第四章 ~いつかカナタのリボルバー~
いよいよクライマックスへと話は向かっていきます! 是非是非読んで下さい。
何と言っても、アクションの見所満載ですから!
第四章 ~いつかカナタのリボルバー~
夜明けは沈黙の中に沈みかけている。無機質な建物を前に、夏山とカエデは不気味さを
感じ取った。
「ここか」
夏山は看板を見た。『箱根仙石原保養所』と書かれている。
「ええ、そうよ、表向きは……。けど利用客の全ては……」
「革栄派の連中ってことか」
駐車場に七台の車が止まっているのを夏山は見た。
(最低でも中にいる連中は七人か)
周囲は不気味なほどの静けさだった。
「カエデ、グロックにサイレンサーは装着してあるな。市街地から離れているとはいえ、
銃声が響くのはまずい」
「……銃撃戦が前提ってことね。抜かりは無いわよ」
「よし、踏み込むぞ。お前は裏口から行け。俺は正面突破する」
夏山がそう言うとカエデは建物の背後に回る。そして夏山はためらうことなく、保養所
の木製の玄関ドアを力任せに蹴り破った。
施設内は灯りが点いて無かった。夏山は暗闇の中をゆっくりと歩む。行く途中にある部屋の一つ一つをくまなく調べた。
「一階は無人か……」
次に夏山は階段に向かった。階段を登るにつれ、暗闇と静寂はより一層深まっていく。
それがあまりに緊張感を与えてしまい、歩を進めるたびに、足音を立てないようにした。
階段が見えても音を殺して登っていく。
二階につくと、通路の奥に部屋があった。慎重に扉を開け、中の様子を観察する。
するとその部屋の中は仄暗く、畳み二十畳程の広いスペースがあった。中央に会議にでもつかうような大きいテーブルが置かれている。暗がりで部屋の様子はよく見えないが、洋風な趣のある部屋のようだった。
「この部屋で最後ね」
後ろからカエデが声をかけてきた。
「この保養所の寝室を全部調べたけど、誰もいなかったわ。というより、部屋を使用した
形跡すら見つからなかったわ。」
この人気のなさに、二人は寒気を覚えた。
夏山が用心してLEDライトを照らした。部屋に光が灯り、中の様子が見えてくる。するとカエデが何かを発見した。
「この奥にまだ扉があるわね」
二人の緊張がさらに高まる。つまりこの舘の人間はこの扉の向こうにいるということだ。
「下がってろ」
夏山がカエデにそう告げて扉の前に立ち、素早い動作でBeretta M92の銃口を扉に向
けた。
躊躇せずに、五発の弾丸を扉に撃ち込んだ。
そして乱暴に扉を蹴破る。しかし室内には誰もいなかった。
「空振りみたいね」
「そうでもない」
部屋の片隅にベッドが置かれている。そこには腐敗した老人の死体があった。
夏山にはその顔に見覚えがあった。そして呟く。
「……おそらく松原彰だ。手配写真と顔が似ている」
「こいつが、例のチルドレンを造った張本人ね」
「そうだ、そして革栄派の元締めの末路だ」
ライトを点けて二人は室内を物色する。
「何か手がかりなりそうなものはあるか?」
「全部処分されて空っぽよ。残っているのはそこの本棚ぐらい」
「遺言書も無い、全部お見通しってわけか、ヤレヤレ、また振り出しか」
「車は七台あったわよ。無人ってのは不自然じゃないかしら?」
カエデが疑問をなげかける。
「大方始末されたんだろ。みんな箱根山中の土の下でおねんねしてんだろうさ」
夏山はこの建物が無人だと悟ると緊張が解け、マルボロに火をつけた。
そして煙草を吸いながら本棚に背もたれする。その姿に腹が立ったカエデは文句をいっ
た。
「こんな時に呑気に煙草なんか吸って!」
「リラックスするためさ」
窓が閉められているため換気されていなく部屋に煙が舞う。
すると煙草の煙が体重を預けた本棚から吸い込まれていく。
思わず、二人がそれを凝視した。
(本棚の向こうになにかあるのか?)
夏山は思わず背筋がぞくぞくとしてきた。不意に吸いかけの煙草落とす。
「どうなってる?」
「ちょっとどいて」
カエデが夏山を押しのけ、本棚を動かそうとする。すると本棚は九十度に回転し、その
奥には隠し通路があった。夏山は唖然とした。
(なんだこのカラクリは……)
「何、ぼーとしてんの。行くわよ」
暗く狭い通路をカエデが先頭に立って進む。そして通路の奥にはまた扉があった。夏山
が再び銃を向けようとすると、
「ここはあたしに任せて」
とカエデはピッキング工具を取り出し、扉のドアの鍵穴に差込み、瞬く間に錠開けをした。そしてゆっくりとドアノブを回し、扉を開けると六畳ほどの小部屋があった。
すると部屋の奥には人がいた。少女だ。髪の色は緑色だが、歳はいつかと同じくらいに見えた。しかし鉄製の鎖で拘束されている。
ライトを照らすと眩しさに少女が瞳をゆっくりと開けた。どうやら生きているようだった。少女は夏山達を見て、か細い声で、
「あなた達は警察ですか?」
声から衰弱しているのがわかった。カエデが拘束を解こうとし、夏山が介抱しながら、
「いや、俺たちは奴らとは別で動いている人間だ。疲れているところ悪いが、今度はこっ
ちの質問に答えてもらう。お前は何者だ?」
「わたしはイレブンス、父様のチルドレンの一人です」
「チルドレンってのは一体何だ?」
夏山は眉をひそめる。
「父様の遺産です。世界を、日本を変えるために父さまはわたし達、チルドレンを育ててくれました。来るべき人民総決起のために……」
「話しが見えないぞ、お前たちは何を企んでいる」
「……革命です……」
「革命だ?」
思わず夏山の声が高くなる。
「……父様の遺志はファーストが受け継ぎました。ファーストはこの国で革命を起こすと
いっていました……」
「ファースト……。いったい何者だ?」
強い口調で少女に尋ねた。
「ファーストはわたしが覚醒のできない出来損ないだと言いました。そしてこうして軟禁
されてしまい……」
カエデが少女に上着を着せて、
「ファースト、今回の黒幕はそいつね、覚醒ってのは何?」
「チルドレンは覚醒すると他のチルドレンと意識を共有することができる、とファースト
は言っていました。そして覚醒したチルドレンは本来の役割を認識し、常人の何倍もの力を発揮できると……」
少女は咳き込みながら、
「けほっ……けどファーストと名乗る少年はそれを改ざんし、上位者としてその力を全て自分の意のままに操れるようにしました……」
「……それで、奴は、ファーストは何を企んでいる?」
「……彼は計画の決行には今日がふさわしいと……」
「……やはり今日か……。カエデ、お前が奴ならまず誰を狙う?」
カエデは両手を挙げて首を捻る。
