最終章 ~制服とリボルバー~
これでラストです! 今まで読んで下さった方、本当にありがとうございます。できればこの話を最後まで読んで頂けると幸いです。
損はさせません! 警察描写とアクションだけならプロにも負けません!
最終章 ~制服とリボルバー~
十月十四日 午前二時 松山町
四気筒のツインマフラーから重量感溢れる排気音が響き渡る。足柄市の県道を紅蓮に彩られた大型のレース仕様のフルカウルバイクが滑走していた。カナタが跨り、後ろにはカナタの背中にしがみつくようにレイが座っていた。
「怪我は大丈夫なの?」
「ああ、痣がついただけだ。大したことねーよ」
「ふ~ん、良かったわね。ところでこれ何CCなの? ナナハン?」
「千四百だ。ZZRって名前だ」
「ふ~ん、速いね、まるで風を切るみたい」
「二百馬力あるからな」
信号が黄色から赤に変わり、ZZRは静かに停車する。カナタがレイの方へ振り返り、
「しっかし、なんでまた足柄山なんだ?」
「初デートの思い出があるじゃない。夜風が気持ちいいわ」
レイは片手を出して風を掴むように手の平を広げた。
「うし! じゃあ舌噛むなよ。必殺ウィリーロケットスタート!」
信号が変わると同時にカナタはアクセルを全開に開けた。するとバイクの前輪が持ち上がり、後輪のタイヤがアスファルトを削るように回転し、そのまま疾走する。
後ろからレイの驚く声が上がる。カナタはそれが面白くて、県道を派手に乗り回した。
しかし、そんなカナタの走行に地元の暴走族から目をつけられてしまう。
カナタのZZRを暴走族のバイクが追いかけた。だが旧車を騒音仕様に改造したバイクとカナタのZZRでは性能に差があり、あっという間に距離を広げられる。
だがカナタは意地悪く考え、逆に暴走族をおちょくるようにバイクをわざと減速させて、からかうように走り回る。
「あなたっていい性格してるわね」
「これも深夜のツーリングの醍醐味さ。ん!?」
カナタがサイドミラーに目をやると、後方にいた暴走族の様子がおかしいことに気付いた。
「やべぇ」
「どうしたの?」
「パトカーが来やがった。逃げるぞ!」
カナタはバイクをフルスロットルで加速させ、夜の闇に消えていく。
○
十月十四日 午前三時 松山町
深い夜の中、夏山といつかはミニパトで県道を夜警らしていた。夏山の隣ですやすやと
寝息をたてながらいつかは居眠りをしていた。
一昨日の事件など何事も無かったかのようにまた平穏な勤務の日々が戻ってきた、夏山
はいつかの寝顔を見ながら実感した。
(まぁ勤務をサボった罰として始末書を五枚書かされたのは、この際置いていこう。そう、
今日は何も無い一日だった。事件もなければ事故も無い。自転車盗の被害届を受理したぐらいだ。平和が一番だ。町が平和なら俺たちの仕事も手間のかかる仕事がなくなる。楽ができる)
この日本で一番平和を願っているのは間違いなく警察官だろう、と夏山はつねづね思う。
助手席に座るいつかの寝顔を眺める。小さく可憐で幼い顔立ち、とてもColt Python
のようなバケモノ拳銃とは不釣合いな組み合わせだ。
(もう二度とこの娘にあんな凶器を持たせてはいけない。凶弾がこの娘に忍び寄るように
なったら、俺は絶対に許さない)
夏山はそう心に固く誓った。
『松山から足柄』
不意に無線機から呼びかけられた。
(こんな夜中にどんな扱いだ?)
夏山は嫌な予感がした。
『足柄です、どうぞ』
『暴走族発見の一般通報、台数は七台前後、場所は足柄が走行中の県道の三百メートル先、
交差点、追跡願いますか、どうぞ』
『足柄了解』
『以上松山』
夏山は溜息をついた。
(また暴走族か、この間の件といい、いつか班長とは妙な縁があるな)
「何かあったの、ナツ?」
今の無線のやりとりで目を覚ましたらしく、いつかが半分寝ぼけた声で夏山に話しかけ
る。
「こっからすぐ先のところで暴走族が馬鹿みたく走ってるらしいです」
「やっと事件ね、至急現場に急行なさい」
いつかの目が急に輝きだしてくる。いかにも浮き浮きしているような様子だ。
(どうやらこのお姫様は平和な日常よりも、事件に満ち溢れた日々の方を願っているよう
だ。オレには全く理解できない。ヤレヤレ、まぁしょうがない。)
夏山は軽く溜息をついて、、
「了解、じゃあ飛ばして行きます。十秒で追いついてみせますよ」
そう言うと同時に夏山はアクセルを全開まで踏み込んだ。
『危ないから、止まりなさい!』
いつかの可愛い怒鳴り声が音声マイクを通して県道に響き渡る。
目の前には通報通り、七台の二百五十CCの改造バイクが県道を左右の車線お構いなしで蛇行運転している。
いつか達が頭に来たのは、時速百四十キロで飛ばして駆けつけたのに、追跡になると三十キロぐらいのスピードでたらたら追跡するハメになっていることだ。
前方の暴走族はミニパトなんぞ舐めている、そう思うと夏山は無性に腹が立ったが、深呼吸をして気を落ち着かせた。
(まぁいつものことだ)
追跡は付かず、離れず、追い払う。それが受傷事故防止の鉄則であった。
「ナツ、もっとスピード出して!」
「ダメです。これ以上車間距離を狭めると衝突の危険があります」
「このまま追い回したら、いつまでたっても捕まえられないじゃない!」
「捕まえなくていいんです。適当に追い回して、うちの署轄から追い出せばいいんですか
ら。もう無線で本署に報告もしてあります。」
「納得いかないわ! 目の前に犯人いるのに指をくわえているなんて。ほら、一番後ろの
バイク見なさいよ。すぐあたし達の車の横に車線ずらして、喧嘩売ってるとしか思えないわ!」
いつかの言うとおり、暴走族は挑発している。暴走族もいつか達が何もしないのを熟知
しているのだ。夏山は冷静に前方のバイクを分析していた。
(確かにケツ持ちの動きが悪い。こちらを執拗に挑発してはいるが運転技術が低いのは目
に見えてわかる。はっきり言ってスキだらけで、俺の車の腕なら回り込もうとすればいくらでもできる)
理性では適正な車間距離を保ちつつ、管内から追い払うことを心がけている夏山だが、
本能では、こうも舐められたマネをされて我慢も限界に達していた。
すると例のケツ持ちがミニパトの横に並び、シートに乗っていた小僧がズボンを脱いでケツをいつか達に晒した。
夏山の頭の中で何かがブチっと切れた。
「ナツ!」
いつか班長がしきりに呼びかけてきたが夏山の耳には入らなかった。夏山は静かな低い
声で、
