第二十二話 雪のチケット 後編
第二十二話 雪のチケット 後編
キャーッ。
優乃は元気いっぱい叫んだ。
ここの売りの一つでもある、フリーフォールスライダーからだ。
大人しめな花柄のワンピースの優乃に対し、安の水着は蛍光イエローの派手なものだった。
はしゃぐ優乃よりも、安の方が注目を浴びてる気もする。
…くっ、雪め。
カメラを片手にさっきから、後悔しっぱなしだ。
どうせならもっと地味なやつ、いや自分のを持ってくるべきだった。確認もしなかったのが失敗だった。
そう思っても、もう遅い。それに行く先は直前まで知らされていなかったのだ。仕方ないと言えば仕方ない。何も聞かずに返事をした自分も悪いのだ。
「私も蛍光ピンクのビキニ買ってこればよかったです」
と、優乃はもうハイテンションだ。
「安さーんっ。次あれ、一緒に滑りましょうよ」
いつの間にか駆け寄っていた優乃が、安の手を引っ張った。
「ちょっと待った。カメラが…」
反射的に引っ張り返す安に、優乃は
「カメラ取る人、いません」
と、きっぱり言う。
優乃はカメラを取り上げると、近くの椅子に置いて、安をウォータースライダーに引っ張って行った。
「私、ここから滑りますから、安さんは上から滑って下さいね」
そう言って優乃は嬉しそうに安を上の列に押し込んだ。
何が何だか分からないまま安は上に行った。
ちょっと待てよっ。
地上から二十メートルぐらいありそうな高さに、ほぼ真下に向かっていくような滑り台。
係員のお兄さんが、前の人に説明している。
「手は胸の前で組んで、絶対に手すりは持たないで下さいね、どうぞっ」
前の人が「うぉーっ」などと叫びつつ、落ちていく。
こんなの自由落下と同じだろ。ホントに大丈夫なのか?
足がすくみそうになるのを我慢して、安は前に出た。
下から見ればキツくはあっても大したことないように見えるが、いざ足下目前にして見ると、垂直に落ちていく恐怖は押さえようがない。へたに暴れたりしたら滑り台から外れて、落ちて死ぬんじゃないかとすら思えてくる。説明は聞いたが、手すりだって持ちたくもなる。
頭の中を言い訳めいたものがごちゃごちゃ巡る。
安がやっぱり引き返そうとした時、優乃の声が聞こえてきた。
「安さーん」
下で飛び跳ねながら手を振っている。もはや引き返せない。
安は落ちた時は落ちた時だと、腹をくくった。
「どうぞ」の声に、一気に滑り落ちる。
「うぉーっ」
前の人と同じ言葉を吐いて、安は滑り落ちた。
お腹の下あたりが浮いたような、何とも言えない感じに落ちていく恐怖。
バシャァァァッ。
舞い上がった水しぶきのカーテンをくぐり抜けて、安の体は止まった。
「あぁーはははぁー、怖かったぁ」
何故か笑いがこみ上げてくる。
「安さん、すごかったですね。見てるだけですごく怖そうですよ」
優乃は安をプールサイドまで引っ張ってくると、もう一度、下の滑り台から滑ってきますね、と駆けていった。
安はカメラを置いたベンチに戻ると、ふぅっと腰を下ろした。まだ足がガクガク震えていた。
「ははは」
両肘を膝につけて、安は下を向いた。
滑り台での怖さが心のタガを緩ませたのか、別の感情あふれてきた。
前髪から落ちる水が足下を濡らす。不意に目の前が水に潜ったように、にじんだ。
安はタオルを取り、頭にかぶせた。
優乃がベンチに戻ってくると、安はカメラで写真を確認している所だった。
「優乃ちゃん、丁度良かった。今、探しに行こうかなって思ってた所なんだよ」
安はカメラを置いて立ち上がった。
「遊ぼうか」
安は元気に立ち上がった。
「優乃ちゃん」
「はい」
パシャ。
帰り際、振り向いた優乃に、安がシャッターを切った。
