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第二十五話 男の子 がんばる?後編

第二十五話 男の子 がんばる?後編



 優乃がだいたいのあらすじを話して、場面の説明をした。優乃と久はみんなからちょっと離れると一呼吸して、演技を始めた。


 時間にして三十秒ぐらいの演技だった。


 終わった後、みんな「うーん」と黙り込んだ。


 「第二、三弾出来ましたけど」


 山川が申し訳なさそうに口を挟んだ。


 「山、ごめん。待たせちゃったな。じゃあみんなで食べながら話そうか」


 安がそう言うと、再びみんながたこ焼きに群がった。


 「ねぇ、山川はどうだったの。さっきの演技」


 矢守が食べながら聞く。


 「演技ってよく分からないんだけど、何か決められたものを上手く読んでる感じ。それはそれで上手いんだけど、何か違う気がするな」


 イマイチ歯切れが悪い言葉を、雪が受け取る。


 「そうなのよね。悪く言うと学芸会の上手い版なのよ。ただ優乃ちゃんと久君が目指すものとしてはどうかなって思ったけど。始めて四ヶ月ぐらいだっけ。だったらいいかなって思うんだけど」


 「えー、すごいよ。私、人前で演技なんて恥ずかしくて出来ないもん」


 矢守は上手い下手よりも、二人が人前で演技をする事が、すごいと思っているらしい。


 「お前が初めて会った久君に、投げキッスをする方が恥ずかしいと思うが」


 安がそう言うと


 「やんっ。恥ずかしいっ」


と、矢守は頬に手を当て、体を振ってみせた。


 「あんたはどうなのよ」


と、雪は安に話を振ると、またたこ焼きに手を伸ばした。


 安は黙々と食べていた手を止めた。


 「ちょっと厳しくなるけどいいかな」


 二人はこくりと首を縦に振った。さっきからたこ焼きも食べず、みんなの意見を真剣に聞き入っている。


 「さっき山と雪が言ってた事なんだけど、二人とも自分で考えて決めてきた演技をしてるだけで、相手の演技を見てないんだよ。演技が固くなってるんだ。特に久君。さっき『ちょっと待って』って呼び止める台詞があったでしょ。あそこで考えてみようか」


 安は具体的に説明してきた。


 「相手が近い時と遠い時で、声の大きさが変わってくるのは分かるよね。じゃあ、相手がずっと止まったままだったらどうする?」


 二人は、頭を抱えた。どうしていいのか分からない。


 「それが固い演技なんだよ。相手が止まってるなら、思い出したみたいに「あっ、ちょっと待って」とも言えるじゃない。相手の演技を見ずに自分の演技の事だけを考えているとそうなるんだよ。山と雪の言いたいことがそこに繋がるんだ。上を目指すなら相手の演技をちゃんと見て、そこで反応しなきゃ。まぁ、言うのは簡単だけど、やるのは難しいんだよね」


 まぁ、そんな感じだよ、と安は笑った。


 普通では思いつきもしない事を言う安に


 「何者ですか」


と、山川が言えば


 「ホントだわ」


と、雪が相づちを打った。


 「大丈夫。今度二人っきりの時に、聞き出しておくから」


と、矢守が含みをもって言う。


 「ね、安さん」


と、矢守が念を押すと、久が突然声を上げた。


 「えっ、安さんってあなただったんですか」


 「そうだけど。あっ、そう言えばこっちの自己紹介がまだだったね。僕が安、たこ焼き名人の山川、色目使いの矢守、昼夜逆転の雪だよ」


 「ちょっと、その紹介の仕方はないじゃない」


 雪に言われて安は笑った。そしてもう一度久に紹介し直した。


 しかし久は、聞いていなかった。


 お、恐るべし安。ここまでぼくを油断させて、自らの事は明かさずに、ぼくの情報だけを入手してくるとは。知略に長けた人物だ。すっかりだまされていた。一種の影武者作戦だ。このままでは、ぼくの事だけがバレてしまう。ここは一つ偽のぼく情報を流すことによっての混乱を狙おう。そうすればぼくと言う人間がよく分からなくなり、相手は疑心暗鬼になる筈。疑心暗鬼?違うっ。今日は安って人を調査しに来たんだ。相手を疑心暗鬼にさせる暇があったら、相手の情報を収集しないと。しまった、また計略に乗せられていたかっ。やるな安。