「いつか班長、何かに掴まっといてください。飛ばします」
すると夏山は右足でアクセルをめいいっぱい踏み込む。急加速をして、アスファルトに
タイヤを切りつけた。瞬間にハンドルを回し、車半回転させる。
けたたましいブレーキ音が鳴り響き、タイヤが悲鳴を上げた。
そして県道の両車線をミニパトで立ち塞ぐ。ケツ持ちの行く手を遮った。夏山はニヤリ
と笑った。
(舐めきっていた奴等は驚いて急停止させるだろう。バイクが止まったらボコボコにして
やる。乗っていた連中もバイクも全て)
ところが思わぬことが起こった。行く手を遮られたバイクがブレーキをかけて来なかっ
たのだ。
ミニパトと路肩の間をとっさにすり抜けようとしたのだろうが、間に合うわけが無かった。
耳をつんざくような衝撃音と共にミニパトの車体が激しく揺れた。
バイクがボンネットに衝突したのだ。夏山はハンドルを叩いた。
(このヘタクソが! これで始末書は確定だ)
「ナツ!」
いつかが呼びかける。
「わかってます!」
二人が一斉に車から飛び出す。しかし小破したバイクを置いて、暴走族は一目散に住宅
地へと逃げ出した。
「追うわよ、ナツ」
「待って下さい、二人で追ったら、遺留したバイクを奪取される可能性が高いです。どち
らか一人が残る必要があります。大丈夫、足には自信があります」
夏山はいつかに待機するよう指示し、一人後を追いかける。
夏山は逃げた連中の影を追った。足だけじゃなく、視力にも自信があった。逃げた連中
の影が夏山には、はっきりわかる。
(相手は二人、離されている距離は二十メートル程度、すぐに追いつける。そしてボコボ
コにしてやる)
何十秒か走ったうち、もう連中まで手の届く位置まで夏山は追いついていた。
「待て、コラ!!」
一人の肩に手をかけた。すると二人が同時に振り返り、
「相手は一人だ、やっちまおう!」
(どうやら俺に挑んでくるらしい。返り討ちにしてやる)
まずは向かってきた体格の良い少年に夏山は払い腰をかける。遠慮もなく思いっきりア
スファルトの地べたに叩きつけた。
(残り一匹)
夏山がそう思った途端、不意に背中から強烈な蹴りを食らう。
(しまった! 後ろを取られていた)
想定外の攻撃に足がよろめき、先ほど投げ技をかけた少年に重なる形で夏山は地面に倒
れる。
(起き上がらなくては!)
そう考えた瞬間、夏山の首が強烈な腕力で締め付けられる。
どうやら先ほど倒した相手は戦意を失っていなかったようだ。かなりの腕力があり、し
かも夏山が油断していたせいで首が完全に決まっている。夏山はフロントチョークをかけられていた。
(なんとか窮地から脱しないと)
夏山は身体を起こそうと足に力を入れるが一昨日の戦いで負傷した左足が悲鳴を上げ、立つことができなかった。
焦った夏山は相手の右わき腹を力いっぱい殴りつけるが、締め付ける力は弱まわらない。しかも首に激痛が走った。これも一昨日いつかに首を絞められた時に負傷したのが原因だった。思うように身体に力が入らない。
すると夏山の背後からカチャカチャと音が聞こえ始めた。
「ケン、はやく拳銃奪い取れ!」
夏山を締め付けている少年が叫ぶ。
(どうやら俺の右腰に下げているけん銃が狙いか……。チクショウ……!)
そんなこと考えているうちに夏山は意識が飛びかけていくのがわかった。
酸素が全身にいきわたらなくなり、だんだん抵抗する力がなくなっていく。
「ジン、取ったぞ」
「こっちも決まった。ずらかるぞ」
夏山はかすれ声で、
「……待……て……」
(まずい意識を失いかけている。立ち去る二人を追うことさえできない。身体に力が入ら
ない。このままじゃ気絶する。報告をしなくては……)
意識が朦朧としながらも夏山は力を振り絞り無線機の緊急発進ボタンを押す。
『……足柄……夏山……暴走族二名に……けん銃を奪われた……場所は……』
そこで夏山は意識を失った。
○
十月十四日 午前三時三十分 松山町
松山署の応援が駆けつけてきた。三係の勤務員だけではなく、内勤の当直勤務員ばかり
か駐在所の勤務員まで。いつかの周りにはPCやミニパト、公用車両が十台以上停められている。この場にいる全員が夏山の無線を聞きつけてきたのだ。
「状況は以上だな」
「はい」
といつかは顔を強張らせて、熊田に返答した。その場にいた総員三十人前後の警察官が
円陣を組んでいた。皆いつもの穏やかな雰囲気は無く。ぎらついた視線で、顔を険しくさせている。そして当直主任の刑事課長が円の中央に立った。
「一旦、本部を現地点と定める! 当直、駐在勤務員並びに制服勤務員は受傷事故防止を
徹底しつつ、必ず奪われたけん銃を奪取し、被疑者を確保しろ。相手は二人だ。しかもけん銃を持ってな。検索は警棒を携行し二人一組で行動せよ。場合によっては発砲も許可する!」
刑事課長は拳銃を取り出し、構えて見せた。
「報告の必要はない。そんな暇している間に、また仲間がやられる方が問題だ。責任は全てこの俺がとる! 絶対に夜明け前に被疑者を探し出せ。そして全員、無傷で戻って来い! それでは検索を開始!」
「「了解!」」
その場にいた勤務員達が一斉に返答し、刑事課長に敬礼をした。
いつかは清川駐在勤務員の三橋と行動を共にした。二ヶ月前いつかを小娘呼ばわりした
中年の警察官だ。しかし以前のような屈託無い笑顔はしていなかった。目が違っていた。まるで猟犬がエモノを狩るような目つきだ。
緊迫した空気の中、お互い言葉も交わさず沈黙したまま検索をしていた。いつかが深夜の住宅地の裏路地を見回る。すると無線機から、
『こちら山中です。夏山巡査を発見しました。意識を失っていますが、命に別状はありま
せん。救急車の搬送手配をします』
いつかはほっと胸を撫で下ろした。
(ナツ……無事だったか……)
「……カタナシ班長、絶対ナツの仇、とったりましょう……」
さっきまで無言だった三橋部長がぼそりと呟いた。
いつかは三橋が名前を相変わらず間違えていることにつっこんでやりたがったが、そん
な雰囲気ではなかった。それにいつかはナツが無事だったという安心を糧に不安が少し払拭できた。
(けん銃所持の凶悪犯の確保、正直怖さでいっぱいだ。けれど三橋部長の言うとおりだ。
ナツをこんな目に合わせたヤツらは絶対に捕まえてやる)
いつかは決意を込めて、
「ナツがやられた住宅地付近を検索します」
そう言って前へ歩き出した。
検索開始から四十分
深夜のせいか、それにしても閑静な住宅街は静か過ぎた。いつかは思った。
