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第九話 四日目夜 優乃の初手料理 後編

第九話 四日目夜 優乃の初手料理 後編



 冬美は続いて安の部屋の戸をコンコンと叩いた。


 「はい」と言う声が聞こえたので、冬美は戸を開けて中に入った。


 部屋の中では、安が昨日と同じように短パンに上半身裸でいた。


 今日はトレーニングが終わった所らしく、タオルで汗を拭いている所だった。


 冬美は山川にしたのと同じ作戦でいこうと思っていたが、安の格好を見てすっかり忘れてしまった。ついケンカ口調で挨拶する。


 「昨日はひどいこと言ってすみませんでした」


 言ってからしまったと思ったが、もう遅い。


 いいわ。どうせこいつ、いつも私に色目使ってくる位だから、ちょこっと優しくすればすぐ私になびくわ。


 冬美は安に対しての作戦をすっぱり変えた。どこかで甘えてやればいい、ぐらいに考えた。


 「あぁ、こんな格好で悪いね。すぐに戸を開けてきたから山川かと思ったんだ。シャツ着るから少し待ってて」


 汗を拭き終わって、安はぶっきらぼうに言った。言葉の端々(はしばし)にトゲがある。


 シャツを着ても、冬美は戸口に立ったまま、黙っていた。


 「上がりたくなかったら上がらなくていいから、戸ぐらい閉めてくれないかな」


 明らかに迷惑そうな声だ。


 昨日の今日だ。冬美は静かに戸を閉めた。


 「で、今日は何」


 安は、まだ戸口に立っている冬美に近づいて聞いた。


 「優乃のことです」


 冬美の口からぽろっと優乃の名前が出た。


 何だかんだ言っても、冬美にとって優乃は幼なじみの大切な友達だった。


 「昨日、優乃に手を出さないで下さいって言いましたけど、優乃ってすごく気が弱いし、感じやすいんです。だから、もう少し優しくしてあげて下さい。昨日だって、あんなにはっきり言ったから、優乃傷ついたかも知れないんですよ」


 冬美は優乃のことを心配して、真剣に言った。


 しかし、安は冷ややかに答えた。


 「君が言うように気の弱い子に優しくしても、その子は強くも何ともならないよ。その子が優乃ちゃんであっても誰であっても、気が弱いままだ。赤の他人ならいざ知らず、ここの住人としてこれから付き合っていこうって子と、そんなつき合いをするつもりはない。君の言うような優しくは、僕はしない」


 「どういうことですか」


 冬美は突っかかった。


 友達に優しくしてあげて欲しいって思うことが、そんなにイケないことなの。


 「君たちが目指してるお芝居の世界は、あの程度で傷ついてちゃ生きていけない世界だよ。人の善意の裏に、いつも大なり小なりの悪意が隠れているって言っても嘘じゃない世界だ。特に上に行けば行く程ね。僕の言葉ぐらいで傷ついて立ち直れないようだったら、その世界で生きていくのは元から無理だ。ほんの少しの悪意で、大好きな世界を止めてしまうようにはなって欲しくないからね。だから君の言うような優しくは、僕はしないって言ったんだよ」


 相手が優乃だったら、こんな言い方はしなかっただろう。冬美がいつもケンカ腰で来るせいか、冬美にはハッキリと言ってしまう安だった。また、冬美だったら言葉を包まい方が、ちゃんと受け止めてくれると感じていたからかも知れなかった。