「わかんないけど、とりあえずこの国で一番偉い人かしら?」
カエデの何気ない言葉に夏山は、はっとした顔する。
(変死体、ファースト、小鳥遊いつか、チルドレン、全てのピースは揃った)
夏山の直感が閃いた。
「奴の狙いは植樹祭だ! そこであろうことか天皇暗殺を決行しようと企んでやがる。そ
しておそらく、その引き金を握る人物は……。カエデ、この子を病院へ連れて行ってくれ、俺は急いで会場へ向かう!」
○
十月十二日 午前五時 沢北町山中診療所前
「ファーストは戻らず終いか……」
カナタが双眼鏡を下ろして朝靄に包まれた診療所を眺める。
「関係ない、診療所に突入するわ」
レイはそう呟くと樹の上から降りた。地面からボスがカナタに指示する。
「カナタはスナイパーライフルで後方支援、先端は俺が開く、レイは俺に続け」
ボスとレイが診療所を正面突破するように全力で駆けて行った。
診療所の玄関前にボスが立つと、ガシャンと音を立てて、RDI Striker 12を構えた。そして玄関の扉を派手に吹っ飛ばした。
爆発に乗じて内部に侵入する。なおもボスは診療所内で特大サイズのショットガンを打ち続けた。内側からどんどん破壊されていく診療所。爆煙に乗じてレイも突入していく。
ガラスや研究機材が壊れていく音と人の断末魔の叫びが響き渡る。
三百メートル離れた樹の上で潜みながらカナタはライフルを構えていた。
施設からチルドレンが飛び出していく。
「こりゃ派手なモーニングコールだ。おっとターゲットのお出ましか」
カナタのM24 SWSの照準に入ったチルドレンの顔に目がけて引き金を引く。
瞬時にチルドレンは頭を撃ち貫かれ、倒れていった。
「流石の化物も頭が吹っ飛びゃあの世行きだぜ、狙いははずさねぇぞ!」
そうして診療所から出たチルドレンはカナタのM24 SWSの餌食になり、次々と射殺されていく。
一方、診療所内では現れてくるチルドレン達をボスのRDI Striker 12が火をふき、強烈な火力の前に木っ端微塵にされていく。レイも隠れ潜むチルドレンをナイフで次々と切り刻む。
レイとボスのアンバランスなコンビネーションは凄まじかった。奇襲のせいもあってか何人ものチルドレン達が断末魔を上げる。
スコープで中の惨劇を見たカナタは苦笑いをしながら、
「あんなに暴れて、細菌が飛び散ってもしらねーぞ」
ボスがRDI Striker 12をリロードしながら、
「この火力ならゾンビだって地獄行きだな、どうだ、オレの自慢のストライカーの弾の味は格別だろ? 化物どもめ!」
首に突き刺さったナイフを引き抜いたレイが、
「ボス、地上の敵は殲滅したわ、けど肝心の研究者がいないわ」
レイの指摘通り、診療所内には研究機材はおろか研究者の姿は無かった。あるのは無残に転がったチルドレンの亡骸。彼らの血が床を赤く染め上げていく。二人は堂々と歩き出した。
「きっと地下に秘密基地でもあるんだろう。子どもの考えそうなことだ。ん? なんだ、この扉は?」
診断室の奥に合金製の扉があった。レイが物色すると、
「暗証番号式にロックされてるわ」
ボスがしかめっ面をして、
「面倒臭せぇ!」
爆音を響かせ、RDI Striker 12がロック箇所を破壊した。
扉を開けると地下に向かう階段がある。ボスは無線機を使い、
『カナタ、レイと一緒に地下に降りる。お前は待機してくれ、奴等の応援が来るかもしれん』
『了解、そのショットガンで細菌入りの試験管を壊すなよ』
無線機を切り、双眼鏡で周囲を見渡すカナタ、敵どころか人の現れてくる気配がない。
「しっかし暇な役割だぜ」
「ならあたしと遊びましょう」
突然、サードが双眼鏡の目の前に現れる。
「な!?」
油断した隙にM24 SWSを糸で奪われてしまった。
「何だ、俺が恋しくてまた会いに来たのかよ、ロリータ」
武器を奪われたカナタは不敵に軽口を叩く。サードは満面の笑みを浮かべ、
「前にサードって呼びなさいって言ったでしょ。フフ、この間のお礼をしてあげるわ」
サードは樹から飛び下りながら針を何本も飛ばし、それがカナタの胴体に数本突き刺さった。
「ぐ……ぐぁ……」
その針には麻酔が仕掛けられていたのだ。
カナタは壊れた玩具のように倒れて、樹の上から落ちる。
サードが冷笑をしながら倒れたカナタに歩み寄った。
「なぁんだ、もう終わり? つまんな~い」
サードがカナタの顔を覗こうとすると、いきなりカナタの両手がサードの頭を掴んで、唇を奪った。
とっさにサードが離れて、
「いきなり何すんのよ!」
カナタはへらへら笑いながら立ち上がり、
「ディープキスは好みじゃないか? あ、ちなみにこれ俺のファーストキスね。いやぁロリータの唇はうめぇな。甘い味がしたぜ」
「このクソ童貞!」
怒り狂ったサードは、何本もの針を飛ばすが、胴体に刺さってもカナタは平然と立っている。
「何で!? 麻酔が効かないっていうの!?」
「一度会ったロリータは忘れないタチでね」
カナタは制服の上着を広げ、下に装備した対刃防護衣を見せつけた。
「チッ! こしゃくな!」
サードは糸を使おうとするが、
「無駄だぜ」
カナタはライターを放り投げる。すると辺りがボッと燃え広がる。
「そいつ、金属製ワイヤーじゃなくて、人毛を改良したシロモンだろう? 確かに強度はあるが、この火の中じゃ無駄だぜ。燃えちまうのがオチだ」
サードがうろたえる。
「くっ! どうして火が!?」
「地面にガソリン撒いたからな。言ったろう? 一度会ったロリータちゃんのエモノは忘れないんだよ」
「チッ! こうなったら……」
サードは、近接戦を仕掛けようとカナタに向かって突進してくる。
「わざわざ近づいてくれてありがとよ」
素早いアクションでカナタはSmith & Wesson M500を撃った。
放たれた弾丸をサードは何とかとっさに避けようとするが、右肩がかすかに命中する。すると、その衝撃の威力のあまり、か細い身体が回転しながら数メートル先の樹に叩きつけられてしまった。
「ロリータも少しは学習しようぜ、俺のハンリボの威力、忘れたのかよ」
サードは抉られた肩を押さえながら、
「クソッ! こうなったら……」
カナタに向かって手榴弾を投げつける。
しかしカナタは間髪入れずに蹴り返す。黒い弾はサードの手元に戻った。
「え!?」
サードが驚きの表情を浮かべると同時に、手榴弾が爆発した。爆音とともに盛大に燃え上がる。
「言ったろ。少しは学習しろって。あーあもったいねぇ。あんな可愛いロリータが……」
カナタは周囲を見渡し、