(ナツをやったヤツらが逃げ回っているなら、もう少しざわつく音が聞こえるはずだ)
しかし検索している住宅地の周囲は静寂に包まれている。
(きっとこの静けさはヤツらがどこかに潜んでいる証拠だ。……この近くにいる)
いつかそう直感した。
「……カタナシ班長、やっこさんはガキだ。しかも今頃モノホンのハジキ奪っちまってビ
ビってるはずだ。周りは警官だらけ、ハジキ撃つ肝っ玉なんざ持っちゃいねーだろう」
三橋が小声で語りかける。いつかもその考えに同調した。
(ここは住宅地だ、工場なんかもない。身を隠す場所といったら……)
いつかは大きな庭園のある民家に目をつけた。
(身を隠すとしたら人家の庭だ。しかもだだっ広い庭園だろう)
「……班長この家の庭を検索します」
三橋も同じことを考えていた。二人で表と裏に分かれて目の前の人家の庭の検索に入る。
しかし庭の検索をしばらくしていたが、それらしい気配は無い。いつかが爪を噛む。
(……ハズレか)
裏から廻ってきた三橋部長も首を横に振る。しかし突然目を大きく開かせた。
「班長、今何かしゃべりましたか?」
「? いいえ ?」
「なら近くで検索しているチームがいるんですかな?」
(この付近で検索しているのはあたし達だけのはずだ)
「……三橋部長、その声はあたしの方から聞こえたんですか?」
「……ええ」
いつかは後ろを振り返る。隣家にも大きな庭がある。二人で顔を見合わせ、頷く。
「隣の家の検索に入るわ」
今度はビンゴだ、いつかはそう感じた。この家の庭には手入れのされていない茂み、戸が半開きの大きな物置。隠れるにはうってつけのポイントだった。
いつかはわざと周囲に聞こえるような大きめの声で、
「三橋部長ならどこに隠れます?」
三橋部長も顔をニヤリとして見せて、
「あそこの茂みですね」
すると茂みからガサっとした不自然な音が聞こえた。
(……ヤツらがいる……)
「班長、俺が裏から回って行きます」
「危険よ。二人で行くべきよ」
「奴等を逃がしたくない。ここではさみうちにしましょう。班長はここで待ち構えてて下
さい」
三橋の意見は最もだ。けれど相手はけん銃を持っている。
いつかが思案している最中、三橋部長が動き出す。ちょっと待ちなさいよ、といつかが言おうとしたら、
「大丈夫です」
三橋が優しく微笑みかけた。その笑顔には力強さがあった。安心を与え、信頼が感じられた。いつかは頷き、
「頼りにしてるわ」
「任せてください」
そして振り向きざまに、
「もし俺の身に何かあったら、この場所を無線報告して逃げてください。殉職者は一人で
いい」
そして裏手から三橋が茂みへと忍び寄る。いつかは茂みを正面にして、右腰に装備していたけん銃を取り出し、両手で構える。指が震えている。
(それにしても、まさかけん銃を使用するような凶悪事件が発生してしまうとは……。いつも何か事件が起きないものかと期待しててこんな事に巻き込まれるとは……。何も起きないのが一番、ナツの気持ちがよくわかった)
そして今までの自分に反省した。
(今いるあたしは、けん銃強奪事件の被疑者と対峙し、恐怖を隠せないジョケイだ。けど無力じゃない。必ずナツのけん銃を奪い返してやるわ)
いつかは拳銃のグリップを力強く握り締める。
いつかが正面で警棒ではなく、けん銃を取り出して待機していることに三橋は感心する。そして三橋はゆっくりと一歩、二歩、三歩と相手に感づかれないように茂みに近づく。
(やはりヤツらいた。二人いる)
二人が重なるように茂みの中で身を隠しながらうずくまっている。二人はいつかが待ち伏せている所に注視していて三橋に気付いていない。よく目を凝らすと、やはり少年だった。暗くてよくは見えなかったが、十五、六の少年と認識できた。けん銃を取り出している様子は無い。むしろ震えて怯えているように見えた。
三橋は少年たちの背後へと接近した。すかさず後ろから命いっぱいの力で一人の首を利き手で鷲掴む。それと同時に怒声をかける。
「おい!」
抵抗は無かった。首を掴んだ小僧は両手を挙げて硬直し、もう一人は驚きのあまり後ず
さる。
「わかってんだろう! 出せ!!」
三橋がそう怒鳴るともう一人の少年がとっさに茂みから出ようとする。
少年の右手には夏山のけん銃があった。
(しまった、けん銃を持っていたのはもう一人の方か)
「班長! 気をつけろ、行ったぞ!」
予想はしていたがいざとなると、いつかは足が震えた。
(まさかけん銃を持った凶悪犯と対峙することになるとは……)
茂みから出てきた少年は無言のまま、片手でけん銃を構えていた。銃口はいつかに向け
られはいるが、あせりのせいか銃口はふらふらとして、定まっていない。
少年は奥歯をカタカタと鳴らしていた。
ここは機先を制さないと、そう思ったいつかは、両手でしっかりけん銃を相手の方へ突
き出し、
「銃を捨てなさい! さもないと撃つわよ!」
少年は急な大声にびくつきだす。
しかしけん銃は手放していない。距離は十メートルはある。走って奪い取るには遠すぎ
た。
(どうにかしなくちゃ。まだ相手の戦意を喪失させる手段はある。威嚇射撃をするしかない)
いつかは銃口を上空に向け、けん銃の引き金を引いた。
火薬が爆ぜる音とともに、銃口から弾丸が飛び出す。
すかさずいつかは再び声で少年を威嚇した。
「次は当てるわよ! 覚悟なさい!」
少年は呆然自失している。いつかに向けられていた銃口も今は地面に向いている。
(やった成功だ)
呆気にとられていた少年は何かぶつぶつ呟いている。そのスキを見て、いつかはけん銃
を構えながら、じわじわとにじり寄りながら少年との距離を縮める。
「銃を捨てなさい」
「……そこを……」
「何?」
「そこをどけよぉぉぉぉぉーーーーーーーー!」
再び少年がけん銃をいつかに向けて構えた。少年は今にも撃ちそうな形相だ。
(しまった。追い詰めてしまったか。どうしよう!? このままじゃ撃たれる。こうなったらもう相手を撃つしかない。でないと殺されてしまう。あたしだけじゃなく、この場にいる三橋部長も)
いつかは素早く撃鉄を下ろし、引き金に入れた指に力を加えた。
一瞬だけ狙いを定めた。狙いは少年の持つけん銃の銃身だ。
当たるかどうかはわからない。はっきり言って、射撃の腕にいつかは自信が無かった。しかし、その時だけどういうわけか、何か不思議な力を発揮した。
いつかの瞳が青色に輝き出す。いつかには自分の狙いが光っているように見えた。すかさずそこに照準を定めた。そしてリボルバーの引き金を力強く引いた。
