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第十二話 ピンクでマジック 前編

第十二話 ピンクでマジック 前編



 やってきた月森は手に、ご飯の入ったカレー皿とスプーンを持っていた。


 「カレー頂けるんですよね」


 矢守が何を伝えたのか、月森は早速カレールーをかけていた。


 「あ、初めましてですよね。私、月森 舞って言います。皆さんとなかなか会う機会がなくって、挨拶もまだでしたけど、よろしくお願いします」


 月森は丁寧に頭を下げた。雪と会った時のような、はしゃいだ様子はなく、キャリアウーマンを思わせる身のこなしだった。


 「いえ、こちらこそ挨拶が遅れてすみませんでした。僕、足立 安と言います」


 安も丁寧に頭を下げ、残る二人を紹介した。


 「こちらがこのカレーを作った山川です。料理のことは山に聞いて下さい。こちらは神藤さん。専門学校に通っている学生さんです」


 山川も優乃も頭を下げた。


 「山川です。よろしくお願いします」


 「神藤 優乃です。お芝居の学校に通ってます」


 月森はニッコリ笑って挨拶を返した。


 「洗濯機のこと、ありがとうございます。助かります。あ、カレー冷めない内に頂きますね」


 月森は手を合わせると、カレーを食べ始めた。


 しかし洗濯機の話はまだ誰もしていない。月森の中ではもう終わってる話のようだった。


 「んー、美味しいです。山川さんでしたっけ。このカレーどうやって作ったんですか」


 矢守も一緒になってカレーをほめる。


 「でしょう。このカレー美味しいのよ。さすが山川ね」


 口々にスパイスが、具が、複雑さがなどと言い合ってカレーから話が進まない。


 安は話したそうにする山川を止めて、切り出した。


 「すいません。洗濯機の件をお話ししたいんです。いくつかお願いがあるんです」


 二人は意外なことを聞いた風に、手を止めて安を見た。


 「壊さないように丁寧に使って頂くことと、使う方には僕に一律二千円を預けて頂きたいんです。これは使用料と言うことではなくて、万が一故障した時、みんなで話し合って修理代に充てるためのお金です。壊れなければ減りませんし、引越されたりもう使わなくなったという時にはお返しします。銀行に行って通帳作って来ます。お金の管理はしっかりしますので、よろしくお願いします」


 月森と矢守は目をぱちくりさせた。まさか条件が付くとは思ってもみなかったようだ。


 安はそんな二人を見ながら、続けて説明した。


 「使い方は近いうちに講習会みたいなのを開きます。そこで覚えてもらえれば大丈夫だと思います。それから洗濯するのがみんな一緒になった時ですが、優先権はこちら三人にあると言うことでお願いします。雪先生と優乃ちゃんと僕です。共用と言っても、こちらが皆さんにお貸しすると言う形ですのですみません。もちろん事情によっては先をお譲りします。特に難しい条件では、ないと思います。どうでしょうか」


 月森は、はいと頷いて、よければお金のことは私がしましょうかと言ってきた。


 「私、銀行員なんです。うちで通帳作ってもらえれば、私の成績もあがりますし」


 月森は冗談めかして言った。


 安はそれならお願いしますと言って、付け加えた。


 「でも口座は僕が作ります。洗濯機の修理が決まってお金を引き出す時、月森さんに手間をかけちゃいますからね」


 二人から特に反対意見もなく、話はあっけない程あっさり決まった。講習会は来週の日曜日ということになったが、それまで洗濯物をためておく訳にはいかない。カレーを食べ終わった後、洗濯機の操作を雪と優乃から教えてもらう事になった。