 冬美は安に言われて、ハッとした。


 この人、優乃のこと考えてくれてる。優乃が強くなるように考えてくれてんだ。


 自分が安の言動の表面しか見てなかったことに気付いた。


 「ごめんなさい」


 思わず頭が下がった。


 突然冬美が、謝ったのを見て、安は笑ってしまった。


 「まいったな、謝るようなことじゃないよ。こっちも説教臭かったな。ごめんごめん。えーっと、春、秋、秋子ちゃん?秋美ちゃんだっけ?」


 「もー、冬美です」



 丁度その時、優乃が、で愛の荘に帰ってきて、安の部屋の前を通っていた。


 あ、安さんと冬美の声だ。


 優乃は、安の部屋の戸をノックするとそっと開けた。



 「あー、ごめんごめん。冬美ちゃん。冬美ちゃんって意外と可愛いんだね」


 安は笑いながら、冬美の頭をなでた。


 「子供扱いしないで下さいっ」


 頭をなでられて、冬美は顔を赤くして安の手を払いのけた。


 しかし可愛いと言われて、悪い気はしなかった。


 「あ、優乃ちゃんお帰り」


 戸口に立っている優乃を見つけて、安は声をかけた。


 「ただいまですっ」


 優乃は今の光景に、どう反応していいか分からず、元気よく返事をしてしまった。


 どうして安さんと冬美がいるの。安さん、冬美のこと可愛いって言った。冬美の頭なでてた。二人って昨日ケンカしてたのに、いつからこんなに仲良くなったの?


 優乃の頭は、今までになかったぐらいにぐるぐる回った。


 「優乃、お帰り」


 冬美も振り返って、元気よく言った。


 「あ、僕夕食前に風呂屋行ってくるから」


 安は遠回しに、この部屋から出て行け、と冬美に言ったつもりだった。


 しかし、安の目線が冬美に向かっているのを見て、優乃はそうとらなかった。


 「あ、私も一緒に行きます」


 安さん、冬美誘ったみたいだけど、そうは行かないんだから。冬美にだって負けないっ。昨日あんなにケンカしたのに、急に安さんったら冬美と仲良くして。あっ、分かった。『憎さ余って、愛しさ百倍』って奴ね。『ケンカするほど、仲がいい』ってことわざもあるし。もう安さんったら、私というものがありながら、そんなのに惑わされてっ。


 「そうか。なら山とか雪先生とか、今日のミートソースメンバー誘ってくるよ」


 そう言いながら安は、二人を部屋の外に押し出した。そうしないとこの二人が勝手に部屋を物色する気がした。


 「すぐ戻ってくるから準備しといて」


 安は戸を閉めて二階に行った。



 五分もしないうちに、安が優乃の部屋に呼びに来た。


 「優乃ちゃん、準備出来た?」


 そう言って戸を叩いた。


 優乃と冬美は揃って外に出た。


 外には安の他に雪と山川が待っていた。


 「あなた、さっき部屋で料理作ってるって言ってたじゃない」


 冬美はさっきの作戦も忘れて、山川に非難がましく言った。


 「いや、ある程度出来たから、料理寝かそうかなって思って。その間にお風呂行くのもありだから」


 山川は弁解しつつ、話題を変えて安に聞いた。


 「矢守は来ないんですか」


 「あぁ、今締め切りに追われて、それどころじゃないって。山のミートソースも『そんなのここで食べたら、ソースが飛んで原稿が汚れるでしょ』って怒られたよ」


 安は頭をかいた。


 「締め切りじゃ、しょうがないわね」


 雪が相づちを打つ。


 「あっ、こちら雪先生。今大人気の漫画家さん」


 優乃が冬美に紹介した。


 そう言えば、雪と冬美は初顔合わせだった。


 「大人気かどうかは知らないけど、今売り出し中の新人よ。気にしないで」


 雪は否定するように手を振った。


 「私、冬美です。優乃の幼なじみなんです」


 冬美はよろしくと頭を下げた。


 「行くぞー」


 安が声をかけた。


 「はーい」「おう」と答えて、みんな動き出した。


 冬美はその時に、優乃にそっと言った。


 「ねぇ、安さんっていい人ね」


 優乃が「えっ」、と振り向いた時、冬美は雪と話をしていた。



 五人は連れだって、坂を下りていった。


 手にタオルだけ持っているのは男二人。冬美たちは小さな鞄に、シャンプーやリンス、化粧水などを入れていた。ちょっと変わったグループだった。


 坂を下りてもう少し歩くとお風呂屋さんがあった。のれんに大きく『ゆ』と描いてある。


 三十分後にここで、と約束をしてそれぞれ中に入っていった。


 「こんばんは」


 番台のおばさんにお金を払って靴を脱ぐ。


 懐かしさを感じる木製の黒ずんだ下駄箱は、粗い飾りの鉄の戸がついていて、木製の鍵もついていた。中に上がると壁際にやはり木製の黒ずんだ棚があり、それぞれに藤のカゴが置いてあった。番台の方にはちゃんとガラス戸の古めかしい冷蔵庫がある。


