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第十一話 洗濯機会議

第十一話 洗濯機会議



 「ほら、昨日の風と雨強かったじゃない」


 雪が安に説明を始めた。


 「それであの風でね、前からここにあった二槽式の洗濯機が、二台とも倒れて壊れちゃったのよ。ずっと雨ざらしだったし、年代物らしいから。古くてボロくて当たり所が悪かったの、三点セットが原因ね。そんな訳で、その二槽式捨てるんですって。あっ、あんただけじゃなくって、優乃ちゃんもいた方がいいわね。食べながら話すわ」


 そう言って戻りかけた雪を、安が呼び止めた。


 「おぅ、これ片付けたら風呂屋に行きたいんだよ。夕食その後でいいか」


 「暗くならない」


 「長風呂するわけじゃないし、大丈夫だよ。優乃ちゃんも行くか聞いて来てくれ。山もな」


 日が沈むにはまだ早かった。


 雪は「それなら私も行くわ」と言って、で愛の荘に戻っていった。


 二十分後、その四人で風呂屋に行くことになった。


 「前と同じね」と雪は笑ったが、話題が違った。


 「今日の夕食はカレーですよ」


 全員が揃うと同時に、山川は嬉々として話し始めていた。


 「タマネギを炒めるのは基本です。前のスパゲティ同様、半日かけました。しかし、ホントのポイントはそこではないんです。カレーは積み重ねなんです。前に食べたカレーを残して冷凍しておくんです。それを、今日作ったのと合わせて最後に煮込む。こうすると新鮮なカレー風味と、今まで蓄積された複雑な風味が相まって、絶妙の旨いカレーになるんです。もちろん今回も少し残して凍らせます。これこそが旨いカレーのポイントです」


 お風呂屋に着いた後も帰りも、山川の勢いは止まらなかった。初めてのカレーから始まって、ビーフカレー、シーフードカレー、野菜カレー、カキカレー、カツカレーなどなど今までのカレー歴とその味を語り続けた。


 「その集大成がこれです」


 で愛の荘に戻り、庭にセッティングが終わった後、山川は最後にもったいぶってカレー鍋を置いた。

 今日は気持ちよく全部話せたせいか、顔が清々している。もう思い残すことはないみたいな感じだ。

 みんなで「いただきます」と手を合わせて、早速夕食だ。


 「で、洗濯機会議は」


 安はカレーのことには触れず、雪に聞いた。この話をしたいために、今日はひたすら山川の話を聞いたのだ。


 雪も同じ思いだったのだろう。頷きながら答えた。


 「それなのよ。あんたたちが補修剤を買いに行ってる時、恵ちゃんが来てね」



 「雪先生、起きてる」


 戸を叩きながら、矢守は言った。


 「起きてるわよ」


 朝に弱い低血圧だ。雪はのろのろしながら戸を開けた。


 「寝てたんじゃない」


 矢守は雪を見て笑った。


 「さっき住人のお姉さんが来て、ちょっと話し合ったの。そっちが持ってきた洗濯機を共用にしないかって話なの」


 雪は目をぱちくりさせて言った。


 「こっちが持ってきたやつを」


 「そうなの。だからちょっと相談って事になって。ちよっと来て」


 矢守は雪を連れ出して、自分の部屋に呼んだ。


 階段を降りて矢守の部屋に入ると先客が一人、二人を待っていた。


 矢守が紹介した。


 「雪先生、こちらがここに住んでる月森

 舞さん。まだ会ったことはないでしょ。起きてる時間違うし」


 「まぁね。挨拶はしなきゃって思ってたんだけど、締め切りとかに追われてね。私、藪田 雪です」


 雪は頭を下げた。


 「キャー、本物の雪先生ですか。私、月森

 舞って言います。先生のマンガ読んでます。面白いですよね。キャー、嬉しいっ」


 二十代前半ぐらいだろう。にもかかわらず、テンションの高さは中高生のようだった。短い髪にキリッとした顔立ち。雪や冬美と違って、やわらかな肉付きをしている。ちょっとしたモデルくらい出来るかもしれない。そんな容姿だった。


