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第三十一話 お姉さん 前編

第三十一話 お姉さん 前編



 その女《ひと》が来たのは、日射しの照りつけるお昼すぎだった。


 で愛の荘の前に止まったバイクの後ろ座席からさっと降り、見るからに暑苦しそうなフルフェイスのヘルメットに手をかけた。肩に流れる髪が、ほんのりと女性の香りを振りまいている。体温に温められ広がる香水の香りの中に、消毒液のような臭いがほんの少し混じっていた。女はヘルメットを脱ぐと髪を手早く束ね、男に「ありがとう」と言い、微笑んで手を振った。


 男は渡されたヘルメットを背負った鞄にしまい、同じように軽く手を上げ未練もないように走り出した。


 女は男を見送った後、で愛の荘を振り仰いだ。二階建ての木造。それだけでも今日日珍しいのに、建物前の庭が広い。今時の不動産屋なら同じ大きさの建物をもう一棟建てているに違いない広さだ。よく見えないが、裏庭まであるようだ。誰が世話をしているか、花壇もある。


 「ここなんだ。面白いわね」


 女は小首をかしげ、すくりと笑った。


 白のジーンズに青と白のボーダーのサマーセーター。薄い化粧でも充分に映えるきれいな顔立ちだ。さっきからずっと笑っているように見えるのは、そのタレ目のせいなのかも知れない。年は二十五前後と言った所だろうか。


 女は入り口を探すと中に入り、「ここかな」と戸を叩いた。


 木の柔らかい音と共に、立て付けの悪い、はめ込まれたガラスの揺れる音がした。


 ホントに古いわね。よくこんな所、住む気になったわ。


 女が感心したところに、中から「はい」と声がして戸が開いた。


 「お姉ちゃん」


 優乃は廊下に立っている姉を見て、目を丸くした。


 「上がらせてもらうわね」


 優乃の姉は軽い身のこなしで、さっと部屋に入っていった。


 「もー、香水つけすぎ」


 いつも言われる言葉を気にする様子もない。


 「きれいに片付いてるじゃない。家にいる時とは大違いね。でもこの広さじゃ片付けなかったら寝られないか」


 そう言うと、まるで自分の部屋のように腰を下ろした。


 優乃もそれが当たり前のように平然としている。


 「何しに来たの?」


 戸を閉めると、優乃も姉の前に座った。


 「あら、姉だもの。妹が元気かどうかくらい、たまには様子見にくるわよ」


 「嘘っぽい」


 非難の響きはない。姉と言葉遊びをしているようなものだ。


 「両隣、男の人って聞いたけど」


 姉の方は優乃の言葉に一々反応はしない。が、それでも心配はしているようだ。


 「うん。二人とも、とってもいい人で親切。山川さんは今、実家に帰ってるみたいだけど、安さんは…。今、いるんじゃないかな。待ってて、いたら紹介するね」


 優乃は姉の返事も待たずに飛び出した。


 安って、いつも言ってる人ね。


 電話すると、時々出てくる名前だ。優乃が気になっている人だろう。


 部屋の様子を詳しく見る間もなく、優乃はすぐに戻ってきた。後ろには男が一人立っている。


 優乃は部屋に入り、男を戸口に立たせ紹介した。


 「安さん、これが私のお姉ちゃん。こちらはいつもお世話になっている安さん」


 優乃は安と姉を交互に紹介した。


 紹介された姉は三つ指こそつかなかったものの、正座をして丁寧にお辞儀をした。


 「初めまして。妹がいつもお世話になっています。姉の神藤佳乃です」


 「あ…」


 顔を上げた佳乃を見て、その礼儀正しさに驚いたのか、安は戸惑った様子を見せた。


 「…いえ、こちらこそお世話になっています。あっ、あのっ、お名前は?」


 佳乃の言葉が耳に入っていなかったのか、安は、はっとした様子でもう一度名前を聞いた。


 佳乃は嫌な顔一つせず、丁寧に答えた。


 「はい。佳乃。人偏に土二つの「佳い」と言う時に、優乃の「乃」と同じ字です。「よしの」って呼ばれることもたまにあるんですけど、「かの」って読むんですよ」


 佳乃は目の前に一々手で字を書きながら、安に示して見せた。


 安は、ほれぼれするようにその動きを追いながら、頷いた。


 「そうですか。佳乃さんですか。佳乃…、素敵な名前ですね。あ、僕、安。足立安と言います。足が立ちあがるで、足立。安は、高い安いの安い方です」


 「安い方だなんて」


 佳乃はそう言って、気持ちよさそうに笑った。


 「いつも、妹がお世話になっているそうで、ありがとうございます。まだ子供なのでご迷惑をおかけしているかと思いますが、これからもどうぞよろしくお願いします」


 手をそろえて、佳乃はあらためてきちんとお辞儀をした。


 丁寧な挨拶に安は顔をぱっと赤らめて、とんでもないと手を振った。


 「いえっ、こちらこそ。むしろ優乃ちゃんに助けられているくらいですよ。優乃ちゃんのお陰でここのみんなが仲良くなっているというか、一緒に遊んだりする機会を持てていたりするんです。この前も庭で、たこ焼き会やカレー会何かも開いたんですよ」