 「何ここ…。私、こう言うところ初めて。何かすごく使われててボロッぽいけど、きれいだ…」


 冬美は呟きながら、興味深そうにあちこちを見た。


 安っぽい革製のマッサージ機、十円を入れて使う丸くてやたら大きなドライヤー、小学校の保健室にるような大きな体重計。つやで光る藤の床。ガラス扉の向こうは、明るいお風呂。


 絵に描いたような下町のお風呂屋さんだった。


 冬美は服をカゴに入れ、二人の後を追って、お風呂場に入っていった。


 お風呂場に行っても、下町の雰囲気は変わらない。


 ケロヨンと書かれている黄色いプラスチック洗面器。壁に直接取り付けられている朝顔型シャワー。宣伝入りの鏡。電気風呂。そして壁に描かれている富士山の大きなペンキ絵。


 どれもこれも使い込まれているのに古くささを感じないのは、隅々まで掃除が行き届いているからだろう。ここまで小ぎれいになっていると感心するしかない。


 「お湯も普通みたい。よかった」


 冬美は体を洗って湯船に入ると、先に入っていた雪と優乃が、何か話していた。


 「それはこっちの思い込みよ。男が女を引っ張っらなきゃいけないなんて、ちょっと古いわ」


 「そうですか」


 「優乃ちゃんぐらいなら、そんな事、夢見るかも知れないけどねぇ。冬美ちゃんは男は女をリードするものだと思う?」


 雪が湯に入って来た冬美に、話を振った。


 「そう思いますよ。それは男の役目じゃないですか?」


 冬美は、やや口をとがらせて言った。


 「決めつけちゃったら終わりじゃない。男がそれに耐えられなければ、別れるわね。お互いの関係をつくり上げるつもりがなければ続かないわよ」


 冬美は、雪の言葉に思い当たる節があった。


 私が彼にリードしてもらうことばっかりさせてたから、彼、私のことイヤになっちゃったのかも。だから今日優乃のこと聞いてきたのかな。


 冬美は遠回しに聞いてみた。


 「あの、男の人って、ムネの大きさ、気にするんですか」


 冬美、ムネにコンプレックスあったんだ。


 優乃は冬美に同情した。


 「そんなの人によるんじゃない。そうやって騒ぐ男も多いけどね」


 雪はあっさりと言って、そんなに大きいのが好きなら、外人かホルスタイン牛と付き合えばいいのよと、付け加えた。


 「あの、私の友達が、大きさをすごく気にしてて、彼に嫌われるんじゃないかって言ってるんです」


 冬美は真剣だ。


 雪はそんな男は放っておけばいいのよと言った。


 「そんな奴と付き合っても、そのうち浮気されるだけよ。その子がどれだけ彼のこと好きか知らないけどね。あぁ、関係ないけど安、胸の大きいの好きじゃないって前言ってたわよ。いつ聞いたか忘れたけど」


