表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/73

第二十一話 雪のチケット 前編

第二十一話 雪のチケット 前編



 今年は雨の少ない梅雨で終わりそうだった。


 で愛の荘は丘の上にあるだけあって、渇水になったら一番に困ることになるだろう。


 それでも、街は暑い夏に向けて、近々オープンの大きなプール施設付き遊園地があったり、スイカが出て来たり、気の早い所では、冷やし中華やかき氷ののれんを出したりしているところもあった。街は夏に向けて動いていた。


 日曜日の夜。ふらりと安が雪の部屋を訪れた。


 雪、起きてるか、と周りに気を使いながら言った安は、少し酔ってるようだった。


 「いいわよ」


 部屋の奥から雪の声が聞こえた。


 安が中に入ると、雪は仕事机で食事をしているところだった。


 「それ、朝食か?それとも昼食か?」


 安はスパゲティを食べている雪に、あきれるように言った。


 夜食べてる食事に朝も昼もないが、雪の生活リズムを考えれば、まさにそんな感じだった。


 「これ?朝昼兼用よ」


 雪は最後の一口を頬張りながら答えた。


 安はスパゲティの皿以外、きれいに片付けられている雪の仕事机にお酒の瓶を二本置いた。


 「いいのが手に入ったんで、飲もうと思て。一人で飲んでても何やし。仕事の邪魔なら今度でもええけど」


 安は雪と二人のときに使う、変な関西弁をしゃべった。


 二本のうち、一本は封が開けてあり、四分の一くらい減っている。きっと一人で飲んでいたのだろう。もしかしたらもう一本くらい飲んできているのかも知れなかった。


 「別にいいわよ」


 雪は気にすることなく皿を片付け、グラスを持ってきて安に渡した。


 「原稿の締め切りもまだ先だし、気にしないで」


 安は一升瓶の栓を開けると、最初の一杯は雪のグラスに()いだ。そして自分のグラスにも注ぐ。


 あとはそれぞれ手酌で黙々と飲む。安はソファに背をもたせかけ、雪は机に向かって何か考え事をする。二人で飲むときはいつもこうだ。会話はほとんどない。むしろいらないのかも知れない。うまい酒を二人で飲む。それだけでいい、そんな感じがあった。


 一本目のお酒が少なくなった頃、雪がニヤリと笑った。


 「やっとフラれたの」


 「ガホッ」


 安は突然むせ返った。


 「やっぱり」


 雪はため息混じりの笑顔で言った。


 「あんた、ちゃんとしないから」


 「ちゃんと」の意味がいろいろ思い出され、安は突っ伏した。


 「突っ伏してもダメよ。あんた現実見なさいよ」


 横から雪が、痛い所をグサグサ突いてくる。


 「あぁ分かったよ。飲めばいいんやろっ」


 「そうよ。でも飲む前にあんたが吹いてお酒こぼした所、ちゃんと拭いてね。そうしないと後でベタベタになるんだから」


 変にしっかりしている雪。


 タオルを渡されて、安は荒っぽく拭いた。


 「そうそう」


 雪はそんな状態の安を楽しんでいるようだ。


 「あ、そこまだ残ってるわよ。ん、終わった?飲んでいいわよ」


 満面の笑顔で酒を注ぐ雪。


 「で、何て言われたの」


 追求の手に容赦はない。


 「これや、これ」


 気が滅入りそうになりながら、安は白い封筒を取り出して杯をあおった。


 雪は封筒を手に取らず、いいわよと安に返した。


 「で、何て書いてあるの」


 聞かないのかと思ったら、やっぱり聞いてくる。


 「あいつ、結婚したって」


 「それだけ?」


 まだあるでしょとばかりに聞いてくる。


 「…」


 「ほら、あんたがちゃんとしてなかったこととか書いてあったんじゃない。自分勝手なルールがいつでも誰でも通ると思ったら大間違いよ。自分の思ってる事が相手に伝わってる何て思ってるから、そういう事になるのよ。今時、携帯持たない人間がドコにいるのよ。平安の昔だって、歌でこまめに気持ちのやりとりしてたのに、あんた、連絡ほとんど取ってなかったでしょ。相手のこと考えるなら携帯ぐらい早く持ちなさいよ。ま、すんだ事だから、いいけど」


 一つ一つ思い当たる事ばかりで反論も出来ない。


 悔し紛れに、安は杯を続けてあおった。


 「で、泣いたの」


 「泣くかいなっ」


 安は一瞬かっと目を見開いた。


 「別に泣く、ことじゃ、ない、だ…」


 が、急に眠気が襲ったらしく、ソファに倒れてしまった。


 突然寝てしまった安を見て、あっけにとられた雪だったが、すぐに机に向かってネタ帳を開いた。


 「こういうのもありね」


 真剣にメモをする。


 全てをマンガのネタにする雪だった。



 「ふぁーあ」


 雪が両腕を上げて、胸を反らした。


 カーテンから朝日が差し込み、世間では皆が起きる時間だが、雪にとってはお休みの時間だ。


 机には原稿の下書きが何枚かある。


 「あら、起こしちゃった」


 雪は安の方を見て言った。


 「ごめん。寝てたみたいだな」


 ソファの上で安も大きく伸びをして、体を起こした。昨夜の事はあまり覚えていないようだ。


 「いいわよ。私、これから寝るし、丁度良かったわ。そこどいてくれる」


 安はソファを降りて、雪に場所を譲った。


 雪は安の代わりにソファに潜り込むと言った。


 「そうそう来週の日曜日、行ってきて欲しいところがあるの、いい?」


 矢守の頼みなら勘ぐってすぐにはうんと言えないところだが、相手は雪だ。それほど心配もなさそうだ。


 「あぁ、いいけど」


 安は何も聞かずに頷いた。


 「ありがと、助かるわ。あ、この一本預かっておくわね」


 雪は結局手をつけなかったお酒を、目で指した。



 翌週の日曜日の朝。安にしては遅い朝食を食べ終わった所に、


 「安さん、おはようございます」


と、優乃がやってきた。


 「おはよう、開いてるよ」


 安がそう言うと、優乃が部屋の戸を開け、元気よく入ってきた。


 「安さん、おはようございます。雪先生から頼まれたんですけど、これ行ってくる所だそうです」


 優乃はそう言って手にしていた手紙を安に渡した。


 安は二つ折りにされていた手紙を受け取って、開いてみた。


 手紙には、遊園地とプールに行って資料用の写真を撮ってきて欲しいと書かれていた。


 写真はいいが、プールには早くないか?


