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第二十九話 おまじない 前編

第二十九話 おまじない 前編



 「キャー」


 駅のホームで待ち合わせをしていた雪が、奇声を上げた。


 隣にいた矢守が驚いた。


 「雪先生、どうしたの。アイドルでも来た?」


 「違うわよ。久君、浴衣じゃない。いいわ~」


 妙にソワソワし出す雪。自分も紺地に白抜き模様の浴衣だ。


 改札口から久が歩いてくる。


 「雪先生、浴衣好きなんですか?」


 優乃がいつもと違う雪を、物珍しそうに見ながら聞いた。


 冬美も含めてここにいる四人、浴衣姿だ。久が入って五人になる。唯一の例外が安だ。


 「当たり前じゃいな。このバカが花火だってのに、浴衣着て来ないおかげで幻滅よ。何その普段着」


 雪の言う通り、安は白いTシャツにジーパン姿だ。


 雪はぷいっと顔をそむけて、久の方を見た。


 「いいわね~。浴衣って」


と、うっとりつぶやく。


 「お待たせ」


 濃い鼠地に紺の縦縞、兵児帯姿の久が、優乃に言った。


 「久ちゃん、似合ってる。またモテちゃうよ」


 優乃は、へーっと久を眺めた。


 「そんな、優乃ちゃん…」


 久が優乃の微妙な言葉に、どう反応したらとウロウロしていると


 「電車、来たよ」


と、安が言った。


 連れ立って電車に乗る。車内には同じく花火大会に行くのだろう、浴衣姿の乗客が何人かいた。少ないながらも浴衣姿の男もいる。


 「いいわね~」


 さっきから同じ言葉をつぶやく雪。うっとりする目で、車内を見渡している。


 「雪先生、大丈夫?」


 矢守が何だか心配そうに聞いた。


 「男の浴衣は魔法よ。あれがあれば、ご飯三杯はいけるわ」


 「何言ってるか分からないけど、言いたいことは分かるわ」


 矢守は納得したと頷いて続けた。


 「それじゃあ、久くんが口説いてきたらOKする?」


 「するわよ~。安でも落ちるわね」


 「ええっ!」


 普段、色恋など興味無さそうな雪が言うのだ、全員びっくりだ。


 「そんなに好きなんだ」


 優乃は思わず絶句した。


 引く優乃に対して、矢守は共感する。


 「でも分かるわ、雪先生。だって私、白TシャツLOVEだもん。あのチラ見える鎖骨がたまらないの。ねー、安さん」


 矢守が流し目をすると、安はすっと一歩下がった。


 「お前のために、着てきたんじゃないぞ」


 「もう、安さん。逃げることないじゃない」


 矢守は、足を踏み鳴らすふりをした。


 「分かるっ。分かるわ、恵ちゃん」


 今度は雪が矢守に共感する。


 「鎖骨ってたまらないのよ。鎖骨のチラ見せで私、倒れるわ」


 「えぇーっ」


 またもみんなびっくりする。


 今日の雪はおかしなほど、テンションが高まっている。


 「浴衣と鎖骨は無敵の魔法よっ」


 「それは言いすぎじゃないかと…」


 冬美がちょっと口を出した。


 「何言ってるのっ。言い足りないぐらいよ。あのケガレを知らない肌に、何とも言えない曲線。あれこそ神の造形よ。主張しすぎず、隠れすぎず、しなやかで艶っぽい。普段はシャツに隠されていてー」


 雪は駅に着くまで、鎖骨と男の浴衣について、一人で力説していった。



 ドーン

 パラパラパラ


 ヒュー

 ドドーン

 ブワッ

 バラバラバラ


 バッ

 ババンッ

 バーッ

 ドドーン



 夜空に大輪が咲き、歓声が上がった。家族連れや恋人、友達同士が青く匂う土手に座り屋台で買ってきたかき氷やビールを片手に、踊る光の星を見上げていた。


 浴衣姿の優乃達一行も、堤防の端の空いている斜面に腰を下ろし、人々に混じって歓声を上げていた。


 ヒュー

 