銃声が激しく鳴り響く。
「うあぁぁぁぁー!」
少年の叫び声と共に少年のけん銃が宙に舞った。
見事に銃身に命中したのだ。まだいつかの腕は震えている。銃を握った手が動かない。しかし、ここでぼーっとしている場合ではなかった。まだ少年はいるのだ。固まった腕でそのまま銃を構えながら一気に近寄り、少年の動きを制した。
「動かないで! 両手をあげなさい!」
少年はその場で尻もちをちいて、へたれこんでいた。
すると突然、茂みの中から三橋が現れ、少年の首を掴んで地面に押し倒す。
「班長、手錠貸して下さい。俺の分はもう使ってしまっていて。」
言われたとおりに手錠を渡すと、すかさず三橋は少年の両手に手錠をかける。そしていつかの方へ向き、
「班長、無線、無線」
(そうか、終わったのだ。逮捕したんだ、けん銃を奪い取った凶悪犯を……)
いつかはその場で力つきたように座り込んで、無線マイクを取り出した。
『小鳥遊から本部』
『本部です、どうぞ』
『被疑者二名を確保、及び奪取されたけん銃も確保。応援願います。場所は……』
松山の町の夜を恐怖に陥れた事件はこれで無事に一件落着した。後は夏山の回復を待つだけだ。いつかはそう思っていた。
○
十月十五日 午前十時 松山病院
松山町の比較的規模の大きな病院の入り口にカナタとレイはいた。真っ白い外壁に、円形デザインの病院を見て、
「何か田舎町でも先端的だな。ここでも細菌兵器作ってるんじゃねぇか?」
レイがカナタの頭を小突いて、
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くわよ」
病院の個室に入るとカエデが雑誌を読んでいた。
「よう! 互いに無事に生還できたな」
カエデは雑誌を閉じて、陽気なカナタの挨拶に呆れるように溜息をついて、
「電話で報告は受けたけど、ホントにピンピンしてるわね」
「おうよ! これで晴れて任務も終ったしな。昨日はレイとツーリングしてきたぜ」
「フ、ファースト!?」
ベッドに寝ていた緑色の髪をした少女が、突然驚きの声を上げた。
「い、嫌! 来ないで!」
取り乱し始めた少女をカエデがなだめる。
「大丈夫よ。こいつは単なる人間。ファーストは死んだわ」
カナタが不思議そうな顔をして、
「なんだいこのロリータは? 俺の顔を見るなり……」
レイがカナタに
「忘れてるの? ファーストはあなたのコピーなのよ。見間違えても不思議じゃないわ」
カエデが少女を落ち着かせてから、二人に向き直り、
「こっちの事情を教えてなかったわね。この娘もチルドレンよ。名前はイレブンス。カナタ、任務は終ってないわ。今からあなた達に最後の仕事をしてもらうわよ……」
「まだ……チルドレンの生き残りが……しかもあのドジロリータ警官とはな……」
カエデが病室に置いてある花を眺めながら、
「ボスの情報は間違ってなかった。イレブンスの話と彼女がいた部屋のデータベース端末からチルドレンの正体がわかったわ。松原彰は元々ソ連軍の人体強化実験の研究者だった……。そして幼い孤児を引き取り、アメリカの地下研究施設を利用してその強化手術や訓練を施した……。知能や筋肉を常人離れさせてね。それがチルドレンよ」
カエデは花瓶の花の花びらを一枚一枚ちぎる。
「彼らを作った目的は国の中枢を動かすため……。テロだけじゃなく、行政や司法機関にチルドレンを送り込む予定だったらしいわ。警察機関に送り込まれた小鳥遊いつかもその一人……。これがチルドレン計画の全貌よ」
カエデは花瓶に入った花を取り出し、カナタとレイに突き出した。
「しかし肝心の松原の死によって計画は頓挫し、小鳥遊いつかは記憶を書き換えられて松山署に……。すでにチルドレンとして覚醒してしまったファースト達は革栄派のアジトに封印した。それを監視していたのがボス達の番犬部隊よ。しかしチルドレンの暴走は革栄派の連中の手に負えず、何も知らない私達が後始末することになったわけ……」
カエデはカナタとレイに強い眼差しを向ける。
「覚醒したチルドレンは例のように化物になるわ。また第二のファーストになる可能性もある……。いつ覚醒するかわからい以上、放置するには危険すぎるわ」
レイはカナタに目配せして、
「どうする?」
カナタは真っ赤なSmith & Wesson M500を握りながら、決意の表情をする。
「……ケリはつけなきゃいけねぇ。ボスとの約束だからな……」
カエデがカナタに、
「標的の小鳥遊いつか……。エイスは私の始末屋の仕事仲間でもあるから、極秘行動を取る形になるわ。目標ポイントは松山署。警官を殺すことになるから、始末したら二人で高飛びしなさい。手配は私に任せて」
カナタは無言で立ち上がり病室を出ようとした。そしてドアノブを握ったところで小さな声で、
「なかなかハッピーエンドにはならねぇな。こんな終わりになるなんてよ……。これで皆ともバラバラか……」
カエデが毅然とした顔で、
「ハッピーエンドばかりじゃ、笑顔もやっぱりつまんないわよ」
カナタは表情を隠しながらも震えた声で、
「だけどよ、日本語上手くねぇから、わかんねぇけど……。結局俺らは、そういうことってのを求めてるような、感じたいもんじゃねーのかな?」
○
十月十六日 午前八時 松山署 地域課司令室
指令室の中、熊田が険しい顔をしてA4用紙の書類を見つめる。室内の空気がやけに重
苦しい。
「意思は固いんだな?」
直立不動の夏山は熊田の厳しい眼差しをまっすぐ見据えながら、
「はい」
と、一言だけ答えた。
「後悔するぞ」
「承知の上です」
「ではこれは預かる。行け」
「はい」
足速に夏山は地域課の指令室を後にした。
何も考えたく無かった。夏山は今はただ無性に煙草を吸いたい衝動に駆られた。とにかく気持ちを落ち着けせたかったのだ。通りがかる人には目もくれなかった。挨拶されてもそれを返さなかった。ただ胸だけは張っていた。
臆病な自分を他人に悟られないために。
いつかは浮き浮きしながら制服に着替え、ロッカールームを飛び出した。
(今日はナツが復帰する日だ。昨日署長から貰った表彰状を見せ付けてやろう。あいつの悔しがる姿がやっと拝める。これでやっとナツもあたしのことをただのジョケイじゃないってことを認めるだろう)
そう喜び勇んで廊下を歩き出す。すると階段から夏山が降りてきた。私服のスーツ姿に目が入り、
(こいつめ、サボりの次は重役出勤か!?)