「しかしまだ敵がいたか……。ボス達が心配だ。サード……。三番目か、ってことは二番目か四番目がいるかもしれないな」
カナタは燃え盛るサードの亡骸を見つめながら、
(悪いな、ロリータ、俺がそっちに行くのはレイを抱いてからだ)
診療所の地下には細菌プラントが作られていた。そしてウィルスの精製ができた今、伊
吹はチルドレンに始末されようとしていた。怯えきった伊吹を見下ろしながらチルドレンの一人が、
「こいつの始末は私がやるわ。フォースは上の襲撃者をやってくれない?」
もう一人がニヤリと笑いながら、
「セカンド、やってくれじゃなくて、やれだろう? OK、任せろ」
セカンドは注射器を取り出し、伊吹の前に見せ付けた。
「どうです? 研究の成果が身をもって体験できるでしょう?」
セカンドが伊吹の震える右腕に注射針を刺そうとする。
刹那、鋭利な刃物が投げつけられ、注射器の針が真っ二つに割れた。
「どうやら間に合ったようね」
レイとボスが駆けつけた。
「……襲撃者か思ったより早かったわね」
ゆらりとセカンドが立ち上がり、常人では考えられない速さでレイに襲い掛かった。
レイが牽制に数本のナイフを投げるが、ことごとくかわしてしまった。
セカンドはナイフをかわしながら、レイの眼前に迫り、肉薄する。
援護射撃にボスがRDI Striker 12をセカンドに目がけて撃ち放つが、寸前のところでセカンドは避ける。
「レイ! このすばしっこいのは俺が相手する。お前は研究者を救い出せ!」
ボスはRDI Striker 12を連射した。
しかしセカンドには当たらない。
「ゴキブリみたいにちょろちょろ動きやがる!」
セカンドの俊敏な動きに翻弄されながらボスは応戦する。
一方、レイは伊吹を救おうとする。
「大丈夫?」
しかし助けられている伊吹はなおも怯えた表情をする。瞬時にレイは後ろの気配を感じ取った。
ナイフを取り出し、振り向きざまに斬撃を繰り出した。すると奇襲をしかけようとしたフォースの警棒の攻撃がレイのナイフにぶつかる。
「へぇ、やるじゃないか」
フォースは薄ら笑いを浮かべながら、
「君にはこんな玩具いらないかな」
と、警棒を投げ捨てた。それを見た瞬時に悟った。
(こいつは警棒を『玩具』と言った。武器を使うタイプじゃない。必ず肉弾戦を仕掛けてくる。愛用のナイフには毒を塗った。刺しさえすれば負けない)
レイは愛用のスペツナズナイフを構え、距離を取りながら近接戦を繰り出す。しかしフォースは迫ってきた刃を避けずに手のひらでナイフを受け止め続けた。
フォースの手からは金属がぶつかるようなキンとした音が響き、その手には傷が見られない。
「馬鹿な! ナイフの刃が通らないなんて……」
「僕は全身硬化しているから刃物は効かないよ。相性が悪かったね」
するとフォースが手刀を繰り出す。
レイはナイフで受けとめようと考えたが、念のため横ステップで回避した。
するとその背後の壁が真っ二つに切り裂かれる。
「いい判断だね」
フォースは歪んだ笑みをし、レイは舌打ちした。
(チッ! 毒仕込みのナイフは通用しないか……。しかもこいつの手刀や蹴りはナイフ以上の切れ味だ。避けるしかない。けど肉弾戦なら、あたしだって!)
レイはナイフをしまい、肉弾戦に挑んだ。
フォースの嵐のような手刀を巧みにさばき、がら空きの下半身に目がけて、足払いをした。フォースは姿勢を崩し床に倒れる。
すかさずレイは、片腕を間接技で極める。そして立ち上がらないように首の付け根を足で踏みつけた。
しかし倒れ伏したフォースは余裕の笑みを浮かべる。
「ハハ! 凄いねぇ! 単なる人間がこの僕を地べたにつかせるなんて……。だけど痛覚の無い僕に間接技はきかないんだ」
フォースは逆の手でレイを掴みあげ、投げ飛ばした。
レイは壁に叩きつつけられ、倒れてしまう。
一瞬レイには何が起きたのか理解できなかった。無理もない自分の必殺技がこうもあっさり破られてしまったのだから。
そのままフォースは困惑したレイをマウントポジションに取り、試験管を取り出した。
「残念だけど僕らは人間じゃないんだ。下等な人間はこのウィルスで死滅させる。今頃、ファーストが派手な花火を打ち上げる。その隙をついてこのウィルスを東京にばら撒く、日本中にばら撒く、いや世界中に……。そしたら下等な人間は淘汰されていく……」
フォースが不敵な笑みを浮かべ、レイの眼前に試験官を見せびらかす。
「皆死ぬのさ、その上に僕らチルドレンが立つユートピアを作り出す。凄い、凄いよ。ファースト!」
「あなた達の思い通りにさせない!」
「何言ってるのさ。この立場を考えてよ。僕は君を思い通りにできるんだ! アハハハハッ!」
「笑う時くらい口は押さえておきなさい」
「ハ!?」
レイは袖の裏に仕込んだスペツナズナイフの刃を射出させた。
そしてそれはフォースの口の中へと突き刺さる。途端にフォースは仰向けに倒れ伏した。
レイはよろめきながら立ち上がり、顔中血まみれになったフォースの躯を見下ろす。
「自分が万能だと思っていたらとんだ勘違いね」
「全くその通りね」
突如、レイの背後に突如セカンドが現れる。
振り返ると、後ろにはボスが血まみれで倒れていた。
レイの背筋に戦慄が走る。
「ああ、後ろのゴツイ奴は助からないわよ、あの血の量じゃ。代わりに右腕をやられたか……。まぁ普通の人間にしては頑張った方かしらね」
レイは一歩後退した。
(まずい、武装がない。しかも奴の身体能力は異常だ。ボスがやられるなんて……。このままじゃ殺られる)
「私はフォースみたいなマヌケじゃないわよ。覚悟なさい」
レイは攻撃を仕掛けようとするが、その隙すら与えられず、首を掴まれ、そのまま締められる。
「このまま縊り殺してやろうかしら、それともこのウィルスの実験体になってもらおうかしら?」
セカンドが注射器を取り出し、レイの細腕に針を突き刺そうとした。
レイは死を覚悟し、思わず瞼を閉じる。
「オイ、そいつは俺のエモノだ。手を出すな」
撃鉄を引くカチャリとした音が聞こえた。
セカンドが振り返ると、カナタが至近距離でSmith & Wesson M500を構えている。
刹那、セカンドの頭に銃弾が撃ち込まれた。
セカンドは銃の威力で身体が吹き飛び、あっさりと絶命する。カナタはニヤリと笑い。
「よぉ、お姫様。助けに来たぜ。ってこれで好感度アップか?」
しかしレイはカナタをスルーし、ボスの元に駆け寄る。
「ボスが、ボス! 死なないで! カナタ! ボスを助けて!」
いつもは冷静なレイが取り乱す。
「ぐう……」
呻いたボスの胸からは血が溢れ出てくる。