 だから私に、いつも色目を使ってたのね。


 冬美は突然出てきた安の好みに納得した。


 湯船に沈みそうになったのは優乃である。


 私だって好きで大きくなったんじゃないのに。だから安さんに嫌われちゃったのかな。


 「そう言う男もいるってことよ。大きさにこだわる男と付き合うときは、注意することね。これ以上入っているとのぼせちゃうから、先に出るわ」


 雪がそう言って出ると、冬美と優乃も後に続いて出た。


 後で安さんに確認してやる。


 優乃は誓った。



 雪と冬美、優乃の三人が揃ってお風呂屋さんから外に出ると、安と山川が話しながら待っていた。


 「あれ、私たち遅かった」


 雪が聞いた。


 「いや、まだ時間まで五分ある。早いくらいだ」


 安が答えると、山川が後を続けた。


 「こっちが早すぎたようなものですよ。帰りましょうか」


 歩きながら安が思いついたように言った。


 「あぁすまん。途中で酒屋寄ってくわ」


 「飲むんですか」


 山川が聞いた。


 「せっかく山が夕飯作ってくれたんだからな。ビールでも飲みながらと思ってね。あ、冬美ちゃんって食べてくの」


 安は今、気がついたようだった。


 冬美はチラッと優乃を見て、「はい」と返事をした。


 優乃、お風呂出てから思い詰めたような顔したりしてるけど、大丈夫かな。ご飯食べた後で、話聞いてあげよ。


 優乃は冬美の心配とは違っていた。


 何よ冬美。チラッとこっちうかがって。私が気にしてるとでも思ってるの。気にしてるわよ。ちょっと自分が安さん好みのムネだからっていばっちゃって。今だって帰ればいいのに。まさか、冬美、安さんのこと狙ってるの。


 悪い方向に考え出す優乃。そう言えば、今日の冬美の行動は先に、で愛の荘に着いていたことといい、安の部屋にいたことといい、何かおかしい。


 「冬美ちゃんの分あるか、山」


 安が驚いて山川に聞いた。まさか食べていくとは思っても見なかった。


 「ありますよ。たくさん作りましたから。三日ぐらいはスパ三昧のつもりで作りましたから」


 そんなにあるんなら安心だと、みんな笑った。


 「あ、ここ」


 安は酒屋を見つけると、中に入って行った。みんなも揃って入っていく。


 「冬美ちゃんも飲む?」


 安はビールを六本取って、近くにいた冬美に聞いた。


 買ってくれるなら、と冬美はチューハイを一本安のカゴに入れた。


 「じゃ、優乃ちゃんも」


 安にそう言われたが、優乃は面白くなかった。


 私は「じゃ」なの。ついでってこと。冬美の方が扱いが上じゃない。


 心でそう思っても、態度には出さない。


 「私はこれでお願いします」と、安がさっきまで見ていたチューハイをカゴに入れた。


 『あっ、優乃ちゃん。僕と好みが同じだね』なんて言われて。うふふ、距離が一歩縮まっちゃう。


 優乃の妄想に気付くはずもなく、続いて安は雪に聞いた。


 「雪先生は、お酒あったよな」


 「当たり前じゃない。お酒は欠かさないわよ」


 自信を持って言う。


 「山は、飲まなかったな」


 はい、と頷く山川を見て、安は会計をした。


 外に出ると、今度は雪が言った。


 「次、市場寄ってね。麺買うから」


 「麺って何だよ、パスタだろ」


 安が突っ込んだ。


 「だから麺じゃない。パスタって西洋麺でしょ」


 雪は言い張った。


 市場は酒屋のすぐそばにあった。


 「西洋麺、即ちパスタもしくはスパゲティと言えば、なんと言っても原材料であるデュラムセモリナから話さなければなりませんね」


 山川も参加してきた。


 みんなはわいわい言いながら、市場に入って散らばった。残った冬美が山川の話を聞くことになった。



 「ねぇ、あの人の話っていつもあんなに長いの」


 山川から離れて、冬美は優乃に小声で聞いた。


 各自買物が終わって、で愛の荘に帰る途中だ。


 山川の話は「デュラムは小麦の種類でセモリナは粗挽きって意味だよ」から始まり、パスタの種類、日本の小麦粉、うどんと延々と続いた。レジを通った所で冬美は山川から離れて避難したのだ。


