第二話 第一夜
第二話 第一夜
ジリリリリリリリリ…
「もう、どこの目覚まし時計?」
優乃は眉をひそめながら、薄目を開けた。
まだ真っ暗で、朝には早そうだ。
目覚ましにしては大きすぎる音が鳴り止まない。
もしかして?
優乃は布団から飛び起きた。
火事だぁ、外に出ろぉ。火事だぞぉ、と外で誰かが叫んでいる。
近所の人たちもびっくりして飛び出してきているようだ。
ドンドンドンドンドン
優乃の部屋の戸を誰かが激しく叩いている。
「優乃ちゃん起きて。火事だよっ」
ドンドンドン
戸が激しく揺れ、今にも鍵が壊れそうである。
「優乃ちゃんっ」
「あっ、待って、私起きてますっ。戸、壊さないでっ」
火事なのに戸が壊れるも何もあったものではないが、戸の修繕費に頭が回ってしまう優乃。
「早くっ」
何度目かの声に、その声の主が安だと気が付いた。
「でも、私準備が」
「準備なんて後っ、早く出て」
安の命令口調に優乃は反射的に近くにあった物を手に取り、戸を開けた。
「こっち」
安が優乃の空いている方の手を取って引っ張った。
あっ。
安の強い手に引っ張られて、優乃は階段を転げるように降り、外に連れ出された。
「山ぁ」
山川を見つけた安が声をかけた。
「安さんっ」
「大丈夫か?」
「はい、そっちこそ。優乃ちゃんは?」
安に引っ張られてきた優乃を見つけて、山川は聞いた。
「あっ、はいっ。私、大丈夫です」
優乃はぴょこんとお辞儀をした。
「良かった」
山川がほっと胸をなで下ろした。
「他の人は?」
安が聞いた。
「あ、皆さん、もう出てます。大丈夫みたいですよ。一番最後が、安さんと、優乃ちゃんでした。心配しましたよ」
「ごめんごめん」
ウゥー
ウゥー
近所の人が連絡したのだろう、消防車が駆けつけ、すぐに野次馬の整理を始め、すぐに消火活動を始めた。
下がって下さい。そこっ、下がって、危ない。そこ、近づかないでっ。
圧上げろっ。2番ホース、放水開始。
何よりも三人とも無事だったのが良かった。消火活動の声を後ろに三人は少しだけ落ち着いた。
「こうしてみると」
じっと二人を見ていた山川が、真面目な顔で言った。
「二人とも手をつないで、親子みたいですね」
身長差だけ見れば、親と娘に見えなくもない。
でも、親子な訳ないじゃない。子供扱いしないで。
優乃はちょっぴり怒った。
「おい、山ぁ」
安がそれはないだろうと、声を上げた。
「どうせなら、兄妹ぐらいにしてくれよ」
!