 珍しく早口で喋る安に、佳乃は楽しそうに相づちを打つ。


 「そうなんですか。とっても楽しそうですね。今度そんな機会があったら誘って下さい」


 「お姉ちゃんっ」


 優乃が怒ったように止めた。


 「ごめんなさい、安さん。お姉ちゃん、いつもこうなんです。すぐ調子乗って」


 「あら、いいじゃない。楽しいことは一人でも多い方がもっと楽しくなるのよ」


 屈託なく言う。


 義理やお世辞を言う姉ではない。本当に来たいらしい。


 「もう」


 優乃は諦め半分に言うと、安にすみませんと謝った。


 「優乃ちゃんが謝ることないよ。お姉さんの言う通り、楽しいことは一人でも多い方が楽しいからね」


 そう言う安に、佳乃も続けた。


 「ね、安さんもそうだっていってるじゃない。それに普段は優乃がお世話になってるんだから、姉の私がお礼に安さんのお世話してもおかしくないじゃない」


 佳乃は本気か冗談か、ころころと喉を鳴らした。


 「そっ、そんな、かっ、佳乃さん」


 安は照れたように視線を外した。


 「もうっ、安さんをからかわないで」


 優乃が強く言うと、佳乃は


 「あら、からかってなんかいないわよ」


と、すました。


 「いや、いずれにしても」


と、安は苦笑いをしながら顔を上げた。


 「今度みんなでパーティーしますよ。みんなにも紹介しますから、是非来て下さい」


 喜んで、と佳乃はにっこり笑った。



 「冬美ちゃん」


 信号待ちをしていた所に突然声をかけられ、冬美はびっくりして辺りを見回した。が、振り返って見ても知っている顔はない。


 「冬美ちゃん」


 もう一度声がかかって、冬美は驚いて前を向いた。


 車道の端に大型の格好良さそうなバイクを止め、男が冬美を見ている。バイクに乗る知り合いはいない。原付ならばともかく、ましてこんな大きなバイクならばなおさらだ。


 冬美の不審気な視線に気がついたのか、男はヘルメットのバイザーを上げた。


 「俺だよ、俺」


 「山川っ…さん」


 やっと誰だか分かった冬美は、一瞬大きな声を出して、周りの注目を浴びてしまった。


 山川はキーを回してエンジンを切り、バイクから降りて来た。


 夏なのに革ジャンはないわよ。


 注目されて恥ずかしかったのは瞬間だけで、冬美はすぐに冷静になって山川を観察する。


 「山川さん、免許あるんですか?そんな大きいバイクに乗って」


 「おいおい、人聞き悪いな。俺、これでも限定解除だよ」


 山川は自慢げに言ったが、冬美には限定解除のすごさが分からない。


 「そうなんだ」と軽く流されてしまう。


 「それ、山川さんのバイク?で愛の荘には置いてなかったみたいだけど」


 よく見れば汚れなどなく、冬美の目からでも手入れが行き届いているのが分かる。新品とは言わないまでも、大切にしているのは間違いないだろう。だが、冬美にとってはエンジンの付いた大きな自転車でしかない。しかも乗れそうにもない自転車だ。「このバイク、すごーい」と、はしゃぐ様子は露ほどもない。


 そんな冷めた冬美に気付かず、山川は鼻を高くして説明する。


 「そう、俺のなんだよ。型はちょっと古いんだけど、今の型はあんまり好きじゃなくてね。で愛の荘は車庫がないからちょっと心配で、実家に置いておいたんだ。これ中古でも結構な額するんだ。たまにはエンジンかけないと悪くなっちゃうからね。丁度乗せて欲しいって人がいて、実家に帰ったついでに乗ってきたんだよ。冬美ちゃん、ちょっと聞いてみる?このエンジン音がいいんだ。ほら、エンジンかけるよー」


