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心命船アムルクシオン

 大きく揺れ傾く要塞アリの巨体。

「バカなッ!? 操作していた女王アリは潰したぞッ!?」

 自分たちを襲う異常事態に、幻雷迅は傍らの裕香を抱えて巨アリの外殻を掴む。

『シュポーッ!! ポッポーッ!!』

『ポッポー! ポーッ!!』

 そこへ何台ものピエロ蒸気機関車が口汽笛も高らかに昇り迫る。

「わぁあッ!?」

「悠ちゃんッ!!」

「飛べッ! 離れるんだッ!!」

 ほぼ直角な坂も物ともせずに、煙噴き駆ける鋼鉄の塊に、幻雷迅が叫ぶ。

「きゃッ?!」

「おうわぁあッ!?」

『クゥッ!?』

 幻雷迅に言われるまでもなく、崖同然の外皮にしがみついていた悠華たちは、至近距離を通過する列車の生む風に煽られて壁面からはがされる。

 宙に投げ出される悠華たち。落っこちるそれを突き上げようとするように、ピエロの顔を持つ蒸気機関車が壁面を駆け昇ってくる。

「ウゥッ!?」

 みるみるうちに迫る不気味なスマイル。悠華は殺意を愉悦で塗り隠したものを見据えて息を呑む。

 しかし昇ってくる列車が、落下する悠華をはねることは無かった。

「う、え?」

 不意に自身を襲った横方向のG。それに戸惑い瞬きする悠華の前に、緑がかった黒髪、黒瞳を持つ美女の顔が現れる。

『間に合ったみたいね。よかった』

「ウェンディ……さんッスか?」

 歯切れ悪く、確かめるように目の前に出た顔の主の名を呼ぶ悠華。

『ん? ええ、しばらくぶりね』

 それに、ウェンディはやや怪訝な様子ながらもうなづいて、再会の言葉を口にする。

 そんな悠華と鈴音を抱えるウェンディが立っているのは、金属光沢を放つ板の上。

 およそ八畳ほどの面積を持つその板の上には、ホノハナヒメといおり。テラとフラム。そして裕香と幻雷迅の姿もあった。

「……こ、これは?」

『ど、どうしたのよぉ?』

 と、辺りを窺う炎組。

『ああ、悠華にウェント、鈴音も無事か』

 その間でテラがパートナーと風組の無事に安堵の息を溢す。

「うわ、ホントに私と同じ顔なのね」

「まるで双子だな……」

 また裕香と幻雷迅は、ウェンディの顔をまじまじと眺めて驚きのままに呟く。

「来てくれてありがとう、ウェンディ。ところで、この乗り物はいったい?」

 そしていおりが救援に対して頭を下げ、自分たちの足元を指差し尋ねる。

『これはですね……』

『それは我の口から説明させてもらおうッ!!』

 いおりの問いに答えようとしたウェンディを遮り響く声。

「うぅ……」

 それにいおりが冷や汗混じりに呻くと同時に、足場となっている金板の一部がスライド。その下から角と翼を持つ女悪魔が姿を現す。

『これは心命船アムルクシオン。かつての神器の断片より創られた天を往く船であるッ!!』

 翼と両腕を広げ、高らかに名を告げる悪魔女ナハティア。

「アムルクシオン? まさか、新しいルクシオンなの!? これがッ!?」

 裕香はナハティアの語りに反応することなく、慣れた様子で問い返す。

 するとナハティアは腕を組み、大きくうなづいて見せる。

『左様。これこそは神話の戦いの中で喪われた神器、ルクシオンの輪廻を超越した……』

 だがその語りは至近距離を掠めた砲撃によって遮られる。

 その砲撃の出所へ、意識のある全員が揃って振り返る。

「なんぜよあれぇ……」

 悠華が呆然と、一同を代弁して呟く。

 唖然とした悠華たちの見つめる先にあったのは戦艦であった。

 闇色の鉄で出来た山のように巨大な船体。その上からはいくつもの砲が塔のようにそびえ立つ。そして陸地の上で巨体を支えて機動力を与えているのは、六本の虫の脚。

 移動要塞アリを土台にしたらしき陸上戦艦はその足をゆったりと足踏みさせながら、全体と砲塔の角度を調整。悠華たちへ狙いをつける。

『詳しい話は後で! 今は中へッ!』

 裕香を色、衣装違いにしたウェンディに促されて、一同は滑り開いて出来た入り口を通って中へ。

 ナハティアの先導にいおりが続き、鈴音を抱えた二人の「ゆうか」がその後に。それを追いかけて竜の兄妹とホノハナヒメが入り、最後の控えとして殿しんがりに残っていたウェンディと幻雷迅が滑り入った直後に、出入口も滑り塞がる。