優乃はびっくりした。親子もイヤだけど、兄妹ってのもないわ。。お兄さんにするなら、山川さんだって悪くないって思ってるのに。
「あ、そっちの方が良かったですか」
「そりゃ、どうせならな」
二人は顔を見合わせて笑った。
もうっ。
「からかわないで下さいっ」
優乃は顔をちょっぴり赤くして、安に握られてない方の手で、二人を叩く仕草をした。
バサッ
あっ、これ。
手元を見ると、あわてて持ってきたのは今日二人からもらった花束だった。
「ごめん、優乃ちゃん。からかったりして」
山川が謝った。
そんな、急に謝られても。
「俺も、ごめんね。でも花束を持ってきてくれたんだ。ありがとう」
安も頭を下げた。
困る、困る。そんなつもりじゃないし。
「私、別に怒ってませんから。これは夢中だったから。自分でも何持ってきたのか気付かなくて。こちらこそごめんなさい。二人がくれた花束でぶったりして」
花束で二人を叩いた訳ではないのだが、なりゆきで優乃は謝った。
やだ、どうしてこれ、持ってきたんだろ。芝居の本とか、教科書とかもっと大事な物あったのに。近くにあったからかな。でも近くっ言ったら、枕じゃない。違うって、近くっていったら枕よりも布団よ。布団持ってこればよかった。うぅん、布団持ってくるぐらいなら、段ボールよ。段ボールの一箱でも持ってくるんだった。
優乃がまたよく分からない事を考えている間に消火活動は、ほぼすんだようだった。
三人が振り返ると、火はもう消し止められていて、白い煙だけが、で愛の荘の一角から出ているだけだった。幸いにも火事は、で愛の荘の一角を焼いただけですみ、他への移し火もなかった。
消火も一段落着いたようなので、山川が消防服を着た人の所に行って何か話してくると、戻ってきた。
「また、後で説明に来てくれるってさ」
「そうか、ありがと。それにしても大火事にならなくてよかったな」
「あぁ、大体火事ってものはですね、秋とか冬に起こるのが恐いんですよ。空気が乾燥してて、風も強いから、火が出るとあっという間に広がってこんなアパートなんかすぐですよ。火事と言えば江戸の花って言葉もありますが江戸の三大火事と言えば…」
段々勢いを増してきた山川の話に、優乃はそっと尋ねた。
「あの、山川さんって引越しだけじゃなくて、火事にもうるさいんですか」
「そうみたいだね。何か話が長そうだ」
安も小声で頷いた。目が笑っている。
「…幸いにして」
山川が気持ちよく続けている所へ、消防士のおじさんと若い警察官が一緒にやって来た。
「ちょっと失礼。ここの住人の方だったね。消火終わりました。原因は明日、こちら警察の方たちと調べるけど、寝煙草か電気系統かな。もう戻ってもらってもいいから」
「その前に、ちょっと聞かせてくれるかな」
若い警察官が、三人に聞いた。
「君たちは火事の時、どこにいたかな」
「部屋ですけど」
安が答えた。
「僕もそうです」「私もです」と二人も答えた。
「ん、そうだろうね。夜遅かったしね。誰か不審な人物とか物音聞いてないかな」
三人は首を横に振った。
そうかと警察官は頷いて、続いて二・三の質問をして帰っていった。
「火の元には充分注意してね」と消防士のおじさんが言った。
「はい。ありがとうございました」
「では」
口をへの字に結んで消防士のおじさんは戻っていった。くだけた口調とは反対に、職務に一徹な印象を受ける。後ろ姿が妙に格好良かった。
消防士のおじさんって、素敵かも…。
思わずぽーっとする優乃。
「それじゃあ部屋、大丈夫か確認しよう」
安に言われて優乃は、はっと我に返った。
「ありがとうございました。おかげさまで助かりました。私、火事初めてで、お花なんて持ってきて」
「いや、みんな初めてだから」
「あ、そうですね。引越のお手伝いもしてもらって、いろいろすみません。何か私に出来る事あったら言って下さいね」
「ありがと」
二人は大した事じゃないと笑った。
優乃は再びぽーっとした。
二人共格好いい。こんなに良くしてくれるのは、私に気があるからかな。
優乃は勝手な妄想をめぐらした。
「うわっ」
山川が自分の部屋の戸を開けると、叫んだ。
「しまった。窓開けてたからなぁー」