 久は腕を組んだり、頭を抱えたり、天を仰いだりと忙しい。


 「ねぇ久君って、何一人で踊ってるの?」


 雪が冷静に優乃に聞いた。


 優乃も別に動じるそぶりも見せない。


 「あれ、久ちゃんの一人パントマイムって、学校では言ってます。学校でも時々やるんです。ちょっと変わってるんです」


 優乃も似たクセを持っているのに、自覚はないようだ。


 「本人、知っててやってるの?」


 矢守が面白そうに、久を見ながら聞く。


 「それはそれとして、たこ焼き、追加たくさん出来てるけど」


 山川には久の一人パントマイムより、たこ焼きの方が大事だ。


 「ま、食べて待つか」


 安も落ち着いたものだ。


 「それもそうね。『何してるの』って聞くのもなんだし。気がつくまで食べて待ってようか」


 矢守はそう言って、たこ焼きに手を伸ばした。口に入れると眉間に眉を寄せた。


 「これ、何?」


 「あっ、そっちはトマトを入れてみたやつなんだけど、どう」


 「トマトか。通りで色もちょっとおかしいし、味も変に酸っぱいんだな」


 山川の説明に安は頷いた。


 「そう?別に変な味じゃないわよ」


 雪は平然としている。むしろ美味しいと言いいたそうだ。


 「こっちは何ですか?」


 優乃が聞くと、山川は喜んで答えた。


 「そっちはね、ベビースター入り」


 どうやら色んな具材を入れて作ったらしい。


 丁度そこに、で愛の荘から月森が出てきた。


 「あら、みんなで何食べてるの」


 そう言いながらも目線は、たこ焼きから久に動いている。さすがにいい男を捜すのは素早い。


 「初めまして。月森です」


 好みのタイプのようだ。久に、にっこりと笑いかける。営業スマイルなのだろうが、それを感じさせない笑顔である。服装も今からデートか何かなのだろう。つばの広い白い帽子に、首には青のシルクスカーフを巻いている。さわやかな空色のシャツの胸元を開けて、色気を匂わせている。


 「あっ、はいっ。初めまして」


 一人パントマイムから抜け出して、久は慌てて挨拶を返した。


 「田辺 (ひさし)です」


 きれいなお姉さんに近寄られ、久はドキドキだ。品のいいクリーム色のスカートの裾から、チラリと見える足首が久の胸に突き刺さる。


 「あっ、あっ、あの。たこ焼き食べません?」


 さっき飲んだビールのせいか、顔が赤い。声までうわずっている。


 「ありがと。ねぇ、(ひさし)君って学生さん?」


 笑顔を絶やさずに聞く月森。


 いつもと違う月森の様子に、げんなりしてるのは安と山川だ。


 「はっ、はいっ。まだ専門学校生です」


 「じゃあ、もう免許取れるのね。もしかして車持ってる?」


 「はいっ。今日も車で来ました」


 「あら、何乗ってるの」


 目を輝かす月森。


 ウソはまずいだろ。


と、安は思ったが言わなかった。


 「はいっ。レクサス ビックバンカスタム 3rd レッドウォールBTLです」


 嘘クセー。


 今度は山川が叫びかけた。


 しかし月森には分からない。「レクサス」という高級車の名前を聞いただけで合格らしい。何に合格なのかは分からないが。


 「(ひさし)くん。乗せてもらってもいい?」


 ちょっぴ恥ずかしそうに言う。


 男には有効な方法ね。


と、うんうん頷く矢守。


 「はいっ。どうぞ」


 久は頬を紅潮させ、少し離れた所に止めてあった自分の自転車を引っ張ってきた。


 「えっ、何これ」


 月森は目を白黒させている。


 車と思っていたのに自転車を持ってきたのだ。一体何の冗談なのか分からない。


 「ぼくの愛車、レクサス ビックバンカスタム 3rd レッドウォールBTLです」


 月森にも久の言いたいことが分かった。


 ニッコリ笑いかけると、久を無視してたこ焼きに近付く。


 久と月森のやり取りにかまわず食べていた雪の隣に来て、さっと一つ、つまんで食べる。


 雪が美味しそうに食べていたので、美味しいと思ったのだろう。


 「ん…、何、この味」


 「トマトです」


 何故か、優乃が申し訳なさそうに言う。


 「全然美味しくないじゃない。もういいわっ」


 月森は怒って言うと、足早に去って行った。


 「あ、あの人、何なんですか」


 あまりの感情の変化についていけず、ハンドルを持って呆然とする久。


 「あぁいう人なんだよ。気にしないで」


 安は、何でもないよ、驚かせてごめんねと謝った。


 「久君、さっきの自転車の名前なんだけど…」


 山川がちらっと聞くと、久が振り向き、残りのビールを嬉しそうに一気にあおった。


 「ぷはーっ。そうなんですよ、よくぞ聞いてくれました。レクサス ビックバンカスタム 3rd レッドウォールBTLって言ってですね、3rdはルパン三世から取ったんですが、BTLはバトルの略でレッドウォールは赤壁、あわせてレッドウォールバトル即ち赤壁の戦いって意味なんです。つまり連なったら危ないぞ。ご存知だと思いますが三国志のお話しでー」