 結構モテるんじゃない。


 雪は座りながら思った。


 「先生のマンガ、ホントにいつも読んでるんですよ。絵も線がきれいで素敵です。今度本が出たら買いますから、サインして下さいねっ」


 月森の勢いに押されながら、雪は頷いた。


 「うん、あ、ありがと。でもそれよりも今日は洗濯機の話しましょ」


 「そうそう洗濯機なんですよ」


 月森は興奮冷めない調子で言った。


 「洗濯機って五台あったじゃないですか。その内の二台が昨日の風で倒れて壊れちゃったんです。古いヤツだったんですけど。残ったのが雪先生たちが持ってきた三台で、この際ここの共用にしないかって思って。いいですよね」


 虫のいい話に聞こえるが、本人はそんな事思ってもいないようだった。


 雪はとりあえず曖昧に返事をした。


 「一台は私のなんだけど、あと二台は持ち主が今買物に行っていないのよね。だから何とも言えないけど、前から住んでるみんなはそれでOKなの」


 月森はもう決まったことのように答えた。


 「はい。一人はコインランドリー使ってて関係ないし、もう一人は私がOKって言わせますから大丈夫です。矢守さんもいいんですよね」


 「そりゃ、その方が助かるし」


 「そう言う訳ですから、あとの二人にそう伝えておいて下さい」


 「ちょっと待って」


 雪はさすがに止めた。こんないい加減な決め方では、分からないことがいっぱいだ。


 「二槽式の方はいいとして、全自動の使い方って分かるの?それに蛇口は二つしかないからもう一台分は今まで通り付け替えでいくの?共用っていうけど、故障した時に誰が直すの?修理代は誰持ちなの?そもそも今買物に行ってる二人がイヤって言ったらどうするつもり。私もイヤって言うかもしれないのよ」


 月森はぽかんとして、頭を抱えた。


 「どうしましょう」


 本当に困った様子で聞いてくる。そんなこと思っても見なかったようだ。


 どうしましょうって、何。まるでマニュアル事務員じゃない。マニュアル以外の事が起こったらお手上げなの?


 雪は、この人どういう人、と矢守に目で聞いた。


 矢守の目はこういう人なんです、と言っているようだった。


 「雪先生は、共用でいいの?」


 矢守がすました顔で言った。


 月森は子犬がすがるような目つきで雪を見た。


 「まぁ、こっちは後から入った身だし。いいわよ」


 「キャー。さすが雪先生。嬉しいっ。ありがとうございますっ」


 月森は、はしゃいで続けた。


 「じゃ残る二人よろしくお願いしますね。あ、そうだ。雪先生の洗濯機の使い方教えて下さい。そうすれば残りの二人がダメでも、雪先生の使えるじゃないですか」


 無邪気に身勝手な事を言っている。


 きっと自分回路ってものがあるのね。多分この子と付き合った子が、この子のわがまま全部聞いてるんだわ。だからこんな性格になるんだ。

 自分と同年代か少し下の月森を指して、『この子』はないが、考え方は確かに幼い。


 雪は仕方ないと頷いた。


 「教えるのはいいけど、最終的にはどうなるか分からないから。残りの二人とも話し合ってどうするのがいいか決めるわ。いくつか条件も出すと思うけどよろしく」


 「分かりました。あっ、そうだっ。私、蛇口のアダプター買ってきます。一つで二つになるやつ。こうすれば三台同時に使えるようになりますよね」


 まるで条件がそれかのように、月森は言った。


 「ん、それはそれで頼むわ。とりあえず二人が帰ってきたら私から話してみるわ」


 「はい。それでお願いします」


 月森はにっこり笑った。


 ホント子犬みたいね。


 雪は立ち上がりながら思った。



 「と、言う訳よ」


 カレーをほぼ食べ終えて、雪は言った。


 安、優乃、山川は食べ終えてお茶を飲んでいた。


 「山川は洗濯機ないし、いつもコインランドリーでしょ。関係ない話だから戻っていいわよ」


 雪はさらっと言った。


 「おいおい、いい案あったら聞かせてくらい言えよ」


 安は山川を止めるように言った。


 「それもそうね」


 雪は頷いた。


 「しかし、会議って言うから新しいの買うのかと思ったら、そうじゃなかったんだな。むしろ、今からが会議じゃないか」


 安に続いて優乃が言った。


 「何か一方的ですよね。共用にしようなんて」


 「その通りなんだけど、気持ちは分からなくもないわね」


 「そうですよね。でも、新しいの買ってまた五台並べるのもなんだし。洗濯機って言ったって千円二千円の買物じゃありませんからね。多少不便になるかも知れないけど、三台使い回した方が出費もなくてすみますし」