レイは涙を流しながら、止血しようとする。
「カナタ、レイ、俺のことはいい……。施設を燃やして研究者を保護しろ……」
カナタは頭を掻きながら、
「……了解。しかし少し命令違反を少しするぜ」
そしてカナタはボスの巨躯を肩に担ぎ上げる。
「愛しのロリータの頼みだ。俺はボスを上まで運ぶ。レイはこのぶっそうな施設燃やしてくれ」
「……任務は完遂する。……ボスの命令だから」
カナタは伊吹に目配せしながら、
「姉さんも、今後危ねぇ研究は止めてくれよ。マッドサイエンティストになるところだったぞ」
「わ、わかったわ。私ハメられてたのね……」
顔を青ざめた伊吹が肩をわなわなと震わせていた。
「ああ、悪魔の囁きってやつさ」
燃える広がる研究所を後にする四人。
燃え上がる研究所を眺めながらカナタは倒れているボスに声をかける。
「ボス、任務終了だぜ。見ろよ、あの炎を」
「終ったか……。残りはファーストだな。俺はここに置いていけ、レイ、カナタと奴を追え」
「いやです。病院に……!」
「……この傷じゃ助からんさ。レイ、命令だ」
うろたえるレイの肩に手を置いて、カナタが真剣な眼差しでボスに、
「ボス……。言い残すことはあるか?」
「言いたい小言が山程あって何から言えばわからんな……。ただな、カナタ」
「何だ?」
「お前は生きろ。生き抜くんだ。それが俺の願いだ。お前のようなガキがこのまま過去に縛られ、消えていくのは耐えられん。馬鹿なお前でもこの戦いで何かを学んだろう。それが何かは今のお前にはまだわからんかもしれん。だが、どんな手をつかってもその答えを探し出せ。あれを見ろ」
ボスが指差す方向には、山間からの眩しい朝日が昇ろうとしている。
カナタはそれを呆然と見つめた。
「これからはお前がチームの希望になるんだ。」
「おい、ボス……」
「いいか! もう『いつでも死んでもいい』などという考えを持ったら、許さんからな!」
カナタは力強くボスの手を握る。
「……わかった。約束しよう」
そしてボスはレイに優しい顔で、
「レイ、すまんかったな。俺の戦いに巻き込んじまって……。本当なら学校に通い、制服を着て、友達作って、普通の女の子の生活をさせてやりたかった……。俺を恨んでいるだろう?」
レイは精いっぱい首を横に振り、ボスに抱きついた。必死に、強く、強く。
「そんなことない! 私はボスと仲間がいればよかった! だからお願い……ボス! 死なないで! カナタ……、何とかしてよぉ!」
涙声のレイの切実な願いに、カナタは顔伏せて、
「……すまん」
ボスがかすれ声で、
「すまんが、煙草を一本くれんか。もう手が動かねえ。カナタ、お前が火をつけてくれねえか……」
カナタが煙草を取り出し、それに火をつける。ボスは満足した顔で一服する。
「ああ、旨いぜ。仲間を殺した野朗にこれで一泡吹かせたと思うと気分がいい……。……なんだか疲れちまったなぁ……」
咥えた煙草を口からこぼし、ボスは静かに瞼を閉じた。
二人はその瞼が二度と開かないことを察した。
思わずレイはカナタの胸に泣きついた。そして子供のように泣きじゃくった。
カナタは今まで見たことの無いレイの弱さに、ただ優しく頭を撫でるくらいしかできなかった。
カナタはカエデに事の次第を通話報告した。
「カエデと連絡が取れた。目標は足柄山中で元号表記が変わることを企んでやがるらしい。俺は奴を仕留める。レイは伊吹さんと一緒にカエデのいる病院に……」
「あたしも行くわ。あいつは仲間を、そしてボスを殺した仇……。この手で始末するわ」
レイの決意のある眼差しを見たカナタは頷いて、
「……わかった。じゃあ乗れ」
カナタは車のエンジンをかけた。ボスの愛銃Desert Eagleをじっと眺め、懐にしまう。
レイはボスのRDI Striker 12が突き刺さった墓に敬礼をして、
「ここで見ていてください。ボスの悲願を叶えます」
カナタも車からボスの墓を眺めた。
ボスのRDI Striker 12が朝日に反射して眩しかった。
「……太陽か……」
眩しい朝日が雲をかき分けて昇ろうとしていた。
○
十月十二日 午前九時 足柄山中 植樹祭警備本部
「遅い、遅すぎる。連絡も一切無し。ナツが来てない……。遅刻なんて何考えてんの? 今
日は植樹祭の警備勤務だっていうのに」
いつかは苛立ちを現にした。植樹祭の会場はすでに人だかりでいっぱいだった。式典も
まもなく始まろうとしている。正直言って猫の手も借りたいぐらいの忙しさだった。
警備本部のテントから熊田が出てきた。不機嫌さが顔から滲み出ている。
「ナツの奴、今日は病欠だそうだ。すまないが配置変更で東側のA棟の警備は小鳥遊班長、
一人で行ってくれ」
いつかはそれを聞いて心が折れそうだった。
(そんなぁ、たった一人ということは、交代無し、休憩無しで丸一日通しで警備をしなく
ちゃいけない。おのれ、ナツ。明日になったら文句の一つや二つじゃすまさないんだから)
「ん? 聞いているのか?」
「あ! ええ、はい、わかりしました」
「A棟は式典から離れていて、おそらく人気もないだろうが、厳重に警戒に当たってくれ。
確かここから三百メートルぐらいの所だったか。展望台があるから、遠方からの会場の警戒を頼む」
「了解」
いつかは敬礼をして、その場を立ち去った。
(人気の無い配置、明らかに貧乏クジだ。休みも無いない上に暇だなんて……。とほほ……)
とぼとぼと配置場所のA棟へ向かう。
配置場所にいつかが到着した。丘の上に一本の銀杏の大樹が植えてある。
熊田の言う通り、展望台からの見晴らしは絶景だ。確かに会場の全貌が見渡せられる。
それどころか式典の様子も丸見えだ。場内には人だかりができている。
今まさに植樹祭の式典が始まるところだ。
(ただ、この距離じゃ人の姿なんて小さ過ぎて、よく見えない。異常の有無なんてわかりはしないだろう。まぁいいか、今日はずっとここから植樹祭の見学でもしてよう)
周囲に腰を掛けるものがないので、いつかは銀杏の木に背を持たれる。
(それにしてもこんな大事な日にナツは……。病欠なんてウソに決まってる。絶対にサボ
りだ。ホントにやる気があるんだか無いんだかわかんないヤツだ。この二ヶ月、コンビを組んで見てはっきりしていることは、ナツは未だにあたしのことを子ども扱いしている)
いつかは展望台の上で叫んだ。
「今に見てなさいよ! ただのジョケイじゃないってところを見せてやるんだから!」
『そうだ、君はただの人間じゃない』
周りには人気がないのに声が聞こえた。
『この声が聞こえるかい?』
(いったい何なの?)