 夕暮れになっていたので説明は短く、スタートボタン、洗剤の量など本当に基本的な事だけを教えてもらって、お開きとなった。

 庭の机などほとんどを片付け終えると、安が二人を呼び止めた。


 「雪っ、優乃ちゃん。後で洗濯機の取扱い説明書持ってきてくれないかな。コピーしておきたいんだ」


 安は二人に頼んだ。



 翌日。安は早速、月森の勤めている銀行に行った。


 「いらっしゃいませ。お待たせしました」


 安の順番が来て窓口の席に座ると、丁度月森の担当に当った。


 「今日はお口座の開設でよろしかったですか」


 月森は目の奥で笑いかけながら、親しげに言った。


 「はい、よろしく。制服似合ってるね」


 安はお世辞のつもりで、冗談交じりに言ってみた。


 月森は笑顔で「ありがとうございます」と軽く流したが、安の声に馴れ馴れしさを感じたのか、二・三人の男性行員が安を厳しい目でにらんできた。


 なるほど。


 安は密かに頷いた。どうやら月森はここで、にらんできた男たちと付き合っているようだ。


 月森に言われた通り書類を書き、印鑑を押し、身分証明書を出した。


 後ろに下がって席で座って待っていると、「足立さま」と月森が呼んだ。


 安は月森のいる窓口に行った。


 「お待たせしました。こちらが普通預金の通帳になります。カードはご不要とのことでしたので…」


 月森の型どおりの説明を聞きながら、安は月森の名札に気が付いた。


 一通りの説明を終えた後、月森が聞いてきた。


 「何かご質問はありますか」


 安は声を落として聞いてみた。


 「月森って名前は?名札と違うけど」


 月森はほとんど気にかけていないようだったが、それでも声を少し小さくして言った。


 「コスプレネームです。別に隠してる訳じゃないんですけど、仕事中だけはまずいですから」


 「コスプレイヤーなんだ」


 「はい。今度一緒にコスプレしませんか。ここの人たち、そう言うの分かってなくって」


 安は苦笑いをして、「考えておくよ」と答えた。


 「ありがとう。分からないことがあったら聞きに来ます」


 安はわざと大きめの声を出して立ち上がった。ひそひそ話で終わっては他のお客にも不審がられると思ったからだ。


 「ありがとうございました」


 月森も席を立ち頭を下げた。


 安が軽く手を上げて手を振ると、月森も腰の辺りで可愛気に小さく手を振った。やはり、さっきの男性行員たちが安をちらっとにらんできた。


 ここにはあまり来ない方がよさそうだな。


 頭をかきながら安は銀行を出た。



 その日の夕方。山川が帰ってくると、安は山川と二人で洗濯機を移動させた。蛇口のそばにあった二槽式が二台とも倒れて壊れたので、代わりに全自動二台をそこに置いたのだ。一つの蛇口を二つにするというアダプターを月森が買ってくる話だったが、昨日の今日でまだ買ってきてはいなかった。それまではホースをつけ替えるのも、また風で飛ばされるのも面倒と安の二槽式は、で愛の荘の一階通路脇に置かれた。


 「手伝ってくれてありがとう、山」


 安はふぅと息を吐いた。


 「いえいえ、これぐらい。そう言えば洗濯機の供託金、あれ二千円なんですよね」


 山川は少し考えるように言った。


 「そうだぞ。そりゃ洗剤とかは自分持ちになるが、コインランドリーより安く上がらないか、山」


 安はお前も使ってみてはどうだ、と言った。


 「えぇ、実はそうしようかなって考えてたんですよ。いいですかね」


 「条件さえ満たせば、誰が使ってもいいって言う約束だからな。いいんじゃないか。あ、ちょっと待っててくれ」


 安はそう言うと自分の部屋に戻り、封筒を七通持ってきた。


 「山、これ各部屋に配ってきてくれないか」


 封筒を手に、山川は聞いた。


 「何ですか、これ」


 「今回の洗濯機使用条件書みたいなものと、日曜日の講習会案内だ。一応全員に知っておいてもらわないとと思って、今日作っておいた」


 「安さんってマメですよね」


 自分には真似が出来ないとでも言うように、山川はため息をついた。


 安はそうか?、とまるで気にしていない。


 「あ、洗濯機の使い方は分かってるよな」


 「はい。昨日一緒に聞きましたから」


 「それじゃ使うつもりになったら、二千円持ってきてくれ」


 「分かりました」


 山川の返事に、安は手紙よろしくと言って部屋に戻っていった。



 夜。月森がやってきた。


 「安さんの部屋ってここ」


 戸を叩きながら聞いてくる。


 安は立ち上がりどうぞと戸を開けた。


 「あーもう、イヤになっちゃう」


 月森は入るなり毒づいた。何だか知らないが怒っている。安には何のことか見当がつかない。


 「今日銀行来たでしょ。同じ部署の男がね、あいつと…って安さんのことよ、付き合ってるのかってしつこいの。違うって言ってるのに何度も聞いてくるの。あんまりしつこいから引っぱたいて帰ってきたわ」


 まるで安に責任があると言わんばかりだ。しかし、それだけ言うと、態度をころっと変えて、今度はにこにこして言った。


 「これ二千円。二千円札よ。久しぶりでしょ。洗濯機の使用料ね。あ、ウチに預けに来ないでね。銀行に大量に余ってるのよ、このお札。でも外に出していかないといけないし。他のお客さんも二千円札で出すと嫌がるの。預けるとまたウチの在庫が増えるから持ってこないで。お願いね」


