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第二十三話 男の子 がんばる

第二十三話 男の子 がんばる



 ぼくの名前は、田辺たなべ ひさし。ここの専門学校に入ってもうすぐ四ヶ月。声優目指す、このクラスで友達も出来て、みんなからは「きゅう」って呼ばれてる。ちなみになんで「ひさし」が「きゅう」なのかって言うと、学校に入った初日に名簿の字が違ってたから。


 「次、田辺 きゅう


 「先生、それひさしです」


 「えっ、お灸の灸って字書いて、ひさしって読むのか?」


 「いえ、ぼくの字は永久の久で、お灸の灸ではないんです」


 「そうか、誤植か。すまんな。きゅう…、じゃなくてひさし。最初のインパクトが強かったから、ついきゅうって呼んじゃうな。うーん、きゅうでいいか、きゅう


 「先生、きゅうで決定してるじゃないですか」


 そんなやり取りがあって「きゅう」になったんだけど、最初はいやだったこの呼ばれ方が、今は気に入ってる。この呼ばれ方のお陰で思ったより早く友達が出来たし、何人かの女の子から「久ちゃん」って、気があるような呼ばれ方もされるから。でもホントの所、ぼくは他の子に気はなくて、あの子にだけ気がある。クラス一元気なあの子。何とか二人きりになりたいなって思ってたら、グループ発表で同じグループになった。おっしゃ。『念ずれば即ち通ず』だ。もうすぐ夏休みに入っちゃうから、その前にあの子と二人きりに、二人きりで、二人を…。


 「久ちゃん、さっきから何ぶつぶつ言ってるの」


 「うん、二人は…」


 「そんな台詞ないよ」


 「そうだね…。うわぁっ、優乃ちゃんっ」


 優乃ちゃん。ぼくが付き合いたいって思ってる子だ。


 「もう夕方だから、みんな帰るって。私、今日ちょっと用あるから、先に帰るね。また明日」


 バイバーイ、お疲れ様ー、そう言って優乃ちゃんは帰っていく。


 今日も二人きりになれなかった。


 「久ちゃん、一緒に帰ろ」


 「おぅ、久。帰ろうぜ」


 友達といつもの同じメンバーで帰る。


 それはそれで楽しいんだけど…。


 夏休み前までに何とかして、二人きりに…。



 この公園は学校と近くの駅の間から少し離れたところにある。周りは住宅街なのだが、最近の子供達は家の中で遊ぶのかほとんど来ない。そうでなくても高校生、大学生ぐらいのお兄さん、お姉さんが二十人ぐらいかたまって何かやっていたら、遊びにくくて来なくもなる。


 そんな訳で、グループ発表が決まってしばらくすると、クラスの全グループが帰りにここに集まって、公園をほぼ独占状態にして稽古するようになったのだ。


 その公園の隅で、今日は久と優乃が二人きりで話をしていた。


 「このままじゃいけないと思うの」


 優乃は久の瞳を見つめた。


 「そうだね」


 優乃に見つめられて、久は高鳴る胸を押さえた。


 「でも僕たち二人だけで決めて、周りは分かってくれるかな」


 「大丈夫。私たちさえしっかりしてれば」


 「優乃ちゃんの言うとおりだ。好きにしていいよ、ぼくはついていくから」


 「うん。みんなー、ちょっと来てー」


 優乃は、振り返って言った。


 公園内で、それぞれに稽古をしていたのをやめて、みんなが集まってくる。


 「何ー?」


 「今日どうするか決まった?」


 その中の一人が優乃に聞く。


 「うんっ、今日は通し稽古メインじゃなくって、部分稽古中心にやってみたいの。出番がない人はやってる人見て、ダメ出し。いい?」


 「OKー」


 周りが頷く。


 「じゃ最初からね」


 出番がまだない優乃は、そう言って客席に見立てた場所に座る。


 「そうやってみんなに見られると、やっぱり緊張しちゃうね」


 「おーしっ、やるか」


 「オレのダメ出しはキビシイぞ」


 出番のある者、客席側に座る者、それぞれが準備をする。


 優乃が「よーい、はいっ」、と言うと同時に手を叩く。それを合図に稽古開始だ。


 一グループ八人。十分ちょこっとの短いお芝居だ。しかし、芝居を始めた者にとっては大変だ。たった一言でもその一言をどう言っていいのか分からない。もっと嬉しそうにと言われても、嬉しいを表現するにはどうしたらいいのか。自分でこうかな、と思っても「違う」と言われ、やってもやっても変わらない。もっと嬉しそうにと同じ事を言われる。自分の殻を破る、と言う事が必要になってくるのだ。口では簡単に言えるが、やろうとすると大変だ。他人のはよく分かるのに、自分の事となるとそれが出来ない…。


