第三十二話 お姉さん 後編
第三十二話 お姉さん 後編
佳乃も交えて盛り上がっているところに、安がお皿を持って声をかけてきた。
「お待たせ。第一弾出来たよー」
その声にみんなテーブルに集まる。お皿に盛られているたこ焼きに、早速手を出す。
「遅いー。待ちくたびれたわよ」
「熱くて美味しー」
「わぁ、すごい上手。形も色もきちんと揃ってる」
佳乃が言わなくてもいい事を言う。
その言葉が耳に入った山川が、すかさず焼いていた手を止め、テーブルの方を向いた。
「そうでしょ。形って言うのは料理においても大事なんですよ。それだけで美味しさの感じが全然違ってきますからね。『形から入って、心に至る』って言葉もあるくらいです。形がそろっているのは、それだけで美味しそうに見えます。またこの時、焼き色もそろっている事もポイントなんです。そりゃぁプロには敵わないかも知れませんが、この焼き色を合わせる事が出来るのはー」
「手、止まってるわよ」
焼いている様子を見るように、さり気なく山川の横に来ていた冬美が、チクリと刺すよう言う。
続いて雪が空のお皿をさす。
「自慢はいいけど、追加まだ」
「あぁ、もうちょっと待ってて」
二人にせっつかれて、山川は慌てて手を動かした。これだけ人数がいると、一度に十数個のたこ焼きを焼いても、すぐになくなってしまう。
焼くのを山川に任せ、ビールやジュースを飲んで出来上がるのを待っていると、佳乃が安に聞いた。
「安さん、付き合っている人、いるんですか?」
ブフーッ。
安はとっさに顔をそむけたが、盛大にビールを吹き、思いっきりむせた。
「そうね、それ私も聞きたいわ」
雪がとぼけると、矢守も乗ってくる。
「そうそう。私も知りたーい」
「安さん、どんな人と付き合ってー、んんっー!」
山川が手を止め、顔を上げようとするのを、隣の冬美がその背中をつねってやめさせた。
「手、止めてないで早く焼きなさいよ」
小声で命令すると、何事もなかったように冬美も輪に戻った。
「私も興味ある。安さんって大人の女が好みでしたよね」
意地悪く楽しそうに聞いてくる。
冬美に言われて、安は再びムセた。
何とも逃げられない状況になっている。安は何とか話題をそらそうとしてみた。
「あ、うん。そう、好みはそうだね。でも好みと実際が違う事はよくある話で、例えば、佳乃さんみたいに大人の女が僕の好みだとして、でも実際に付き合ったりするのは冬美ちゃんかも知れないしー」
「あら、私、大人っぽくなったらって言われましたよ」
「んガッ、うにゃまっ」
安は意味不明な声を上げ、うめいた。
「あ、んんー、ん、そう、そうだね。うん、やっぱりね、好みは好みだよ。冬美ちゃんより、佳乃さんが好きだから」
自分が何を言ったのか分からないまま、安はビールを飲み落ち着こうとして、また吹いた。
「ブーッ! ゴホッ、ゴホッ」
い、いかん。今、何て言った?とんでもない事、言わなかったか。
横でむせる安を尻目に、話は盛り上がる。
「今日は安さんの一人漫才の日かしら」
「安さんって、もっと硬派なイメージがあったんですけど」
矢守と冬美に雪が答える。
「いや、元からあんなものよ。今まで妙に大人ぶってただけ。化けの皮がはがれたって所ね。丁度いいじゃない。本当はこんな奴だって分かってもらえて」
無慈悲な雪に対して、佳乃が救いの手を差し伸べる。
「あら、でも私、安さんみたいに面白い人、好みですよ」
社交辞令としても、安には刺激が強い。
『そんな、佳乃さん。本当ですか?』と言うところを、あわてて噛んでしまう。
「ぞんっ、ぶハッ。ゴホッゴホッ」
離れながらむせる安を山川が一人追い、背中をさすった。
「安さん、大丈夫ですか」
「す、すまん。山川」
息を整え、安は一度深呼吸をした。
「それで」
山川は手を止めた。
「どんな人と付き合ってるんですか」
今日の安に、安らぎはなかった。