 安がそう思って首をかしげると、


 「カバンも預かってきました」


と、優乃が元気よくカバンを差し出した。


 中身は何だろうと見れば、水着に携帯カメラ、それについ最近オープンしたばかりのプール付き遊園地の入場券が2枚入っている。


 もう一枚は優乃ちゃん用か?と見れば、優乃はいつの間にか自分用のカバンを提げて待っている。


 「…」


 優乃の笑顔にかける言葉もなく、安も出発の準備をした。



 電車を乗り継ぎ、遊園地に着く。オープンしたばかりだけあって、この時期でもにぎわっている。


 「雪先生、どこでこの入場券手に入れたんでしょうね。これ招待券でプール入場券もついてますよ。うわっ、しかも遊園地の乗り物のフリーチケットもついてます。すごいですよこれっ。もう、今日は思いっきり遊びましょうね」


 遊園地の入り口で優乃は、はしゃいだ。


 写真を撮る目的を忘れてなきゃいいけど、と安は心配した。


 受付嬢にチケットを渡して中に入る。


 そう言えば、あいつとこんな所に来たこともなかった、と安がしんみりしている所に


 「ダメー。気持ち悪ーい」


と、優乃の声が聞こえてきた。


 いつの間にか優乃が一人で、近くにあったコーヒーカップに乗って回っている。気持ち悪いならよせばいいのに、回す手を休めない。


 「安さーん、助けてー」


 安はコーヒーカップのそばまで走って、叫んだ。


 「優乃ちゃーん。手を止めろー」


 「あ、安さーん。撮ってー」


 安が近くまで来ると、優乃はけろっとして手を振った。


 今のは何だったんだ、と目が点になる安に、優乃は「早くー。写しーん」と叫ぶ。


 そうだ、資料用に撮らないと、と安は慌ててカメラを構えた。



 「あー、楽しかった」


 コーヒーカップを降りて、優乃は安の所に戻った。


 「安さん、今日は私にまかせて安さんは写真、お願いしますね。私、安さんの分まで遊びますから」


 にっこりと言う。


 「優乃ちゃん、気持ち悪くないの?」


 「あ、今度あれ乗ります。ゆっくりしてると乗り物、全制覇できませんよっ」


 優乃は安の返事を待たずに走っていった。


 係員にフリーパスを見せる時間も惜しいと、次の乗り物に乗り込む。


 「安さーん。こっちこっち。写真、撮って下さーい」


 乗り物が動き出し、優乃が上下に飛び跳ねる。


 「いやーん、何か気持ち悪くて、面白ーい」


 『安、何か落ち込んでるかも知れないけど、気にしなくていいから。むしろ引っ張り回してね』


 今朝、雪に言われた言葉を、優乃はすっかり忘れてた。が、結果オーライだ。


 優乃は乗り物から降りるとすぐに走って、次々と新しいのに乗っていく。


 安はもう引っ張り回されっぱなしだ。


 「安さん、あの上の乗り物、園内小さく一周するみたいですよ。上からの写真もあった方がいいですよ。一緒に乗りましょう」


 これで少しは休めるかなと、安はほっとして優乃と一緒に乗り込んだ。


 「行きますよ」


 優乃はそう言うと、足下にあったペダルを思いっきりこぎ始めた。


 「うわっ」


 いきなりの加速に驚いて、安はカメラを落としそうになる。


 「ほら、安さん、あっち撮りました?」


 「ちょっと、待って」


 「あっ、こっちもいい景色ですよ」


 「優乃ちゃん、足止めてくれないと、ちょっとブレそうなんだけど」


 「よーし、前のに追いついちゃいましょうか」


 安を無視するように、はしゃぐ優乃。


 安は優乃のノリに着いていくだけで精一杯だ。



 「今のは、イマイチでしたね」


 優乃は乗り物から出ると、階段を降りながら安に言った。


 「あ、もうお昼ですね。遊園地の乗り物もほとんど制覇したから、今度はプール行きましょうか」


 言うなり、もう駆けだしている。


 「優乃ちゃん、お昼はー」


 声をかけながら追う安に、優乃は振り返って


 「プールに何か売ってますよー」


 と、上機嫌で答えた。


 「荷物…」


 手ぶらで走って行く優乃の背中見送りながら、安は二人分の荷物を両手に立ちつくした。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 遊園地、プールと言えば、デートの定番コース


 遊園地では優乃ちゃんのパワーが炸裂して


 安さんついて来れなかったみたい


 そしてプールでは、水着姿で悩殺


 さすがの安さんも、優乃ちゃんの胸に視線が釘付け?


 優乃ちゃんの姿、目に焼き付いたかしら



 恋の思い出は、どんなに小さくなっても心に残るけど


 思い出は思い出、手を離そう


 いつまでも振り返るものじゃない


 そんな事も付け加えて…



 次回第二十二話 雪のチケット 後編



 水着といえば、優乃ちゃん


 ダイエットしてた?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