 「次、最初から続けて、もう少し先までやってみよ」


 何回か同じ場面を繰り返した後、優乃は次のシーンの稽古に進めていく。


 優乃はグループのサブリーダーなのだが、誰もそんな事気にしない。リーダーの久が仕切るより、優乃に仕切ってもらった方がやりやすいのだ。


 久自身分かっているのだが、久のやり方は少々強引で分かりにくいのだ。つい自分の思ったようにさせたくなる。そうかといって、それを相手に伝えるのがうまくはない。結果として「何か違うんだよ。変えてみて」、と言う曖昧な言葉でのダメ出しになる。


 それに比べて優乃は、もっとはじけちゃっていいと思うよ、さっきのはわざとらしかったね、立ち位置がかぶってたよ、など久に比べてはるかにわかりやすい。今では久も優乃にやってもらった方がいいと思っている。


 そんな訳で、初めのうちこそ久が仕切っていたが、いつの間にか優乃が仕切るのが普通になっていたのだった。


 「今日はここまでにしておこうか」


 優乃の言葉に、みんなが「お疲れー」と言い合う。


 近くの駅までほとんどみんな一緒だ。


 稽古中は課題の事しか話さないが、帰るときはちょこっと違う話題も出る。ゲームの話やアニメの話。もちろん声優、俳優、役者の話、映画の話にカラオケの話も出る。服の話に、デザートの話も。


 そんな話をしているうちに、駅に着き、


 「また明日ねー」


 「お疲れ様ー」


 とみんな別れていく。


 「あれ、久ちゃんは行かないの」


 一人残っている久に優乃が聞いた。


 「ぼくはまだ。電車の時間があと十五分くらい後だから。優乃ちゃんは?」


 「私もそう。ちょっと時間あるの。そう言えば久ちゃんと二人で話す事なんて、あまりないね」


 優乃の言葉に、久の心拍数が上がり始めた。


 そんな、二人きりだなんて。


 「同じグループで、リーダーとサブリーダーなのに、もっと話合わなくちゃいけないね」


 話合うって、二人の将来の事?付き合ってもいないのに、まだ早いんじゃないかな。ふふふ。


 のぼせている久に気付くはずもなく、優乃は続ける。


 「いつも私ばっかり仕切っちゃって、相談なしで稽古進めちゃっててごめんね」


 「あ、いや、そうだね。ごめんね。ぼくも、もっとしっかりしなくちゃいけなと思ってたんだ。『子曰く、君子重からざれば、即ち威あらず』だからね。もっと二人で相談しなきゃいけないね」


 優乃に突然謝られて、久は慌てた。


 だめだ。優乃ちゃんに謝らせるようじゃ。男として失格だ。もっとしっかりしなくちゃ。


 「そうだ。優乃ちゃん。明日帰りあいてる?よかったらこれからの事、相談しようよ」


 「うん、いーよ。あ、時間だ。私もう行くね。また明日。お疲れ様ー」


 優乃は笑って手を振って、駅に行った。


 あの笑顔は今、ぼくのために…。


 恋する少年は勘違いをしやすく、頭も小賢しく回る。


 これからの事、相談しよって言ったんだから、二人のこれからの事、話してもいいよな。まず男としてぼくから告白した方がいいかな。あぁ…、それにしても優乃ちゃんの笑顔、よかったなー。