耳からではない、頭の中に響く感覚をいつかは受けた。
『目覚めろ、そして覚醒しろ。エイス』
そしていつかは麻酔でも打たれたかのように意識が遠のいていった。
(ダメ……。あたしが……あたしでなくな……る……)
『聞こえるかい? エイス、君にファーストミッションを与える。こっちにおいで』
会場から遠く離れた神社の社の広場に二人、少年と少女が向かい合っている。
「僕のことをおぼえているかい、エイス?」
「はい、あなたはファースト、父様の最初のチルドレンで最後の意思を継ぐ上位者」
意識が混濁した状態でファーストの言葉に答えるいつか。
「いい子だ、君にはこの銃を渡しておくよ。これをつかってファーストミッションを完遂
させてくれ、エイス」
「わかりました、ファースト」
いつかは無表情でファーストからColt Pythonを受け取る。
「それにしても君にまた会えるなんて嬉しいよ。こうして言葉を交わすのは特殊施設以来
か。せっかくの幼馴染の再会だ。今日の祭りは派手にやろうか」
「わかりました、ファースト」
いつかは感情の無い声で返答し、頷いた。
「計画が終わったら、またここで会おう。案内するよ、僕たちの新しい家に。そこでまた
他のみんなとも再会を祝おう」
「わかりました、ファースト」
ファーストに背を向け、いつかはふらふらとした足取りで歩き出す。ファーストは携帯電話を取り出したが圏外であった。
「困ったな、向こうの花火の話を聞きたかったのに……。まぁいいか」
木漏れ日の光を眺めながら機嫌よさそうにファーストは物思いにふける。
(今日は何て良い日和なんだ。僕らの計画の船出には最高じゃないか。それにしても可憐
に育ってくれた、エイス。けど、まだだ、まだ足りない。覚醒した僕たちが決起して革命を成就させるんだ。そしてみんなで宴を開くんだ、勝利の美酒を乾杯するんだ。これはその第一歩だ)
コートからファーストはTokarev TT-33を取り出した。
「それじゃ僕から動くとするか」
ファーストは、ひょいっと、社の屋根に飛び乗り、そこからの景色を一望した。
会場はすでに式典が始まっていて、場内に人の群れができているのが良くわかった。
そしてそのメインゲストも……。
ファーストは両手で拳銃を握り、狙いを定める。
目標までの距離は五百メートルもあった。
(この距離じゃ外さない。人民に象徴は不要だ。消えろ)
ファーストが銃の引き金を引こうとする。
しかし指に力が入らなかった。
気付くと右肩から血しぶきが噴き上げてしまっている。
「ヤレヤレ、そんな離れた位置から狙おうとしたのか? 確かに常人離れしているな」
ファーストが社の屋根から広場を見下ろすと夏山がこちらに銃を向けていた。
「あなたは……あの時の警官……」
「職業柄、一度見た顔は忘れないもんでな。やっと見つけたぞ。チルドレン。こっちはサ
イレンサー仕様ベレッタ92m、暗殺にはとっておきの代物だ。そんなチャチなロシア製のトカレフと違ってな」
夏山がファーストを睨みつける。
「チルドレンっていっても、人と同じ赤い血が流れるんだな。おっと、動くなよ。次は左腕、そして左足を撃つ」
銃を左手に持ちかえようとファーストが左手を動かそうとすると、夏山は瞬時に左肩に
目がけて引き金を引く。銃口から鉛の弾が放たれた。
しかし銃弾の先にファーストの姿はなかった。
「な!?」
(見失った? いや違う消えたんだ。今この目の前で……)
あまりのことに驚愕した夏山は、とっさに茂みに隠れつつ、ファーストの姿を探す。
神経を集中させ、耳を澄ませても気配が感じ取れなかった。
「ここですよ」
声の方角に顔を向けると、ファーストは夏山の真上の樹の上に立ちTokarev TT-33を構えていた。
ファーストの左手から凶弾が数発放たれる。
不意をつかれた夏山は回避ができず、弾丸は胴体に命中する。足の骨が砕けたように、夏山は地面に崩れ倒れた。
ファーストが夏山の足元に着地した。そして冷ややかな目で見下ろす。
「予告が仇になりましたね、銃口を見れば一度見た銃弾ぐらいかわせます」
ファーストが夏山の顔を踏みつけた。
「動くなと言ったろ」
夏山は上着の下からBeretta M92を隠し撃ち、銃弾がファーストの顔面を目がけて放たれる。
ファーストは紙一重でかわそうとするが銃弾は額をかすめ、顔が血で滲み、右目の中に血が入る。
視界が遮られた隙を夏山は見逃さず。左腰に装備していた警棒を居合い切りのようにファーストに打ち付ける。
しかし片手でいとも簡単にガードされた。
二人はとっさに距離を取った。
「なるほど、確かに化物だな。防弾チョッキをつけて正解だったぜ」
ファーストは痛みなどないのか、傷をおさえようともせず、夏山に話しかける。
「ただのおまわりさんじゃないですね? 何者です? 私に気付くなんて……」
「愚問だな、オレの正体を知ってどうする」
夏山は瞬時に後ろに飛び、すかさずBeretta M92の銃口をファーストに向けた。
弾丸の嵐を浴びせる。
しかしファーストはそれを華麗に踊るように避わし続けた。
「愚かなのはあなたですよ。私の言ったことを忘れたんですか」
ファーストはTokarev TT-33から銃弾を放つ。
だが夏山は避けようとせず。逆にBeretta M92を構え、引き金を引いた。
すると、ファーストの凶弾と夏山の弾丸がぶつかり合った。弾け合った弾丸は閃光を上
げる。
「馬鹿な!」
ファーストが信じられないと言った顔をした。
「人間離れしているのはお前だけじゃないんだぜ。それより今のが最後の一発だったな。
ちゃんと弾数はカウントしてたぜ」
夏山は不適な笑みを浮べ、弾丸をリロードする。
「ちっ!」
ファーストが舌打ちすると、腰からサバイバルナイフを取り出した。夏山は冷静にその行動を見極めた。
(飛び道具としてつかうつもりか? それとも接近戦に持ち込む寸法か? 迷うことはない。有利なのはこっちだ)
夏山は構わずBeretta M92の引き金を引いた。
しかしファーストは避けるどころか、迷いも無く夏山目がけて肉薄する勢いで、突進し
て来る。そして放たれた弾丸をナイフの峰で打ち弾いた。
距離を詰められた夏山に凶刃が襲い掛かる。振り下ろされるナイフ。
だが夏山も逆に距離を詰め、振りかぶった腕をとらえた。
そして自分の懐にまで引っ張りこみ、小手返しを繰り出した。そして地面に思いっきり
叩きつける。すかさず銃口を地面に伏したファーストにむける。
大抵の人間はそれで悶絶するが、ファーストは痛覚がないのか、それともダメージを受
けていないのか、倒れた瞬間に撃ち込まれた弾丸が身を翻して避けられた。
夏山の額から冷や汗が滴る。
(手強い……。しかしヤツの右目は塞がっている。死角を攻めてやる)
再び間合いを離れ、ファーストの死角に回り込む。
そして執拗に弾丸の嵐を浴びせるがことごとくダガーナイフで弾かれ、再び近接戦に持ち込まれる。
(来いよ、また防いでやる)
しかし夏山に誤算が生じた。
ファーストはダガーナイフを投げつけてきたのだ。
途端にまた突如、姿を消した。
(また見失った!? いや、さっきの奴の行動を思い出せ……。消えた後に奴は!)