いつかは顔をきっとさせて、
「ナツ! もうすぐ配置始まるわよ。何まだ私服着てんのよ、早く着替えろ!」
しかし夏山はいつかの言葉を無視し、そのまま廊下を通り過ぎようとする。そしてすれ違いざまに、
「……もう……いいんです……」
そう呟いて、顔を伏せながら立ち去った。
「ちょっと待ちなさいよ! ロッカーはあっちよ」
夏山を追いかけようとすると、それを引き止めるように、背後から池山がいつかの肩に手を置く。
「しばらくほっといてやってくれんか。あの馬鹿こんなもん提出してきおったわ……」
池山がいつかにA4用紙を見せつけた。それには辞表と記されていた。いつかは呆気にとられた。
(何で? どうして? 事件は解決したんだよ? またもとの平和な勤務の日々に戻れるんだよ?)
いつかは夏山が立ち去った方向を向き、
「池山班長、どういうことですか!? あいつ、何考えてんの!?」
池山は首を横に振り、
「若い小鳥遊班長には理解できないかもしれんが、あいつには一生けん銃を奪われた警官というレッテルが貼られる。警察官として一生な……」
池山は夏山が出て行った方向を遠い目で見ながら続ける。
「あいつな、県警本部の刑事になるのが夢やったんよ。それもこのレッテルのせいで叶わ
なくなった。それどころか、この先どこへ行ってもこのレッテルを剥がすことができん。警察続けていく限りずっと白い目で見られることになるんだ」
池山は溜息をつきながら、
「あんたが思っているより、あいつはプライドが高い。今回の事件はあいつの心が折れる程でかい事件だったんだ。俺もかばったんだが……。それにあいつは最後まで俺の命令に忠実にしたがったけだ……」
「池山班長の命令?」
「……何があっても、小鳥遊班長の身を守れってな……」
「あっ……」
いつかは思い出した。
(そうだった。いつもナツはあたしのことを守ろうとしていた。それがうっとうしいと思
う時もあった。足手まといと思われていたと感じていた。ちがう、命令を忠実に従っていたんだ。あたしのことを守ろうとする一心で……)
「だから、あの馬鹿が辞めるような時は俺も辞める。こいつはけじめだ」
そういつかに言い残し、池山は立ち去った。
その後姿は堂々としていた。いつもひょうひょうとしている姿とは正反対であった。
池山に入れ替わるように山中がいつかのもとへ駆けつけて来た。
「小鳥遊班長、熊田班長がお呼びです」
「あたしを刑事課の捜査本部の応援要員に?」
地域課の司令室で、足を組みながら座る熊田はいつかに、
「そうだ。向こうは司法警察員一名と捜査員として巡査をもう一名を応援によこしてくれ
と要請している。巡査の人選は小鳥遊班長に任せる」
「事件は解決したんじゃ?」
「署長の頭に火がついてな、今回の一件で関わった暴走族全員を一斉検挙する方針になっ
た。といっても小さい署だから内勤も人手不足でな、地域課だけじゃなく、署の各課ばかりか、県警本部にも応援が来る大掛かりな捜査本部が設置されることになった。刑事勤務もいい勉強になるぞ」
「……わかりました。巡査の人選は本当にあたしが決めてもよろしいのですか?」
「そう言っている」
「では今朝提出された辞表をあたしに預からせて下さい。ちょうど先走って私服を着てい
る馬鹿巡査がいるんで」
熊田が眉間にしわを寄せて、
「……どう説得する。難しいぞ」
いつかは片手で力強く胸を叩いて、
「任せてください」
喫煙所には夏山以外に誰もいなかった。一人になりたかった夏山には、ちょうどいいと
思った。
愛用のマルボロに火をつけ一服する。しかし、どうも今日の煙草は不味かった。煙草の煙を見つめながら、
(もう配置は始まっている頃だろうか。まぁいいさ、あそこに俺の居場所はもうない。五
年か、短い警察人生だったな。定年の六十まで勤めて退職金二千万受け取ったら、南の島で喫茶店でも開いて、気ままな余生を過ごす予定だったんだが……)
パイプ椅子に腰を掛け、煙草をもう一服する。深く肺に入れる。
(これでいいんだ。……これで自由になれる。何にも束縛されない自分を取り戻せる……)
夏山がぼんやりと雲の流れを眺めていると、
ガツン、と突然、後頭部を殴打される。目の前の景色が揺らぐ。
(……いったい何が……?)
