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魔法少女ダイナミックゆうかG  作者: 尉ヶ峰タスク
ガール・ミーツ・ファンタジア
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ガール・ミーツ・ファンタジア

「くぁあぁ……やぁっと今日の授業終わったぁ」

 傾いた日差しの差し込む山端中学校二―Bの教室。

 整然と並ぶ机の一つ。あくび交じりに伸びをする女子生徒、宇津峰悠華(うつみねゆうか)

 オレンジの髪ゴムで右のサイドテールにまとめた黒髪。

 小麦色に焼けた肌。そしてセーラー服の端から伸びる引き締まった手足からは、なにかしらスポーツで鍛えている事を感じさせる。

 しかしそれに反して大きな目は眠たげにとろみ、口も抑えるつもりのないあくびで大開きになっていた。

「もう、悠ちゃんほとんど寝てたじゃないの」

 悠華の隣から上がる笑い声。

 そちらを見れば微笑ましげに笑う小柄なメガネ少女が目に入る。

 肩までの長い黒い髪を癖任せに流して。

 レンズの分厚いメガネも伊達や酔狂ではない実用品。

 図書館ごもりの本の虫を絵に書いたような少女である。

 しかし、セーラー服の胸元を押し上げるものは歳と背に不似合いな豊かさであった。

「んー……それはあれだよみずきっちゃん。いわゆる睡眠学習?」

 悠華はあくびをかみ殺すと、目元を擦りながら隣のメガネ少女、明松瑞希(かがりみずき)に答える。

「なんで疑問形?」

 言い訳にもなっていない悠華の言い分に、瑞希は笑みを深める。

 すると悠華はちろりと舌を出して肩をすくめる。

「さあてね。ソコんとこはアタシにもよう分からんのよ。考えるのメンドイし」

「もう、なにそれ」

 おどける悠華。

 対する瑞希は黒目がちな大きな目を細めて、抑えた笑みを溢す。

 そんなやり取りの間にも、周りのクラスメイト達は帰宅や部活のために支度を整えている。

「今日はどっか寄ってく?」

「うーん……欲しい新刊はまだだから寄り道はやめようかな」

「じゃあみずきっちゃん()寄ってっていい?」

「あ、うん。いいよいいよ」

 周りの流れに合わせて、悠華と瑞希も放課後の予定を合わせながら帰り支度を進める。

「さ、帰ろ帰ろ」

「うん」

 そうして二人ともすっかり荷物をまとめて席を立つ。

「ちょっと待って明松さん!」

 だがそこで不意にクラスメイトから声がかかる。

 悠華と瑞希の二人が揃って顔を向ければ、決まり悪そうな女子が一人立っていた。

「なに? どうしたの?」

「ゴメン、今日の掃除当番代わって! どうしても外せない用事が入っちゃって、急いで帰んないといけないの。お願い!」

 瑞希が本題を促すや否や、手を合わせて頭を下げるクラスメイト。

 拝むようにしての頼みに、瑞希は悠華を見やるとにこやかに微笑んで頷く。

「分かった。まかせておいてよ」

「ありがとう! この埋め合わせは必ずするから、それじゃ!」

 瑞希が引き受けるが早いか、交代を依頼した女子は踵を返してまるで逃げるように教室を後にする。

 仕事と共に残された瑞希は開け放たれたままの出入り口を見て、小さくため息。

「ゴメン悠ちゃん。先に帰ってて」

 そして掃除に取り掛かるべく、手に提げていた鞄を机に置く。

「いや。適当に片付けちゃおうよ。かったるいし」

 だが別行動を促す瑞希の言葉をよそに、悠華もまた掴んだ鞄を机に放ってグレーのロッカーへ向かう。

「え、悠ちゃん?」

 瑞希は戸惑い、眼鏡奥の目を瞬かせる。

「いいからさ。二人でやった方が早いっしょ? 手伝い厳禁なんて決まりはなし。仮にあったとしてもそんなものは曲げてくれるわ」

 悠華はそんな瑞希を置き去りにしてロッカーを開き、箒を片手ににやりと笑い振り返る。

「うん、うん。悠ちゃんありがとう!」

「そんなにお礼言っちゃっていいのかな? 実はただ待ってるのが退屈なだけだったり?」

 感謝を満面に露わす瑞希に対し、悠華はおどけた調子で二本目の箒をパス。

 緩く空を渡って瑞希の手に渡る箒。

 悠華はそれを確かめることなく、箒の柄を左右に行き来させてから軽く上に放り投げて持ち替える。

 そうして笑い合った二人は、人気の薄れた教室の掃除に取り掛かる。



 ほどほどに掃除係の代役を終わらせ、改めて課外時間に解放された悠華と瑞希。

 二人は学校前の水路沿いの道路を外れ、南方面へ続く歩道を並び歩く。