 またいつものが始まった。だが冬美はとっくに聞いてはいなかった。山川の話とは関係なく


 「私、海に行きたい」


と、唐突に言った。


 出来るだけ専門的にならないように、分かりやすくバイクの事を話していたつもりの山川は、説明が良くて冬美がバイクに乗りたくなったんだと、都合良く解釈した。


 「いいよっ。乗って」


 山川は背負っていた鞄から、ヘルメットを取り出すと冬美に渡し、バイクにまたがった。片手を出し、冬美を後ろに乗せると同時に「しっかりとつかまって」と言う。


 「ちょっと待って、まだヘルメットしてない」


 慌てて冬美がヘルメットの紐を締める。そして冬美の手が山川の腰につかまるや否や、バイクは走り出した。


 「ちょっと遠いけど、たまにはいいよね」


 エンジンの重低音が体に心地よく響く。山川は街中をするりと走り抜けて行った。


 山川の運転は上手かった。信号につかまらないように、速度を加減し、カーブでも無理な遠心力を感じさせないように曲がっていく。こんなバイクを持ってる事といい、運転技術の事といい、昔は相当乗っていたのではないだろうか。


 一時間も走らないうちに、家々のすき間から海が見えてきた。道は市街地から、いつの間にか海辺の山の中腹に変わっていた。


 道端の車二台止められるようなスペースにバイクを止め、山川はエンジンを止めた。


 「ここ、どう?」


 バイクから降り、ヘルメットを脱ぎながら山川は聞いた。


 「結構いい眺めだろ」


 山川は海に向かって深呼吸をした。


 「女の人の匂いがする」


 山川は驚いて振り返った。


 冬美は、ヘルメットを無愛想にバイクの座席に置いた。


 「帰る」


 言うなり、もう歩き出している。


 山川は慌てて、追いかけた。


 「ちょっと待てよ。帰るって、どうやって帰るんだよ。来た道だって分からないだろ。この辺タクシーなんて走ってないし、誰かに乗せてもらうにしたって、冬美ちゃん一人じゃ危ないって」


 山川は必死に説得した。一体何が気に入らないのか分からない。


 「じゃあ、あのヘルメットは何?」


 冬美はくるっと振り返って聞いた。口をきゅっと一文字にして、刺すような目つきだ。


 「何ってー」


 山川は言いかけて、はっとした。さっき冬美が『女の人の匂いがする』と言った事を思い出したのだ。


 どうして女ってのは、こんな事に鋭いんだっ。


 山川はあきれつつも舌を巻いた。ヘタな言い訳しようものなら、何が起こってもおかしくなさそうだ。それにしたって責められる事はない。山川は腹を立てながらも、落ち着いて説明した。


 「さっきも言ったけど、友達だよ。前、会った時に、バイクの話をしたら乗せてって言ったから、実家に帰ったついでに電話したんだ。そうしたら向こうの都合が良かったみたいで、それで乗せただけだよ。冬美ちゃんだって、男友達と何かの時に、二人で食事に行ったりする事もあるんじゃない。それぐらいの事だと思うんだけど」


 「私」


 冬美は、自分の目が赤くなってるだろうと思った。


 「山川と会ってから、そんな事、一度もしたことない」


 目からあふれそうになる思いをこらえ、口をぎゅっと閉じた。開けば泣き出してしまいそうだった。


 今まで付き合ってきた男、全てがそうだった。


 「冬美ちゃんだけだよ」と言いながら、他の女の子とデートしたり遊んだり。「ただの友達だよ」「冬美ちゃんだってそうだろ」と、言い訳をする。最後には「何だよ。キスもさせないくせに、わがままな奴だな」と言うのだ。


 「冬美ちゃんー」


 表情を硬くした山川が、口を開いた。


 まただ。この人も他の男と同じー


 冬美はきゅっと目を閉じて、下を向いた。この人ならもしかしたらと思っていたのに、裏切られたようで悲しくなった。


 「真っ直ぐなんだね」


 思ってもみなかった言葉に驚いて、冬美は顔を上げた。


 「ごめん。俺が悪かった」


 山川が深々と頭を下げていた。


 違ったー


 冬美は自分の胸を、両手でそっと押さえた。



 「もうすぐ、で愛の荘に帰るから、そうしたらまたパーティーか何か開いて、その時に会わせるよ」


 言葉少なく二人で海を見た後、山川は冬美を家の近くまで送り、別れ際に約束した。


 「今日の事。本当にごめん。俺が悪かった」


 山川はもう一度謝って、バイクに乗った。


 「でも冬美ちゃんの古風な面が分かって、嬉しかったよ。そう言う女の子ー」


 最後の言葉は、ふかしたバイクの音にかき消された。


 冬美が聞き直すよりも早く、山川はバイザーを下ろし、「また」と手を上げバイクを走らせてしまった。


 「聞かなくたって、分かるんだから」


 角を曲がり消えたバイクに向かって言う、いつもの冬美だった。



 「佳乃さんっ」


 二人の男は揃って歓迎した。


 あれから一週間後、何事もなかったように戻ってきた山川が、安にパーティーを開きましょうよと持ちかけると、「山のお帰り会も含めてやるか」と賛成し、あっという間に日にちも決め、粉物パーティーが開かれたのだった。


