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第十九話 お祭り

第十九話 お祭り



 洗濯機用の雨よけテントをみんなで作った翌日、日曜の夕方。


 優乃は夕飯前に風呂屋に行った。


 昨日は結局みんなでバーベキュー食べて飲んで、何てしてたら夜になっちゃったもんね。やっぱりお風呂屋さんに行かないと、気持ち悪いわ。そうだ、どうせなら今度みんなでお風呂小屋造ってみるってのはどうかな。みんなでお風呂造って、ふふっ、お風呂って言ったら覗きイベントよ。私がお風呂に入ってると誰かがチラチラって覗いてくるの。もう誰ってお風呂の窓を開けると、矢守さんがいて…。どうしてここに矢守さんが出てくるのっ、私のバカっ。でも矢守さんなら本当にやりそうだわ。覗きイベントは中止。その代わり間違えちゃったイベントよ。私がお風呂に入ってると、突然誰かが入ってくるの。ガラガラって戸が開いて、裸の安さんがキャー、やめて、見ないで、でも見ちゃった。キャー、イヤン。


 お風呂場の脱衣所で突然座り込んだ優乃に、近くにいたおばあちゃんが心配そうに声をかけてきた。


 「お嬢ちゃん、大丈夫かい」


 優乃は我に返って、顔ばかりか体まで赤くした。


 「えっ、は、はい。ちょっと暑くて」


 おばあちゃんはこくこくと頷いた。


 「そうかい。走って来なさったのかい。お風呂は急いで入るもんじゃないよ。暑いんだったらそこの扇風機にお当たりよ。お先にね」


 そう言っておばあちゃんは、出て行った。


 はー、危なかった。今度から気をつけよ。もしかしたらこの空想癖(くせ)のせいで、いつか犯罪に巻き込まれるかも知れないじゃない。『はっ、ここはどこ。私、いつの間にこんな所に来ちゃったんだろ』。足下を見てみると、なぜか血だらけで倒れている人がいる。そこに刑事がやってくる。『そこを動くなっ』『私、知りませんっ』『知りません?そこの足下に倒れているのは何だ』『気がついたら…』『見苦しい言い訳だな。やはり犯人か。こんな若くてぴちぴちの、きれいで可愛くてセンスのある、アイドルの様な男を惑わすお嬢さんが人を殺すなんて…』。


 「…クッチュンッ」


 優乃はくしゃみをして、我に返った。扇風機に当たってなかったらもっと妄想を繰り広げていただろう。扇風機の風ですっかり冷えた優乃は、いそいでお風呂場に入っていった。



 優乃は妄想を繰り広げる事もなく、ゆっくりと湯につかり体を温めた。もうすっかりこの古い銭湯にも慣れた。古い物は確かに便利ではないかも知れないが、決して不便ではなかった。


 で愛の荘にお風呂小屋を造ったら、もうここには来なくなるかも知れないな。よし。お風呂小屋造るのは、やめ。


 優乃は計画を白紙に戻した。元からそんな計画は、なかったが。



 「おばさん、ありがとう」


 優乃はすっかり顔なじみになった、番台のおばさんに挨拶をして外に出た。


 「ありがとう。気をつけてね」


 西の空はまだ、だいだい色に染まっていた。夕暮れ前のおだやかな時間だ。どこかの家から煮物の甘辛い匂いが流れてきた。


 ピーヒャラ

 ヒャララ

 ドン

 ヒャラリ


 その匂いに混じるかのように、祭り囃子(ばやし)が聞こえてきた。


 あ。今日お祭りなんだ。


 優乃は風呂屋に来るまでに、浴衣姿の女の子を見たことを思い出した。


 どこでやってるんだろ。行ってみたいな。


 優乃はしばらく銭湯の入り口横で聞き耳を立てた。


 するとガラッと男湯の戸が開き、客が一人出てきて優乃に声をかけた。


 「あれ、何してるの?優乃ちゃん」


 安だった。


 「安さんだったんですか。びっくりしちゃいましたよ。偶然ですね。今お囃子が聞こえてきたので、どこでお祭りやってるのかなって」


 「あぁそうか、今日お祭りか」


 安は何か思いついたのか頬をゆるめると、優乃に聞いた。


 「優乃ちゃん、晩ご飯まだだよね」


 まだ夕方だ。晩ご飯は帰ってから作って食べようと思っていたのだ。当然食べていない。


 「はい。まだですけど」


 「よし、ご飯食べに行こう」


 安は優乃の手をとって、引っ張っていった。



 下町の、普段優乃が通らない場所にその神社はあった。


 祭り囃子はそこから流れていた。


 決して広くない神社のそこかしこに、屋台が軒を連ねている。数は多くないのだろうが、狭い場所に集中しているので、にぎわっている感じが強い。


 「はい。今日の晩ご飯。今日は僕のおごりだよ」


 安はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 「昨日久しぶりに楽しくてさ。あぁやってみんなで何か作るって楽しいよね」