「今日もありがと悠ちゃん。助かっちゃったよ」

「なぁに良いって事よぉん。アタシとみずきっちゃんのなぁかじゃないのぉ」

 改めて今日の礼を言う瑞希に対し、悠華は妙なところで伸ばした口調を作って返す。

 そんなおどけ言葉に続けて、鞄ごともろ手を後ろ頭に回して組む。

「それにさ、いっつも宿題とかで助けてくれるのはみずきっちゃんじゃん? おあいこおあいこ」

 焼けた肌と対照的な白い歯を見せ、弾むように軽い言葉で続ける悠華。

 瑞希はそれに頷きながらも、まだどこか申し訳なさが残った様子で目を泳がせる。

「それはそうかもしれないけど。だったら今回の分もあいこにしないと……」

 言いながら何かないかと考える瑞希。

「あー……今日も寝ぼけてて授業のノートロクに取れてないなぁー。誰かイイ感じにまとめたの見せてくれないかなぁ―」

 その隣で悠華が明後日の方向を向きつつも、白々しいまでの棒読みで呟く。わざわざチラチラと目配せまで添えた上で。

 わざとらしい悠華のセリフに小さく噴き出して、瑞希が顔を上げて悠華を見上げる。

「うんオッケー。それくらいならお安いご用だよ。でもいいの? 悠ちゃんが今日寝てた分ってなると、家で写してたらだいぶ遅くなると思うけど? 貸そうか?」

 ノートの件を快諾しながらも、時間の心配をする瑞希。

 対して悠華は後ろ頭に組んだ手の片方を外し、ひらひらと扇がせる。

「あぁ、いいのいいの。むしろ帰りは遅くなってくれた方がこうつご……ゲフンゲフン!」

 これもまたわざとらしく、悠華は顔を背けた上に声に出して咳払いして見せる。

「もしかして、また稽古をサボる口実にするつもりだったの?」

 瑞希が言いながら呆れ気味に苦笑する。

「な、なぁんばいいよるかねこの子は。そんなわけないじゃろう?」

 すると悠華は目をザッブンザッブンと泳がせて、怪しいごたまぜ口調で答える。

 それに瑞希はメガネ奥の目をいたずらっぽく細める。

「そうなんだ。じゃああんまり遅くなったらダメだし、ノートは貸して、早めにお開きにした方がいいかな?」

「お願い。今日は帰りたくないの」

 あからさまなまでの動揺から一転、しなだれかかるようにすり寄る悠華。

「ほぉう……散々言っておいたのに帰りが遅いと思っていたら案の定……」

 だがその途中で響いた低い声に、悠華は身を震わせて動きを止める。

「ま、まさか……」

 悠華はぶわりと脂汗を浮かべ、強張った動きで声のした方向へ振り返る。

「げえっ、婆ちゃん!!」

 そしてそこにいた老女の姿に目を剥く。

 宇津峰日南子ひなこ。悠華の六十五歳になる祖母である。

 深い皺のある頬や目じり。長い髪にも白髪が目立つ。

 だが厳しくつり上がった眼光は刃のように輝き、筋の通ったように伸びる足腰からも、まるで還暦を超えた年齢を感じられない。

「や、やば……婆ちゃんガチギレしてる……」

 脳内で警鐘の銅鑼の音を絶え間なく響かせているような顔で悠華は後退り。

 同時にそんな孫娘を追いかけるように日南子が前進する。

「道場の稽古から小細工を使って逃げようなどと……あまつさえそんな下らんことに友を巻き込もうとは言語道断! この馬鹿孫めが!!」

 白髪交じりの髪が逆立つほどの怒声。それを受けて悠華は素早く踵を返し、サイドテールの黒髪を後に流して走り出す。

「ゴメンみずきっちゃん、さいなら!」

「逃がすかこのアホ孫!」

 瑞希への謝罪も短く、悠華は鞄を祖母へ放り出して離脱。

 脱兎の如きそれを許すまいと、日南子は投げつけられた鞄を掴んで飢えた肉食獣のように追う。

「ま、またね……」

 半ば呆けた別れのあいさつを踏み込みの風に散らして、孫娘と祖母は鬼ごっこへと突入する。

 小麦色に日焼けしたカモシカの様な足で地面を蹴り、必死の形相で逃げる悠華。

 陸上部員さえ脱帽しかねない速度である。だが牙剥く獣にも似た日南子は離されること無く悠華の後を追跡。むしろ徐々に距離を詰めてすらいる。

「相変わらずでたらめな足して! アンタホントに年金もらうような歳ッ!?」

 都市伝説に語られかねない速力で迫る祖母へ悠華は振り返り叫ぶ。

「お前がたるんでいる証拠だ! こんな老婆も引き離せんとは情けない!」

「婆ちゃんみたいなのがゴロゴロいてたまるかぁッ!!」

 追いかけてくる声に怒鳴り返して、悠華は前を見て体を左へ振る。

 壁すれすれに左折。前のめりの姿勢で勢いを殺さずに地を蹴る。

「待たんか悠華!」

 その背中にぶつけられる声。だがその角度はやや高い位置からのものだ。