 久の勢いは止まらない。山川に口を出す暇を与えず、延々と話し続ける。


 「ねぇ、今日はこの辺でお開きにしない」


 雪が矢守に話しかけた。山川が作ったたこ焼きを食べきって、お腹いっぱい、満足だ。


 矢守も頷く。


 「そうね。私もたくさん食べたし、ちょっと飲み足りないけどそうしようか。山川も捕まって焼けないし、材料もないみたいだから丁度いいわよ。それじゃ、片付けに入ろうか。でもあの二人、あのままでいいかな」


 「いいじゃない。山川いつも自分が話す側なんだから、たまには聞かされる身にもなればいいのよ」


 雪は冷たい。


 「しょうがない。作る人が捕まったんだからな。片付けするか」


 安もそう言って、優乃を誘って片付け始めた。


 「何か山川さん、かわいそうですね」


 「そうだね。でもお客さんをもてなしていると思えば、山の使命は重大だよ」


 「そう考えるとそうですねっ」


 「でも久君、ちょっと酔ってるみたいだね」


 「そう言えば、弱いって言ってたかも」


 「ま、いいか。片付けよう」


 「はいっ」


 二人は山川と久を放って、仲良く片付け始めた。



 それから約一時間後。山川はまだ久の三国志話に捕まっていた。


 「山、片付けも終わったし、みんな帰ったぞ。お前の道具類は全部洗って、部屋の前に置いてあるから」


 安が山川に声をかけた。もう優乃も雪も矢守もいない。


 「安さん、ありがとうございます。それじゃ久君、そう言うことだから、また」


 山川は幸いとばかりに話を切った。


 「あっ、はい。さようなら」


 久はまだまだ語り足りなかったが、挨拶を返した。


 山川は久に手を振って安と、で愛の荘に入っていった。


 「…安さんの情報収集忘れた」


 久はうわごとのように言うと、まだ酔いが残る足取りで自転車に乗った。



 その日の夜。久は悔し紛れのビールを一缶飲むと、お風呂に入った。


 今日はぼくの作戦ミスだった。情報収集のつもりが、たこ焼き食べて、ダメ出しもらって帰って来る始末になってしまった。これは安さんの作戦勝ちだ。


 お風呂につかりながら、反省する。


 でも弘法も筆の誤り、猿も木から落ちる。たまたま今回は安さんの作戦が成功したにすぎない。勝負は兵の常なり。今回は引き分けにしておこう。それにしても優乃ちゃん、あんなボロ館に住んでるなんて、ホントにお金がないんだな。防犯大丈夫かな。いつでも忍び込めそうなんだけど。火でもつけられたら、今度はボヤじゃすまないぞ。やっぱり親の反対押し切って、学校に入ったんだろうな。お金がなくても自分の夢を諦めないなんて、優乃ちゃん素敵だ。

 素敵と言えば、あそこはきれいなお姉さんもいたし、迫ってくる色っぽいお姉さんもいてよかったな。料理人みたいな人もいたし、みんな変わってたけど。安さんの代わりにあそこに入れれば最高の環境だよな。休みの日にはパーティーでも開いてそうだし。きれいなお姉さんと優乃ちゃんに囲まれてパーティーか…、困っちゃうな。『大丈夫、ホントに好きなのは、優乃ちゃん、君だけだよ』

 何て言ったら、優乃ちゃん赤くなっちゃうかな。


 そう言えば優乃ちゃん、ぼくとどういう関係って聞かれたとき、真っ赤になって否定してたな…。やっぱり恥ずかしかったんだろうな。と、い、う、こ、と、は、相思相愛、だったんだ、イヤッホウッ。いや、やめてよ優乃ちゃん。そんなぼく照れちゃうじゃないか。


 ポコ、ボコ、ゴボゴボ…。


 久は長風呂のしすぎとアルコールの回りが重なり、気を失いかけ沈んだ。


 ぼばぁっ。はぁはぁはぁ。


 すんでの所で気がつき、頭を出した。


 まずいぞ、はぁはぁ、優乃ちゃんの事考えてたら、頭がぼーっと、してきたぞ、のぼせちゃったかな。ふぅー、うぅ、体力も一気になくなったみたいだ。今日は、もう、寝よう。


 久は這うようにお風呂から出ると、脱衣所に倒れ込んだ。


 ふふふ。優乃ちゃん、君に酔ったみたいだよ。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 次回のお話しは、大人の恋の話だ


 子供には、ちょっと難しいかも知れない


 教科書もない


 解説もない


 教師もいない


 答えも、ない


 いや、答えがあるのは学校の中のことだけだ


 人生に答えは、ない


 歩いてきた道の一番先に、自分がいるだけだ


 恋も同じ


 その恋に答えはないだろ



 一人の男の、情けなくカッコの悪い話だ


 しかしそれが、この男の選んだ恋だ



 バカラグラスの、夜想曲(セレナーデ)



 次回第二十六話 恋の捨て方



 恋は、男の心に刻まれる

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