 山川がしみじみと言った。コインランドリー派の山川としては、洗濯機を買うという重みが分かるのだ。


 「さて、そう言うことは置いといて、共用にするかどうか決めましょ。条件もあったら言って」


 雪が仕切り始めた。


 「僕はOKだな。今回飛ばされて、壊れたものと思えばどうってことないし。条件も特にない。使ってもらっていいよ」


 安は軽くOKを出した。


 「どうして安さんのは飛ばされなかったんでしょう」


 優乃の疑問に山川が答えた。


 「安さんのは雪先生と優乃ちゃんの全自動に挟まれて置いてあったから飛ばされなかったんじゃないかな。全自動が壁になってたんだと思うよ」


 「そうなんですか。両手に花ってやつですね」


 「言いたいことは分かるけど、全然違うわ」


 雪が優乃に冷たく突っ込んだ。


 「それでお前はOKなのか」


 安は話題を元に戻して、雪に聞いた。


 「本音を言えば嫌ね。住人全員のこと知ってる訳じゃないし、月森さんとかもう一人使うって男の人がどんな使い方するか分からないしね。だけど、使うたびにホースつけ替えたりしたくないから。後で言うけど条件付きで許可するわ」


 「優乃ちゃんはどうする」


 「皆さんがいいって言ってるのに、私だけイヤなんて言えないじゃないですか。そりゃ本音を言えば雪先生と同じですけど、きれいに使ってくれるならそれでいいです」


 優乃も笑いながらいいと言った。


 「それじゃあ条件があるのは私だけね」


 雪はそう言って続けた。


 「あの月森さんっ人、扱いが乱暴そうっていうか、テキトーに使いそうなのよ」


 「どういうことですか」


 「何て言うのかな、丁寧に扱うって感じじゃないの。だから洗濯物をたくさん入れたり、洗剤が多すぎたりしそうな感じって事」


 雑じゃないと思うけど、と雪は付け加えた。


 「多量の洗濯物は服がきれいにならないだけじゃなくて、モーターにも負荷をかけて良くないですよ」


 山川がようやくしゃべれると、口を開いた。


 「あんた、コインランドリー派のくせによく知ってるじゃない」


 雪がちょっと感心してみせた。


 「それはいろいろ試したからですよ。小さい洗濯機にいっぱい詰め込んだりしてやってみたんですけど、全然きれいにならなくって。動きも鈍かったし、こりゃぁモーターに負荷かかってるなって。これはドラム式でも同じで、ドラム式はかなり一般的になっていますが…」


 「はい、ありがと。また聞くわ」


 雪に素早く話を切られて、山川はしょんぼりだ。


 「そうだ。僕のが故障したり壊れた時は捨てるって方向で。雪か優乃ちゃんの使わせてもらうよ」


 安が言うと、雪がそれよ、と後に続いた。


 「故障した時と壊れた時、あと万が一洗濯したい時カチ合ったときの優先順位。これ決めておきたいの」


 「お前、変なとこで細かいな」


 安は雪を見て言った。


 「優先順位なんて、その時話し合って決めればいいだろ」


 雪は頭を振った。


 「だめ。私だって遊んでる訳じゃないの。時間は貴重なのっ。持ち主権利で優先権は私と優乃ちゃん、あんたにあることにして欲しいの。譲るのは自由よ」


 そう言うことなら、と二人はOKした。


 「あと、故障と壊れた時。直すのは結局私たちだと思うの。その時のお金をどうしようかってこと。私たち持ちじゃ嫌じゃない。でも壊した人払いってことにすると、払いたくないから壊したって言わない人も出てくるかもしれないでしょ。だいたいこんな所に住んでるんだから、みんな貧乏なのよ。でもここの所はハッキリさせておきたいの」


 安の場合は捨てるのが前提だからよかったが、雪と優乃の洗濯機はそうはいかない。雪の言うことも、もっともだった。


 「はいはい」


 山川が嬉しそうに手を上げた。


 「供託金制度を導入しましょう。一人千円から二千円出して貯めておくんです。壊れた時は、お金を出した全員が直そうと認めて、はじめてそのお金を使って直すんです。この供託金制度って言うのは本来裁判所とかの制度で、こういう意味合いの制度ではないんですけど…」