 僕はいいのか、と安は言いたかったが黙っていた。


 「それから今日はありがと。お陰で私の成績が少しだけ上がったわ。また何かあったらよろしくね」


 言うだけ言って戻りかけた月森を呼び止めて、安は製本したばかりの説明書を手渡した。


 「これ、二台の全自動洗濯機の取扱い説明書のコピーです。困った時は、これ見て下さい。二槽式の方は今まで使ってたから大丈夫ですよね。今、通路脇に置いてありますけど」


 「ありがとう。安さんって親切なのね。あの二槽式はどうするの。使わないの?捨てるのかと思ったんだけど」


 「通路狭くしてすみません。あれは月森さんが蛇口のアダプターを買ってきてくれるまで、あそこに置いておくだけですから。買ってきてもらえればすぐ外に出します」


 月森は最初ぽかんと聞いていたが、すぐに思い出したのか大げさに頷いて見せた。


 「あっ、あ、あぁあれね。うん、今度って言うか近いうちに買ってくるから。まかせて。それじゃ、おやすみなさい」


 パタパタと帰っていく月森の足音を、安は不安な気持ちで聞いた。



 「あ、こんばんは月森さん。優乃です」


 優乃が部屋から出ると、安の部屋から出てきた月森と丁度顔を合わせた。


 「あら優乃ちゃん、こんばんは。おやすみなさい」


 月森はにっこり笑って、逃げるように階段を上がっていった。


 どうして安さんの部屋から出てきたんだろ。


 不思議に思いながら、優乃は安の部屋の戸を叩いた。


 「安さん、いいですか」


 すぐに戸が開いて、安が出てきた。


 「優乃ちゃんか、どうぞ」


 部屋にはいると、優乃は早速お金を出した。


 「これ、洗濯機代です。持ってる人も払うんですよね」


 「うん、洗濯機の持ち主が払うって言うのも納得しにくいかも知れないけど、そう言うことになったから。はい、確かに。預かっておくよ」


 安は申し訳なさそうに言った。


 「安さん、さっき月森さんが出てきましたけど、どうしたんですか」


 逃げるように戻って行った月森を思い浮かべて、優乃は聞いた。


 「あぁ、月森さん。優乃ちゃんと同じだよ。洗濯機使用料払いに来ただけ」


 優乃は安が何か隠しているのかと思ったが、そうではなさそうだった。


 「洗濯機の取扱い説明書ありがとう。僕も読んでおくけど、日曜日の講習会はよろしくね。十時からやるからよろしく、優乃先生」


 優乃は安から優しく、「優乃先生」と呼ばれちょっぴり照れた。


 「はいっ。任せて下さい。それじゃまた来週日曜日に。おやすみなさい」


 優乃は顔をほころばせながら戻っていった。



 それから金曜日まで雨の日が続いた。


 それまでに月森、優乃、山川、矢守、雪と安の合計六名分の洗濯機使用料が集まった。


 月森が自分が話すと言っていたもう一人の男は、まだ安の所に来ていなかった。


 もしかして月森が話していないのでは、と安は思ったが、山川に洗濯機の事が書いてある紙を入れた封筒を渡してある。山川がその部屋に入れていない筈はない。もしかしたら日曜日の講習会に持ってくるのかな、と安は思った。


 「今週は雨続きだったなぁ」


 安はぼそっと呟いて、気付いた。


 そうだ、これだけ雨が降り続いたんだから、と窓側の壁を見てみた。雨漏りはしていなかった。優乃の方からも何も言ってこない。きっと優乃の修理もうまくいったのだろう。安はほっとして、床に入った。



 土曜日。昨日までの雨がやんで、久しぶりに晴れた洗濯日和になった。朝から廊下越しに洗濯機の音が聞こえている。

 洗濯機の音が途切れた所で、安は洗濯物をまとめて部屋を出た。入れ違いに優乃が部屋に入っていったようだった。外に出て洗濯機を見ると、やはり一台、優乃の洗濯機が空いていた。安は無造作に洗濯物と洗剤を入れ、蓋をしてスイッチを押した。