男二人抜きで、優乃達は盛り上がる。
山川と安は輪から離れて、ひたすら焼いている。
安にとってあの輪の中は、魅力的であると同時に危険地帯なのだ。
「優乃がお世話になっているお礼に、安さんをお世話しようと思ったのに、こうしてごちそうになって返って悪いわ」
佳乃が申し訳なさそうに言うと、矢守が「そんな事」と振り向いた。
「安さんのお世話が出来るんだったら、私がとっくに晩から朝までしてるわよ」
「朝から晩までじゃないのね」
雪が分かっていながらも言う。軽いため息まで聞こえてきそうだ。
佳乃は笑いながら「それじゃあ」と言った。
「お世話するのは諦めて、何かごちそうしようかしら。手料理はちょっと押しつけがましいから、この辺り美味しいお店とかある?」
美味しいと言われ、優乃が「あっ」と短く声を上げた。
「うどん屋さんでいい?」
佳乃をのぞいた全員が「あそこかぁ」と頷く。
前に月森と安を尾行して見つけた所だ。美味しいと言えば、あそこが出てくるのが、クセになっている。
「あそこ、いいわよ」
雪が言うと、矢守も頷く。
「うどん屋さんにしておくのは、もったいないくらい」
言っていることはおかしいが、美味しいと言うことは分かる。
「入るの一瞬、ためらっちゃいますけどね」
冬美も続く。
なんだかんだと、全員一度は行っているようだ。
「それなら、そこにしようかしら」
と、佳乃が言うと
「私が案内するねっ」
と、優乃が身を乗り出した。
「二人っきりには、させてくれないのね」
佳乃はわざとらしく言って、「じゃあ、お願いね」と笑った。
「ねぇ、どんな印象なの?」
雪が残りのたこ焼きを食べながら、冗談にしても好みなのかと聞いた。
「安さんのこと?カワイイ、かな」
「アレがカワイイの?」
舞い上がったり、ムセたり、まるで子供な安を、雪はアレがねぇと横目で見た。
佳乃が「食事、ダメかしら」と小首をかしげると、雪は佳乃に向き直って答えた。
「いいって言うに決まってるわよ。佳乃さん、安の好みの、ど真ん中だもの。ほら、あのはしゃぎようよ」
安は試食に食べたたこ焼きが熱かったのか、口に手を当てもがいている。
佳乃は雪の言ったことが聞こえたのか聞こえなかったのか、そんな安を見、笑いながら、「ホント、カワイイ人」と言った。
「お姉ちゃん、違う。安さんはカワイイんじゃなくて、格好いいの」
楽しそうに笑う佳乃を見て、優乃はムキになって反論した。
「優乃、私くらいになると、安さんは格好いいじゃなくて、カワイイって感じるようになるのよ」
嬉しそうにからかう。
「もう、いつもそう言ってお姉ちゃんぶるんだから」
「だってお姉ちゃんでしょ」
まったく敵わない。
「山川さんだって、カワイイじゃない」
佳乃が言うと、矢守がへーっと感心した。
「佳乃さん。山川もカワイイに入るの?私はそこまで行ってないわ」
「そうそう。山川はカワイイって言うよりも、何か頑張ってるって感じ」
雪の相づちに、矢守は頷きながら続けた。
「それに面倒見いいし、マメなのよね。そこの蚊除けロウソク用意したの山川だし、裏庭に池作ったのも。時々ちゃんと池の掃除もしてるし」
今度は雪がへーっと感心した。
「あそこ、ちゃんと掃除してるんだ」
矢守の話を聞きながら、冬美はちょっと鼻を上げて頷いた。
「山川さんって、そう言う責任感って言うか、矢守さんが言ったみたいな面倒見のいいところありますよね。頑張ってる感じはありますけど、イヤ味に感じないし本人もそんなつもりはないみたいだから。抜けてるけど、優しい所もありますよね」
冬美は隠しているつもりなのだろうが、山川に対しての思い入れが言葉や、態度から見え隠れする。
もちろんそんな事は優乃に分かるはずはないが、佳乃にはピンと来る。雪や矢守も態度には出さないが、多かれ少なかれ分かっているに違いない。
「そうね。冬美ちゃんの言う通りね」
佳乃はそう言いながら、付け加えた。