 「はい、ありがとう。それいいわね」


 また雪がバッサリと山川の話を切った。


 「一度でも使う人はお金を誰かに預けておくことにしましょ。預かるのは安、あんたお願いね」


 「しょうがないか。銀行行って通帳作ってくるか」


 安は頷いた。


 「あの」


 優乃が声を上げた。


 「使い方、一度教えてあげた方がいいと思うんです。その方が変な操作とかされなくてすむし、壊されにくくなると思うんです」


 「なるほど、それはそうだ」


 安は感心した。


 「近いうちに洗濯機講習会を開きましょ」


 雪はそう言いいながら、少し優乃を見直した。


 「とりあえず条件はこんな所ね。それじゃ恵ちゃん呼んでくるから、ここ片付けておいて」


 雪はそう言って、で愛の荘に矢守を呼びに行った。


 三人は分担して片付けていたが、すぐに矢守が走って出てきた。


 「キャー、カレーでしょ。丁度お腹すいてたのよー」


 手にはカレー皿にご飯とスプーン。準備がいい。


 「何々ー、山川の手作りカレー?美味しそうじゃない。今日はビールないのね。優乃ちゃんのデザートもなしなの。さみしいわね」


 早口でいいながら、ひったくるようにしてとった鍋から、もうカレールーをかけている。


 「んー、おいしい。それでそれでどう決まったの、洗濯機」


 どうして呼ばれたかは分かっているようだ。


 「お前、食べるかしゃべるかどっちかにしろよ」


 山川が言った。しかし、おいしいと言われたせいか、いつもの勢いがない。


 「んーそうね。これは一人で食べるのはもったいないわね。月森さん呼んでくるわ」


 口にカレーを放り込んで矢守は戻りかけた。


 「あっ、その前に安さん、私にあーんして」


 矢守が安に寄り添った。


 「お前、今口に入れたばっかりだろ。早く呼んでこい」


 安は軽く矢守を突き放した。


 「んもう、安さんったらいけずなんだから」


 矢守は大げさにコビを売って、月森を呼びに行った。


 「今日は怒らないのね」


 雪が優乃に言った。初めての打ち上げ会のことを思い出しているのだ。


 優乃は鼻を突き上げるようにして答えた。


 「昨日までの私と違いますから。矢守さんが誰を好きでもいいし、安さんは矢守さんのこと好きじゃなさそうだし。いいじゃないですか。まずは回りよく見てそれからですよね」


 安が困ったような、照れたような顔をして言った。


 「うん、そうだな。でも」


 と言葉を切ってぼそっと付け加えた。


 「冷静なうちは恋じゃない。好みだな」


 「もー、どうしてそんな混乱させるようなこと言うんですか」


 優乃は笑ったが、雪は「そうね」、山川は「なるほど」と神妙に頷いた。二人とも何か身にしみることがあると言わんばかりだ。


 「でも安さん」


 山川が口を開いた。


 「冷静になることは大切じゃないですか、どんな時でも」


 「冷静と我に返るは違う。ほとんどの場合、冷静は我に返ると同じだ」


 安が説明した。


 「我に返ったらダメなのよね」


 雪も同意を示す。


 優乃にはまるで禅問答で、チンプンカンプンだった。


 「それは原点に帰るとは違うんですね」


 山川はもう一度聞いた。


 安は短く答えた。


 「山、言葉が違えば意味も違う。でもそれは言葉遊びだ。いい質問じゃない」


 「そうなのよね。私も説明してあげてもいいけど、安とは意味が違ってるだろうし、何より説明しているうちに話が本筋からどんどんずれていくのよね」


 雪はため息をついた。


 「言葉は難しい。人に伝えるのは難しいっていった方がいいかな」


 安も息をつき、深く頷いた。


 「あのっ、三人とも昔何かあったんですか?」


 どんよりと重たい空気に引きながら、優乃は聞いた。


 「連れてきたわよー」


 矢守の大きな声で、話が切れた。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 「カレー、頂けるんですよね」



 難しい話もカレーと一緒なら問題なし


 月森もやってきて洗濯機会議も一気に終わり


 共用することになった洗濯機だけど


 トラブルは、これから



 何でもない洗濯がちょっとしたことで大変なことに


 安と優乃が赤面する事態


 そこに冬美と月森も入ってきて



 安と優乃のドキドキ話



 「私、銀行員なんです」



 「見た?」



 「はい。見ました」



 次回第十二話 ピンクでマジック 前編



 貴方に届け、洗濯機のドキドキラブリーマジックー♪

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