「もう、何ですか。びっくりするじゃないですか」
突然、写真を撮られて優乃は照れた。
「今日はいっぱい写真撮ったのに、優乃ちゃんほとんど写ってないからさ。一枚ぐらいはきちんと写ってるのがあってもいいと思って」
プールの写真も充分に撮った後、二人はもう一度遊園地に戻って、そして今度は二人一緒になって遊んだのだった。もちろん夕方の写真も撮った。
優乃を撮ったところで、カメラの電池が切れた。
「丁度切れたし、帰ろうか」
安が優乃の手を握った。
で愛の荘に戻ると、安と優乃はそれぞれ部屋に荷物を置き、雪の所に行った。
「雪先生、ありがとうございました。お陰で話題の遊園地とプールで、思いっきり遊べました」
優乃は元気よくお辞儀をした。
「あら、いいのよ。どうせもらったチケットだったし。いい写真が撮れてれば、私も描くのに使えるから。ね、安」
雪は感謝しなさいよとばかりに、安を見た。
今回の遊園地はどうやら雪にしてやられたようだ。安は悔し紛れに言った。
「お前、そんな目で見るなよ。全責任がこっちにあるみたいじゃないか」
「撮ったの安なんでしょ。それに優乃ちゃんがいたから、撮りやすかったはずよ」
「あぁっ、撮りやすかったよ」
何故か怒り口調だ。
「ねぇ、優乃ちゃん、夕食まだよね。どうたまには三人で食べに行かない?」
安を無視して雪は笑う。
「えっ、いいんですか。じゃあ今日のお礼も兼ねて、雪先生の分おごっちゃいますよ」
はしゃぐ優乃。
安はそれを聞いてニコッと笑った雪を見逃さなかった。
「あっ、お前今、例のうどん屋思い浮かべただろ」
「よく分かったわね。おごりならあそこでもいいかなって」
雪は悪びれない。
「いいですよ。今日いっぱい遊べたんですから、それぐらい安さんと二人で出しますよ。ね、安さん」
「あぁ、もういいよ。出すよっ」
やっぱり怒っている。
「山川さんとか呼ばなくていいんですか?」
気を使う優乃に
「今日の報告会も兼ねるから、三人の方がいいわ」
と、雪は手を振った。
「じゃ、私準備してきますね」
安がふくれたように、それでも諦めたのか半分笑って尋ねた。
「三十分後でいいな」
「いいわよ」
雪はニコニコだった。
楽しく一日遊んだ後の美味しいうどんは、格別の味だった。
「おいしー。確かに高いだけの事はありますね。それで、安さんの水着が目立ってて、みんなじろじろ見るんですよ。雪先生、最初から言ってくれれば私、蛍光ピンクの水着用意してきましたよー」
優乃は食べるのと、しゃべるので忙しい。雪も安も笑ったり、話したりしながら、はずむ夕食を過ごした。
夕食が終わって、で愛の荘に帰った後、安は店でプリントしてもらった写真を持って雪の所へ行った。
「なかなかいい写真じゃない。ありがと。資料になるわ」
雪は写真を一通り見ると、安にお礼を言った。
「その辺は気ぃ付けて撮ったからな」
安はソファに体をもたせかけながら、子供っぽくちょこっと鼻を上げて言った。
「で、泣けた」
「おぉっ、泣けた泣けた」
ヤケ気味に答える。
「えっ、どこで?」
雪は興味津々だ。
「言えるかっ」
安は照れた。
「あんたもこれで晴れて独り身じゃない。今日の相手はどう?」
雪は意外にもあっさりと話題を変えた。
「ま、今日は助かったけど、子供じゃな」
「ふーん、好きにすれば」
「お前、女やないもんな」
「そうなのよ。体のつくりは女なのにね」
雪の言葉に、安は諦めたようにつぶやいた。
「お前が男やったらええのに」
「よく言われるの」
雪も諦めたように笑った。
「この前の残しておいた一本、飲もうか」
雪が机の下からお酒を取り出し、安に渡した。安は瓶を受け取り、「おう」と体を起こした。