「うわぁーお……」

「なんだか、凄い……」

 案内されたアムルクシオンの内部に、少女二人は揃って感嘆の息を吐く。

 心命力を変換したエネルギーで輝くラインに照らされた空間。

 並び備わる座席の奥には、外部の様子を映し出すモニターを備えた操縦席が。

 二つの水晶玉の脇に浮かぶダメージを表示するらしい立体映像モデルによれば、このアムルクシオンは、竜の頭を模した形をしているということが見て取れる。

 しかしそんな勇壮な外観とは裏腹に、多くの座席の並ぶ内装を見れば、多くの者は空飛ぶワゴン車かマイクロバスといった印象を受けるだろう。

『さあ我が半身よ、このアムルクシオンの座に着くのだ。そしてこの翼を己が物とせよ』

「私が……!?」

 ナハティアに促されたいおりは、遠慮がちに親友とその恋人を見やる。だが今一度至近距離を過った砲撃と、裕香たちの首肯を受けて操縦席に座る。

 いおりが座席両脇の水晶玉に手を置くや否や、アムルクシオン内部を走るエネルギーラインが脈動。その輝きを増す。

「みんな席に着いて! 動かすわよッ!!」

 いおりが言うに続いて、動き始めるアムルクシオン。

 その中にいる面々は急いで手近な席にその身を収めて行く。

 至近弾が内部にまで振動を伝える中、やがて全員が着席。するとそれが見えていたかのように、いおりはアムルクシオンを急加速させる。

「おぅ!?」

「くぁッ!?」

 座席に身を押し込むようなGに、悠華とホノハナヒメがたまらず呻く。

 その間にも、いおりはアムルクシオンの速度を緩めぬまま下降、上昇。竜の頭を模した機体を砲撃の合間にすり抜けさせる。

「何か武器はッ!? 無いのッ!?」

 いおりは自身と親友の生き写しの天魔二人へ尋ねながら、左へ機体を沈めてから一気に右へ振り戻しつつ旋回。

『ありません! バリアと乗員の治癒ヒーリングくらいはできますがッ!』

 ウェンディの返事を受けて内部の光が脈動。それに続いて、正面モニター隅から迫っていた砲撃が弾けて消える。

 同時に鈴音たちを座らせた席が倒れ、柔らかな光で明滅を始める。

「燃料役は出来るの?!」

『無論。このアムルクシオン、戦女神二柱専用と言うわけでは無いが、その心命力が最も馴染むように創られているッ!』

「分かったわッ! いおり、バリアのエネルギーは私が受け持つから、操縦をッ!」

「了解ッ!!」

 ナハティアの答えを受けて、裕香は輝かせた手をエネルギーラインの走る内壁へ押し当てる。

 そしていおりは内部の輝きを増したアムルクシオンを操り、砲撃をかわしていく。

 しかしどれだけ勢い付いたとしても、このアムルクシオンに出来るのは体当たりがせいぜい。

 強固な防護障壁を頼りに、アリの足を持つ陸上戦艦の外装を貫くことは出来るかもしれない。が、それもあくまで可能性の話であり、やはりリスクの方が大きい。

「よっしゃ……ッ!」

 このままでは取れる手段は撤退のみ。その結果幻想界はこのヴォルスに限界まで破壊しつくされる。この結論に行きついた悠華は身を預けていた座席から立ち上がり、右拳を掌に打ちつける。