 優乃の去った後に、優乃の幻を見てジーンと感動する久。左手は切ない胸に、右手は優乃の去った先に伸ばしている。


 あぁ、運命に流される孤立無援の男の姿。運命とはかくも無慈悲なのか。しかし孤軍奮闘し、運命を切り開き立ち向かうのだ。そしてこの想いは離さないと誓い…。


 心の声に合わせ、伸ばした手をぐっと握りしめる。


 「若いのに、かわいそうねぇ」


 通りすがりのおばさん二人、ひそひそ言い合って去っていった。



 「あっ、久ちゃん、おはよう。早いね」


 「優乃ちゃんっ。おはよう」


 一オクターブ高い声で、久は優乃に挨拶を返す。今日の帰りの事を意識すると、ドキドキしてしまう。


 そんなっ、こんな登校の時に会えるなんて。まさか優乃ちゃん、ぼくの事気にしてるってことかな。


 「ねぇ、今日の事だけど」


 優乃は少し赤い顔の久を、熱っぽいのかな、くらいにしか思ってない。でも元気そうだからと、今日とこれからの稽古の方法を相談する。


 「それで、発表までの日数と、バイトがある子の事を考えると…」


 優乃ちゃん、そんな事まで考えてるんだ。すごいな。


 優乃の声に浸り、幸せに酔う久。


 しかし稽古の話だ。浸りきっている訳にもいかない。意見もちゃんと言う。


 「いや、それだと、先生の演出から離れちゃうから、それはしない方がいいよ。『子曰く、学びて時にこれを習う』。それやるなら、やっぱり先生から許可取ってやってみるべきじゃないかな」


 用法があってるのか微妙な論語だ。


 しかし優乃は軽く流して話す。そうこうして稽古の話で盛り上がっているうちに、学校に着いた。


 「あーよかった。久ちゃんと話せて」


 優乃が嬉しそうな顔を久に向ける。


 そ、そんなにぼくのことが?


 「これで、今日の帰り相談しなくてもいいね」


 えっ?


 優乃の笑顔が、泣けるくらいにまぶしい。


 「いや、でも今日の稽古の出来次第で変更とか…」


 ぼそぼそと話す久の声が、優乃の声にかき消される。


 「昨日、冬美と電話で話してたら、今日の帰り二人でケーキ屋さんに行くって話になっちゃって、困ってたんだ。今日、授業が始まる前に、久ちゃんと相談できたらって思ってたからよかった。ありがとね」


 「いや、うん。そうなんだ。ぼくもそんな気がしてたんだよ」


 心密かに涙を流す。しかし、めげない。


 今日はダメでも、明日がある。『兵は詭道きどうなり』。明日は優乃ちゃんの視線を釘付けにしてやる。


 諦めない男、久であった。



 翌日。


 「キャー、久ちゃん。どうしたのその頭」


 久が教室に入っていくと、先に来ていた女の子から声が上がった。


 昨日までのおとなしい髪型から、一気に短くして前髪を上げ、色も金色になっている。


 服までおとなしい感じだったのが、久に言わせれば、悪っぽいワイルドな感じを取り入れてクールになっている。


 「いやー、久ちゃん似合うー」


 男友達からも


 「久、思い切ったなぁ」


 「何だ、役作りか」

と、驚きの声が上がる。


 「まぁ役作りもかねて。似合うかな?」


 と、久が聞けば、ほとんどが似合うと好意的だ。元々容姿は悪くないのだ。黙って立っていれば、それなりにモテるだろう。


 昨日の帰りは二人きりで話せなかったけど、今日のこの姿を見たら、優乃ちゃん驚くに違いない。これぞ、『兵は神速を尊ぶ』。問題はこういうのが、優乃ちゃんのツボにハマるかハマらないかだけだ。そこさえ決まれば、勝ったも同然。一気に告白する!


 ここでも心の声に合わせて、ポーズを決める。


 「あっ、久しぶりに出たよ。久の一人パントマイムが」


 「あれってはたから見たら面白いんだけど、本人何考えてるのかな」


 「聞いてやるなよ。男には自分に浸る時ってのがあるのさ」


 「ふーん、みんな、あぁなる事あるんだ」


 「いや、俺はならん。多分他の奴も」


 「それって、久だけって事でしょ」


 「否定はしない」


 みんなわいわい騒ぐが、久には聞こえていない。


 「うわー、久ちゃんすごーい」


 優乃が教室に入ってくるなり、叫んだ。


 「何なにー、イメチェン?役作り?あ、それとも付き合ってる人がそう言うの好みなの?」


 付き合ってるんじゃなくて、優乃ちゃんと付き合いたいって思ってるんだけど…。


 「いーよー。似合ってる。格好いいよ。私、好きだよ。また、モテちゃうねー」


 この姿は優乃ちゃん、君のためになんだ。好きだよ、だなんて。フッ。…イケる。今日の告白、イケるっ!