数日後。
優乃は公園で友達たちと課題を稽古して帰ってくると、部屋に荷物を置き、紅茶の缶を持っていそいそと安の部屋に行った。
「安さん、こんにちは」
「優乃ちゃん?」
中から声がして、安が戸を開けてくれた。
「安さん、先日はありがとうございました。この前、冬美と一緒にこの紅茶買ってきたんです。一緒に飲みませんか」
「いいね、飲もうか」
安は優乃を部屋に上げると、やかんを火にかけた。
「ごめん、紅茶用のティーポットがなくてさ、急須なんだけどいいかな」
安は急須を机に置いて、申し訳なさそうに笑った。
「私もそうなんですよ」
優乃も、自分と一緒だと笑った。
程なくお湯が沸いた。
安は立ち上がって、アツアツのヤカンを持って急須の蓋を取り、お湯を注いだ。
「あ、まだ紅茶入れてませんよ」
と、言う優乃に
「先に急須を温めておくといいらしいんだ。せっかく優乃ちゃんが美味しい紅茶を飲ませてくれるんだから、本格的にやってみようと思って」
と、安は答えた。
「そうなんですか。安さん、紅茶に詳しいですね」
優乃が尊敬するような眼差しで、安を見た。
「いや、紅茶に詳しい子がいて、教えてもらったんだ」
突然安の脳裏に思い出が、ばっとあふれ出した。
「偶然だけど、この紅茶が好きだったよ」
言って、しまったと後悔した。今更思い出してどうなるものでもないのだ。
すっと出た自分の言葉が、心のかさぶたに引っかかる。
安は泣きたくなる気持ちを紛らわせようと、紅茶の葉を急須に入れた。
安の手慣れた手つきを見ながら、優乃が聞いた。
「安さん、その人から紅茶の事、他にも教えてもらったんですか」
紅茶も…、そうだったな。
「う、うん。いや、そうだね。いろいろ」
よく分からない返事をしてしまったが、優乃は気付いてないようだった。
「そうだ。今度その人に会わせて下さいよ。紅茶の事、いろいろ聞きたいです」
ペリッ、と安の心のかさぶたがむしり取られ、血がにじみ出す。
安は無理に笑顔を作った。
「そいつとは、もう連絡がとれなくなって。縁が切れたって言うのかな」
切りたくて切った訳ではない。切れたのだ。安は紅茶を注ぎ分けてごまかした。
「縁が切れるって、寂しいですね」
優乃が寂しげに言うのが、痛い。
「安さん、ありがとうございます。いただきますね。…。んー、美味しい。あれ、安さん、飲まないんですか?」
紅茶を見つめる安に、優乃は首を傾げて聞いた。
「あ、いや。飲むよ」
飲むと傷口を広げそうだった。それでも安は一口、口をつけて「ふぅ」と息を吐いた。
雪には優乃ちゃんのこと、子供って言ったけど、自分が子供だよな。いつまでも引っぱって…。
「どうですか。美味しいですか?」
「何て…言うのかな。胸がいっぱいな感じ」
ポロリと本音が出た。
優乃は、しんみりした様子の安に言った。
「よかった。思いっきり思い出に浸って下さいね」
傷口から、血が吹き出す安だった。
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次回予告
優乃が学校に入って、もう四ヶ月
学校では夏休み前の課題で各グループが稽古中
そんな中、優乃に男の子が急接近?
がんばる優乃に、男の子がんばります
恋する少女に、恋する少年
次回第二十三話 男の子 がんばる
ちょっと待ってください
新キャラの田辺です
今回はじめて出るのに、そんな紹介は殺生ですよ
紹介になってないじゃないですか
ちょっと時間ください。
本命は最後に現れる
優乃ちゃんの隣に立つ男、それが僕ー
では、また次回ー
げー、まだ途中なのに