 「うん、だからみんな逃げるみたい」


 優乃も小声で答えた。


 そこに山川が声をかけてきた。


 「優乃ちゃん」


 二人はびっくりしたが、山川に会話が聞こえていた訳ではなかった。


 「坂はやっぱり半比例だね」


 これで何回目だろう。優乃もさすがに飽きてきた。


 山川さん、くどい。いつまでもそんなこと言ってたら覚えていなさいよ。私が電動自転車を買ったら、山川さんの荷物だけ載せて上げないんだから。『優乃様、申し訳ありません。私の不徳でした』って謝ってもダメなんだからね。


 そんなことを思いながらも、優乃は山川ににっこりと笑って返した。


 「そう言えば安。あんた市場でムネの大きい子が写ってるグラビア雑誌買ってたけど、あんたってそういうの好きだったっけ」


 雪が安に聞いた。


 チャンスだわ、と優乃は身を乗り出した。


 「あぁあれは、ガラス乾板の風景写真が載ってて、ちょっと気になったから買っただけだよ。グラビアには大して興味ないな」


 安が答えると同時に


 「あの」


 「ガラス乾板ですか」


と、優乃と山川が同時に声をかけた。


 山川はいつもの長いお話をする気満々だったが、すぐに


 「ちよっと優乃が先でしょ」


と、冬美の冷たい言葉で止められてしまった。


 優乃は構わずに安に聞いた。


 「安さんって、ムネの大きい子が嫌いってさっき聞いたんですが、本当ですか」


 「嫌いじゃないよ」


 安の言葉に、優乃の目の前がバラ色になった。


 「でもバカっぽそうじゃん」


 とたんに真っ暗になってしまった。


 「まぁそれはテレビの影響かな」


 「あんたの部屋、テレビないじゃない」


 雪が言った。


 「んー、じゃあ町の女の子の影響か。胸を強調する子ってチャラチャラした服装が多いんだよね。あれバカっぽく見えるんだ」


 「そうね。優乃ちゃんみたいに、服だけで印象変わるのにね。山川はどうなの?」


 あぁん、もう。雪先生どうしてそこで山川さんに話振っちゃうの。安さんの肝心な答えが聞けなかったじゃないですか。私のことどう思ってるのかが、この話のポイントなのに。


 優乃は悔しがったが、話は進んでいた。


 「あの、そうですね」と山川はぼそぼそしゃべっていた。さっきと違って、えらく歯切れが悪い。


 「ムネの大きい子も嫌いじゃないんですけど、なんて言うんですかね、アメリカ人と比べれば優乃ちゃんも大きいとは言えない思うんです。日本人の中で比べれば冬美ちゃんだって小さいとは言えない…ぼしょぼしょ」


 「はっきり言いなさいよ。大きいのが好きなんでしょ」


 遠回しに胸を小さいと言われて、冬美はムッとして怒ってしまった。


 「いや、どちらかと言えば好きってだけで、冬美ちゃんのような体型が嫌いって訳じゃあっ、あぁっ」


 山川は自分の言ったことに気がついて、顔を真っ赤にした。


 「墓穴掘ったわね」


 雪が哀れむように言った。


 「別にいいじゃん。お前のだって似たようなもんだろ」


 安はそう言ってから、冬美の方を見た。


 「僕だって体型だけの話で言えば、山と似たようなものさ。でも山が言いたかったのは、もっと大きく全体から見なきゃ、そう言う話は出来ないってことだよ」


 「つまり安さんは、ないよりある方がいい。でも大きすぎるのはイヤってことですか」


 冬美が意地悪く聞いた。


 安は冬美をチラッとにらんだ。


 そう言う話の流れを作りたかったのではないし、そう言う聞き方は時として場の雰囲気を悪くしたりすることもある。


 安は冬美をちょっといじめてみた。


 「まぁそう言ってもいいね。逆に聞くけど、冬美ちゃんの好みな男性の体型ってどんなの。それか好みの性格とかでもいいよ。で、それだけでその他も全部好きになれるの?」


 そりゃ、今の彼だって全部が私の好みな訳じゃないけど。


 冬美は思った。


 「今までの僕の経験とか見てきたとこから言うと、好みと実際は違うんだ。人を好きになる時、そんなこと考えてないから。そんなこと考えてるうちはまだ、恋の初め、初歩だよ。冬美ちゃんはまだそんな所っぽいからね、だから可愛いって言ったんだよ。誰でも初めのうちはそうだけど。でも冬美ちゃんが急に大人っぽくなったら、冬美ちゃんに恋するかもしれないなぁ」