「私、山川さんとお見合いしたから、冬美ちゃんの言うことよく分かるわ」
言わなくても良さそうな事をわざわざ言うあたり、佳乃はちょっぴり意地悪なのかも知れない。
冬美の胸がトクンと鳴る。
そんな冬美の反応を楽しむように、佳乃は少し間をおいた後、話を続けた。
「お見合いって言っても、そんな堅苦しいものじゃなくて、食事に行っただけみたいなもの」
雪も矢守も、興味津々に身を乗り出してきた。
「山川さん、すごく緊張しててカチカチになってるのに、一所懸命話してくれたり、気を使ってくれるのよ。でもそれが何だか、付け焼き刃みたいなの。全部が全部そうじゃないのよ。それでもいろいろ調べて準備してきてくれたんだなって思って、そう言う所って気にしなくて何もしない人もいるから、余計に可愛く見えるのよね」
自分にとっては大人な山川を子供扱いされたようで、冬美は少しムッとした。
「そうそう、男の人っていくつになってもそうよねー」
矢守も覚えがあるとばかりに、強く頷いた。
「何かの本で読んだのか、見たのか知らないけど、手順通りにしかヤッてこない人っているのよ。少しはこっちの反応見なさいって言うのよ」
「恵ちゃん、そう言う話は佳乃さんにはいいかも知れないけど、優乃ちゃんや冬美ちゃんには早いわよ。夜になってからか、お酒がもっと入ってからにして…、もういっぱい入ってたのね」
いつの間にか矢守の足下に、ビールの缶が五本転がっている。
「自分ばかり飲んでないで、周り見なさいよ」
言葉とは反対に雪は優しく言って、矢守の手からコップを取り、変わりにお茶のコップを渡した。そして、アルコールの低いチューハイを三人のコップに注いだ。
「お互いに一方通行だと、そうなっちゃうのよね」
佳乃はチラリと冬美を見たが、冬美は視線にもその意味にも気がつかなかったようだった。
矢守がお茶を一気に飲み干して言った。
「もう、どうしてそんなに優しくするのっ。雪先生とだったら結婚してもいいっ。結婚してーっ」
「私、そんな気も趣味もないから」
雪は即答した。優しいんだか冷たいんだか分からない。
「恵ちゃん、少し休んだら」
雪は男二人に、ビーチチェアーを持ってきてと頼んだ。
追加のたこ焼きが並び、お酒もよくまわってきた。テーブルの向こうでは安が山川と言い合いながら、あやしげなたこ焼きを焼いている。あの後、ひとしきり男に対する文句を言った矢守は気が晴れたのか、木陰でビーチチェアーに横たわって寝ていた。
たこ焼きも、もう材料が尽きている。焼きそばもお好み焼きも作る予定だったが、そばだけの焼きそばや、小麦粉だけのお好み焼きを作りたくも食べたくもない。安が焼き終わったら最後だろう。
話が一息ついた所に、冬美が思い切って佳乃に口を開いた。
「佳乃さん、さっきの山川さんとのお見合いって、どうだったんですか?」
「どうだったって、印象の事?」
佳乃は当たり障りのないように答える。
「そうねぇ」
言いながら冬美の様子を見る。嘘やごまかしはいらない、と言う態度だ。
『こういう子って、合う男なかなかいないのよね』
他人事ながら心配してしまう。
「山川さん、とってもいい人よ。こうやってみんなで集まれる食事会も開いてくれたり、面倒見のいい所もね。だからお友達としては好き。面白いし。でもそこまで。優しくて引っ張ってくれるお兄さんが欲しい人には合うかもしれないけど、私はそうじゃないから。山川さん、何でも真面目に物事を取っちゃうから、あまり困らせないで上げてね」
ちょっと余分だったかな佳乃は思ったが、会う機会もほとんどなさそうだし、優乃の友達でもある。お節介と思いながらも言ってみた。
「山川さんの事、よく分かるんですね」
自分の方が山川の事を知っていると言う思いがある。冬美は思わず知らず無愛想に言ってしまった。