「何こんなところでまたサボってんのよ!」
夏山はその声聞いて、うんざりした顔をした。
(ヤレヤレ、またかよ、この小娘は)
夏山が後ろを振り向く、すると、いつかはスーツを身にまとっていた。
(……意外に似合うじゃねぇか。大人っぽくなってやがる。いや、もうすっかり大人だ。立派な警察官だ。この娘には俺なんかもう必要ない)
「……どうしたんすか? その格好」
「ふっふっふっ、ついにあたしも刑事になったのよ」
「ああ、例の捜査本部の応援要員ですか。良かったですね。向こうでも頑張って下さい」
いつかは夏山の襟首を掴んで、座っているところをいつかは無理矢理立たせた。
「何言ってんの、あんたも行くのよ」
(勘弁してくれ、これ以上わがままに付き合ってられっか)
夏山は目を反らし、
「ほっといて下さいよ。俺はもうこの仕事から……」
夏山の言葉を遮るように、さっきまで夏山が座っていたパイプイス椅子をいつかは派手に蹴り飛ばした。
「あんただけ楽させないんだからね、これを見なさい」
俺の目の前に俺が書いた辞表を突き出す。
「ああ、もう知ってるんですね。なら話がはや……」
すると、いつかはいきなり夏山の目の前で辞表をびりびりに破り捨てる。夏山は呆然とした。
(昨日徹夜で書いた辞表を……。何てことしやがるこのガキ……)
「あんたの役目を言いなさい」
「は?」
突然、いつかはさらに夏山の左頬にビンタをお見舞いした。夏山は痛そうな顔する。
「何があってもあたしの身を守ることでしょ!」
「池山班長から聞いたんですか……。もうお終いですよ……」
「馬鹿! まだ始まってもいないわよ! これからなの! 何勝手に一人で投げ出そうと
してんのよ! この弱虫! いつまでそうやって逃げるつもりなの!?」
「……俺が逃げてる?」
夏山は一瞬反抗的な目をした。しかし、いつかはその目が気に食わなかったのか、握り
こぶしで夏山の右頬を殴りつけた。
夏山はたまらず、
「今度は三度もぶった!」
いつかは涙目になっている夏山の顔を冷ややかな目で見下し、
「弱虫、あんたに汚名返上のチャンスを与えるわ。あたしについてくるか、さっき破り捨
てた辞表を惨めに拾い集めてセロハンテープでくっつけてあたしに再提出するか、好きな方を選びなさい」
「俺なんか行っても足手まといですよ……」
「あんた今まであたしのこと何も見てなかったの!? あんたの足を引っ張てても必死に
頑張ってたあたしを! だとしたら人選ミスね、他を当たるわ」
そう言い放つといつかは夏山に背を向け歩き出す。夏山はその後ろ姿を見つめながら、
(そうか、そうだったんだよな。この娘も失敗して失敗して今の自分を築いてきたんだっ
たんだな。俺のミスは取り返しの付かないことだ。何をどうつくろったところで……。けどこんなところでくさってたって何も変わらない。そんな俺に手を差し伸べに来てくれたのか……)
夏山はもう池山の命令とか、大昔の約束とか、そんなのはどうでもよく、この健気で負
けず嫌いのあの少女を守りたくなってきた。
また、一緒に仕事がやりたい、そんな衝動に駆られ、気持ちが動くと口が勝手に動き出した。
「待って下さいよ、いつか班長!」
夏山は急いで後ろから走って追いつく。いつかはにやりと笑って、
「ん? その気になった?」
夏山も笑顔で返し、
「ハハハ、いつか班長の言うとおりです。私は弱虫でした」
「そうよ、やる気無しの弱虫馬鹿」
「勘弁して下さいよ。それにしても……」
「何よ?」
「やっぱりジョケイって強いすね」
いつか班長は、はにかんだ笑顔をみせて、
「やっとわかった? じゃあ捜査本部に行くわよ。これからあたし達は刑事になるんだか
ら気を引き締めて! 今からあんたをコケにしてくれた連中をとっちめに行くわよ」
「了解!」
夏山は返事と同時に右手をいつかの前に差し伸べた。躊躇無く、いつかはその手をしっ
かりと力強く握り締めた。その小さな手を強く、強く。
○
十月十六日 午前八時三十分 松山町 廃マンション
廃マンションの窓からはM24 SWSで、警察署の夏山とやりとりしている、いつかに狙いが定められていた。照準を定めていたのはカナタだった。後は引き金を引くだけだ。しかしカナタの指に不思議と力が入らなかった。
カナタの瞳には満面の笑顔で手を握るいつかが映っている。
照準が定まらなくなった。カナタの引き金を引く指が震えていく。
いつかの朗らかな笑顔が、レイの、あの日の雨に濡まみれになった笑顔に被って見えたからだ。いつまでも撃とうとしないカナタを見てレイが、
「どうしたの?」
「俺にはできない!」
カナタは手に持つライフルを激しく床に叩きつけた。レイは動じず、冷静な顔をしながら静かな声で、
「なんで?」
「ファーストの言葉が正しいなら、お前もチルドレンだ。だがレイはレイだ。それに変わりはねぇ。あのロリータを殺すことはレイを殺すことにもなる」
「けどもし覚醒したら……」
カナタはM24 SWSを掴み、窓から放り投げた。
「その時は俺が始末する。あのロリータも……、そしてお前もこの手で殺してやる。だから、お前はずっと俺の側から離れるな! 必ず、俺がみんなハッピーエンドに終らせてやる!」
そしてレイを抱きしめる。強く、壊れる程に、レイはその痛みが心地良かった。そしてカナタの赤い頭を優しく撫でる。
「わかったわ。ずっと側にいる……」
カナタの瞳から涙が溢れて止まらなかった。胸に、心に熱いものがこみ上げてくる。
(そうだ、チルドレンだろうが人間だろうが生きていることに変わりはねぇ。生者には生きる権利がある。俺も生き抜いてやる。もう俺は死神じゃねぇんだ! この世界で抗うんだ! もうあきらめねぇ! 俺は希望になるんだ、明日を生きる、生き抜いてやる!)
廃屋のマンションの窓に朝日の光が指す。うす暗い部屋の中、抱きしめあう二人の少年少女に、その光がスポットライトを当てていた。それは眩しすぎるほどキラキラと輝いていた。
「所詮はできそこないか……」
二人がはっと振り向く。そこにはカナタと同じ髪色をした少女が立っていた。歳もカナタと同じくらいだろう。赤い髪をツインテールに纏めて、身なりはセーラー服を着ている。美少女というより美人という言葉がふさわしいだろう。そして少女の瞳が銀色に輝いている。
二人はこの少女の気配をつい先ほどまで察知できなかった。瞬時にカナタは悟った。
チルドレンの生き残りだと。
「いいとこ邪魔すんじゃねーよ、ロリータ」
刹那、雷鳴のような音が廃部屋に響き渡る。間髪入れずにSmith & Wesson M500の銃口から銃弾が飛び出す。少女との距離は八メートルもない。
弾丸が心臓を間違いなく貫く、はずだった。
しかし、弾丸は赤髪の少女に当たらなかった。見えない壁にはじけられたかのように、
逸れてしまった。
「な……」
あまりの光景に驚愕するカナタ。赤髪の少女は含み笑いをして、
「まぁゆっくり話そうじゃないか。私はチルドレンじゃない」
カナタがキッと睨みつけ、
