、久君にだけ教えて上げるんだから。電話番号教えなさい」
矢守は強引に久を引き寄せた。
「こらっ、何を教えるつもりだ、何を」
「何だっていいでしょ」
「えっ、あっ、あの、ぼくまだその…何て言うか」
久はもじもじと顔を赤くした。
「久君、何考えてるのよっ」
久のうぶな反応に珍しく矢守まで顔を赤くすると、みんなどっと笑った。
「楽しいですね」
いつの間にか安の隣に来ていた優乃が、きらきらした笑顔で言うのだった。
その夜。安はいつものように雪の部屋で飲んでいた。
「フラレンジャーね。私も一応見てたけどー」
「見てたのか!」
雪は安を無視して、手にしていたグラスをくるくる回した。
「だいたい役者の顔が悪いわ。今の時代、ウケなくて当然よ。あぁいうのを喜ぶのは、一部のマニアだけよ。シナリオも全然だったし。放送局として打ち切りは当然の判断ね」
「ハハハ」
雪の批評に、安は力なく笑った。
「でも、未練たらしいあんたより、フラレンジャーの方が格好いいわよ」
突然自分の話に変わって、安はドキッとした。
「ちゃんと佳乃さんにフラれたんでしょ。何のために二人っきりにしてあげたと思ってるの」
安が来た理由が、すでにバレている。
「それで、何て言われてフラれたの。聞いてあげる」
「聞いてあげるて、別にフラれたとはー」
言いながら、体が小さくなってしまう。
「言いたくないならいいのよ」
安とは逆に、雪は余裕だ。
「『私、婚約者がいるからダメです。貴方には魅力を感じません。さようなら』って言われたんでしょ」
「知ってたんか」
安は目を丸くした。まさか婚約していたのを、雪が知っていたとは思ってなかった。
「そやけど、佳乃さんはそんな言い方はー」
「あんたには、ぺんぺん草も生えない位の断り方してあげなきゃダメなのよ。恵ちゃん程じゃないにしても、引っ張るんだから、佳乃さん、甘甘ね。呆れてお酒が進むわ」
そう言って雪は、本当に美味しそうに酒をくいくいっと飲んだ。
安は、佳乃を馬鹿にされたようで反発した。
「佳乃さんは、そんな人やない。指輪を見せて、それとなく教えてくれて、優乃をお願いしますって言ったんー、くっ」
そこまで言って安は、あっと口を押さえた。が、もう遅かった。やられたと、額を押さえる。
「あーあ、ますますあんた好みの女性ね。現実見なさいよ。そんな風に言われたって事は、全部見切られてるってことよ。見切られた男なんて何の魅力もないじゃない。どうしてもって言うなら、佳乃さんの言うとおり、優乃ちゃんとくっつけばいいのよ。今日だって楽しそうだったじゃない。気がついてるんでしょ」
安は苦い酒を喉に流し込んだ。
「当たって思いっきり砕ければいいのに、スイカ割りといい、こういう事にもへっぴり腰なんだから」
雪は、美味しそうにグラスを傾けた。
「スイカ、割れへんかったクセに」
安の精一杯の負け惜しみを、雪は笑って受け止めた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
次回予告
誰しもが一度は願うモテモテ
が、果たしてモテるとは、一体何なのか
好かれたいと言う願いに、伝えたい思い
その両輪がいつも心を曇らせ、まっすぐに暴走させる
ある時は、あの子
またある時は、この子と
休む間もなくあちこちからアプローチされる男の子、久
その知られざる恋物語
「あの二人、付き合っているのかな…」
「久ちゃん、優しいから」
「私みたいなタイプは、好きじゃないんだ」
久の秘密が見えるかも
次回第三十七話 モテモテ?
久君っていっぱい手、出してるのね
ぼくは一筋ですよーっ