 安はそう言って笑ったが、周りは笑わなかった。


 「安さん、それ冗談に聞こえませんよ」


 山川が真面目な調子で言った。


 「えっ、そうか?いかんな。分かった、もしそういう道に走ったら山、殴ってでも止めてくれ」


 安が不真面目に真面目な調子で答えた。


 「どういう道ですか」


 山川が笑った。


 「すまん。冬美ちゃんの前では言えん」


 「もー、何ですか」


 冬美は怒ったが、みんなはそれで笑った。


 私、大人っぽくないって言われたの、初めてかも。


 冬美はそっと思った。


 冬美、今日からあなたは私の恋のライバルよ。


 優乃は恋の炎をメラメラと燃やした。冗談とは言え、安に可愛いだとか、恋するかもだとか言われた以上、放っては置けなかった。


 そうこうしてる間に坂も上り終わって、で愛の荘に着いた。


 山川がみんなに言った。


 「それじゃあ、スパゲティ茹でておいて下さいね」


 「ねぇ、ミートソース、山川が部屋に持ってきてくれるの?それともこっちから山川の部屋に取りに行くの」


 雪が聞いてきた。


 そう言えば何も考えてなかった。山川は少し考え込むと、すぐに言った。


 「OK。分かりました」


 出た。いつもの業者顔だ。


 「今日は天気もいいですし、スパ屋山川亭を開きます。場所は、で愛の荘前です。早速開店準備ですが、机は俺から出します。立食形式でいきますね。冬美ちゃんがセッティング責任者です。テーブルクロスとかはないので、欲しかったら誰かから借りてきて下さい。机拭く布巾は用意します。他の人は各自でスパゲティを自分の好みの堅さで茹でて持ってきて下さい。こちらの準備もありますので、三十分後にここに来るようにして下さい。お願いします」


 「山川、スパ屋と言うより、ミートソース屋なんじゃない。客にスパゲティ茹でさせるスパ屋なんて聞いたことないわ」


 雪が軽口を叩く。


 「そう言う言い方もあります」と山川は軽く流した。


 「よし三十分後な」


 安の言葉を合図に、全員が自分の部屋に戻って行った。


 「冬美ちゃんはこっち」


 優乃についていこうとする冬美を、山川は呼び止めた。


 「俺の部屋から机と布巾持っていって」


 どうして私が、と言う冬美に


 「スパゲティ茹でるのに二人もいらない。セッティング責任者だってさっき言っただろ」


 と譲らない。業者顔になった山川は強気だった。


 山川は部屋からキャンプ用の机と布巾を出すと冬美に持たせ、「俺は最後の仕上げをするからよろしく」と部屋に戻った。ぶつぶつ文句を言いながら、冬美は木陰近くに机を置いた。しかし、キャンプ用だけあって机は安っぽい作りだった。布巾で丁寧に拭いてみたものの、やっぱり安っぽさは変わらなかった。


 この程度しか出来ないって、思われたくない。


 自分の事を子供扱いした安の顔が浮かんできた。


 でもテーブルクロス持ってる人なんていなさそうだし…。


 冬美はいいことを思いついた。


 早速優乃の部屋に行って、ハンカチを四枚と、小さなガラスの器も四つ借りてきた。



 その頃、優乃はすぐに出来るデザートを考えていた。スパ屋山川亭でほめられるのが山川ではいけなかった。冬美もハンカチとガラスの器を借りていったことだし、何か考えてるのは間違いなかった。