とっさに上空を見上げた。
するとファーストはダガーナイフをもう一本取り出し、上空から突き刺すように夏山に襲いかかって来た。
「切り札は最後にとっておくものですよぉ!」
「同感だぜ」
「何!?」
夏山は投げられたナイフを左足に刺される形で防いだ。
そしてすかさず隠し持っていた二丁目の拳銃をホルスターから取り出し、上空のナイフをクロスさせて防御した。
銃とナイフのつば競り合いに火花が散る。
とっさにその場を離れようとしたファーストだが、夏山は瞬時に二丁分の弾丸の嵐をお見舞いする。
弾丸がファーストの左腕を貫き、血が吹き出た。
勝敗は決した。両腕の自由を失ったファーストに勝ち目はなかった。
「人間のクセに……。やりますね」
「おしゃべりしている余裕なんてあんのかよ、その銃創じゃ手当てしないと出血多量で死
ぬぜ」
追い詰められているファーストが不敵に笑う。
「余裕? それはこっちのセリフです。もうすぐファーストミッションが始まる。あなた
が警官なら、僕にかまっている余裕はありませんよ」
「どういう意味だ」
『計画変更、エイス。君が今回の主役だ』
「この場に僕一人しかいないと思っているんですか? 良かったですよ、念のために保険
をかけておいて。僕の同志が代わりを果たしてくれます」
「動くな」
夏山の制止の声もかまわず、ファーストはこの場から立ち去ろうとした。
夏山は躊躇無く銃弾を右足に向かって放つ。
しかしそれをファーストはひらりと避けた。
「言ったでしょう、銃口さえ見れば、弾道を見抜くなぞ造作もありませんよ」
「いったい何者だ?」
「愚問ですね。答える意味なんかありません。それよりもあなたもここを立ち去るべきで
しょう。祭りはこれから始まるんですから。今回の主役はエイスに譲ることにしました」
「エイス?」
「フフ……、覚醒したばかりですが十分役目は果たしてくれますよ」
思わず夏山は舌打ちした。
「……小鳥遊いつか……、それがエイスか……」
ファーストが再び立ち去ろうとすると、夏山が銃を構えて警告する。
「動くなと言っている」
ファーストは血で染まった顔を拭いながら、
「そうか、場所がわからなきゃあなたも僕から離れられないんですね。彼女なら東の展望
台にいますよ。手遅れかもしれませんが、今から行けば間に合うかもしれませんよ」
「そんな言葉に誰がのるか」
「信じるしかありませんよ。それともこのまま睨めっこを続けますか?」
「チッ!」
夏山は渋々、銃口を下げた。
「それではおまわりさん、またいつかどこかで会いましょう」
ファーストは社の屋根へ飛び去った。
「クソッタレ!」
夏山はファーストの後を追おうとしたが、優先順位が違うことを悟り、いつかの元へ向
かうため、ナイフで刺された左足の応急処置を余儀なくされた。
ファーストは追っ手が来ないことを確信すると、静かに歩き出した。
(エイス、成功させてくれ。僕らの悲願を)
ファーストは血まみれの自分に気付く。腕からも、顔からも血が溢れていた。
それを見つめながら、
「革命には血が伴うか……。ハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
ファーストは渇いた声で笑い出す。
「本当に僕らの船出にはふさわしい日じゃないか。」
先ほどまで晴天だった空は暗雲が蠢いていた。
夏山は走りながらぼやき始めた。
「本当にヤレヤレだ」
(いつか班長とコンビを組んでろくなことがあったもんじゃない。補導の時はガキ共に馬
鹿にされる。切符切りを丸一日やらされるわ、一人勤務にしたら暴走族の集団に単身突っ込んでくるわ。正直言って散々だった)
夏山は拳を握り締めた。
(けどな、俺の大切な仲間で、相棒なんだ。それに大昔に約束をしたんだ。ピンチの時は助けてやるって、守ってやるって約束したんだ)
夏山は傷を受けた足の痛みも忘れ、山道をがむしゃらに走った。走り続けた。
ファーストの言った通り、東の方角へ真っ直ぐ突っ走ったら、確かに展望台にいつかがいた。
けれど様子がおかしい、というよりその姿は夏山を驚愕させた。
その幼い容姿には不釣合いなゴツイ拳銃を両手に構えていたのだ。
銃口は会場に向けられている。いや、その銃口の先はもっと狙いをすまされていた。
その凶弾の的は……今上天皇であることを夏山は理解した。
「させるかよ!」
自分自身でも信じられないぐらいの勢いで夏山はいつかに猛然と駆け向かっていく。
至近距離まで近づくと夏山の両眼が認識した。いつかの所持している拳銃は回転式型拳
銃Colt Python、357マグナム弾の発射に耐え得る剛性を併せ持ち、命中精度も高い。
(まずい。あのバケモノ拳銃の撃鉄が引かれていく)
夏山には拳銃の引き金をそえる指に力が加わっていくのがスローモーションで見えた。
「間に合え!」
ドン!
今のは、夏山がいつかにぶつかった音だ。
衝突した瞬間に、夏山は間髪入れずにColt Pythonの撃鉄の間に左手の人差し指をは
さみ込む。そして右手でいつかの手首ねじり、拳銃を奪い取る。撃鉄をゆっくり押さえながら戻す。回転式拳銃ならこれでもう暴発の心配はない。夏山は拳銃をその場から払うように投げ捨てた。
(これで一安心だ)
と思った途端、夏山は天空を舞った。
空が青い。そして地面に叩きつけられる。
受身をとったからダメージは少ないが、何が起きているのか夏山は理解できなかった。
しかし考える暇も与えずに、地べたに倒れこんでいる夏山は馬乗りにされる。
夏山の腹の上にはいつかがいた。
(いつか班長だ、様子がおかしい。というか瞳が虚ろで、しかも何故か青色に輝いている)
「計画の阻止者は排除」
抑揚の無い声で呟きながら、小さい両手で夏山の首を絞めようとする。夏山も両手でそ
れを防ごうとするがもの凄い腕力であった。
夏山はまるで百キロを超える重量級の柔道家と寝技をしているかのような気分にさせられた。とても十七歳の女の子のこのか細い両腕のものとは思えなかった。
(これが例の覚醒ってヤツか、今のいつか班長はまだ正気じゃない。どうすれば元に戻る
か拘束されていた少女に聞いておくんだった。このまま腕比べしてたら確実に首の骨がへし折られる……)
「目を覚ましてくれ! いつか班長!」
「計画の阻止者は排除」
相変わらず無感情な声で夏山に死の宣告を告げる。
力負けは明白であった。
夏山の必死の抵抗もむなしく、小さな両手がじわじわと首元に近づいていく。
(まずい、洒落にならん。マジで殺される。こんな時こそ火事場のクソ力が出るんじゃな
かったのか。いつか班長、一生のお願いだから正気に戻ってくれ。でないと殉職時の退職金がカエデの懐に納まってしまう)
いつかの細腕に力負けして、その繊細な指が喉元にじわじわ近づいていく。
(このままじゃダメだ。解決策を考えろ。といっても、手段は一つしかない。いつか班長が正気に戻ってくれることだ。どうすればいい? どうする? さぁどうする? 元の記憶を呼び戻す方法は……思いつかん! この際だ、今まで黙ってたこと全部洗いざらい叫んでやる)
「小鳥遊いつかっ! オレを覚えているか!? 俺はお前の相勤者でいつも新人のお前を
小馬鹿にしてた。ナツだっ! 仕事が出来ないのに必死になって頑張ってヘマしているお前をいつもほくそ笑んで楽しんでいたナツだっ!」
「……ナツ……」
(お、反応有りだ。助かるか?)