部屋の中が結構濡れている。これでは寝るところがなさそうだ。
「あっ」
と、安も慌てて走って行き、自分の部屋戸を開けた。
「…しまったぁっ」
山川と同じ言葉を言う。
安はとぼとぼ戻ってくると、山川と目で会話をし、お互いに小さく頷き合った。
「ごめん、優乃ちゃん」
二人は本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。
「部屋、見ての通りなんだ」
と、山川。
「見てきてもらっていいけど、僕の部屋も同じなんだ。さっき出来る事あったらって言ってくれたけど…」
安は言葉を切った。
その後の言葉は何となく想像できる。
「早速で悪いんだけど、今夜一晩だけ山川と僕、泊めてくれないかな」
言った手前、ダメですとは言い難かった。
「大丈夫、何もしないから」
山川がつけ加える。
「いいですけど…」
優乃が一応の許可を出すと、ありがとうと言うが早いか、二人は自分たちの部屋に戻り、毛布を持ってきた。そして勝手知ったるように、優乃の部屋に入る。
もう二人とも何よ。レディの部屋よ。今日来たばっかりだけど。
可愛げに頬をふくらます優乃。
部屋では二人がもう何か始めている。
「山川、雑巾取って」
「はい」
もう、と怒って部屋に入ると安が雑巾で畳を拭いている。
山川は水道から花瓶に水を入れている。
あ。
優乃は気が付いた。
私、部屋出るときに、花瓶からこの花束抜いたんだ。その時に花瓶が倒れて水がこぼれちゃったんだ。
「はい。優乃ちゃん」
山川が水を入れた花瓶を持て来てくれた。
「あ、ありがと」
怒るタイミングを消されてしまった。
花瓶を持って立っていると、二人は優乃の布団を部屋の片隅に寄せ、自分たちの寝る場所を作っている。
「じゃ僕は、ここで寝るわ」
安が優乃と反対の部屋の隅で言った。
二人とも他人の部屋で寝ることに慣れてるのだろうか、妙に手際がいい。
「じゃ、俺は隣で」
と、山川。
安がもう寝る体勢で優乃に言った。
「優乃ちゃん、ごめんね。今晩だけ泊めてもらうね」
「は、はい。でも布団は」
「あぁ、大丈夫。ちょっと寒いかも知れないけど、気にしないで。慣れてるから。じゃ、おやすみ」
「慣れてるからって、でも」
そんな自分だけ布団に入って寝れるわけないじゃない。
優乃の気がとがめる。
そんな優乃に構わず、山川も安の隣に横になる。
「優乃ちゃん、何かあったら起こして。安さんに夜這いされそうになったら、大きな声出してね」
冗談っぽく言う山川。
じゃあ二人に襲われたらどうするのよ。
と言いたい所を押さえて、優乃は言った。
「じゃあ、山川さんに襲われそうになったら、安さんに助けてもらいますね。ね、安さん、安さん?」
「もう寝てるよ」
山川が代わりに答えた。
「早っ」
順応が早いの?やっぱり安さんって変。
「おやすみ」
山川も何事もなかったかのように寝に入る。
山川さんも安さんがこんな風で、おかしいって思わないのかな。安さんのこれが普通?何か山川さんも変。
どんな理屈なのか、山川も変な人扱いする。
「おやすみなさい」と優乃は小声で言って二人を起こさないように、そうっと、花を挿した花瓶を流しに置き、布団に入った。
よかった、今日ジャージで寝てて。パジャマだったら恥ずかしかったし。
優乃が布団に入ると、山川の寝息も聞こえてきた。
二人とも、もう寝てるのかな。実は寝たフリして、お互いに寝るの待ってるとか。
優乃の妄想が走り出してきた。
そうだ、そうじゃなきゃ、こんなに早く寝れるハズない。きっと二人とも私に気があって、お互いに早く寝ろって思ってるんだ。でどっちかが先に寝たら、私の所に来るんだ。そしたらどうしよ。まだ早いわ。だって今日会ったばかりじゃない。私そんな軽い女じゃないし。あれ、ちょっと待って。私には今日会ったばかりだけど、二人は前から知り合ってるのよね。もし、もしも二人がそんな関係だったらどうしよ。お互いに私の事ねらってるんじゃなくて、私が早く寝ればいいと思って、寝たフリをしているのかも。私が寝たら二人で…。イヤ、イヤ。そんなの嫌。そういうのはマンガだけに…、何考えてるんだろ私。もう気にしないようにしよ。でも頭の中が冴えちゃって、寝られ…ない…か…。