 「今日は安さんも山川さんも、お誘いありがとうございました」


 佳乃は体の前に手をそろえて、丁寧にお辞儀をした。


 「いや、そんな、お誘いだなんて。僕は優乃ちゃんにお願いして話してもらっただけですよ」


 大げさな身振り手振りで挨拶を返す安。


 テンションが妙な方向に上がっている安を見て、


 「アレ、何?」


と、後ろで冷たく言う雪。


 「安さん、風邪?」


と、その隣で安の赤い顔を見て、微妙に心配するのは矢守。


 幸か不幸か月森は、朝からイベントにお出かけのようだ。


 みんながいるテーブルの場所から少し離れた所に、鉄板と調理台が準備してある。安は佳乃の紹介を山川に任せ、そこに材料を切りに行った。


 調理台から離れた木陰でおしゃべりをしている優乃と冬美に、山川が佳乃を連れて紹介した。


 「佳乃さん。知っていらっしゃるみたいですが、こっちが優乃ちゃんでこっちが冬美ちゃん。優乃ちゃんは同じ、で愛の荘に住んでて、冬美ちゃんは優乃ちゃんの友達。今、二人とも声優の学校に通っているんですよ。で、この人が佳乃さん。前、親の勧めでお見合いー」


 優乃はぱちくりと、まばたいた。


 「山川さん、何言ってるんですか?それ、私のお姉ちゃん」


 「べぇぇーっ」


 野太い羊のような声を出して、山川が身を乗り出した。


 「それじゃあ、姉妹?そ、それじゃあ、佳乃さん、知ってた?」


 佳乃はさわやかに微笑んだ。


 雪と矢守の反応は、そんな時だけ早い。すでに山川のそばに来て話を聞いている。


 女が三人寄ればかしましいと言うが、挨拶もそこそこに佳乃は雪にも矢守にも馴染んでおしゃべりだ。


 「へー、優乃ちゃんのお姉さんなんだ」


 「山川とお見合いしたんだって」


 「山川さんね、可愛いところもあるんですよ」


 「私だって、そう言うトコぐらい知ってます」


 「優乃ちゃん、お見合い知ってた?」


 「おかしいとは思ってたんですよ」


 「山川、鉄板もういいでしょ。早く焼いてよ」


 「あそこのケーキ屋さん、人気よね」


 「小物好きなんですよ」


 あっという間に山川は輪の外に追い出され、うんちくを語る相手もなく、たこ焼きを作る羽目になった。


 安は安でさっきからキャベツを切っていたが、チラチラと佳乃を盗み見て、心ここにあらずだ。


 そこに輪から追い出された山川が戻ってきて、叫んだ。


 「安さんっ、何やってるんですか。キャベツそれじゃあ大きすぎますよっ」


 「え、あ、あぁ。千切りだったか?」


 「たこ焼きとお好み焼き用ですよ。みじん切りにしてくださいよ」


 「生でも食べられるから、いいかと思ってな」


 「関係ないじゃないですか」


 安の様子がおかしいのは端から見ていても分かる筈だが、山川は離れた女性陣からの、「山川さんってー」と言う話し声が聞こえてくる度にびくびくして、安の様子に気付く所ではない。


 『ちくしょー。優乃ちゃんのお姉さんって気付いていれば、お見合いだってもっとうまく流せた筈なのに。だいたい神藤って名字で、何で気がつかなかったんだ。優乃ちゃんのこと、神藤さんって呼ばないからな。優乃と佳乃。『乃』が共通するから疑ってみても良かったんだよ。でも細身で背、高いし、姉妹なんて見えないよな。あーでも目元とか似てるかも。あー、しまったな。もっと早くに気がつけばー』