 安の言葉に優乃は別の事を思い出した。


 「安さん、あの時はごめんなさい」


 雨戸を直した時の事だ。


 あの時は安だけじゃなくて山川や雪にも迷惑をかけたと、優乃は反省していた。


 安は何の事か分からなかったが、自分の言った言葉を思い出して気付いた。


 「ごめんごめん。その事言いたかったんじゃないんだよ」


 安は笑って謝った。


 「久しぶりにみんなで何か作ったて言うのが、楽しいって言うか嬉しくてさ。優乃ちゃんに感謝してるんだ。それでそのお礼代わりにと思って」


 安は近くの屋台でゲソ焼きを二本買って、一本を優乃に渡した。


 「はい、今日のフルコースの前菜」


 思わず優乃は笑ってしまった。


 「安さん、前菜って。これですか」



 二人は風船つりをしたり、人形焼き、ポテトなどを食べて神社の中を巡った。小一時間も食べ歩いた後、神社の奥に座る場所を見つけ、そこに腰を下ろした。


 向こうに屋台の明かりが見え、雑踏の音の中に祭り囃子が小さく聞こえる。ちょっといい雰囲気だった。


 デザート代わりのリンゴ飴が、甘い匂いを漂わせていた。


 「あの…、安さん」


 優乃が胸をどきどきさせながら言った丁度その時だった。


 「ちょっと、もう少し私のこと考えてよね」


 「お前こそ、思いつきで物言うのやめろよ」


 誰か二人が何か口ゲンカしながら、優乃と安の方にやってきた。


 「おい、山じゃないか」


 びっくりして、安が男に声をかけた。


 「あ、安さん。ここにいたんですか。誘おうって話してたんですよ。それよりも聞いて下さいよ。冬美ちゃんったら…」


 「山川さんひどいんです」


 山川よりも冬美が先に言った。


 「安さん、山川さんったら、私のこと少しも考えてくれなくて勝手にさっさと行っちゃうし私の話、聞こうともしないんですよ。私がせっかく山川さんのためにとった金魚もいらないって断るんです」


 「ちょっと待て。自分に都合のいいように言うなよ。金魚すくいやりたいって言ったの冬美ちゃんだろ。しかもいらないからあげるって」


 山川は手にしていた、小さな金魚の入った袋を差し出した。


 「おいおい、ちょっと待てよ。話は聞くけど一体どうなってるんだ」


 安は間に入った。


 「あら、ここにいたの。いやん、安さんも優乃ちゃんもいるじゃない。こんな薄暗がりで、しかも四人でナニする気?」


 今度はそこに矢守が雪と一緒にやってきた。


 「安、待ってたのよ。ま、いいんだけど」


 雪がめんどくさそうに言った。


 「何か、約束したか?」


 安は尋ねた。


 「別に何も。どうせならみんな一緒に、お祭りに行こうって話が出ただけ」


 雪の説明は要点ばかりで、何を言っているのか分からない。


 一方優乃と冬美はもう馴染んでいた。


 「今日来るなら連絡してくれればいいのに。待っててあげたよ」


 優乃がそう言うと、冬美は困ったように笑った。


 「ごめん。連絡しようと思ったんだけど、しなくてもいるんじゃないかって思って。まさか先に来てるなんて思わなかった」


 「お風呂の帰りに偶然安さんと会って、連れてきてもらったの。こっちもみんなが来るなんてびっくり」


 冬美が優乃と仲良く話しているのを確かめてから、山川は安の所に行った。


 「安さん、聞いて下さいよ。さっきの話の続きですけどね」


 冬美に聞かれないように、山川は小声で話した。


 「冬美ちゃんの前の彼氏が言ってた事が、少し分かりましたよ。金魚すくいもそうですけど、綿菓子食べたいって言ったから買ったんです。そしたら一口食べて、もういらないですよ。思ってたのと違う味って。だから俺に食べてって言うんです。俺はお前の何なんだ、ですよ。一緒に来た雪先生も矢守も気がついたらいなくなってるし、俺一人で面倒見てたんですよ。安さん、今度一度冬美ちゃんと付き合ってみて下さいよ。もう…」