「あら、そんな事ないわよ。だって会った事ほとんどないもの。ただ私、看護師やってるから、ある程度は人のこと分からなきゃいけないのよ。同じ治療しても怒り出す人もいるから、ついそう言う分析みたいな事しちゃうの。職業病ね。だから私は山川さんの事、看護師と言う立場からそう思っただけで、他の人にとっての山川さんは違うと思うの。私には私の山川さんがいて、冬美ちゃんには冬美ちゃんの山川さんがいるんじゃない。そんなに深く考えなくていいのよ」
佳乃は忘れて、と手をひらひら振った。
冬美の肩から、ほっと力が抜けた。
「出来たーっ」
丁度そこに安と山川が最後のたこ焼きを持ってやってきた。
「これで打ち止めだ」
「もう入らないわよ」
雪がお腹いっぱいと手を振った。それでも何を作ったのかと見る事は見る。
「何、このぺしゃんこは?」
「これか」
安は楽しそうだ。
「これは何も入ってないやつ。一度作ってみたかったんだ。何にも入ってないと、つぶれるんだよ」
「安さん、ムチャするんですよ。ネギだけとか、生姜タコとか、この紅いの紅ショウガだけですよ。これなんてビール入りですよ」
焦げたのや、形のいびつなもの、一個一個色も形も違う。
「だから全部一つづつしか作らなかったんだろ。大丈夫、責任持って自分で食べるから」
ほとんど酔っぱらいのノリである。
「どうせ作るのなら、常に新しいものを」と言うが、明らかに失敗作がほとんどだ。
佳乃が「チャレンジャーですね」と言うと、「いやぁ、男ですから」と安は冗談っぽく胸を張った。
「安さん、何か間違ってますよ」
山川があきれた。
そんな事には気にせず、安は調子に乗って自作のあやしげなたこ焼きを食べる。他に手を出す人は、いない。
「うん、まずい」
一つ食べる度に言う。真顔で食べるところを見ると、冗談で作ったわけでもないようだ。しかしそれにしては、入れる物があやしすぎる。
「あ、そうだ。お姉ちゃん」
優乃は真剣に食べている安を見て、思い出した。
「さっきの話」
「何の話?」
「食事よ。安さんと」
佳乃も思い出し、早速安に尋ねた。
「ね、安さん。今度食事に行きましょ」
がばっと顔を上げた安が、目を白黒させ、頬を紅潮させている。
「えっあっ、いいんですか」
いいも悪いも誘っているのは佳乃だ。
「僕はいつでもいいですっ。あっ、じゃあ、これ全部食べますね」
残っているたこ焼きと食事の話は、何の関係もない。
慌てて食べたたこ焼き?が、喉に詰まった。
「んっ、ぐっ…んっんっ」
ここで吐くわけにはいかないと、安は失礼と手を上げ、庭の隅に走った。
「あの、佳乃さん。いいんですか?」
山川が心配そうに聞く。
「いいわよ、そんな事、気にする人じゃないし。あの人にはちゃんと言うから」
佳乃は心配ないと言う。
「何かあるの?」
雪が知らないことを山川は知っているらしい。雪は何だろうと聞いてみた。
「あ、それ」と佳乃の変わりに、優乃が答えた。
遠くで安がむせている。
「お姉ちゃん、まだ両親には言ってないんですけど、婚約者いるんですよ」
思っても見なかった事に、雪の思考が一瞬止まる。
何も知らない安は、まだ庭の隅でむせている。
「ど真ん中なのに、優乃ちゃん付きで食事か。あんなに浮かれて」
雪は誰にともなく言った後、ぼそっとつぶやいた。
「憐れね」
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次回予告
「ゆ、誘拐よ」
「緊急事態、みんな呼んでっ」
「人生と生活?」
雪を襲った突然の危機に、一人立ち上がる者ーそれが矢守だった
友達として、否、人として今こそ力を合わせる時
安、山川、優乃、そして月森をも巻き込み力を尽くす
矢守の新たなる一面、各人の能力が発揮される
果たして雪は助けられるのか
全てがかかったこの事態に立ち向かう五人の仲間
奇跡の団結が今
生まれようとしている
次回第三十三話 夏の修羅 前編
団結?妥協だよ、妥協