「……ターゲット、ナツ……。……排除確定」
(……ダメだ、よりいっそう力が加わっていく……)
小さい両手の爪が首に食い込み、凄まじい握力で頚椎が軋んでいく。
(このままじゃ、死んでしまう。クソっ、これだけは言いたくなかったんだが、もうどう
でもいい。これが今際の際になるのか……)
「小鳥遊いつかっ! 昔の約束を覚えているか!? 勇者様が来たぞ! 君がピンチの時
に助けに行くって約束を守りにきた正義の勇者様だ。お姫様、目を覚ますんだ!」
いつかのか細い両腕を握っている手が震えているのが夏山にはわかった。
「俺はあの時の約束を守りに来たっ! あの日のことは片時も忘れたことはないぞ!」
いつかの頬に雫が落ちていた。
夏山は必死にもがき叫んでいて、今まで気付かなかったが、いつかの青色の瞳から涙が
あふれていた。
そして夏山をくびり殺そうとした両手が離れていった。いつかはその両手で頭を抱えて呻き始めた。
「……覚えている……覚えている……けどあたしはチルドレン……」
夏山はいつかのか細い両肩を強く握り、
「違う、小鳥遊いつかだ! 松山署の、足柄交番の警察官だ!」
それでもいつかは頭痛に苦しむかのように頭を手で押さえて、
「……あたしは……エイス……」
「違う、お前は俺の相棒、ジョケイのいつか班長だ!」
「……ジョケイ……?」
涙でいっぱいのいつかの両眼が青色から元の黒い瞳に変わっていった。
すると夏山は両手で彼女の顔をはさむように押さえ、そして真剣な眼差しでじっと見つ
めながら力強く呼びかける。
「そうだ、そして俺たちはかけがえのない大切な仲間なんだ!」
「……な……か……ま……」
途端にいつかは糸の切れた人形のように支えをなくして、夏山の胸元に倒れこむ。
(……どうやら助かった……)
夏山は十年ぶりにいつかの頭を優しく撫でてやった。
マルボロを吸いながら、夏山は植樹祭の式典が終わったのを展望台で見届けた。
そして投げ捨ててあったColt Pythonを拾い上げ、懐にしまい、携帯電話を取り出し
た。
『カエデ、こっちは解決した。野郎の顔写真もバッチシ撮っといたから、警備課の連中に
渡して、極左暴力集団の親玉ってことにして全国に指名手配してやる。女の子の方はどうだ? ……そうか衰弱がひどくてしばらく入院か。あの子が退院次第すぐに動くぞ。例のガキ共を根絶やしにしてやる! 野郎はこの俺をマジで怒らせた! 詳しい報告は夕方病院で会った時にしよう。しばらく奴等も大人しくしているだろう』
夏山は携帯電話をしまい、煙草を携帯灰皿にしまう。
しかし後ろを振り返ろうとした瞬間、顔を吹っ飛ばされた。
右頬を殴打されたのだ。夏山を殴った相手はいつかであった。
いつかはためらうことなく夏山の胸倉を掴み、倒れこんだ夏山を無理やり立たせる。
いつかの瞳は青色ではないが、目が据わっている。
(しまった。油断していた、まだ正気に戻っていなかったのか……。どうする? さぁど
うする? いったいどうすれば正気に……)
「あんた、今日病欠じゃなかったの!? 何堂々とサボりに来てんのよ!」
いつかがそう可愛い怒鳴り声を上げると同時に、今度は夏山の左頬を握り拳で殴りつけ
た。
「二度もぶった!」
思わず夏山は悲鳴を上げた。
「これは仕事をいー加減に考えてる部下に対する上司の教育的指導よ!」
しかし夏山は頬を押さえながら安堵の息をついた。
(よかった、殴られた痛みは少ない。覚醒の時の馬鹿力は無いようだ。しかも言動から推
察するにいつものいつか班長だ)
いつかが無線機を取り出す。
『A棟から警備本部、サボり魔を一匹発見。すぐに確保してそちらへ連行します』
だが、夏山のピンチはまだ去っていなかった。このまま捕まったら勤務員に袋叩きにさ
れてしまう。夏山は平静を取り戻し、
(ここはひとまず逃げよう。全力で!)
「ちょっと待ちなさい! あたしから逃げられると思ってんの!?」
逃げ出す夏山をいつかが追い回す。
(なんでこんなところで十七歳の女の子と追いかけっこしなきゃならんのか。ひとまず安
心と思っていたのはまちがいだった、きっとおれの受難はまだ続くんだろう……。チクショウ、刺された足が痛ぇ!)
「ナツー! 待ちなさい!」
夏山は一雨降りそうな澱んだ空を見上げて、気落ちする。
「ヤレヤレだぜ……」
○
十月十二日 午前十一時 足柄山中
ファーストが吊り橋をよろよろと渡りながら、植樹祭の式典の様子を眺めていた。
「船出は失敗か……。エイス……。けど僕らには……」
「残念だな、その隠し玉も阻止してやった」
ファーストが振り返るとレイとカナタが吊り橋に立ちふさがっていた。カナタが、
「よぉ、探したぜ。ファースト君よぉ。血まみれじゃねぇか? 誰にやられたんだ? 血の跡を辿ってたら、出逢えるとはな。見たところ花火の打ち上げには失敗したみたいだな。細菌テロも失敗だぞ。お前らの仲間もみ~んな、俺達が始末したからな」
するとファーストはカナタの姿を見て、驚きの表情をする。
だが、次に壊れたように笑い始める。その狂乱ぶりにカナタは一瞬たじろぐ。
「フフ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
カナタが険しい顔で、
「何がおかしい?」
「ハハハ、君とこんなところでめぐり逢えるなんて……。そうか、そういうことだね。お父様!」
「何言ってやがる。テメーの仲間は皆殺しにしてやったぜ。残るはテメー一人だ」
カナタはSmith & Wesson M500を構えた。レイもスペツナズナイフを取り出す。
「僕一人? 違うよ、君らがいるじゃないか」
ファーストの言葉を理解できないカナタは、
「は!? 何ぬかしやがる」
ファーストはレイに向かって、
「ゼロス、会いたかったよ。久しぶりだね」
「ゼロス? こいつはレイだぞ」
「君の隣りにいるその娘の正体さ。僕らチルドレンのプロトタイプ、認証番号ゼロス。それが彼女の本当の名前さ。彼女も僕らと同じチルドレンなんだよ」
レイは身を震わせながら、
「カナタ! 早く撃って!」
「ひどいこと言うね。同じ兄弟で殺させるなんて」
「兄弟? 何ほざいてんだ。お前みたいな兄弟もった覚えはねーぞ」
「君は僕の顔を見て何も思わないのかな? そうか、髪の色を同じにしようか」
ファーストは自分の流血で髪の色を真っ赤に染め上げた。そして髪型をカナタのような無造作ヘアスタイルに仕上げた。
「どうだい見覚えがあるんじゃないかな?」
ファーストのその姿にカナタは驚愕した。
なんとそこには自分にそっくりの姿をした人物がいたからだ。
(そうか、最初に写真を見た時の違和感はこれだったのだ。普段、鏡なんて見ないから気付かなかった。こいつ、俺にうり二つだ!)
「どういうことだ!?」
「君が僕のオリジナルということさ、僕らはね、クローンなんだよ。君の父親は僕らの父様なんだよ」
ファーストは歪んだ笑みを浮かべ続けた。
「馬鹿な!」
暗がりの空から雨がぽつぽつと降ってきた。その水滴を拾うかのようにファーストは両手を広げた。
「ゼロスも知ってたんだろう?」
「おい、レイ……。嘘だろう?」
レイは俯きながら、
「……黙っててごめんなさい。ボスと私達がメキシコまであなたに会いに行ったのはファーストのオリジナルだから……。元々あたしのいたチーム、番犬は革栄派の下部組織である暗殺部隊だった。けどファーストに仲間を殺された時、ボスと私は復讐を誓った……」
レイは構えていたスペズナズナイフの刃を震わせながら、
「目には目を……ファーストに対抗できる元のオリジナルであるあなたをチームに入れたのよ。奴に対抗する切り札が欲しかったの……。けどあなたは普通の人間だった……」
レイの告白にカナタは愕然とした。そしてファーストは高笑いをしながら、
「ハハハハッ! そりゃそうさ、チルドレンには強化手術が必要だからね。オリジナルはそれを受けていない」
「……そんな……馬鹿な……」
「本当さ。ずっと会いたかったよ。確かに計画は失敗に終ってしまったさ。けどまた僕らでやり直そう、ねぇ兄さん」
(自分のコピーがファースト……。俺は……、今までもう一人の自分を殺そうとしていたのか!?)