 だめよ。冬美が安さんに、ほめられるのも許さない。


 きっとデザートは誰も持ってこないだろう。さっきの市場では誰もデザート系のものは買ってなかった。


 ここでデザートを持っていけば、みんな私のこと一目おくわ。『優乃ちゃん、すごい』『今日はスパ屋山川亭じゃなくて、デザートショップ優乃にした方が良かったね』『こんな短い時間にデザート作れるなんて、優乃ちゃんはすごいね。冬美ちゃん何かよりずっといい女だね』。あんっ、もう、いやん。安さんも山川さんも、ずっといい女だなんて。


 「よーし、行っちゃうぞ。優乃のマジカルデザートクッキング♪」


 そう言って優乃は冷蔵庫を開けて、デザートを作り始めた。


 もちろん最後に


 「二人に届け、私のマジカルラブリーエッセーンス」は忘れなかった。



 三十分後。


 高さが三十センチはある寸胴(ずんどう)鍋を持って、山川が現れた。


 山川が外から呼ぶと、雪も安も優乃も、手にスパゲティの入ったお皿を持って出てきた。


 「何、ちよっといいじゃない」


 雪が机を見て驚いた。


 ハンカチがテーブルクロス代わりにきれいに敷かれて、その隅には水の入ったガラスの器が置いてあった。ガラスの器には積んできたばかりの花がかわいらしく飾られていた。


 安も山川もほうと目を見張った。自分なら絶対に出来ない飾り付けだった。


 「可愛い飾り付けだね」


 安は、ほめた。


 冬美が当然よとポーズを取った。


 「冬美ちゃんじゃなくて、飾り付けがね」


 これではほめられてるのかどうか分からない。みんなが笑っている所に、山川が鍋を机の真ん中に置いて、準備出来たよとみんなを呼んだ。


 早速雪、安、冬美、優乃がミートソースをつけてもらう。優乃は冬美の分のスパゲティを持ってきていた。


 「これは濃厚な香りがするなぁ。美味しそうだ」


 安が目を細めた。


 「はい。今回はちょっと濃いめの味にしてみました」


 山川は自信たっぷりにそう言った後、あっと声を上げた。


 「自分の分のスパ、忘れてた」


 優乃が素早く反応した。


 こうなるんじゃないかって、思ってたのよ。


 「私、山川さんの分も茹でておきましたから、持ってきますね」


 みんなが「おぉ」、と優乃を振り返った。


 その時、


 「キャー。私も食べる」


と、で愛の荘から奇声を発して、矢守が飛び出してきた。


 山川が何でお前が来るんだとばかりに言った。


 「お前、締め切りに追われてたんじゃないんかー」


 「今、終わったのー。ありがとー。いただきまーす」


 矢守はすっかり食べる気でいる。


 「じゃ、私、矢守さんの分も持ってきますね」、と優乃は機転を利かせた。


 「あ、ビール忘れた」


 安も優乃と一緒に、で愛の荘に戻った。


 優乃は山川の分のスパゲティを、二皿に分けて持っていった。


 山川さん用にちょっと多めに茹でておいてよかった。


 優乃は外に戻ると、二人にスパゲティの皿を渡した。


 安は優乃と冬美のチューハイも、忘れずに持ってきてくれていた。


 とりあえずと、雪、矢守、山川にビールを渡す。。早速山川が音頭をとった。


 「では。スパ屋山川亭にようこそ。ご挨拶代りにビールについてお話ししようと思います。ビールの原材料は麦であります。これは麦茶と同じなのです。即ち、短く言えばビールとは、ホップと言う苦味要素の入ったアルコール入り麦茶なのであります」


