受け継がれる力
「離れてて」
悠華は正面を見据えたまま、左手に乗せた妖精を後ろへと放す。
一方右拳を向けたその先で、木立の陰から闇色の者が立ち上がる。
頬を中心に捻れ歪んだ頭。
肩や腰も大きく歪み、手脚が付け根からあらぬ方向へ曲がっている。
だが粘土繋ぎの人形が軽く身を捩らせると、歪んだその体が元に戻る。
歪みを戻した人形は体から生えた枝を引き抜き、前に進み出る。
無造作に接近する敵。
対する悠華も左手を緩やかに空を切るように前に出し、右拳を腰だめに入れ替えつつ摺り足で進む。
「スゥゥ……ハァァ……」
深く息を吸って吐き、迫る敵に構える悠華。
だが握った拳は震え、小麦色の頬には冷たい汗が伝う。
悠華は敵からの不気味な圧力を堪えながら、周囲へ視線を走らせて倒れた小人たちの姿を確かめる。
悠華から放散した光で持ち直した者が、辛うじて繋いでいる重傷者を避難させ、パートナーを失った赤の蝶妖精が治療に飛び回る。
己のために多くを失った彼らの姿に、悠華は手の震えを握りつぶすように拳を固め直す。
「ヤァッハァッ!」
鋭気一轟。
重い踏み込みを響かせて悠華が突進。
その勢いに加え左腕を引き、肩と腰の回転に乗せて拳を繰り出す。
全身の回転連動によって放たれた小麦色の銃弾。
空を捩じり穿つそれは、再び闇色の人型の顔面を撃つ。
橙色に輝くインパクト。その重みにまたも粘土塊の頭が歪みのけ反る。
「なッ!?」
だが拳を叩き込んだ方である悠華の口から漏れる驚きの声。
粘土頭をぶち抜いて伸びきった腕を闇色の手が掴み取る。
掴んだ手は悠華が拳を引くことを許さず、さらに捏ね上がるように戻った頭が拳を包み込む。
「は、離せ!?」
まるで拳を口に含まれたような形になり、悠華は慌てて左の膝蹴りを繰り出す。
とっさの膝蹴りは柔らかな粘土質の腰を打ち砕くものの、闇色の人形はまるで怯みもせず右手を握る手に力を込める。
「ン、ウゥ……ッ!?」
手首と拳を締め潰す圧力。全方位から押し込まれるそれに悠華の口から苦悶の声が漏れる。
『うおりゃああ!!』
そこへ雄叫びを上げて突進する岩。
岩は真一文字に空を横切って暗い色の胴へ激突。その衝撃で悠華を捕える腕と粘土が解ける。
同時に、突撃してきた岩塊も割れて中から宝石のたてがみを持つ鎧ライオンが飛び出す。
くるりと宙返りしたライオンもどきは、拳を構え直した悠華の傍に着地。たたらを踏む敵を睨んで口を開く。
『お願いだ。オイラと一緒にこいつをやっつけよう!』
「さっきは逃げろって言ってなかったっけ? 掌がくるくる忙しいじゃない」
口元を吊り上げて鎧ライオンへ返す悠華。
『それより頼むよ! オイラの力を貸すから、キミもこいつらを倒すのに力を貸してくれ! 同盟の契約を!』
対する鎧ライオンは、宝石のたてがみを開いて敵を威嚇しながら重ねて協力を要請する。
悠華は真剣なライオンもどきの横顔を見やって僅かに笑みを深める。
「……宇津峰悠華」
『……へ?』
名乗る悠華を呆けたように見上げる鎧ライオン。
そんな視線に悠華は笑みを湛えたまま言葉を続ける。
「アタシの名前だよ。これから力を合わせるのに、相手の名前も知らずにいるつもりかい?」
ウインク交じりに契約受諾の返事を返す悠華。
悠華の名乗った意味を理解して、鎧ライオンは大きくうなづく。
『ありがとう、悠華! オイラはテラ。大地のテラだ!』
改めて自己紹介を済ませた二人。
そこへ崩れた体を直した人形が躍りかかる。
『大地よ!』
「はああッ!」
迫る敵をテラの呼び出した石壁が阻み、悠華の回し蹴りがその壁もろともに押し返す。
そうして生み出した隙に、テラは四つの足を踏ん張り胸を張る。
その体を支える足を繋ぐように、光が地面に円を描く。
『ユーラーティオー……クピディタース・スウス……ファートゥス・イルーミノー……ソキウス!!』
厳かな声で紡がれる言葉。テラの口が宣誓にも似た詠唱を終えると同時に、その足下で灯っていた輝きが弾ける。
そして弾けた光は悠華の右手中指に集い、指輪を形作る。
黒く艶のある金属を土台に、オレンジトパーズに似た宝玉の輝く指輪。
「指輪?」
自分の指を飾るアクセサリに目を落とす悠華。
『それがキミの契約の法具だ。さあ、心から信じる力をイメージして、心に浮かんだままに解放するんだ!』
「力……」
テラの導きに従って悠華は瞑目。
だが悠華が瞑想を始めたところで、石畳の下で押し潰されていた敵が姿を現す。
『悠華ッ!?』