 ドバンッ

 バチバチバチバチ


 一際大きな花火が上がった。


 「おぉっ」


 安の口から思わず声が漏れた。


 「すごーい」


 隣の優乃も一緒になって声を上げた。


 薄黄色の花柄に紅の帯の浴衣姿の優乃は、いつもと違う柔らかでほのかな色気をただよわせていた。


 「大抵あぁいう大きいのが一発上がると終わりの合図なんだけど、まだ連発のスターマインが始まってないから、中休みの合図だね」


 久が、頼まれてもいない説明を得意げに始めた。


 「久君、黙って見れないの?」


 右後ろに座っている冬美から注意されて、久はしまったと首を引っ込めた。


 花火が始まってから久が説明し出したのは、これが初めてではない。花火から始まって火薬、火薬から兵器としての火薬の話、火薬作りのポイントであった硝石の話など、マニアめいた話を花火の合間にしていたのだ。


 さっきも優乃から言われて注意はしていたものの、テンションが上がっているせいか、説明がつい口から出てしまうのだった。


 「そんなの聞き流せばいいじゃない」


 雪とは反対隣に座っていた矢守が、冬美に声をかけた。


 「山川がいたら、それこそ二重奏になるに決まってるんだから、久くんくらい軽いものじゃない」


 矢守はそう言いながら、手にしていたフランクフルトを口にした。


 「んー、太くて長いのって美味しい。それにこの固さがあぁん、もう、お口いっぱい。花火のドンっていう振動で体も…」


 「そういう言い方、止めたら?」


 雪が無駄と知りつつ言った。


 「そうですよ。太いとか大きいとか、固いの好きって誤解されてもー」


 「あら、久君。私、固いのが好きなんて言ってないわよ。何か変なコト、想像してるんでしょ」


 矢守のとぼけた口調に、久は赤くなった。


 「あ、いやっ、すみません」


 「それぐらいにしておけよ。そんな事言ってると、せっかくの浴衣美人が台無しだぞ」


 矢守の後ろから、安が見かねて間に入った。


 「もう、そんなお世辞言って。でもそう言ってくれるの、安さん、だ、け」


 矢守はコビを売るように、投げ出されている安の足に触ろうとした。


 それと同時に安も足を引っ込める。


 「安さんのイジワル」


 矢守はフランクフルトをかじって、悔しがった。


 「いや、ホントに皆さん綺麗ですよ。浴衣似合ってます」


 久がぼくにも言わせてくれとばかりに、体を乗り出した。


 「浴衣姿には何て言うか、独特の色気がありますねっ、安さん」


 勢い込んで言う久に、笑いながら安は頷いた。


 「そうだな。着物は、洋服にはない色気みたいなものがあるな」


 久はそうですよねっ、と辺りを見回した。


 「浴衣の色気って言うのは、奥襟の所とか、素足に下駄の取り合わせにもあって、特に黒塗りに赤色の鼻緒の下駄だと、その足首の白さと艶が引き立ってー」


 と、久は一瞬息をつめた。


 黒塗りに赤色の鼻緒の下駄に、白い素肌の足首が目に入って、ドキリとしたのだ。意識して言った訳ではなかったが、優乃の足下が、久の言った通りだった。


 心拍数を上げながら、久は慌てて目をそらした。


 「も、もうたまらないって言うか、そうじゃなくて、日本人で良かったって思いますね」


 優乃は久の視線に気付いていないようだった。


 久は密かにほーっと息を吐いた。


 「男でもそうなの?」


 雪が不思議そうに首をかしげ、安に尋ねた。


 「まぁ、そう思わないでもないね。洋服もいいけど、やっぱり日本人は着物が似合うよ。久君の言う通り、洋服には出せない色気を感じるな」


 安がそう答えると、矢守がまた振り向いた。


 「んっもう。それなら最初っからそう言ってくれればー」


 バーン

 ドドーン


 「おっ、後半始まったな」


 安はあっさりと矢守の話を切った。


 矢守は残念がる風もなく、笑いながらみんなと一緒に空を見上げた。



 「何とか、天気持ったね」