 「…」


 すぐに水が出てきて、やがて規定の水量にたまると洗濯槽が動き始めた。


 じっと見ていた安だったが、初めてのせいかなじめない動きだった。


 こんなんできれいになるのか。


 優乃の洗濯機はからみ防止で、洗濯槽が小刻みに左右に回転する方式だった。一方の安の二槽式は勢いよく洗濯槽が回ったものだった。


 やっぱり自分でアダプター買って来なきゃいかんかな。


 安はあれから五日も経つと言うのに、まだアダプターを持ってこない月森を思った。

 部屋に戻り、昼ご飯の準備をしていると、山川が遊びに来た。


 「いやー、参りましたよ。朝一に洗濯しようかなって行ったら、雪先生とカチあっちゃいましてね。『私が先よっ』ってすごい剣幕で言うんですよ。先、譲りましたけどね。もう一台は誰か使ってるみたいだったし、ホント参りました」


 安は笑った。


 「そうか、そりゃ災難だったな。雪、ネームにでも追われてたんじゃないのか。雨続きだったし洗濯物たまってたのかもな」


 「そういう意味では乾燥機もあるコインランドリーはいいですね。雨が降ってても関係なく洗濯できますから。でも洗濯機がそばにあるのはいいですよ。楽です」


 山川はよいしょと立ち上がるかと思ったら、足を組み替えてどっしり座り込んだ。


 「コインランドリーの洗濯機はですね、ドラム式なんですよ。二槽式のもありますけどね」


 どうやら語る体勢を作ったようだった。


 安は素早く語りの間に入って言った。


 「山、すまん。俺の洗濯終わったみたいだ。取ってくるよ。その話、また聞かせてくれ。あ、明日の講習会の特別講座でもいいな」


 山川は一瞬渋い顔を見せたが、特別講習会の言葉に、ぱあぁっと顔をほころばせた。


 「いいですね、それ。じゃ明日それで」


 山川はそう言って、嬉しそうに戻っていった。


 ふぅ。


 内心、安堵のため息をついて、安は洗濯物を取りに行った。


 大きな物はそのまま洗濯機横の物干しに干し、後は部屋に戻って窓先に干した。


 「ん」


 安は洗濯物を干し終わった最後に、見慣れない物を見つけた。


 さっきまで他の洗濯物の下敷きになっていて見えなかったが、手に取ってみるとそれは女物のピンクの下着だった。可愛い小さな赤いリボンのついたピンクのコットンパンツ。


 おいっ、ちょっと待てっ。


 安の心臓がドキドキ鳴った。


 どうしてここにあるんだっ。誰のだっ。いかん、まず干そう。濡れてるしな。待て待て、一緒には干せん。よし、タオルで囲んで外から見えないようにしよう。イカン、帰って怪しい。よし、外の物干しに掛けておくか。いや、掛けてるとこ見られたらマズイし、持ち主にも失礼じゃないか。可哀相だしな。仕方ない、部屋で干そう。…今日は誰も入れれんな。


 いろいろ試した結果、台所の給湯器横が、窓と入り口からの死角になる事が分かった。ピンクのパンツはそこに干された。


 普通に考えれば、優乃ちゃんだよな。


 安はお昼ご飯を準備しながら考えた。


 僕が洗濯物を持って部屋から出た時に、優乃ちゃんが部屋に入った。雪は自分の洗濯機を使っていた。これから考えれば恐らく優乃ちゃんので間違いない。しかし、万が一間違えて持っていったら大変な事になりそうだ。でもどうやって返せばいいのか。


 どうにも気になって仕方がない。安はチラチラとパンツを見ながら、ご飯を食べた。何とかして早く持ち主に返したかった。


 コンコン


 「安さんいますー」


 間の悪いことに、冬美がやってきた。


 安が反射的に立ち上がりパンツを手に取るのと、戸が開くのが同時だった。口からご飯が出てきそうなのを我慢して、安はパンツをポケットに押し込んだ。


 ゴクリ


 安は動きを止めて、口の中のものを飲み込んだ。


 「見た?」


 挨拶も忘れて、聞いた。


 「はい。見ました」


 冬美は後ろ手に、ゆっくりと戸を閉めた。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 始まりました、洗濯機のドキドキラブリーマジック


 このピンクのパンツは誰のもの?



 「ご、ごめん。つい」



 「今ここで、着替えてあげる」



 安さんが、パンツを持って右往左往


 山川が、冬美を泣かせ


 冬美は安とデートのお約束?


 矢守が安をゆすり


 月森が安とお食事?


 優乃は、妄想で幸せ?


 あれ、雪先生は?



 パンツ一枚が


 住人を巻き込んで、もー大変


 安さん、こういうのに免疫ないの?



 次回第十三話 ピンクでマジック 中編



 「付き合って下さい」

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