警告の声を発し、石の弾丸を機関銃の如く打ち出すテラ。
だが闇色の人形は石つぶての連射に足を鈍らせながらも前進。瞑想する悠華めがけて手を伸ばす。
「……子どもの頃……遊園地……銀の、戦士……」
瞑目のまま呟く悠華。その喉元に迫る暗色の手。
『悠華ぁッ!』
だがテラの警鐘の声と同時に悠華の双眸が開き、胸の高さで右拳を左手のひらにぶつける。
そして両手の間から爆発した光が凶手を留め、さらには押し返す。
激流に呑まれて流されるように離れていく人形。
それを見据えて、悠華は両手を打ち合わせた形のまま持ち上げ、頭上で山を描くように分割。
オレンジ色の輝きが両手の軌道をなぞり伸びる。
そして大きく弧を描いて広げた両手を丹田、へその下あたりの高さで再び打ち合わせる。
瞬間、ぶつかり繋がった光輪が膨張、回転。悠華の全身を球の形で覆い隠す。
その光の卵の中、悠華の身を包むセーラー服は光となってほつれる。
服から転換して生まれた光は、再び悠華の身を包むと、体にピッタリと張り付くスーツとなる。
引き締まった体のラインを隠さないスーツ。その表面に、まるで地面が盛り上がるかのように黒い塊が現れる。
それに首から下を覆われて、悠華は黒石を積み上げて作った像のようになる。
直後、頭以外の全身を包む黒石が瞬時に、独りでに切り刻まれる。
それによって現れたのは分厚い鎧。
丁寧な研磨まで済ませたように磨かれた、黒光りする装甲。
重厚なその表面にはオレンジに輝くラインが丹田を源泉に全身に巡っている。
地の裂け目から覗くマグマめいたエネルギーラインが脈動。すると悠華の顔を額と首下から広がった黒い石が包み隠す。
そしてエネルギーラインが重ねて脈動するのに続き、頭を覆う黒石も整形。黒を基調としたロボットめいた顔が露になる。
その硬質な顔の上半分。鼻から上を覆う形で、クリアオレンジのシールドバイザーが出現する。
逆さスペード型のバイザーの装着により完成する特撮ヒーローじみたスーツ。
直後、全身に通うエネルギーラインが激しく明滅。その光の増減に呼応して少女の体躯が、それを覆う鎧もろともに膨らんでいく。
膨張するまま光の殻の中でむくむくと育つ悠華の体。
やがて膝を抱いてその身を丸く屈めると、すぐさま爆発させるように五体を開く。
「ヤァッハァアアアアアアアアッ!!」
張り上げた声と四肢。それに突き破られるように光の殻が割れ砕ける。
卵から孵化した巨躯は、重い音を響かせて地を踏む。
そして深く腰を落とし、緩く握った拳を前後に伸ばす。
『す、凄い! これは伝説の「ダイナの鎧」ッ!! ユウカって名前といい、まるで十年前の神話の再来じゃないかッ!?』
目と宝石のたてがみを輝かせて、テラはダイナの鎧を纏う悠華を見上げる。
対する悠華は、構えを解かぬまま仮面の奥で苦笑気味に息を吐く。
「なんか盛り上がってるとこ悪いけどさ、アタシの名前なんてありふれたモンだし。それに十年前で神話ってのもどうなのよ?」
苦笑する悠華に首を傾げつつテラが口を開く。
『いやでも、この幻想界の再創世神話だし……』
だがその言葉を遮って、群青色をした塊が猛然と悠華へ飛びかかる。
よそ見をしていた悠華がその突撃に目をやると同時に直撃。
「……けどまあ……」
だが黒光りする装甲に覆われた巨体は微動だにせず、蹴り足を受け止めていた。
そこから人形の離脱を許さずに、悠華は左手で敵の右足首を掴む。
そのまま空のアルミ缶でも握りつぶすように握った足をひしゃげさせて、デッサン人形めいた敵を持ち上げる。
そして振り上げた勢いのまま、無造作に放り投げる。
「このパワーは気に入ったよ」
光遮る枝葉の屋根に穴を開けて、空にぽつりと打たれた黒点になった敵を見上げ、悠華は鋼鉄の仮面の奥から軽く弾んだ声をこぼす。
そうして敵を投げ放った方向へ向けて踏み込む。
重い爆音後に残し、森へ入る悠華。木々の合間に消える黒い鉄の背中を、テラが慌てて追いかける。
『ま、待ってくれ!』
ダイナ鎧の悠華は足音重く森を突き進む。重低音を響かせて木の葉を巻き上げ走るその姿は、人間大に圧縮された重機か、あるいは戦車を思わせる。
しかし木々を易々と圧し折って押し切れそうな勢いながら、僅かに枝葉を払う程度に留めて悠華はテラを引きつれて森を突き抜ける。
「よっしゃあ! 狙い通り!」
そして下降線を描いて平原へ向かう敵の姿を認め、ひと際大きな爆音を上げて地を踏む。
爆ぜる地面を足下に置き去りにして跳躍。