「悠ちゃん……?」

「変……身ッ!!」

 力強い言霊と共に輝く両手を掲げ、左右それぞれに大きく弧を描いて下ろし丹田の前で合流。

 そして全身を包んだ光の繭を破って、黒い装甲を纏う逞しいヒーローとなった悠華が姿を現す。

「さぁてと、いっちょー行きますかねー」

「悠ちゃん待って!? どこへ!?」

 変身を終えて肩を回すグランダイナ。それをホノハナヒメが椅子から腰を浮かせて引き留める。

「ん? ちょーっくら表に出て、勝負をつけて、こよーかって、ね!」

 分厚い装甲に包まれた体をストレッチさせながら、ちょっとひとっ走り、と言った調子で答えるグランダイナ。

『待ってよ悠華、オイラも行く!』

「なら私もッ!」

『ちょ、あたいを置いてかないでよぉ!』

 そんな友に着いていこうと、ホノハナヒメと竜の兄妹が急いで立ち上がる。

「そこの二組ちょっと待った!」

 だがパートナーを連れて出撃しようとするグランダイナたちを操縦席のいおりが引き止める。

「なんスかいおりちゃんセンセ?」

 いおりにかけられた「待った」に、グランダイナは素直に振り返って首を傾げる。

 そんな黒い闘士と赤い巫女へ、辺りの壁から光の粒が吹きかけられる。

「おおッ? これは……」

「……あたたかい。力が、気力が、湧いてくる!?」

 全身に染み込む光を受けて、積もった疲労を吹き飛ばして湧き上がるもの。それに二人は、驚きのままに輝く自身を眺める。

「ちょっとした応援よ」

 出撃しようとする教え子に心命力を渡したいおりは、再び正面に向き直り、砲撃の隙間へとアムルクシオンの鼻先を向ける。

「敵の注意は私たちが引くから、心のまま、思い切りやってみて!」

「キミらの先生と友だちは俺たちが預かる、心配はいらない!」

 そして裕香と幻雷迅が、いおりの後を継いで、力強い声で後押しをする。

「うっす! ほぉんじゃ先輩方のお言葉に甘えて、なーんも気にせずのびのびとやらせてもらうッスわ」

「はい! こっちは私たちが任されましたッ!」

 裕香たちの助言を添えた後押し。それにお気楽な返事と共に片手を上げるグランダイナと、眼鏡を直しつつ生真面目に答えるホノハナヒメ。

「外に出たら高度を下げるから、そうしたら飛び降りて。出来るわね?」

「りょーかいでッス!」

 いおりの振り返りながらの指示に、グランダイナはいつもの調子で敬礼。

 そして両者が互いに視線を外すと、それに続いてアムルクシオンの上部ハッチがスライド。

 グランダイナはそうして外へ向けて開いたドアの下へ進み、梯子を伝って表へ出る。

 風が叩きつけるように吹き荒れるアムルクシオンの甲板。そこにグランダイナとホノハナヒメが出た後に、ウェンディとナハティアも続いて甲板に出てくる。

『私たちも援護に出るわ』

『クク。いっそ我らで倒してしまうというのも一興かもしれんな?』

 ホノハナヒメの左肩に手を置くウェンディと、グランダイナの右隣に腕を組みつつ出てくるナハティア。

「おおー、んじゃ楽させてもらいましょうかねぇー?」

「はい! 一緒に戦いましょうッ!!」

 自信満々なナハティアに寄りかかるように言うグランダイナの隣で、ウェンディへ力を込めてうなづくホノハナヒメ。

 そんなやりとりの間に、アムルクシオンはその高度を徐々に下げて行く。

『さて、では行くとしようか?』

 近づく大地に、笑みを浮かべながら翼を広げるナハティア。

「りょーかいッス!」

 タイミングを伺う呼びかけにグランダイナはサムズアップ。その直後、機体の上に出ていたメンバーは爆音を連ねて飛び出す。

 翼と跳躍を駆使して上昇する対の天魔に対し、大地と炎の契約者たちは放物線を描いて下降する。

 グランダイナはパートナーを背中に引っ掛けながら前回りに宙返り。

「かまーん、翻土棒ッ!!」

 そして両足揃えの着地と同時に、戦棍を召喚。

「ヤァッハァアアアアアアッ!!」

 目の前で山吹色に輝くそれを引っ掴むと、降ってきた砲弾を弾き飛ばして駆け出す。

「はね返せ、晃火之巻子ッ!」

 それに続いてホノハナヒメも炎の巻物を振るって反射結界を展開。前方に見える巨大な脚への道を塞ぐものを火を付けてはね返す。

 反転した砲撃が地面向きの砲台を潰す一方、上空に向いた砲塔が標的を探って動き回っている。

「ほーんじゃ、一気に決めるぜよ! みずきっちゃんッ!!」

「ええッ! 分かったわ!」