頭の中が、なんて思っているうちに、寝てしまう優乃であった。
気が付けば朝。
安も山川もすでに起きていた。コンビニに朝食を買いに行ったのだろう、スナックパンの袋と牛乳パックが置いてある。
「あ、おはよう。昨日はありがと。これ俺と山川から、泊めてくれたお礼って訳じゃないけど」
安が優乃の近くにパンと牛乳を置いてくれた。
「おはようございます。ありがとうございます」
目が覚めたばかりで、回っていない頭を一生懸命回す。
え…と、昨日は…二人が泊まったんだけど…それは、火事、そうだ火事があったんだ。
「火事」の一言で頭が急回転して一気に目が覚めた。
バッと布団を起こして飛び起きる。
「二人の部屋どうでした?火事ってあの後どうなってます?」
「俺も山川の部屋も水浸し。後片づけが大変そうだよ。それから今、警察が現場検証してる所」
あきらめ顔で安が言う。
「そうですか。大変なことになっちゃったみたいですね」
優乃は立ち上がって、流しで顔を洗った。
「まぁそうなんだけどね。しょうがないから。山ぁ、あれ優乃ちゃんに話してやってよ」
安が山川に声をかけた。何か大事な話なのだろうか。
優乃は顔を拭いて、今度は歯を磨く。
「うん、さっきね、安さんにも言ったんだけど」
山川がちょっとばかり深刻な顔をした。
「朝、大家さんに電話したら、ここ、建て替えるかもしれないって」
「えーっ。私昨日ここに越してきたばかりですよ。いつやるんですか、そんなのないですよ」
新しい部屋探すのだってすぐに見つからないかも知れないし、あったとしても敷金だってすぐには払えない。
「いや、すぐに建て替えると決まった訳じゃないんだけど。それで優乃ちゃんの事も大家さんに言ったら、もし建て替えることになったら、立て替えの間は住む所用意するって。と言うか当てはあるんだって。もちろん敷金とかいらないし、そこへの引越しなら少しは出せるって。ここを出てくなら、それでもいいってさ」
「なーんだ、じゃ大丈夫じゃないですか。びっくりした。私住む所なくなっちゃうかと思いましたよ」
危なく歯磨き粉を吹く所だった。
優乃はほっとして口をゆすぐと、パンの袋と牛乳パックを取った。
「よし、では朝ご飯食べますね。ありがとうございます。いただきます」
早速一本スナックパンを頬張る。
女の子っぽくないかもしれないけど、もうこの二人ならいいや、と優乃は思った。あまり気にしなさそうだし、昨晩の一件からも女の子として意識もされてないみたいだった。そうじゃなければ、いきなり泊めてなんて言うはずがない。
「で、仮に建て替えるとして、どこになるんでしょうね。どうせ仮に住むんだとしても、新築のいいとこじゃなくていいから、築五年ぐらいの小ぎれいなところがいいなぁ」
「あ、それなんだけどね。多分あそこだよ」
安が妙な顔をして言う。
「やっぱり安さんもそう思います?」
山川がうらめしそうに答えた。
「あそこって?」
ちょっぴり不安になった優乃が聞いた。
「ここは言わば第二の、で愛の荘でね」
安の口が重たそうだ。
「あそこって言うのは、元祖、で愛の荘のことなんだ」
「えと、じゃあ、ここより、古い」
パンの味がまずくなってきた。
ゆっくりと首を縦に振る安。
「うん。築五年じゃなくて、築」
安は一呼吸ついて言った。
「五十年」
「古すぎですよっ」
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
次回予告
結局建て替えることになった、で愛の荘
三人は「元祖 で愛の荘」に引越しを決める
そこは駅にも商店街も近いらしいけど…
これからの優乃の生活はどうなるんだか。
私、今日引っ越してきたばっかりなのに
また引っ越しなんてありえないよー!
なーんかこの先、心配
いいや、なるようになるっ
で、男二人がうら若き乙女の部屋に泊まりこむって
しかもいきなり寝てるしっ
私のドキドキ返せーっ
「私に色目使ってきたわよ」
「おっ、ペンネームか」
「あの、軽トラとか借りたら」
次回第三話 二日目
新しい方、登場ですよ