そのまま敵と空中で合流。闇色の腕を交差させた形で背負い、空中で一回転。その勢いも加えて真下へ撃ち出す。
爆音。
土煙。
隕石の落着に似た爆発が瞬時に辺りを包み隠す。
それは投げ落としから落下に入っていた悠華も例外ではなく、黒い鎧に覆われた巨体が巻き上がる土煙に隠れる。
『悠華? 悠華ッ!?』
もうもうと立ち込める土埃をかき分けて相棒の姿を求めるテラ。
やがて土煙の幕が薄れ、その内に立つ見上げるほどの影が現れる。
そして露わになった黒い装甲の巨躯は、アーマーの艶を隠す埃を払っている。
『悠華!』
「よ。ちょぉいと派手にやりすぎちまったかぁねぇ?」
駆け寄るテラに、悠華は調子の軽い伸ばし言葉を垂れ流しながら、体を払う手を止めずに周囲を見回す。
やがてすべての土煙が風に散り、爆心地までもが露わになる。
「おろ?」
『いないッ!?』
疑問の声を上げる二人。
半円形に深々と抉れたクレーター。
すり鉢状のその中心地には、投げ落とした暗色の人型の影も形も無い。
姿を消した敵に、テラは周囲に警戒の視線を走らせる。その一方で、悠華は気だるげにヒーローじみた頭を巡らせながら緩く拳を構える。
ただ広い平原を風の音だけが駆け抜ける。
その中で悠華とテラは同時に足元に目を落とす。
「下……ッ?」
『地中かッ!?』
二人の口が揃って警戒の声を上げる。同時に土から上半身を露わにした敵がこびり付いた土をそのままにテラ目掛けて両手を伸ばす。
とっさに悠華はその間に足を割りこませて、テラの代わりに掴ませる。
敵は悠華の足を掴んだまま片腕を振るい、踵から掬い上げるように巨体を支える足を刈る。
「の、わッ!?」
安定を完全に奪われ、悠華は背中から地面に倒れる。
辛うじて肘と手をぶつけて受け身を取る。だがその上に覆いかぶさるように地面から飛び出した闇色の人形が圧し掛かる。
「なんとぉ!?」
間髪いれず降ってくる拳に、悠華はとっさに重厚な手甲を纏った腕を盾にする。
マウントポジションをひっくり返そうと悠華は足を動かす。だがすでにそれを許すまいと、長く伸びた片腕が両足を絡め取っている。
「うッ、ぐ、うッ!」
もがく悠華の上に降り注ぎ続ける拳と足。雨あられと襲いかかるそれを悠華は両腕で急所を庇い続ける。
『この、ヴォルスの尖兵め!』
執拗に攻撃を続ける人形。その横面へテラの声と共に石つぶての雨が叩きつけられる。
散弾にも似た石の弾幕に、ヴォルスの尖兵と呼ばれた人形はぐるりと頭を回す。
テラの援護で生じた隙に悠華は防御に固めていた腕を大きく広げ、降ってきたヴォルスの手足を弾き返す。
そしてヴォルスが立て直すよりも早く、悠華の右手がその首を掴む。
「ああッ!」
張り上げた気合と同時に悠華のエネルギーラインが脈打ち輝く。
敵の首を握る手に向かって、光が波打つように駆け昇る。
握撃から直に流しこんだエネルギーに、ヴォルスが悶えるように身を捩る。
瞬間、悠華は緩んだ拘束から両足を引き抜き体を丸める。
「ハアアッ!!」
そして敵の首を解放。逆立ちするように敵の腹を蹴り上げる。
打ち上げ花火の如く飛び上がるヴォルスの体。
両足蹴りの打ち上げから悠華はすかさずヘッドスプリング。
腰を落として身構え、重力に負けて降ってくる敵を見上げて右拳を音が鳴るほどに固める。
「ヤッハァアアアアアアアアッ!!」
そして敵の自由落下に合わせ、気を漲らせた右拳を突き上げる。
重く鈍い音が打点から爆ぜるように響き、地を踏み締める悠華の足元にオレンジ色に輝く文字列が円陣を描く。
直後、悠華の拳を受けた闇色の体が爆ぜ散る。
黒いダイナの鎧をまとった悠華は、敵を打ち砕いた拳を肩から回す。
「ふぅ……やぁれやれってトコロかねぇ」
悠華は安堵の息を吐き、相棒を見やる。
だがしかし危機を脱した安堵も束の間、飛び散った群青色の破片が這いずるように集合を始める。
『まさか……この状態から完全体に!?』
「うわお、マジ……?」
寄り集まったそれは、今までの華奢な人形を包み込むように、体の各所から粘土の様な部位を増やし広げる。
悠華の拳を受けて砕ける以前よりも大きく、禍々しい姿へと変わってゆくヴォルスの体。
その色もやがて濁った褐色に変わり、変化を終える。
完成したヴォルスの姿。
それは蜘蛛であった。
人間の指を思わせる五本の腕を生やした上半身。それと後ろへ伸びる大きな腹を支える三本脚の下半身を持つ異形。蜘蛛を歪に作り替えた怪物であった。