 飛び交うアムルクシオンの軌跡と、ウェンディとナハティアに敵が意識を奪われている間に、大地と炎のチームは敵の足元へ突っ込む。

「イヤッハァアッ!!」

 そして山同然の体を支える巨柱の一つに、飛び込みざまに翻土棒を叩き込む。

 重く響く打撃音。打った翻土棒越しに鉄の塊を殴ったような手応えを受けながらも、グランダイナは打撃に滑る足の傍を駆け抜ける。

「縛れ、炎よッ!」

 続いて大きくバランスを崩した足へ、ホノハナヒメは鞭のようにしなる炎をぶつけて巻きつける。

 そこからチームは、正面の足へ向けて前進する大地組と、巻きつけた炎の帯を伸ばしながら別の足へと飛ぶ炎組と、さらに二手に分散。

 炎の反射結界の庇護から外れて走るグランダイナ。その頭上に闇色の破片が幾つも降り注いでくる。

「セイ! ホッ! ハァアアッ!!」

 翻土棒を振り上げ、回し、振り下ろして降ってくるものを打ち返す。

「テラやんッ!」

『任せてくれッ!!』

 そしてジャンプするグランダイナの声に応え、背中のテラが地面に砂の波を生み出す。

 グランダイナはパートナーの生み出した砂の波に着地。そのまま波に乗って高速で目的地へ向けて運ばれていく。

 だがその前方。標的であるアリの足が持ち上がり、グランダイナへ向けて動き出す。

「ヤッハァアアッ!!」

 しかしグランダイナは浮かび上がった巨大な足を前に翻土棒を前方に突き立て、棒高跳びの要領で跳躍。歩こうと向かってくる足へ向けて両足からの飛び込み蹴りを叩き込む。

 いわば古木に小石をぶつけた程度の質量差。でありながら、光を弾けさせる黒い小石は巨木を押し返す。

「三節変化ッ!」

 グランダイナは蹴りつけた姿勢のまま、翻土棒を変形。光の鎖で繋がった棍を手繰り寄せながら、テラが眼下に呼び出した足場に着地。すぐさまそれを踏み台にして跳ぶ。

 降ってくる残骸を叩き弾きながら、テラが次々と作り出す岩を足掛かりにして宙を走る黒い闘士。

「セイヤァアアアッ!!」

 やがて岩の一つを踏み切ったグランダイナは、空中で身を捩り翻土棒を接続。継ぎ目すらない一本の戦棍にしたそれを投げ放つ。

 真っ直ぐに飛翔したそれは陸上戦艦の底部。その中心を直撃。オレンジ色の光輪の中心となる。

 直後、陸上艦を支える足が、外側へと大きく滑り広がる。

 ホノハナヒメが足を絡め取りつつ紡ぎ上げた魔力陣。拡大するそれに足を取られた陸上戦艦は、支えを奪われたままにその巨躯を落とす。

「……ハァアア……」

 落ちてくる闇色の巨影。その下でグランダイナは収束する赤い心命力の光の中心で身構える。

 グランダイナは腰を沈める構えに合わせて、深く練るように呼吸。見上げるその目の狙いは一つ。影の中に煌々と灯るオレンジの光。

「宇津峰流闘技ッ!!」

 黒いメタルブーツの下で輝くオレンジと赤の光が照り返す中、グランダイナのクリアバイザー奥で双眸が煌めく。

応空おうくう! 螺穿柱らせんちゅうッ!!」

 鋭く技の名を名乗り上げ、吸い上げて練り上げた気を右足に乗せて突き上げる。

 上体と入れ替えるように振り上げた二色に輝く蹴り足は、寸分違わずにオレンジの魔法陣の中心、船底に突き刺さった翻土棒を蹴り抜く。

「一撃! 必! 浄ッ!!」

 大地に根差して天を刺す杭。その上に落ちる山は先に突き込まれた杖を楔にねじ込まれて、内側から光を放ちながら砕けていく。

 浄化の力を直に突き込むと闇色の陸上艦は、砕けた端からグランダイナに触れることすらなく光と溶けていく。

「ふぅーいぃ……」

 周囲に散らばり降る敵の残滓。それが二色の光に清められていく中、グランダイナは突き上げた足を降ろして疲労を吐くように息をする。

「お疲れ様ぁ……悠ちゃん」

 その隣へフラムを連れたホノハナヒメが火の粉を散らしながら舞い降り、にこやかに声をかける。

「うぃー……みずきっちゃんもおっつぅー」

 それにグランダイナはいつものだらけ調子で軽く手を上げ、目一杯に背伸びした炎の巫女とハイタッチ。

 そんな二人が顔を上げれば、その視線の先には光の尾を引いたアムルクシオンが、無事に空を横切っていた。

今回もありがとうございました。

これで第二章も無事区切りです。

次回2月20日の更新から拙作も第三章に移ります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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