雨が強く降り注いできた。そしてドシャ降りに濡れたカナタは動揺のあまり、構えていた拳銃の引き金にそえた指を離してしまった。それを見たレイはナイフを放とうとする。
「させない!」
するとファーストの瞳が金色に光り出し、
『上位者から命ず、動くなゼロス』
途端にレイの身体の自由がきかなくなる。レイは思わず呻き、
「な……、どうして……」
「僕はチルドレンの上位者だからね。君もチルドレンである以上は絶対に逆らえないのさ」
ファーストはカナタの方へ向き、大雨のカーテンを開くように歩み寄ってきた。
「さぁ兄さん」
カナタは戦意を喪失し、拳銃を下ろし、呆然と立ち尽くした。
雨に濡れた頬から水が滴たり落ちていく。
(俺はいったい……。何のために……)
「カナタ!」
レイがカナタに強く呼びかけた。
「え?」
レイの強い声に反応し、カナタは我を取り戻す。
「私との契約忘れたの!?」
「契約?」
「あたしが欲しいんじゃないの!?」
カナタは瞼をかっと開いた。
(そうか、俺は俺なんだ! ボスの言葉を、あの太陽の陽差しの意味を……、そして……)
雨はより一層激しくなった。
「俺はこの女を抱く約束してるんだ!」
再びカナタはSmith & Wesson M500を構え撃鉄を引き、ファーストに狙いを定めた。
「僕が撃てるかな?」
ファーストが余裕の表情をした。
「ああ、もちろんさ。ついでに狙いもはずさねぇ!」
Smith & Wesson M500の銃口が火を放つ。
けれども、放たれた弾丸はファーストに命中しなかった。
逆にカナタのSmith & Wesson M500が宙に舞う。
カナタの右手からは激痛が走った。カナタは何が起きたのかわからなかった。
「ヤレヤレ、兄さんはわからず屋だね。これはおしおきが必要かな」
カナタはファーストをよく観察するが、確かに丸腰だった。
しかしファーストはカナタに向かって何かを投げつけたのだ。
すぐに落ちた銃を拾おうとすると、今度は両足に激痛を浴びせられた。弾丸ではなくエアガンで撃たれたような衝撃だった。思わず転がってしまう。
すると、足元を砂利のような小さな小石が落ちていた。はっとした顔をしてファーストを見ると、片手に小石の山を掴んでいた。
よろめきながらカナタは立ち上がる。
「何をされたか、わかってくれたみたいだね。大丈夫、死にはしないよ。ただこれで身体の自由を奪うよ。後で洗脳して、覚醒させてあげるさ」
ファーストが飛礫を親指で弾く、しかしカナタはそれを片腕でガードする。
「舐めんなよ、外国人部隊にいたんだぜ。これぐらいなんともねぇ!」
ファーストの攻撃を防ごうと両腕でガードしつつ、カナタは素早い動作で、再び銃を拾おうと試みた。
「へぇ、じゃあこれならどう?」
するとファーストは五指をつかって小石を弾いた。
ショットガンのような小石の弾丸がカナタの全身に放たれる。
あまりの速さと威力にカナタの身体は後ろに弾け飛び、無残にも地べたに倒れる。
ファーストがカナタの前に立ち、
「どうする兄さん? もうあきらめてくれたかな?」
カナタは雨に打たれながらも、
「答えはファックだ。クソ野朗!」
「もう少しおしおきが必要かな。降参なら左手を上げて」
ファーストはカナタの右腕、右足、左足の順に飛礫を撃ち放つ。
あまりの激痛にカナタが叫んだ。
「グァァァァ!」
ファーストは悦にひたり、
「ハハハハハハハ! いい声で鳴くじゃないか、兄さん」
「チクショウ! 舐めやがって……!」
カナタがファーストを睨みつける。ファーストは不敵に笑い。
「フフフ、いい目だ。いつまで頑張れるかな? さぁもっと声を聞かせておくれよ……」
倒れ伏したカナタに、再び五指で飛礫を撃ち放つ。身体中に小石の凶弾が命中する。
「アアアアアアアアアアアー!」
「ハハハハハハハ! 次はどこに当てようかな……」
ファーストは嘲りながら、指を構える。
カナタは状況を打破しようと身体をみじろぎながら、落ちていたSmith & Wesson M500に手を伸ばそうとする。
(チクショウ……こいつで頭を吹っ飛ばしてやる……)
キンとかん高い音を立てて、銃に飛礫がぶつけられる。
「こんなおもちゃに頼ってちゃ、駄目だねぇ」
(チクショウ! 読まれてたか……)
「さぁショーの再開だよ。いい声で歌ってよ、兄さん」
再びカナタの全身に飛礫の嵐が浴びせられる。
「ウァァァァァァァァァー!」
レイはもう見ていられず。目を塞いで、
「ファースト! もうやめて!」
ファーストがレイの方を向き、
「黙ってろ、ゼロス! これは僕と兄さんの問題だ。そうだ兄さん、今度はゼロスに撃とうか? そしたらあきらめてくれるかな?」
カナタは痛みに耐えながら、ファーストを睨みつける。
「レイに手を出したら殺してやる……」
カナタの怒りの表情を見据えながら、ファーストは歪んだ笑みを浮べ、
「そうか、ゼロスに当てた方が効果的だったか。じゃあ撃つね」
ファーストがレイに狙いを定める。
「止めろ!」
するとカナタは左手を掲げた。ファーストは歪んだ笑みを浮かべ、
「やっと言うことを聞いてくれたんだね」
ファーストがゆっくりと歩み寄り、カナタの左手を握ろうとする。
するとカナタはニヤリと笑う。
「あの世でスターリンに握手してこい!」
カナタはさっと左袖の下からDesert Eagleを取り出し、間髪入れずに引き金を引く。雷鳴と共に銃声が鳴り響き渡った。
至近距離から放たれた弾丸はファーストの心臓を貫いた。
ファーストは糸の切れた人形のように力をなくして、その場に膝をつき、血しぶきを上げる左胸を押さえる。信じられない、という顔をしながら、
「そ……んな……。まさか……。この僕がこんな……とこ……ろ……で……」
「油断したな、お前が俺に近づくチャンスを待ってたんだ。実戦経験は俺の方が上なんだよ。イカレ野朗」
そしてファーストは血だまりの中に倒れ伏した。流れる血液が雨水に流されていく。
「あばよ、もう一人の俺」
立ち上がったカナタは血まみれのファーストを蹴り飛ばし、吊り橋から落とした。奈落の底に落ちるファーストを哀れむような目で眺め続けた。
「ありがとよ、ボス。あんたの銃で救われた。これで死神のジンクスともおさらばだな」
カナタが雨に濡れるDesert Eagleを見つめた。そのカナタの瞳には、かつてのような死に場所を求める暗い影はなかった。
「カナタ!」
ファーストの呪縛から解き放たれたレイが駆け寄る。
「カナタ、ありがとう」
レイが瞳に涙を浮かべながら、雨に濡れた笑顔で感謝の言葉を告げた。
「何がだ?」
「ボスの仇を撃ってくれて……、自分の運命から抗ってくれて」
するとレイはいきなりカナタに抱きついてきた。突然のことにカナタは照れながら、
「これで好感度アップか?」
「始末した後に好感度上げたって意味ないわよ」
そう告げると唐突に、レイはカナタの唇にキスをした。驚いたカナタはぎこちない顔をして、思わず失言してしまう。
「……レイ、実は俺……。これがファーストキスじゃないんだけど……」
レイはきっと睨みながら、ツリ目を細めて、
「じゃあ上書きしてあげる」
そうして二人は抱きしめあい、さらに深く唇を重ね合わせた。秋雨が二人を水の部屋に包みこむように降り注いでいった。
最後まで読んで頂き本当に感謝の極みです。ありがとうございます。
ストーリーはこれから終焉へと向かいます。是非ラストを期待して下さい。