 「諦めろ。まぁたまたま二人っきりになったのが、運の尽きだと思え」


 いかにも疲れたと言う顔の山川に、安が首を振った。


 「たったこれだけの時間で、ぐったりです。ホント」


 安と山川がひそひそ話している所に、雪と矢守も加わってきた。


 「何、話してるの」


と、雪。


 「もう、男同士がいいなんて、私知らなかった」


と、矢守。


 「お前たちが俺を冬美ちゃんと二人っきりにしたせいで、こっちがどれだけ苦労したか…」


 「あんたの長話、聞きたくないから」


 雪がスッパリ言えば、矢守もそれに合わせる。


 「冬美ちゃん、よく山川の長話に付き合えるわね。感心するわ。冬美ちゃんこそいい迷惑してるんじゃない」


 さすがにひどい扱いに、安がフォローしようとした。


 「おいおい、それはひどいだろ。山川の…」


 「安さん、お久しぶりー」


 まだ何もフォローしないうちに、声がした。


 元気に割って入ってきたのは、月森だった。一緒に会社員とおぼしき男も一緒だ。


 月森はまっすぐに安の所に来た。


 「安さん、ここで会ったが百年目です。この前の勝負の決着を付けましょう」


 月森は早速やる気で、構えに入っている。


 安は月森と一緒に来た男の方が心配だった。


 放って置かれてるけど、いいのか?