「じゃあ、何者だ!?」
「お前たちの『親』さ」
「何ほざきやがる、処女の匂いプンプンさせてるくせに! 俺にはわかるぜ!」
自信を持って答えるカナタにレイがため息をつく。愛用のナイフを構えながら、慎重に質問する。
「あなたは誰? 何をしにきたの? 『親』ってどういう意味?」
赤髪の少女は笑みを浮かべた。
「『親』とはそのもの意味さ。子供たちから何も聞いていなかったのか? 奴らはしきりに『父様』と呼んでいたはずだが……。まぁいい率直に言うと、父親だ。君たちのね。失礼申し遅れた、松原彰だ」
二人は思わず見合わせる。カエデから聞いた話だとチルドレンの黒幕はすでにいない、と。
「松原は死んだはずだ! それに俺の目の前にいるのは赤髪のロリータしかいないぜ。本物は白髪まみれの爺のはずだ」
「あの身体は古いから新しい器に取り替えた。それがこの少女。我々が作り上げたチルドレンさ。奴らの本来の役割だ。クローンを作り、脳細胞を移植する。そして新しく生まれ変わる。警察が見たのは古い私の身体だ」
信じられない言葉にレイもカナタも呆然とする。
「さて、オリジナルがファーストに勝ったか。なかなか面白い劇だったよ。素材選びにふさわしいものだった」
レイがうめくように
「いったいどういう……」
「そもそも君たちは誰の後ろ盾で動いていたのかね? 私だよ。この劇を盛り上げるために、情報、武器、資金まで提供した。ああ、安心したまえ、お仲間のカエデ君には報酬金額は支払っている。約束に見合う対価だったよ。おかげでゆっくり観覧できた」
レイが眉をひそめる。
「まさか、ボスのバックにいたのは……」
「ああ、私だ。見上げた男だったよ。米国の忘れ種を見つけ、ここまで運んできたのだからね」
怒りの感情を殺しながらカナタは少女に聞いた。
「テメーが黒幕なのはわかった。で、何しにきた?」
赤髪の少女は妖笑を浮かべた。
「飲み込みが悪いな。我が息子よ。素材選びと言ったろう。あのファーストに勝つ強靭さ、それに正直、元の身体に近い方がしっくりくる。お前に決めたのさ。次の器に……」
「難しい日本語はわからん!」
「馬鹿なのは残念だが、脳を移植すれば問題ないだろう。奪うぞ、お前の身体!」
刹那、銃声が鳴り響く。カナタが少女に何発もの弾丸を浴びせる。しかし少女の腕の残像とともに、またも見えない壁にはじかれる。
すかさずレイがスペツナズナイフを放った。金属音が鳴り響く。少女の持っていた鞘に命中したのだ。カナタがニヤリと笑う。
「同じ手は通用しないぜ、居合いってヤツだろう。しかも俺の弾丸をスライスするんじゃなく、峰で弾いてやがったんだな」
少女は鞘を捨て、腰を落とし、右足を前に出し、背中を向けるように右手を左脇に引く。居あい抜きの構えだ。
「さすがだ、ファーストを倒しただけのことはある。チルドレンとの闘いにも慣れてきているな」
瞬時に少女はカナタとの距離を詰めた。
あっという間に懐に入り、引いた刀を振り上げる。
常人離れしたその動きに驚きつつも、カナタはとっさに両手に持っていた銃をクロスさせ、その一撃を寸前で防ぐ。
激しい競り合いが始まった。
すかさずレイが援護しようとするが、少女の銀色に輝く瞳を向けられると、身体の自由が利かなくなる。
「強化手術もしてないのによくやる!」
「実戦が俺を強くしたのさ、こうやってな」
カナタは少女の重心がかかっている右足を素早く払いのける。
よろめき倒れる少女に向かい両手の銃で弾丸の嵐を浴びせる。
しかし不意を狙った攻撃でも、その刀捌きで銃弾は全て弾かれてしまう。
すかさず少女が間合いから離れる。
再び少女が居合いの構えを取る。
「次で決める」
少女の言葉に答えるように、カナタは素早くリロードしながら語りかける。
「お前の負けだ」
少女が妖しい笑みを浮かべながら尋ねる。
「どうしてそう思う」
「まず一つ、お前は俺をなるべく無傷で倒したいと思っている。違うか?」
カナタの予告は当たっていた。少女はカナタを五体満足の状態で奪おうとしていた。
「そして二つ、素早く動くために、その刀を選んだことだ。切れ味が良さそうな分、ずいぶん細身だな」
確かに素早い抜刀を可能にしているのは、研ぎ澄まされた細身の刀だ。
「最後に、俺を舐めていることだ」
「意外に息子は賢い。だが状況は変わらん。次で決めるぞ」
「こっちの台詞だ」
刹那、カナタのSmith & Wesson M500の銃口から火が吹く。
放たれた弾丸は真っ直ぐ少女に向かって走る。
少女は瞬時に刀の峰でそれを弾こうとした。
その瞬間、少女の刀は真っ二つに砕けた。
少女は見た、自分の刀が銃痕でひび割れていたことに。
弾丸は少女の心臓を貫き、銃弾の威力は細身の少女を大きく跳ね飛ばさせた。
「俺のハンリボの威力を舐めるなよ」
数メートル先まで飛ばされ、倒れ伏した少女。カナタとレイが武器を構えながら眼前まで近づく。少女は血反吐を吐きながら呻く。
「計画は、私さえ、私さえいれば……。息子よ……意思を……私の悲願を……」
カナタが銃をしまい、血まみれの少女に声をかける。
「世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇよ。それにお前は俺の親父じゃねぇ。レイや俺を育てたのはボスだ」
カナタは毅然として言う。
「それがお前の答えか……」
「ああ、俺は死なねぇ!」
カナタの強い言葉に、少女は満足げな顔を見せた。
「フフ、お前の息子はいい男に育ったぞ、ソフィア……。私は駄目だな……。未だに死を恐れているよ……」
哀愁をしのばせた表情をしながら、少女は血まみれの手を見つめた。少女の言葉にカナタは強く反応した。
「お前! お袋のこと……」
「愛か……なつかしい……。なつか……」
少女はそこで安らかに瞳を閉じた。レイが震えるカナタの肩にそっと手を置き、静かに言う。
「黒幕の幕切れね……」
カナタは少女の手を優しく握り、レイから表情を悟られないように、
「ああ、これでハッピーエンドだ」
○
十二月二日 午前八時 秦野市郊外 張り込み場所
夜が明けた。張り込みの時間が終わった。三橋は再び眠りについたのか、車の外からで
もそのイビキの爆音を響かせる。いつかは外へ出て日の出を眺めている。夏山は落胆する。
(全く、こんなの張り込みじゃないぜ。さっきのノゾキ魔の件といい、こんなことで本当
にこの事件は解決できるのか……)
夏山は事件が暗礁に乗り上げている気がしてならない。車のボンネットに腰を掛け、煙
草を一服した。今度の味は格別だった。
(正直、オレは勇気だ、愛だのそんなのどうでもいい。ただ掴んだコブシをつかえずに言
葉無くしたくなかった。やられたらやり返す。傷つけられたら牙を向ける。ただそれだけだ。自分を無くさないために)
夜明けの朝に照らされたいつかの姿は一層眩しく感じた。夏山がここに踏みとどめるこ
とができたのもこの少女のおかげだ。
(十七歳の少女の言葉で、今のオレがここにある)
朝日に見惚れる少女に夏山は声をかける。