 その違和感に悠華が振り仰げば、塀の上を走る日南子の姿があった。

「待てと言われて素直に待つ孫娘だった覚えは無い!」

 塀の上でも変わらぬ速度で追い上げてくる日南子に返し、悠華は踏み込む足に力を入れる。

 だがその前方。別の道と交わる交差点から、不意に大型犬に引かれた青年が現れる。

「やっはぁあッ!」

 とっさに悠華は気合一つ。足を振り上げハードルを越える要領で子どもを乗せられそうな大型犬の背を飛び越える。

「おぉわ!?」

 足が地を踏む勢いのまま踏み込み、青年の驚き声と太い吠え声を後に駆け抜ける。

 しかし予想外の障害は避けたものの、後方から迫る足音はまるで衰える気配がない。

「ああもう! 直系に拘らないで、もっとやる気も才能もある有望な弟子に集中すればいいじゃん!」

 悠華はそのまま振り返ること無く足を急がせ、追跡者へ叫ぶ。

「そんなことは今は関係無い! お前のサボり癖のついた性根を断じて許すわけにはいかん! それだけだッ!」

「嘘だ! それを理由にまたアタシをしごき倒すつもりなんだ! 古臭いバトルマンガみたいに! 古臭いバトルマンガみたいにぃ!」

 嘆くようにわめき立てながら、悠華は信号の点滅する横断歩道へ駆け込む。

 渡り終える前に赤に変わる信号。その背後で道路を車が互い違いに走りだす。

 それを背で聞きながらも悠華は走る勢いを緩めない。

 息を弾ませながら狭い建物の隙間へ滑り込み、祖母の追跡から姿を眩ませる。

 そうして悠華は埃っぽく薄暗い隙間を身を捩って進み、抜け出す。

「はぁ、やっと抜け……ハァッ!?」

 路地裏を抜け出た悠華は、安堵と共に呼吸を整えかけて目を丸くする。

 今悠華の目の前にあるのは、抜け出した先にあるはずの町並みではない。

 地面はアスファルト敷きではなく柔らかな草の絨毯。

 箱型の建物も密集しておらず、地平線が見えるほどの開けた土地に、まばらな木立があるばかり。

 しかもその地平線は僅かに両端が持ち上がり、霞がかった青へ続いている。

 後ろを振り向けばさっきまで潜っていたはずの暗がりもなく、いつの間にやらねじくれた幹の木々にすり替わっていた。

「ど、どうなってんの……? これ、どうなってんの?」

 何の前触れもなく放り出された見覚えのない空間に、悠華は顔をひきつらせて頭を巡らせる。

「夢? やはは……起きながら夢見るなんて病気かなんかかな? カンザキアスカで使える薬買えるかなぁ?」

 自分を落ち着かせるためか、おどけ調子で呟いて指先で頬を掻く悠華。

 そうして見回すままに顔を上げれば、真上に輝く太陽と、雲の隙間に浮かぶ島と言う光景が目に入る。

「うわぁお……アタシってば想像力たっくましぃい……」

 この有り得ない光景には悠華も震えた声で苦笑い。

 そんな悠華の足に微かな振動が伝わる。

「は? や? はあ?」

 それはすぐに重い地鳴りに変わり、悠華の足を揺るがす。

「じ、地震!?」

 腰を落として重心を低く、手近な捻れ幹に頼る悠華。

『うぐわぁあ!?』

 直後、悠華の足元近くの地面を突き破り、オレンジ色の何かが飛び出す。

 声を上げて土くれと共に舞い上がったそれは、きりもみ回転に空を抉り貫く。

 それはやがて勢いを失い、刹那の静止ののち落下。

 悠華の足元に落ちて跳ねる。

『あ、ぐ……』

「うわ、わっ……」

 転がり呻く子猫大のものに、悠華は戸惑い身を引く。

「……ち、ちっちゃい、ライオン……?」

 悠華の足元に転がるモノは、その言葉通りに形容できる見た目をしていた。

 鼻と口の突き出した肉食獣の顔。

 大地を踏みしめて体を支えているであろう体格に比して太く逞しい四足。

 そして首回りを覆う明るいオレンジ色のたてがみ。

 しかしそのたてがみを含め、その全身を覆うのは毛ではなく、硬質の甲殻であった。

『う、ぐ……油断した……』

 ライオンとドラゴンの合の子めいた小動物は太い四肢で踏ん張り、人の言葉で呻く。

「しゃ、しゃべった!?」

 獣の口から紡ぎ出されたのは短くとも確かな人の言葉。

 その驚きに悠華が目を見開く。すると濃褐色とオレンジで彩られた獅子もどきも、黄金色の目を剥く。

『そんな……! こんな時に神隠しの迷子が……っ!?』

 獅子もどきは言葉途中で息を呑む。すると悠華に尻を向けて、自身の打ち出された穴を睨み付ける。

 そのもぐら穴では、闇色の手が這い出ようと縁を掴んでいた。

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