 まずは月森を止めようと、安は言った。


 「その事については、ルールを教えてもらってからと言う話…」


 「問答無用です。いきますっ」


 月森はいきなり安に躍りかかった。


 安はひょいとかわしたが、隣の山川にぶつかってしまった。


 「あ、山、ごめん。ちょっと離れててくれ」


 突然始まった試合に、みんなばらばらっと離れて輪を作り見学に入る。妙にチームワークがいい。


 月森は素早く振り返ると、体勢を立て直して、今度は前蹴りを出してきた。


 意外と遅い前蹴りを安は手ではたくと、すっと間合いを寄せて月森の後ろに回った。そして抱きしめるように月森の両方の二の腕を手で押さえた。


 「また、今度にしようよ、月森さん」


 安の言葉に聞く耳もたず、月森は言った。


 「後ろからなんて、卑怯(ひきょう)です。それにルール違反ですよっ」


 それとほとんど同じタイミングで


 「やめろっ、抱きつくな!」


と、さっきの男が安に突っ込んできた。


 ドンッ


 「おいっ」


 「キャー」


 男が安を突き飛ばしたせいで、月森まで一緒に倒れてしまった。


 「もう何するのよっ」


 月森は倒れたまま安ではなく、男に言った。こういうところは意外と冷静だ。


 えっ、と驚く男。助けたつもりなのにどうして怒られるんだと言う顔つきだ。


 月森は立ち上がって砂を払いながら言った。


 「これは勝負なの。横から手を出さないでって言ったでしょ。もう少しで私が勝つところだったのに」


 勝つところってどこだ。


 月森と会社員の男以外の全員が思った。


 しかも月森は男に、手を出さないでとも言っていない。


 「あっ、ここ砂じゃなくって、泥じゃないっ。もういやっ。今日はここまで。あなたも帰って。私お風呂行ってくるから。またね。みんなお風呂まだでしょ。一緒に行きましょ」


 月森は男にバイバイと手を振った。怒ったように見えたが、どうもそうではないらしい。もうにこにこ楽しそうな顔をしている。


 安も立ち上がって、仕方なく言った。


 「僕も風呂屋行くよ」


 せっかく風呂屋行ってきたのに、一日に二度も行く羽目になるなんて思わなかったな。


 安はがっくりと肩を落とした。


 一方優乃は


 せっかく安さんと二人きりだったのに


とふくれて、手にしていたリンゴ飴にガブッとかぶりついた。



 「お腹減ったわね。何か食べていかない」


 月森は矢守の方を向いて言った。この中では付き合いが一番長いので、話しやすいのだろう。


 結局、あの会社員の男を神社に置いて、で愛の荘のみんなと冬美とで出てきた。


 「あの人?大丈夫よ。また明日会社で会うし、気にしてないわよ」


 月森はそう言ったが、あの男の人が気にしていないかどうかは、疑問だった。


 「お祭りで何か食べて来なかったの」


 矢守は月森に聞いた。


 月森はすまして答えた。


 「あら、お祭りで何でもパクパク食べるなんて、格好悪いわ。まるで子供じゃない。お祭りは雰囲気を味わえばいいのよ」


 「へー、そんなものなのね」


 矢守の返事とは反対に、優乃は小さくなった。


 やだ私、安さんの前でいっぱい食べちゃった。子供だって思われてるかな。


 ちらっと安の方を見たが、安は何とも思っていないようだ。雪や山川と話をしている。


 「じゃあ、ここでいい?」


 矢守が立ち止まった。


 「何、ここ。お好み焼き屋さんじゃない」


 月森は不満そうに言った。


 「だって私たちお祭りで食べてきたから、そんなにお腹減ってないのよ。ここなら安いし、それなりに食べられるからと思って」


 矢守は入る気でいる。


 月森はそれならと口を開いた。


 「うどん屋さんにしましょうよ。近くに美味しいうどん屋さんがあるの。うどんくらいなら大丈夫でしょ」


 月森の言葉に、安、矢守、優乃はピンときた。


 あそこだ。


 「いや僕はお好み焼きでいいよ。うどんは入らないなぁ」


 安が真っ先に言った。


 「私も」「私もっ」と、矢守と優乃も急いで頷く。


 優乃に訳あり目線で脇を(つつ)かれた冬美も続く。


 「優乃がここにするなら、私もここにしますね」


 月森は残った二人に標準を合わせた。


 「じゃあ三人で行きましょうか」


 安が素早く小声で山川に伝えた。


 「やめとけ。月森さん財布持ってないぞ。おごらされるのがオチだ」


 「えっ?うどんくらいなら…」


 その時、月森の携帯電話が鳴った。


 月森は携帯を手に取ると


 「さっきの人からよ。ちょっとごめんね」


と言って、みんなから離れた。


 幸いとばかりに安が山川に説明する。


 「そこのうどん屋高いんだ。山、素うどんに札、払うぐらいのつもりじゃないと泣けるぞ」


 「えっ?そんなに高いんですか」


 山川は驚いた。


 当然だ。そんなうどんがあるなんて、信じられない。


 「あ、そうだ」


 そう言えばと、優乃はいいことを思い出した。


 「安さん、今日の晩ご飯っておごってくれるんですよね。だったら私、うどん屋さんでもいいかも」


 矢守がすかさず乗ってきた。


 「えー、安さんずるい。どうして優乃ちゃんだけなの?付き合いだったら私の方が長いじゃない。ひどいっ。私を捨てて、若い子に走る気ね」


 冬美も入ってくる。


 「それじゃあ私もおごってもらえるんですよね。若いし、優乃と友達なんだから」


 よく分からない理屈である。


 一方雪は事務的に言う。


 「それなら私も、お願いね」


 「おいおい、勘弁しろ。山もおごってって言う気だろ。そんなに金ないって。ここならいいけど」


 安は逃げるように言った。


 「ここならいいんですね。じゃあここで決まりです」


 山川は喜んで言った。


 一言言ったばっかりに、安がおごることになってしまった。


 そこに月森が戻ってきた。


 「それじゃ、二組に分かれましょうか」


 「安さんがここならおごってくれるって。ここにしましょ」


 矢守が安より早く口を開いた。


 「えー、そうなんですか。じゃ入りましょ」


 月森はニコニコして店の戸を開けた。



 「私、ビールお願いします」


 「あ、私も」


 「一番高い焼きそば、お願いします」


 「それ、もう一つ大盛りで」


 みんなまったく遠慮のカケラもない。


 「みんなチームワーク良すぎだ」


 一人店の片隅で泣く安だった。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 こんにちは、月森です


 あの後どうなったって?


 みんなで食べた後、お風呂屋さんに行ったのよ


 そう、優乃ちゃんも安さんも一日に二回入ったの


 でもね番台のおばさんが


 いいわよって、二人ただにしてくれたの


 こういう時って、顔なじみっていいわね


 それじゃ、次回予告よ



 皆さん、日曜日は何してます?


 私は、空手がないときは友達に食事に誘われたり


 遊びに連れて行ってもらったりしてますよ


 次回はそんなお話しです



 「やっかい、かけさせやがって」



 「今のアドバイス代は体で払ってね」



 「ただ、それを渡して下さいと」



 次回第二十話 日曜日のみんな



 山川さんって何かしないと、死んじゃう体質?

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