「そうですね、いつか班長の言う通りですよ」
「何か言ったっけ?」
夏山の突然の言葉に、いつかはきょとんした表情になる。夏山はいつかの横に並んで朝日を見つめた。
「オレたちは正義だ」
(そう正義なんだ。それを信じてこれからも戦い続けるんだ。だからどんな困難にぶつかって挫けそうになっても絶対にあきらめない。信じれば必ず正義は勝つんだ)
エピローグ ~いつかカナタの未来に向かって~
十二月十日 午前十時 夏山探偵事務所
カエデの事務所に夏山が訪れていた。ソファに座り、煙草を取り出そうとすると、コーヒーを差し出したメイド服を着た緑髪の少女に、
「お客様、うちの事務所は禁煙です」
「ああ、すまん。 ん? 確か君は……。」
「あの時は助けて頂いてありがとうございました」
「そうか、カエデの所で世話になってるのか。元気で何よりだよ」
夏山は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。お客様は……。煙草の吸いすぎは身体に毒ですよ。大事になさって下さい」
少女の言葉に思わず夏山は煙草の箱をポケットに仕舞い込む。すると奥からカエデが現れる。
「お待たせ~。今日の依頼は何?」
「今抱えてる事件の被疑者の行方を追ってもらいたい。これが被疑者の写真と交友関係のリストだ。一週間も姿をくらまして警察も正直お手上げの状態なんだ」
カエデは写真と書類を受け取ると、
「カナター、レイー。お仕事よ」
事務所の二階から二人が現れる。カエデがレイに写真と書類を渡して、
「二人とも制服着て、学生になりすまして潜入捜査しなさい」
夏山が不思議そうな顔をして、カエデに話しかける。
「知らない間に従業員が増えたな」
「ええ、こないだ大口の仕事が入ったからね。事務所の資金も大分豊富になったわ」
「そっちのコンビの腕は大丈夫なんだろうな。まだガキだろう?」
「ご心配なく、いいコンビになりそうよ」
「俺らと違ってか?」
「勿論! さぁ、レイ、カナタ、今から状況開始! 行ってちょうだい」
カナタとレイは制服に着替えて、互いに見合わせて、声を合わせるように、
「「了解!」」
そう言って事務所の裏口に出る。夏山はそんな若い二人の後ろ姿を見ながら、
「何か昔を思い出すな」
「あんたもあの頃から、この稼業やってたものね」
「ああ、最近よくあの頃の気持ちを思いだすんだ。正義ってのはなんだろうってな」
「答えは出た?」
コーヒーを飲みながら、
「ああ、なんとなくな」
夏山は事務所を出た。外は木枯らしが吹き、肌寒い。ふと空を見上げると雲と雲の隙間に太陽が顔を出した。夏山はそれを掴むように手を伸ばす。
届くはずのないものをそれでも手に取ろうとした。その陽光はただ眩しかった。しかしそれでも目を離さず、手を伸ばし続ける。
「秋空がなつかしいな……」
夏山がコートを羽織ると、後ろから突然、
「ナツー! 何こんなところでさぼってんのよ!」
いつかの元気な怒声だった。夏山は声の方に振り向くと、いつかが制服姿で仁王立ちしている。後ろには三橋が運転するミニパトがあった。
「いつか班長!? なんでここに?」
「今日は制服点検日でしょ! 何その気取ったスーツ!? 刑事になったからって、調子こいてさぼってんじゃないわよ!」
「いや、別にさぼってたわけじゃ……」
「嘘おっしゃい! さっき出て行った店、喫茶店でしょ! 看板に書いてあるわよ!」
「そんな馬鹿な……」
夏山が振り返ると、カエデの事務所には『カフェ楓』の看板が掲げられていた。
(あの女! 俺の親父の事務所を勝手に改築しやがった! そういえばあの事務所でメイド服着た女の子がコーヒー出すとか、おかしいと思ったんだ……)
「……いつか班長」
「何?」
夏山はへらへらした仕草で、
「今日の点検日はサボりまーす。皆によろしく言っといて下さーい」
そういつかに告げると夏山は一目散に車に乗り込み、急発進する。
「あ! 待ちなさい! コラー! 三橋部長! 追いかけて!」
こうして夏山はいつかに追われていく。
そのやりとりを見ているカナタにレイは、
「なんだか嬉しそうね」
「ああ、なんだか面白いやりとりだったじゃねぇか」
「そうじゃなくて、カナタが嬉しそうな顔してたのよ」
「ん? そんな顔してたかな? なんでだろうな?」
「これがあなたの望んだハッピーエンド?」
「俺は頭悪ぃから、未来とか平和とか、わかんねぇ。けどあーいうの見てると、今が一番大切なんだって思うんだ」
「ふ~ん、じゃあ今の話をしましょうか? 容疑者リストの殆どが秦野市に住んでいるわ。今すぐ行くわよ」
「容疑者は何人いるんだ?」
「リストでは二十二人よ」
「マジかよ!? それを今日中に?」
「さっさとバイク出して、仕事片付けるわよ」
「とほほ……。ドンパチが無いとはいえ、過酷すぎだろ、この人使い……」
「文句言ってる暇あったら、身体を動かして!」
「了解……」
カナタはバイクのイグニッションにキーを差し込む。するとシートに乗ったレイがカナタに、
「カナタ、雪が降り始めたわ」
カナタが空を見上げると粉雪が舞い降りてきた。
「雪なんて初めて見たぜ……」
「綺麗でしょう?」
「ああ……」
カナタには心なしか雪がシンシンと音を立てて、舗道に舞い降りてくるように感じた。その純粋な白にしばらく見とれていた。
「雪はいいわね、これが降り積もれば、この三ヶ月の出来事も綺麗に忘れさせてくれるような気がする……」
「そうだな……。ってかやべぇぞ、こんな雪の中、バイク走行かよ! 急がねぇと!」
「雪の中のツーリングも、なんだか素敵ね」
「なかなか余裕あるじゃねぇか……。すっ飛ばすぞ!」
粉雪が吹雪く中、カナタ達のZZRが白いカーテンの中に消えてゆく。季節が変わると共に、人の心も変わっていく。それを成長と呼ぶかはわからない。しかし、人は変わりゆくものなのだ。
END
本当に最後まで読んで頂きありがとうございます。最後まで読んでくれたんですね。 嬉しい限りです。
本来この作品は商業用に投稿を考えていたのですが、広く、もっとたくさんの方に読んで頂こうと思い、売れるかどうかもわからない電子書籍の話も断り、ここに投稿させて頂きました。読むだけなら無料です。お買い得です。
現在プロ作家を目指し日々仕事の合間を作り小説を執筆しております。私が小説を書き始めたのは30歳と、遅めのデビューです。けれど「小説家になろう」を今後の人生の目標にしたいと思います。死ぬまで書き続けますよ!
ラストの中心をいつかに焦点合わせたのは、本来私が書きたかったもの、伝えたかったものが警察官だったからです。正直な話を言えばまだまだ警察ネタはいっぱいあります。ただ馬鹿な話、デビューしたら続刊があるからこのネタはまだ……。という出し惜しみがありました。恥ずかしい限りです。
最後まで読んで下さった方、本当にお礼を申し上げます。
ありがとうございました!
これからも執筆活動は続けますので、応援してくれたらと思います。