 「乾杯するわよ」


 話が長くなりそうなので、雪が山川を(おど)した。


 この前みたいに取り残されたくはない。山川はしぶしぶ応じた。


 「だから、精一杯短くしてるじゃないですか。分かりました。矢守の原稿アップ祝いと皆さんの健康を祈って」


 「カンパーイ」


 山川のミートソースは確かに美味しかった。なかなか手の込んだ複雑な味がする。好みはあるだろうが、こってりした味の好きな人には、きっと受けるだろう。


 「箸で食べてんの?」


 冬美が安を見て驚いた。


 「フォークで食べられるものは、箸でも食べられる。それに箸の方が食べやすい」


 安はおかしいかと冬美に聞いた。


 「なる程、箸は日本の文化です」


 山川が横から口を出してきた。ビール一口でもう顔が赤い。


 優乃は「私、デザート作ったんです。持ってきますね」、とその場を離れた。


 安が手伝うよと優乃を追った。


 冬美がまた、山川の長い話を聞くことになった。



 優乃が部屋に入ろうとした時、安が「優乃ちゃん」と呼び止めた。


 「今日は、いろいろありがとう。お陰で楽しい食事会になってるよ」


 安はそう言って手を伸ばし、優乃の頭を優しくなでてくれた。


 優乃は安がもう怒っていないことに気がついた。


 良かった。


 優乃は、ほっとした。


 『優乃ちゃん、今日はありがとう。山川の分だけじゃなくって、矢守の分まで用意しているなんて。君は何て細かな所に気がつくんだ』『そんな、普通ですよ』『今まで気が付かなかったよ、君が謙虚で素敵な女性だってことに。僕も見る目がなかった。ごめんね。そんな僕だけど、いいかな』


 「優乃ちゃん、いいかな?」


 「いえ、そんな、ダメじゃないですけど…」


 優乃は、ハッと妄想から覚めた。安が部屋の中を指している。


 そうだ、デザートを取りに来たんだ。


 「さっ、運ぼうか」


 安は、にこやかに言った。


 「は、はい」


 優乃は頬を赤らめて部屋に入り、デザートのヨーグルトゼリーをガラスの小鉢に盛りつけた。


 冷蔵庫にあった材料では、これぐらいしか出来なかったのだ。


 ゼリーを大きく切ってヨーグルトと混ぜる。これだけのものだが、味は悪くないし口当たりもゼリーの柔らかさがあって面白い。しかし、こんな簡単なもので安や、みんなが喜んでくれる自信はなかった。


 それでも優乃はゼリーの中に入ってた果物を別にとって、最後にヨーグルトの上に乗せ、精一杯飾ってみた。


 矢守が「キャー、これかわいいー」と言いながら、スパゲティよりも先に優乃のデザートを食べた。


 「いやーん。山川のミートソースより、こっちの白くてドロドロしたのがおいしー」


 「こら、エロ魔人。普通にヨーグルトって言え」


 「矢守さんって、だからエロ魔人って言われるんですね」


 「優乃ちゃん。これ美味しいよ」


 「うん、美味しい」


 優乃のデザートは好評だ。そこに冬美が割って入って来た。


 「ここに、アイスクリームとシリアル入れるとパフェっぽくてよくありません?」


 「なるほど、それもいいね。でも材料があればね」


 「だったら、ハチミツかけてもいいんじゃないですか」


 「冬美ちゃん、なかなかいいアイデアだすね」


 「意外とデザート上手なんだ」


 いつの間にか手柄を取られる、悲しい優乃であった。



★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★



次回予告



 ちょっと久しぶりに出たのに、

 私の出番があれだけってどういうことよ


 矢守さん、次回は私たちで乗っ取りましょうよ


 そうね冬美ちゃん

 この夕食会ってほんとは私たちだけの会話で

 一話分くらいはあったんだから


 じゃ次回のさわりだけ


 何か胸の話が出てたけど、女の魅力はそこじゃないでしょ


 そうよ、冬美ちゃんの言うとおり

 女の魅力は体よ


 …矢守さんの言い方って、いつも微妙ですよね

 ニュアンス変えられません?


 どこが悪いの?



 次回第十話 矢守と冬美の楽しい夕食会



 予告がでたらめでありましたことを、お詫びします

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