 優乃の『好きだよ』の後の言葉は聞こえていなかった。


 久は舞い上がり、両手でガッツポーズを決めた


 「今日のは派手ね」


 「見なかったことにしてやれよ」



 授業が終わると、今日も公園で稽古だ。


 グループ発表の日も、もう近い。いろんなやり方を試すのもいいが、そろそろ演技も固めていかなくてはいけない。何度も同じ繰り返し。それでも誰一人飽きたという者はいない。何回やったって分からないのだ。これでいいのか、という疑問がついて回る。ダメ出しも必ず出てくる。繰り返しているうちに、演技の難しさの欠片かけらが見えてきたのだ。


 今日もいい時間になったので、稽古をやめてみんな一緒に帰る。


 帰り道。優乃が久の隣に来た。


 「久ちゃん。今日、後でちょっと時間ある?」


 心なしか顔を赤らめて、小声で聞いてくる。


 キターッ。


 喜びを隠して、久も言う。


 「ぼくも、ちょっと話があったんだ」


 「それじゃ、後でね」


 と言う優乃に、久の胸は甘い期待でときめいている。


 やっぱりこのイメージチェンジがよかったんだ。優乃ちゃんのタイプは、こんなのじゃないかって思ってたけど、その通りだった。よし、これからはこの線で行こっ。


 駅に着き、いつものようにみんな電車やバスに乗って帰っていく。


 「コーヒーでも飲みながら、話そうか」


 みんなを見送った後、久は自分を落ち着かせるよう誘った。


 優乃はこくりと頷くと、近くのコーヒーショップに入った。


 ホットを二つ頼むと、すぐに紙製のコップにコーヒーを淹れ、トレイに載せてくれた。


 久はトレイを持って、近くの椅子に座り、優乃にコーヒーを渡しながら聞いた。


 「話って何かな」


 「うん」


 優乃は小さくなって、コーヒーを一口飲んだ。


 うぅっ。なんか、こんな小さくなってる優乃ちゃんもカワイイ。やっぱりここは男らしくぼくから好きだって言った方がいいかな。


 優乃は、うん、と小さく頷くと上目遣いに久を見た。


 「久ちゃん、男の人に自分の気持ちを伝えるにはどうしたらいいかな」


 優乃の視線に、久はクラクラだ。


 「い、いや。伝わってると思うよ。ほら、気持ちって自然と伝わるものがあるからさ。ぼ、ぼくには伝わってるよ」


 「そうかな。私、好きな人がいるんだけど、何か気付いてもらってないって言うか、相手にされてない気がするの」


 「そんな事ないよ!

 以心伝心さ。ちゃんと伝わってるって。ぼ、ぼくも、いや。男ってさ、分かってても、分からないフリをするし、大切な人だからあえてそうする事もあるから。ぼく、ぼくはそんな態度とらないよ。ゆっ、優乃ちゃんに…」


 「やっぱり、そうなんだ!」


 優乃の態度がコロッと変わって、明るくなる。


 「安さんって言って、同じアパートに住んでるんだけど、全然私の事、見てくれてない気がしてたんだけど、そうだったんだ。男心ってシャイなんだ。久ちゃんが相談にのってくれる友達でよかった。また今度、困ったときお願いね。ありがとー、また明日ー」


 はじけるような笑顔を残して、優乃は店を出て行った。


 え?友達?


 聞こえなかったことにしたい久だった。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 戦いでもっとも重要なのは、敵の情報


 今、ぼくの前に敵として立ちはだかるのが


 安


 って言う人


 優乃ちゃんの目を、ぼくに振り向かせるには


 まず安って人の情報を得なければ


 今は臥薪嘗胆、そして捲土重来


 敵を知り、百戦危うからずの盤石の態勢をつくるべし


 そうすれば、優乃ちゃんの心は必然的にぼくに向く



  久ちゃんって、見た目以上に頭よくて素敵


  優乃ちゃん、ほくなんてまだまだ


  その謙虚なところにも、ひかれちゃう


  優乃ちゃん…


  …久ちゃん



 次回第二十四話 男の子 がんばる?前編



 うははははー


 安、恐るるに足らず

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