 花火も終わった帰り道、久が優乃の横に並びながら言った。


 「うん。でも今にも降りそうな感じ」


 厚い雲が空を覆い、星はおろか月明かりさえ見えない。


 優乃が見上げた拍子に、胸元の白い肌がチラリと見えた。心拍数がカッと上がり、久はまた息をつめた。


 だめだっ。そんなトコ見せられちゃうと。…やっぱり浴衣はいいよ。


 ひそかにもだえている久に、安が言った。


 「やっぱり、浴衣はいいね」


 「そうですよねっ」


 久は目を輝かせて答えた。


 ぞろぞろと駅に向かう人波の中、浴衣姿はどこか涼しげだ。


 「僕も浴衣ぐらい用意すればよかったかな」


 安は優乃に笑いかけた。


 「あれっ、月森さんじゃない」


 安の後ろにいた矢守が、声を上げた。


 白地に水色の花柄、桜色の帯を締めて男の人と二人、歩いている。男の方は浴衣こそ着ていないが、月森の選びそうなお金持ちの雰囲気にあふれていた。


 「あっ、ホントだ」


 見ていると、男の腕にしがみついたり、体を寄せたり親しそうな素振りを見せている。


 …いいな、でも私だって。


と、優乃が思ったところで、矢守が月森よろしく、いきなり安の腕にしがみついてきた。


 「あぁーん、帯が苦しくなっちゃった。安さん、ゆるめるの手伝って」


 「こんな人混みの中で、出来るわけないだろ」


 安はあっさりと矢守の腕から自分の腕を抜いた。


 「それに、みんなに着付けしたのお前だろ。自分で出来ない訳ないだろ」


 「どうしてそんなに意地悪なの。結び目が後ろにあるんだから、自分ではやりにくいの」


 背中を見せるように矢守は安の前に行く。


 「私が手伝います」


 矢守の当てつけるような行動に、優乃は我慢できなくなって二人の間に割って入った。


 「あんっ。優乃ちゃんったら強引」


 矢守は思った通り、とでも言うような表情を浮かべた。


 「帯がキツくなるほど、食べないで下さいっ」


 優乃はちょっぴりムキになりながら、帯の結び目に手を突っ込んだ。


 しかし歩きながらでは、なかなかうまく出来ない。


 優乃とは対照的に矢守は甘い声を出した。


 「ちょっと食べ過ぎたかも。食後の運動しなきゃ。安さん、一緒にしましょ」


 「お前が言うと、ホント普通に聞こえないな。ま、手伝うつもりも何もないがな」


 「何も」を強調して安は答えた。


 「あーっもうっ。じっとしてて下さいよ、矢守さん」


 帯がなかなかゆるまないので、優乃は悲鳴を上げた。


 「あら、楽になったみたいよ。優乃ちゃんありがと」


 矢守は優乃の方に振り向いて、にっこりと笑った。



 駅に着き、街行きの電車に乗って、全員帰路についた。


 「あれっ」


 雪が驚いて声を上げた。


 「月森さん」


 「あら、こんばんは」


 月森は、にこやかに挨拶を返した。偶然にも同じ電車に乗ったようだ。


 「ねぇ、さっき男の人といなかった?」


 近くにいた矢守が、いきなり聞きにくいことを聞いた。


 「あぁ、改札で別れて来たわよ。そんな今日送ってもらったら、何されるか分からないでしょ」


 月森はすました顔だ。


 「よく相手が納得したわね。相手の人、食い下がったんじゃない?」


 矢守は興味津々だ。


 「そんなの簡単よ。『今日はありがと。また今度連れてって』って言ったら納得したもの」


 月森は当たり前に言う。相手に有無を言わせないようにしつつ、気があるような言い方が絶妙だ。


 「『また今度連れてって』。このニュアンスね。参考になるわ」


 矢守と月森が電車の中で、男との別れ方の勉強会を開いた頃、反対の端では冬美と久が小声で話し合っていた。


 「久君、優乃の事、気になってるんでしょ」


 「い、いや、別に」


 「あれだけチラチラ優乃のこと見てたら、バレバレ。でも、それなら何でも知ってること説明するクセ、止めた方がいいんじゃない。優乃、ほとんど聞いてなかったわよ」


 「そうですか…」


 そんなに気負って説明したつもりはない。