 などと思っても手遅れだ。どうやら佳乃達の話のいい肴になっているらしい。


 一方、キャベツを全部みじん切りにした安は、グラスを持って女性陣の中に入っていった。


 「そろそろ、たこ焼き出来るんで、今のうちに飲み物どうですか?」


 まだ焼きはじめてもいない。


 「安、遅いわよ」


 雪が振り返る。見れば全員手にビールやジュースを持っている。


 「優乃ちゃん、気が利くのよ。みんなの分、持ってきてくれたんだから」


 「そんな事ないですよ。安さんキャベツ切ってましたから、出来なかっただけですよね。あ、安さん、今日って焼きそばもやるんですよね?その分はみじん切りにしない方が、良かったんじゃないですか?」


 優乃が安をフォローした後で聞くと、安は我に返ったように驚いた。


 「えっ。そうだった?全部みじん切りにしちゃった?ついボーッとしちゃって。こっちが楽しそうだったからつい見とれててね。あっ、見とれると言っても誰かをって事じゃなくて、ほら、きれいな人がいるとやっぱり男はそっちに目が向いてー」


 「今まで、そんな事なかったじゃない」


 雪の無情なツッコミが飛んできて


 「あっ、いや、そう言う事じゃないですよ、佳乃さん」


と、安は墓穴を掘った。


 佳乃がにっこり微笑んで返すと、冬美がクスクスと笑った。


 「何ですかこれ、安さんっ」


 目を丸くしながら、山川が安を呼んだ。


 「ん、じゃあこれで」


 幸いとばかりに、安は逃げるようにその場を離れた。


 「キャベツよ、キャベツ」


 「見とれてちゃ、ダメよ」


 雪と矢守が追い打ちをかけ、優乃達は笑った。


 「安さん、お姉ちゃんの事、気に入ったみたい」


 優乃はほっとして、佳乃に言った。


 佳乃は「お世辞でも嬉しいわね」と、まんざらでもなさそうだ。


 「安さんが、あんな風になるのなんて珍しいんじゃない?」


 冬美は意外な物でも見たように聞いた。


 「安さん、あれで惚れっぽいのよ」


と、矢守が言えば


 「そう、そのくせ奥手で、ウブだし」


と、雪が呆れる。「いい年して、奥手なんて」と雪が言うと、矢守も一緒に「ダメダメよねー」と声を合わせた。


 こんな所でも雪と矢守は息が合う。


 一方離れた鉄板の方からは、山川の声が聞こえてくる。


 「それはまだ早いですよ、安さん」


 ここでは遊ばれ、向こうでは山川に叱られる。


 「あれって、たこ焼きに入れる材料の順番の事?」


 冬美が可愛そうかもと、ちょっとは同情する。


 「んー、そうね。でもそれぐらいどうでもいいと思うんだけど、山川はダメなのね」


 待っていればたこ焼きが出てくる。食べる側の矢守は気楽に答えた。


 「山川さんって、自分の流儀変えませんから」


 フォローと言うよりは、追い打ちの優乃である。


 「でも、男の人ってそう言うところが、可愛いんじゃないかしら」


 佳乃が見方を変えて言う。


 「自分のやり方を変えない男って、頑固な反面それが可愛らしくもあると思うわ」


 ええーっと驚く冬美と優乃に佳乃は、「女はそれぐらいじゃないと」と付け加えた。


 「そうよ」


 矢守が二人に見せるように頷く。


 「私もそれが大切だって思うの。相手のわがままに付き合いながら、自分の手のひらで転がす。女はそうじゃなきゃダメよ」


 自分がそんな女であるかのように言う矢守に、雪が突っ込んだ。


 「恵ちゃん、転がす相手いるの?」


 「バカッ、いないから言えるんじゃない。私なんていつも転がすどころか、相手に転がされて振り回されっぱなしよ」


 「で、振り回し返そうとして、別れるのよね。いつも」


 「いつもは、いらないでしょ」


 そんな話を笑って言えるあたりは、矢守の強さかも知れない。


 恋に強いって、こういう事かな。


と、思うと優乃のお腹が「ぐーっ」っと鳴った。


 今は恋よりも食い気だ。


 楽しい会話に空腹。美味しいスパイスがそろってきた。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 こんにちは、優乃です


 お姉ちゃん、いきなりパーティーだなんてほんと、ずうずうしいんだから


 準備する身にもなってよ


 安さんじゃなかったら、断ってるんだから


 で愛の荘の人って、みんな優しいですよね


 山川さんも戻ってきて、月森さんはいないけど

 みんな揃ってのたこ焼きパーティーです。



 「あら、私、大人っぽくなったらって」



 「アレがカワイイの?」



 「結婚してーっ」



 次回第三十二話 お姉さん 後編



 男はいつだってお姉さんに弱いんです

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