 「何かあの人みたいだったわ」


 冬美は残念そうにつぶやいた。


 「あの人って誰ですか」


 電車の音にかき消されそうな冬美の声に、久は耳を近付けた。


 「今日来なかった、人。山川さんよ」


 冬美は怒ったような顔をして、プイッと横を向いた。


 「今日の花火の説明だって、久君がしなかったら山川さんがしてたわ。もちろん話すことは違うと思うけど」


 「山川さんの事、よく知ってるんですね」


 久はほめたつもりだったが、冬美はきっと久をにらんだ。


 「知らないわよ、バカッ」


 「すみません」


 叱られて久は、反射的に謝った。


 冬美はまた横を向いて話した。


 「今日だって電話したのに、来れないって言うんだから。せっかく浴衣着てきたのに。あのバカ」


 冬美はそう言った後、ころっと表情を変えて久に向き直った。


 「だから、久君のアピールの仕方間違ってるから。もっと他にないの?」


 何が「だから」なのか分からないが、そう言われて久は思い出した。


 「そうですね。しゃべってアピールしようとするからだめなんですよね。『これを内に有すれば、必ずこれを外に(あらわ)す』。ぼくの知識をひけらかすのは善の善にあらず。むしろにじみ出る知性…、そうか。背中だ。背中で語れって事か。なるほど、昔から『男は背中』と言う言葉もありますー」


 車内で止まらない演説が始まり、冬美は諦めのため息をついた。


 真ん中では優乃と安、雪が話していた。


 「そう言えば、さっき天気で思い出したけど」


 安はゆっくりと思い出しながら言った。


 「『クワバワ、クワバラ』って言葉あるだろ。あれって、雷が鳴ったときに言うんだってね」


 「そうなの?私、お化けとか恐いものが出た時に、言うのかと思ってたけど」


 雪は意外そうに言った。


 「私、そんな言葉、知りません」


 優乃はまったく聞いたことがないようだった。


 「時代劇なんかにたまに出ないかな。古い言葉みたいだけど。あれは桑畑、つまり桑の原っぱって意味なんだって」


 そもそも『桑』が優乃には分からなかった。安も小さい頃の記憶しかなく、カイコが食べるんだよ、ぐらいしか説明出来なかった。


 「で、桑畑にいると雷が落ちないそうだよ。だからここは桑の原っぱだって言う意味で、『クワバラ』って唱えるんだって」


 「ふーん、何だか分かったような、分からないような話だったけど、つまりおまじないみたいなものね」


 雪はなんとなく頷いた。


 「おまじないですか…」


 優乃もイマイチ理解できなかったが、おまじないなら分かる気がした。


 「おまじないって言えば、小学生の時に友達と仲良くなれるおまじないとかしませんでした?」


 「あっ、したした」


 雪が身を乗り出してきた。


 「やっぱりいつでもやるのね、そういうの。私の時は消しゴムに名前を書くだったわ」


 雪の目が懐かしそうに輝く。


 「安さんは、しませんでした?」


 優乃が聞くと、安は腕を組んで考え出した。


 「うーん、女子の間では流行ってたみたいだけど、興味なかったなぁ」


 「えー、そうなんですか」


 優乃はいかにも残念そうに答えた。


 しかし、雪が楽しそうに話に乗ってきた。


 「私の時はね、消しゴムに緑のペンとかで相手の名前を書いたわよ。緑だと両思いになるようにで、青だと仲良くなれるようにでー」


 「あー、そんな事やってー」


 「懐かしー。私たちもやってました。他の人に見られずに使い切らないとダメとか、ありませんでした?」


 「そうそう。見つかったら名前消さないと、反対の事が起きるって。私はー」


 安を無視しながら、優乃と雪は二人、おまじないの話で盛り上がった。



 冬美と久が乗った街行きの電車を見送った後、優乃達、で愛の荘組は駅を後にした。雲行きはさらにあやしく、遠くで雷の音が小さく聞こえていた。で愛の荘に着くまでに降り出すかも知れないと、一同は足早に道を急いだ。


 で愛の荘に着き部屋に戻ってほっとすると、それを待っていたかのようにパラパラと雨が降り出し、あっという間に大粒の雨に変わった。


 「すごい雨」


 雪は矢守のコップに、お酒を注いで言った。


 「ホント、すごい音」


 雪の部屋で、浴衣姿のまま二人は乾杯した。


 「今日はお疲れ様」


 雪は一口お酒を口に運ぶと、矢守に言った。


 「恵ちゃん、世話焼きね。分かってるんだから。わざとやってるの」


 放っておけばいいのに、と雪は机に肘をついた。幾分、酔っているのかもしれなかった。


 雪は一升瓶を持って、ラベルを見ながら言った。


 「ぜーんぶ、顔に書いてあるの。何、もう諦めたの」


 そう言う雪の顔には、「言い訳してもだめ」と書いてある。


 矢守は雪から一升瓶を取り上げ、自分のコップにお酒を注いだ。


 「まいっちゃうな。んー、だってまどろっこしいじゃない。安さんはいいけど、優乃ちゃん。その気があるならあるで、もっと積極的になればいいのに。だいたい安さん、年上好みよ。優乃ちゃん、相手にされない可能性の方が大きいんだから」


 矢守は優乃の煮え切らない態度に、怒ってみせた。


 雪はバカね、と小さく息を吐いた。


 「だからって、あんな当て馬みたいなマネするの」


 「そんな訳じゃないんだけど、たきつけてやろうと思って」


 「やっぱり世話焼きじゃない」


 あきれたと雪は笑った。


 「自分で言うこともないんだけど、私、スレすぎてるのよね。それだったら優乃ちゃんぐらいウブな方が、安さんにはいいのかなって。でもあんなにウブだとねぇ。男の本性知ったら、男嫌いになっちゃいそうで…。何か心配で」


 「そりゃ、免疫はあったほうがね」


 「優乃ちゃん、今時ちょっと見ない天然記念物だから」


 矢守は小さく笑った。


 「それで、あきらめてるんだ」


 「まさか。スキがあれば、奪うつもりよ」


 「何言ってんの。恵ちゃんの方がスキだらけじゃない」


 そう言って笑うと、矢守も一緒になって笑った。


 「そうね、そうかも」


 矢守は諦めたように、頷いた。


 「困った性格(たち)


 同情するように言う雪に苦笑いをしながら、矢守はでも、と言った。


 「本気半分、真面目半分なんだから」


 矢守の言葉の意味がつかめなくて、雪はきょとんとした。


 「何かよく分からないけど…」


 そう言った次の瞬間には、机のメモ帳に書き込んでいる。


 「このセリフ、使えるわ。これだけで一本描けそう。恵ちゃん、このセリフもらっていい?」


 「雪先生ってホントに、いつでも描くこと忘れないのね。感心しちゃう。じゃあ、そのセリフのお代は、これ一本一緒に飲む事」


 「後で返してって言っても、返さないから」


 雪は「ありがと」と言いながら、矢守と自分にお酒を注いで、もう一度乾杯した。


 「そうそう」


 雪はもう一度机に向かうと、青色のペンを出し消しゴムに何か書き込んだ。


 「雪先生、何してるの?」


 「ん、これ?おまじない。今日、帰りの電車で優乃ちゃん達とそんな話で盛り上がってね。思い出したの」


 「ふーん。それで何のおまじない?」


 「恵ちゃん優しいから、もっと仲良くなれるようにって」


 雪は大事そうに消しゴムをケースにしまった。


 「もー、雪先生、泣かせないで」


 「そんなつもりはないのよ」


 「だめ。親切にされると、泣けてきちゃうんだから」


 「はいはい」


 矢守の空になったコップに、雪はお酒を注いだ後、ぼーっと上を見上げた。


 「それにしても、いい浴衣姿、たくさん見れたわぁ」


 「雪先生、今日、何見に行ったの?」



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 降りだした雨は雷を連れて、ますます激しく降ってきた


 空を黒く染めた雲から雷が鳴り、夏の夜を演出する


 雷は停電と言うドラマを優乃、そして安に差し出す


 お酒と言う名脇役がシーンを盛り上げる


 雨、雷、停電、お酒


 夏の夜に揃った必殺イベント


 優乃と安がようやく動き出すのか


 夏の夜の物語



 「着がえ中だったんだ」



 「私、すごく緊張してましたね」



 「バッタの天敵はカエルか?」



 次回第三十話 おまじない 後編



 おまじない、効くかな?

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